
突き抜けた音楽性、演奏力の高さで、バンドとしての圧倒的なパワーを感じさせてくれるブラック・カントリー・ニュー・ロード(Black Country, New Road、以下BCNR)。ポストロックにストリングスや叙情的な歌を重ねた独自のチェンバーロック、ここ数年のイギリス音楽シーンの中でも頭ひとつ抜けたバンドとなり注目を集めた。ファーストアルバムに続き、全英チャートでの快挙を遂げたセカンドアルバム『Ants From Up There』のリリース直前にメインボーカル、アイザック・ウッドが脱退するという大波乱を乗り越え、「フジロックフェスティバル’22」(以下、「フジロック」)で待望の初来日が実現。うわさ通りすベて新曲で構成されたセットでは、メンバーそれぞれの実験的な演奏が1つになることで、大きな躍動感を生み出していた。バンドの軸となるスリリングなドラムパートを担当するチャーリー・ウェイン、そしてアンダーワールドのカール・ハイドの娘であり、アイザック脱退後にはベースに加えてボーカルも担当していたタイラー・ハイドに、今回のフジロックでの経験や、アイザック脱退後の活動について話を聞いた。
オーディエンスと一体になれた「フジロック」での初ステージ

——まずは「フジロック」でのパフォーマンス、お疲れ様でした。日本での初ステージ、オーディエンスのリアクションはどうでしたか?
チャーリー・ウェイン(以下、チャーリー):最高の体験でした。ステージに上がった瞬間は、オーディエンスが大勢集まりざわめていましたが、いざ演奏を始めると空気がガラッと変わって、アーティストに対する敬意が伝わってきました。パフォーマンスは、盛り上がるパートと、じっくりと聞かせる落ち着いたパートなどで全体的に抑揚があり、ダイナミックなものになったと思います。
タイラー・ハイド(以下、タイラー):他の国では、ソフトな曲調になった途端にオーディエンスがおしゃべりを始めたり、演奏に集中できないこともあるけれど、フジロックではオーディエンスと一体になれて最高でした。
——曲によってボーカリストをチェンジしていくスタイルが印象的でした。アイザックが抜けて、そのスタイルになったのはみんなでの話し合いの結果ですか? それとも自然に?
タイラー:アイザックがバンドを抜ける以前から、徐々にそのフォーメーションへと変化していきました。でも、練習やライヴのリハーサルなど、準備に割ける時間がとても少なく、自分達が持っているマテリアルを最大限に生かすためにメインボーカルが3人になりました。次のアルバムではきっとフジロックで披露したようなスタイルになると思います。
——3人はボーカリストとして特訓してきたわけじゃないですよね。
タイラー:そうなんです。でも、私の場合はもともと歌うのが好きだったのと、ソロプロジェクトでは自分で歌ってるので、その経験のおかげで緊張せず歌えています。
——アイザックさんは、ステージで歌詞を微妙に変えて歌ったりしてましたよね。歌詞については歌い手がアレンジしてますか?
チャーリー:アイザックは歌詞をアレンジしていましたが、僕等ミュージシャンは演奏にアレンジを加えます。即興性によってパフォーマンスがより味わい深いものになる。良い意味で僕等の曲は未完成だから、発展性があるし、自分がBCNRでの演奏を楽しめているポイントはそこにあると思います。
——「フジロック」で披露した曲はすべて新曲でしたが、中でもオーディエンスの反応が良かったのはどの曲でしたか?
チャーリー:セットの1曲目の「Up Song」ですね。フェスのために全曲書き下ろしたもので歌詞もシンプルだから、オーディエンスも一緒に歌いやすいし、展開も早く、インパクトがある。ステージの幕開けにふさわしい曲。
タイラー:一緒に歌って盛りあがって一体になれます。「Up Song」という曲名はまだ仮のもので、リリースされる時には違うタイトルになるかもしれない。実は、ソロでこの曲を演奏する時はムードが180度違って、胸が張り裂けてしまいそうな、涙が流れてしまいそうな曲調なんです。
ロックダウン中に企画した無観客ライヴ
——今年の6月にYOUTUBEで公開されたクイーンエリザベスホールでのライヴ(2021年3月7日に実施)は長尺のものでしたが、スリリングな展開であっという間でした。ライヴ構成は場所などでフレキシブルに変えていますか?
チャーリー:ロックダウンの最中で、あのライヴはかなり特殊なものでした。デビューアルバムをリリースした直後で、すでにセカンドアルバムに取り掛かっている時期だったんです。普通にライヴができる状況ではなかったので、プロモーションのための特別な企画でしたね。サウスバンク・センターはとても人気があり、オーディエンスの収容数も桁違い。
タイラー:BCNRではこの規模の会場でチケットをソールドアウトにするのは不可能だったと思う。あのタイミングだったからこそ実現できました。
チャーリー:観客がいないホールで演奏することも初めてで、あの場所で演奏ができたのはとても良い経験になりました。
——バックグラウンドの映像とリンクしていたのも良かったですね。
タイラー:あれはバート・プライスによるもので、彼は私達のアートワークを手掛けてくれています。
チャーリー:ロックダウンで長い間会っていなかった友人達と何かクリエイティブなことができたのがすごく嬉しかった。
——メンバーの出身地は?
チャーリー:ケンブリッジシャーですね。
——ロンドンでメンバーが集まった?
タイラー:ジョージア(・エレリー)がコーンウォールからロンドンに移り住んできて、私達と音楽大学で出会い、ルーク(・マーク)とメイ(・カーショウ)も同じ音楽学校に通っていたがきっかけで知り合いました。16歳からルークと私はバンドを組み、ずっと一緒で、そこにチャーリー、アイザックが入り、他の人が抜けて……数年かけてBCNRができていきましたね。
——大学を卒業して生活は変わりましたか?
タイラー:マンチェスターに4年住んでいたので、メンバーと同じロンドンに住んで、音楽活動に専念できるのが嬉しいです。
——チャーリーはロンドンに進学したんですよね。
チャーリー:そう、ギリシャやローマなど古代の歴史を専攻していました。
タイラー:チャーリーは本当、賢い子なの(笑)。
——その経験は音楽に影響ありました?
チャーリー:高いお金を払って勉強したので、良い影響がないと困りますね(笑)。でも、実際はあまり影響していないかも。音楽学校には興味がなく、大学で勉強できたことはすごく楽しかった。それに、今はこうやって、家賃のことなどを気にせずバンドで生計を立てられていますしね。
——日本だとバンドだけで生活できる人なんて一握りです。
タイラー:金銭的にはぎりぎりのラインだけど、私達はすごく恵まれていると思います。
3度目の正直となる、USツアーへ

——ツアーの移動中は何をして過ごしていますか?
タイラー:移動中は大体「数独」。集中してやるととても心が落ち着きます。スマホとかじゃなくて、本に鉛筆というクラシックなスタイルが好きなんだけど、家に忘れてきちゃうから空港で買ったりして、家の本棚に20冊くらいたまってる(笑)。
チャーリー:超典型的ですが、スマホで音楽を聴いたり、スクリーンで映画を観たりしています。日本のアーティストも聴いていますよ。最近では高木正勝がお気に入り。ピアノだけのシンプルな構成ながら圧倒的に美しいです。
タイラー:旅のBGMにぴったりね。
——タイラーさんの最近聴いている音楽も教えてください。
タイラー:以前から聴いていたけど、ケンドリック・ラマーに最新作ではまって、作品全部聴き直したりしていました。
——秋にはアメリカで初めてのツアーが待ち構えてますね。
チャーリー:そう、やっと実現する。
タイラー:2回キャンセルになったから、次が3度目の正直。
——ツアーの移動距離は日本と比べ物にならないですね。
タイラー:本当に。だいたいは長距離移動ですよね。アメリカは広過ぎて、ちょっと恐怖を感じるレベル。でも今回のツアーは私達だけじゃなくて、ブラック・ミディや仲の良いバンドも一緒なので、楽しい旅になりそう。
——修学旅行みたいですね。退屈する暇がない。
チャーリー:まさに。アメリカでツアーするチャンスがあることはすごくラッキーなことだから、感謝の気持ちを忘れずにいたいですね。
タイラー:不安に襲われたり、不平不満がある時には、立ち止まって自分の置かれている状況を冷静に見つめます。「今、こうしていられるのはとてもラッキー」だと、現状や周りの環境に感謝することができるから。友達と一緒に、好きな音楽でお金を稼ぎ、生活できているこの環境にね。
——ステージの上でナーバスになることは?
タイラー:少し。でも、その緊張感がすごく大切だったりもします。
——「フジロック」のステージではどうでしたか? ステージの上で横になっている姿はリラックスして見えました。
タイラー:メイのソロの曲では、彼女にフォーカスするという意図もありましたが、とにかく暑くて、疲れていたから体力を回復させていたのかもしれない(笑)。
アイザックとの強い友情の絆

——アイザックさん脱退後に、ライヴやバンドメンバー同士のバランスをとるところで苦労したことはありますか?
タイラー:バンド以前に私達はとても仲の良い友人であり、友情の絆は強くて揺るがない。今でも日常でつるんでいるので、苦労したところはあまりなかった。
チャーリー:ツアー中はロンドンを離れているので、お互いの時間の使い方に変化があり、以前のようには会えていないです。でもアイザックやメンバー同士の関係には特に大きな変化はなかったと思います。
——新作のアイデアはどんな時に浮かびますか?ツアー中?
タイラー:どんな状況でも音楽を書き続けているので、アイデアや曲のドラフトみたいなものは浮かんできます。でも、ツアー中はそれをまとめたり、形にするのは難しい。リハーサルスタジオにみんなで集まって形にするので、限られた時間の中で新作を生み出すことにストレスを感じることもある。ツアー中に曲作りできるようになるのは、バンドにとって大きな課題ですね。
——あなた達の拠点である、サウスロンドンの街の雰囲気がサウンドに反映されることってありますか?
チャーリー:メンバーの誰もサウスロンドン出身ではないから、影響って言われるようなものは特に思い当たらない。でもウィンドミルという場所(パブのようなライヴハウス)には思い入れがあります。若い世代にたくさんのチャンスを与えてくれる、ユースカルチャーが育つ場所。そのウィンドミルを巣立って、僕等はより大きなステージでやれるようになりました。
タイラー:私達にとってウィンドミルは特別な場所で、今でも訪れます。
——日本ではまだ多くの人がマスクを着用し、消毒を欠かさないのが日常ですが、イギリスはどうですか?
タイラー: すごく狭い空間で、マスクもせず密集してますが、カルチャーや価値観の違いだから、それぞれの在り方があって良いと思いますね。
——日本はまだまだライヴなどにも制限があるので、ロンドンがうらやましくもありますね。あなた達が来日できたことも一大事件というか(笑)。
タイラー:私達にとっても超一大事よ!
——タイラーさんはお父さん(アンダーワールドのカール・ハイド)と何度か来日経験があるんですよね。
タイラー:今までに3回。10月に父はまた日本に来るって言ってました。
——前回来た時と比べて東京の印象は変わりました?
タイラー:雰囲気などはあまり変わってないように感じましたね。私は前に行った場所を再び訪れるのが好きで、なじみの場所があると「戻って来れた」って感じるし、愛着が持てます。昨日の夜、苗場から東京に戻ってきた時にも「ああ、ここに戻って来れたんだ」って。
——チャーリーも以前日本に?
チャーリー:2015年にボーイスカウトでね。
——ボーイスカウト!?
チャーリー: そう(笑)。13歳だったので、ボーイスカウトの中では最年長。活動自体にはあまり興味なかったのですが、旅行に引かれて。
——日本のどこに行きましたか?
チャーリー:東京で4日間過ごし、広島に10日間。そこから青森に移動して、ホストファミリーの家に滞在しました。ボーイスカウトで日本に来るよりも、ミュージシャンとして今回来れたことのほうが断然かっこいいけど、あれも良い思い出ですね(笑)。
——新作が出たらまた日本に戻ってくる可能性はありますか?野外じゃない場所でも観たいですね。
タイラー:オファーがあれば絶対来ます! 父と同じタイミングで来日できたら最高ですね。
アイザックへの敬意がBCNRをさらに前進させる
——前作はアイザックのお母さんの友人サイモンによる絵をアートワークとして使用していましたね。作品のビジュアルなどは具体的に誰が決めているんですか?
タイラー:みんなでアイデアを持ち寄っています。それぞれのアイデアに対して、考えを深め、話し合います。今、インスタのフィードにあるアートワークはローズマリーというアーティストのもので、彼女も私達の友達のひとりでしたが、ノスタルジアを感じさせる彼女の作品が私達の音楽に共通していました。
——人数が多いので、アイデアなどをまとめるのは大変そうですね。
チャーリー:アイデアが常に飛び交っている状態であれば、行き詰まらずにすむ。それに、それぞれ違った角度、音楽のバックグラウンドやセンスを持つことを互いに理解しているので、実際はすごくスムーズに物事を決められるんです。友人という関係性が前提にあり、僕達は対立することを好まない。1人でも異議があるなら、その意見に従い試してみる。それがうまくいかなければ、他の策をトライしたり、今やっていることを改善できるようなアイデアがあれば、どう改善できるのか説明してもらい、みんなで試します。
タイラー:それがうまくいかなかったら、他の選択肢を選びますね。それって公平。私達はとてもシンプルで民主的なんです。「メンバーのエゴが原因で公平性が保てない」という話をバンドをやってる友人から聞いたりしますが、エゴのぶつかり合いみたいなことは私達のバンドでは発生しません。個人でのつながり、友人としてのつながりを大切にしているからです。
——メンバー同士の価値観が似ていることもあるかもしれないですね。
チャーリー:まさにそうですね。素晴らしい音楽をつくりたい、そのゴールや価値観が共通していると思います。
——最後に、アイザックさんの脱退を機に世界中で高い評価を得たファースト、セカンドアルバムの曲をやらないというのは大きな決断だったと思いますが、戸惑いや葛藤はありませんでしたか?
チャーリー: 曲の解釈は無常なもので、完成形というものはないです。曲のどのパートもメンバーそれぞれが培ってきた集大成というか。
タイラー:演奏しない理由はとても単純です。私達はみんな、彼が書いた歌詞と曲に対して、敬意を払いたいという気持ちがあるからなんです。もちろん、どれも大好きな曲で、強い思い入れがありますし、アイザックは演奏していいと言ってくれていますが、まだそのタイミングではない。いつかは乗り越え、演奏できる時期が来るかもしれませんが、今の私達はとにかく前進し、進化し続けていきたいと思っています。

ブラック・カントリー・ニュー・ロード(Black Country, New Road)
イギリス・ロンドンを拠点に活動する6人組バンド。2018年に結成。2022年1月31日にメイン・ボーカルで作詞を担当してきたアイザック・ウッドが脱退。現在はタイラー・ハイド、ルイス・エヴァンス、ジョージア・エレリー、メイ・カーショウ、チャーリー・ウェイン、ルーク・マークの6人で構成。2021年にリリースしたデビューアルバム『For the First Time』で全英チャート初登場4位を獲得し、マーキュリー賞にもノミネートされた。2022年2月にはセカンドアルバム『Ants From Up There』を発表している。
https://blackcountrynewroad.com
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Photography Yuki Aizawa
Edit Nana Takeuchi