伝統文化 Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/traditional-culture/ Mon, 14 Nov 2022 10:58:41 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 伝統文化 Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/traditional-culture/ 32 32 連載「ジャパンブランドのトリビア」Vol.4 セラピストRYOKO HORIが長い海外生活で改めて感じる日本のモノや人の魅力 https://tokion.jp/2021/12/05/japans-brand-trivia-vol-4/ Sun, 05 Dec 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=79939 メイド・イン・ジャパンのブランドやアイテムの魅力をクリエイターに問う本企画。第4回は、ベルリンで RYOKO senses salon を営むセラピストの堀涼子が登場。

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デザインや機能性、トレンドやスタンダードという軸があるように、“メイド・イン・ジャパンであること”も、モノ選びの基準の1つになっている。連載「ジャパンブランドのトリビア」では、最先端であり、ソーシャルフルネスというステートメントに沿ったメイド・イン・ジャパンのものを、さまざまなクリエイターが紹介。今回は、ベルリンを拠点にセラピストとして活動する堀涼子。服飾専門学校卒業後、渡仏。その後帰国し3年ほど、ファッション業界で働いたのち、シドニーを経てベルリンへ移住。ベルリンでの生活は、もうすぐ10年になるという。海外生活が長いからこそ、改めて感じる彼女のメイド・イン・ジャパンの価値観とは。

−−パリ、シドニー、ベルリンと長年海外生活を送る中で、改めて感じるメイド・イン・ジャパンのモノの価値や魅力はどのようなところにあると思いますか?

堀涼子(以下、堀):メイドインジャパンのモノは、世界的に見ても“高いクオリティ”の代名詞だと思います。比べものにはならないクオリティがありますから。私が住んでいるベルリンでもコロナ禍の少し前くらいから日本ブーム。日本旅行を楽しむ友人も多く、私がなかなか帰れない分、彼らから日本各地のホットスポットの情報を聞いたりして。友人達も皆、そのクオリティの良さに信頼を置いています。だからこそ、日本のものを選びたいという思考の人も増えている。また、海外で生活をしていると改めて、日本人は人としてもすべてにおいて完璧だなと感じます。作っているものの完璧さはもちろんのこと、人としても、仕事も、時間もきちんと守りますし、とにかく“きちんとしている”のが日本人らしいなと思います。

−−モノづくりにおいて海外と日本の違い、またそのおもしろさはどんなところにあると思いますか?

堀:海外の人はトライが早いと思います。興味を持ったらやってみる人が多い。だから実験的に作ってみたら、おもしろいものや新しいアイディアが生まれたり、そういうおもしろさがありますよね。日本の器やクラフトが好きで、いろいろ集めているのですが、ものを見ていると、長年受け継がれてきた技術力が本当に素晴らしいと感じます。伝統的であるだけでなく、モダンさもある。しっかりとしたベースがあるからアレンジができる。いろんな作家さんとお仕事をするので、日本人が作ったか、外国の作家さんが作ったか、器などをみているとすぐにわかります。ベルリンは移住者が多く、いろんな国の人がクリエイティブな仕事をしていておもしろい。だからこそ、違いもわかりやすいんです。

日本のクオリティをベルリンで具現化する陶芸家による「Studio Cuze」

陶芸家久世さんの作品です。彼もベルリン在住で、スタジオを持って活動をしています。ちょうど私がベルリンに移り住んだのと同じ頃、彼も引っ越してきていて、友人を介して知り合いました。私はアルコールベースの香水を調香しているだけでなく、樹脂や香木などを焚くお香も取り扱っていて、香水のボトルやスマッジホルダー、香炉(香木や樹脂などの香を焚く器)をメイドインジャパンのクオリティで、作ってもらっています。日本にも、もちろん好きな作家さんや一緒にお仕事してみたい方はたくさんいるんですが、やはり距離があるので気軽には難しく。近くにいて、クオリティも素晴らしい。私の考えを具体的に形にしてくれる久世さんの存在はありがたいですね。

時代を超えて受け継がれる日本の古道具

日本に帰ると必ず骨董市を訪れて、昔からある街の古道具屋を巡ります。そこで江戸時代のものなんかを見つけるとお宝を見つけたような気分になります。古道具や骨董品を見て作り方や当時の用途をあれこれ想像しては、もちろんその時代のものはすべて手作りのはずですから、その技術力に圧倒されてしまいます。大切にしているモノの中でも、100年以上前の櫛は、細く均等に作られていて、その繊細さに惚れ惚れしますし、キャンドル立ては、今でいう懐中電灯のようなものだったのでしょう、常に蝋燭がまっすぐ上に立つような仕組みになっていて、きちんと考えられた機能性が素晴らしい。ヨーロッパのアンティークももちろん好きなのですが、ヨーロッパのものは、機能というよりも視覚的に楽しめるようなデザインが印象的。日本のものは機能を重視していて、デザインは削ぎ落とされている。そのシンプルさは古臭さが全くなくモダン。時代を超えて受け継がれる日本独特の機能性と技術力は本当に素晴らしいですよね。

ベルリンで一番おいしいお寿司が食べられる「Sasaya」

前回帰国したのは3、4年前。日本食が恋しくなる日々の中で、ベルリンできちんとおいしい日本食がいただけるお店があります。それが『Sasaya』。東京は、おいしいお店もたくさんあって、値段が高ければもちろんですが、安くてもハズレってめったにないですよね。ほとんど魚が食べられないベルリンで、生魚が食べられて、しかもおいしいお店は貴重。なので、頻繁に食べに行っています。「Sasaya」は、ベルリンの日本料理屋さんの中でも一番おいしいと言われているほどの人気店。日本人の大将が握ってくれるサーモンのあぶり寿司の、あのとろける感じは、食べるといつも日本を思い出します。大将は寡黙だけど、お店の中の様子は、すべて見えている。その感じも日本料理屋さんならではという感じがして、行くとほっとできる場所です。

堀涼子
1980年生まれ、大阪府出身。パリ、ロンドン、東京、シドニーを経て、現在ベルリン在住。「RYOKO senses salon」を主宰し、リメディアルマッサージ&ビューティーセラピスト、調香師、ショップオーナーとして活動している。

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連載「ジャパンブランドのトリビア」vol.2 癒しとエネルギーに満ちた日本食 唯一無二の魅力をフード・アーティスト前田まり子が再考 https://tokion.jp/2021/09/20/japans-brand-trivia-vol2/ Mon, 20 Sep 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=58405 メイド・イン・ジャパンのブランドやアイテムの魅力をクリエイターに問う本企画。第2回は、ブッダボウルの先駆者でフード・アーティストの前田まり子が登場。

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デザインや機能性、トレンドやスタンダードという軸があるように、メイド・イン・ジャパンであることも、モノ選びの基準の1つになっている。本連載では、最先端であり、ソーシャルフルネスというステートメントに沿った“メイド・イン・ジャパン”のクリエイションにフォーカスする。今回はナチュラル・アンド・ヘルシーをテーマに活動するフード・アーティストの前田まり子に、日本の食文化の魅力を改めて考察し、自身の日本食に関するものやお店を紹介してもらった。

−−「カノムパン』から「ブッダボウル』を作るまで、その経緯を教えてください。

前田まりこ(以下、前田):イタリアンで働いたり、ケーキやクッキーを作って販売したりと、ずっと料理の世界と近いところにいました。パンとの出合いは突然で、ある1冊の本に出合ってから。その本は、日本各地で暮らす人が、自分の生活に沿ったパン作りをしているという内容。残った野菜の皮やお米から酵母を作ったり、その無理のない感じが、ちょうど生活を田舎へシフトしたいと思っていた気持ちと重なって、葉山へ移住しパンを作り始めました。「カノムパン」を始めて、気付いたら13年が経っていた。あっという間でした。毎日酵母の様子も変わるし、中に入れてから焼けるまで、1日たりともオーブンの中を見ない日はなかった。毎日が必死だったんです。10年が経った時、周年パーティーを開いて、その時自分の中で100点が出せた。そこから次に新しいことをやってみたいと意識が変わって、東京に戻ってきました。

しばらく抜け殻状態の中、「ムスムス」でアルバイトをしているうちに、食のクリエイティブ欲が再燃。葉山に住んでいた時に知ったヴィーガン食、どんなに忙しくても半年に1回のペースで行っていたほど大好きなタイのヴィーガンも網羅していたんです。そのヴィーガンを生かし、間借りしていたお店でヴィーガンプレートを始めました。その時、たまたまFacebookでブッダボウルの存在を知り、もともと作っていたプレートを少しアレンジして、色とりどりの野菜と穀物、果実を1つの皿に盛るブッダボウルに。私自身がヴィーガンというわけではなく、シンプルに野菜が好きだった。それに新しいことを考えるのも楽しかった。ブッダボウルというネーミング力も強くて好きで、これはいける! 私ブッダボウルの先駆者になる! と確信しました。それから『ブッダボウルの本』を出版しました。本を出してからは、ヴィーガン、プラントベース、ブッダボウルというワードがすごく身近に感じるようになって、なんとなく1つのブームを作れたような感覚になりましたね。

伝統のある料理、旬の食材を通して日本の風情を味わう

−−食人生においてさまざまな節目を経て、改めて思う日本の食文化の魅力とは?

前田:例えば、お節料理とか、受け継がれてきた料理や日本ならではの習慣が消えつつあるような感じがして、寂しいですし、なくなってほしくない。うちは毎年必ずお節料理を作ります。やっぱり日本人の体には日本の食材が一番合う。カノムパンをやっていた時もブッダボウルを作っていた時も、お店で野菜を見て食材ありきで、今日何しようって考えていました。それを考えている時に一番アドレナリンが出ていたかもしれません。そういう時も日本の食材を使うことが多かった。意識はしていないけど、ナチュラルに自分の中でそれが目利きとなって染み付いていたのかもしれないですね、ルーツですから。葉山での生活は、日本の生活に沿ったものをなるべく自分の手で作ろうと思った始まりで、お味噌作りや梅干しを漬けたのはその頃から。特別な何かというよりはいつもの生活の中にある普通のこと。魚を焼いて、玄米を炊いて、自分で作った味噌でお味噌汁を作って、糠床から糠漬けを出して。そういう食卓がやっぱり好き。干物や、余裕があれば、がんもどきも手作りする。それが夢のようにおいしい。季節の変わり目に、旬の食材でお祝いするとか、食べると体が喜ぶのを感じられるとか、日本食にはそういう魅力が詰まっていると思います。

季節や体調の変化を料理で感じる「麹」「糠」「梅」

−−おすすめの食材に麹と糠、梅を挙げた理由を教えてください。

前田:タイ料理店、「カノムパン」、「マリデリ」、「ムスムス」……と、これまで忙しく働いてきて、おいしいものを食べてもらいたい、その一心で続けてきたので、自分が食べるもののことまで気にかける余裕がなかった。今人生で一番自分のことにちゃんと時間をかけて、丁寧に生活できている気がしています。発酵させていく過程を楽しむこと、自分の手で作った味噌を使ったお味噌汁や、糠漬け、梅干しが日々の食卓に並ぶ。それが何よりも嬉しいんです。

−−和食に欠かせないこれら3つの食材ですが、手作りする時の楽しさはどのようなところに感じていますか?

前田:麹と納豆菌のダブルだからきっとすごく免疫力が高い。納豆麹にすると納豆の賞味期限も延びるので、そこに日本食文化ならではの保存食の魅力が詰まっています。梅は毎年漬けていて、今年は梅シロップとカリカリ小梅を漬けました。梅雨の鬱陶しい時期にする梅仕事はワクワクしますし、晴れたら外に干すので、じめっとした日が続く中で晴れを待つ。そういう季節の移り変わりとともに在ることが毎年楽しみなんです。日本独時の侘び寂びみたいな感覚が好きですね。糠床は、自分に余裕がないとすぐだめになってしまう。自分の気持ちのゆとりのバランスを教えてくれるような、そんな感覚や自分の中の小さな変化を作っていると感じることができます。

すり鉢で胡麻をする、ひと手間にこだわる

−−おすすめのアイテムにすり鉢を選んだ理由について教えてください。

前田:炊飯器は台湾のもの、土鍋も日本らしさがなく、鍋はタイやインドで買ってきたものばかり、あとはストーブなので、自分の持っているものの中で何か日本らしいものはあるかな……とふと台所を見回した時に、目に入ってきたのがこのすり鉢。夫からのプレゼントでもらったものです。する時のゴリゴリという音も好きですし、だんだんといい香りがしてくるのもワクワクする。改めて日本ならではの、いい道具だなと思います。

−−どんな料理を作る時にこのすり鉢を使いますか?

前田:胡麻は擦りたてが、格段に香りが良くておいしい。ほうれん草の胡麻和えを作る時は、ほうれん草を茹でてボウルの中に入れ、そこにすり胡麻を入れるより、すり鉢ですって、そこに調味料とほうれん草を入れて、すり鉢の側面についた胡麻までも、満遍なく和えるのが好き。その方がおいしい気がするんです。

日本の食材の魅力とオーガニックを学んだ「ムスムス」

−−「ムスムス」のおすすめポイントは?

前田:まず、本当においしいです。お米は天日干ししたものを使っていて、私が働いていた頃はランチはそのお米がおかわり自由だった。天日干ししているだけで普通のお米と味が全然違うんです。玄米と白米とを選べて、お惣菜も食べられる。「ムスムス」という店名は、野菜をせいろで蒸す料理名から名付けられたそうです。

−−前田さんにとってどんなお店ですか?

前田:「カノムパン」を辞めて1年くらいアルバイトしていたお店。日本食の勉強は、「ムスムス」での経験が生かされています。日本のものしか使わない「ムスムス」は、日本の端から端までの日本のオーガニック食材を仕入れ、調味料までこだわって料理を出していたので本当においしい基本の日本食と出合うことができました。私はランチタイムに働いていたので、丸の内のOLさんやサラリーマンで常に忙しく、優しい日本食を提供しているけれどキッチンの中は、体育会系でしたね。料理はすごく細かくて、丁寧。例えば針生姜は、針より細く切るように言われていて、私が切ったのだけ太くてすごく怒られたこともありました。技術力や腕、料理。自分にないものを知り、かなり鍛えられ、本当に勉強になりました。

前田まり子
フード・アーティスト。さまざまな飲食店で料理の腕を磨き、2000年には葉山に「カノムパン」をオープン。野菜をふんだんに使ったヴィーガン料理を得意とし、日本にブッダボウルを広めた第一人者。

Text & Edit Mai Okuhara

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連載「ジャパンブランドのトリビア」Vol.1 ダイバーシティから生まれる“MADE IN JAPAN”の力をパリ発「TEMPURA」編集長が紐解く https://tokion.jp/2021/08/19/japans-brand-trivia-vol1/ Thu, 19 Aug 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=47234 メイド・イン・ジャパンのブランドやアイテムの魅力をクリエイターに問う本企画。第1回はパリ発カルチャーメディア「TEMPURA」編集長のエミール・ヴァレンシアが登場。

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デザインや機能性、トレンドやスタンダードという軸があるように、メイド・イン・ジャパンであることも、モノ選びの基準の1つになっている。本連載では、最先端であり、ソーシャルフルネスというステートメントに沿った“メイド・イン・ジャパン”のクリエイションにフォーカスする。第1回はパリ発の雑誌『TEMPURA』の編集長エミール・パシャ・ヴァレンシアに、海外から見るメイド・イン・ジャパンの魅力と彼の目利きで選んだアイテムについて話を聞いた。

−−海外から見て、メイド・イン・ジャパンの価値をどう感じていますか?

エミール・パシャ・ヴァレンシア(以下、エミール):メイド・イン・ジャパン=“ハイクオリティー(高品質)”を意味しているように感じています。 フランスでは、メイド・イン・フランスの製品が再評価されているものの、それはファッションに特化した話で、まだまだ限定的。それに比べてメイド・イン・ジャパンの製品は、フランス製のものよりも見つけやすい。その理由は、高いデザイン性やスタイル、手作りの温かみがあるから。熟練した職人技術で、美しい器やインディゴシャツなどを作られているのも世界的に知られています。しかしそれらはほとんどが工場で作られている。どんなブランドも、ハイクオリティーが保たれているところは、本当に素晴らしいと思います。

−−日本だからこそ、と感じる部分はどんなところですか?

エミール:例えば、イタリアのムラーノガラスやフランスのカレーレース、アメリカのホーウィン社製レザー、イギリスのミラレーンや、サヴィルロウのオーダーメイドスーツなどのように、“メイド・イン……(その国)”の製品は世界的に人気が高く、長い歴史の中で愛されています。同じようにメイド・イン・ジャパンの製品を見ると、衣服、木工品、ガラス、スチールやカーボン製のナイフ、漆、陶器など、種類が多岐にわたっています。それは日本だからこそだと感じる部分です。

「日本人がモノづくりを始めると、質の高いものができる」というのは、1つの決まり文句だと思っていて、フランスやイタリアで食べる料理と変わらないくらいおいしいピザやクロワッサンを東京で食べることができる。これほどまでに高品質で豊富なものを作る国を他に知りません。

−−パリと日本でモノづくりにおいての違いやおもしろさはどんなところだと思いますか?

エミール:メンズファッションのシーンでいえば、東京はとてもオープンでたくさんのブランドやスタイルがあり常に新鮮。一方、パリのメンズファッションは従来の型にはまり過ぎている印象があります。最近とあるブランドが、“be normal(普通であること)”というベースラインに刷新したのですが、とても残念だと感じました。ファッションは社会的な表現をするための方法の1つです。“be normal”は、個性のない全体主義のようなもの。“be yourself”はどこへいってしまったのか? と問いかけたくなりました。

私はストリートでインスピレーションを得ていますが、東京のストリートは最適です。人々を観察することで、何が変わってきているのか、男性と女性のファッションの境界線がますます曖昧になってきていること、ジェンダーレスの服が新しい普通になってきていることなどを感じ取ることができます。

豊かな自然、歴史ある街が生んだジャパン・ブランド「ロフミア」

−−このブランドについて教えてください。

エミール:岐阜県美濃加茂市にあるブランド「ロフミア」。竹内太志さんと浩子さんご夫婦がデザインから制作まで行っていて、2人は何をするにも一緒です。レザーを使ったジャケットやバッグを得意として作っているだけでなく、ハイブリッドキューベンファイバーというハイテク素材を使ったバッグも作っています。私はここのバックパックを2つ持っていて、これまでの人生で手に入れたバッグの中で最高のバックパックだと思っています。

−−「ロフミア」のバッグの、どんなところが気に入っていますか?

エミール:技術力、品質、ファッション性、その全てが1つのバッグに完璧に融合されているところです。デザインから、パターン、縫製、販売に至るまで、すべてデザイナー自身が行っていて、さらにとてもミニマルなデザインでありながら、高い機能性も備えている。常に革新的な試みをしながら、自分達の技術を高めているところに感銘を受けました。私は、洋服を着ていて不快な思いをするのが嫌いなので、服やアイテムを選ぶ時、機能性の高さをとても重要視しています。最近はアウトドアブランドがよりスタイリッシュなスタイルを提案しているのはとても嬉しいこと。ピュアウールやレザーなどの天然素材も商品を選ぶ基準になっているので、そういう意味でもロフミアはとても好みのブランドです。

−−「ロフミア」のモノづくりの魅力とは?

エミール:以前、彼等を取材し「TEMPURA」で紹介したことがあります。その時にも感じたのですが、高い技術力や機能性に優れた素材で作られている日常品であること。そして大量生産ではなくデザイナー自身が納得するまでこだわってものを作るという思想に魅力を感じます。「TEMPURA」では常にこのような若くこだわりのある日本のブランドを取材し取り上げたいと考えています。

USED古着からセレクトアイテムまでを取りそろえるこだわりのショップ、祐天寺のfeets

−−このショップについて教えてください。

エミール:私は東京ではいろいろな街を歩き、ストリートからインスピレーションを得たり新しいスタイルを探したりしているのですが、そんな時に見つけたのが、祐天寺にあるセレクトショップ「feets」。メンズの古着や日本人デザイナーのブランド、雑貨など多様なセレクトが魅力的なお店。4、5年前に見つけて以来、日本に行くと必ずチェックしているお店の1つです。

−−どんなところが気に入っていますか?

エミール:セレクトの幅が広く、スタッフの知識も豊富で話をしているだけで楽しい。オーナーが作るオリジナルのアイウェアブランドも好みです。個人的には大きなデパートやブランドのショップよりも、各店がこだわりを持ってブランドをそろえるセレクトショップが好きなので、このお店も同じように、自分の好きなスタイルに合わせてアイテムを選ぶことができるところが気に入っています。

−−何を購入しましたか?

エミール:私自身、どんなものであっても量より質にこだわりがあります。なので、ファッションは大好きですが、たくさんの服は持っていません。シンプルなカッティング、ワイドパンツ、ミニマルな色やスタイルが好きで、ここで購入した「フジト」のワイドパンツは、いつもはいています。それからお香(アロマ)も気に入っています。

素朴で不ぞろいないとおしい備前焼のカップ

−−このカップとの出合いについて教えてください。

エミール:10年前、千葉にあるセレクトショップでこの備前焼のカップに出会いました。良質な陶土で作られる備前焼は、焼き味が不規則で、1つとして同じものがないのが魅力です。初めて手にした時、まるで地球上で長い年月を経て作られる美しい天然石のように感じました。これでいつも煎茶を飲んでいるのですが、味わいが全然違います。

−−ファッションのカテゴリーだけではない、メイドインジャパン製品の魅力とは?

エミール:日本はダイバーシティーです。たくさんの職人によって、さまざまな物が作られていて、常に新しい発見の連続。私は陶磁器、特にカップやティーポット(備前、丹波、常滑、萩、越前……)のコレクターでもありますが、掘り下げていくと伝統的な職人もいれば、革新的な試みをする職人もいることを知りました。新しいアーティストや陶芸家を見つけるのは楽しくて、とても刺激的です。

−−好きな作家はいますか?

エミール:福島の安齋賢太さんや吉田直嗣さんの黒漆の陶器が大好きです。2人とも黒田泰蔵さんに師事していましたが、今は独自の道を進み、現代の陶芸を再定義しています。日本は全国に、陶芸はもちろんのこと、それぞれの名産がありますよね。旅をすれば、必ずと言っていいほど、その土地の名産品に出会うことができます。まだ出会っていない新しい作家を探し、魅力的な陶器をたくさん見つけて「TEMPURA」でも紹介していきたいと思っています。

エミール・パシャ・ヴァレンシア
パリに拠点を置く「TEMPURA Magazine」の編集長。日本の社会問題やアンダーグラウンドカルチャーやサブカルチャーをテーマにしたメディア「TEMPURA」を2019年にスタート。設立におけるクラウドファンディングでは目標額の300%を達成した。Vol.5までを出版した。

Text Mai Okuhara
Edit Miyuki Matsui(Mo-Green)

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フランス女性の心をつかむ日本古来のエステ技術“古美道” 立役者は技術を継承するエキスパート、デルフィーヌ・ラングロワ https://tokion.jp/2021/06/21/the-traditional-japanese-facial-kobido/ Mon, 21 Jun 2021 06:00:35 +0000 https://tokion.jp/?p=37552 美容大国フランスで注目を集めている日本古来の伝統的なエステ技術「古美道(KOBIDO)」。フランス初の「アカデミー・デ・フェイシャリスト」創設者にフランスと日本の美容について聞く。

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多くのコスメブランドが存在する美容大国フランス。コスメやスキンケアで丁寧な手入れを行うのは美容目的だけではなく、自分自身を慈しみ精神性を高める儀式として再認識されている。そんなフランスの美容業界で今注目を浴びているのが、日本古来の伝統的なエステ技術「古美道」である。フランス語でも“KOBIDO”の名称で知られ、茶道や華道と同じくらい高いスキルを要する奥義と解釈され始めた。

古美道とは1000を超えるテクニックが基盤となり、筋肉の深い部分にまで作用するフェイスマッサージ。その歴史は540年前にさかのぼり、2人のマッサージ師の技術を融合して48の手技が生み出された。現在では、医師で日本式マッサージのスペシャリストである望月正吾が26代目家元として古美道を受け継いでいる。彼から古美道の正統な手法を学んだセラピストは世界に約50人、フランスには5人しかいないといわれている。そのうちの1人が、フェイシャリストのデルフィーヌ・ラングロワであり、フランスで“KOBIDO”を有名にした立役者。彼女は古美道の技術を数年かけて学び、パリに自身のスタジオを開設。フランス人医師ルシアン・ジャケー考案の“ジャケー ピンチング”と、中国伝統療法のグアシャを取り入れたロシア人医師ヤコブ・ゲルシコビッチ考案の“ブッカル マッサージ”も習得した彼女はアンチエイジングケアを提供している。

昨年、フランスで初となるフェイシャル専門の「アカデミー・デ・フェイシャリスト」を立ち上げ、独自のフェイシャルメソッドを伝授する活動も始めた。“古来の美の道”をフランスで開拓するデルフィーヌに、古美道のスピリットやフランスと日本の美容について聞いた。

26代目古美道、家元の望月正吾の技術を見た瞬間に心を奪われる

――美容業界に入ったきっかけは?

デルフィーヌ・ラングロワ(以下、デルフィーヌ):子どもの頃、母がエステサロンに行くのをよく付き添っていました。施術を眺めるのが好きで、特にエステティシャンの指使いや異なるクリームを使うプロセスに見入っていたのを覚えています。これがフェイシャルマッサージに興味を持つ最初のきっかけになって、美容専門学校に進みました。そしてパリの「フォーシーズンズホテル」のエステルームでエステティシャンとセラピストスーパバイザーを13年務めた後、2017年に美容家の原点に立ち返った時、最も関心のあるフェイスマッサージにのみ注力したいと思って退職しました。

――13年間も5つ星ホテルのエステルームに勤めていたのであれば、既に美容家として高い技術と豊富な経験をお持ちのように思うのですが、何がデルフィーヌさんを次なるステージへと突き動かしたのでしょうか?

デルフィーヌ:エステルームではスキンセラピスト専門家として、肌全般のエキスパートでした。美容専門学校での学習も、主には肌に関することで、肌の下にあるリンパ、筋膜、筋肉、骨については学ぶ機会がありませんでした。一般的に、ストレッチによって体の筋肉をほぐしたり、痩身やデトックスといったボディマッサージの重要性は何世紀にもわたり広く認知されていますが、顔のマッサージについての利点は話されていませんよね。しかし実際には、顔にはリンパと筋肉がたくさんあり、これらに働きかけることでリフティングの効果、特にアンチエイジングに関して素晴らしい結果を得ることができるのです。フェイスマッサージを追究するために技術や解剖学、専門知識を習得する必要があると思いました。

――古美道についてはどのように知ったのですか?

デルフィーヌ:エステルームに勤めていた頃、75歳でたるみのない美しい肌の顧客がいました。彼女に若々しい美肌を保つ秘訣を聞くと「週に1度、1時間かけてフェイスマッサージをしている」と教えてくれました。表情筋を鍛えて、血液循環を良くするマッサージを時間をかけて行うことは、とても理にかなっています。それから世界中の伝統的なフェイスマッサージの技法について調べる中で、日本で長い歴史を持つ古美道にたどり着きました。26代目家元、望月正吾の技術を見た瞬間に心を奪われました! 彼の指先の動きはまるで肌の上でダンスしているように美しい。ソフトタッチでありながら、筋肉の深くに作用する技術によって、驚くべきリフティング効果を発揮します。その時、古美道を習得することが目標になりました。

――古美道とフランスのフェイスマッサージはどのように異なるのでしょうか?

デルフィーヌ:例えば、フランスのエステサロンでフェイシャル施術を受けると、最初に顔の筋肉をリラックスさせるマッサージを10〜15分程度行い、その後はさまざまなクリームやマスク、機械を用いて肌の表皮に働きかけるのが一般的です。つまり、フェイスマッサージはリラックスさせることが主な目的。しかし、古美道は15の表情筋をほぐし、鍛え、刺激する奥深いマッサージです。リンパと筋肉、骨格に合わせて、指と手をゆっくり動かしたり早くしたり、優しくなぞる動作もあれば強く指圧を加えることもあり、さまざまなテクニックが必要です。筋肉や肌は本来の位置へと戻り、施術後はたるみが改善され目がはっきりと開き、自然なリフティングを促してくれます。リラックス効果も高く、古美道のフェイスマッサージを受けると心がほぐれ、神経を落ち着かせることもできます。

――古美道は美容業界で注目を集めており、デルフィーヌさんが開設したアカデミーはプロのエステティシャンから好評のようですね。

デルフィーヌ:基本的にフランス女性は自然療法を好みます。ボトックスや美容整形ではなく、手を使って内側にアプローチする古美道の技法は、そんなフランス女性に魅力的なアンチエイジング方法であり、エステティシャンにとっても習得する価値のある技術だと捉えられています。古美道を取り入れたフェイスマッサージは今後ますます発展する可能性を感じます。

――古美道以外の他国のテクニックも習得されていますよね。異なるメソッドをミックスさせた独自のマッサージをどのようにして編み出したのですか?

デルフィーヌ:古美道はリフティングを促す技法のため、シワの改善などアンチエイジングに関わる他のテクニックも学ばなければならないと思いました。いくつかのテクニックを学ぶ中で、“ブッカル マッサージ”は非常に有効な結果を示す技術でした。イギリスで人気のあるこのマッサージを、私はロシア人医師から学び、今では15分間のこの施術だけを受けにサロンへ訪れるお客様もいます。施術方法は、指を口の中に入れて、中と外から指2本でマッサージするというもの。口周りのシワの改善に役立ち、古美道のリフティングと合わせると素晴らしいアンチエイジング結果を生み出します。

古美道、ジャケー ピンチング、ブッカル マッサージのテクニックをミックスさせる施術

――60分の施術では、どのようなフェイスマッサージを提供しますか?

デルフィーヌ:マッサージの前に15分程カンセリングを行い、肌の悩みを聞きながら、肌に触れて状態や骨格を分析します。施術は10分の簡単なマッサージで始まり、5分程のクレンジングで肌の汚れをキレイに落としてから、45分の本格的なマッサージを行って最後にクリームで整えて終わります。施術内容は個々の肌や骨格によって、パーソナライズするため毎回全く異なります。古美道、ジャケー ピンチング、ブッカル マッサージのテクニックを個々に合わせてミックスさせるのです。

――施術後、利用者はどのような反応を示しますか?

デルフィーヌ:みなさん自身の顔を見て感動します! 筋肉の位置が変わり、肌が潤い輝く結果に満足し、ほぼすべてのお客さまがリピートされます。肌状態を保つために最初の2ヶ月は毎週施術を受け、その後は月に1回継続する方が多いです。

――最後に、今後の展望を聞かせてください。

デルフィーヌ:現在アカデミーでは約2週間でフェイスマッサージの基本を学べるコースを設けています。今後はさらに効率的でレベルの高いコースを始める予定です。また、アカデミーは大変好評を得ており、フランスにとどまらずイギリス、イタリア、スペイン、ベルギー、アメリカから受講のリクエストが届いているので、他国で英語での開校を目指しています。将来的に、日本でもアカデミーを持つことが理想です!

デルフィーヌ・ラングロワ

パリの5ツ星ホテル「フォーシーズンズホテル」のエステルームでエステティシャン、セラピストスーパバイザーとして13年間勤務。2017年、フェイシャルのエキスパートを目指して、古美道の26代目家元であり医師の望月正吾から技術を数年かけて学び、VIP向けサロンを開設。2020年にはフランスで初となるファイシャル専門学校「アカデミー・デ・フェイシャリスト」を創設し、フェイスマッサージのエキスパートの育成にも貢献している。

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浮世絵×ストリート。イラストレーターNAGAが描く、古今の交差 https://tokion.jp/2021/06/02/ukiyoe-and-street-culture-illustrater-naga/ Wed, 02 Jun 2021 06:00:41 +0000 https://tokion.jp/?p=36073 江戸時代の風景にストリートカルチャーを落とし込むイラストレーター、NAGA。実験的な作風に至った経緯と目指す先とは。

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西洋の偉大な画家達に大きな影響をもたらしたことでも知られる浮世絵。現在では芸術の1ジャンルとして確立しているが、もともとは庶民に親しまれていた絵画であり、“浮世”という言葉が示す通り、当時の生活を描いているものが多い。その日本を代表するアート、浮世絵に独自の解釈を加え、現代アートに仕立て上げるイラストレーターのNAGA。彼が描く舞台は江戸時代であるが、町人は現代さながらスケートボードやピストバイクに乗っている。まさに、時代を超越した“浮世絵”だ。時代とカルチャーをクロスオーバーさせたことで開化した、NAGAに迫る。

漫画家を目指していた当時、浮世絵がしっくりハマった

——いつから浮世絵をモチーフにした作品を描いているのでしょうか。また、なぜ浮世絵を?

NAGA:13年前の25歳からですね。きっかけは当時、人手が足りないという先輩の実家の銭湯で住み込みのバイトをしていたことです。その銭湯は東京の地下水を使っていたんですけど、飲むこともできておいしかった。そこでその地下水を飲料水として販売するために広告を作りたいという話になり、絵が得意だった僕に、東京らしく江戸を打ち出した浮世絵っぽいデザインを描いてほしいと依頼がきたんですよね。
ただ、僕は浮世絵は知っていたけどそこまで詳しくは知らなかった。そこで図書館に行って浮世絵の本を見て調べ研究し、サンプリングすることにしました。すると、めちゃくちゃ喜んでくれたんです。自分でも描いていて浮世絵はおもしろかった。それからこの作風で描き続けています。

——銭湯でバイトするまで、イラストレーターとして活動していたんですか?

NAGA:当時は漫画家を目指していました。もともとイラストと漫画の専門学校に通っていたので。だから、絵を描くこと自体、昔から好きでした。

——そうだったんですね。改めて浮世絵を見た時の印象はどうでした?

NAGA:基本は漫画と一緒だなと。油絵とか水彩画と違って、アウトラインの線画を描いて色を塗る。だから、とっかかりやすかったですよ。

——なるほど、そのとっかかりやすさがしっくりきた部分なんですね。浮世絵を新鮮に感じたりしますか?

NAGA:浮世絵を調べていくうちに知ったのですが、江戸時代は出版物に対して厳しい検閲があったんです。でもその検閲をかいくぐって、隠しメッセージを落とし込んでいる作品があるんです。例えば、画中の人物と背景を結びつけることで別の答えを導いたり、作品の題名部分に描かれた小さな絵にメッセージを隠していたり。その一見しただけではわかりにくい仕掛けもおもしろいと感じたので、僕もわかる人にはわかるように、隠れた表現を潜ませています。

——ちなみにどのような隠しメッセージを?

NAGA:例えば、スケーターが着ている着物の柄が、とあるスケートブランドの……といった感じです(笑)。でも、一般的には気付きにくいことなので、スケート好きでも気付く人だけ反応できると思います。

もし江戸時代がそのまま現代まで続いていたら…

——スケーターだけが気付くポイントがあるんですね。昔からスケートボードといったストリートカルチャーは好きだったんですか?

NAGA:はい。めちゃくちゃアメリカンカルチャーが好きでした。浮世絵と出会ってからはもっと追求していこうと、自分が好きなカルチャーを浮世絵とクロスオーバーさせています。それが僕の場合はスケートボードをはじめとしたストリートカルチャーだったんですよね。

——他に影響を受けたカルチャーは?

NAGA:スケートボードや自転車以外だと、グラフィティやヒップホップも好きです。単純に自分の身近にあって、好きだったものを作品に反映しています。

——町人がスケボーやピストバイクに乗っているのが実にユニークです。江戸時代の生活と海外のカルチャーをミックスする際、気を使っていることはありますか?

NAGA:基本的に有名な浮世絵作品をサンプリングすることが多いんですけど、元の作画を極力変えないようにしています。変えすぎてしまうと、ベースとなった浮世絵がなんだかわからなくなってしまうので。

——サンプリング元は隠さず明確に、気付いてもらいたい、と。

NAGA:そうですね。あとは、「もし江戸時代がそのまま現代まで続いていたら」というテーマを一貫して追求しています。街並みや装いは近代化していませんが、海外の先進的なものは輸入されていて、みんなちょんまげと着物姿のまま生活している様子を想像しながら制作しています。

——ユニークな視点ですね。浮世絵に馴染みが薄い人からは、どんな反応がありますか?

NAGA:純粋におもしろがってくれますし、浮世絵に詳しくなくても、スケボーや音楽などのカルチャーが好きな人は反応してくれますね。

——さながら現代版の浮世絵のようですが、日本の伝統文化をどのように捉えていますか?

NAGA:すごく好きですよ。でも、昔のままだと意味が伝わりにくいので、現代的にアップデートしているんですよね。そもそも浮世絵は、当時の生活を描いているものなので、僕は今の時代に合ったものを描いていきたいです。

いつかは伝統的な工程で版画の浮世絵を作りたい

——今後、挑戦したいことはありますか?

NAGA:お皿やグラスなど日常的に使えるものに、自分の作品を落とし込んでみたいですね。

——実用的なアート作品といったところですね。

NAGA:はい。そしていずれは伝統的な工程で浮世絵を作りたい。よく見かける浮世絵達って版画で作られているんですけど、彫師や摺師に依頼すると、大きなお金がかかってしまいます。以前、版画を作ろうと思ったことがあって、彫師に聞いてみたら、僕の作品は細かすぎるため、もっと線を太くしなければいけないし、省略しなきゃいけない部分もあると言われました。今の僕の作品をそのまま版画にしたら、金額が大変なことになってしまうようで……。そう考えると、江戸時代の浮世絵は、実はぜいたくな作りだったみたいです。

——勉強になります。版画での制作も楽しみにしています。最後に、これから個展が開催されるそうですね。

NAGA:そうなんです、2年ぶりの個展です。場所は、以前からお世話になっている根津のセレクトショップ「Tsugiki(ツギキ)」と、その向かいにあるハンバーガーショップ「Hedge8(ヘッジエイト)」の2ヵ所同時開催になります。今まで描き続けてきた「すけ〜と百景」シリーズの新作や、新たな動物シリーズとして猫もたくさん描きました。緊急事態宣言で延期となっていましたが、ようやく開催できそうなので、ぜひお越しいただきたいです。

NAGA
茨城県出身、東京在住。2008年から、自身が敬愛するストリートカルチャーと浮世絵をミックスさせたアートワークの制作をスタート。ファッションブランドとのコラボレーションや企業広告へ作品を提供するなど、そのオリジナリティある作風で話題となっている。
Instagram:@naga0708

■つぎきとなが
会期:6月1日(火)〜6月20日(土)
会場:ツギキ/ヘッジエイト
住所:東京都文京区根津1-23-14(ツギキ)/東京都文京区根津1-22-12(ヘッジエイト)
時間:12:00〜19:00
休日:水曜
TEL:03-5834-2871(ヘッジエイト)
Instagram:@tsugiki_tokyo(ツギキ)
※緊急事態宣言の影響により営業時間が変更される場合がございます。TsugikiのInstagramでご確認ください。

Photography Yuji Sato

TOKION ARTの最新記事

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パリのRuttkowski;68で開催した葛飾北斎の春画「蛸と海女の夢」 掻き立てられるエロスと芸術への欲情 https://tokion.jp/2021/06/01/hokusai-at-ruttkowski68-in-paris/ Tue, 01 Jun 2021 06:00:10 +0000 https://tokion.jp/?p=34201 エロティシズムをテーマとした22人の国際的なアーティストの作品を展示。キュレーターが春画と日本文化の魅力を語る。

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時に芸術は、時代と国境を超越して、言語にも勝るコミュニケーションツールとなる。現代の芸術家は過去の芸術家の作品からインスピレーションを受けて新たな作品を生み出し、やがてその作品が未知なる未来の芸術家の創造性を触発する。そんな芸術家の呼応を垣間見る展覧会がパリのマレ地区にあるギャラリーRuttkowski;68で開催された。「蛸と海女の夢」という展覧会のタイトルは、葛飾北斎の春画の名作から引用され、エロティシズムをテーマとした22人の国際的なアーティストの作品が飾られた。キュレーターはアメリカ出身でロンドンを拠点に活動するスティーブン・ポロックで「アメリカ社会と比較すると日本社会は秩序を重んじ、結束力が強いように見える。その反面、春画、アニメ、漫画などのサブカルチャーでは超現実主義的な非凡な創造性を表しているところが、西洋文化からはとても魅力的に映る」と日本文化の魅力を語る。

神道のアニミズムと汎神論、西洋の一神教の思想に接近する春画

浮世絵は世界中で愛され、パブロ・ピカソやアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、オーギュスト・ロダンなどにも影響を与えたことで知られているが、今回の展覧会でポロックは春画にのみ焦点を当てている。

「桜や風景画など、息をのむ美しい浮世絵作品とは対照的に、春画には日本人の狂気が滲み出ている。特に『蛸と海女の夢』で2匹の蛸と性交渉を行うというアイデアには日本人独特の感性があり、神道のアニミズム(生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方)と汎神論、そして西洋の一神教の思想に近いものを感じる。私の理解するところでは(もしかしたら間違っているかもしれないが)、北斎が生きた江戸時代後期〜幕末は日本の秩序が崩壊し始め、生活様式も大きく変化した。抑圧された生活の裏にある無秩序な世界観を春画で表現した。北斎が描いた超現実主義な春画は、サルバドール・ダリと同じくらい革新的で、現代のアーティストにも影響を与えている」。

春画は、江戸時代に庶民の間で流行した、性風俗の様子を赤裸々に描いた浮世絵作品。蛸のような実存する生物だけでなく幽霊や妖怪との性交渉や女装して体を交わる同性愛者、性のテクニックを指導する売春宿の風景、浮気相手との行為を見られてしまった修羅場、情事を覗き見する若い娘など、エロティシズムとユーモアが過激な描写とともに描かれている。19世紀中期から春画はタブー視され法律で禁止されたが、同時期に浮世絵はヨーロッパで“ジャポニズム”として評価を得て、印象派画家にも影響を与えた。春画に関しては、19世紀後半にフランスの美術批評家エドモン・ド・ゴンクールが「蛸と海女の夢」を紹介して以来、ヨーロッパの美術界では広く知られてきた。現代においても、芸術作品は国内外で異なる評価を受けることがあるが、春画もその1つである。海外では2000年代から春画の芸術的、文化的な価値が再評価され、フィンランドやスペインなどで展覧会が開かれてきた。最も話題になったのは、2013年にロンドンの大英博物館で開催された「大春画展」だった。

今回ポロックがキュレーターを務めた「蛸と海女の夢」展は春画そのものではなく、その作風が後のアーティストにどのように影響を与えたのかに着目し、現代のエロティシズムを解釈、展示した。その影響が顕著なのは、1970年代にポップアートの先駆者として知られるニューヨークのラリー・リヴァーズの作品。1970年代に独自の春画シリーズを制作した彼の作品の中から、“Erotic Japanese Detail”が展示された。ポロックは「美術批評家ゴンクールは『蛸と海女の夢』を風景画のようであると評した。そしてリヴァーズの作品には共通する点がある。性器が交わるところをクローズアップしたこのエロティックな作品は、見方によっては女性の体が丘の上の岩のようにも見え、毛は岩の上に生えた海藻、したたる精液は白い滝のようである」と同作について説明を加えた。

春画を社会の制約と倦怠感を取り払うための不浄なマントラとして提示

イギリス出身のアーティスト、ペニー・スリンガーのセピア色の写真では、花嫁と花婿の格好をした2人の女性が男性器を模した性具を共有している。1973年のこの作品は、1970年代当時盛んだった女性解放運動の中で生み出された作品だが、現代のジェンダーレスな意識改革を求める社会の動きとも共鳴しているようだ。スリンガーは、2019-20秋冬オートクチュール・コレクションで「ディオール」とコラボレーション作品を制作し、夢想や性の解放をテーマに創作を続けるフェミニストの代表格である。

クリー族(北アメリカの先住民族)のアーティスト、ケント・モンクマンは植民地の力関係を象徴的に絵画で表現した。羽根で飾られた大きな民族衣装のヘッドピースとピンヒールのニーハイブーツを履いた先住民の男性の性器を、カナダ騎馬警察のユニフォームを着た男性がひざまずいて舐めるという過激な様子が鮮やかな色彩で描かれている。人種、支配、欲望を破り、モンクマンは新世代の歴史画を描くアーティスト。

アメリカ出身のロバート・ホーキンスは絶滅鳥ドードーの交尾や、旧人類ネアンデルタール人の性交渉の様子を風景画とともに描いた。北斎との共通点について、ポロックは「空想か現実か曖昧である点」だと結んだ。イギリスの美術評論家で画家のマシュー・コリングスは、1950年代ジャクソン・ポロックがペギー・グッゲンハイムのホームパーティで暖炉に放尿する様子などをコミカルな作風で描き、アンディ・ウォーホルが1960年代に生み出した小便絵画にオマージュを捧げている。また、縛りアーティスト、マリー・ソバージュは天井から吊るした着物を着たミューズを縄で縛るライブパフォーマンスを披露した。縛りの文化は“Shibari”として海外でポップなアートとして解釈され始めている。

展覧会でこれらのエロティックな夢は、社会の制約の殻と倦怠感を取り払うための不浄なマントラとして提示された。至福、エクスタシー、飽くなき欲望……。性交渉に付随するのは性的な快楽だけではなく、親密さ、触れ合い、安らぎといったコロナ禍で最も人々が求めたものである。抑圧されたパンデミックを過ごした反動で、夢想をさらに膨らませたアーティストは多いかもしれない。「蛸と海女の夢」は、これからも人々の創造性を掻き立て、新たな作品を生み出す潤滑剤となりそうだ。

スティーブン・ポロック
アメリカ出身、ロンドンを拠点に活動するキュレーター、アートディーラー、POLLOCK FINE ART創業者兼ギャラリスト。

■「蛸と海女の夢」
会期:4月17日〜5月16日
会場:Ruttkowski;68  
住所:8 Rue Charlot, 75003 Paris
時間:14:00〜19:00 *アポイント制、成人限定(フランスの法律による)
休日:日曜、月曜、祝日
入場料:無料
参加アーティスト:Hans Bellmer, Kitty Brophy, Robert Crumb, Sante D’Orazio,
Jårg Geismar, Kent Monkman, Marieli Fröhlich, Matthew Collings, Robert Hawkins, Bjarne Melgaard, Pierre Molinier, Carlos Pazos, Vilte Fuller, Philomène Amougou, Lily Lewis, Sophy Rickett, Larry Rivers Marie Sauvage, Penny Slinger, Andy Warhol, Bruce Weber, Cicciolina Ilona Staller, Hokusai

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モード界に復帰したアルベール・エルバス 活動休止中に訪れた日本で感じた“伝統と革新の美しい調和” https://tokion.jp/2021/03/25/alber-elbaz-japanese-thought-fashion/ Thu, 25 Mar 2021 06:00:16 +0000 https://tokion.jp/?p=25036 アルベール・エルバスが活動休止中に訪れた日本で感じた、思想やファッションと芸術を語る。

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ファッション業界で大きな影響力を持つアルベール・エルバスが満を持して、新しいブランド「AZファクトリー」を始動した。流行の移り変わりが激しいこの業界で、長くトップに君臨し続ける重要人物だ。アルベールは1961年モロッコ・カサブランカに生まれ、10歳からイスラエル・テルアビブで育った。幼少の頃に父を亡くし、母に育てられた彼は、テルアビブにあるシェンカー・カレッジ・オブ・テキスタイル・テクノロジー&ファッションでファッションを学び、88年に卒業。その後渡米し、アメリカの上流階級御用達のブランド、「ジェフリービーン」で7年間働き、1997年に「ギ ラロッシュ」のプレタポルテ部門のヘッドデザイナーに就任。翌年、イヴ・サンローランからの依頼でプレタポルテ部門「イヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュ・レディース」でデザインを手掛ける。そして2001年から2015年まで「ランバン」のアーティスティック・ディレクターを務め、彼のユニークでモダンなヴィジョンと魅力的なデザインによって老舗メゾンは再び評価を得た。アルベールの「ランバン」退任には多くの女性が反対し、従業員の330人が彼の解雇に抗議する事態となった。退任後は、ハイファッションと距離を置いていたアルベールが、コンパニー フィナンシエール リシュモンと合弁会社を設立し、1月27日にプレタポルテブランド「AZファクトリー」をローンチした。

ブランドが目指しているのは、伝統的なクラフトマンシップに先進的なプログラムやテクノロジーを取り入れ、最高のスタイルとストーリーを生み出していくこと。コレクションは25分間の映像作品で発表。ドレスやプリント柄のパジャマなどを着用した18歳から70歳までのさまざまな体形の20人のモデル達が、ステージ上でダンスを踊り歓喜するシーンが映し出された。サイズスペックがXXSから4XLまで対応可能な伸縮性に優れたニット素材の開発や1人でも着脱が楽なドレスなど、着る人の気持ちに寄り添い、機能性とファッション性の両面からアプローチした。

日本にも多くのファンを持つアルベールは「ランバン」退任後、コンバースの日本限定企画「アヴァン コンバース」のゲストデザイナーとして来日。その際には「長年にわたり良い関係を築いてきた伊藤忠からの声がけに、即答で了承した」と語り、Instagramで日本滞在中の写真を多く投稿していた。今回はそんな親日家のアルベールに、日本への愛と新ブランド「AZ ファクトリー」について聞いた。

伝統と革新が強調し過ぎず共存している日本のカルチャー

――2015年「ランバン」退任から「AZ ファクトリー」をローンチするまでの数年間、どのように過ごしていたのですか?

アルベール・エルバス(以下、アルベール):世界中にいる友人に会いに行くため、とにかく旅行をしていました。目的は友人と直接会うことで、美術館や寺院へ行くような観光ではありません。旅を通して過去に戻り、現在について自問自答していました。友人との会話や1人の時間の中で考え、学び、“次なるファッションとは何か”と“自分を幸せにする方法が何か”を自問自答していました。

――仕事とは距離を置いていた期間に、「コンバース」のコラボレーションを手掛けた理由は?

アルベール:ライセンスを持つ伊藤忠やコンバースジャパンの方々に会い、安心して仕事ができると感じたからです。休暇中の身のため無理をする必要はありませんでしたが、自分の気持ちが乗ったので、やりたいと思えました。これはクリエイションにおいてとても重要なことです。

――これまで何度も来日していますが、日本にどんな印象を持っていますか?

アルベール:数え切れないくらい日本を訪れています! 行くたびに、もっともっと好きになってしまうから不思議ですね。伝統と革新の間にはある種の矛盾がつきものですが、日本はすべてが美しく調和しています。建築、食事、衣服といった生活の一部に、伝統的な美学がそのまま存在し、今日を形作り、明日に受け継がれています。伝統と革新が互いに強調し過ぎず共存していることが、美しいハーモニーを生み出しているのです。

日本の魅力は多くありますが、私が一番好きなのは人々です。日本人は他者を敬い協調することの大切さを知っていながらも、自分の個性を重んじて独自のスタイルを作っているように思います。いつだって、日本に戻って来るのが楽しみで、たくさんの人から刺激をもらいます。

――芸術に精通するアルベールさんが好きな日本人アーティストは?

アルベール:日本の芸術が何であるかを表している、草間彌生さんの作品が好きです。カラフルで幸福、楽観主義、超現実主義。

――「ランバン」退任後、日本を含む多くの国へ訪れ多くの人に会い、何を感じましたか?

アルベール:自分を取り巻く世界がターニングポイントに到達するのを見ました。常にコレクション制作に勤しんでいた日々とは対照的な時間が流れていき、退屈な日もありましたが、“退屈さ”が創造の最良の要素であることにも気付きました。そして、ある雨の日に通りを歩いていると、物事が変わる瞬間に出くわしました。その時に私の顔が濡れていたのは、涙だったのか雨だったのかは未だにわかりません。

ファッション業界に身を置き、何十年にもわたる締め切りを終えた後、私は再び自分自身に会うことができ、より大きなスケールで物事を捉える余裕が生まれました。自分の新しい夢を創造するために解放されたのです。世界中を旅して出会ったのは、事業計画と値札だけを見たいと言う投資家や工場で働くエンジニアなど。その中で私はテクノロジーに魅了され、パロアルト(世界のIT産業の中心を担うシリコンバレーの北部の町)へ行くと、仮想のデジタル世界が伝統と最新技術で相乗効果を生み出す方法についてのヒントを多く与えてくれました。これが次なるファッションであり、自分の心を幸せで満たすことができると感じ、「AZ ファクトリー」を創設しました。

世界中の女性をサポートし魅力的に見せるという挑戦

ーーあなたをファッション業界へと戻らせたきっかけは何でしょうか?

アルベール:私がこの世に生まれたその瞬間から、心の中心にいるのは“女性”です。何十年もウィメンズウェアのデザイナーとして女性を理解しようと努めてきましたし、今も常に学び続けています。業界から距離を置いていた期間は、新鮮かつ気楽な目線で女性のファッションを観察できる貴重な機会でもありました。これまでも、これからも変わらず、世界中の女性をサポートし、魅力的に見せることが私の挑戦であることは変わりません。

――「AZ ファクトリー」について詳しく教えてください。

アルベール:「AZ ファクトリー」はファッションハウスというよりは製作とコミュニケーションの会社。私だけでなく、みんなにとっての新しい会社です。名前の頭文字“A”とアルファベット最後の文字“Z”を組み合わせたネーミングで、ファクトリーまたはラボラトリーとして運営します。ここから生まれるストーリーは一つなのだから“コレクション”という言葉は使わず“プロジェクト”と呼んでいます。

創作するのは伝統と最新技術の共存による、美しさと快適性を持つ衣服。女性を抱きしめるようなシンプルなドレスを作ることを夢見て、新しいテクニックを用いた黒いドレスを製作するところからスタートしました。女性が必要とする時に、いつでも寄り添い味方になってくれるようなドレスです。すべての女性のために最高のファッションで解決策を提案していきます。

――単なるファッションハウスではないという「AZ ファクトリー」は、プロジェクトを通して世界に何を届けたいと考えていますか?

アルベール:人々に夢を与え、ファッションの基本に立ち返るための機会。まずはオートクチュールの本質に戻りましょう。各個人の体のために注意深く作られるオートクチュールとは実験であり、経験の積み重ねです。何度もテストし、後に大衆向けに翻訳されて新しいアイデアと技術を生み出す“場所”ですね。

アルベール・エルバス
1961年モロッコ・カサブランカ生まれのファッションデザイナー。2001〜2015年まで「ランバン」のアーティスティック・ディレクターを務め、フランスの老舗メゾンを見事に復活させた。惜しまれつつ同メゾンを退任後、5年間の活動休止期間を経て2021年に「AZ ファクトリー」をローンチ。伝統的なクラフトマンシップと先進的なテクノロジーを取り入れ、衣服を通じて女性をサポートする新たなプロジェクトを始動させた。

TOKION FASHIONの最新記事

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「ポータークラシック」が注目のクリエイターと制作した映像を配信 俳優の桜井ユキ主演で日本のモノづくりを表現 https://tokion.jp/2020/12/27/porter-classic-movie/ Sun, 27 Dec 2020 06:00:50 +0000 https://tokion.jp/?p=16075 ポータークラシックが短編映画「SASHIKO」とアニメーション動画「重さが消える NEWTON BAG」の配信を開始。その思いとは。

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「ポータークラシック」は、短編映画『SASHIKO』とアニメーション動画『重さが消える NEWTON BAG』の配信を開始した。今回の企画は「日本のモノづくりを新しい視点で世界に発信し、人の心を動かしたい」という思いからスタートし、両作の企画・脚本をクリエイティブディレクターの高崎卓馬が、監督を注目の映像作家・林響太朗+藤代雄一朗(DRAWING AND MANUAL)が担当。『SASHIKO』の主演は、俳優の桜井ユキが務める。

『SASHIKO』は、宇宙にいる恋人「ソラ」と地球で帰りを待つ主人公「サシコ」を描いた物語。「物を大切にする心」から生まれた「刺し子※」。日本が世界に誇るこの生地は、時代を超え、世代を渡り、今も温かい魅力を放つ。『SASHIKO』では、そんな刺し子のような温もりが表現されている。

※「刺し子」は生地の補強・保温のため重ね合わせた布に糸を刺し縫いすること。ほつれた部分や、破れた部分に布を重ね、「刺し子」を施すことで、生地を丈夫にし、長きに渡って人々の手から手へと大切に使われている。

アニメ「重さが消える NEWTON BAG」は、「ニュートンバッグ」に詰め込んだ、職人の愛と技術を表現。「ニュートンバッグ」は、寝具の老舗である昭和西川のロングセラー商品「muatsu(ムアツ)」をカバンのストラップ部分に採用したオリジナルシリーズで、「ムアツ」特有の凹凸型ウレタンにより、荷物を点で支え、肩への圧力を分散することで、荷物が軽く感じる体に優しいカバン。上質ウレタン素材から、洗練された縫製技術など、日本国内トップレベルの職人によって作られている。

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日本が世界に誇る“特撮”の歴史を振り返る 「特撮のDNA―ウルトラマン Genealogy」レポート https://tokion.jp/2020/09/29/ultraman-genealogy/ Tue, 29 Sep 2020 05:37:23 +0000 https://tokion.jp/?p=6431 日本の特撮カルチャーのオリジネイター、ウルトラマンの貴重なアーカイヴがそろった展覧会。歴代ウルトラマンが勢ぞろい。

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誕生から50年以上が経ち、今や昭和・平成・令和と世代を超えて愛されている国民的ヒーロー「ウルトラマン」。このウルトラシリーズは、海外で共同制作されるなど、日本を飛び越え世界でも知られる存在だ。
未だ進化と拡大を続けるヒーローの系譜をたどる展覧会「特撮のDNA―ウルトラマン Genealogy」が、東京ドームシティ ギャラリーアーモで10月18日まで開催されている。同展は、日本独自の“特撮文化”に着目し、その技術と継承者達にスポットを当てている「特撮のDNA」シリーズの最新展覧会で、今回はウルトラマンシリーズの主役であるヒーローサイドにフォーカス。会場には、歴代ウルトラマンのマスクをはじめ、撮影で実際に使われた小道具や衣装、メカ、さらにはデザイン原画などが展示されている。そしてウルトラマンの生みの親である円谷プロが制作を手掛けた別の特撮作品で、ウルトラマンに関わりのある作品の資料も置かれている。

初代ウルトラマンのDNAを受け継ぐ歴代ウルトラヒーロー

歴代ウルトラヒーローが誕生順に並べられたパネルで展覧会はスタートする。同展の開催を記念して来場したゲストのサインが入っているものもあり、思わず立ち止まってしまう。そしてパネルの先には、2021年に公開を控えている映画『シン・ウルトラマン』のCGのひな型が。デザインは、同映画の企画・脚本を手掛ける庵野秀明が、初代ウルトラマンをデザインした成田亨の作品を忠実に再現したいという思いからで、カラータイマーがないのが特徴だ。
パネルの先の会場中央には、昭和・平成・令和の3時代をまたぐ歴代ウルトラヒーロー達が立ち並び、さらに各作品ごとにショーケースで展示されていて、自由な順番で見ることができる。好きなように観覧できるようにしたのは、新型コロナウイルスの影響もあり、密となる混雑を避けるためとのことだ。

ここからは『TOKION』が注目した展示物を紹介していく。円谷プロの最初期作であり日本の特撮作品の幕開けを飾ったTV番組『ウルトラQ』からは、撮影時に使用されたミニチュアや小道具を展示。当時の撮影模様を感じることができる貴重な資料だ。

続いて元祖ウルトラヒーローが登場する『ウルトラマン』に、熱烈的なファンも多い『ウルトラセブン』『帰ってきたウルトラマン』の昭和代表作。『ウルトラマン』の主人公である科学特捜隊員、ハヤタ隊員の撮影時の衣装や特捜隊員のヘルメット、さらには保存が難しく現存しているものが少ないウルトラマンの衣装ブーツなど、ファンにはたまらない資料に目を奪われる。そして、撮影が進むにつれて変化をしていったウルトラマンのマスクやカラータイマー(ウルトラヒーローは、地球上では3分間しか活動できない)の中身などが展示されているのもおもしろい。『ウルトラセブン』では、ウルトラ警備隊紅一点、アンヌ隊員の隊員服やウルトラガン、そしてカプセル怪獣、ウインダムの頭部などを展示。『帰ってきたウルトラマン』は、ウルトラブレスレットや飛行シーン撮影用のミニチュアなどの小道具が並んでいる。

ウルトラシリーズの人気を不動のものにした『ウルトラマンA(エース)』『ウルトラマンタロウ』『ウルトラマンレオ』も見てみよう。こちらもマスクや飛行シーン用の小道具などがショーケースで展示されているのだが、壁には井口昭彦によるデザイン原画も飾られている。原画を通してヒーローの誕生を知ることができるのはうれしい見どころではないだろうか。細かい点では、『ウルトラマンA』と『ウルトラマンタロウ』に登場するウルトラの父のマスク。実はそれぞれの作品でマスクのデザインが微妙に違うのだ。この違いを感じることができるのも価値がある。

放送から40周年を迎えた『ウルトラマン80(エイティ)』では、1話のために制作された操演用プロップが目を引く。これは、第47話「魔のグローブ 落し物にご用心!!」で怪獣グロブスクを倒すために披露された必殺技、ダイナマイトボールを撮影するために制作されたもので、全放送の中で一度しか使われていないというレアなプロップだ。

海外で共同制作された作品から平成ウルトラシリーズ

『ウルトラマンG(グレート)』はオーストラリア、『ウルトラマンパワード』はアメリカと、海外の制作会社と円谷プロがタッグを組んで制作したウルトラ作品の資料も本展では展示されている。この2作品の資料が公開されているのはなかなか目にできないので貴重なブースだろう。初期作とは隊員が着る衣装のデザインや素材に変化が出てきていてその違いが楽しめる。

現在の放送シリーズへと流れが続く平成ウルトラシリーズの展示。平成初期作『ウルトラマンティガ』から始まり、『ウルトラマンダイナ』『ウルトラマンガイア』『ウルトラマンマックス』、そしてTVではメインで放送されていないが人気を集めるウルトラヒーロー『ウルトラマンゼロ』の撮影で使われたメカやミニチュア、小道具などが展示され充実している。

ウルトラシリーズにゆかりのある円谷プロ作品も

会場には、『ウルトラマンゼロ』シリーズで共闘しているキャラクターのデザインベースとなった、円谷プロがかつて手掛けていたヒーローも展示されている。それが『ミラーマン』に『ジャンボーグA(エース)』『ファイヤーマン』だ。各ヒーローのマスクや小道具、メカが並べられており、当時を知る人はもちろん、『ウルトラマンゼロ』で知った子ども達も楽しめるのではないだろうか。

特撮から広がる世界を存分に楽しめる

他にも、画家の梶田達二が少年誌やレコードジャケットのために描いたウルトラシリーズ関連のイラスト作品や、円谷プロにまつわる映画やTVの宣伝ポスター、さらに本展では唯一の怪獣作『快獣ブースカ』の資料なども展示されており、あっという間に時間がすぎてしまうほどの膨大なアーカイヴ資料を味わえる。円谷プロの貢献により、独自の進化をたどった日本の特撮文化。その代表作とも呼べるウルトラシリーズの貴重な資料を通じて、その源流の魅力を感じてほしい。そして新型コロナウイルスによるステイホームが続く今こそ、ウルトラシリーズをはじめとする特撮作品を観て、未来を想像してみるのもおもしろいのでは。

©円谷プロ
©ウルトラマンZ製作委員会・テレビ東京
©特撮のDNA製作委員会

■「特撮のDNA―ウルトラマン Genealogy」
会期:~10月18日
会場: 東京ドームシティ ギャラリーアーモ
住所:東京都文京区後楽1-3-61
時間:12:00~20:00(平日)10:00~19:00(土曜・日曜・祝日)
入場料:一般 2000円、小人 1000円、一般ペア 3800円、グッズ付きチケット 3400円
https://www.tokusatsu-dna.com/

Photography Satoshi Ohmura

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多くのブランドから愛される「ループウィラー」が守る“文化としての日本の技術” https://tokion.jp/2020/09/23/loopwheeler-culture-of-japanese-craftsmanship/ Wed, 23 Sep 2020 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=5949 1999年にスタートしたスエットシャツブランド「ループウィラー」。メイド・イン・ジャパンにこだわり、“文化としての日本の技術”を守りたいという鈴木諭代表の想いを語ってもらう。

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日本発のスエットシャツといえば、まず名前が挙げられるのが「ループウィラー」だ。吊り編み機を使用して作られた製品は、ヴィンテージスエットのようなふっくらとした仕上がりで、かつ耐久性にも優れ、着実にファンを増やしている。近年、アパレル業界で問題となっている大量生産とは全く逆の考え方は、スタート当初は受け入れられなかったというが、最初に作られた「LW01」は現在スエットの定番として多くのメディアでも取り上げられている。最近はサカナクションや「カラー」などとコラボを行うなど、多くのブランドから愛されている「ループウィラー」。そこに込められた“ものづくり”へのこだわりを聞いた。

——鈴木さんは1999年にブランド「ループウィラー」をスタートしましたが、何がきっかけだったんでしょうか?

鈴木諭(以下、鈴木):もともとブランドを始める前はアパレルのOEM生産を手掛けていたんですが、バブルが崩壊して1990年代前半〜中頃にかけてアパレルの生産が中国にシフトしていったんです。その結果、1980年代は和歌山に吊り編み機の工場が10軒ほどあったのが、97年に2軒ほどまで減ってしまったんです。僕自身が吊り編み機で作られた製品が大好きで、そこで働く職人の技術力を含めて、文化的なものだと考えていましたので、この吊り編み機をなんとか次の世代に残したいという強い想いから、この機械で編まれた生地のみを使用したスエットシャツブランドを始めました。

スエットといえばアメリカの「チャンピオン」が有名ですが、吊り編み機で作られていたのは、1965年くらいまでで、そこから5年ほどは吊り編み機で作られたものと高速で編めるシンカー編み機で作れられたものが混ざっていき、1970年代からはほとんどシンカー編み機に入れ替わりました。以降、世界中でシンカー編み機が主流となり、今では吊り編み機を使って完成度の高いスエットを作れるのは日本だけだと思います。

そもそも僕らのように文化として日本の技術を伝えていこうというブランドがないと、日本の工場は残っていかないですよね。1990年代前半〜中盤に掛けて多くの工場が廃業するのを見てきました。今になって、メイド・イン・ジャパンでものを作りたいといっても、もう工場がかなり少なくなっているので難しいのです。その重要さは当時はあまり理解されていませんでした。

——まず吊り編み機を文化として守りたいという気持ちからスタートしたんですね。そこまで鈴木さんが愛する吊り編み機の魅力はどこにあるんでしょうか?

鈴木:吊り編み機の場合だと1つの機械で編めるのが1時間で1メートルほどで、1日でも8〜9メートルしか編めない。数にしたらスエット7、8枚分しかできないんです。もっとたくさん作るには編み機の回転数や糸を供給するスピード、巻き取るスピードを速くする必要があります。シンカー編み機だと約30倍の速さで作ることができます。ただそんな風に速くすると、糸に余計なテンションがかかってしまって、糸が持つ100%の力を発揮できない。吊り編み機はゆっくり編むので余計なテンションがかからず、ふっくらとした仕上がりになるのが特徴で、耐久性にも優れています。そっちの方がやっぱり僕はいいと思うから、時間もかかるし、大量には作れないけど、吊り編み機で作り続けています。

日本より先に海外で人気になった

——1999年に「ループウィラー」をスタートしてからは順調でしたか?

鈴木:当時は裏原系の流れもあって、グラフィックがカッコいいものが人気でしたから、「無地でベーシック」「メイド・イン・ジャパン」「ものが良くて長く着られる」といったキーワードは受け入れられませんでした。セレクトショップなどへの卸を考えていましたが、全然相手にしてもらえなくて、一時は「自分がやっていることは本当に正しいのか」と不安に思っていましたね。

ちょうどその頃、「ドゥニーム」「エヴィスジーンズ」「フルカウント」といった日本発のデニムブランドがイギリスですごく売れていて、それなら「ループウィラー」にも可能性があるかもと思い、イギリスにいる知り合いを頼って、売り込みに行きました。イギリスには3回くらい行きましたが、運よく高級百貨店「セルフリッジ」のバイヤーが気に入ってくれて買い付けてくれたんです。それが2000年初めくらいのことで、それをきっかけにイギリスの雑誌が取り上げてくれたりもしました。その後、パリの「コレット」のサラ(・アンデルマン)がメールで連絡をくれて、1週間後に急いでサンプルを持って商談に行き、翌日にはオーダーを入れてくれましたね。その次はニューヨークにあったジャックスペードの10坪ほどの店で、「LW01」のグレーの取り扱いが始まってというように、日本ではダメでしたが、まずは海外の人が「メイド・イン・ジャパン」というキーワード、モノづくりを気に入ってくれて取り扱ってくれました。

そうして、2000年、2001年は主に海外向けにやっていたんですが、海外取り引きの難しさに直面し、このままだと大変な目に合うなと気付きました。ただ海外で認められたことで、僕達のやっていることは間違いではないという感触はつかめたので、日本では卸しで取り扱ってもらうよりもまずはもののよさを伝えていくことが大事だと考え方を変え、自分達で店舗を構えることにしたんです。

——それで2002年7月に中目黒に店舗を構えることになったんですね。

鈴木:当時仲がよかった「グルーヴィジョンズ」や「バンザイペイント」もちょうど小売りをやりたいと考えていたみたいで、それなら一緒にやろうかと地上3階の小さなビルがあって、そこで1階は「ループウィラー」、2階は「バンザイペイント」、3階は「グルーヴィジョンズ」で店を始めたんです。土日はお店に立つようにして、来てくれたお客さんに吊り編み機の説明をしていました。中目黒の店は3年ほどでクローズし、2005年に千駄ヶ谷に「ループウィラー」の旗艦店をオープンしました。当時は神宮前に事務所があったので、歩いて行ける場所で探していて、いろいろなご縁から千駄ヶ谷に来ました。その後は、福岡、大阪に出店し、現在では3店舗です。店舗に関しては人との縁があってやれているという感じですね。

——最近はサカナクションや「カラー」などコラボレーションも積極的に行っていますが、これは向こうから声を掛けられることが多いんですか?

鈴木:そうですね。よくご相談を受けて、それは大変ありがたいのですが、コラボは基本的にある程度、お互いを理解している人としかやらないと決めています。そうじゃないとうまくいかない。サカナクションの(山口)一郎さんや「カラー」の阿部(潤一)さんは、店舗の設計をやってくれた片山(正通)さんを通して仲良くなりました。「カラー」に関しては、「ループウィラー」の袖タグで使用しているカタカナフォントを渡して、自由にデザインしてもらいました。ボディーに関しては、「LW01」をそのまま使いたいと言ってくださって。とても光栄でした。

——確かに、あのカタカナも特徴的ですね。

鈴木:最初にイギリスに行った時に、何か日本のブランドだとわかるものが必要だと気付いたんです。それで漢字だと中国とも混同されてしまうし、ひらがなだと難し過ぎるということで、カタカナにしました。海外の人からするとカタカナは図形のようにも見えるらしくて、それもいいなと思いましたね。最初は伝わらないと思ったけど、やっている内にそれが浸透してきて。ただ当時日本人には「ダサい」「絶対にやめた方がいいよ」と言われましたけどね(笑)。

袖部分にあるカタカタタグが特徴的

——人気なのはやはり定番の「LW01」ですか?

鈴木:定番の「LW01」は人気ですが、他にもシルエットが全体的にスリムな「LW250」、ハイジップフーディの「LW290」も人気です。そうした定番品も少しサイジングを変化させて、アップデートを行っています。

震災をきっかけに消費者の意識が変化した

——ビジネスが軌道にのったのはいつ頃ですか?

鈴木:1999年にブランドを始めて、最初の10年はきつかったですね。僕らの仕事は“STAY SMALL”。今、吊り編み機のある工場は3つしかなく、使える機械の台数も決まっている。必然的に製品を作れる最大数は決まってくるので、限界のある商売をしているんです。その中で去年よりも今年、今年よりは来年と少しずつ良くなればと思ってやっています。2000年代はI T業界の影響やファストファッションブームもあって、大きくしていくという志向が幅をきかせていて、僕達の仕事は共感されることは少なかった。それが2008年くらいから徐々に良くなってきて、大きく変わったのは2011年の震災後でした。そこからものに対する価値観も変わって、ブランドに興味を持ってくれる人が増えて、「ループウィラー」のような文化的な考え方がみんなにわかってもらえるようになってきました。

——お客さんは男性が多いですか?

鈴木:男性が多いですが、女性のお客さまも2割ほどいらっしゃいます。奥さんや彼女が夫や彼氏のスエットを洗濯した時に、その違いに気付いて、自分の分も購入してくれるケースもあります。そうして気に入ってくれるのはこちらとしてもすごくうれしいです。

——最後にこれからの展望は?

鈴木:あまりないかも(笑)。僕らの仕事は真面目にものづくりに向き合って、1つひとつ地道に積み上げていくもの。目の前にあることを真摯にやっていくことが、信頼、信用に繋がっていって、お客さまから愛されるブランドになる。今はなかなかリアルでは集まりにくい状況だからこそ、ワクワクするコラボなどをやっていってファンに楽しんでもらえればと思っています。

鈴木諭
静岡県生まれ。1991年に起業し、カットソーを専門とするOEM生産を手掛ける。1999年に自社ブランド「ループウィラー」をスタート。現在は東京、大阪、福岡に店舗を展開。「ナイキ」や「カラー」など幅広いブランドとコラボを行っている
http://www.loopwheeler.co.jp/

Photography Takahiro Otsuji(go relax E more)

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