クラインシュタイン Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/kleinstein/ Mon, 26 Feb 2024 05:13:21 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png クラインシュタイン Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/kleinstein/ 32 32 「ビエダ」が京都でポップアップ・エキシビションを開催 歌代ニーナ出演のパフォーマンス、クエンティン・シーのアーティスト・トークも実施 https://tokion.jp/2023/03/30/biede-kyoto-popup/ Thu, 30 Mar 2023 12:45:00 +0000 https://tokion.jp/?p=178202 「ビエダ」が京都node hotelにて関西初のポップアップ・エキシビションを開催。歌代ニーナ出演のパフォーマンスや、写真家のクエンティン・シーによるアーティスト・トークも実施。4月15日から4月30日まで。

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東京を拠点としてジェンダーレスなユニフォームを作るファッション・レーベル「ビエダ(BIÉDE)」が、京都node hotelにて関西初のポップアップ・エキシビションを開催する。同ポップアップは、同じく4月15日から開始となる「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023」のサテライトイベント「KG+」の1コンテンツとして開催され、新作から過去に発表した全てのプロダクトの試着と購入が可能となる。期間は4月15日から4月30日まで。

今回のポップアップの開催を記念して、「ビエダ」は新しいプロダクト「BIÉDE ELEMENT 21 《32 UMEGAE》 INCENSE」を発表。同プロダクトは、京都創業三百年以上の歴史をもつ香老舗 松栄堂のお香から、「ビエダ」が2種類のお香をセレクトし特別に組み合わせたものとなっている。

オープニングイベントとしてパフォーマンス「BIÉDE IN MOTION」を開催

ポップアップ初日である4月15日には18時からオープニングレセプションを開催し、同日20時から「ビエダ」のプロダクトを使用したパフォーマンス「BIÉDE IN MOTION」の公演を行う。同パフォーマンスのテーマは、“紫式部『源氏物語』の第32帖「梅が枝」を現代の社会においてアップデートしたらどのようなパフォーマンスになり得るか”というもの。ドイツ・日本・アメリカの3か国のルーツを持ち、アーティスト、ミュージシャン、モデル、スタイリストとして様々なフィールドで活躍する歌代ニーナが出演し、物語の朗読(音声出演)は日本とアメリカを行き来して活動する経済学者の成田悠輔が担当する。

音楽は中国をルーツに持ち日本で活動後、現在はイギリスを拠点にアーティスト、キュレーターとして活動を行う泳思/Yongsiと、京都を拠点に音楽プロデューサーやダンサーとして活動し、泳思との共作を行ってきたLyo Taniguchiが担当。公演中の写真・映像撮影は日本を代表するファッション・フォトグラファーの1人である鈴木親が行う。また、同パフォーマンスの前、19時から20時の間はフルーティストの山本英による演奏が行われる。

クエンティン・シーによるオンライン・アーティスト・トーク

「ビエダ」は2020年のブランド設立以来、北京在住の写真家、ビジュアル・アーティストのクエンティン・シー(QUENTIN SHIH / 时晓凡)とコレクションヴィジュアルを共作してきた。今回のポップアップでも、プロダクトとともに両者のコラボレーションにより生まれた写真作品の展示と販売が行われる(クエンティン・シー個人の作品の展示・販売予定)。

期間中の4月16日14時からは、そんなクエンティン・シーによるオンライン・アーティスト・トークが開催。クエンティン・シー(オンライン参加)と、「ビエダ」のプロデュースを行うクラインシュタイン(KLEINSTEIN)の小石祐介、コイシミキが出演。司会は仏文学者で東京大学大学院総合文化研究科(表象文化論)教授の桑田光平が、逐次通訳(日本語-中国語)は早稲田大学国際文学館 村上春樹ライブラリー助教の権慧が担当する。

京都でのポップアップに先駆け、東京では3月31日より「リステア」(東京)にて「ビエダ」のポップアップを開催。また、4月21日から5月7日までの間、「エディション」の表参道ヒルズ店、京都BAL店、名古屋ラシック店にてポップアップが同時開催予定となっている。

■node hotel POP-UP EXHIBITION
会期:4月15日〜4月30日 ※会期中に休業日なし
会場:node hotel 1階ラウンジ 
住所:京都市中京区四条西洞院上ル蟷螂山町461
時間:12:00~20:00
入場:無料
問い合わせ:contact@biede.jp

■オープニング・レセプション、パフォーマンス
日程:4月15日
時間:18:00~24:00
※パフォーマンス「BIÉDE IN MOTION」は20:00からスタート
出演:歌代ニーナ
物語の朗読(音声出演):成田悠輔
音楽:泳思+Lyo Taniguchi
撮影:鈴木親
入場料:無料 

■クエンティン・シー アーティスト・トーク
日程:4月16日
時間:14:00~16:00
出演:クエンティン・シー(オンライン参加)、KLEINSTEIN(小石祐介 + コイシミキ)、桑田光平(司会、東京大学大学院総合文化研究科 [表象文化論] 教授)、権慧(日本語-中国語の逐次通訳、早稲田大学国際文学館 村上春樹ライブラリー助教)

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三宅一生による「3つの革新性」と「遠い射程のファッションデザイン」 https://tokion.jp/2022/09/22/fashion-designer-issey-miyake/ Thu, 22 Sep 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=145988 8月5日に84歳で逝去したファッションデザイナーの三宅一生について、小石祐介によるコラム。

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Issey Miyake by Brigitte Lacombe Courtesy of Issey Miyake

「過去」の人であり「未来」の人だった三宅一生

三宅一生が亡くなった。訃報が届いたその日、世界各国のファッション関係者からお悔やみの言葉がソーシャルメディアに上げられた。偉大なデザイナーであったこと、革新的であったこと、三宅一生本人との個人的な出会い。ありとあらゆる称賛がそれぞれの思い出と共に語られた。しかし、三宅一生と直接仕事で関わりの無い、一介のファッション業界の人間としては、いくつかの表層的な弔辞に違和感を感じたのも事実である。結果的にどれも三宅一生の仕事を捉えきれているような気がしなかったからだ。このテキストはその違和感を言語化するために書いている。これが三宅一生の輪郭を1つ描き出し、日本のクリエーションにとってプラスになることを願っている。

ファッションデザイナーから発明家へ 

三宅一生は日本の業界人にとって思い入れの深いデザイナーだ。一方、若い世代にとっては名前を知った時点ですでに「過去のデザイナー」だった。それは決してネガティブな意味ではない。むしろその特異な革新性によって三宅一生は早い段階で自ら過去の人となり、イッセイ・ミヤケはシンボルとなったからである。彼の革新性は主に3つある。

まず1つめの革新性は、言わずもがな彼がファッションプロダクトの発明家だったことである。ファッションデザイナーとしての三宅一生のキャリアは、1994年のプリーツ以前とプリーツ以後に別れる。高田賢三がオリエンタリズムの眼差しで受け入れられながらパリの地に拠点を置き「パリのデザイナーとして」活躍する中、三宅一生は日本を拠点に活動した。そして結果として、日本を拠点とする日本のブランドがパリで認められるきっかけを作ったのが彼だった。プリーツ以前のクリエーションは自身の日本のアイデンティティに、現代アートのアイデアを取り入れ、新しい身体性を追求するものだった。高田賢三と異なり、現代アートのアイデアとコラボレーションすることで「東洋人が作るもの」というオリエンタリズムへの眼差しを中和し、現代ファッションを創造することに心血を注いでいたと筆者は考えている。これは現代の東洋人のデザイナーが今も抱える脱構築のテーマである。この脱構築の取り組みは三宅本人が耕し、受け入れられる土壌が現地に醸成された後、川久保玲と山本耀司らによって回収されることとなる。「織田がつき羽柴がこねし天下餅すわりしままに食うは徳川」という、江戸の落首があるが、日本人デザイナーによるファッションの脱構築の文脈で言えば、高田賢三が織田にあたり、羽柴であったのが三宅一生だった。

実際、三宅一生自身のこのクリエーションの方向性はプリーツの発明以後に変わる。そしてこれ以降の三宅一生が実に面白いのである。三宅の服作りに貫かれる思想で有名なものが「一枚の布」である。これは東西を問わず、身体とそれを覆う布、そのあいだに生まれる空間の関係を、根源から追求するといったコンセプトであり、このテーマを糸からの素材開発から掘り下げて服を作ることが探求されていた。具体的なワンコンセプトでプロダクトを作り続けるというのは、ファッションブランドでは三宅一生が初めてだっただろう。この流れで1988年頃から始まった研究が結実し、1994年に「プリーツ プリーズ イッセイ ミヤケ(PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE)」のブランドが生まれた。プリーツを使ったドレスは、ヴェネチアを拠点として活躍した画家であり衣装デザイナーのスペイン人のマリアノ・フォルチュニ(1871~1949年)によって過去に生み出されていたものだ。三宅一生はフォルチュニのドレスのアイデアを、素材開発と生産体制を整えること(宮城県にある白石ポリテックス工業が協力)で量産可能な1つの現代のプロダクトとして再解釈したのだ。

ISSEY MIYAKE Fall 1994/1995 Paris – Fashion Channel プリーツを使ったコレクション

プリーツ以後、通常のデザイナーが行う、パリのファッション史の文脈をシーズンごとにアップデートする螺旋から逸脱し「長く親しまれるファッションプロダクトの発明」という新たなファッションデザインの文脈を生み出したのが彼の大きな革新性である。この発明家としての三宅一生の立場を不動のものとしたのは「A-POC(エイポック、 A Piece Of Cloth)」だ。コンピューターで制御して布の段階で衣服を仕上げる「A-POC」は、1998年に入社4年目のスタッフだった藤原大(後に「イッセイ ミヤケ」ブランドのディレクションを担うこととなる)と三宅一生本人が主導で立ち上げたプロジェクトだった。

1999年にパリのランウェイで発表された「A-POC」の前進となるコレクションによって、「イッセイ ミヤケ」はランウェイを毎シーズン単に発表するファッションメゾンではなく、プロダクトを開発し発表するブランドであるということを世界的にイメージ付けた。一方、その代償に「ファッション」の文脈では最高点に達し、自らを「既存のファッションの文脈」では前に進めることを困難にしたとも筆者は考えている。「プリーツ」や「A-POC」レベルの発明を半年ごと、あるいは毎年ランウェイで展開するのは不可能である。長くいつまでも着られるデザインは流行り廃りを超えたプロダクトでありながら、毎シーズン変化を求める「ファッション業界」とは相容れなかった。革新的な発明も見慣れてしまえば「新しさ」だけに着目するメディアや人々にとって過去のものでしかないからである。その一方で、その発明が故に三宅一生は1人のデザイナーの名前を超えて、「イッセイ ミヤケ」の記号として世界に認知され続けるのだった。

行動家であり、啓蒙家であった三宅一生 

三宅一生の2つ目の革新性はファッションの価値を日本国内、海外の文化人、そして大衆に周知させたことだ。今でこそファッションが現代美術やプロダクトデザインの文脈で語られることも多くなったが、三宅一生がファッションを志した当時、これは「洋裁」として認識されていてデザインと見なされていなかった。彼は服飾デザインの社会的立場の向上にエネルギーを注いだ。一枚の布のワンコンセプトでプロダクトを生み続ける現代美術家のような考えを打ち出し、ルゥーシー・リー(Lucie Rie)や田中一光、そしてアーヴィング・ペン(Irving Penn)といったアーティストやデザイナーと行った協業は、今でいう「コラボレーション」というより他領域との「接続」によってファッションを底上げしようとした行為、むしろ「世間のファッションに対する認識をデザイン」しようとしていた、と見たほうがクリアな見通しな気がする。「イッセイ ミヤケ」の服は彼が全盛期の当時から女優や俳優といったセレブリティのみならず、建築家の磯崎新やスティーブ・ジョブズをはじめ国内外の数々のクリエイターや文化人によって好まれる服となったが、これは彼の接続したコミュニティと、文化性の結果に他ならない。先駆者の高田賢三はファッションデザイナーだったが、いつからか三宅一生は「イッセイ ミヤケ」の世界観に共感する人々へのユニフォームを提供していた。そしてこれはファッションの文化的認知向上なしにはなし得ず、その後も「ユニフォームを作る」というデザイナーの無意識は後世のデザイナーに継承されている。

こうして異分野のコミュニティへ接続する彼の革新性を支えていたのは並外れた行動力だった。その片鱗はまだ22歳の多摩美術大学の学生時代に1960年に開かれた「世界デザイン会議」に対して「ファッションをなぜデザインの領域に含めないのか?」と質問状を出したことにも表れている。大学を卒業し、その後に日本を飛び出して、1960年代にパリのサンディカで学び「ジバンシィ」のアシススタントを務めたと聞いてもそのすごさはあまりピンと来ない人もいるかもしれない。今では日本人が、ファッションの名門大学などを経て、LVMHやケリングといった会社で働いているといったケースも珍しいものではないし、ファッション業界の外でもアメリカのシリコンバレーのテック企業であるGAFAMやTESLAをはじめ数々の最先端の企業に就職している話を耳にするようになっているからだ。1960年代当時の「ジバンシィ」はオードリー・ヘップバーンに衣装を提供し、オートクチュールのトップメゾンを作り上げていた。日本人がまだ珍しかった時代のパリを訪れ、そのトップメゾンの門戸を叩いてアシスタントを務めた後、既製服に可能性を見出してアメリカへ渡りジェフリー・ビーンと仕事をし、事務所を立ち上げておよそ4年弱でパリに進出して国際展開を行うなど行動力が並外れている。ファッションを志したカニエ・ウェストとヴァージル・アブローがアントワープまで行ってラフ・シモンズの門を叩いたことが業界ではニュースとなったが、三宅一生も同様に独自の嗅覚で自分にとって必要な場所に自らを運び、ドアを叩き、周りを巻き込むのに長けた人だった。

鈴木芳雄のtweetで紹介された、1968年の三宅一生の姿。当時無名時代に平凡パンチでパリに住む人、という形で紹介されていた。

人を集めて、育てた経営者としての三宅一生

最後の3つ目の革新性は彼の経営者としての姿である。会社を経営的に潤したマネードライバーとなる、香水ブランド「ロードゥ イッセイ(L’EAU DE ISSEY)」、そして「プリーツ プリーズ」といったものを生み出しながら、彼は自分自身がまだ現役を続けられる段階で、社内のデザイナーに自身の「イッセイ ミヤケ」ブランドを任せた。現在30、40代でファッション業界で活躍する多くの人々にとって、記憶にある「イッセイ ミヤケ」のプロダクトは滝沢直己の下で生まれた「イッセイ ミヤケ」であり、2007年以降に作られた藤原大による「イッセイ ミヤケ」だろう。

三宅一生本人が一線から表向き退いたのは1999-2000年だった。三宅一生はまだ60歳だったことを思えばこれは勇気のある行動だったと思う。三宅は1993年に「イッセイ ミヤケ」のメンズラインを、1999年にはウィメンズのクリエイティブディレクションを自社のスタッフであった滝沢直己に任せた。そして、翌年の2000年には、ニューヨークに知見のある元ジャーナリストであり、松屋銀座のディレクションを行っていた太田伸之に経営を任せている。余談だが、その太田伸之がイッセイ ミヤケの社長でありながら「コム デ ギャルソン オム」のスーツを愛用していたという逸話がある。ある意味でこれも三宅の懐の深さを表すエピソードだと思う。

また本体の事業だけでなく、社内のデザイナーをスピンオフさせてグループ化したエイネットの組織を1996年に立ち上げた。この「イッセイ ミヤケ」一門からは小野塚秋良(「ズッカ(ZUCCA)」)、津森千里(「ツモリチサト(TSUMORI CHISATO)」)、津村耕佑(「ファイナルホーム(FINAL HOME)」)、高島一精(「ネ・ネット(Ne-net)」)、宇津木えり(「メルシーボーク(mercibeaucoup)」)といったタレントを輩出した。中でも「イッセイ ミヤケ」出身の小野塚秋良の「ズッカ」は日本のブランドとして一時代を築き、事業として大きなマネードライバーとなったブランドである。そして「イッセイ ミヤケ」からは前述したデザイナー以外にも、黒河内真衣子(「マメ クロゴウチ(Mame Kurogouchi)」)、高橋悠介(「CFCL」)、池内啓太と森美穂子(「アンドワンダー(and wander)」)と多くの出身者が活躍している。

創業者が存命かつ会社に在籍し、かつ後進にディレクションを任せながらも、ブランドが独立性と創業者の空気を維持したまま成立したのは筆者の知る限り、「イッセイ ミヤケ」を除いて今のところに日本はおろか海外にもまず存在しない。自らの不在を作ってなお存在感を維持したこと。これが三宅一生の革新性の一つである。

近いデザインから遠いデザインへ

ファッションデザイナーとしての三宅一生は2000年の到来直前にピークを迎え、そして表舞台から退いた。そして革新的な発明を中心にブランドのプロダクトを展開することで「従来のファッションデザイナー」としての役割を放棄し、ファッションの表側では自ら進んで「過去の人」となっていった。三宅一生をこうして眺めてみると、デザイナーとして彼がずっと行っていたことを一言でまとめると「遠い射程でのファッションデザイン」だったのではないかと思う。対象は衣服だけでなかった。三宅一生が道なき道を歩くことで、日本の「洋裁」は気がつけば「服飾デザイン」になり、「モード」、そして「ファッション」と呼ばれるようになった。大衆のファッションに対する認識を変え、ファッションへ参入する若者への間口を広げた。いま、日本だけでなく、アジア全体で「ファッションを、ファッションデザイナーを志したい」と誰かが親に話しているだろう。その親の脳裏にはきっとロールモデルとして「三宅一生」の姿が浮かんでいる。ファッションデザインは気がつけば三宅一生に追いつき、今ではデザイン領域の最先端となっている。彼のデザインの射程は、今のファッションのデザインから次第に未来のファッションになっていた。彼は人の装いを、デザインしながら、社会の様相を動かそうとしていた「様装家」だったのだ。

「一枚の布」のコンセプトを打ち立てた「一人の人」三宅一生。広島に生まれた被爆者であり、東洋人であるという逆境を超えて世界に向けて彼がデザインしていたものは、本人の自覚的なものか無自覚なものか定かではないが、いつの日からか衣服を超えてはるかに遠い射程のものとなっていった。彼は「『イッセイ ミヤケ』というエコシステム」をデザインし、そこから「ファッションという認識を人間社会でどこまで拡張できるのか」という問いに迫っていった。きっとわれわれは、そして未来の人々も、三宅一生が「デザインした場所」を通ることになる。

われわれは現在についてほとんど考えない。たまに考えることがあっても、それはただ未来を処理するために、そこから光をえようとするにすぎない。現在はけっしてわれわれの目的ではない。過去と現在はわれわれの手段であり、未来のみが目的である。 

ブレーズ・パスカル 「パンセ」(1623-1662)

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連載「ファッションと社会をめぐるノート」第2回/中国について語る時に我々が語ること。 https://tokion.jp/2021/01/20/notebook-on-fashion-and-society-vol2/ Wed, 20 Jan 2021 06:00:42 +0000 https://tokion.jp/?p=17323 「社会」という観点からファッションの現在地と行く末を描き出す連載企画。第2回では、イデオロギーやオリエンタリズムを乗り越えて、中国で今新しく生まれているカルチャーと出会うために必要な手続きやマインドセットについて論じる。

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社会の様相が大きく変わりゆくこの現在において、ファッションのありようにはどのような変容が生じているのか? また、この先にはどのような可能性が残されているのか? 本連載で綴られていくのは、そのような問い掛けへの応答であり、ファッションの可能性の中心である。
国内外のファッションブランドのプロデュースやコンサルティングなどを手掛け、創作や評論活動も行う小石祐介が、「社会」という観点からファッションの現在地と行く末を描き出す連載企画。第2回では、近年ますます存在感を高める中国において、今新しく生まれているカルチャーの胎動と、それに直接触れるために必要な手続きやマインドセットについて論じていく。

Photography KLEINSTEIN

“If Biden wins, China wins”(バイデンが勝てば、中国の勝ちだ)

2020年11月に行われた米国の大統領選挙はバイデン候補の勝利に終わった。ファッション関係者をはじめ、多くの人々が歓喜の声を上げている姿が目立つが、世界の先行きはまだ不透明だ。印象に残ったのは、多くのメディアやセレブリティをはじめ、マスメディアのスタンスが明らかにバイデン候補に有利のように見えたのにも関わらず、4年前の選挙同様に大方の世論調査が軒並み外れ、選挙の命運を決めた州の票差が想像以上に僅差で終わったことだ。結果として投票者のうち約半数の7400万人が、失策続きと酷評されてきたドナルド・トランプへ投票したという現実を世界は目の当たりにすることとなった。最低人気の候補者達による選挙と揶揄された、パンデミック下の選挙だが、両候補は歴代大統領選の得票数を更新しそれぞれ得票で1位、2位を塗り替えた。

If Biden wins, China wins”(バイデンが勝てば、中国の勝ちだ)
米国のソーシャルメディアの動向を観察していた私は、ドナルド・トランプが発したこのシンプルなメッセージが、コロナウィルスのパンデミックが悪化するに従い米国の有権者と世界各国の人々の心を揺さぶったのを目にした。アジア人に対する視線は徐々に厳しくなり、若者のコミュニティから支持者を集めた快活な大統領候補者、台湾系アメリカ人のAndrew Yang(アンドリュー・ヤン)も肩身が狭そうに映った。
トランプのメッセージは「中国」への意識をより顕在化させた。その一方で数ヵ月もの間、米国国内、そして選挙に関心のある世界各国で語られた中国についての話題は、ソーシャルメディア上に持ち寄られた情報を根拠にした政治経済の話題でしかなかった。幅広い教養を持っていると少なくとも世間一般に思われているリベラルな文化人や評論家でさえ、中国について語る時に語ることといえば、金と政治の話ばかりである。

選挙期間中、前回のトランプ勝利を当てた世論調査会社や著名人にインタビューマイクが向けられていた。数々のインタビューの中で私の印象に残ったのは、両陣営の選挙キャンペーングッズを生産していた、中国浙江省にある義烏(Yi Wu)の工場の若いオーナーだった。
「今のところトランプグッズの発注数が多いので今回も彼が勝利するんじゃないかと思いますよ」と若いオーナーは飄々と嬉しそうに語っていた。米国ではトランプ、バイデン両陣営の支持者が中国の台頭を警戒する中、キャンペーングッズを作って大金を稼いでいる中国の工場のオーナーが笑顔で選挙情勢について答えるというのはなんとも皮肉だ。「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」と書かれたグッズが無造作に積まれた山の目の前で、「TRUMP PENCE 2020」とプリントされた旗が作られ、その隣では「BIDEN HARRIS 2020」の旗が作られている。その様子はもはや現代喜劇である。チャーリー・チャップリンがもし生きていていたら、笑いのネタにするに違いない。トランプ大統領が言ったように、この工場のオーナーは選挙の勝者に違いなかった(実際にこういったシーンはThe New York Timesで取り上げられた)。

この現実のシュールなワンシーンは、グローバル社会の複雑さの一面を表している。人々は世界の動きを議論するとき、単純なストーリーを描き、すぐに結論を短絡的に決めつけがちだ。しかし、世の中はシンプルではなく、複雑さを孕み、矛盾を抱えたまま動き続けている。私にとって中国という国の面白さは、単純なストーリーで取り切りきれない、グローバル社会の根本的な矛盾や複雑さ、そして怪しさを受け入れながら、バイタリティあふれる姿で生きる人々が大勢いるところにあるのだと思う。おそらく、Higher Brothersが“Made in China”で歌ったのは、この現実の複雑さに違いない。

”My chains, new gold watch, made in China We play ping pong ball, made in China 给bitch买点儿奢侈品 made in China Yeah Higher Brothers’ black cab, made in China.”
[Higher Brothers x Famous Dex – Made In China (Prod. Richie Souf)]

Higher Brothers x Famous Dex – Made In China (Prod. Richie Souf)
Photography KLEINSTEIN

グレート・ファイアウォール、そしてそこに貼られた壁紙

中国はGDP世界2位の大国にも関わらず日本語や英語で調べられる情報はかなり限られている。ここまで毀誉褒貶が激しい国も無いだろう。日本語や英語で情報を発信している各国の中国通の嗜好は偏り、強いフィルターがかかっている。英語で調べられるものは、欧米受けしやすいオリエンタリズムの眼差しで中国を見る人たちに向けたヴィジュアルやストーリーで、日本語で調べられるものは親日や反日といった紋切り型のバイアスを通したものが多い。
「欧米メディアは中国の悪い所を誇張し過ぎです。中国メディアは中国を褒めすぎです」と語るのは中国南京市在住のドキュメンタリー作家の竹内亮だ。彼が制作した『好久不见,武汉(お久しぶりです、武漢)』というパンデミック後の武漢を撮影したドキュメンタリーはweiboで1日で1,000万回以上再生された。日本で生活する中国人、中国で生活する外国人を取り上げる、「我住在这里的理由(私がここに住む理由)」という番組も面白い。彼の配信するドキュメンタリーのように現地の人々の日々の姿を配信するメディアはまだ少ない。結局のところ、更に自分の関心に沿って「今」の情報を調べるには微博(Weibo)、大众点评(Dian Ping)、百度(Baidu)といった現地のサービスを使い、簡体字を打ち込んで調べ、そしてリアルな人と交友を持つ必要がある。慣れない簡体字を打ちながら調べていると「インターネットの限界と現実の広大さ」を突きつけられる。我々は非英語圏の世界を調べるとき、つい英語で調べたものを世界そのものだと考えがちだが、そうしたやり方で見つかるものは氷山の一角に過ぎないのだ。そこで見つかる情報は全て英語話者のフィルターを通していているからだ。
このような視点を共有できる多国籍のメンバーで構成されるデザインチームが、ジェンダーレスなユニフォームを作るレーベルBIÉDEを立ち上げた。そのプロデュース、マネジメントをクラインシュタインが行っている。コレクションのヴィジュアルは北京在住の写真家・映画監督のQuentin Shih(时晓凡/クエンティン・シー)が担当した(TOKIONでもインタビューが掲載された)。彼は「ディオール」や「ルイ・ヴィトン」といったクライアントと仕事をしながらも、欧米が期待するオリエンタリズムの眼差しにそのまま応えることはせず、欧米と中国という二項対立に対して批評的な作品を作り出している。

BIÉDE COLLECTION 01 VIDEO02
MOVIE Creative Direction by BIÉDE
Video by KANGHONG Image
Production by KANGHONG Image – YUANTING / BEIJI / KANGHONG
Music “Groovy” by SOULFRESH BEATS
© BIÉDE Photography Quentin Shih(时晓凡)

文革の後半時代に中国を訪れ、後にパルム・ドール受賞することになる映画監督の陳凱歌を含む、数々の文化人と交流を築き、中国文化を日本に紹介してきた映画研究者・文学者の刈間文俊は、とあるエッセイの中で詩について触れている。互いに信頼し合う詩人や作家たちは、かつて酒を飲みながら社会を風刺する詩や散文を披露し合っては、すぐにそれをゴミ箱に捨てたのだという。その時代の「今」を切り取った作品たちは、立ち上がったその場で儚く一瞬で消えていったようだ。
外国人のために作られた装飾の情報を掻い潜り、グレート・ファイアーウォールを乗り越える。その壁を乗り越えた先にも存在する幾重にも重ねられた膜をかいくぐると、オリエンタリズム、エスニック、イデオロギー、あるいは金や政治の話題で切り取りきれない、カルチャーの輪郭、未開の新しいシーンが存在する。

孔子は『論語』で「子曰、衆惡之必察焉、衆好之必察焉」という言葉を残した。
これは大勢の人が嫌うからといって、自分自身で確認せず判断をするな。また、大勢の人が好むからといって自分自身で確認を怠ってはいけない、という意味だ。2500年前に綴られたこの言葉は、強く今の我々にエコーする。
壁の内側でしか見ることのできないシーンはこの文章が読まれる間にも生まれている。気がつくかどうかは我々次第なのだ。

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連載「ファッションと社会をめぐるノート」第1回/新しいカルチャーは乱世から生まれる https://tokion.jp/2020/10/29/notebook-on-fashion-and-society-vol1/ Thu, 29 Oct 2020 11:00:47 +0000 https://tokion.jp/?p=9851 「社会」という観点からファッションの現在地と行く末を描き出す連載企画。第1回では「ドナルド・トランプ以降の世界」における、ファッションのオルタナティブな表象と可能性を探る。

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社会の様相が大きく変わりゆくこの現在において、ファッションのありようにはどのような変容が生じているのか? また、この先にはどのような可能性が残されているのか? 本連載で綴られていくのは、そのような問い掛けへの応答であり、ファッションの可能性の中心である。

国内外のファッションブランドのプロデュースやコンサルティングなどを手掛け、創作や評論活動も行う小石祐介が、「社会」という観点からファッションの現在地と行く末を描き出す連載企画。第1回では、ドナルド・トランプ以降の社会と、そこに立ちあらわれたオルタナティブなファッションの潮流について論じていく。

「政治とファッション」、といってしまうと堅苦しい感じのテーマに見えてしまうが、「インフルエンサーとファッション」と言えばどうだろうか。かなり見慣れた話題になると思う。この連載では、普段ファッションメディアでは語られることが少ない社会のニュースを観察しながら、ファッションについて書いていきたいと思う。

ドナルド・トランプが「インフルエンサー」となる世界で

今年の6月、イギリスのDAZED STUDIOが発表したトレンドレポートの『The Era of Monomass(https://dazed.studio/monomass/)』には、この過去数年を総括する上で、いくつか興味深いトピックがあった。そこにはCOVID-19下でのYouTube、tiktok、Instagramの利用率とユーザー数の増加、ジェネレーションZの分析などが掲載されていたのだが、中でも最も印象に残ったのは、インフルエンサーについて書かれた”WHO’S INFLUEZTIAL NOW”のページだった(The Era of Monomass, p.212)。

そのページには、カニエ・ウェスト、キム・カーダシアン・ウェスト、ビヨンセ、ビリー・アイリッシュやトラビス・スコット、G-DRAGON、若き環境活動家のグレタ・トゥンベリ、前アメリカ大統領のバラク・オバマといった面々の写真がピックアップされていた。各人物の写真は丸で囲まれていて、丸のサイズが影響力に比例しているようだ。どの人物も強力なインフルエンサーだが、カニエ・ウェストを抑えて一番大きな丸で囲まれていたのが、赤いキャップを被ったドナルド・トランプだった。確かに日本に居る自分にとってもドナルド・トランプというキーワードを見ない日は少なかったような気がする。オバマ政権時代ではあり得なかったことだ。トランプ政権の誕生によって、インターネット空間も実社会も騒々しくなったものである。アメリカに住む人にとってはおそらくもっとそう感じるのだろう。『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』では悪い冗談として描かれていたシーンが現実のものとなったのだから。

ファッションは、単なる衣服の流行ではなく、もっと大きな社会の様相を指す

その騒々しい世界に、新型コロナウイルスが登場し、今世界は荒れている。このタイミングにこそ、ファッションデザインについて考えてみたい。ファッションデザインとは服、シューズ、バッグ、アクセサリーといったものを作る仕事のことをいうのだろうか。あるいはスタイリングやヴィジュアル、総合的な組み合わせを行うディレクションまでを指すのだろうか。

僕たちがファッションについて語る時、人が身につけているものだけではなく、その周辺についても無意識に語っている。ファッションには、聴いている音楽、あるいは聴かなくなった音楽、好きな作家やアーティスト、スポーツ、あるいはソーシャルメディアでフォローしている人やブロックしている人といった情報、その人の仕草や振る舞い、言葉といったものが含まれるのだ。9月の全米オープンの試合中、大坂なおみはマスクを使って静かにBLACK LIVES MATTER(BLM運動)を支持した。彼女は今、最も代表的なリベラルなファッションアイコンの一人だが、彼女が何かを身につければ、本人のアティチュードと共鳴して、新しいアイデンティティがそこに表れる。

我々のアイデンティティは、個人の外へ、そして社会に滲み出している。個人と社会との関係性がアイデンティティを支えているのだ。同様の話は30年以上前、ヴィム・ヴェンダースが、山本耀司をフィーチャーして撮影した『都市とモードのビデオノート』(1989)の冒頭で、ヴェンダース自身によって語られている。ファッションは衣服や流行にとどまらず、人の「装い」の「有様」の移り変わりとその表現という、もっと大きな社会の様相(ダイナミクス)のことを指しているのだ。

『都市とモードのビデオノート』(監督・出演:ヴィム・ヴェンダース 、 出演:山本耀司)

このことを考えて、僕は正式な日本語訳を未だに持たない「ファッション」のことを「様装(Yo-u-so-u)」(人の装いと有様の様相)という言葉に翻訳することにしている。 *〔注 : ちなみにfashionの語源はラテン語のfactioという言葉だ。これは何かをする、作るという動作を示している。フランス語でいわゆるファッションを指すmodeという言葉には流儀(スタイル)や状態といった意味がその背景にある。〕

この大きな視点でファッションデザインというものを改めて捉えてみると、「社会のうねりをつくること」もファッションデザインの一部であると言っていいだろう。

行き詰まった現状には、いつも「文化」が一撃を加えてきた

さて、この5年を振り返ると、国際社会で最も大きなうねりを作ったのはドナルド・トランプだった。彼をファッションデザイナーといってしまえば皮肉にしか聞こえないが、彼の一挙一動がファッションシーンならびにファッションデザインの方向性に多大な影響を与えたのは紛れもない事実である。ドナルド・トランプが、世界最強であり最大の経済大国である「アメリカ」を象徴することになった結果、その現状に対する抵抗運動があちこちで立ち上がり、ファッションではこれまで以上にダイバーシティというテーマが強力なものとなった。

結果として、トランプ政権の誕生により、皮肉なことにファッションそのものには面白いシーンが増えたと思う。ファッションにおけるイノベーションは、多くの場合、現状に対する「カウンター」から生まれるからだ。過去の1960年代のカウンターカルチャーと、70年代以降のファッションシーンは、第二次世界大戦後の動乱、ニクソン政権とベトナム戦争、共産主義を掲げる東側社会と西側社会の対立構造と社会不安がなければ強力なものにはならなかったはずだ。

その頃と同様、トランプの大統領選のキャンペーンが始まった2015年後半から2016年頃にかけてファッションにも新しいシーンが生まれた。その一つはゴーシャ・ラブチンスキー、デムナ・ヴァザリアに代表される旧ソ連出身のファッションデザイン、そして周辺のポップカルチャーの勃興だった。キリル文字が書かれたTシャツを街で見かけた人も多いと思う。K-POPスターのファッションへの影響はすでに大きかったものの、米国での流行が本格化したのもトランプ政権以降である。

トランプ政権により、アメリカがリベラル的指向性を失う過程で、「非アメリカ的存在」、「非白人のカルチャー」に焦点があたったのは偶然ではない。人々はInstagramを使っては国境を超え、訪れることのなかった「非欧米的な世界」にオルタナティブを探し求めた。

今では「トランプ政権が志向するシンボルの否定」が、現状のアメリカに対するオルナタティブな存在となっているのだ。「MAKE AMERICA GREAT AGAIN(アメリカを再び偉大に)」という言葉が書かれた赤いキャップは元の意味をもはや失い、リベラル側にとっては「アンチダイバーシティ」、「アンチリベラル」のアイコンになっている。カニエ・ウェストがその帽子を被ったことで、叩かれたというニュースを覚えている人も多いだろう。

40年前、セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスは、エリザベス女王を冒涜し、ナチスの鉤十字を身に着けるという社会的タブーを犯してステージで暴れていた。その過激なスタイルによって彼は若者たち(必ずしも若者だけではなかったと思う)に反権力の象徴として見なされ支持されていたわけだが、我々が生きる現在では、「リベラル」、「ダイバーシティ」、「環境保護」といった至極まっとうに見える態度こそが現状に対するカウンターであり反権力の象徴になりつつあるというのは何だか皮肉なものだ。もしトランプ大統領が大多数から見て、聖人君子のような存在であったとすればこの構図は存在しなかっただろう。かつて触れられてこなかった領域に新しい前衛的な表現の可能性が広がっているのだ。

2020年の11月3日には大統領選挙が行われる。新型コロナウィルスで世界は混沌と化し、米国ではBLM運動が始まった。それは反政権へのうねりに向かい、ファッションシーンにも早速強い影響を与えている。

我々の社会は今荒れている。しかし、乱世の時こそ、新しいカウンターカルチャーは生まれる。歴史の中で、行き詰まった現状に一撃を加えてきたのはいつも人が生み出した「文化」なのだ。ファッションの世界にも今、目の前に新しい地平が広がりつつある。

Photography and Illustration Yusuke Koishi

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新進ファッション・レーベル「ビエダ」と中国を代表する写真家のクエンティン・シーのコラボ展示が開催 クエンティン・シーへメールインタビューを敢行 https://tokion.jp/2020/09/12/biede-and-quentin-shih/ Sat, 12 Sep 2020 03:00:28 +0000 https://tokion.jp/?p=5281 「ジェンダーレス」「ボーダーレス」をコンセプトに掲げる「ビエダ」のブランドストーリーを基に、クエンティン・シーが撮り下ろしを実施。コラボレーションの背景や自身の創作哲学について、同氏に尋ねた。

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さまざまな“境界”が揺らぎうすれゆく現在。この秋、そんな時代の流れに呼応したファッション・レーベルがデビューする。東京を拠点とするクリエイティブ・スタジオ、クラインシュタインがプロデュース・マネジメントを手掛ける「ビエダ(BIÉDE)」は、「ジェンダーレス」「ボーダーレス」をコンセプトに掲げ、新たな目線から「ユニフォーム」の定義やありようを刷新していくことを企図し設立された。そのクリエイティヴチームは多国籍な編成で構成されている。

コレクション第一弾として発表されるのは、中国広州の高度な技術を有した職人たちの手仕事によりつくられる3点のレザー・バッグ。クラフツマンシップとモダンなセンスを融合させ、同レーベルのデビューを飾るに相応しいアイテムへと仕上げた。

「ビエダ」は、記念すべきファースト・コレクションの発表にあたり、現在の中国を代表するビジュアル・アーティストの一人、クエンティン・シーとコラボレーションを実施。現在は北京を拠点とする同氏は、ロサンゼルスやパリのギャラリーでもその作品が紹介されてきた写真家・映像作家であり、これまで「ディオール」や「ルイ・ヴィトン」、「プラダ」などのラグジュアリー・ブランドとアート・プロジェクトやコマーシャル・ワークを行ってきたことでも知られる。

今回のコラボレーションにおいて、クエンティン・シーは中国のアパートの一室や海辺を舞台に、「ビエダ」のブランドコンセプト/ストーリーを基にしたシューティングを実施。色彩感覚やライティング、構図に独自性を持つ同氏の持ち味を存分に発揮させながら、「ここではないどこか」のような幻想的でシュールレアリスティックなイメージをつくりあげた。クエンティン・シーが撮り下ろした19点のうち8点の作品が、「ビエダ」の新作バッグ3点と共に東京・青山の「STIENBOX」にて展示され、9月12日から一般公開の運びとなる。

この度の展覧会の開催に際して、「TOKION」はクエンティン・シーにメールインタビューを敢行。ブランドとのコラボレーションの背景やそこで表現したかったもの、自身の創作哲学や中国の写真シーン、注目する日本の写真家などについて、尋ねてみた。

どこでもなく、どこでもありえるようなシーンを作りたかった

——今回の「ビエダ」とのコラボレーション企画で一番表現したかったことや、コレクションストーリーを読んだ時に考えたことを教えてください。

クエンティン・シー(以下、クエンティン):「ビエダ」のコンセプトをみて、東洋と西洋の間の何か、夢と現実の間、といった「どこでもない(no where)」ような、そして「どこでも(anywhere)」ありえるようなシーンを作りたいと思いました。「ビエダ」自体は日本のブランドだからという理由もありますね。僕達から見ると日本は東アジアにありながら、西側の国に見えたりもしますので。

——撮影のロケーションやモデルについては、どのようなことを意識して選定を行いましたか?

クエンティン:バッグのコレクションであり、そしてデザインがミニマルでモダンだから、ロケーションはシンプルで、近代的で、アパートメントだったりホテルの一室だったり、展示室のような場所を選んだんです。また、シュールレアルな夢のような雰囲気を作るために海辺での撮影も行いました。ワードローブはバッグの革の質感に合うよう、光を反射する光沢のある素材を選んでいます。モデルには、ユニセックスで人間とロボットの間のような雰囲気のある女の子をキャスティングしています。

——「ビエダ」のブランドコンセプトは「ジェンダーレス」「ボーダーレス」であり、クリエイションを通して新しい「ユニフォーム」の在り方を模索するというものでした。このキーワードについてあなたの考えを教えてください。

クエンティン:「ビエダ」はシンプルだけれど、複雑な心を持った人達のためのブランドだと思う。スタイルは未来的で、エモーションが控えめで、ひんやりとした印象があります。そこがとてもクールだと僕は思いますね。

——あなたの作品の色彩感覚や構図、「西洋/東洋」という二分法には収まりきらないイメージの在り方には強い独自性を感じます。あなたの創作哲学を教えてください。

クエンティン:僕は、いつも自分の記憶や思い出に関係しているイメージを作り出しています。光と色は私の強い視覚言語です。自分にとって写真を撮るということは、心の奥底にある思い出を呼び起こすようなもので、過去を旅したり、すでに知っている人や場所に会いに行ったりするようなものですね。

——中国の写真シーンの現状や独自性について教えてください。

クエンティン:現状はかなり多様ですね。若い写真家の中には、アメリカやヨーロッパで写真を学んで、そこで新しいビジュアル言語を取り入れてくる人もいます。
今の人達は、ソーシャルメディアのおかげで、以前よりもずっと簡単に作品を見せることができるようになりましたね。

——注目している日本の写真家がいれば教えてください。

クエンティン:20年以上前に写真の勉強をしていた時、モノクロのフィルムをよく撮ったのですが、当時の僕は森山大道のストリート写真に大きな影響を受けました。個人的には大ファンというわけではありませんが、日本の写真家だと、篠山紀信さんと上田義彦さんはどちらも中国でとても人気があります。彼らは、かなり多くの若い中国人写真家に影響を与えていますね。僕は川内倫子さんの作品がとても好きなんです。その日常を夢のように撮影したシュールでユニークなスタイルが。作品から虚無と意味を同時に感じることができます。

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本展は、これまで日本ではあまり紹介されてこなかった同氏の作品を、直接体験できるまたとない機会ともなる。「ビエダ」に触発され生まれた美しく幻想的なイメージを、ぜひともその目で確かめてみてはいかがだろうか。

■「BIÉDE COLLECTION 01 IN COLLABORATION WITH QUENTIN SHIH」
会期:9月12日〜9月18日
会場:STEIN BOX
住所:東京都港区南青山4-24-4 B1F TKハウス 001
時間:11:00〜19:00

「ビエダ」
https://biede.jp
Instagram: @biede_official

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