渡邊琢磨 Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/渡邊琢磨/ Sat, 19 Jun 2021 01:25:47 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 渡邊琢磨 Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/渡邊琢磨/ 32 32 渡邊琢磨 × 内田也哉子対談 後編 作曲、譜面、出会いーー2人の創作源を探る https://tokion.jp/2021/06/20/takuma-watanabe-x-yayako-uchida-part2/ Sun, 20 Jun 2021 06:00:29 +0000 https://tokion.jp/?p=35852 音楽ユニットsighboatを一緒にやっていた、渡邊琢磨と内田也哉子の対談企画。多才な2人の創作の原点とは何か?

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現代音楽、ポップス、映画音楽など、ジャンルの壁を越えて活動する音楽家、渡邊琢磨。エッセイスト、翻訳家、俳優などさまざまな顔を持つ内田也哉子。かつて、sighboatという音楽ユニットを一緒にやっていた2人が久しぶりに再会して語り合った。その対談を2回に分けて紹介。前編では渡邊の新作『ラストアフターヌーン』の魅力に迫った。後編となる今回は、多才な2人の創作の原点を探る。新型コロナの影響で自宅にいることが多くなる中、そうした環境の変化は2人にどんな影響を与えたのか。2人を創作に駆り立てるものはなんなのか。アール・ブリュット、手品、ピアノなど、さまざまなキーワードから両者の創作に対する姿勢が浮かび上がる。

コロナ禍での制作・生活から見出したもの

――渡邊さんの新作『ラストアフターヌーン』はコロナ禍の中で制作されたわけですが、コロナは創作活動にどのような影響を与えましたか?

渡邊琢磨(以下、渡邊):パンデミック直後に、映画音楽の仕事を2本進めたのですが、監督との打ち合わせをZoomで行ったり、いろんなトライアルをしました。とにかく臨機応変に、直感的に動くしかない状況でしたね。それが結果的に作品にどんな影響を与えたのか。今はそのフィードバックを確認しているところです。

――試行錯誤しているところなんですね。

渡邊:そうですね。周りの友達と話をする中で、「こういうやり方を試してみよう」と自然発生的に生まれることを重視したいと思っています。例えば演奏した音源をデータで送ってもらって、それをこちらで用意したトラックに合わせてみたり、別々の場所で録った音源をまとめてみるとか。そういう実験もおもしろいかなと。

――苦境の中でこそ、新しいアプローチが生み出されるのかもしれないですね。内田さんはいかがですか?

内田也哉子(以下、内田):なるべく外に出ない、他者との接触を避ける、という状況でこれまで生活したことがなくて、特に最初の緊急事態宣言の時に体験したことは私に影響を与えていると思います。例えば私には10歳の子どもがいて、「粘土で作るから最後まで見てて」とか言うんですね。いつもだったら、忙しいと思って言い訳を作って付き合わないんですけど、宣言が出て家にいる期間は時間がたっぷりある。だから何も考えないで子どもの作っているものを眺めていようと思った時に、なんとも言えない開放感があったんです。これまで私は、何をそんな急いで生き切ろうとしていたんだろうって。

――立ち止まって考えることができた?

内田:子どもって目の前のことだけに集中して生きているじゃないですか。まさに“ビー・ヒア・ナウ”そのもの。その喜びを共有することの尊さって言うと大げさかもしれませんが、大切さに気づきましたね。あとは家に古いピアノがあるんですけど、それを息子と2人で練習してみたり。それは何かを成し遂げるためじゃなくて、鍵盤をポーンと鳴らした音が自分の中で反響することの喜びを感じていた。つまり、いろんなインフォメーションがそぎ落とされた状態の中で五感が研ぎ澄まされていった気がしたんです。私はまがりなりにも文章を書いていて、それを読んで誰かが何か感じてくれたらいいな、と思っているんですけど、今自分が生きていて文章を書けることやピアノで音を出せること、目の前にいる子どもの息遣いを見守れることの大切さに、これまであまりにも無自覚だったなって思いました。そういうことって生きていくうえで基本中の基本なのに。

2人の創作の原点とは?

――それは大きな気付きですね。

内田:あと仕事で印象的だったのは、ナレーターをやっているNHK Eテレの『no art, no life』という番組。そこでアール・ブリュット(アウトサイダー・アート)と呼ばれるような、独学で作品を制作している方を紹介しているんです。例えば床屋のおじさんがずっとお面を作り続けていて、部屋の壁一面、色とりどりのお面が並んでる。おじさんはそのお面を誰かに見せたい訳でも何かを表現したいわけでもないんです。おじさんにとってお面を作ることは、食べたり寝たりすること同じなんですよ。

――彼らにとってアートは生活の一部になっているわけですね。

内田:そうなんです。そういう人達の姿を見ていて、表現するってそもそもどういうことなんだろうって考えたりもしたんです。それで聞いてみたいんですけど、琢磨さんにとってクリエイティヴィティのモチベーションってどこにあるの? 私なんて結構ブレブレなんだけど、琢磨さんはスッと自分の原点に戻って創作することができる?

渡邊:僕は制作のプロセス自体がおもしろくて、作品が完成してしまうと、もう次のことを考え始めてしまう。作った作品を世の中にリリースするというのは制作とは全然違う回路だし、自分があまり得意ではない部分というか。作ったものをどう着地させればいいのかは、いつも悩むところです。

内田:じゃあ、作った音楽をライヴで演奏するっていう行為はどういう位置づけなの?

渡邊:個人的には、アルバムとしてリリースした楽曲はそこで完結しています。ライヴで演奏をするのはおもしろいけど、アルバム曲のリプレゼンテーション(再現)は難しいですし、個々の機会やフォーマット相応の音楽があると思うので。ライヴを制作の場としても活かしたいなと。それを記録して、1つの作品としてリリースするための。

内田:まったく別物としてね。

渡邊:そう。自分にとって制作すること自体が、制作の動機です。僕は子どもの頃、手品師になりたかったんです。手品も音楽の演奏と同じで技術が必要じゃないですか。だけど手品のコンテクストを知っていく過程で、技術を磨くよりも手品セットを作ることに興味が移っていったんです。自分独自のマジックを作って、取扱説明書も作る。そういう作業と(曲作りは)けっこう似てると思います。

――音楽を聴くと別の世界が浮かび上がってくるのは、手品のイリュージョンのようでもありますね。

渡邊:僕は音楽制作にコンピューターも使いますが、作曲のツールはやはり譜面が基本です。譜面を書いたり読んだりした時に、イメージが立ち現れる感じが好きなんです。譜面に音符を書くというのは、五線紙と鉛筆があればできるシンプルなことですが、その音の記号の向こうに別の世界が広がっている。そこがおもしろい。

「出会ってしまった運命を信じているんです」(内田也哉子)

――渡邊さんの原点が手品というのはおもしろいですが、内田さんにとって創作の原点と思えるものはありますか?

内田:私は完全に成り行きですね。琢磨さんに出会って歌とか朗読を始めたり、私の手紙を読んだ秋山道男さんに「エッセイを書いてみなさい」って言われて始めたり。私は常に受け身で上昇志向もなくやってきたんですけど、出会ってしまった運命を信じているんです。そういうものにインスピレーションを受けるのも楽しいし、思いがけなく起こることへの期待というのはいつもありますね。

――出会いが原点?

内田:そうですね。すべては人との出会いから始まってますね。

渡邊:『会見記』(リトル・モア)っていう本があるぐらいだからね(笑)。

内田:そうね(笑)。私は絵本も書きますけど、まず絵を見せてもらって、そこからようやく物語が書けるっていうか。ゼロからこういう物語を書きたいっていう気持ちはないですね。何かを表現したいとかっていう欲求がないから。だから琢磨さんみたいに「純粋に自分が作りたいもの」という聖域みたいなものを持ってる人ってカッコいいと思う。私は一生そうはなれないから憧れます。

渡邊:逆に自分は「そういうものがなかったら、どうしたらいい?」っていう強迫観念みたいなものがありますけどね。作業してないと落ち着かないというか。

内田:ワーカホリックみたいな?

渡邊:ワーカホリックっていうのかな。そういう面もあるとは思うけど、頼まれた仕事ではない自分の音楽制作に関しては、日課みたいなもので。そういう作業を毎日続けているのって勉強とか練習とは違うじゃないですか。例えばピアノは毎日弾いていないと弾けなくなってしまうけど、そうならないために毎日弾くのは好きじゃなくて。だから最近、ピアノは手放しました。

内田:えーっ! それって衝撃発言。手放したってどういう意味? 興味が離れていったっていうこと?

渡邊:うーん……ピアニストというあり方にもう固執していない気がします。

内田:どれくらい弾いてないの?

渡邊:半年以上、弾いていないかも。

内田:すごーい! この間、坂本龍一さんと電話で対談(『週刊文春WOMAN』2021年春号 文藝春秋)したんですけど、若い頃はコンサートを練習だと思ってたって。そんな生意気な自分もいたんだよっておっしゃっていて。でも、今は体力の衰えを感じていて、毎日ちゃんと練習していないと本当に弾けなくなっちゃうから、ちょっと恥ずかしながらできるだけ弾いてます、とおっしゃってましたね。

渡邊:僕はピアノを弾き始めたのはだいぶ遅かったので。

内田:何歳でしたっけ?

渡邊:16歳くらいですかね。クラシックの世界だと遅過ぎるでしょう。それに自分にとってピアノはタイプライターとかと一緒なんですよ。つまり音楽を書くための道具の1つで、鍵盤を押せるくらい指が動けば十分。最近パソコンのキーボードを触る時間がどんどん増えきてるけど、気持ちの上ではピアノを触るのとあまり変わらない。

内田:そうなんだ。じゃあCOMBOPIANO(渡邊の音楽ユニット)はなくなっちゃったの?

渡邊:なくなってないですね(笑)。(メンバーの)内橋(和久)さんと千住(宗臣)くんに聞いてみないとわからないけど、今は動いてなくても何かのタイミングでまた集まるかもしれない。映画を作る時みたいに、パッと人が集まってアイデアを出し合いながら作り上げて、終わると「お疲れさま」って去っていく。そういう関係性は嫌いじゃないです。常に一緒に何かをやってなくてもいい。

――バンドというより、ソロ・プロジェクトみたいなほうが動きやすい?

渡邊:そうですね。ただ、今の自分は内橋さんや千住くんと一緒に演奏できるほどピアノが弾けないです。少し練習しないと。

――今の渡邊さんだったらピアノとは違う形での参加になるかもしれないですね。sighboatをまたやるとしても、過去の作品とは違ったものになりそうです。

内田:それはやってみたいなあ。

渡邊:セカンドを出したのが2010年でしたっけ? それから3人それぞれにいろんな変化があったから、それがどんなふうに音に現れるのかすごく興味はあります。

内田:「アルバムを作りましょう!」っていうことじゃなくても、「1曲、リモートでなんか作ってみない?」って、それぞれが自分の生活を送りながらやってみると意外と軽やかにおもしろいものができるかもしれないですね。

渡邊:良い意味でsighboatらしさみたいなものは特にないので、その時々にやりたい音を出せばいい。だから、昔と全然違うアプローチにもなると思うし。過去の2作とは全く関連性のない、音楽的にも脈絡のないようなことをやってみたいですね。

内田:その冒険に、ぜひ私も乗り込んでみたいです!

渡邊琢磨
音楽家、作曲家。1975年宮城県仙台市生まれ。高校卒業後、アメリカのバークリー音楽大学へ留学。帰国後、国内外のアーティストと多岐にわたり活動。2007年、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアー、28公演にバンドメンバーとして参加。自身の活動と並行して映画音楽を手掛ける。近年では、冨永昌敬監督『ローリング』(2015)、吉田大八監督『美しい星』(2017)、染谷将太監督『ブランク』(2018)、ヤングポール監督『ゴーストマスター』(2019)、岨手由貴子監督『あのこは貴族』(2021)、横浜聡子監督『いとみち』(2021年6月公開予定)、堀江貴大監督『先生、私の隣に座っていただけませんか?』(2021年9月公開予定)、他。2021年5月にはアルバム『ラストアフターヌーン』をリリースした。

内田也哉子
1976年東京都生まれ。エッセイ執筆を中心に、翻訳、作詞、バンド活動のsighboat、ナレーションなど、言葉と音の世界に携わる。3児の母。近著に脳科学者・中野信子との共著『なんで家族を続けるの?』(文春新書)など。絵本の翻訳作品に『ピン! あなたの こころの つたえかた』(ポプラ社)、『こぐまとブランケット 愛されたおもちゃのものがたり』(早川書房)、『ママン-世界中の母のきもち-』(パイイン ターナショナル)などがある。季刊誌『週刊文春WOMAN』にてエッセイ「BLANK PAGE」を連載中。NHK Eテレ「no art, no life」では語りを担当している。

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渡邊琢磨 × 内田也哉子対談 前編 『ラストアフターヌーン』の音世界とその制作背景について https://tokion.jp/2021/05/28/takuma-watanabe-x-yayako-uchida-part1/ Fri, 28 May 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=33760 5月7日にリリースされた渡邊琢磨の新譜『ラストアフターヌーン』。彼と、ともに音楽活動を行っていた内田也哉子の対談から本作の魅力を探る。

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現代音楽、ポップス、映画音楽など、ジャンルの壁を越えて活動する音楽家、渡邊琢磨。エッセイスト、翻訳家、俳優などさまざまな顔を持つ内田也哉子。かつて、sighboatという音楽ユニットを一緒にやっていた2人が久しぶりに再会して語り合った。その対談を2回に分けて紹介。前編となる今回のテーマは、渡邊の新作『ラストアフターヌーン』について。sighboatのメンバーでもあったベーシストの鈴木正人や、徳澤青弦、波多野敦子など日本を代表する弦楽奏者達。アメリカの声楽家、ジョアン・ラ・バーバラ。ビョークやデヴィッド・シルヴィアンとのコラボレートでも知られる音楽家/ソフト開発者、アキラ・ラブレーなど、多彩な面々がゲストで参加して、マスタリングをジム・オルークが担当した本作は、どのようにして生まれ、内田はそれをどう聴いたのか。ストリングスとエレクトロニクスが溶け合う、その不思議なサウンドの魅力に迫る。

sighboatの結成経緯

ーーこうして2人で話をされるのは久しぶりだそうですね

内田也哉子(以下、内田):私は2012年から2018年までロンドンに住んでいたんですけど、渡英して以来だから、10年近く会ってないですね。だから今日は久しぶりでドキドキしてます。昔の恋人に会ったみたいで(笑)。

――2人が一緒に音楽をやるようになったきっかけは、イベントで共演したことだったとか。

内田:そうです。(ジャン=リュック・)ゴダールのイベントがあって、そこで私が映画のスクリプトを朗読することになったんです。でも、私はゴダールはそんなに詳しくないし、どうしようかと思ってイベントに出演するアーティストの方のアルバムを全部聴いてみたんです。そしたら、COMBOPIANO(渡邊の音楽ユニット)に衝撃を受けて、コラボレートしてくれませんか? ってお願いしたんです。私が朗読して、琢磨さんがピアノ弾いてくれたんだよね?

渡邊琢磨(以下、渡邊):そうですね。その後、他のイベントでも共演するようになって、朗読をお願いしたり、少し歌っていただいたりしたんです。そういうことを経て、何か一緒に音楽作品が作れるんじゃないかと思うようになって。最初は也哉子さんのソロというか、何か企画ものを作るのはどうだろうと思っていたんですけど、也哉子さんから、バンドがやりたい、と。

内田:ソロなんて絶対イヤだもの(笑)。なんとか琢磨さんや(鈴木)正人さんを巻き込みたいと思って。

――それでsighboatがスタートして、2枚のアルバムをリリースされましたが、音楽活動をされてみていかがでした?

内田:ずっと音楽に憧れを抱いていたんですけど、自分は割とメジャーな音楽を聴いて育ったんです。小学生の頃、最初に買ったアルバムがビースティ・ボーイズの『ライセンス・トゥ・イル』だったり、その後、レディオヘッドとかレッチリを聴くような感じで。でも、琢磨さんや正人さんは音楽の関わり方が私とは全然違った。だから、そこにどうやってついていこうかと。でも、私は全くの素人だったので、あるがままにいることで素材として調理してもらおう思っていました。

渡邊:そういえば正人君とコンポーザー会議みたいなことをしましたね。どういう音楽が也哉子さんに合うんだろうって。

内田:えーっ、知らなかった!

渡邊:1枚目を作ったあと、也哉子さんが、もっとロックっぽい音楽も作りたいと言っていたので、2枚目を作る際、前作になかった方向性を正人君と相談したり、ギタリストの内橋和久さんやドラムの千住宗臣君にゲスト参加していただいたり。

内田:そうかあ。今から振り返ると貴重な体験をさせてもらったなって思います。

『ラストアフターヌーン』が描く「シームレスな世界」

――そこから時が流れて、渡邊さんの新作『ラストアフターヌーン』がリリースされたわけですが、内田さんはアルバムを聴いてどんな感想を持たれました?

内田:この10年、私は大きな海を漂流していたんだなって思いました。どういう意味かというと、私には子どもが3人いて、エッセイを書くとか、ちょっとした創作活動はしているけど、基本は生活者として生きてきた。常に自分以外の人のことを考えている、というマインドセットの中で時間が流れてきたんです。『ラストアフターヌーン』を聴いた時、同じ年代で、同じ年月この地球で生まれ育ってきたけど、琢磨さんは孤独と向き合って、そこで溺れちゃうんじゃなく、孤独の井戸みたいなところから必要なものをくみ上げてきたんだなって思いました。

――孤独の井戸、ですか。

内田:抽象的な感想になってしまうんですけど、私は家族が増えたので、常に家族やそれを取り巻くコミュニティーの一部になっているので孤独を感じづらいリズムで生きている。琢磨さんはアーティストだから、いくらでも孤独の井戸を掘り続けられるというか。その結果、私みたいに違うリズムで生きてきた者がこういうアルバムを聴いた時に、全然別の次元の世界を知ることができてとても開放感があったんです。でも、それは「知らない世界の扉を開けてくれてありがとう」という感謝だけじゃなく、同時に底知れない恐怖みたいなものも感じるんですよね。

――それは、どんな恐怖なのでしょう。

内田:それは琢磨さんの孤独から受ける私の印象なんです。今回、ミュージック・ビデオも作ってるじゃないですか。あの映像もどこか気持ち悪いというか、居心地悪い世界だった。ジメジメして暗い感じがするんだけど、ぼんやり明るいというか。絶望のどん底ではなく、希望に溢れているわけでもない。その両方を行ったり来たりしている感じ。とにかくスケールが大きくてなんにも似ていないその感じを、私は孤独と感じたんです。もうちょっと良く言えば「孤高」というか。琢磨さんは強靭な精神の持ち主なんだなって思いました。

――なるほど。とても深いところまで聞き取られたんですね。作者としてはいかがですか?

内田:作者に聞いてみよう!(笑)

渡邊:いやあ、これ以上、何か言えることあるかな(笑)。これまで、僕は他者との共同制作や何かしらの機会に向けて音楽を作ることが多かったんです。也哉子さんとか、キップ・ハンラハンとか、デヴィッド・シルヴィアンとか。だから、自分1人で時間をかけて作りたいものを作るようになったのは、ここ最近のことかもしれません。そういう点で、このアルバムは内省的なところがあるかもしれないですね。

――その内省的なところが、内田さんが感じた孤独感につながっているのかもしれないですね。

渡邊:このアルバムは2014年くらいから継続的に作曲してきたものの中から、最終的に残った8曲を収録したんですけど、毎朝起きると1小節でも音符を譜面に筆記する……ということを続けてきたんです。なので特にコンセプトがあったわけではなく、制作自体が動機になっていたというか。そうして書いた曲を、梶谷裕子さん、須原杏さん、徳澤青弦君、千葉広樹君という4人の弦楽奏者に演奏していただいて、そしてツアーを行ったことが、アルバムを作る上で1つ大きなきっかけになっています。彼等がどんな音を出すのかイメージしながら書いた曲もあるので。

――渡邊さんは2014年に弦楽四重奏を結成していますが、この4人がメンバーなのでしょうか。

渡邊:そうです。当時、ヨハン・セバスチャン・バッハの研究をしていて、対位法の独習というか習作を書きたいというパーソナルな動機から結成したんです。

内田:はい! 先生、対位法というのはメソッドのことですか?

渡邊:そうです(笑)。複数の旋律を調和するように動かしていくというような。ある人はバスを奏でて、もう1人は内声部の旋律を演奏してというふうに。

内田:その対位法はバッハが生み出したの?

渡邊:最初期の聖歌や教会音楽にも起源はありますし、バッハが生み出したわけではありませんが、バッハの作品は集大成的といいますか。そういう書法の研究などは、カルテットを始めて2年くらいの間に作品化という形で一定の成果が出たと思いますし、映画音楽の仕事などにも転用しました。それから作曲の興味がマイナーチェンジしていって、テクスチャーとかムードとか、そういうことにフォーカスするようになりました。その過程で、弦の響きがコンピューターを通過した時にどういう音を生成するか、ということに関心が向かうようになったんです。

内田:このアルバムって最初はデジタルな感じに聞こえるけど、体の中を通したあとに残るのはオーガニックな感触なんですよね。全く対極の世界が実は根底でつながっていて、そこを自由に行き来しているというか。だから、アルバムを聴いていて「ここで感じる有機的なものってなんだろう?」って思っていたんですけど、日常の中で曲作りをしてきたことや、演奏家に向けてパーソナルな思いを込めていたことを知って、なるほどなって思いました。

――2つの世界の境界で揺らいでいる、そんな印象もありますね。アルバムタイトルは「最後の午後」ですが、昼と夜の世界が溶け合う夕暮れ時みたいな雰囲気もあって。

内田:そうですね。シームレスに世界がつながっているというか。ずっとインストゥルメンタルの曲で、途中でジョアン(・ラ・バーバラ)の声が出てきてハッとするんだけど、でもアルバム全体の構成でみると一貫性がある。これまで楽器と声って違う世界だと思っていたんですけど、それもここではシームレスにつながっているようで、なんか狐につままれたような感じ。

音響面を支える協業者と、彼等をめぐる偶然の出会い

――先ほど、音のテクスチャーに興味を持つようになった、という話がありましたが、このアルバムの音作りやミックスは独特ですよね。音が不思議な混ざり方をしていて時間や空間がゆがんでいるというか。音響面で意識したことはありますか?

渡邊:スコアに書かれた音とコンピューターが生成させる音による相互干渉から派生する作品を、アカデミズムや様式から離れて、自分なりに具体化させたかったんです。なので、真っ暗なトンネルの中を、ずっと1人で歩いていたような時期がありましたね。でも、電子音楽や現代音楽のコンテクスト上に、ヒントになる灯りのようなものが点々とあって。それを目指して歩くと、ちょっとした発見がある。(今回のアルバムは)そうやって歩き続けてきた過程でできた音像、音色でもあります。

――音像という点では、アキラ・ラブレーやジム・オルークから受けた刺激も大きかったのでは? 

渡邊:大きいですね。アキラさんとコラボレートしたのは2018年ぐらいなんですけど、彼と出会ったきっかけはデヴィッド・シルヴィアンなんです。デヴィッドのツアーに同行した時、ケルン公演の後にデヴィッドから「紹介したい人がいる」と言われて。「どなたですか?」と聞いたら「アキラ」っていうから、日本人の方かなと思って会ったらアメリカ人の作曲家で。それで一緒にお茶をしたんですけど、その頃の僕は、ツアー中の疲弊と日本を離れて1〜2ヵ月たっていたこともあって、若干ホームシックになっていたもので、アキラさんに弱音というか愚痴をこぼしてしまったんです(笑)。その愚痴を、穏やかな笑顔で聞いていただいて。あとで彼のホームページをのぞいたら、すごい世界観を持ったアーティストで、自分が恥ずかしくなりました。後日、彼が開発している音楽ソフトのことやアイデアなどに興味を持って連絡を取って以来の付き合いなんですが、彼の音楽への関わり方には刺激を受けますね。ジムさんはもちろんですが、音に対するフォーカスの仕方がすごいじゃないですか。まだまだ自分に足りない部分が見えてくる。

――ジムさんのミックスは独特ですよね。

渡邊:昨今のマスタリングを基準に考えると、少し音が小さく感じるかもしれませんが、弦楽のダイナミクスや楽曲のニュアンスを一切損なわずに、適宜な音量の入ったマスターデータを作っていただいて、本当に感嘆しました。改めて音への関わり方の深度がかなり深いと思いました。

内田:余談を挟んでいいですか? 私、ジムさんのことはあまり存じあげてないんですけど……

渡邊:確か、也哉子さん一度お会いしていますよね?

内田:そう。何かのイベントの時に楽屋でお会いしたことがあるんです。突然、「内田裕也さんの娘さんですか?」と声を掛けていただいて、「彼のことが好きです」って、私の知らない映画のタイトルを羅列するんですよ(笑)。日活ロマンポルノのある作品での裕也は最高だとか、一柳慧さんの『オペラ横尾忠則を歌う』やフラワー・トラベリン・バンドがどうとか。初めて会ったミュージシャンの方から、疎遠なままだった父親のことをいろいろお話しいただいて、なんだか温かいものをもらったことがありました。

――ジムさんは本当に映画好きですからね。

内田:あと、デヴィッド・シルヴィアンのパリ公演に行ったんですよ。

渡邊:ああ、いらしてましたね。

内田:その時も琢磨さん、ホームシックになってました(笑)。

渡邊:え!そうでしたか?(笑)日本食を食べたかった覚えはありますが、まあ、ホームシックですかね(笑)。

内田:でも、演奏は完璧だったんですよ。この人は不安定な感じがおもしろいなって思って。そういえば、デヴィッドさんが琢磨さんのことを知ったのって、京都のカフェでたまたまsighboatを聴いたからでしたっけ?

渡邊:そうです。デヴィッドが京都でのコンサートの際にカフェに入ったら、店内でsighboatが流れていて、「この曲のアーティストは誰ですか?」的なお伺いがお店にあったそうで。そこから当時リリースしていた僕のアルバムにたどり着き、彼からワールドツアーのオファーがきたんです。ほんと偶然というか。

――店内のBGMがきっかけでオファーするっていうのもすごい。デヴィッドに強い印象を与えたんでしょうね。

渡邊:当時、デヴィッドはワールドツアーのメンバーを探していたみたいなんです。最初はバンドというよりも、ラップトップなどを使ってゲスト参加するような感じかと思っていたんです。最終的には過去のレパートリーも演奏することになって、ピアニスト兼ラップトップ担当で参加して、原曲のアレンジをスティーヴ・ジャンセンはじめバンドメンバーと考えたりして楽しかったですね。

内田:パリで琢磨さんがデヴィッドに紹介してくれた時、「あなたがいなかったら、僕と琢磨は出会うことがなかったんだよ」って握手してくれた。それがとても印象に残っているんです。

渡邊:僕にとっても、也哉子さんとの出会いは大きかったですね。

渡邊琢磨
音楽家、作曲家。1975年宮城県仙台市生まれ。高校卒業後、アメリカのバークリー音楽大学へ留学。帰国後、国内外のアーティストと多岐にわたり活動。2007年、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアー、28公演にバンドメンバーとして参加。自身の活動と並行して映画音楽を手掛ける。近年では、冨永昌敬監督『ローリング』(2015)、吉田大八監督『美しい星』(2017)、染谷将太監督『ブランク』(2018)、ヤングポール監督『ゴーストマスター』(2019)、岨手由貴子監督『あのこは貴族』(2021)、横浜聡子監督『いとみち』(2021年6月公開予定)、堀江貴大監督『先生、私の隣に座っていただけませんか?』(2021年9月公開予定)、他。

内田也哉子
1976年東京都生まれ。エッセイ執筆を中心に、翻訳、作詞、バンド活動のsighboat、ナレーションなど、言葉と音の世界に携わる。3児の母。近著に脳科学者・中野信子との共著『なんで家族を続けるの?』(文春新書)など。絵本の翻訳作品に『ピン! あなたの こころの つたえかた』(ポプラ社)、『こぐまとブランケット 愛されたおもちゃのものがたり』(早川書房)、『ママン-世界中の母のきもち-』(パイイン ターナショナル)などがある。季刊誌『週刊文春WOMAN』にてエッセイ「BLANK PAGE」を連載中。NHK Eテレ「no art, no life」では語りを担当している。

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