デザイナーの佐原愛美が手掛けるデニムブランド「トゥ エ モン トレゾア」。女性の体型や感性に寄り添うデザインを生み出す同ブランドは、これまでパリーヘルシンキ発のファッション誌「SSAW」でのコラボレーションを通してさまざまな女性アーティストとタッグを組んできた。その1人としてニューヨークを拠点に活動する写真家ジェナ・ウェストラがいる。同誌の2022年秋冬号で共に撮影に取り組んで以来、今年5月に建築家の吉村順三設計による熱海の邸宅で開催されたサマー・レジデンシー・ショップ「1977-」で写真展を行うなど、親交を深めている。表現に対する考えや姿勢において共鳴するものが多いという佐原デザイナーとジェナに、コラボレーションした経緯から、自身の女性としての体や感性との向き合い方までを聞いた。
――まずはお2人がコラボレーションした経緯を教えてください。
ジェナ・ウェストラ(以下、ジェナ):「SSAW」に掲載された私のフォトストーリーを見て、愛美は私の作品を知ってくれたようです。同誌の編集長であるクリス(クリス・ヴィダル・テノマ)は、私と愛美の共通の友人で、彼が一緒にプロジェクトをやらないかと声を掛けてくれたんです。そこから同誌の2022年秋冬号での「トゥ エ モン トレゾア」のフォトストーリーを経て、「1977-」でも継続してコラボレーションすることになりました。またブランドのウェブサイトや日本でのイベントで私の写真集を取り扱いたいと言ってくれたこともあり、愛美とは親しい関係を築いてきましたね。彼女の女性アーティストの存在や声を届けたいという考えに強く共感しています。
佐原愛美(以下、佐原):「SSAW」とは、3年以上プロジェクトに取り組んできました。これまで取り組んできたフォトストーリーでは、いろんな女性写真家と協業してきましたが、クリスが「次の撮影ではジェナとやらないか」と提案してくれたんです。私も彼女の作品を気に入っていて、感性が似ている同世代の女性と一緒にストーリーを作れたらいいなという思いから実現しました。
写真と服を通して向き合う自身の体や感性
――お2人は表現者という立場で、女性としての自身の体や感性に向き合っていると思います。デザイナー、写真家として、それぞれが追求しようと思ったきっかけは?
ジェナ:大学ではペインティングを専攻していたんです。当時は、自分の体という具体的な対象を、パフォーマンス的に写し取るという方法を試みていました。自分の体の輪郭を線に描き、余白に体を使って色を塗る。この写し取るという行為は、写真とも共通点があったように思います。像と光が印画紙に触れることで写真が現れるように、体と絵の具をキャンバスと触れさせることで絵を描いていたのですから。写真に関心を持ったのは大学卒業後で、はじめは写真を撮ることよりもカメラ自体に引かれていましたね。カメラの仕組みやプリントの技術に関心があり、フリーマーケットや古道具屋で見つけたカメラを自分で修理して使っていました。当初はカメラをテストするために、自分を被写体にして写真を撮り始めました。その後、写真を表現の手段として意識的に捉えはじめ、より撮影の目的や方向性が明確になった時から、自分は被写体になることをやめ、スタジオに友人を招いて撮影を行うようになりました。思い返すと、体を写し取るという行為は、自分探しの手段の一つになっていたのかもしれません。
佐原:私の場合、女性であることで受けたダメージをファッションを通して克服しようとしたのかもしれません。多くの女性が多かれ少なかれ、女性であることで傷ついた経験はあると思います。ブランドを始めた2010年は、男性の労働着として生まれたジーンズにパールやビジューを刺しゅうして、女性の視点で作り変えることが、私自身の精神的な解放につながっていました。それから自分も社会も成熟してきたことで、記号的な「女性らしさ」や「男性らしさ」でなく、もっと女性の体に向き合いたいと考えるようになりました。これまではヴィンテージライクのジーンズにオリジナルの刺しゅうを施すようなデザインでしたが、現在は女性が快適かつ安心して着られるように、ジーンズというアイテム自体を一から再解釈してデザインするようにしています。以前よりジーンズの生地は柔らかくなり、パターンは曲線的になりました。また1カ月の中で変化する女性の体に合わせて、バックルベルトは必要な機能になりました。表現方法は変化しましたが、女性の体や感性への関心が常に表現の原動力にあったように思います。
2度目のタッグを組んだサマー・レジデンシー・ショップ「1977-」
――写真展の全体像について、当初はどんな絵が思い浮かびましたか?
ジェナ:まず思い浮かんだのは、邸宅の施主であり前オーナーの女性実業家の存在です。「私の作品を飾ることを彼女はどう思うだろう?」と想像しましたね。また、女性(の施主)のために作られた家というのは、自分の作品を展示する場所として完璧だと感じました。そして、空間の色や質感も展示を考える上で重要な要素となりました。今回の構成は、ブランドのために撮り下ろした作品と2010年以降に手掛けた作品を組み合わせたもの。過去のネガを眺めていると、自分の写真の傾向が見えてきます。撮影はしましたが、作品として印刷はしていないんです。そうした傾向を理解することで、新たに何を撮影するかということも自然に決まっていったように思います。例えば、イメージの連なりと重なり。これまでの作品では、鏡、水、影などを通して、イメージの連なりと重なりが現れていました。また展示のために撮り下ろした作品「Kayla with Found Slide Projections 1-3」では、1970年代に撮影された植物のファウンドフォトを、被写体の体にプロジェクターで投影するという新しい手法を通して、イメージの重なりを表現しました。
――実際に届いた写真を見て、「トゥ エ モン トレゾア」の世界観とジェナさんの作品に共通点はありましたか?
佐原:ジェナから届いた写真はとても素晴らしく、どの空間にもぴったりだったのですごく興奮しました。自分の考えを言葉で相手に伝えるのは本当に難しいんですが、同年代でもある彼女の時代の捉え方や表現方法にも共鳴するものがありますね。感情や美意識を通した人間的なつながりや、表現を通して、生きるということに何らかのポジティブな影響を与えようとする姿勢がうかがえます。ジェナが日本滞在中に、文学について話す機会があって、不思議と好きな作家や詩人(ケイト・ザンブレノ、ジョーン・ディディオン、シルヴィア・プラス)の好みも似ていたんですよね。これまでのコラボレーションで感じていた親近感の正体がわかったような気がしました。芸術や文学、そしてファッションというものは、言葉のコミュニケーションを越えて人を強く結びつけるのだと。
――「1997-」でのコラボレーションを経て、ジェナさんが感じたことは?
ジェナ:これまで「SSAW」のプロジェクトではメールや電話でコミュニケーションを取っていたので、今回のプロジェクトを経て、みんなで同じ時間や空間を共有することが大切だと実感しましたね。邸宅に滞在したんですが、自分の作品に囲まれて過ごす時間は、まるで自分の作品の世界に暮らしているような感覚でした。
――ブランドのコンセプトに掲げている“女性のセーフプレイス”とは、佐原さんにとってどんな意味でしょうか?
佐原:“セーフプレイス”とは、自分が現実逃避できる場所のこと。誰にでも、音楽に没頭したり、本を読んだり、旅に出たり、目の前の現実や悩みから解放される術、すなわち心の支えがあると思いますが、私にとってはファッションの世界に浸ることが“セーフプレイス”なんです。心の拠り所みたいな場所を、今度は私がファッションを通して作りたいと思っています。
――写真作品からも“セーフプレイス”の言葉から想起されるような静謐な雰囲気を感じました。
ジェナ:男性写真家が撮影した女性の写真からは、被写体の女性に対する消費や支配欲求を感じることがあります。一方で、女性同士の撮影では、お互いへの共感や承認が根底にある気がします。私の撮影現場では、女性が外部のあらゆる干渉から守られた環境を作ることを心掛けています。例えば、モデルの女性に普段から着慣れている、自分が心地よいと感じられる服を着てもらいます。撮影中も常に話しかけて、彼女達のコンディションを確認するようにしています。撮影は常に被写体との同意があって行われるので、決して服を脱ぐことを強要しません。これまでの撮影では、被写体からの提案によって服を脱いで撮影したこともありました。もしかしたら、安全だと感じられる環境では、女性はより大胆になることができるのかもしれませんね。社会において、このように女性が自分の体や感性を用いて自由に表現できる場所がもっと必要だと思います。
佐原愛美
「トゥ エ モン トレゾア」デザイナー。2010年にブランドを設立。「女性のためのセーフプレイスを作りたい。女性の視点を通して、女性の体型や感性に寄り添ったデニムを提案する」という考えのもと、2020年にクリエイティブなデニムブランドとしてリローンチ。
https://tu-es-mon-tresor.com/
ジェナ・ウェストラ
写真家・映像作家としてニューヨークを拠点に活動。ニューヨーク、ロサンゼルス、ボストン、マドリード、ペスカーラ、ワルシャワ、コペンハーゲン、ベルリン、東京、熱海での作品発表のほか、これまでに『Atlas』 (2018 年)、『Afternoons』(2020 年)の二冊の写真集を発表している。 Lubov(ニューヨーク)、Schwarz Contemporary(ベルリン)所属。
https://www.jennawestra.com/
All images courtesy of Lubov, New York and Schwarz Contemporary, Berlin
Text Nana Takeuchi