アール・ブリュット Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/アール・ブリュット/ Thu, 13 May 2021 08:17:10 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png アール・ブリュット Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/アール・ブリュット/ 32 32 日本のアール・ブリュットが独特の特徴を持って今も変容し続けていること https://tokion.jp/2021/05/14/japanese-art-brut-2/ Fri, 14 May 2021 06:00:02 +0000 https://tokion.jp/?p=32849 独学で美術を学ぶ日本人アーティストが制作する独特の絵画やドローイング、ミクストメディアの作品が国際的に高く評価されている。

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本物のアール・ブリュットの作家は、作品を作らなければならないから作る

「日本のアール・ブリュット」という言葉は、フランスの近代画家であるジャン・デュブッフェが1940年代に確立した、分類が難しいカテゴリーの作品との歴史的な結びつきを想起させる。現在、このカテゴリーに含まれるいくつかの特徴は、日本における独学の現代作家の作品と密接に関連している。その特徴は、絵の具あるいはインクを使って、紙や粘土、コラージュで作った紙の他、手で編んだ布で作品を制作するなど、素材を独創的かつ巧みに使っていることだ。

日本人作家の作品には、古久保憲満の都市を俯瞰した大型のドローイングのような野心的なテーマや澤田真一の突起物に覆われた素焼きのモンスターのような独特な形のものがある。これらの作品は、感情的にも心理的にも何かに取りつかれたような特性があり、惹きつけられる。2018年に、パリの「アル・サン・ピエール」で開催された展覧会「アール・ブリュット・ジャポネ」では、鉛筆と色鉛筆やマーカー、水彩絵の具の紙の上に描かれた古久保憲満の作品が会場の壁の全面を埋め尽くした。

前編でも述べたように、70年以上も前にデュブッフェは「アール・ブリュット」「生の芸術」の定義を唱えた時、「この言葉は、主流の文化や社会から外れたところで生きる人達が作った作品のことを指す」と説明した。作家達は美術学校に通わず、主流の美術史にとって重要な要素であるスタイルや批評的考察のことをよく知らない。

実際、デュブッフェが作品を収集した作家の大半は、自分達のことをアーティストとは思っていなかった。彼等にとっては、学究的あるいは理知的な概念としてのアートというのは存在せず、日々の生活の中でも関連性がなかった。 私が、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートの歴史についての講義を行う時、独学で学んだ作家と美術学校で訓練を受け、主流のアート市場で作品を売ることを目的に制作をするアーティストの間には大きな違いあると述べている。本物のアール・ブリュット/アウトサイダー・アートの作家は、作品を作りたいのではなく、作品を作らなければならないから作るのである。彼等にとっては呼吸をするのと同じように、生きていくために必要なものであり、作品を作らずにはいられないからだ。日本のアール・ブリュットと位置付けられている作家の優れた作品にはこの傾向が感じられる。

海外コレクターからの需要は高まるばかり

ドローイングでは、構図を作る二次元の広がり、つまり絵画となる空間の1cm四方すべてを埋め尽くすことが多い。阿部恵子はゲルインクのペンを使って画用紙に、連なる花々や人物や色とりどりの格子を描く。作品は生き生きとしていて、阿部は日常的な題材に喜びを見出しているように見える。滋賀県にある障がい者のためのアートスタジオ、やまなみ工房のメンバーで作家の鵜飼結一朗のドローイングは欧米で熱狂的な支持を得ている。

毎年ニューヨークで開催されるアウトサイダー・アート・フェアで、東京に拠点を置くアート・ディーラーの小出由紀子は、外国人コレクターに鵜飼結一朗の作品を紹介し、大きな成功を収めた。鵜飼の作品には、恐竜や歴史的な衣装を身につけた国内外の人物をはじめ巨大な昆虫や古代の帆船、モンスター、ロボットなどがぎっしりと描かれている。

日本のアール・ブリュットの作家達は、たとえ作品が抽象的であってもテーマを解釈することが多い。(結局、抽象芸術の題材は芸術そのものの本質と表現の可能性だ)そのような抽象的な作品の中には、横山明子の黒、白、赤というシンプルかつ力強い色彩のマーカーを使い、紙に描かれたドローイングも含まれる。(私がスイス・ローザンヌのアール・ブリュット・コレクションでキュレーションを務めた展覧会「日本のアール・ブリュット:もうひとつの眼差し」では、横山の大胆なドローイングを数点展示した)横山は、埼玉県・川口市にある障がい者のためのアートワークショップ工房集に所属している。

1996年生まれの中川ももこも、紙の上に色彩豊かで抽象的なドローイングを描く若い女性作家だ。ボールペンやマーカーで細い線から成るダイナミックな網状の形を描く。その構図は、まるで前衛的な建築物の設計図面のようだ。河合由美子もやまなみ工房に所属する作家で綿布と刺繍糸を使い、乳房にも似た未知の有機的な成長物ともいえる神秘的な立体作品を制作している。同じ工房に所属する井村ももかも、不思議な布作品を制作している。柔らかい、明るい色の布を使って丸い塊を作り、プラスチックのボタンで覆う。不思議な物体はとても奇妙であると同時に魅力的だ。

田村拓也は対象をシルエットで表現する手法を編み出した。さまざまな色の太いマーカーを使い、マス目で男性や女性、動物などの形を作る。この手法は規則性があるにも関わらず、豊かな表現力を持つ。

独創性の高いアール・ブリュットの作家として、西岡弘治や大倉史子、鎌江一美の3人の名も挙げたい。西岡は大阪のアトリエコーナスに所属し、音符や横線が書かれた楽譜を歪めて描くことで、リズミカルで抽象的な作品に変容するドローイングを制作している。

大倉は、工房集でミクストメディアのコラージュ作品を手掛けている。女性の顔写真を雑誌から切り抜き、コピーをして、小さな紙に書かれた名前や言葉を透明なテープでつなぎ合わせて不定形のオブジェを制作する。一風変わったオブジェは、二次元の絵画であると同時に三次元の彫刻のようでもある。

やまなみ工房では、陶芸家の鎌江一美が2つ以上の顔を持つ人物の彫刻を制作し、工房の責任者を作品のタイトルにしている。彫刻のざらざらとした質感の表面と波打つような形、曖昧な表情が特徴だ。

このような作品が、日本やヨーロッパのギャラリーや美術館で展示されている他、ニューヨークのアウトサイダー・アート・フェアやアメリカのごく一部のギャラリーで作品が販売されている。海外コレクターからの需要は高まるばかりで、ニューヨークの現代美術ギャラリー、ヴィーナス・オーバー・マンハッタンは、日本のアール・ブリュット作家である澤田真一の陶磁器の彫刻の個展を開催したほどだ。ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された展覧会のレビューでは「小さな角や爪や突起物で覆われた澤田が作った生き物は見る人に『日本の神話や、中世の動物寓意譚』を彷彿させる」と評された。

日本人のアール・ブリュット作品を海外に届けるために必要な既存ギャラリーとの協働

他にも、イギリスのジェニファー・ローレン・ギャラリーやニューヨークのキャビン・モリス・ギャラリーでは、日本のアール・ブリュット作家の作品を定期的に展示している。また、スイスのローザンヌにあるギャルリー・デュ・マルシェでは、小林一緒の作品が販売されている。埼玉県在住の小林は、30年以上も前から、コンビニエンスストアの食品も含む、今まで食べてきたすべての食事を、イラスト入りで詳細にノートに記録してきた。小林の作品は、2018年から2019年にスイスの美術館で開催された展覧会で展示され、大変な人気を博した。

日本のアール・ブリュットやアウトサイダー・アート研究の第一人者で、アート・ディーラーでもある櫛野展正が小林の色彩豊かな画集を紹介してくれた。櫛野は最近まで広島県福山市でギャラリーを運営していたが、現在は静岡県のアーツカウンシルしずおかに所属している。櫛野がアウトサイダー・アートにおける発見について執筆した著書には『ヤンキー人類学 突破者たちの「アート」と表現』(フィルムアート社、2014年)、『アウトサイドで生きている』(タバブックス、2017年)などがある。

日本のアール・ブリュット作家の作品をより多くの海外コレクターに届けるためには、すでに日本人作家の作品を扱っているギャラリーと協働することが必要だ。しかし、日本のビジネスパートナーと効率的にコミュニケーションを取るには言葉の壁がある。また、海外のアート・ディーラーは、日本人作家とその家族や保護者、彼らが所属する社会福祉法人が海外との関係構築には、慎重に時間を重ねたいと考えていることを考慮しなければならない。作家の多くは国際的なアート市場では新参で、海外のアート・ディーラーは日本企業との直接取引をした経験が少ないからだ。

杉本志乃と萩中華世が運営をしている恵比寿のACMギャラリーでは、独学で作品を制作する作家の作品を展示している。その中には、大型の半抽象的な世界地図を描く松本寛庸や大阪在住で鳥の絵を描く若手の女性作家のミルカの作品もある。杉本と萩中は、メールインタビューで「欧米に比べて日本のアート市場は小規模です。アウトサイダー・アートに限らず、どんな分野のアートにしても作品を販売するのは難しい」とコメントした。日本ではほとんどの現代美術コレクターが、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートの歴史に明るくないため、近代美術や現代美術の歴史の中でどのような価値があるのか、作品の投資価値も正確に把握することができない。

杉本と萩中は、美術館がアール・ブリュットやアウトサイダー・アートの分野にもっと目を向ければ、才能ある作家の作品価値がより理解され、鑑賞者も美術館で多様なアートを求めていると考えている。美術館の在り方に関しては「例えば、美術館が社会福祉を推進する場所になれば素晴らしい」とコメントしている。

日本における主体的な関心が国内のアール・ブリュットを飛躍的に成長させた

これまで、滋賀県立近代美術館はアール・ブリュットの重要なコレクションを築いてきた。質の高いアール・ブリュットの展覧会を開催し、日本人作家の、創作の歴史に関する優れた目録も発行している。滋賀県は陶磁器の産地としても有名で、斬新な素焼きの彫刻で知られる澤田信一や鎌江一美ら多くのアール・ブリュットの作家が滋賀県出身である。

滋賀県立近代美術館の学芸課長である池上司はあるインタビューで、「日本の美術館はモダンアートの理論のみでは十分に説明できない」、作品群を説明するため「どのような言葉や見方で語り得るのかを模索している」とコメントしている。また、既存のモダンアートのコレクションとの関連性においては「美術館はそのような課題を達成する努力をしなければならない」とした。また、アール・ブリュットやアウトサイダー・アート作品を見て、理解するために、「基礎的な作品研究や作家研究が欠かせない。アール・ブリュットに関心を持つキュレーターや研究者、作品を収蔵する施設が増えれば増えるほど、基礎研究は充実していく」と述べた。

アール・ブリュット/アウトサイダー・アートの作品収集や研究のカテゴリーが生まれた欧米から見れば、日本における主体的な関心がアール・ブリュットを飛躍的に成長させたといえる。多くの日本人作家の作品に見られる共通の技術的・様式的特徴は、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートの歴史の中で、“日本のアール・ブリュット”という概念を際立たせている。

前編に登場した京都のギャルリー宮脇のディレクター宮脇豊は、長年にわたりヨーロッパに日本の最高峰のアール・ブリュット作品を紹介してきた経験がある。最近のインタビューで「このようなアートと作品を制作する作家の並外れた創造的エネルギーは日本で評価されるべきだ。理解を深めることで、アール・ブリュットの価値を高めることにつながる」と語っていて、アール・ブリュットの「先鋭的な精神」を高く評価している。また、「作家達は決してアウトサイダーではない。彼らの作品は従来の退屈でファッショナブルなアートに対抗している。アール・ブリュットのこのような側面に魅了されるべきだ」と結んでいる。

Translation Fumiko M

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日本のアール・ブリュットの大胆でユニークな見映えとスタイル https://tokion.jp/2021/03/14/japanese-art-brut/ Sun, 14 Mar 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=23340 独学の作家によって制作されたアール・ブリュットの作品は独創的かつ力強く、国内外で人気を博していると同時に、批評的な議論の対象ともなっている。

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近年、ヨーロッパでは「アール・ブリュット」、アメリカでは「アウトサイダー・アート」と呼ばれる、独学でアートを学んだ作家による作品のカテゴリーが日本で知られるようになり、いわゆる“日本のアール・ブリュット”が誕生した。この「アール・ブリュット」というのはどのようなアートで、今日の日本におけるより広範な芸術と文化の世界では、どのような地位を占めているのだろうか?

ヨーロッパでは、このようなアートの最も深いルーツは数世紀前までさかのぼることができるが、研究そして収集の分野としての近代史は、20世紀半ば頃に始まった。フランスの近代の美術家ジャン・デュビュッフェがフランス、スイス、ドイツで先駆的な研究を行い、「アール・ブリュット」という言葉を生み出したのが1940年代のことだった。

フランス語の「アール・ブリュット」とは、「生の芸術」を意味し、主流の文化や社会から外れたところで生きる人たちがつくった作品のことを指す。この作家達は、美術史を学ぶために美術学校に通ったり、作品を作るためにいわゆるプロの作家がよく使うようなテクニックや素材を使用しない。その代わりに、アール・ブリュットの作家の作品制作は完全に独学だ。彼等のような独学者は多くの場合、安価な塗料や道具とともに、古い段ボール、木くず、捨てられた家具や家庭用品を含むあらゆる材料を使って作品を制作する。

デュビュッフェは、「アール・ブリュット」の定義を練る上で、オブジェが、その定義に沿った作品として正確に捉えられるためには、いくつかの基準を満たすべきだと指摘した。第一に、オブジェは美術学校で教育を受けたものが制作したものであってはならない。その結果、一般的には、アール・ブリュットの作家によって作られた作品は、よく知られている主流の美術史のスタイルや批評的考察に関する対話には参加しない。

もちろん、芸術表現のほとんどすべての形態は、特定の場所の文化、歴史、考え方に根差しているが、デュビュッフェが指摘したように、アール・ブリュットの最良の例は、多くの場合、よく見かける文化とはほとんど関係のない、独自の世界から生まれた独特な作品であるように見える。

その結果、アール・ブリュットの極めつきの作品や、そのような作品を制作した作家は、「ビジョナリー」と形容される。彼らが制作する絵画やドローイング、彫刻やオブジェは、既知の世界の多様な状況の解釈や、空想の世界のイメージなど、非常に個人的なビジョンを表現している。(スイスのアール・ブリュットの作家、アドルフ・ヴェルフリのファンタジーあふれる宇宙や、アメリカのアウトサイダー・アーティスト、ヘンリー・ダーガーの大型ドローイングに描かれたモンスターと大勢の少女が住む土地といった作品に見られる)

デュビュッフェは、本物のアール・ブリュットの個々の作品と作家の全作品は、それ自体が独特なものであることを強調した。アール・ブリュットの作品の魅力的かつ分類しにくい性質が、このようなアートのファンの注目を集めている。

日本では、「アール・ブリュット」として知られるアートのルーツは、第二次世界大戦後の時期にさかのぼると言われている。

私は、2018年11月にスイスのローザンヌにあるアール・ブリュット・コレクションで「日本から見たアール・ブリュット、もうひとつの眼差し」展のキュレーションを担当した。※英仏2カ国語による展覧会カタログ『Art Brut du Japon, un autre regard/Art Brut from Japan, Another Look』(アール・ブリュット・コレクション&ファイブ・コンティネンツ、2018年) (ISBN 88-7439-846-1)、日本語版『日本のアール・ブリュット、もうひとつの眼差し』(国書刊行会、2018年)(ISBN 978-4-336-06334-2)

この有名な美術館は、アール・ブリュットを専門とした世界初のしかも一流の機関で、1976年に一般公開が始まった。デュビュッフェの個人コレクション約5000点が、この新しい美術館のコレクションの中核となっており、現在では、絵画やドローイング、彫刻、テキスタイルの作品など約7万点が所蔵されている。

甲南大学准教授の服部正は、美術理論と美術史を教えている。彼は『アウトサイダー・アート、現代美術が忘れた「芸術」』(光文社、2003)という素晴らしい本の著者だ。服部は、日本におけるアール・ブリュットのルーツを振り返り、2018年にスイスで行われた展覧会のカタログに、「日本で最初に障がい者の創作物に対する関心が高まったのは 1940 年前後のことで、1939 年 1 月に大阪朝日会館で、開催された『精神薄弱児童養護展覧会』はその代表的なものである。この展覧会の企画者が目指していたのは、障がい者に対する社会の関心が高まり、当時の日本では極めて不十分だった障がい者支援の法体系の整備が進むことだった」と記述している。

同じカタログの中のエッセイで、服部は、日本のアール・ブリュット現象の最も重要な側面に人々が注目するよう呼びかけている。それは日本のアール・ブリュットが、作品制作のための作業場がある、主に、障がい者福祉施設に関連している点だ。その結果、2000年代初頭以降、日本の一部の社会福祉施設の代表者の努力により、日本のメディアでは「アール・ブリュット」関連の記事やニュースが出てくると、ほとんどの場合、障がい者が制作した作品のことを指すようになってきた。それは、創作物の美的側面ではなく、作品を制作した人達の社会的統合のための試みとして、作品の普及と発表に重点が置かれているからである。

確かに何十年も前、デュビュッフェが独自の研究をしていた時に、精神疾患と診断され、精神科施設と関係のある独学のアーティストの作品を多数発見したことは事実である。しかし、デュビュッフェは、アール・ブリュットの本質的な特徴を説明する際に、真のアール・ブリュットのアーティストが、精神疾患やその他の障がいを持っていると診断された人であるべきだと主張したことはない。

また、同じ2018年の展覧会のカタログの中で、服部は、日本におけるいわゆる日本のアール・ブリュット展の推進者や発表者は、一般的に「セラピストとしてアマチュアだった支援者」であることに言及している。

このような「支援者」が「美術批評家や学芸員といった美術の専門家であることは少ない。結果として日本では、アール・ブリュットの名のもとに、障がい者支援事業所や福祉行政が主導するかたちで、セラピーとアート活動の目的の違いが明確に意識されることなく、すべてを宙吊りにしたまま、それにもかかわらず世界に類を見ないほど旺盛に活動が行われている」と指摘している。

このような背景を踏まえた上で、日本のアール・ブリュットの最近の躍進により、独学で学んだ日本人作家の魅力的で独創的な作品に、国際的な注目が集まるようになったことを思い起こしてみよう。

2000年代初頭、アメリカ人のギャラリー・ディレクター、フィリス・カインドは、日本の現代アール・ブリュットの作家による作品を展示するアメリカ初のアート・ディーラーとなった。その頃、ニューヨークにある彼女のギャラリーと、毎年1月にニューヨークで開催される「アウトサイダー・アートフェア」では、寺尾勝広や湯元光男、新木友行、吉宗和宏といった作家のドローイングや他の作品が展示された。いずれも独学で制作をしていた作家達で、障がい者のためのアート制作の作業場を主な施設とする大阪の社会福祉法人「アトリエインカーブ」に所属している。

フィリス・カインドがこのような日本のアートに興味を持ったことがきっかけで、他のコマーシャルギャラリーや欧米の美術館でも作品が紹介されるようになった。

ニューヨークのキャビン・モリス・ギャラリーでは、30年以上にわたり、ヨーロッパのアール・ブリュットや・アメリカのアウトサイダー・アートなど、質の高い展覧会を開催してきた。数年前から、このギャラリーの創設者であるシェリー・キャビンとランダル・モリスは、日本のアール・ブリュット作品のさまざまな関係者と、個人的な関係を築いてきた。その中には、東京を拠点に活動する作家のモンマ(門間勲、作家名は名字のみ)や京都のギャルリー宮脇も含まれている。代表である宮脇豊は、日本の本物のアール・ブリュットを最も積極的に、かつ見識を持って発表をしている1人だ。彼のギャラリーでは、この分野の展覧会を開催し、注目すべき本を出版している。数年前、彼はキャビンとモリスに、取り扱っている作家の中で最も独創的な作家の1人で、名古屋を拠点に精力的に絵画やドローイングを制作している西村一成の作品を紹介した。それ以来、キャビン・モリス・ギャラリーでは、西村の作品を個展やアウトサイダー・アートフェアで発表してきた。

最近、シェリー・キャビンは、「アメリカでは、私達が最初に、齋藤裕一、富塚純光、舛次崇、柴田鋭一といった日本のアール・ブリュットの作家の作品を展示しました。日本と同様に、欧米の障がい者向けのアートの作業場にも創意工夫を凝らしたプログラムがあります。しかし、日本の作業場では、粘土やテキスタイルを使った独学の作家が、特に独創的な作品を制作していることに気がつきました」と私に語った。

2000年代初頭、日本のアール・ブリュットが欧米に紹介されたことをきっかけに、舛次崇の紙に描かれた大胆で洗練されたパステル調のドローイングや澤田真一の異世界の想像上の生き物を描いた土偶や彫刻、戸來貴規のインクで描かれた小さい抽象的なドローイングをひもで束ねた作品などに、人々は興奮しただけでなく熱狂的に反応した。

2008年には、アール・ブリュット・コレクションで、この3人を含む9人の日本人作家による展覧会「ジャポン」が開催された。後年には、欧州各地の会場の他に、パリのアル・サン・ピエールとナント(フランス北部)のル・リュー・ユニークでも重要な展覧会が開催された。

2012年には、オランダのハールレムにあるドルハウス美術館で「日本のアール・ブリュット」展が開催された。その後、展覧会のタイトルを「創造:日本のアール・ブリュット」と改め、ロンドンの博物館ウェルカム・コレクションで展覧会を開催し、46人の作家による約300点にも及ぶ多彩な作品をイギリスの観客にじっくりと見てもらうことができた。

「創造:日本のアール・ブリュット」展では、滋賀県のやまなみ工房に長年所属している河合由美子の立体的なテキスタイル作品や、女性のセクシュアリティをテーマにした魲万里絵の心理的な緊迫感が感じられる色彩豊かなドローイングなどを紹介した。

私はロンドンでの展覧会を見た後、『ジャパン・タイムズ』に批評記事を寄稿した。その中で以下のように述べた。「本展は、勝部翔太のビニール袋の紐で作ったミニチュアのアクションフィギュアの軍団や、古久保憲満の、時には幅が数メートルの巨大な紙に、色鉛筆とインクで描いた架空の街並みのドローイングなど、多様な制作動機や技法、テーマを持つ異色の組み合わせから成っている」

2017年にイギリスのマンチェスターにジェニファー・ローレン・ギャラリーを設立した若手アート・ディーラーのジェニファー・ギルバートは、ロンドン市内のさまざまな会場と、英国内の他の都市で展覧会を開催している。近年は、イギリスで日本のアール・ブリュットの作家の作品を展示したり、ニューヨークのアウトサイダー・アートフェアに出展をしている。最近のインタビューで、「2013年のウェルカム・コレクションでの展覧会は何千人もの来場者を集め、今でも人々の間で、話題になります」と語っていた。

一体どのようにして、日本のアール・ブリュットは、国内外でよく知られるになったのか? このようなアートの出現は、アール・ブリュットのもっと広範な歴史にどのような影響を与えてきたのか。また、国内外での評価の在り方に影響を及ぼした、アール・ブリュットについての最も差し迫った批評的な議論とは何か? Vol.2では、これらの疑問を検証していく。

Vol.2では、京都のアート・ディーラーである宮脇が、日本の鑑賞者による「このアートをもっと理解して、日本のアール・ブリュットの歴史を見直す必要がある」と語った言葉の意味を探る。宮脇は、日本ではこのようなアートを「どうやって探し、どうやって発見するかを知る目を養い、それを正しく見極めること」が必要だと主張している。

Translation Fumiko Miyamoto

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