マーク・マクニール Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/マーク・マクニール/ Wed, 06 Jul 2022 09:28:27 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png マーク・マクニール Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/マーク・マクニール/ 32 32 短期連載「今また出会う、レイ・ハラカミの音楽」 第2回:マーク・“フロスティ”・マクニールが語る、「流動体のような音楽」との出会い・その特異性 https://tokion.jp/2022/04/15/rei-harakami-music-vol2/ Fri, 15 Apr 2022 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=109784 故レイ・ハラカミの幻のカセットテープ音源リリースに寄せて、全3回の短期連載を実施。第2回は、LAの地でレイ・ハラカミの音楽をリアルタイムに発見していたマーク・“フロスティ”・マクニールを、90年代から親交を持つ音楽ジャーナリスト・原雅明がインタビュー。

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昨年末にリリースされた故レイ・ハラカミの初期作品集『広い世界 と せまい世界』のリリースに寄せて、稀代の音楽家の歩みを始まりから改めて見つめ直すべく、全3回の短期連載企画を実施。第2回となる今回は、LAのネットラジオ「dublab」の創設者であり、レイ・ハラカミの音楽をリアルタイムに発見していたマーク・“フロスティ”・マクニールのメールインタビューをお届けする。質問を投げかけたのは、生前のレイ・ハラカミと親交を持ち、またマーク・“フロスティ”・マクニールとも長年の付き合いがある音楽ジャーナリスト/レーベルプロデューサー・原雅明(原は「dublab」の日本支局である「dublab.jp」のディレクターも務める)。

レイ・ハラカミの音楽との出会い、ライヴで感じたこと

ワールドワイドにリスナーを持つロサンゼルスのネットラジオdublabの創設者であり、長年ラジオDJとして活動を続けてきたフロスティことマーク・マクニールは、レイ・ハラカミの音楽をリアルタイムに発見し、DJとして同じ場所に立ったこともある。フロスティは、日本のシティ・ポップを中心に取り上げたコンピレーション・シリーズ(『Pacific Breeze: Japanese City Pop, AOR And Boogie 1976-1986』、『Pacific Breeze 2: Japanese City Pop, AOR And Boogie 1972-1986』、『Somewhere Between: Mutant Pop, Electronic Minimalism & Shadow Sounds Of Japan 1980-1988』)のキュレーターとしても知られている。海外の音楽の目利きであり、現在も日本の音楽の熱心なリスナーであるフロスティは、レイ・ハラカミの音楽をどう聴いてきたのだろうか。レイ・ハラカミの音楽の海外での受容を知る手掛かりとして、フロスティに話を訊いた。

――初めてレイ・ハラカミの音楽を聴いた時の印象から訊かせてください。また、それはいつで、何がきっかけだったのでしょうか?

フロスティ:レイの音楽を初めて聴いた時ははっきり覚えてないんだけど、ゆっくりその存在を認識したという印象なんだ。まるで空気が鳴り響いて、彼の音楽が物質化して自分の意識に入ってきたかのようだった。このように、自分の意識の変化とともに彼の音楽を発見できたことは、自分にとって満足感があり、レイ・ハラカミのサウンドに合っていると思う。彼の音楽が僕の意識に入り込んでから、自分がすでに彼の作品をたくさん持っており、ラジオでも放送したことがあることに気付き、ある意味レイ・ハラカミの音楽による催眠状態に入っていたのかもしれない。何十年も前にスパイラル・レコーズの試聴機の前に立って、東京の喧騒に囲まれながらも、ヘッドホンで彼の音楽を聴きながら異次元に飛んでいた記憶がある。レイのことをはっきり認識した時、彼が制作した楽曲や作品の詳細にフォーカスするようになったが、未だに彼の音楽には捉えどころのない側面があり、まるで夢の中の可能性の果てで浮遊しているかのようだ。現実とは思えないほど強烈に輝いているよ。

――東京で初めて聴いたわけですね。その後、dublabの自分の番組でも掛けたのですか?

フロスティ:そうだね。長年レイの音楽をラジオ、ライヴ、自分がキュレーションしたプレイリスト、アート・イベントでもプレイしてきたけど、一番よく聴いているのが自宅でなんだ。彼の作品には独特の空気感があり、曲を聴けばすぐにレイ・ハラカミだとわかる。まるで、音響的なシェイプシフターだよ。彼の音楽は流動体のように、さまざまな瞬間と調和することができるんだ。

——カルロス・ニーニョが来日した時(2010年)、東京のUNITでレイ・ハラカミがライヴも行い、あなたはその前にDJをしていました。彼のライヴを実際に見て、何を感じましたか?

フロスティ:ライヴには心底から衝撃を受けた。まず、バックステージでレイ・ハラカミと会話をした時に、彼の温かいスピリットに感銘を受けた。彼が演奏し始めると、会場の強力なサウンドシステムが、まるで空間的なスーパーシステムに変貌したかのようだった。音のプラネタリウムに紛れ込んで、レイ・ハラカミの奏でる音が僕らをさまざまな星座や異次元へと誘っているような感覚さえ覚えた。洗練されていながらも無駄を削ぎ落としたパフォーマンスでは、1つひとつの音色が静寂と空間に構造を与えるために発生し、リスニング体験をガイドしてくれる道しるべのような役割を果たしていた。脳と身体がリセットされ、新鮮な気持ちで世界の不思議を体験できているかのようだった。ライヴの後に絶賛すると、さらに彼は謙虚な態度になり、まるで演奏した音楽がすでにそこに存在していて、彼はジェスチャーをして、そのエッセンスの在処を教えてくれているかのようだった。

日本の音楽に惹かれた理由、レイ・ハラカミの特異性

――あなたは、dublabがスタートする頃(1999年)にも日本を訪れましたね。その時に僕は初めて会いましたが、日本の音楽、特に同時代のインディの音楽をよく知っていて驚きました。なぜ日本の音楽に興味を持ったのでしょう?

フロスティ:幸運なことに、僕らは本当に長い間交流があるね! 1994年に南カリフォルニア大学でラジオに関わるようになってから、音楽という素晴らしい世界への飽くなき好奇心が加速した。1999年にdublabを設立してから、その好奇心はさらに歯止めが効かなくなった。日本の音楽に興味を持ったきっかけは、実はそのさらに何年も前に遡るんだ。母親がNonesuch Explorer Seriesの『A Bell Ringing in the Empty Sky』という日本の尺八音楽のアルバムを持っていて、子どもの頃はそれを何時間も聴き続けて、ジャケの複雑な線画を眺めていた。レコードの中で、まるで幻想の世界が具現化しているかのようだった。何年も後に黒澤明の『夢』を見た時に、同等のエモーションを表現している作品を発見したという実感があった。このようなクリエイティヴな作品を見つけたいという探究心がさらに強まり、日本の音楽を真剣に探すようになった。1999年にsoup-diskからリリースされたCappablackの『The Opposition EP』を伝説的レコード店Aron’s Recordsで見つけてからは、日本のサウンドを探したいという欲求に本格的に火がついたんだ。

――レイ・ハラカミと同時代の日本の音楽もあなたはよく聴いていたと思います。その中でも、彼の音楽がユニークだと思った点はありますか?

フロスティ:それはもちろんある。大学時代からdublabの初期の時代の間に、DJ Krush、竹村延和、Susumu Yokotaなどが大好きになって、今でも大好きだけど、それがきっかけで日本の音楽への自分の関心が高まった。レイの音楽は、まるでグラスに入っている結晶のようにクリアな水のようで、窓際にそのグラスを置くことで、窓から光が差し込み、グラスの反対側に全く新しい光景が投影されているかのような状態。喉の渇きを癒すために、そのグラスの水を飲もうとした時に、自分の身体は以前の光を求めているのではなく、そのグラスの水からのさまざまな栄養を吸収しようとしているんだ。この文章を書きながらレイ・ハラカミの音楽を聴いていると、2010年の東京UNITで見たレイのコンサートのように、過去を恋しく想う、懐かしい感覚も蘇るけど、同時に今の瞬間にしかない喜びを与えてくれる。

――レイ・ハラカミが活動したのは、1998年のデビューから2011年まででした。この時代のエレクトロニック・ミュージックの中に彼の音楽も位置づけられますが、世界の潮流の中で、彼の音楽が成し得たことを、改めてあなたはどう評価していますか?

フロスティ:これはとても難しい質問だし、自分でも把握しようとしているところなんだ。レイ・ハラカミの音楽は未だに過小評価されていると思うけど、それは決して悪いことではない。幸運なことに彼の音楽と出会うことができた人たちは、彼の音楽がいかに貴重か理解できるからなんだ。生前に評価されないアーティストが多くいるのは、受け取る側の心と魂が、彼らの作品を評価できる状態にまだ達していないからだ。レイの音楽はタイムレスであり、今の世の中のように常にカオスが続いている状態において、彼の音楽はサンクチュアリーであり、発見すれば必ず癒しを与えてくれる存在だ。

――レイ・ハラカミの音楽には、エレクトロニック・ミュージック以外の音楽からの影響も感じられると思いますが、何か具体的に影響を感じるような音楽は思い浮かびますか?

フロスティ:他の音楽からの影響というよりかは、彼の作品を聴いていると、彼はわかる人にしかわからないこの世のマジック、はかない奇跡に魅了されている人だったと思う。このような掴みどころのない要素こそが人間らしさというものを形成しているわけで、彼はその感覚を大切にしていた。

――近年、レイ・ハラカミの音楽に海外からの関心が高まっていることを感じますが、どういった点に関心が持たれていると思われますか?

フロスティ:音楽はとても主観的なものであり、一瞬一瞬、我々は常に変化しているので、他の人が何を感じているか、憶測するのは難しい。でも、彼の音楽は世の中のカオスからの癒しを与えてくれる存在だということは容易に想像できるよ。

――今回リリースとなった正式デビュー前の音源集『広い世界 と せまい世界』にはどんな感想を持ちましたか?

フロスティ:このリリースにはとても興奮している。僕にとってはとても新鮮な作品なので、これから何年かかけて聴き込んでいけることを楽しみにしている。レイ・ハラカミの初期作品を聴くと、さらに彼のことが大好きになるよ。この作品を作った時の彼の喜び、興奮、ユーモアが伝わってくるからね。レイの初期の楽曲を聴くことで、後の作品への理解が深まるし、この幅広いレンズを通して、彼のパーソナリティがより鮮明に伝わってくる。

レイ・ハラカミ『広い世界 と せまい世界』(2022/7/6より配信が開始に)

日本シティ・ポップの紹介が米音楽シーンに与えた影響、レイ・ハラカミ以降の注目アーティスト

――あなたは、『Pacific Breeze』で日本のシティ・ポップを海外に紹介しました。シティ・ポップはレイ・ハラカミより前の世代の音楽ですが、紹介するあなたのスタンスには共通するものを感じます。

フロスティ:世界には無限の可能性があるのに、メインストリーム・メディアとマーケティングの狭い視点によって、我々の潜在能力が抑圧されていると感じている。数多くの音楽作品がクリエイトされているのに、それは少数の人間の耳にしか届いておらず、その一方で一般大衆はほんの一部の作品しか聴いていない。僕の人生のミッションは、この傾向を覆すことであり、過小評価されたクリエティヴな音楽を世界に届けることなんだ。人間の頭脳には大きな潜在能力が秘められており、音楽はそれを広げる上で有効な手段だ。日本では素晴らしい音楽がたくさんクリエイトされているので、そういう作品が日本国内だけに留まっているのはもったいない。だから、日本の音楽の素晴らしさを理解する人が増えているのは喜ばしいことだし、自分がその中で小さな役割を果たすことができたことに感謝しているよ。

――シティ・ポップの紹介は、アメリカの音楽シーンにどんな影響を与えましたか?

フロスティ:久しぶりにレコード店に行ってみたら、日本のレコードのセクションにはたくさんのレコードが入っていたけれど、それぞれのアルバムがお店の他のレコードより3倍から4倍の値段だった。それだけ日本の音楽への関心が高まっているが、需要が高まったことで、レコードを入手できる人も減少してしまった。中古レコード市場のバブルがはじけて、求めやすい価格になることを願っている。もちろん、配信サービスはいろいろあるけれど、このようなプラットフォームでは未発表の素晴らしい音楽がまだたくさんあるんだ。フィジカル・メディアの値段が高すぎて、リスナーがレコードを買うことで食費がなくなってしまうという状況は避けるべきだと思う。だから、Light in the Atticと共同で『Pacific Breeze』シリーズや『Somewhere Between』などのコンピレーションをプロデュースできたのはとても嬉しい。莫大な数のレコードの中から選曲をし、珠玉の楽曲のコレクションとしてまとめ上げることで、リーズナブルな価格でリスナーに作品を届けたかったんだ。

――レイ・ハラカミ以降の日本の音楽に関して、あなたは関心がありますか? 今現在、あなたが注目している日本の音楽家がいれば教えてください。

フロスティ:Foodman(食品まつり)の作品は大好きだよ。H. Takahashiには常に驚かされるし、Chee Shimizuはいろいろな意味でキーマンだと思う。Kuniyuki Takahashiの作品はいつも間違いないし、Meitei(冥丁)は掘り下げながらも啓発的なサウンド。YtamoやOorutaichiは僕にとって光り輝く存在であり、Kenji Kihara(木原健児)を聴いていると地に足がついた気持ちになり、高田みどりの音楽は完璧なバランスを保った月食のようだ。

――レイ・ハラカミがもし存命していたとしたら、音楽シーンにどんな影響を与えていたと思いますか?

フロスティ:彼は、自分の心を素直に表現した音楽を作り続けていたと思うし、彼のピュアな姿勢は、他の人にも、自らの情熱に従って生きるインスピレーションを与えたと思う。

――あなたが選ぶレイ・ハラカミの楽曲、ベスト10を教えてください。

Rei Harakami – after joy
Rei Harakami – sequence_01
Rei Harakami with Ikuko Harada – sequence_03
Rei Harakami – unexpected situations
Rei Harakami – remain
Rei Harakami – double flat
Rei Harakami – on
Rei Harakami – a certain theme
Rei Harakami – owari no kisetsu
Rei Harakami – くそがらす(『広い世界 と せまい世界』からはこれからも大好きな曲が登場すると思うよ)

マーク・“フロスティ”・マクニール

マーク・”フロスティ”・マクニール
DJ、ラジオプロデューサー、キュレーター、大学教員、そしてエミー賞受賞のドキュメンタリー映画監督として、ロサンゼルスを拠点に活動。1999年以来、多岐に渡るジャンルの音楽を探求する先駆的なネットラジオ局「dublab.com」の創設者であり、同局で毎週ラジオ番組の司会を務めている。Daedelus とのユニットであるAdventure Timeとして新たな音の世界を創造するとともに、「dublab」のDJらとアンビエント・ユニットのGolden Hitsとしても活動する。また、フロスティとして、超越的な音体験の共有をミッションとする、ハイコンセプトなDJセットを世界中で披露している。
Web: frosty.la
Radio: dublab.com/djs/frosty
Twitter: @dublabfrosty
Instagram: @dubfrosty

Translation Hashim Kotaro Bharoocha

Edit Takahiro Fujikawa

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Light In The Atticのマーク・マクニールに聞く シティポップのインターナショナルな明るい未来と可能性 https://tokion.jp/2021/02/08/city-pop-and-mark-mcneill/ Mon, 08 Feb 2021 06:00:54 +0000 https://tokion.jp/?p=19361 2002年にシアトルで設立されたLight In The Attic。DJでプロデューサーのマーク・フロスティ・マクニールが、欧米でも人気を誇るシティ・ポップを紐解く。

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英語圏に住む若者達の間でシティ・ポップを聴く人が増えている。その広がりはYouTube、Reddit、Tumblr、Instagramなどのサイトを見るとよくわかる。TikTokでは昨年12月から松原みきがトレンド入りし続けている。そこで興味深いのは、海外の若いシティポップファン達のその純粋な情熱に反して、彼らとその他の日本の1980年代音楽に関する文脈的繋がりが欠如していることだ。

その文脈的欠如の中でも、雄弁さには幅がある。1980年代風のファンアートを投稿しているのは最近シティ・ポップのコミュニティに入ってきたばかりの新参者だろうし、もう少し古株であればYouTubeのミックスやミームを作ったりするだろう。山下達郎、竹内まりや、松原みき、杏里などの代表的楽曲に関してはコミュニティ内で大方意見が一致しているが、サウンドやヴィジュアルの分類については意見が分かれるところだ。永井博の絵画に影響を受けたようなアメリカの西海岸をイメージした表現(永井自身が手掛けた『A Long Vacation』や、Light in the AtticとIkkubaruによる新作は別として)は最も王道だと言える。若いファン層にとっては、エキゾチックな東京のネオンライト、『セーラームーン』や『ゴールデンボーイ』のような1990年代のアニメ、はたまたゲームのドット絵などを彷彿させるような音楽は、彼らの無知さを補うものであるが、ここにこそ、シティポップの文脈的糸のもつれがあるとも言える––ネット上にあふれている表現を精査したところで、この音楽のジャンルの起源や連動するムーブメントなどを知ることはできないのだ。

しかし、この現状こそ、シティ・ポップがそのファンに与えてくれた未来なのであると私は思う。そもそもこのジャンルはさまざまな要素を組み立てて作られたものであり、「シティポップ」という用語自体、比較的新しいものである。以前TOKIONに掲載された流線形のクニモンド瀧口へのインタビューで、彼はその用語の由来について話している。同じく組み立てられたジャンルとしては、AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)やブルーアイドソウルに代表される西海岸のヨットロックが挙げられる。「Yacht or Nyacht」は独自にヨットロック曲を採点しランク付けしている発信力の高いウェブサイトだ。しかし国際的な聴衆に対応したそうした採点の基準が、シティポップにはまだ存在しない。

コンピレーション『Kankyo Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』でグラミー賞にノミネートされたことでも知られるアメリカのレコードレーベル、Light In The Atticは、多くの日本の曲を海外のリスナーに届けてきた。別のコンピレーション『Pacific Breeze: Japanese City Pop, AOR & Boogie 1976-1986』のライナーノーツでは、DJでプロデューサーのマーク“フロスティ”マクニールがシティポップについて「ムーブメントというよりはバイブの分類」と説明している。そのバイブの定義と、現在のシティ・ポップのアクセスしやすさ(確実にLight in the Atticの影響によるものだが)がいかにしてこのジャンルの将来を決定づけるかを尋ねるべく、フロスティと電話で話すことにした。

「音楽のおもしろさは、その境界線の曖昧さ……つまり音楽の重なり合いの中にあると思う」と彼は言った。1999年にロサンゼルスを拠点とするインターネットラジオ局Dublabを共同設立したマクニールは、ラジオのプレイリストのようなリアルタイムのロジックで音楽を捉えがちだ。「私にとってラジオ番組を作るということは、シンプルに音楽を流すということで、その上でバイブやサウンドの流れは大切なんだ」と彼は説明する。「DJセットでもラジオ番組でも、ミックステープやコンピレーションでもそのことを考える。リスナーは旅をしたかのように感じたいのだから、モノトーンな感じは欲しくない。『Pacific Breeze』のコンピレーションではフォークやインストルメンタル、トロピカル、素材音源、ディスコやファンクといったさまざまなジャンルを深掘りしたかった。サウンドが物を言う中で、ジャンルはそこまで気にされない。だからバイブとサウンドがとても重要なのだと思う」 

新しいサウンドを開拓するという体験は、その歌詞を理解しているかどうかに関わらず、リスナーの想像力を掻き立てる。1970年代の日本の音楽が、アメリカのポップ音楽に対する憧れを持つことで進化していったということは、たびたび指摘されている通りだ。しかし今見えてきているのは、この現象の新たな側面である。例えばカナダ人シンガーソングライターのマック・デマルコは、細野晴臣の音楽に多大な影響を受けたことを繰り返し明言している。曲をサンプリングするなど日本のシティ・ポップの影響を受けている世界の音楽について私が尋ねると、彼がこう強調した。「バイブは関係なしに、文化間の距離やその影響について探る必要があるのは間違いない」

「この海外でのシティ・ポップの広がりによって、日本国内のアーティストがその革新的なトレンドを途切れさせないよう、彼らにしかできないことをやり続けてくれたらいいな」と彼は続ける。「細野とその仲間達、はっぴいえんどやその他のアーティスト達のおかげで、ポップスやロックを日本語で歌うことが可能となった。それ以前はほとんどタブーとされてたんだ。英語で歌わないのはダサいかのように思われていた。ロックだけでなく、世界中の他の音楽にもそういう部分があると私は思っている。長期にわたって西洋のポップスが幅を利かせていたから、彼らの独特な表現をカッコ悪いとする概念が当たり前だったんだ。過去の音源がオンラインで再リリースされたり、海外の音楽に簡単にアクセスできたりするような黄金期に入って、この傾向は大きく変わった。人々がそうした文化的表現に親しみのあるサウンドの軌跡や基盤を見い出して、そこに真の美しさや価値を感じるようになったんだ。それは本当に素晴らしいことなんじゃないかな」

個人としての願いは、シティ・ポップが今よりさらにインターナショナルにアクセスしやすくなって人気になってほしいということと、その定義が曖昧なままであり続けてほしいということだ。松原みきの楽曲や永井博の絵画にインスパイアされるの人が多いのは素晴らしいことだが、このジャンルの価値観が固定的に定められてしまうのはもったいない。この音楽を通して、人々に旅の喜びや感動を見つけ続けてほしいと思うのだ。次世代の若者達がTikTokを通じてシティポップを知るなんてことが本当に起こり得るなら、それに越したことはない。

Translation Leandro Di Rosa

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