Chihei Hatakeyama Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/chihei-hatakeyama/ Wed, 06 Dec 2023 10:22:02 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png Chihei Hatakeyama Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/chihei-hatakeyama/ 32 32 「Hachirogata Lake(八郎潟)」が鳴らす音 越境するアンビエント Chihei Hatakeyamaインタヴュー https://tokion.jp/2023/11/25/interview-chihei-hatakeyama/ Sat, 25 Nov 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=216764 Chihei Hatakeyamaが9月にリリースした『Hachirogata Lake(八郎潟)』は、どう生まれたのか。レコーディング中のエピソードや自らのアンビエントミュージック観を訊く。

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Chihei Hatakeyama

Chihei Hatakeyama
2006年にChihei Hatakeyamaとしてシカゴの前衛音楽専門レーベルKrankyより、ソロ・アルバムを『Minima Moralia』をリリース。以後は、イギリスのRural Colours、Under The SpireやオーストラリアのRoom40、日本のHome Normalなど、国内外のインデペンデントレーベルから多くの作品を発表し、海外でのライヴ・ツアーもおこなっている。海外での人気が高く、Spotifyの2017年「海外で最も再生された国内アーティスト」ではトップ10にランクイン。2021年4月にイギリスのギアボックス・レコーズからアルバム『Late Spring』を発売。今年、音楽を担当した映画『ライフ・イズ・クライミング!』が公開。近年は海外ツアーにも力を入れていて、2022 年に全米15ヵ所のUSツアーを敢行した。9月1日に「Hachir​ō​gata Lake」をリリース。

2006年のデビュー以来多数のオリジナル作品を発表し、世界中のリスナーから高い評価を得てきた東京在住の電子音楽作家・Chihei Hatakeyama。そんな彼が2023年9月にリリースした最新作『Hachirogata Lake(八郎潟)』は、これまでのオリジナル作品とは一風異なる、ユニークなコンセプトを持ったアルバムだ。

タイトルの通り、同作は、秋田県男鹿半島に位置する八郎潟をテーマとしている。1957年から約20年間をかけて大規模干拓事業が推進され、広大な農業用地として生まれ変わった同地は、風光明媚な自然と人為的環境が併存する、県内有数の景勝地としても知られている。

昨年9月、Hatakeyamaはレコーダー片手にこの八郎潟を訪れ、フィールドレコーディングを敢行。その素材を基に楽器類をダビングし、1枚のレコードとして完成させたのが本作だ。この特異な作品はどのように生まれたのか。レコーディング中のエピソードから、自らのアンビエントミュージック観まで、じっくりと話を聴いた。

自身のルーツと遠くないかもしれない存在の「八郎潟」

――どういった経緯で今回の作品を制作することになったのでしょうか?

Chihei Hatakeyama(以下、Hatakeyama):リリース元であるオランダの「Field Records」というレーベルから声を掛けられたのがきっかけです。その名の通り、主にフィールドレコーディングをフィーチャーした作品を手掛けているレーベルです。すでにSUGAI KENさんが『Tone River(利根川)』(2020年)というアルバムを出されていて、日本のサウンドスケープをテーマとした同じシリーズの続編として私に声が掛かったんです。

――八郎潟というテーマもレーベル側からの提案だったんでしょうか?

Hatakeyama:はい。〈Field Records〉がオランダ大使館と繋がりがあって、その関係で過去にオランダと日本が協力して大規模な干拓事業を展開した八郎潟をテーマにしてはどうだろう、という話になったんです。現在の大潟村が位置する陸地部は、1957年から干拓工事が進められた結果生まれた土地なんですが、その工事にあたって、干拓の先進国であるオランダの技術が大幅に導入されたのだそうです。

――以前から八郎潟の歴史に関心を持たれていたんですか?

Hatakeyama:いや、お恥ずかしいことに、このプロジェクトに取り組むまではなんとなく地理で習ったことがあるな……くらいの認識でした。そもそも八郎潟どころか秋田県自体に行ったことがなかったんです。うちの父が北海道出身なんですが、どうやら先祖が明治の頃に東北から北海道の開拓地に移住して生活を始めたようなんです。だから開拓地というものにもともと関心はありました。それと、秋田県って「畠山」という名字の家がかなり多いらしくて、その辺りにも縁を感じましたね。父方の祖母も青森出身なので、自分のルーツもあの辺りと遠くないのかもしれないな、と。

――録音に際して、八郎潟についてリサーチしましたか?

Hatakeyama:現地に行く前に軽く調べて、現地入りしてからはまず大潟村干拓博物館を訪ねました。その展示を見て強く感じたのは、今とは全く違う未来への希望のようなものでした。当時の若者達の様子だったり、村の人達の声だったり……触発されるものがありましたね。

実際に現地に行って驚いたのが、干拓地の広大さです。本当に広い。ほとんどが農地で、人が住んでいるところはごく一部なんですが、とにかく一面に開けた風景で、圧倒されました。車を使うと良い音響のポイントがわからないので徒歩で移動したのですが、2022年9月のすごく暑い期間で、足は疲れるし、一瞬で汗だくになってめちゃくちゃ大変でした(笑)。

――あらかじめ「こういう音を録りたい」というイメージはあったんでしょうか?

Hatakeyama:干拓地の周囲に湖や川があるので、水の音にフォーカスしようというのは決めていました。バスを降りて八郎潟へ向かう途中、最初に立ち寄ったのが湖への流入河川だったんですが、そこに鳥の大群がやってきて鳴いている様子を水の音と一緒に録音しました。「水に鳥 / Water And Birds」というトラックでその時の音を使っています。

――一般的にも、フィールドレコーディングにおいて「水」は非常に重要なモチーフになっていますよね。なぜ水の音に惹かれるんでしょう?

Hatakeyama:1つには、それが実体を伴っていて触覚的にも認知できるものだから、というのがあるかもしれません。厳密にいえば空気だって触れるわけですけど、自分にとって水というのは特有の実在感があるんですよね。それでいて、明確な形で固定されているわけではなくて、常に環境に応じて変化する。そういう実体性と抽象性を兼ね備えているところが自分の音楽観にも合致するんだと思います。あとは、当然水が発する音のおもしろさもあります。反復音を発しているようでいて、よく聴くと一度として同じ音がないんですよ。

――アルバムを聴いていると、各場所特有の「水の音」が存在することに気付かされますね。それぞれの水の音から、特定の風景が立ち上がってくるような感覚を覚えます。

Hatakeyama:そうなんですよ。今いった「水に鳥 / Water And Birds」の録音ポイントは風景もすごく印象的でした。遊覧用の小さなボートが打ち捨てられていて、かつては活気があった場所が今はすっかり落ち着いている……そういう印象を抱かせる風景でした。

――なんともいえない情感溢れる音ですね。

Hatakeyama:その後、場所を移動してご飯を食べにお店に入ってもほとんど人がいなくて……そういう儚げな感覚はアルバム全体に反映されていると思います。はじめは自然の音を録りにいくんだと考えていたんですが、実際に現地にいってみると、当然のことながら、やっぱりここは「自然」というのとはちょっと違うかもしれない、と思いました。むしろ、水や生物などの「自然」と人工的なものの混ざり合いが魅力だなと感じて。無人のボート乗り場の桟橋が風で揺れている音とか……。他にも、1曲目の「池のほとり / By The Pond」というトラックでは、虫の声にどこかから聞こえてくる打ち上げ花火のような音が重なってきたり。

――あの「パーン」という音ですね。おもしろい効果を生んでいると感じました。

Hatakeyama:加えて印象的だったのが、鳥や虫の声がふと途切れて、ほとんど音が聞こえてこないポイントもあったりして。そういうのも人工的な環境ならではのサウンドスケープだと感じましたね。だから、レコーディングポイントを探すのはわりと苦労しましたね。見つかったとしても、カラスの大きな声が他をかき消してしまったり……(笑)。なので、カットしたり、レイヤーを重ねたり、あくまで音楽作品なのでそのあたりの編集は細かくやっています。

2000年代の「音響派」と接続する現在地

――フィールドレコーディングを基にした作品というと、ともすれば「環境音をありのまま客観的に収録したもの」と考えられがちだと思うんですが、楽器音を足す場合はもちろんのこと、仮にフィールドレコーディング素材のみを使用する形だったとしても、実際にはさまざまなレベルにおいて録音者の主観なり作家性のようなものが反映されますよね。その辺り、畠山さんご自身はどう考えてらっしゃいますか?

Hatakeyama:おっしゃる通りだと思います。フィールドレコーディングの素材を用いて作品を作る手法はかれこれ20年近くやっていますが、だんだん自分なりのメソッドみたいなものができてきますしね。「世界をどう切り取るか」を前提として、いろいろな機材をチョイスして特定のポイントで録音するわけですけど、それを続けていく中で徐々に自分なりの手法が積み重なっていきますから。

それと、一般的にフィールドレコーディングというと、高性能マイクの使用が推奨されがちなんですが、そういう機材というのは、カメラで言えばすごく高解像度の機種と同じというか、ときに「写りすぎてしまう」んですよね。確かに細部はくっきりわかるんだけど、必ずしもそれが音楽的に適切とは限らないわけです。むしろ、僕の好みはもうちょっと曖昧さがある音です。「裸の環境」を録りたいわけじゃないんですよね。加えて、楽器の音とあわせたときに、あまりに高精細だとうまく混じらないという事情もあって。今回も、ZOOMのH4っていう安価なハンディレコーダーを使用しています。

――近年、関連書籍が複数刊行されたり、フィールドレコーディングという行為やそれを素材とした作品の存在感がより一層増してきていると思うんですが、そういったムードは畠山さんご自身も感じてらっしゃいますか?

Hatakeyama:はい。最近いろいろなところで注目されている感じがしますね。

――そういった流れは、サウンドスケープ思想とも浅からぬ関係性にあるアンビエントミュージックが昨今大きな人気を博していることと無関係でないように思います。

Hatakeyama:はい。

――畠山さんは、まさにその現代のアンビエントシーンを代表するアーティストと世間から認識されていて……。

Hatakeyama:うーん、どうなんでしょう。そう言ってもらえることも少なくないんですが、実際のところ、違和感とまでは言わないにしても、ちょっと考えるところもあって。

――というと?

Hatakeyama:2000年代半ばから音楽家として活動を始めたんですが、僕の音楽が明確にアンビエントという言葉でくくられるようになったのは、ここ10年くらいの話なんですよね。それは、おそらく過去の日本産環境音楽などがブームになったこととも関連していると思うんですが、僕はどちらかといえば、2000年代のエレクトロニカだったり、同時代のいわゆる「音響派」といわれるような音楽に強い影響を受けて音楽を作り始めた自覚があるんです。

具体的な作品で言えば、フェネスの『Endless Summer』(2001年)を初めて聴いた時の衝撃が本当に大きくて。だから、今世間で言われているアンビエントの方向性とはややすれ違うというか……フェネスの『Endless Summer』も現在ではアンビエントの名作という事になっているのですが、発売された時はアンビエントとして認識されてなかったんじゃないかな。自分自身が若かったのもあるのか、当時の音楽シーンの方が希望があったというか、夢があったというか。もちろん、1990年代は流行していたチルアウト系とかアンビエントハウス系も聴いてはいましたね、ギリギリ細野さんがアンビエントをやっている時期で、ミックスマスターモリスと細野さんのDJイベントに行ったんですね、あれがアンビエントのイベントの最初の体験かもしれない。それで最初にシーケンサーとカセットのMTRを入手して、何かおもしろいことが出来ないか、色々実験したりしてましたね。友人と即興のバンドをやったりもしていました。その頃のテープとかMDとかあれば良かったんですが、全部捨ててしまったんですね。その時期の作品も今で言うところのアンビエントの範疇に入るかもしれない。

――なるほど。

Hatakeyama:他には、カールステン・ニコライとか、池田亮司さんとか……メロディーを削ぎ落として、マテリアルの響きだけを主題化するようなラジカルな手法に衝撃を受けて。あとは、デレク・ベイリーから連なるインプロヴィゼーションミュージックの流れにも関心を持ったり。そういった音楽から受けた刺激が、デビュー作の『MinimaMoralia』(2006年)に繋がっていったんです。何が言いたいかというと、少なくとも活動開始当初にはアンビエントというタームはそれほど意識していなかったし、基本的には今もそのスタンスに違いはないと思っているんです。

ただ、おもしろいのは言葉は変化するというか、90年代のアンビエントとが指していた領域と現在のアンビエントが指している領域は全然違うんですね。アンビエントの領域はどんどん広がっていき、これもアンビエントだ、あれもアンビエントだと、そこは聴く人や作る人の自由な解釈でいいんじゃないかな、それぞれのアンビエントがあるという事で。なので僕もうっかり言葉に引っ張られてしまうことが多いんですが、作品を作るときはなるべくアンビエントとアンビエント以外の境界線を狙おうと思ったりする時もあります。

――今作を含め、実際に作られているサウンドを聴くと、今のお話はよく理解できます。例えば、ギターの音の使い方も一般的なアンビエントの語法とは異なる、言ってしまえば、もっとポストロック〜オルタナロック的なものを感じます。

Hatakeyama:そうなんですよね。やっぱり、高校時代からメタルが大好きでよく聴いていたというのが大きいと思います。今でも好きですよ。それと、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの影響が一番大きいですね。そこからさらにマイ・ブラッディ・ヴァレンタインに行って……だから、基本的に僕の音楽はそういうオルタナティブなロックの系譜にあるものだと思っているんです。ステージでフライングVを弾いてみたり、いかにもロック的な見た目のギターをあえて使っているのにもそういう理由があります(笑)。

今より10年くらい前はソロ活動だけでなくて、バンドや歌ものプロジェクトでも活動していたんですね、実は……僕が歌っていたわけではないんですが……コーラスくらいは少しやったかな。ここ10年くらいはレーベル運営とソロ活動に主に時間を費やしていましたが、今後は色々とまた音楽性を広げていこうかなと考えているんですね。来年にはジャズドラマーの石若駿さんとのアルバムがリリースされる予定です。久しぶりのドラム入りの作品で、自分にとっはかなりエポックメイキング的なものになりそうです。とはいえ、今回のアルバムは、いわゆるアンビエントの名作と言われるものからの影響も確実にあるんですけどね。例えば、ブライアン・イーノの『Ambient 4: On Land』(1982年)とか。

――あのアルバムも、フィールドレコーディング素材を取り入れた作品ですよね。荒涼とした田園地帯を思わせるようなダークなアルバムです。

Hatakeyama:そうです。あの空気感は大いに参考にしました。

――逐一各楽器のフレーズを考えながら作っていったんでしょうか? それとも即興で?

Hatakeyama:その中間ですかね。ここに「こういう音を入れてこういう意味を持たせよう」という形ではなくて、あくまで直感的に入れていきました。フィールドレコーディングの素材を流しながらセッション的に足していったものもあれば、ストックしてあった素材でフィットしそうなものを使ったりもしています。

実は、コロナ禍以降ちょっとしたスランプのような状態になってしまっていたんです。時間もできたしたくさん曲ができるだろうなと思って、実際細かいストックは溜まっていくんですが、かえって袋小路に入っていくというか、どれも今ひとつピンとこないものばかりだったんです。そういう体験は初めてでした。けれど、アメリカツアーや映画音楽の仕事をやっていく中で2022年の夏頃から徐々に気持ちが変化していって、急に手応えが戻ってきた感覚があったんです。

今振り返ると、スランプに陥ってしまっていたのは、ライヴができなくなったことで実際に空気を震わせて人前で音を出すという行為から離れてしまったせいじゃないかと思っていて。だから、やっぱり久々のツアーが大きな刺激になったし、自分が弾くフレーズにももう一度新鮮さを感じることができるようになったんだと思います。この作品は、まさにスランプから明けた2022年9月頃から制作を始めていったんです。

――今のお話からすると、実際に現地に赴いて足を棒にしながら空気の振動を録音していくという作業も、一種のセルフセラピーに繋がっていたのかもしれませんね。

Hatakeyama:それは大いにあると思います。そういう意味でも、自分のルーツとも遠くない八郎潟という土地はすごく良かったんだと思います。初めて訪れたのにも関わらずイメージが湧きやすかったですし、八郎潟の風景と音にどこか懐かしさを感じたんですよ。あれは不思議な体験でした。

それと……今も世界各地で悲惨な戦争が起こっている最中ですけど、果たして自分の生活もこのまま続いていくのだろうか、ということをすごく考えるようになったというのも大きいと思います。このアルバムを作るという行為自体が、そういう感覚を携えながら、自らの心と深く向き合い直すことでもあったと思っています。

Photography Mayumi Hosokura

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Chihei Hatakeyamaが語る、アンビエントとジャズまたは即興の交差点 -後編- オフサイトからフタリまで、即興音楽のコンテクストを振り返る https://tokion.jp/2021/06/08/ambient-and-jazz-or-improvisation-part2/ Tue, 08 Jun 2021 06:00:14 +0000 https://tokion.jp/?p=35230 ロンドンのギアボックス・レコーズから新作『Late Spring』をリリースした畠山地平が、東京の即興音楽シーンについてや現在、注目しているアーティストまでを語る。

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ギアボックス・レコーズから新作『Late Spring』をリリースしたChihei Hatakeyama(畠山地平)がアンビエント・ミュージックに取り組み始めたのは2000年代初頭のことだった。当時を振り返ると1990年代から2000年代にかけて、東京をはじめウィーンやベルリン、シカゴ、ニューヨーク、ロンドンなど世界各国の都市で新たな即興音楽のシーンが同時多発的に勃興。時に「即興音楽の新たなパラダイム」あるいは「音響的即興」とも呼ばれたそれらの新潮流にリアルタイムで接していた畠山は、2000年代後半には自らも即興音楽シーンと関わりを持つようになり、アンビエント・ミュージックの制作プロセスにおいても即興演奏の手法を取り入れるようになっていったという。

前編に続くインタビューの後編では、1つの音楽的バックグラウンドである2000年代前半の東京の即興音楽シーンの魅力、あるいは音楽制作における即興演奏の効用やライヴと録音物の関係性、さらに今現在注目しているミュージシャンまで伺った。

「新しい試みが次から次へと出ていた」2000年代前半の即興音楽シーンの魅力

——後編では主に即興音楽と畠山さんの関わりについてお伺いしたいのですが、前編の最後の方で「2000年代前半はインプロ系のライヴによく行っていた」と仰っていましたよね。東京の即興音楽シーンの拠点の1つとして知られる代々木オフサイトがオープンしていた時期とも重なりますが、特に印象に残っているイベントなどはありますか?

畠山地平(以下、畠山):オフサイトには何回か行きましたね。たしかSachiko Mさんのイベントと、あとは伊東篤宏さんや秋山徹次さんのライヴだったと思います。インプロ系のライヴで一番衝撃的だったのは、アーストワイル・レコーズのジョン・アビーが主催しているアンプリファイ・フェスティバル。2002年に吉祥寺のスターパインズカフェで開催されたんですが、あれはめちゃくちゃおもしろかったです。しかもインプロ系のライヴなのに、なぜかお客さんが大量に来るんですよ(笑)。それはまあいいんですが、国内外のミュージシャンが集結してさまざまな組み合わせでライヴを披露したイベントで、特にトーマス・レーンとマーカス・ シュミックラーのデュオがすごかったですね。トーマス・レーンがEMSというアナログシンセを使用していたんですけど、非常に新鮮でした。

——当時の畠山さんは即興音楽にどういった魅力を感じていましたか?

畠山:僕は読書が好きなんですが、ちょうど2001年に佐々木敦さんの『テクノイズ・マテリアリズム』(青土社)という本が刊行されて、その衝撃がものすごかったんです。あそこに「二一世紀のフリー・インプロヴィゼーション」という章があって、大友良英さんやSachiko Mさん、デレク・ベイリーなどについて書かれていて。今思えば同じ本の中にミカ・ヴァイニオやジェフ・ミルズ、芦川聡も出てくるというのがすごいですけど(笑)、でも当時は例えばアルヴァ・ノト(カールステン・ニコライ)と杉本拓さんを一緒に語ることもごく普通にありましたからね。とにかくその本を手掛かりに、それまで聴いたことのない音楽と出会っていくことの新鮮さがありました。それと当時は機材のテクノロジカルな発展が目に見えるように進んでいたので、今と比べて、それ以前の時代には明らかに存在しなかった音楽がどんどん出現していたんです。インプロ系も当時は機材を含めて新しい試みが次から次へと出ていて、それもあって魅力的に感じていました。

——弱音を中心としたストイックな演奏や無音の多用など、当時のいわゆる音響的即興に畠山さん自身が取り組むことはなかったのでしょうか?

畠山:最初のアルバム(『Minima Moralia』)を出す前にいくつか録音を試みたことはあったんですが、どうもしっくりこなかったんですよね。インプロ系のライヴを聴くのは好きだったんですけど、いざ自分が作品を制作するとなると、やっぱり自分の感覚を頼りにしなければならない。そうしないと作品の価値を測る物差しを持つことができないので。それで自分にとってしっくりくる音楽はなんだろうと探った時に、ビートが入るとかせになってしまうので、とりあえずビートを排除した静かめの音楽で、ときおりメロディも見え隠れするもの、といった方向性で始めて、それが2006年に『Minima Moralia』というアルバムに結実したんです。なので最初はアンビエントやドローンをやろうというわけでもなかったんですね。

——音響的即興に接して、ご自身の音楽制作を行う上でヒントになったことはありましたか?

畠山:あんまりこういう風に捉える人はいないかもしれないですけど、当時のインプロ系のシーンから受けた影響で言うと、「音で作る風景」が大きかったです。例えば中村としまるさんとか秋山徹次さんの音楽って、イマジナリーなところもあるというか、音の風景が移り変わっていったり、時間とともに風景の「見え方」が生まれてきたりするところがあると思うんです。そういった音場感には刺激を受けましたね。なので『Minima Moralia』は、アンビエント・ミュージックとカテゴライズされることが多いですけど、音の使い方や構成の仕方、あとミックスの方法には、実はそういったインプロ系の音楽とつながるところがあると思っているんです。

『Late Spring』における、手法としてのインプロヴィゼーションの活用

——畠山さんは具体的な手法として即興演奏を用いることもありますよね。例えば今回の『Late Spring』では「即興一発録りで良いテイクを探していく」ということが1つのコンセプトとしてありました。

畠山:そうですね。若干手を加えた曲もあるにはあるんですが、基本的にはほぼすべて一発録りです。アコースティックギターの即興演奏を録音した7曲目の「Thunder Ringing in the Distance」も、なるべく録りっぱなしの状態で、後から音を足さないように、オーバーダブしないようにしようというコンセプトがありました。逆に言うと、楽曲ごとに「こういう即興演奏にしよう」というコンセプトは決めていて、その流れで何回か同じような演奏を録音して、良かったテイクを採用していったんです。

——まるでジャズのソロ・アルバムのような「即興演奏の一発録り」というアイデアはどこから浮かんできたのでしょうか?

畠山:いくつかあるんですが、1つは中村としまるさん、秋山徹次さん、それとエレクトロニクス奏者の池田謙さんと集まって飲んだことがきっかけになりました。コロナ禍になる前の話です。その時に雑談の中で「やっぱりオーバーダブで構築するよりも、1回の演奏でバチっと決める方がいい作品ができるよね」という話になったんです。あとは僕、レコーディング・エンジニアとしても仕事をしているんですが、今はDAWが便利になって簡単に一部分だけ差し替えてしまうことができるんですよね。それでジャズのセッションでもアドリブ部分だけ差し替えるみたいなことをやっているうちに、「本当にこれでいいんだろうか?」って疑問に思うようになったりして(笑)。そういった個人的な経験もあって、なるべく演奏を丸ごと録音しようと思うようになりました。

——それはマイルス・デイヴィス『On The Corner』の未編集バージョンの方が好きだという感覚とも近いのかもしれないですね。7曲目「Spica」の音飛びのようなグリッチ・ノイズも即興演奏の一発録りなんでしょうか?

畠山:そうです。それもモジュラーシンセを使用してリアルタイムで操作した演奏なんです。その意味では、演奏性の痕跡みたいなものが音の中に転がっていると思うので、そこらへんを聴きながら探してもらえると、普段ジャズを聴いているという人でも楽しめるところがあるかもしれないですね。

——それこそ菊地雅章さんのシンセ・ソロと並べて聴いてもおもしろいのではないかと思います。『Late Spring』では即興演奏の一発録りが採用されていますが、例えばすべて事前にDAWで構築することでは得られない、即興演奏ならではの音楽的要素はどのようなものだと思いますか?

畠山:1つはやっぱりタイム感でしょうか。DAWですべて作るとなると、どうしても拍子に縛られてしまうので。もちろん設定次第ではどんどん拍子が変わる音源も作れるんですが、その作業を打ち込みでこなすのはとても大変ですからね。けれども即興演奏だと、例えば4分の4拍子の曲でも、少しずつズレたり伸びたりするタイム感をその場で出すことができる。最近のモジュラーシンセのシーケンサーだと一応拍子が合わさるんですけど、アナログなので、ラップトップのDAWで作る音源と比べるとちょっとズレてる感じも出ていて、それはそれでアリだなと思っています。

「表面的には全く違うジャンルの音楽でも、たどるとジョン・ケージに行き当たる」

——ところで私が畠山さんのことを最初に知ったのは、実はアンビエント・ミュージックの文脈ではなくて、『Improvised Music from Japan 2009』という雑誌がきっかけだったんです。畠山さんがサウンド・アーティストの大城真さんと共同で主催していたイベント・シリーズ「AFTERWARDS」についてインタビュー記事が掲載されていますよね。なぜ大城さんと共同でイベントを企画するようになったのでしょうか?

畠山:単刀直入に言うと家が近かったからですね(笑)。というのも、僕はもともと藤沢に住んでいたんですが、2007年頃に上京して西荻窪に引っ越したんです。その時期に虹釜太郎さんから「みんなで花見をやろう」と誘われて、40人ぐらい集まったんですが、その中に大城さんもいて。話してみたら大城さんもまだ上京したばかりで、しかも家が歩いて行ける距離にあるということが判明した。それでよく飲みに行くようになって、一緒にイベントを企画しようという話になったんです。その後、2008年6月に最初のイベントを開催しました。

——記事によるとAFTERWARDSは夏目漱石の小説『それから』が由来で、「音楽の『それから』をイベントを通じて考えること」が1つのコンセプトとして掲げられていました。

畠山:そうですね。全然別のタイプのミュージシャンやアーティストが混ざり合ったライヴを企画していたんですが、2010年頃までは、むしろそういう異質な組み合わせの方が楽しいという雰囲気が残っていたんですよ。なので今振り返るとかなりカオスなラインアップになっているなあとは思います(笑)。ただ、文脈をたどると繋がる部分もあって、例えばアンビエント・ミュージックをさかのぼるとまずはブライアン・イーノに行き着くじゃないですか。そしてイーノはジョン・ケージから影響を受けている。その意味ではサウンド・アートやライヴ・エレクトロニクスと同根とも言えますよね。表面的には全く違うジャンルの音楽でも、たどっていくとケージに行き当たるところがある。逆に言うと、そこまでたどらないと繋がらないということでもありますが。

——畠山さんは今もケージの音楽を好んで聴くことがよくあるのでしょうか?

畠山:僕が最近よく聴いているのは、むしろケージが師事していたアルノルト・シェーンベルクですね。無調や十二音技法を使用した聴感的にカオスな音楽を作る一方で、暗いメロディーをつけたり歌を入れたりすることもあるじゃないですか。あのバランス感がとても好きなんです。それと、シェーンベルクの音楽をたどり直すと、途中で2度の世界大戦が発生して社会情勢が不安定だったこともあってか、音楽がまともに発展するのが難しい時期だったなと感じることもあります。戦後になるとケージが活躍し始めて、1952年に「4分33秒」が世に出ますよね。それって飛躍しすぎている感じがするというか、本来あったはずの歴史がケージの登場によって素っ飛ばされてしまったというか。あまりにも過激じゃないですか。なのでシェーンベルク以降、音楽の歴史がまともに積み重なっていたらどうなったんだろうと考えてしまうんです。

——なるほど、それほどのインパクトがあったからこそ、「たどるとケージに行き当たる」ということにもなると言いますか。

畠山:それと、デレク・ベイリーがフリー・インプロヴィゼーションの探求を始めるのは1960年代半ば頃なので、時系列的にはケージよりも後の時代になりますけど、音楽的にはベイリーはケージ以前に感じるところもあるんですよね。それはベイリーの旋律がシェーンベルクの弟子のアントン・ヴェーベルンから影響を受けているというところもあるかもしれないですが、一気に先に行きすぎてしまったケージに対して、ベイリーはその前に戻ってシェーンベルクまで続いていた歴史を解釈し直しているということなんじゃないかと思うんです。

「ライヴと録音物を行き来する、相互にフィードバックする関係」

——シェーンベルクの時代と比べると、ベイリーの活動には録音物というファクターが重要な一側面として加わってきますよね。1970年にベイリーはエヴァン・パーカーらとともに自主レーベルのインカス・レコーズも立ち上げています。1回性を重んじる即興演奏と反復聴取が可能な録音物は反りが合わないと言われることもありますが、畠山さんにとってライヴと録音物はどのような関係にあるのでしょうか?

畠山:今はコロナ禍でなかなかできないですけど、僕の場合はライヴ活動が重要なポジションを占めていて、ライヴと録音物を行き来することで次のステップに進むこともよくあるんですね。ライヴで実践した演奏方法を録音作品で試してみたり、自宅でレコーディング中に考えたことをライヴで演奏してみたり、そういった相互にフィードバックする関係です。それで、ライヴを自分1人でやるとなった時に、やっぱり録音物のようにDAWで緻密に構築したサウンドをそのまま再現することは不可能なので、毎回異なる音楽を作ろうとして、即興演奏の手法を手掛かりにすることはありますね。

——録音物を制作する上で即興演奏を手法として取り入れるようになったのはなぜでしたか?

畠山:アンビエント・ミュージックをやり始めた当初はDAWでキッチリと構築して音楽を作っていたんですが、そうするとどうしても自分の予想通りの作品しかできなくて、行き詰まることが多かったんです。そもそも何かを計画して作ることが苦手でもあったので(笑)。ただ、やっぱりラップトップPCで編集できるようになったのは大きかったですね。そうすると、その場で何かを弾いて、その素材を後でいくらでも編集することができる。『Minima Moralia』をリリースしてからは、意識的に即興演奏の手法を用いて、機材を前に精神を落ち着かせて何も考えずに演奏するようになっていきました。

——畠山さんはレーベル運営とイベント企画も手掛けていて、ライヴ/録音物の両面でプロデューサー的な役割を担うこともありますが、即興音楽と関連して、今注目されているミュージシャンはいますか?

畠山:注目しているミュージシャンはたくさんいますが、最近だとiwamakiさんという、シンセサイザーでノイズやドローンをかなりマニアックに重ねていくタイプの人がいて、彼女はすごく良いなと思いましたね。時々、僕のイベントにも出演していただいています。あとは水道橋フタリでよくライヴをやっていてものすごくレコードに詳しいサウンド・アーティストの岡川怜央くんとか、彼と一緒にこの前『Undercurrent​/​Wanderlust』というデュオ作をリリースしたヴォイスの鈴木彩文さんにも注目してますね。鈴木さんはギターの弾き語りでも活動しているんですが、それもすごく良いんですよ。

畠山地平
2006年にChihei Hatakeyamaとしてシカゴの前衛音楽専門レーベルKrankyより、ソロ・アルバムを『Minima Moralia』をリリース。以後は、イギリスのRural Colours、Under The SpireやオーストラリアのRoom40、日本のHome Normalなど、国内外のインデペンデントレーベルから多くの作品を発表し、海外でのライヴ・ツアーもおこなっている。海外での人気が高く、Spotifyの2017年「海外で最も再生された国内アーティスト」ではトップ10にランクインした。4月にイギリスのギアボックス・レコーズからアルバム『Late Spring』を発売した。

Photography Teppei Hoshida
Edit Jun Ashizawa(TOKION)

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Chihei Hatakeyamaが語る、アンビエントとジャズまたは即興の交差点 -前編-『Late Spring』から網状に広がるアンビエントとジャズの関係 https://tokion.jp/2021/06/04/ambient-and-jazz-or-improvisation-part1/ Fri, 04 Jun 2021 06:00:40 +0000 https://tokion.jp/?p=35197 ロンドンのレーベル、ギアボックス・レコーズから新作『Late Spring』をリリースした畠山地平が自身のルーツから新譜の制作背景までを語る。

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ビンカー・アンド・モーゼスやテオン・クロス、チミニョ等々、近年盛り上がりを見せるUKジャズ・シーンで活躍するミュージシャンのアルバムをリリースしてきたことでも知られるロンドンのレーベル、ギアボックス・レコーズ。そこからChihei Hatakeyama(畠山地平)の新作『Late Spring』が発表されるという報せを耳にして驚いたリスナーも少なくないはずだ。2006年にファースト・フル・アルバム『Minima Moralia』を世に送り出して以降、これまでに国内外のレーベルから70作品以上ものアルバムをリリースし、21世紀以降のアンビエント/ドローンのシーンを牽引してきた彼は、一体どのような道のりを歩み、そして新たなアルバムをどのような音楽へと結実させたのだろうか。

前後編に分けてお届けするインタビューの前編では、ギアボックス・レコーズからリリースするに至った経緯や新譜のコンセプト、さらにアンビエント/ドローンの視点から捉えるジャズの魅力やアンビエント・ミュージックの世界に進んだきっかけまで伺った。

ジャズ寄りのレーベルからアンビエント/ドローン作品をリリースした理由

——今回『Late Spring』をリリースしたギアボックス・レコーズは、主にジャズの発掘音源や現行のUKジャズ・シーンを積極的に取り上げてきたレーベルです。なぜこのレーベルからアンビエント/ドローンのシーンで活躍されてきた畠山さんのアルバムを出すことになったのでしょうか?

畠山地平(以下、畠山):イギリスのBBCでラジオDJとして活動しているニック・ラスコムに声をかけていただいたことがきっかけでした。今回のアルバムでライナーノーツを書いている人です。彼は以前から僕の音楽を知ってくれていたんですが、ギアボックスともつながりがあって、「ギアボックスというイギリスのレーベルがあるんだけど、新しいアルバムを出さない?」と提案してくれたんです。ただ、レーベルのラインアップを見てみたらジャズのアルバムばかりだった。それで「ここから僕のアルバムを出してもいいんですか?」と相談してみたら、これから日本支社を設立して新しくエレクトロニック・ミュージックのシリーズを始めるということだったので、それならアリだなと思って出すことに決めました。

——なるほど、ギアボックスの新しい路線の第1弾として畠山さんに白羽の矢が立ったんですね。そのオファーはいつ頃来ましたか?

畠山:昨年です。けれどオファーをいただく前の2017年末頃から制作し続けていたアルバムがあって、それがちょうど完成しそうな時期だったんですね。なのでその音源を送って「ほぼ完成している作品があるんですけど、どうですか?」と聞いてみたら、「これでいきましょう!」と言っていただけた。それで最終的な音の調整をしてリリースに至りました。

——畠山さんはこれまで国内外のさまざまなレーベルからアルバムをリリースしてきましたが、レーベルごとに音楽的な方向性やコンセプトも分けているのでしょうか?

畠山:明確にコンセプトを分けているわけではないですけど、うっすらとは区別していますね。今回の新譜に関しては結果的にはギアボックスを想定せずに作ったアルバムになりましたが、例えばルーム40というオーストラリアのレーベルからこれまで5枚のアルバムをリリースしていて、そこから出す時の音のイメージのようなものは自分の中にあるんです。なのでルーム40の作品はある意味でシリーズ化しているところもあります。

——シリーズというと、畠山さんご自身で運営されているホワイト・パディ・マウンテンからは「ヴォイド(Void)」と題したシリーズを出されています。今年1月には第22弾がリリースされましたよね。ヴォイド・シリーズはどのような位置付けの作品なのでしょうか?

畠山:もともとはライヴ音源と未発表音源をデジタル・ダウンロード・オンリーで出すというコンセプトでした。2010年からスタートして、当時はまだフィジカル・リリースの方がかろうじて主流だったので、モノ化しない作品もおもしろいかなと。けれど、次第にSpotifyやApple Musicなどのストリーミングサービスが普及して、自分の作品の再生回数を見てみたら、普通にリリースしたアルバムよりもヴォイド・シリーズの方が人気だった(笑)。ならヴォイドの雰囲気を保ちつつ新録を出したり、フィジカル・リリースするのもアリだなと思って、それで徐々に当初のコンセプトから離れていきました。第22弾はすべて新曲な上にCDでリリースしていますからね。

——「ヴォイドの雰囲気」というのは具体的にはどういったものですか?

畠山:フィジカル・リリースすると在庫をさばかなきゃいけないじゃないですか。それに、他のレーベルから出すとどうしても売り上げを気にしなければならなくなる。そういった商業的な側面を考えずに、とにかく自分が好きな音を発表しようということが最初のコンセプトとしてはありました。なのでもともとは長尺のドローンがメインだったんですが、これも徐々に変わってきていて、特にコロナ禍になって以降は僕自身が長い曲を聴いたり作ったりする気力が減ってきてしまったんです。それで最近は3~4分の短い曲をどんどん録って出していて。ただ、昨年はそうだったんですが、そのモードも今は変わりつつあって、最近はまた7~8分のやや長い曲を作っています。

新譜に通底するデイヴィッド・リンチ、小津安二郎、「侘び寂び」の共通点

——『Late Spring』も3~4分の短い曲が多数収録された作品ですよね。それぞれの楽曲でシンセやギターなど使用楽器を絞り込んだところもおもしろいと思ったのですが、畠山さんにとって今作で新たに挑戦したことはどのような点でしたか?

畠山:モジュラーシンセのセッティングがそろったので、それだけを使って演奏する曲に挑んだことは大きかったですね。あとはエレキギターも録音の仕方を変えました。録音方法を変えるとそこから出てくるアイデアも変化するんですよ。アコースティックギターは結果的に7曲目の「Thunder Ringing in the Distance」でしか使用しなかったんですが、それも録音方法にかなりこだわっていて。この曲はアコギの即興演奏を一発録りしていて、ポストプロダクションで電子音を加えたりしていないんですけど、音をマイクで拾ってミキサーとエフェクターにその場で通して演奏しているので、一聴してアコギの音だとは思えないようなサウンドに仕上がっているんです。それも録音方法から出てきたアイデアの1つで、今回挑戦したことでしたね。

——各楽曲を「シンセまたはギターを用いて即興的に演奏したソロ」と捉えると、アンビエントな質感のジャズと並べて聴いても楽しめるなと思いました。アルバムを制作する上で、インスピレーション源になった人物や作品などはありましたか?

畠山:いくつかあるんですが、一番大きかったのは2017年に放送された『ツイン・ピークス The Return』でした。25年ぶりに新シリーズが放送されて話題になりましたよね。あのドラマを観ていて、映像や音響のテイストから刺激を受けて、Prophet-5というアナログシンセで即興演奏をしながらモジュラーでグリッチ・ノイズ的なものを入れた「Spica」という曲を作ったんです。同じ流れで「Butterfly’s Dream」の1と2も作りました。

——『ツイン・ピークス』といえばデイヴィッド・リンチ監督の代表作としても知られていますが、新譜のタイトルからは小津安二郎の映画『晩春』(1949年)もほうふつさせます。

畠山:もちろん『Late Spring』のタイトルは小津の『晩春』が由来になっています。小津安二郎とデイヴィッド・リンチは全然タイプの違う映画監督ですけど、僕の中ではつながっているんですよね。というのも、『ツイン・ピークス』の思想の大本を探っていくと、東洋思想に行き着くところがある。デイヴィッド・リンチがいわゆる超越瞑想や仏教的な思想から影響を受けていて、『ツイン・ピークス』のストーリーを仏教的に解釈する見方もありますからね。小津安二郎のテイストも、仏教そのものではないですけど、どこかその精神性が紛れ込んでいる部分はあって、その意味で共通するところがあるなと思っているんです。

今回のアルバムに関しては、「即興一発録りで良いテイクを探していく」というコンセプトと、「侘び寂び」のような日本的な美意識、いわば茶室の飾り気のない趣きを出そうという狙いがありました。茶道の美意識も辿ると禅仏教に行き着きますよね。それでデイヴィッド・リンチと小津安二郎と「侘び寂び」がつながって、タイトルを『Late Spring』にしたんです。

——アルバムを通して聴くと、夜明けから始まり夕方に終わるという曲名の並びの通り、とある1日の情景が浮かんでくるかのようでもありました。曲名はどのタイミングでつけたのでしょうか?

畠山:曲名はいつも最後につけています。音源がそろったらアルバム名を先に決めて、その後に個々の曲名を考えるんです。アルバム名と関連を持たせつつ、個々の楽曲のサウンドや雰囲気とすり合わせてつけていきます。最近はストリーミングサービスで曲単位で聴く人も多いので、1曲ごとの曲名を大事にしようとは思っているんですが、今回は映画的な流れも意識して、アルバムを通して聴く人のガイドになるようにストーリー性を持たせてつけました。

アンビエント/ドローンの視点から捉えるジャズの魅力

——ジャズ寄りのレーベルからリリースしたアルバムで言うと、2013年にエアプレーン・レーベルから発表した『Sacrifice For Pleasure』もありましたよね。とりわけ千葉広樹さんのヴァイオリン/コントラバスとJimanicaさんのドラムスをフィーチャーした楽曲には、アンビエント・ジャズとも呼べそうな雰囲気がありました。

畠山:そうですね。ただ、あの作品に関しては『Late Spring』のような一発録りではなくて、実は編集作業にとてもこだわったんですよ。千葉さんとJimanicaさんと録音したのは2008年で、なかなか形にならなかった思い出があります。当時はバンド形式でウィーンのラディアンのようなエレクトロアコースティックな音楽をやろうと思っていて、それで2人を誘ったんです。けれどバンドとしては継続せず、結果的にあのアルバムに収録されることになりました。今でも機会があればジャズっぽいアンビエントをバンド形式でやりたいとは思っているんですけどね。

——畠山さんはどういった種類のジャズが好きですか?

畠山:若い頃はフリー系が好きだったんですけど、35歳を過ぎたあたりからはモダン・ジャズの方が気持ちよくなってきましたね。時々Spotifyでモダン・ジャズのプレイリストを流し聞きすることもあります。とはいえ、やっぱり今も好きなのはサン・ラとかアリス・コルトレーンとか、いわゆるスピリチュアル・ジャズと呼ばれるような種類の音楽ですね。サン・ラでいうと、集団でカオティックになるシーンよりも、メロディックでメランコリックな音像というか、合唱が入っていたりするような、アルカイックな雰囲気が好きなんです。フェイバリット・アルバムを挙げるとしたら名盤ですけど『Sleeping Beauty』(1979年)とか、あとは『Cosmos』(1976年)あたりですね。フェイザーがかかった弦楽器やピアノが入っているのがグッと来るんですよ。

——『Lanquidity』(1978年)もそういった雰囲気ですよね。ところで以前、「TOKION」で音楽評論家の原雅明さんがアンビエント・ミュージックの一種としてマイルス・デイヴィスの『In A Silent Way』(1969年)や『Get Up With It』(1974年)を取り上げていましたが、あのあたりはどうでしょうか?

畠山:もちろんマイルス・デイヴィスも好きですよ。けれどマイルスで一番好きなのは、実は『On The Corner』(1972年)の元になったセッションが収録されている6枚組ボックス・セットなんです。『On The Corner』自体はファンクの文脈で語られることが多いですけど、僕は編集する前のセッション垂れ流し状態の方が好きで、アンビエント・ミュージックのように流しっぱなしにして聞いていることがよくありますね。

——原雅明さんの論考では、マイルスとブライアン・イーノの影響下に生まれたアンビエント寄りのジャズとして、菊地雅章のシンセ・ソロや清水靖晃の作品にも言及されていました。近年ではニューエイジ/アンビエント・リバイバルの流れで再評価されている作品でもありますが、これら1980年代日本のアンビエント寄りのジャズはどのように捉えていますか?

畠山:僕がアンビエント・ミュージックを作り始めた2000年代前半を振り返ると、正直に言えば、当時の感覚としては清水靖晃さんの音楽は少し前のサウンドだなと思っていたんです。その頃はオウテカとかフェネスとか、ワープやメゴ周辺の音楽がとても新鮮だと感じていましたから。それから10年ぐらい経過してから、ようやく1980年代の日本のアンビエント・ミュージックをしっかりと聴くようになりました。なので2019年にコンピレーション・アルバムの『Kankyō Ongaku』が出て、そこで初めて知ったミュージシャンも多かった。ただ、吉村弘と芦川聡に関しては、2000年代当時から良いなと思って聴いていました。

アンビエント・ミュージックの世界に足を踏み入れたきっかけ

——畠山さんがアンビエント・ミュージックの制作を始めた時、吉村弘や芦川聡のアルバムもインスピレーション源になりましたか?

畠山:いや、アンビエント路線に進み始めた後にその2人は聴きましたね。それ以前はワープやメゴ周辺のエレクトロニカとか、HEADZが出しているようなポストロック/音響派にどっぷりと浸かっていて、ラップトップPCを購入したのでラップトップ・ミュージックをやろうと思ったことが出発点になったんです。ジム・オルークもよく聴いていて、何度もライヴに足を運んでいましたね。ガスター・デル・ソルの『Camoufleur』(1998年)も好きでした。あとデイヴィッド・グラブスが来日して青山CAYでやったライヴを観に行ったんですが、それもめちゃくちゃ良かった。その頃にインプロ系のライヴにもよく行くようになりました。

——ブライアン・イーノでもなく、エレクトロニカやポストロック/音響派からアンビエント・ミュージックの世界に入っていったと。

畠山:そうなんですよ。ブライアン・イーノももちろん聴いていたんですけど、やっぱり少し前のサウンドだなと当時は感じていて。今は全くそういう風には思わないんですけどね。イーノがきっかけでアンビエントを始めたわけではありませんでした。

——イーノと言えば「興味深いが無視できる」という両義性をアンビエント・ミュージックの定義として提示したことでも知られています。今作『Late Spring』も、リラックスしながら流し聞きできる一方、注意深く聴くとうっすらとノイズが鳴っていたり、ミニマルなフレーズが急に不規則に動いたりと、興味深い瞬間が多々発見できるのですが、畠山さんはこうしたイーノ流のアンビエントの両義性についてはどのように考えていますか?

畠山:イーノが言っているような両義的な音楽のあり方は、今回の作品に限らず、常に意識して作っていますね。僕自身も集中して音楽を聴く時と、読書をしながらBGMとして流し聞きする時がありますし。自分のアルバムが一通り出来上がったら、しっかりと聴いて確認する作業だけではなくて、あえて本を読みながら流し聞きをして「邪魔になるところはないかな?」と探すこともあるんです。流し聞きをして気になるところが見つかったら修正するようにしています。

畠山地平
2006年にChihei Hatakeyamaとしてシカゴの前衛音楽専門レーベルKrankyより、ソロ・アルバム『Minima Moralia』をリリース。以後は、イギリスのRural Colours、Under The Spireやオーストラリアのルーム40、日本のHome Normalなど、国内外のインディペンデントレーベルから多くの作品を発表し、海外でのライヴ・ツアーもおこなっている。海外での人気が高く、Spotifyの2017年「海外で最も再生された国内アーティスト」ではトップ10にランクインした。4月にイギリスのギアボックス・レコーズ」からアルバム『Late Spring』を発売した。

Photography Teppei Hoshida
Edit Jun Ashizawa(TOKION)

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