VIVA strange boutique Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/viva-strange-boutique/ Sat, 01 Jul 2023 03:35:41 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png VIVA strange boutique Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/viva-strange-boutique/ 32 32 時をかける名盤『Melting Moment』とあのころの話 鼎談:POiSON GiRL FRiEND × SHE TALKS SILENCE × Nanako https://tokion.jp/2023/06/01/pgf-sts-nanako-melting-moment/ Thu, 01 Jun 2023 02:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=188537 世代を超えて国内外のリスナーの心をつかむポイズン・ガール・フレンドの音楽性をひも解きながら、3人の背景にある音楽・ファッション・映画について語る。

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POiSON GiRL FRiEND × SHE TALKS SILENCE × Nanako

nOrikOによるソロ・ユニット、ポイズン・ガール・フレンド(POiSON GiRL FRiEND)の1992年発売のミニ・アルバム『Melting Moment』が6月21日に「Sad Disco」からアナログ盤で再発される。ザ・スミス等のUKロックからトリップ・ホップ、テクノまで幅広い音楽を連想させる1990年代の金字塔的名作だ。

30年の歳月を経た今、再びポイズン・ガール・フレンドの音楽が国内外問わず若者の間でカルト的な人気を博していることをご存知だろうか。ポイズン・ガール・フレンドは「Music From Memory」のコンピレーションアルバム『Heisei no oto: Japanese Left-Field Pop From the CD Age(1989-1996)』にも選出されており、今まさにリバイバルの流れが来ている。

そんな時をかける名盤の背景に迫るべく、6月1日に開催される「ideala」で共演する「ビバ ストレンジ ブティック」のシートークスサイレンス(SHE TALKS SILENCE、山口美波)とポイズン・ガール・フレンドの大ファンでもあるNanakoを迎えて鼎談を行った。インディペンデント精神を持つ3人に、音楽のルーツやファッションに与えた影響、好きな映画から楽曲の制作方法まで幅広い観点から話を伺い、1980〜1990年代をリアルタイムで経験してきた世代とデジタルネイティヴ世代の交差点を探る。

ジョン・ライドンからザ・スミスへ。1980年代のミュージシャンからの影響

ーーまずは皆さんの音楽のルーツについてお聞きしても良いですか。

nOrikO:パブリック・イメージ・リミテッド(以下、PIL)から始まったのかなと思います。ジョン・ライドンをすごく好きになって、PILの最初のベースラインに衝撃を受けました。それから高校生の頃、アダム&ジ・アンツやヴィサージとかのニューロマンティックがはやり始めて、ヴィサージを聴いた時に感動して音楽をやりたいなって思うようになり、リズムボックスを買いました。それまではピアノとヴァイオリンをやっていたんですけど、パンクに出会ってクラシックはやめちゃって。

その後、アコースティックが来るんですよ。やっぱり一番はザ・スミスで、ライヴを観にマンチェスターまで行きました。それぐらいハマって、ほとんど毎日彼等の曲を聴いて泣いていましたね。1980年代だった当時はバブル期で、MTVから流れる陽気な音楽のイメージがあるけど、私はザ・スミスしか聴かなかったんです。あとはザ・キュアーも好きでした。今思えば暗い少女でしたね(笑)。

山口美波(以下、美波) :「ラフ・トレード・レコード」の『CLEAR CUT』っていうコンピレーションを15歳の時に中古のレコード屋さんで見つけたんです。そこに入っているスクリッティ・ポリッティやディス・ヒート、ザ・ワイヤー等といったイギリスのポストパンクバンドと出会ったのが1980年代の音楽に初めて触れた経験です。それからジョセフ・K とかスコットランドの音楽をいろいろ聞いて、周辺の音楽を掘っていきました。

1970年代後半から1980年代半ばくらいまでの音楽がすごく好きで、1990年代以降の音楽になると急に音が変わってしまうような感じがして、1980年代の音楽を無意識に選んで聴いていました。次第に「好きな音楽の一部になりたい」と思うようになり、23歳くらいから自分でも音楽を作るようになりましたね。最初はMacに入っているGarage Bandとギターだけで始めました。

ーー青春時代に一番影響を受けたミュージシャンは誰ですか?

美波:難しいな…。特に誰かというよりも、ニューウェイヴやポストパンクの姿勢に影響を受けているかもしれません。あまり説明を細かくしないというか、自分の普段のスタイルをちゃんと表現するっていうマインドですね。周りに迎合しないで自分をしっかり持つというインディペンデントな精神が音にも出るということに、無意識に感化されていると思います。

Nanako:中学校くらいまで音楽を全然聴いていなくて、高校に入ってヒットチャートを特集する番組を見るようになってから、毎月1枚CDを買う習慣ができたんです。最初はずっとメジャーなものを聴いていたんですけど、だんだん映画のサウンドトラックとかもいろいろ聴きはじめて、TSUTAYAの他にタワレコとかにも行くようになりました。

ーー映画のサウンドトラックはどんなのが好きだったんですか?

Nanako:最初はソフィア・コッポラが好きでした。映画がもともと好きだったから、自然とサウンドトラックに興味を持ちました。それまでメジャーな音楽しか聴いてなかったけど、サウンドトラックからインディーズと呼ばれる音楽を発見したという感じです。

現代の若者の心をつかむ1990年代の名盤『Melting Moment』

ーーところで今回、ポイズン・ガール・フレンドの『Melting Moment』の再発盤がリリースされるとのことで、経緯について教えてください。

nOrikO:本当に突然のお話で、私はノータッチなんです。海外の方からアナログが欲しいという声が結構あって、カセットを作りたいという話になりました。でも権利はすべてレコード会社にあるので私1人では何も決められないんですね。最終的には、レコード会社の方から大丈夫ですというお話をされて、再発盤が発売されることになりました。

ーー最初に再発の話を聞いた時は率直にどう思いましたか?

nOrikO:出しても売れないんじゃないかって思いました。世間ではアナログがはやっているって言われているけれど、どこで誰が買っているのか不思議に思っていたんですよね。そんな中、アナログを再発しますと言われたので驚きました。

ーー当時はどんなことを考えて制作しましたか?

nOrikO:とにかく自分の好きなものをすべてやらせてもらいました。あの頃の私のすべてが詰まっています。1989年にロンドンに行った時に、ニューウェイヴとアシッドハウスが同時にかかるイベントがあって、それにすごく刺激を受けました。高校生の頃とかはツバキハウスとか、大貫さんのロンドンナイトとかもあったんですけど、その頃はずっと1人でヘッドホンで音楽を聴いていたので、ロンドンでの経験をきっかけに大音響で音楽を聴く素晴らしさに目覚めました。自分もこういう音楽がやりたいなって思ったのを覚えています。

ーーお二方はどこでポイズン・ガール・フレンドの音楽と出合いましたか?

美波:Spotifyで聴いたのがきっかけです。女性1人でやりたいことをきちんと形にしているというのが、すごく自由な感じもして心強くなりました。そしてあたりまえですけど、音もかっこいい。発売から時間がたっても、未だに新鮮に聞こえますね。これから出る再発盤を海外の人や若い人が発見していくのが、同じ日本人の女性として誇らしく思います。

ーー先ほど話されていたニューウェイヴのアーティストに通じるようなインディペンデント精神を感じますよね。

美波:今うちでコラボしているPhewさん達もそうなんですけど、時代によって音楽が変わっていっても、ずっとブレずに自分の表現を貫くことはなかなかできることではないので、すごく頼もしい気持ちになりました。

Nanako:私も最初はSpotifyで聴きました。インスタのストーリーにあげたらアメリカやスペインの友達から反応があって、その友達が自分のラジオでかけてくれたんです。

nOrikO:Nanakoさんは20代?

Nanako:25歳です。

nOrikO:私にメールを送ってきてくれる海外の人は、ほとんどが10代や20代。今年になってから、日本に遊びに来てくれる海外の若い子が「大ファンです」って声をかけてくれることが多くて、すごくおもしろいんです。この間、アメリカでカセットを売ったら、24時間で売り切れてしまって。

美波:でも確かに今の時代、若い子に刺さりそう。

nOrikO:すごい不思議(笑)。今の若い子には1980年代、1990年代の感じはどう見えているの?

Nanako:最近1990年代の服とかがすごく人気なので、音楽も遡って聴いたらポイズン・ガール・フレンドの音楽に出合った、みたいな人は多いと思います。でも私は特に時代で区切って音楽を捉えていなくて。

nOrikO:たまたま?

Nanako:はい。1990年代だから好きとか、好きなものが1990年代だけとか、あまりそういうのはなくて、おもしろいなって思うものを深掘りしていく感じですね。ポイズン・ガール・フレンドもその流れで出合いました。自分で聴いたりDJイベントでかけたりする時、年代を意識することはあるし、「この曲1980年代っぽいな」とか「1990年代っぽいな」というのは感覚としてあるけれど、そこまで時代にこだわって音楽を選ぶことはありません。

ーー確かに年代とかジャンルをあまり気にせず音楽を聴くというのはサブスクがある世代の特徴かもしれませんね。Nanakoさんはポイズン・ガール・フレンドのどの曲が特に好きですか?

Nanako:一番好きなのはやっぱり『Melting Moment』に収録されている「HARDLY EVER SMILE(without you)」です。あと2018年に出していたテクノポップのアルバム『rondoElectro』は新しい感じがしてすごく良かったです。ポイズン・ガール・フレンドというと、『Love Me』とかをイメージすると思うので、このアルバムを聴いて驚きました。

ーー『rondoElectro』ではセルジュ・ゲンスブールやドアーズのカバーをされていますね。カバーするアーティストはアルバムの制作時期に好んで聴いているアーティストなんでしょうか?

nOrikO: カバーしたいアーティストはすごく昔から決まっていますね。この間のコラボレーションで映画『ラ・ブーム』の曲のカバーをやったんですけど、何十年もやりたいなと思っていたのでようやく実現したという感じです。

ファッションというよりは音楽にずっと一途

ーー先ほどファッションの話が出てきましたが、皆さんは自身のファッションが音楽の影響を受けていると感じることはありますか?

美波:もともとこの人をまねしたいとかはなかったんですけど、スロッビング・グリッスルのメンバーを見た時にすごいかっこいいなと思いました。彼らは革ジャンをカスタムしたり、アーミージャケットに自分達のバンドのワッペンを着けたりしていて。彼らのDIY精神にはすごく影響を受けています。特にリーダーのジェネシス・P・オリッジと、コージーという女性メンバーのファッションは大好きです。

ーー「ビバ ストレンジ ブティック」を始めてから憧れの人とたびたびお仕事されていると思いますが、例えばどんなミュージシャンに会うことができましたか?

美波:ここに展示してある中(店内では久保憲司の写真展が開催されている)だと、プライマル・スクリームのボビー(ギレスビー)に会えました。この写真は1986年だから私が生まれた年くらいなんですけど、その頃から30年以上たってから一緒に仕事ができるということがとても感慨深く、ファン冥利に尽きますね。ずっと続けてきて本当によかったなと思います。

ーーnOrikOさん、Nanakoさんはファッションに関して音楽からどんな影響を受けましたか?

nOrikO:ファッションというよりは音楽にずっと一途なのですが、ロンドンファッションはすごく好きです。特に「ヴィヴィアン・ウエストウッド」は一生好きです。「ヴィヴィアン・ウエストウッド」がまだ売れる前にロンドンのショップ「SEX」に行った時に、後ろのほうでお針子している女性が店員さんに「ヴィヴィアン」と呼ばれているのを見て、その女性がヴィヴィアン本人であることに気付きました。本当に驚きました。

美波:それは貴重な体験ですね…!

Nanako:私は古着しか着ないんですけど、特定のミュージシャンに影響を受けたとかはないです。でも音楽と服はつながっていると思うので、例えばライヴをする時は、音楽の世界観を表現するのにファッションも大切になると思っています。

映画から紐解くそれぞれのルーツ

ーー映画からの影響はどうですか?

Nanako:学生の頃は、ベタだけど『クルーレス』のファッションが好きでした。

nOrikO:ロンドンとは関係ないんだけど、ジャック・ドゥミの『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人たち』がすごく好きです。

Nanako:意外かも(笑)。

nOrikO:最近、DVDを見返したら、エキストラのファッションから壁紙まですべての色が計算されているように見えておもしろかったです。

美波:私はセルジュ・ゲンスブールが出演し音楽も手掛けている『アンナ』という映画ですかね。アンナ・カリーナが好きなんです。最初にファッションに興味を持ったきっかけも60年代のレトロフューチャーな雰囲気に引かれたから。今はなかなか実際に着る機会はないんですけど、例えばアンナのカラフルな服の上に透明のビニールのレインコートを重ねる、みたいな映画のファッションは大好きです。10代の頃にヴィジュアルがカッコいいからという理由で、意味もわからないままジャン=リュック・ゴダールの作品とかを観ていました。画がカッコいいだけでなく、ゲンスブールがやっている『アンナ』の音楽もすごく良いなと思って、感覚的に好きになっていました。

nOrikO:ゴダールの作品は今見ると白黒以外のものは、基本的にトリコロールカラーなのよね。差し色が黄色とかで。

ーー先ほどジャック・ドゥミを挙げていらっしゃいましたが、 nOrikOさんもやっぱりフランス映画がお好きなんですね。

nOrikO:そうですね、でももともと10代、20代の頃はイギリスの青春映画が好きでした。『さらば青春の光』とか『トレインスポッティング』とか。その後はフランスのストラスブールに3年ほど住んでいたこともあり、フランス語が少しわかるようになってからフランス映画を見返していましたね。

ーーなぜストラスブールに住んでいたのですか?

東京のテクノの感じに少し疲れてしまって、一度リセットしたかったんですよね。ストラスブールはとても穏やかで、20時になると店がどこも開いていないような街でした。

ーーNanakoさんは映画館で働かれているとのことですが、どんな映画をよく観ていますか?

Nanako:アメリカのロードムービーがすごく好きで、監督だとモンテ・ヘルマンとか。

ーーああ、『断絶』の!

Nanako:あと、ハル・ハートリーとかですね。作品だと『ゴーストワールド』がお気に入りです。アメリカ映画が一番好きなんだと思います。

nOrikO:アメリカの役者さんだと最近、アダム・ドライバーが好き。ジム・ジャームッシュの作品にも出ているし、去年公開されたレオス・カラックスの映画『アネット』はすごくハマって5回くらい劇場に観に行きました。

ーー映画の音楽を担当したスパークスもお好きだったんですか?

nOrikO:大好きでした。小学生の頃はスパークスやクイーンを聴いていて、それからパンクが出てきたんですよね。

Nanako:nOrikOさんの一番古い記憶って何ですか?

nOrikO:子どもの頃リオ・デ・ジャネイロに住んでいたんですけど、その時の洋梨の香りです。当時はラ・フランスのような洋梨が日本になかったので、洋梨の香りは、日本に帰ってからもずっと記憶に残っていました。子どもの頃の経験は少なからず制作にも影響している気がします。

「ベースラインが先に耳に入っちゃうんです」

美波:制作についてお聞きしたいんですけど、音楽制作は1人で行いますか?

nOrikO : デモとかは1人で作るけど、私はマルチプレーヤーではないので、一緒になって表現してくれる人を探してサポートのミュージシャンと一緒に作っています。

ーーメロディーと歌詞どちらから作りますか?

nOrikO:一番理想的なのは、歌詞とメロディーが一緒にできることです。他の人に作ってもらった曲に歌詞をつけるのがすごい苦手で、できるならメロディーも自分で作りたいですね。メロディーと歌詞を一緒に作ることはいつでもできるわけではないので、ワンフレーズが完成したらそこから広げていくイメージです。

ーー美波さんはどんな順番で曲を作っていますか?

美波:私はベースラインから作ることが多いかな。音楽を聴く時もベースラインが一番先に耳に入っちゃうんですよね。ベースラインが好きな曲を好きになるって感じで。普段はギターしか弾かないんですけど、作るってなるとまずベースラインから考えて次にドラムを作ります。

ーーイチオシのベースラインは何の曲ですか?

美波:いっぱいあるんですけど、今パッと出てきたのは、デヴィッド・ボウイの『Be My Wife』って曲ですね。その曲をザ・ホラーズのスパイダー・ウェッブがイギリスのクラブでかけていた時に、ベースの低音をすごく際立たせていて、それがすごくカッコいいなと思ったんですよね。

Sound Cloudで出会ったアメリカの友人との楽曲制作

ーーNanakoさんは今回のイベントでライヴをするということですが、曲はどのようにして作っているんですか?

Nanako:もともと私はGarage Bandで作っていた曲をSound Cloudにあげていて。そこで私の曲を聴いたアメリカの友達が一緒にやりたいって言ってくれたんです。楽器ができる人だったので、その人の演奏の上に私がボーカルを入れる形で曲を作りました。1人で作る時は完全に打ち込みで作ります。ライヴにはキーボードを持っていくけれど、歌がメインになると思います。曲順も一応決めたけどまた変えるかもしれない。

ーーアメリカの友達と2人で作る時はどんなふうにやりとりをしながら作っていくんですか?

Nanako:メールでのやりとりです。1回スカイプでやってみたんだけどあまりうまくいかなくて、メールで送り合って意見を出し合いながら少しずつ作っていきました。

ーーメロディーが先ですか?それとも歌詞が先ですか?

Nanako:どっちもですね。私が作った詩に向こうが曲をつけることもあります。

選曲について。最近聴いてる音楽とは

ーーnOrikOさん、美波さんは今回のイベントでどんな曲をかけますか?

nOrikO:聴く音楽の幅が広いので、この10年くらいはフレンチポップばかり聴いていました。でもイベントをやるようになって、1989年から1991年くらいのテクノやハウスをかけることも多くなってます。ただ今回、お二方の音楽を聴かせていただいてシューゲイザーっぽいのがいいのかな、と思ったのでそのあたりを意識したDJになりそうです。

美波:たぶん私は2000年代のレコードがメインになりそうです。2000〜2010年代の、世の中ではあんまり聴かれてなさそうなレコードで好きなものが結構あるので、それをみんなで聴きたいです。音の感じはほんとバラバラなので、2000年代にリリースされたいろんなジャンルの音楽を流すことになるんじゃないかなと思います。

ーー最後に、皆さんが最近聴いているおすすめの音楽を教えていただきたいです

Nanako:オーヴァーモノとか。あとはタフアライアンスっていうスウェーデンのバンドを毎日聴いています。ブリストルのペット・シマーズというバンドやシカゴのグレープトゥースも好きです。

nOrikO:私はセガ・ボデガがイチオシです。海外では人気があるんだけど、日本での知名度はあまりないのかな。最初聴いた時は1990年代トリップホップのトリッキーみたいだなと思ったんです。ちょっと前に日本に来た時に「トリッキーは知ってる?」と聞いたら、「知ってる知ってる!」と言って喜んでいました。

美波:そんなに新しいわけではないんですけど、私はルイス・コールが好きです。あとは、ベルリンとイギリスを拠点にしているアニカというアーティストが好きで、彼女はポーティスヘッドのジェフ・バーロウがプロデュースをしたアルバムも出しています。最近はセルフプロデュースでも新譜を出していて、ジェフがプロデュースしたのはダブやトリップホップの要素が強いんですけど、セルフプロデュースのはもう少しバンドサウンドに近いですね。

ーーありがとうございました!

■ideala
日程:6月1日
会場:FORESTLIMIT
時間:20:00
料金:¥1,500(ドリンク代込み)

20:00〜20:50 AKIRAM EN
20:50〜21:40 eminemsaiko
21:40 〜 21:55 Nanako (Live)
21:55 〜 22:55 POiSON GiRL FRiEND
22:55 〜 23:55 SHE TALKS SILENCE

Photography Reina Kubota
Editorial Assistant Emiri Komiya

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店主の意志と顧客の意思が疎通する VIVA strange boutiqueオーナー、山口美波 https://tokion.jp/2021/04/14/viva-strange-boutique-minami-yamaguchi/ Wed, 14 Apr 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=27723 1970年代後半〜80年代初頭に勃興したニューウェイヴ。当時活躍していたミュージシャンのオフィシャルアイテムを新たに制作するVIVA strange boutiqueの山口美波の活動に迫る。

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解放を求めた潮流、ニューウェイヴ。その当時活躍していたミュージシャンにリスペクトを捧げ、当人達のオフィシャルアイテムを新たに作り、東京・奥沢にある小さなショップ、VIVA strange boutiqueで展開している山口美波の活動は、横行するプロダクト開発や一極集中する都市型の商売モデルから抜け出そうとしているようにも見える。態度はさりげないが、そのやり方は実に正しく、愛が溢れるものだった。

敬愛するアーティストへの恩返しと還元

今回はまず、ニューウェイヴという1970年代後半から80年代初頭に勃興した、儚くも煌びやかでダーティーな、矛盾すら混濁していたムーブメントの背景について話をしておきたい。世界的な意識の変革をもたらしたベトナム戦争、それに結びついた学生運動によって起こった五月危機。60年代後半、人々は抑圧や規律といったものによって強制的なしつけをしていた近代社会に(おそらく)辟易し、一斉にアゲンストし、解放を求めようとした。北欧を皮切りにポルノが解禁されたのは、そういった時代。一種の退廃を欲するようになったわけだ。その傾向の影響は芸術にも及んでいく。禁欲的なものやただ美しい風物、抽象画などではなく、簡単に言えば、タガが外れてめちゃくちゃになる。シンディ・シャーマンなどの前衛芸術、性的なイメージを写真という媒介を通して誇示したロバート・メイプルソープといった作家が登場し、ホラー小説、そしてニューウェイヴが台頭してきたのもその頃、あるいは以後である。過去の“抑圧の芸術”に対する批判、ニューウェイヴの成り立ち等が記されているのが、1975年に刊行された批評家、トム・ウルフによる著書『The Painted Word』(1984)。ニューウェイヴ・ポストパンクに分類されるバンドの中でも、特にストレートな表現をしていたと言ってしまって誤りではないであろうテレヴィジョン・パーソナリティーズの4枚目のアルバム名に冠された、同時代の証明と呼べる書物である。

The Painted Word by Television Personalities
℗ Fire Records Released 2002

縛りから解かれた表現潮流であるニューウェイヴは、DIY的な側面ももっていた。音楽のみならず、レーベルの運営、ジャケットのデザイン、衣装など、“作られた”世界ではなく、自らの手でそれを創る。先でテレヴィジョン・パーソナリティーズが“ストレート”であると形容した理由は、音楽のスタイルだけではなく、どちらかと言うと“DIY”な部分にある。テレヴィジョン・パーソナリティーズは、VIVA strange boutique(以下、VIVA)が最近コラボレーション、フィーチャーしたバンドだ。山口は同バンドについて次のように話す。

「セックス・ピストルズと同じ時代に特に活動をしていたバンドですが、ピストルズがマルコム・マクラーレンやヴィヴィアン・ウエストウッドによるプロデュースが大きく影響をしていたのに対して、テレヴィジョン・パーソナリティーズは完全にDIY。例えばジョイ・ディヴィジョンやニュー・オーダーも、ピーター・サヴィルのアートディレクションによってバンドの世界観をより強固なものにしていますし、彼らのレーベルオーナーであったファクトリー・レコードのトニー・ウィルソンの貢献といった部分も、もちろん素晴らしい事象であり、美しい関係性だと思っています。けれども、テレヴィジョン・パーソナリティーズは少し別格と言える存在。とにかくDIYを貫いていて、例えばヴォーカリストのダン・トレーシーが自分でレーベルをやって自主盤を出し、ジャケットも自ら作っていました。本当の意味でのDIY精神をもったパンクバンドっていうところに強く憧れているんです」

VIVAが展開しているTシャツを中心としたプロダクトの最大の特長は、すべてがオフィシャルであるという点である(買い付けたものもある)。バンドTシャツは、時に高額で売買されるオリジナルも存在するが、ブートレグも数多くある、というかアイコニックなジャケットデザインがTシャツの上で一人歩きしている方がむしろ大半だろう。そういったものが横行し、まかり通ってしまっている分野であるわけだが、山口はとにかく「オフィシャルであることにこだわりたかった」と話す。

“ファッションというと、まず着飾るというイメージがあるが、ファッションとはほんとうは社会を組み立てている規範や価値観との距離感覚であり、ひいてはじぶんとの距離感覚であるとおもう”

これは、日本の哲学者である鷲田清一による著書『ちぐはぐな身体 ─ファッションって何?』(1995年、筑摩書房)の一文である。“規範や価値観との距離感覚”を得る(それは近づこうが遠ざかろうがどちらでも良い)ためのものがファッションであれば、ただそれらしいもの、好きなバンドのTシャツやそのバンドのメンバーなどが身に纏っていたファッションを模したようなものを着れば補完はできる。つまり、ファンとしての意思表示、嗜好の顕在化である。ただ、山口の目的はそこではない。いや、それもあるかもしれないが、“それ”を超えた至上の愛が彼女の原動力になっている。

山口が敬愛するニューウェイヴやポストパンクといった分野のなかからコラボレーションをしたいアーティスト、バンドを決め、門を叩くところからやり取りはスタートする。時にSNSからコンタクトを始める時もあるそうだ。警戒されないよう、ファーストコンタクトは特に慎重に行う。ただ、「オフィシャルのバンドTシャツを」とお願いするのではなく、金銭的な条件やデザインをある程度、固めてから提案をする。実態や姿勢をしっかりと表明し、アーティスト本人の希望を尋ね、反映させてきたことで、これまでにはないもの、かつアーティストも喜ぶものがやがて出来上がる。おおよそ、2ヵ月に1回くらいのペースで新作を更新していっているが、それでもまだまだ遅いと思っていると言う。

「私が作っているものは、いわゆるアパレル・ブランドともまた違うので、シーズンでは分けられない。なので、正解のペースがわからないんですけれども、作りたいと思うタイミング、テンションとかも含めて、もっと柔軟にできたらいいなとは思っています。私がコラボレーションをしたい、ポストパンク/ニューウェイヴ世代のアーティストは高齢になりつつあるので、ちゃんとお元気なうちに見てもらって、喜んでもらいたい。と考えると、もっと急がないと、と思っちゃうんです。私はファッションよりも音楽が圧倒的に好きということがベースにあって、アーティストに『還元』できる形でやりたいんですね。ブートレグでもグッズは作れるんでしょうけれども、『還元』はできない。彼等が望む形でものを作り出すことが第一です」

「還元」や「恩返し」。インタビュー中にたびたび山口が発したこの言葉こそ、VIVAを運営し、プロダクトを作る本来の目的なのである。

特筆すべき、すべてユニセックスというさりげなさ

山口の音楽体験はティーンエイジャーだった頃、早くに始まる。ソニック・ユースをリアルタイムで体験し、そこからサーストン・ムーア等が影響を受けたバンドなどを探り、高校生の頃にはヴェルヴェット・アンダーグラウンド(以下、ヴェルヴェッツ)のギターパートをカバーしていた。入り口であるソニック・ユースのカバーから何故始めなかったのか、と尋ねると「もちろん好きなんですけど、なぜかはちょっと自分でもわからないですね。たぶん、オルタナティブ・ロック過ぎた……から? ヴェルヴェッツの方が比較的暗かったから、自分の志向に合っていたんだと思います」という答えだった。

山口のミュージシャンとしてのソロプロジェクトであるSHE TALKS SILENCEの音楽は、山口のキャラクターやウィスパーボイスが相まって、フェミニンという印象を抱く人が少なくないかもしれない。しかし、全体的に漂ってくるのは、ヴェルヴェッツから離れた後、ゴスへと向かったニコ的なダークネスや厳かさだと強く思っている。特にSHE TALKS SILENCEの音楽を興味深くさせたのが、アルバム『Sorry, I Am Not』に収録されている楽曲「There’s No」のノイズの中に囁きが潜んでいるかのような構造。ハードコアバンド、ストラグル・フォー・プライドのストイックな基本様式に近いように感じさせるものである。といったことを伝えると、山口は反論もなく、とりあえず笑ってくれた。

1960年代に誕生したヴェルヴェッツの評価を端的に述べることは(1985年生まれと、完全な後追いの筆者にとって)困難であり、誤ってしまう可能性が高いため臆するのだが、ひとつだけ言ってみたいことがある。それは(ルー・リードが嫌がったウォーホルの仕掛けだったとは言え)一瞬でもニコが在席していた両性混在のバンドだったことの重要性だ。ヴェルヴェッツ以降、隔てられた性が中和し始める。男性が女性的になり、女性が男性的になる。セックスアピールをあっけらかんとしてしまうスロッビン・グリッスルのコージー・ファニ・トゥッティはヴェルヴェッツ以降、ならびにニューウェイヴの非常にわかりやすい象徴だろう。

山口がファッションに関して最も影響を受けたのはスロッビン・グリッスル、サイキックTVなどの創設者、ジェネシス・P・オリッジだと言う。“彼”として生まれたジェネシスは、2番目の妻と容姿を近づけるために整形や豊胸、性転換手術を施し、“彼女”にもなったサード・ジェンダーであることは有名な話だ。ニューウェイヴにとって性の隔たりは不毛だったはずである。

「否定はしないけれども、そもそもガーリーと言われるようなものには興味がないんです」

VIVAのプロダクトは当然、すべて山口が指揮をしているものではあるが、女性に向けたものではなく、そのほぼすべてがユニセックスである点はさりげない特筆すべきことではないだろうか。それが意識的であろうがなかろうが。

「作りながら考えているのは、フィーチャーするアーティスト、バンドが本当に好きな人のこと。ファンの人達と自分自身が納得できるかどうかということ。自分は女性で30代なんですが、そこはあまり関係がないと思っていて。コラボしているバンドは男性ファンの人口が多いジャンルですし、世代も50代くらいの方がストライクだったりするので、てっきりおじさんがやってる店だと思われていることも多々あります(笑)。でもそれはそれで良くて、そういった「おじさん要素」も、自分のフィルターを通すことで、性別や世代を問わず、幅広い層に喜んでもらえるようにアップデートしたアイテムを作っていけたらいいなと思っています」

さらにはVIVAのプロダクトは国境をも越える。

「VIVAのプロダクトを買ってくださる方の7割が日本、残りが海外なんですけれども、SNS等で知ったお客さんが段々と増えてきていて。本人とやりとりして出来上がったオフィシャルだからこそ、アーティストご本人がSNSに投稿してくださって、それにファンの人達が反応をしてくれている。そういう人達って、カンも好きとか、クリス&コージーも好きとか、大体嗜好が近いので、その多くがリピーターになってくれるのもとても嬉しいです。でも実はこのまま作り続けていていいのかなと、コロナ禍で思っていました。Tシャツなどの洋服、特に私が作っているようなものって、まさに不要不急なものだなと。でも、海外のお客さんで『こういうリリースがあって、久しぶりにテンションが上がった』って言ってくれた方がいたんです。気持ちの面でお役に立てているという実感が得られた時、これまでちゃんとやってきて本当に良かったなって思えるようになりました」

VIVAが位置している東京の奥沢は、お世辞を言おうと思っても言えないほどに何もない。周りをしばらく歩いても住宅ばかりで、店舗があったとしてもこぢんまりした飲食店がポツポツと点在しているくらいだ。人の往来はあるが、大抵は駅に向かうか、駅を背にして家路につく人ばかり。東京の中心から外れた場所にあるわけでもないのに、何となく灰色の空気が漂っているように感じる。入り口の上に飾られている小さな「VIVA」のネオンサイン。主張する気もさらさらないと、その空気の中で、それこそさりげなく光を放っている。

「街のカラーが全くなくて、それが良かったからここに決めました。奥沢はカルチャー感が全くない場所なんです」

渋谷でも下北沢でも中目黒でも何でも良いが、街のカラーがある程度決まっていると、訪れる人は街という“括り”を求めに行く。しかしVIVAの場合は、ダイレクトに店に向かうため、目的がVIVAにしかほぼないと言って良い。店主のアーティストに対する意志と顧客の本当に好きだという意思がしっかりと疎通しながら成り立っている小さな商い。それ以上にベストな形は果たしてあるのだろうか。

VIVA strange boutique
2019年の春にオープン。世田谷区の奥沢駅から徒歩1分。ニューウェーブやポスト・パンクを中心としたアーティストのオフィシャルTシャツを始め、レコードやヴィンテージの雑貨などを揃える。同店の地下には、ギャラリースペースも併設されており、不定期でイベントや気鋭作家の作品展示なども行っている。

Photography Kazuo Yoshida
Edit Jun Ashizawa(TOKION)

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