映画に真摯に向き合い、作品ごとに意匠を凝らしたパンフレットデザインで、映画ファンから支持を得ているアートディレクター・大島依提亜。先日、アカデミー作品賞を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のパンフレットも手掛けた彼がデザインワークをする際、常に身につけているというヘッドホンのことを中心に、仕事と音、映画と音について語ってもらった。

大島依提亜
栃木県生まれ。映画のグラフィックを中心に展覧会や書籍のデザイン等を手掛ける。最近の仕事に、映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』『カモン カモン』『パターソン』『万引き家族』『ミッドサマー』、展覧会「谷川俊太郎展」「ムーミン展」、書籍『鳥たち』吉本ばなな著、『小箱』小川洋子等。

仕事中は、常に何か音が流れている状態にしたい
──愛用品について教えてください。
大島依提亜(以下、大島):「グラド(Grado)」の無線ヘッドホン、GW100Xです。
──これはいつ頃、手に入れたんですか?
大島:1月に買ったばかりですね。
──これまでのヘッドホンが気に入らなくなったんですか?
大島:いや、そうじゃなくて。えーと、どこから話せばいいかなあ? あの、順を追って話してもいいですか?
──はい、お願いします!
大島:普段、仕事中はずっと音楽とかラジオとかかけてて、音がないと完全にダメ派で。実は、ヘッドホンにはかなりこだわりがあって、昔はヘッドホン・オタクだったんですよ。どハマりしてた頃は、かなりの大枚をはたいてたし。
ハマったきっかけが、これ。見たことないですよね? イヤホンというよりイヤー・スピーカー。耳を覆うわけじゃないから、音漏れなんてものじゃなくて、完全に周りの人に聴こえてしまう。

──どこの製品なんですか?
大島:「アーカーゲー(AKG)」というウィーンのメーカーです。普通のヘッドホンと違って、右と左、別々に入力するんですよ。だから本当に、スピーカーも同然。
──基本的に室内で使うものなんですか?
大島:そうですね。だったらスピーカーでいいじゃんって(笑)、おかしな話ですよね。これ、主にクラシックを聴くために作られたみたいで低音はあまり出なくて中高域がよく出るんです。新品は高価なんですけど、中古で安く手に入れました。
──どのあたりに惹かれたんですか?
大島:はじめはデザイン性で買って、聴くうちに音もすごくいいんだって発見して、それからヘッドホンをちょこちょこ買うようになりました。10万円を超えるものまで手を出してしまうようになってしまって……。10万円ですよ、ヘッドホンに。
でも、そこまでハマってたのに、その後、AirPodsに屈することになっちゃいました。音質の良さと利便性を天びんにかけた時に、圧倒的な利便性に抗えなかった。Bluetoothは音が悪く、有線じゃないとだめだと思ってたんですが、AirPodsは改良を重ねて、昔のBluetoothの印象よりかなりいい。それに、iPhoneやMacとも連動できるから、音楽を聴いてる時に電話も取れるし、つけっ放しでいろいろできる利便性に完全に負けてしまいました。

今、4つくらい手元にあるのかな、歴代AirPodsが。新モデルが出るたびに買ってて。ただ、耳の中に入れるタイプのイヤホンを使ってると、耳がかゆくなってくる。でも、かゆいなと思いながら、無視してずっと使い続けていたんですよ。
──大丈夫だったんですか?
大島:いや、それが今度は耳がかゆいどころか、痛くなってきた。それで医者に行ったら外耳炎と言われて。今、リモート勤務で長時間イヤホンをつける人が多いから、外耳炎にかかる人がものすごく増えていると聞きました。だから、イヤホンはやめなきゃと考え、耳にかけるタイプのヘッドホンに戻るか、骨伝導にするしかないかなと思って。そこで、しばらくヘッドホンから離れていたので、無線でどんな製品があるのか調べてたら、この「グラド」に出合って。
憧れだった「グラド」のヘッドホン

──ようやく本題の「グラド」の話題に戻りましたね(笑)。これを選んだポイントを教えてください。
大島:ヘッドホンに夢中だった頃、「グラド」は憧れのメーカーでした。「グラド」は、ニューヨークのブルックリンにある老舗。創業70年くらいで、カートリッジの製造から始めて、いまはヘッドホンとカートリッジで知られてます。でも、リファレンスモデルでさえ20~30万円するから、雲の上の存在でした。
でも、調べてみると、今はBluetoothの製品を出してて、しかも4万円もしない。もう、センセーショナルなことですよ、クラフツマンシップで名高いあの「グラド」が無線の製品を出すなんて。20~30万円もするヘッドホンと比べると話は別ですが、同じ価格帯のものと比べると、あ、これ、全然悪くないと思ったんです。
──使い心地はいかがですか?
大島:イヤホンに比べて、ヘッドホンは重いのが常。それなのに、重くて耳に密着するヘッドホンと違って、この製品は着け心地が軽くて、耳の圧迫感もあんまりない。スポンジもふわふわしてるから装着感がいい。やっぱ「グラド」いい! って思いましたね。でも、これを買ったことでヘッドホン熱がまたぶり返しそうで(笑)。「グラド」の有線も買いたいなって思い始めてます。
──そもそもオーディオが好きなんですか?
大島:好きですね。スピーカーでもけっこう聴きますし、アンプに凝ったりも。
──じゃあ、無線ヘッドホンに音を出力する側にも凝ったりしてます?
大島:ええ、ヘッドホン専用アンプを使ってます。

パーソナルな環境で観るとおもしろい映画もある
──音楽以外の使い方もしてますか?
大島:映画を観る時に使います。前々から部屋で1人で映画を観る時はヘッドホンを使うことが多くて。ヘッドホンならではの映画のおもしろさがあるんですよ。
──映画館で観るのとは全然違うわけですか?
大島:明らかに違いますね。たとえば『サウンド・オブ・メタル』(2019)という映画は、メタルバンドのドラマーが突然、耳が聞こえなくなって、そこから映画は主人公の視点になりと無音状態になるんです。ただ、無音といっても微かな音はしてて、誰かが何か話すくぐもった音が続くんです。この映画は映画館でも公開されましたが、これこそヘッドホンで見ると面白い映画ですね。
──他にもヘッドホンを使うといい映画はありますか?
大島:昨年のアカデミー賞で作品賞を受賞した『コーダ あいのうた』(2021)というろうあ者一家の映画もいいです。家族の中でたった1人耳が聞こえる女の子が主人公なんだけど、家族の視点になると無音になる。でも、劇場だと無音といっても劇場内の基調音が鳴っているので完全に無音ではないんです。その点、ヘッドホンだと生々しい無音が味わえる。
逆にいうと、『DUNE/デューン 砂の惑星』(2021)みたいな映画は、映画館で音や音楽を浴びるように体験したほうがいい。つまり、ヘッドホンを使うとおもしろいのは、パーソナルな視点で描かれている映画だと思うんです。
──ひと昔前と比べて、映画の音の表現は進化しましたよね。映画館のスピーカーの数も増えましたし。
大島:ええ。音響へのこだわりが最近の映画は顕著ですよね。ドラマ上の演出を音で行うケースもあります。例えば、少し前の映画になりますが『レッド・ドラゴン』(2002)では、冒頭でレクター博士がオーケストラを聴いてて、ピッコロ奏者がミスをして、演奏がヘタなことを音だけで表現してるんです。そうは言っても楽団員なんで、めちゃくちゃヘタってわけじゃなくて、ちょっとしたミスを表現してて、映像と同じくらい音の表現にコストをかけてます。

音質、利便性、健康の3つの天びん
──「グラド」の無線ヘッドホンはどんなタイプの音楽と相性がいいんですか?
大島:わりと今っぽい音楽が合いますね。中低域が強調されてるような。音楽によってヘッドホンを使い分けてるんです。例えばラジオだったら骨伝導を使ってて。
──仕事中は音が絶えることがないという話でしたが。
大島:はい、音楽というか音が絶えることが全くない。ただ、不思議なことがあって、作業によっては音があるとできないものもあるんですよ。それは、写真のセレクト。写真を選んでる時に音がすると、全然集中できなくて。写真をレイアウトする時は大丈夫なんですけど。
今、自分がヘッドホンを使うにあたって、3つの天びんがあって、音質と利便性、そしてあともう1つは健康(笑)。この3つのバランスを探っているところです。
──狙ってるヘッドホンはありますか?
大島:「グラド」のハイエンドモデルかなあ。装着感が保証されたので。利便性はちょっとおいといて、質を求めたい。
──モノとしてもヘッドホンが好きなんですか?
大島:ええ。ヘッドホンはおもしろい。人間の身体性を加味したフォルムで、他にないデザイン。奇妙なモノだと常日頃から思ってますね。

手に汗握ったレジェンドとの仕事
──全体の仕事の中で映画関連のデザインはどれくらいの割合ですか?
大島:映画50、その他50といった感じでしょうか。書籍も多いし、展覧会の図録や会場構成とかいろいろやってます。
──大島さんがポスターやパンフレットなどのデザインを手掛けたマイク・ミルズ監督の『カモン カモン』(2021)もヘッドホンで見るとおもしろそうですね。
大島:確かに! 外の音とヘッドホンの音を巧みに使ってる映画ですからね。この映画のデザインはかなり緊張しました。マイク・ミルズのチェックが直接入ることになったので。若い人にとってミルズは映画監督なんだろうけど、僕等世代にはミルズはグラフィックデザイナー、イラストレーターとしてもレジェンド。またとないチャンスなので、せっかくだからポスター用にイラストを描きおろしてもらいました。
ミルズのデザインは、端正な中にアグレッシブさもあって、新しさもある。それは映画にも通じてて、基本にのっとりつつ、新しい感覚の映画でもある。『カモン カモン』もモノクロなんだけど、見たことのないものを見せてくれる。だからそのあたりを意識してレイアウトしました。
──作品賞をはじめ、今年のアカデミー賞で7部門受賞! 日本で公開中の映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のポスターやパンフレットなどのデザインも手掛けてますね。
大島:この映画も音や音楽がすごい映画という印象。だから映画館でみなさんにぜひ見てほしい。映画関連のデザイン仕事は、最初のうちはその映画のサントラを聴きながら作業してたんですが、なんかだんだん世界観が閉じすぎちゃう感じがしてきて。作品世界の中だけで作業してると閉塞感みたいなものがすごくて。だから、全く違うほうがいいと思って、YouTubeで作品とは関係のない映像の音を聴いたりして作業するようになりました。
──ちなみに今日の午前中はヘッドホンで何を聴いてましたか。
大島:今日の午前中は……すいません、デザイン作業の疲れで寝てました(笑)。
Photography Shin Hamada
Text Takashi Shinkawa
Edit Kei Kimura(Mo-Green)
Cooperation GALLERY & COFFEE STAND HATOB