くるり Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/くるり/ Wed, 04 Oct 2023 02:19:04 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png くるり Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/くるり/ 32 32 オリジナルメンバーだから作れた“3人のくるりの音” 「この3人でアルバムが作れたことには誇らしい気持ちがあります」 https://tokion.jp/2023/10/03/interview-quruli/ Tue, 03 Oct 2023 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=210471 14枚目となる新作アルバム『感覚は道標』が10月4日にリリースするくるりの2人に新作や映画について話を訊いた。

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オリジナルメンバーだから作れた“3人のくるりの音” 「この3人でアルバムが作れたことには誇らしい気持ちがあります」

くるり(QURULI)
1996年9月頃、立命館大学(京都市北区)の音楽サークル「ロック・コミューン」にて結成。古今東西さまざまな音楽に影響されながら、旅を続けるロックバンド。
https://www.quruli.net
https://twitter.com/qrlinfo
https://twitter.com/Kishida_Qrl
https://twitter.com/Sato_Qrl

1996年、立命館大学の音楽サークル“ロック・コミューン”に所属していた岸田繁、佐藤征史、森信行により結成されたロックバンド、くるり。多彩かつオルタナティヴな音楽性で、作品ごとに新境地を切り開いてきた。

今回、2002年にバンドを脱退したオリジナル・メンバー、森信行をゲストに迎えた14枚目となる新作アルバム『感覚は道標』が10月4日にリリースされる。さらに、その制作過程を追いかけた、くるり初となるドキュメンタリー映画『くるりのえいが』が10月13日に公開となる。

『感覚は道標』のレコーディング風景を追った『くるりのえいが』は、アルバム制作に向き合う3人の姿をナチュラルに描き出すことで、創作の面白さ、そして、そこに秘められた人間ドラマを浮かび上がらせる。原点を見つめ直すことで新たな一歩を踏み出したくるりの2人、岸田繁(ヴォーカル、ギター)と佐藤征史(ベース)に映画や新作について話を訊いた。

——これまでも森さんと共演されたことはありましたが、新作では曲作りから一緒にやったそうですね。

岸田繁(以下、岸田):以前から、また森さんと一緒にセッションしながら曲を作ってみたいな、と考えてはいたんですよ。そこに映画の話が立ち上がって、だったらこの機会に、と思って。それで撮影に入ってみると曲がポンポンできちゃったんですよね。密かな願望として、アルバム1枚に落とし込めたらいいな、と思ってはいたんですけど、口にはしてなくて。でも、最終的そこに向かうことができたのは良かったと思います。

——森さんはバンドを離れてからも度々共演されていましたが、一緒に曲作りをするとなると話は別ですよね。

岸田:森さんはくるりが好きなんですよ(笑)。そこが素敵なところで。僕らはケンカ別れしたわけじゃないし、森さんは、自分が抜けた後に僕らがやってきたことに興味を持ってくれていた。そうじゃないと一緒にやろうと思わなかっただろうし。多分、緊張感はあったと思うんですけど、前向きにOKしてくれたんじゃないかなと思います。

——きっとお互いに緊張感があったと思いますが、そういうところにカメラが入ることで、さらにナーバスになるのではないかと思います。撮影前に佐渡監督と映画の内容や撮影手法などで何か話をされたのでしょうか。

岸田:例えばザ・ビートルズの『ゲットバック』てって、真実といえば真実だけど、そこには映画を観る人の誤解を招くような編集があったじゃないですか。だから最近、新しい編集で公開されたわけで。そういう作り手の意図や演出を感じさせない作品にはしたくなかった。

あと、バンドのドキュメンタリーって、メンバーが揉めたとかドラッグでどうなったとか、そういうゴシップ的な要素が入ることが多い。そういうところに焦点を当てるのではなく、曲が生まれて作られていく過程を見せたかったんです。作り手の内側に入りつつも、あまり入りすぎない距離感で、曲ができるまでの過程を撮れたらいいな、と思っていました。

——確かにドラマティックな演出はせず、ナチュラルな距離感で撮られていましたね。「くるり観察日記」みたいな感じでした。

岸田:この前、とある酒蔵を案内してもらったんです。最後に試飲するという、お決まりのコースだったんですけど大変興味深かった。やっぱり、ものづくりの過程って見てて面白いんですよね。大人になると、観光はしても社会見学ってしないじゃないですか。バンドは特殊なものだから、それぞれに曲作りの過程は違うと思うんですけど、うちはこんな風にやってますよっていう一例を見せれば、面白いものになるんじゃないかなって思ったんです。

「1990年代のオルタナ・ロック」の気分と伊豆スタジオ

——映画では、まず3人でミーティングをして、セッションをしながら曲を作り上げていきます。それがくるりの基本的な曲の作り方なんでしょうか。それとも、今回はそういうやり方をとった?

岸田:最近は、まずスタッフとどんな作品にしたいか話をして、そこから各自が作業していく。DAW環境が整っているのでデータのやり取りでデモの途中まで作ることが多いです。この3人でやってた時は、はっきりした目的がないままスタジオに入って、適当に演奏をしているうちにかたちになっていった。セッションから作る、というとカッコいいですけど、遊んでるみたいな感じで音を出して、その中からネタ的なものが見つかるとその場で調理していく、というやり方だったんです。

——その当時のやり方を今回再現したわけですね。

岸田:こういうやり方って最近はあまりやってなかったんです。森さんは条件反射の人でもあるから、譜面を用意してやるより、ゼロから一緒にやった方がいいんじゃないかと思ったんです。

——今回のアルバムは「1990年代のオルタナ・ロック」というのがモチーフの1つとしてあったそうですが、それは曲を作り上げていく過程で浮上してきたことなのでしょうか?

岸田:そうですね。リファレンスというよりは気分的なもののほうが大きくて。レッド・ツェッペリンみたいな音を出すんじゃなくて、ストーン・テンプル・パイロッツの気分で、というか(笑)。オルタナっていろいろあったけど、よくできているものもそうでないものも空間を活かした音作りになっていた。そういうニュアンスがいいと思ったんですよ。今回、伊豆スタジオでやろうと決めた時、スタジオの音の鳴りとか、3人の演奏を考えて、オルタナ・ロックっぽい感じが合うんじゃないかと思ったんです。

——3人でバンドを始めた頃にリアルタイムで聴いていたってことも大きいんでしょうね。実際に聴いてみると、オルタナ感はありつつも、それを通過したヴィンテージなロックンロールっていう感じで、3人のくるりの音がドンと出た潔い音でした。

佐藤征史(以下、佐藤):自分達の演奏を録音した時、「ええ音」っていうのとは別に、「説得力のある音」かどうかっていうのがあるんですよ。自分達がやっていることに対して正しいかどうか、というか。「説得力のある音」になるかどうかは自分達の演奏した音とスタジオの相性ってすごく大事で、それが今回うまくいったからドンって感じでトリオの音が出せたんだと思います。ハウスエジニアの濱野(泰政)さんは元ベーシストでバンドをやられていた方なので、曲が生まれた時から、その曲のどんなところが光っているのかを共有してもらえている感じがすごくあった。だから自分達がやりたいことを察してくれて、作業にロスが少なかったのも良かったです。

——今回はスタジオの存在が大きかったわけですね。

岸田:伊豆スタジオって1980年代ぐらいの機材を使っているんです。いってみればヴィンテージですよね、だから音触りが必然的にヴィンテージになる。リヴァーヴも実際にエコーを録るんです。建物の2階に空洞部分があって、そこにスピーカーで音を流し込んで、そこで響いている音を録る。最近では全部シミュレーターでやっちゃう部分を、今回は空気を通してやることができたんです。空間を活かす。空気を通して音を歪ませることで、生バンドのダイナミクスが活きるようにする。ちょっとパーカッション的なものが必要になった時には、スリッパで床を叩いてみたり(笑)。そういうアイデアの引き出しも活用しながらレコーディングしました。

——最初に完成した新曲「In Your Life」をスタッフ全員で聞くシーンが印象的でした。曲を聴き終わった後、全員が満足した表情を浮かべていましたが、観ているこちらも「これが3人のくるりの音なのか」と納得しました。

岸田:よかった! そう感じてもらえたのなら、佐渡監督も喜ばれると思います。

佐藤:多分なんですけど、新作のサウンドは最近のくるりではやってなかったこと、できてなかったことでもあると思うんですよね。「In Your Life」は森さんと一緒に曲作りしてなかったら作れなかったと思うし、それは映画を観ていただいたら、すごくわかると思います。

——みんなで曲を聴く時、岸田さんがピンク・フロイド『狂気』のジャケをデザインしたコートを着て登場するじゃないですか。それで一番前にどかっと座る。その佇まいが魔術師みたいで、完成した曲を聴く時の儀式なのかと思いました。

岸田:あの服はレコーディング中に佐藤さんから誕生日にもらったんです(笑)。「今年はすごいよ〜」って。

佐藤:あげたのが4月だったので、「秋口になったら着て」って(笑)。

岸田:伊豆スタジオではリラックスしているので、いつも短パンを履いてるんです。それであれを着るから、なおさら狂気を感じさせたのかもしれないですね。これから、新曲を聴く時は毎回あれを着るようにしよかな(笑)。

——この映画をきっかけにぜひ(笑)。森さんとの曲作りに関しては、昔との違いを感じたことはありました?

岸田:変わらんっちゅうたら全然変わってないのかもしれないですね。作っていく中で「ああ、こいつ、こういうやつやったな」って思い出すことというのはありましたけど、向こうも同じやったんじゃないでしょうか。

佐藤:やってることは昔と一緒ですからね。僕らから離れて、今、もっくんはドラムに対してどんなことを思ってるんやろ、と思いながらやっていたところはありましたけど。

3人だからこそできた新曲

——レコーディング中に京都のライヴハウス、「拾得(じっとく)」でライヴをするじゃないですか。その時の演奏は、レコーディングの時とはまた違う生々しさがありました。初期の曲や新曲も披露していましたが、ライヴをやってみていかがでした?

岸田:いま、僕らにはライヴ用のバンドがあるんですよ。5人編成で素晴らしいメンバーがそろっていて、自分で言うのもなんですけど良いバンドなんですよね。久しぶりに森さんと3人でやると、いろんな意味でボロボロでした(笑)。お互い普段どんなライヴをしているか、その違いが出た結果やと思います。今のくるりの波に彼が乗っかろうとすることが彼にとってはエグいことなんですよね。だから今回、ゼロから一緒に曲を作ることができたのはすごく良かったと思います。

佐藤:「拾得」のスタッフさんも、「新曲はよかったのに」みたいなことを言ってはって(笑)。

——確かにライヴでは、それぞれの「今」がぶつかってしまうかもしれないですね。1枚アルバムを作ってみて、改めて感じたことがあれば教えてください。

岸田:正直、こんなしっかりした作品ができるなんて期待してなかったんです。「あ、思ってたよりいけた」っていう感じが強いですね。あと、やっぱり昔のやり方をすごく再認識したというか。「東京」とか「ばらの花」って最近のファンの方達にも人気がある曲なんですけど、そういう曲はこの3人で作ったので、またこの3人でアルバムが作れたことには誇らしい気持ちがありますね。こういうアルバムの作り方って、ほんまにええもんやな、と思えたし、そういう風にアルバムが作れる関係性が今もある、というか良い仲間やなって再確認できました。

——岸田さんが書いたセルフライナーノーツで、新作に収録されている「朝顔」は、これまで禁じていた「ばらの花」的ものを解禁してできた曲、と書かれていました。やっぱりこの3人だから解禁できたのでしょうか?

岸田:今回、僕はしっかりとはソングライティングをしてないんです。3人で音を出している時に、誰かがなんかやりだして、そこから曲を作っていくっていうやり方やったから。それでなんとなく「ばらの花」的なものが始まって、みんなが「ああ、『ばらの花』的な感じかな」と思って乗っかってきた。そしたら、思ったより「ばらの花」みたいになってしまって、なんか自分達でくるりのコスプレをやってるみたいな感じやったんですけど(笑)。でも、他の人とではそういう感じにはならないんですよね。狙ってもそうならないから、やっぱり、この3人だとこうなるんやな、と思って。それはちょっと嬉しかったですね。

——佐藤さんはいかがでした?

佐藤:「拾得」のライヴでも思ったんですけど、森さんの瞬発力って素敵だなって思いました。それは当時から思ってたんですけど、最初に曲を一緒にやる時、自分の進む道が明確に見えた時は、すっごく早くていい。今回のレコーディングの時も、「こういう感じやったな。やっぱ、こういうとこはすごいな」っていうのを噛み締めていました。その瞬発力があったからできたアルバムでもあるっていうのが、自分の感想です。

——森さんのキャラクターは映画からも伝わってきました。お2人が緻密に音を作り込んでいる一方で、森さんはポーンと突き抜けてくるというか。

岸田:そうなんですよね。

佐藤:でも、ムカつく時もあるんですよ(笑)。デモの曲をいざ録ろうしたら、そのデモを録った時に「自分はこのモードでいこう」って考えていたことを忘れてたみたいで、全然違うことしかやらないとか。そういうので、あっち行ったりこっち行ったりしながら作っていて。別れた理由を思い出したりもしながら、それでも彼の存在は大きいなって思いました。

岸田:今回は根を詰めてすごい作品を作ろうとしなかったから、それが良かったのかもしれないですね。使命感みたいなものは持たずに、できるだけ楽しくやろうと思っていました。でも、やってるうちに本気になっちゃったんで、ちゃんと本気の作品になったんですけどね(笑)。僕は曲を作る時にガッと入り込んでしまうタイプなんで、あんまりそういうことがないように、曲作りの最初の段階では、ネタ投げおじさんみたいな感じで取り組めたのが良かったのかもしれない。

——「サンバのリズムでやってみよか?」とか、岸田さんがいろんなネタをみんなに投げて、そのお題に全員が一丸になって取り組む姿を見て、これぞバンドだなって思いました。

岸田:バンドを始めた頃はわりとそんな感じやったなあって思い出しました。これからは、ネタ投げおじさんとしても自分を磨いていきたいと思います(笑)。

Photography Mayumi Hosokura
Stylist Masayo Morikawa
Hair & Makeup Kyoko Kawashima

くるり 14thアルバム『感覚は道標』

■くるり 14thアルバム『感覚は道標』
2023年10月4日発売

<形態>
生産限定盤(2CD+Tシャツ)価格:¥6,900 
※Tシャツ(黒、Lサイズ相当)

通常盤(CD) 
価格:¥3,400
https://www.quruli.net/discography/感覚は道標/

『くるりのえいが』2023年10月13日公開

■『くるりのえいが』
2023年10月13日公開
出演:くるり
岸田繁、佐藤征史、森信行
音楽:くるり
オリジナルスコア:岸田繁
監督:佐渡岳利
プロデューサー:飯田雅裕
配給:KADOKAWA
企画:朝日新聞社 
宣伝:ミラクルヴォイス
https://qurulinoeiga.jp

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マイ・ブラッディ・ヴァレンタインが日本の音楽シーンに与えた影響とは https://tokion.jp/2021/05/06/my-bloody-valentine/ Thu, 06 May 2021 06:00:50 +0000 https://tokion.jp/?p=32206 『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』著者の黒田隆憲が紐解く、シューゲイザーの代表格バンドが日本の音楽シーンに与えた影響。

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シューゲイザーの代表格バンド、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのサブスクリプションが解禁され、5月には新装盤のCD/LPもリリースとなる。これを機として、同バンドの軌跡と革新性を振り返り、日本の音楽シーン・アーティスト達に与えた影響を探るべく、『シューゲイザー・ディスク・ガイド』(共著)や『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』を著書に持つ黒田隆憲に寄稿を依頼。後続に絶大な影響を与え、今に引き継がれるサウンド・美学の接続線をたどり直していく。

ブライアン・イーノやパティ・スミスも絶賛したシューゲイザー・バンド

アイルランド出身の男女4人組バンド、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(以下、マイブラ)がDomino Recordingに電撃移籍を果たし、過去にリリースした4枚の作品(『Isn’t Anything』『loveless』『m b v』『ep’s 1988-1991 and rare tracks』)のサブスクおよびダウンロード販売を解禁。さらに5月には新装盤CD / LPをリイシューすることが決定した。

「シューゲイザー」と呼ばれる音楽スタイルの代表格であり、1991年にリリースしたセカンドアルバム『loveless』によって、ロックの金字塔を打ち立てたマイブラ。彼らの作り出すそのサウンドは、ブライアン・イーノをして「ポップの新しいスタンダード」と言わしめ、パンクの女王パティ・スミスも「生涯で最も影響を受けた」と絶賛するほど革新的だった。他にも、アイスランドの至宝シガー・ロスをはじめ、モグワイやレディオヘッド、テーム・インパラ、カニエ・ウェストなどさまざまなジャンルの第一人者に大きな影響を与えている。

また音楽シーンのみならず、アートやファッションにもマイブラは強い影響を与えてきた。昨年4月にはSupremeが彼らとのコラボコレクションを発表し、話題になったのも記憶に新しい(数年前にはカニエがマイブラTシャツを着用、彼らのヴィンテージTシャツが高騰する騒ぎもあった)。カルチャーの分野においてもカリスマ的な人気を誇りながら、ソニーUKとの契約解除により一時はサブスクリプション・サービスから姿を消していた彼らの音源が、再び多くの人の耳に触れるようになったのは嬉しい限りだ。

革新的なサウンドを奏でたバンドの軌跡

1983年、ダブリンにて結成されたマイブラ。活動初期はガレージロックやポストパンクに影響を受けたサウンドを奏でていたが、メンバーチェンジを経てビリンダ・ブッチャー(Vo, Gt)、ケヴィン・シールズ(Vo, Gt)、デビー・グッギ(Ba)、コルム・オコーサク(Dr)という現体制になると飛躍的な進化を遂げる。

1988年、ジーザス&メリーチェインやプライマル・スクリームらが所属し、のちにオアシスを見出すレーベルCreationからファーストアルバム『Isn’t Anything』をリリースすると、ノイジーなギターサウンドとポップなメロディを組み合わせたその音楽スタイルによって、シーンに大きな衝撃を与えた。

My Bloody Valentine『Isn’t Anything』

それからおよそ3年後に発表したセカンドアルバム『loveless』(1991年)では、輪郭が曖昧になるほど幾重にもレイヤーされたフィードバックギターや中性的な男女ボーカル、それらが等価で配置されたサイケデリックかつエクスペリメンタルなサウンドスケープを展開。前述の通り、今に至るまで数多くのフォロワーを生み出し続けている。

My Bloody Valentine『loveless』

日本の音楽シーンでいち早く応答したフリッパーズ・ギターとスピッツ

『loveless』リリース当時、メインストリームではさほど話題にはならなかったものの、コアな音楽ファンからは熱狂的な歓迎を受けていた。ここ日本でも状況は同じで、1991年11月に行われた初来日ツアーは川崎クラブチッタで急遽「昼の部」が決まるなど大盛況を博している。本稿では、そんな日本のミュージックシーンにおいて、マイブラがどのような影響を及ぼしてきたのかを振り返ってみたい。

当時、彼らのサウンドを日本で早速取り入れていたのはフリッパーズ・ギターだ。1991年7月にリリースされた彼らの通算3枚目にしてラストアルバム『DOCTOR HEAD’S WORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-』には、マイブラの「to here knows when」に触発された「AQUAMARINE/アクアマリン」という楽曲が収録されている。吉田仁(SALON MUSIC)のプロデュースの下、サンプラーに取り込んだフィードバックギターを何度も重ねることによって、ヒプノティックなサウンドスケープを生み出すことに成功。「to here knows when」が収録されたEP「Tremolo」をマイブラがリリースしたのは同年2月だから、その反応は驚くべきスピードである。

フリッパーズ・ギター『DOCTOR HEAD’S WORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-』

同じ頃、スピッツの草野マサムネも当時マイブラやライド、スロウダイヴといったシューゲイザー・バンドに深く傾倒しており、『loveless』と同月にリリースしたセカンドアルバム『名前をつけてやる』では、メンバー曰く「ライド歌謡」というコンセプトのもと、シューゲイザーと歌謡曲を融合したサウンドを作り上げていた。

スピッツ『名前をつけてやる』

独自のサウンド・美学は、オルタナ勢からヴィジュアル系まで幅広く影響を与えた

ところで、ギターの新たな可能性を押し広げたマイブラの最大の発明は、「グライドギター」と呼ばれるケヴィンのプレイスタイルだ。変則チューニングをしばしば用いながら、ギターのアームを持ったままコードをかき鳴らすことでサウンドを変調させ、さらに「リヴァース・リヴァーブ」と呼ばれるエフェクトをかけることで、唯一無二のサウンドを作り上げる。このグライドギターに魅せられ、自らの楽曲に導入するアーティストは後を絶たない。日本でも、例えばDIPの「My Sleep Stays Over You」(1992年)や、SPIRAL LIFEの「ネロ」(1995年)といった楽曲に用いられている。そう、ケヴィンが生み出したグライドギターは「ジャンル」ではなく「スタイル」であり、さまざまな音楽に応用できるところも、その影響の大きさの理由の1つと言えるかもしれない。

DIP『love to sleep』
SPIRAL LIFE『FLOURISH』

マイブラの持つ美学は、いわゆる「ヴィジュアル系」のバンドにも受け継がれた。例えば1993年に結成されたPlastic Treeが、ライブのSEでマイブラ の「Only Shallow」を使用していることはファンの間では有名な話。また、彼らの通算9枚目のアルバム『ウツセミ』(2008年)は、メンバーが共通してフェイヴァリットに挙げるマイブラの影響を深く受けたサウンドを展開していた。一方、LUNA SEAのギタリストSUGIZOもケヴィンからの影響を公言しており、ソロ名義でリリースしたアルバム『音』(2016年)収録の「Decaying」では、まるでケヴィンとノイバウテンがコラボしたようなサウンドを作り上げている。

Plastic Tree『ウツセミ』
SUGIZO『音』

MBV遺伝子を継承し「今の音」として進化させるアーティスト達

シューゲイザーという90年代のムーヴメントそのものはあっという間に収束し、マイブラも長らく「活動休止」状態が続いていた。が、その遺伝子は2000年以降も確実に受け継がれていく。くるりが2014年にリリースしたアルバム『THE PIER』には、その名も「loveless」という楽曲が収録されていた。ただ、この曲はホーンを導入したいわゆるオーガニックなバンド・アンサンブルで、マイブラからの直接的な影響下にあるのはむしろ、2001年のアルバム『TEAM ROCK』に収録された「LV30」だろう。“ツタタタ”というドラムフィルから始まるイントロは、言うまでもなく「Only Shallow」(『loveless』収録)のオマージュだし、浮遊感たっぷりのサウンドスケープはマイブラを連想せずにはいられない。

くるり『TEAM ROCK』

『loveless』リリースからおよそ15年、マイブラが奇跡の再始動を果たすとそれに呼応するかのように、彼らに影響を受けた新世代のアーティストが次々と登場する。例えば、1960年代〜1990年代の主にUKロックから影響を受けたラブリーサマーちゃんが、2016年にリリースした『LSC』には、マイブラの轟音を彷彿とさせる「天国にはまだ遠い」という楽曲がある。また男女4人組バンドLuby Sparksは、マックス・ブルーム(ヤック)とロンドンで共同制作したデビューアルバムで、初期マイブラが内包していたジャングリーポップを「今の音」として鳴らしていた。

ラブリーサマーちゃん『LSC』
Luby Sparks『Luby Sparks』

他にもTHE NOVEMBERS、羊文学、For Tracy Hydeといったバンドの中に、マイブラ〜シューゲイザーの遺伝子は受け継がれている。『loveless』リリース直後は、そのあまりにも強烈なサウンドの影響をダイレクトに受けた作品が、国内外からたくさん生まれていた。が、あれから30年が経った今、マイブラや『loveless』の呪縛から解き放たれたアーティスト達は、そのサウンドを抽象化し「スタイル」として取り込み、各々のオリジナリティと融合しながら新たなカタチへと進化させているように思う。 マイブラによる現時点での最新作は、2013年にリリースされた『m b v』。あれからすでに8年もの月日が流れている。今回のサブスク解禁〜新装盤CD / LPのリイシューによって、初めてマイブラに触れた未来のアーティスト達は、その意思をどのような形で受け継ぎ新たな作品を生み出すのだろうか。

My Bloody Valentine『mbv』

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