渡辺裕也, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/yuya-watanabe/ Mon, 06 Sep 2021 05:33:45 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 渡辺裕也, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/yuya-watanabe/ 32 32 異能の音楽家・松木美定の全貌 ハード・バップとポップスが交錯する煌めきの音世界はいかにして生まれたのか https://tokion.jp/2021/09/06/all-about-bitei-matsuki/ Mon, 06 Sep 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=56573 ハード・バップからの影響をもとに洗練性と大胆さが同居する独自のポップスを紡ぐ異能の音楽家、松木美定。新作EPのリリースを機として、その全貌を探るべくインタビューを実施した。

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松木美定とは一体何者なのか? 2020年にネット上でその存在を知って以来、筆者はこの謎めいたアーティストの楽曲にすっかり魅了されてしまっている。きっかけとなったのは配信シングル『実意の行進/焦点回避』。ハード・バップを雛型とした、流麗なリズムとコードワーク。憂いを帯びたヴォーカル・メロディと、耽美な詞世界。この2曲を耳にするだけで、松木と名乗る音楽家の才能が破格であることは明らかだった。しかも驚くべきことに、ここに収められた演奏のすべてが松木1人の手によるものだというのだから、とにかくこの人は底が知れない。

そんな松木美定が3曲入りEP『ルミネッセンスで貫いて』をリリースするということで、このたび松木に取材をオファー。念願叶って、ついに本人と話せる機会を得た。早速ZOOMで中継をつなぐと、確かに画面の向こう側からは松木の声が聞こえてくるが、その画面上にはイラストの静止画が映し出されるのみ。ということで、本人が自ら描いた猫のイラストと向き合いながら、松木との対話は始まった。

音楽との出会いと変遷を振り返る

――松木さんはなぜ「猫」をご自身のイメージに選んだのですか?

松木美定(以下、松木):昔から実家でずっと飼っていたのもあって、猫が単純に大好きなんです。あと、これは自分で言うのもアレなんですけど、猫の気まぐれで人と付かず離れずな性格が、自分に似ているなと思ったからですね(笑)。

――では、松木さんがこれまでアートワークに描いてきたキャラクターについてはいかがですか? 特に松木さん自身が投影されているわけではなく、あくまでも架空の人物?

松木:アートワークの人物については、確かに架空とも言えるんですけど、絵を描く時は鏡を自分の前に置いて「こういう体勢になると輪郭はこう見えるんだな」みたいなことを確認しながらいつも描いてるので、そういう意味ではどのキャラクターも自分自身を参考にしている、とも言えますね。

――なるほど。そんな松木美定さんはこれまでにどんな音楽と触れてきたのでしょうか? 音楽家として活動を始めるまでの変遷を教えてください。

松木:最初に触れたのは、両親が車の中でかけている音楽でした。特によく覚えているのは、母親がかけていたカーペンターズですね。父親の車では日本のフォークソングがよく流れていたんですけど、当時の僕はどっちかというと、母親がかける洋楽を好んでました。

――確かにカーペンターズは今の音楽性にも影響を与えていそうですね。

松木:影響はかなり受けていると思います。それこそ生まれてから小学校を卒業する頃まで何気なく聴いてた音楽なので、そこはもう染み付いているというか。でも、当時は音楽にそこまで興味がなくて、それよりも山で遊んだりするほうが楽しかったですね(笑)。

――松木さんは静岡の山育ちなんですよね。

松木:そうなんです。なので、小さい頃は自然に触れている時間が一番楽しかったんですけど、中学で強制的に何か部活に入らなければいけなくなって、それで吹奏楽部に入ったんです。

――それまで何かしらの楽器を習ったりは?

松木:本当に短期間ですけど、小学校の頃に少しだけピアノ教室に通ってたことはあります。でも、当時はホント音楽に興味がなくて、「早く家に帰って昨日捕まえたクワガタを見たいな…」とか、そんなことばかり考えてました。先生も怖かったし、結局すぐに辞めちゃったので、そこで自分のプラスになったものはあまりなかったですね。

――では、吹奏楽部への入部が音楽に関心を持つきっかけに?

松木:いや、そうでもなくて。本当は帰宅部がよかったんですけど、校則で特別な理由がない限りは部活に入らなければいけなくて、しかも野球部か吹奏楽部しか選択肢がなかったので、それなら吹奏楽部かなと(笑)。

――能動的に音楽を聴くようになったのはいつ頃から?

松木:それは高校に入ってからですね。友人に勧められて聴いたクイーンがきっかけとなって、自分から積極的に音楽を聴くようになりました。

――クイーンのどこに惹かれたんですか?

松木:たぶんそこはカーペンターズと同じで、やっぱりメロディだと思います。で、そのクイーンを僕に勧めてくれた友人がジャズ好きで、高校で部活が終わったあとにみんなとジャズ・バンドを始めたんです。そこからジャズがどんどん好きになって、吹奏楽部ではトランペットをやっていたのもあって、大学のジャズ研ではトランペット・プレイヤーとしてしばらくセッションをやってました。

ジャズ、ハード・バップに魅せられ、作曲に目覚めた大学時代

――作曲に取り組むようになったのは?

松木:たぶんそれは2012年の終わり頃かな。大学の先輩が演奏していた、バド・パウエルというピアニストの「Oblivion」を聴いた時に、今まで経験したことがなかったほどの衝撃を受けたんです。こんなに美しい音楽がこの世にあったのかと思って、こんな曲を自分でも書いてみたいと思ったのが、作曲を始めるきっかけになりました。

――「Oblivion」が松木さんの琴線に触れたポイントはどこにあったのでしょう?

松木:メロディとコードのギャップですね。「Oblivion」はメロディがすごく単純で、音を1小節ごとに伸ばしているだけの曲なんですけど、そのメロディがとても美しかったし、メロディの後ろで使われているコードもすごく新鮮で、そこには当時の僕がまだ味わったことのない感覚があったんです。

――ジャズ研ではトランペットをメインでやってたんですよね? バド・パウエルがきっかけで作曲を本格的に始めたということは、ピアノにもそれから取り組むようになったんですか?

松木:はい、作曲と同時にピアノの練習も始めました。当初は「バドみたいなピアニストになれないかな」とも思ったんですけど、結局ピアノは伴奏する程度しか弾けるようになれなくて。

――松木さんの楽曲における複雑なコード感は、やはりバド・パウエルに由来するものなんですか?

松木:さまざまなジャズを聴いていく中で、一時期ちょっと排他的になったというか、しばらくポップスから離れた時期があって。それこそ当時は「ジャズ以外は認めない!」みたいな感じだったんですけど(笑)。そうやってバドから派生して知った曲をたくさんコピーして、そこから理論を学びつつ、自分なりのリハーモナイズ(コードを置き換えるテクニックの総称)を開発していった結果が、今の松木の楽曲につながっているような気がしてます。

――具体的には当時どのようなジャズを探求していたんですか。

松木:バドを聴いてから松木として活動を始めるまでの時期は、ハード・バップの代表的なミュージシャンの楽曲を勉強してました。それこそ当時はホレス・シルヴァーの現代版になりたいと思ってハード・バッププレスみたいな曲を作りつつ、そこに自分なりの要素を当てはめてみたり。

松木美定「実意の行進」

――「実意の行進」という曲では実際にホレス・シルヴァーのフレーズが引用されてますね。

松木:そうですね。やっぱりメロディの良さだけは譲れないし、いかにも「リハモしてまっせ」みたいな感じにもしたくないんだけど、聴いた人達がドキッとするような曲を作ってみたい。「実意の行進」はそういうバランスを探りながら作った曲ですね。

ポップスと出会い、音楽家・松木美定が誕生するまで

――そこまでジャズにのめり込んだ松木さんは、どんなタイミングでポップスに再び興味を持ったんでしょう?

松木:ジャズ研の後輩から、Lampの「冷ややかな情景」という曲を勧められたんです。それがあまりにもいい曲で、それこそバド・パウエルを初めて聴いた時と同じくらいの衝撃を受けて、「ポップスの世界はこんなに素晴らしかったのか」と。そこでまた急にポップスへの興味が湧いてきたんですけど、そこで自分もポップスに行きたいとは思わなくて。むしろ当時はLampの曲を研究してジャズに生かせないかと思ってたんですけど、そのLampをきっかけとして他のミュージシャンも発見していくうちに、日本の同世代のミュージシャンへの親近感と、ある種の嫉妬みたいなものが生まれてきて(笑)。自分が今まで培ってきたハード・バップのエッセンスを生かしてポップスを作ってみたい――そういう気持ちが芽生えていったんです。

――そこで最初に生まれた楽曲が、2019年1月にサウンドクラウドで公開された「シゴトップス」ですね。その後に松木さんが発表した楽曲と比べると、「シゴトップス」は異色というか、ポップスのクリシェをあえて使っているように聞こえます。

松木:確かにそういう意識はありました。というのも、いざ取り組んでみると、ポップスを作るのってすごく難しくて。それで流行ってる曲をいろいろ聴きながら、なんとかポップスに寄せてみようと。実際、「シゴトップス」の曲調やドラムはかなりJ-POPっぽいと思います。ただ、サビのコード進行とかはハード・バップ然としたものになっていて。

松木美定「シゴトップス」

――流行のポップ・ソングに取り組む上で、松木さんはどんな曲をリファレンスにしたんですか?

松木:「シゴトップス」の時はサカナクションの「新宝島」とかを聴いてましたね。これをリファレンスに、とりあえず1曲仕上げてみようと。

――ある意味「シゴトップス」は習作であって、ポップスとハード・バップの融合が具体化し始めたのが「実意の行進」以降の楽曲ということ?

松木:完全にそうですね。

“ポップス meets ハード・バップ”を軸に、さらなる先を魅せた新作EP

松木美定『ルミネッセンスで貫いて』

――新作EPの表題曲「ルミネッセンスで貫いて」は、まさにそのポップスmeetsハード・バップ路線を踏襲しつつ、ミュージカル音楽的な展開に松木さんの新境地を感じました。この曲はどのようにして生まれたのでしょうか?

松木:今回のEPを作るに当たって、その目玉になるような曲がなかなか作れないなーと思っていた時期に、『宝石の国』というアニメを観たんです。『宝石の国』は少女漫画を原作とするCGアニメで、背景から何からとにかくキラキラしていて。それを観た時に、コロナ禍の気分が落ち込むような時だからこそ、自分は輝かしくてロマンチックな曲を作りたいなと思ったんです。そこでまず宝石の本を買って、その本を見ながらアートワークを作り始めました。で、そのアートワークを眺めながらメロディを考えつつ、今回はちょっとクサいくらいにロマンチックな言葉をタイトルにしたいなと。そこで宝石が放つ光の効果とかを調べていく中で「ルミネッセンス」という言葉を発見して、これはいいなと思ったんです。

――アートワークに描かれたキャラクターは、どういうイメージから生まれたんですか。

松木:「ルミネッセンス」にはいろんな種類があって、例えば蛍やクラゲが自ら光ることを「バイオルミネッセンス」というらしいんですね。それを知った時、それならクラゲと宝石を融合させた新しい人種を書いてみようと。そういうイメージから生まれたアートワークですね。

――2曲目「甘い雨の舞踏」ではハープシコードが大々的に鳴っていて、ブラジル音楽っぽいリズムはそれこそLampに通じるものを感じます。

松木:今作を作るに当たって、これまでの作曲ノートを一通り振り返ってみたら、1冊目に書いたノートの最初のほうにこの曲を見つけたんです。つまりこれは2013年頃に作った曲なんですけど、今の自分からするとすごく新鮮というか、当時だからこそ書けた曲だと感じたので、自己紹介としてこういう曲を入れるのもいいかなと。もともとはスウィングだったものをボサノヴァみたいなリズムに変えて、そこから歌詞を当てはめていきました。

――作詞でいつも苦労するとツイッターにも書かれていましたね。リリックにおいてはどのようなことを心掛けていますか。

松木:これは今まで作ってきた曲すべてに言えることなんですけど、基本的に僕の歌詞はすべて自分に向けて書いたものなんです。で、それが聴いてくれた人への励ましにもなってくれたらいいなって。「甘い雨の舞踏」もそうですね。というのも、このコロナ禍をずっと1人で過ごしていたら、ちょっと体調を崩してしまいまして。僕自身は1人時間がすごく好きなんですけど。あまり塞ぎ込んでもよくないんだなと身をもって実感したので、それをそのまま歌詞にしてみました(笑)。

――松木さんにとって楽曲制作は、セルフケアみたいな側面もあるということ?

松木:ええ、まさにそうだと思います。

――3曲目「湖畔の舟」も、松木さんらしいエレガントなポップ・ソングですね。

松木:2019年頃に「習作シリーズ」としてサウンドクラウドに曲をアップロードしていた時期があって、「湖畔の舟」はその頃に書いた曲ですね。当時の僕はギターを練習していたのもあって、試しにギターでメロディを作ってみようと。やっぱりトランペットやピアノで作ってると、つい手癖みたいなものが出ちゃうので、そこから脱却しようと思って作った曲ですね。いざやってみたら難しかったし、自分としては実験的な取り組みだったんですけど、意外といいメロディが作れたなと思ってます。

――これほど緻密なバンド・アンサンブルをすべてDTMで作っているというのも、松木美定という作家のすごさだと思います。実際のところ、松木さんはDTMという手法とどう向き合っていますか? つまり、バンド・サウンドを1人で再現するためのツールと捉えているのか、それともバンド以上の可能性をDTMに見出しているのか、ぜひ知りたいです。

松木:DTMはバンドを一緒にやる人がいなかったから始めたんですけど、勉強していくにつれて、すべてを自分の手でコントロールできることがどんどん楽しくなってきたし、聴いてくれた人に「これはバンドが演奏してるんでしょ?」と思わせたい気持ちもあって。でも、その一方でいつかはバンドを組みたいという気持ちもあって。それこそ僕1人からは生まれないアイデアや意見も欲しいという思いもありますし。今作っているデモのどれかで、誰かにギターやドラムをお願いしたいなとも思ってるので、そこは狭間ですね。バンドとDTM、どちらにも同じくらいの魅力があると思ってます。

――ヴォーカリストとしてはいかがですか? 松木さんの書く楽曲はどれもメロディの音域が広いので、ご自身に求める歌唱力のレヴェルも自ずと高くなるのではないかなと。

松木:そこは本当にいつも苦労してて、それこそ曲を作る時は「今回こそ身の丈に合う曲にしょう」と思うんですけど、いざメロディができあがると、毎回あんな感じなんですよね(苦笑)。歌のトレーニングをしたこともないので、そこに関しては限界を感じることもありつつ、楽曲に合う声やニュアンスを探しながらいつも歌ってます。

――他の歌い手に楽曲提供することへの関心はありますか? 松木:いつかやってみたいですね。自分の書いた曲を誰かに歌ってもらいたいという気持ちは当然あるし、もちろんこれから先も自分の声で歌っていきたいなと思ってます。まだ先のことはわからないですけど、総合的に音楽をプロデュースしていけたらいいですね。

松木美定
1993年生まれ。静岡県出身。20歳からピアノと作曲を独学で始め、HORACE SILVER等の楽曲を研究、模倣し、ハードバップスタイルの楽曲を趣味で書くようになる。2018年春頃、周りから薦められた素晴らしい邦楽を聴きその魅力に気付き自分でも作りたいと思うようになり、2018年11月末にトラックメイカーの友人の影響でDTMをはじめる、と同時に松木美定としてアーティスト活動をスタートさせる。2019年1月に初のPOPS曲『シゴトップス』をサウンドクラウドに投稿。楽曲はLOGIC PRO Xを使いすべて自分で打ち込み、演奏し、歌唱している。さらに、アートワークも全て自身で描く、マルチクリエイター。2020年は2月、11月、そして、12月にデジタル限定シングルをリリースし、精力的に活動。 2021年8月31日に3曲入りEP「ルミネッセンスで貫いて」 をデジタルリリース。
Twitter:@matsukibitei

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アーティスト・小林うてなが語る、絵本とともにリリースした新作アルバムの制作背景と創作への想い https://tokion.jp/2021/05/26/utena-kobayashi/ Wed, 26 May 2021 06:00:28 +0000 https://tokion.jp/?p=34483 アーティスト・小林うてなが新作アルバム『6roads』をリリース。なぜ今作は絵本と共にリリースされることになったのか。仏教に由来するタイトルが意味するものとは――。同作の制作背景やそこに込められた想い、そしてクリエイティビティの源泉や哲学について、尋ねた。

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類稀な表現力でさまざまなアーティストやプロジェクトを支えるスティールパン奏者であり、レーベル「BINDIVIDUAL」も主宰する音楽家、小林うてな。近年はBlack BoboiやMIDI Provocateurといったエレクトロニカ・ユニットも牽引する彼女が、このたび約5年ぶりにソロ・アルバムを完成させた。“人生賛歌”をテーマに掲げた本作『6 roads』は、アルバムに先駆けてリリースされたEP3作と併せて、1つの物語を紡ぎ出すコンセプト・アルバム。さらにCDのパッケージにはその物語を可視化した絵本も同封されるという大作となった。この『6 roads』という作品が生まれた背景、そして小林うてなというアーティストの突出した才能に触れるべく、早速本人に話を聞いた。

絵本と一緒にリリースした理由とタイトルに込めた想い

――絵本を読んだことで、今回のコンセプトがようやく理解できました。先行リリースされたEP3作の謎が、ようやく解けたというか。

小林:ああ、それはめちゃくちゃ嬉しい感想ですね。まさに今仰ってくれた「謎解き」が今回やりたかったことなので。

――謎解きがやりたかったというのは?

小林:今回のアルバムを作るまで、私は自分の音源をどうやってリリースしたらいいのか、ずっと決めかねてたんです。それこそ今はストリーミングの時代ですけど、私はデジタル音源をただ流すだけでは納得できないし、あくまでも「作品」を出すことが大切だと思ってて。で、そんな時にふと『ONE PIECE』という漫画を読んで、これだと思ったんです。要は物語の伏線を張っておいて、あとから回収するってことですね。それは音楽だけではできないけど、そこに絵や言葉をつけて、音楽と物語がより密接になれたら、それが自分の作品になるんじゃないかって。そういう発想から、今回はこうして絵本と一緒に出すことにしたんです。

――今作の物語はどのようにして生まれたのでしょうか? どうやら『6roads』というタイトルは、仏教における「六道輪廻」に由来しているようですね。

小林:そうですね。そこで重要なのが、今回のアルバムは7曲収録されてるってことなんです。というのも、要は六道輪廻って「来世のために今を良く生きよう」みたいなことだと思うんですけど、私自身は「それよりも現世を謳歌した方が良くない?」みたいな気持ちの方が強くて(笑)。六道輪廻から「より良い生き方を目指す」という意思を受け取りつつ、私はその意思を来世ではなく、現世で叶えたいんです。なので、六道輪廻における解脱後の7つ目の世界が極楽浄土なら、このアルバムでの7つ目の世界は「今」だと。そう捉えたのが『6roads』ですね。

――今の話にも通じるメッセージが、絵本の最後にも載っていましたね。

小林:あのメッセージには自戒の念も込めてあるんです。なんていうか、人ってつい「上を目指す」みたいな思考になりがちじゃないですか。それこそ子供の頃になんの疑問も持たずに取り組んできたコンクールとかテストってそういうものだし、もしかすると人はそういう構造から逃れられないのかもしれない。でも、私はそれよりも知識を増やしたり、隣人のことをちゃんと理解すること、お互いがじわーっと滲み合うようにして「円」を広げていくことの方が大切だと思うんです。

――うてなさんのそうした人生観、あるいは死生観はどのようにして育まれたんですか?

小林:どうなんだろう……。もしかすると私は死とまだ向き合えてないのかもしれない。例えば、私はおじいちゃんが亡くなった時、サポートの現場があるという理由でお葬式に行かなかったんです。お盆に線香をあげに行ったりもしないし、「(亡くなった祖父のことを)自分がいつでも思い出せるなら、それでよくない?」みたいに思っちゃうタイプというか。ただ、怖さは感じてるかな。それこそ小さい頃にタロット占いとかを私がやると、必ず死にまつわることが書いてあって。「なんで私の人生はそんなに死と関係あるの?」みたいなことはずっと思ってました。でも、私自身は「死」よりも「生」に対する意識の方が強いんじゃないかな。

――それこそ今作も「生」を描いた物語ですよね。

小林:そうですね。私はこれまで「希望のある受難・笑いながら泣く」というテーマを掲げてきたんですけど、要はそれって自分への応援歌みたいなものだったんです。「小林、明日もがんばって生きようぜ」と自分に言い聞かせてるような感覚というか、私のソロ活動にはそういう自己治癒的なところがちょっとあって。でも、それも今回の4作品を通して一段落ついたのかも。今回は物語が先にあって、それと向き合いながら動いていたので、それこそ自己治癒的な部分はまったくないし、本当に音楽を作ったなという感じがしてます。

新作の制作背景とクリエイションの哲学

CD版『6 roads』アルバムアートワーク

――今作はうてなさんがほぼすべての演奏/作曲を1人で手掛けているのと同時に、デザイナーのsemimarrowさんによるヴィジュアルも大きな要素を占めています。音楽家以外のアーティストとコラボレートするということも、うてなさんが今やりたかったことなのでしょうか?

小林:そうですね。やっぱり誰かと一緒に何かを作るのって楽しいし、もしかすると私には学祭とかを楽しめなかった青春時代を、今でも引きずってるところがあるのかもしれない(笑)。実際、私は1つの目標に向かってみんなであーだこーだ言いながら本番を迎えるイベントがけっこう好きだし、それこそ楽器に関してはけっこうスポ根的なところがあるんです。「もっと練習しようぜ!」みたいな(笑)。ソロについては今まで気難しく考えがちだったんですけど、やっぱり楽しんでやるのが一番だなーと今は思ってますね。

――今回の絵本は2020年から物語が始まります。ここには昨今の社会情勢に影響されたところもあったのでしょうか?

小林:コロナの影響を受けたのは、EP「Fenghuang」の1曲目「fai」だけですね。今回の物語には自分の体験も混ざってるし、2020年を始まりにはしましたけど、あくまでもこれは人が生まれてから死ぬまでのお話なので、その時間軸に関しては、そんなに厳しく設定してないです。でも、社会かぁ…。もしかするとオンラインゲームをやってる時は社会を感じてたかもしれない。ゲームを通じて会ったこともない人と友達になれたのは大きかったですね。

Utena Kobayashi – fai

――そう言われると、今作の物語ってちょっとRPGっぽいですよね。個人的には『ファイナルファンタジー』とかも連想しました。

小林:へえ! 私はRPGってぜんぜんやらないんですけど、そう思ってもらえたのは嬉しいですね。『ゼルダの伝説』っぽいと言ってくれた人もいたし。

――物語の登場人物はどのようにして生まれたのでしょうか? 特に「少女」というキャラクターには、うてなさん自身の視点や考え方が反映されているのかなと思ったのですが。

小林:あ、バレちゃいました? まさにあの「少女」は自分の化身なんですけど、本当は「少女」とも言いたくなくて。英訳するにあたって主語を示さないといけなかったので、今回は「少女」という設定にしてみたんですが、やっぱり読んだ人にはわかっちゃうのかな。

――うてなさんの作る曲は、歌詞が造語ですよね。作品のストーリー性を歌詞で補完しようとは思わないのでしょうか?

小林:私はシンプルに、声を声として使ってるんです。確かにポップスの歌って歌詞を伝えるものだと思うんですけど、私は言葉を伝えたいならポエムにすればいいと思う方なので、そこは分離してるんですよね。

――ポップスはあまり聴かない?

小林:小学生から高校生までの頃はCDの貸し借りとかで普通にポップスを聴いてましたし、MTVとかもよく観てました。大学で音楽を学ぶようになってからは、メタルとプログレと宗教/民族音楽が好きになって。そのあとにノイズがハマって「メロディっていらなくね?」みたいな感覚に向かっちゃって、このままでは危ないと(笑)。そこから戻ってきて、今にいたるって感じですね。

――最近はいかがですか? うてなさんは音楽をあまり聴かないという話も伺ったのですが。

小林:家にいる時は、ほぼ無音ですね。というのも、音楽って情報量がすごく多いじゃないですか。この前も家で麻雀やってたら、ある友人が「ねえ、音楽でもかけない?」と言ってきて、それがすごい衝撃だったんです(笑)。私はそういう時に音楽がかかると、そっちが気になって集中できなくなっちゃうんですよね。なので、本当に好きなのは自然音かな。風の音とかが一番いいですね。

――では、どういう音楽が好きかと聞かれたら?

小林:身体で感じる音楽が好きなんだと思います。EDMとかもすごく好きですね。スクリレックスとかも流行からかなり遅れて知ったんですけど、ああいう音楽を聴いてて自分が思ったのは、「EDMって古代の音楽みたいだな」ってことなんです。それこそ火を囲んでみんなで踊るような、チョー原始的な音楽がエレクトロによってブーストされて、何万人も一気に踊らせる音楽になったんだなって。

――『6roads』も身体に直接訴えるようなビートが随所で鳴ってますね。

小林:そうですね。とはいえ、あくまでも今作は物語に即して作ったので、そうではない曲も必要だったんです。

――実際、キックが一度も鳴らない曲もありますね。

小林:そうなんです。それって今まで考えもしなかったことで、それこそキックとベースは普通に鳴らすものだと思ってたので、今作ではそういう意識を取り払うことが大事だったのかもしれない。

――そこで何か制作のヒントになったものはありますか?

小林:アルバムを作ってる時に聴いてたピアノ・コンチェルトは、ちょっとヒントになったかも。それこそ「キックがなくても全然いいじゃん」と思えたのは、そのおかげですね。あとクラシックって、50人が一気に音を鳴らしていたかと思いきや、いきなりソリストひとりになったり、当たり前のようにミニマムとマキシマムを行き来するじゃないですか。それって音楽としてはすごく原始的なんだけど、エレクトロとかバンドで音楽を作ってると、常にある程度の聴感を保たなければいけない、みたいな考えに陥りがちなんですよね。でも、本来は音楽ってそういうものじゃないし、もっと自分の好きにやればいいんだなって。

「原始的なエネルギー」の強さ、次に見据えていること

Utena Kobayashi – GONIA SE IIMIIX
Utena Kobayashi – Mt.Teng-Tau

――こうしてお話を聞いてると、うてなさんは原始的な感覚を何よりも大切にしているようですね。

小林:確かにそうだと思う。でも、なんでなんだろう? 私、原始人なのかな(笑)。

――『6roads』を聴いてると、シャーマニックなイメージも湧いてきます。

小林:なるほど。シャーマニズムは確かに興味ありますし、宗教性とか民族性は大事だと思ってます。そこに関しては父親にもずっと言われてて、父は私のライヴにきた時も「よかったけど宗教性が足りない」みたいな感想を残していったり(笑)。

――お父さんの感想を、うてなさんはどう受け止めたんですか?

小林:うーん。宗教性というのは人がそれを信じたいってことだから、つまり父は説得力が足りないと言いたかったのかな。でも、私は別に宗教的、民族的な音を出そうと意識してるわけじゃないので。

――音楽を作る時、うてなさんは主にどんなことを意識してるんですか?

小林:やっぱり音像のことを気にしてますね。立体的な空間を作りたいという意識は常にあります。聴いた瞬間にその場の景色が変わるじゃないけど、VRみたいな音像を作りたいと思ってますね。それこそヘッドフォンで聴く音楽って、私はデジタルアートだと思ってて。

――なるほど。では、ライヴについてはいかがですか?

小林:ライヴはまた別モノで、それこそ我々のようにDTMで音楽を作ってる人間からすると、ライヴって本当に難しいんですよね。プレイヤーとして他のアーティストをサポートする時は、シンプルに楽器をきちんと演奏すればいいと思ってるんですけど、ソロのライヴはまだまだ課題が多くて。それこそギターとPCでは演奏する時の熱量って全然違うから、そこをどうにかしたいんですよね。それで最近、また新しい楽器を始めたりしたんですけど。

――なんの楽器を始めたんですか?

小林:アイリッシュ・ハープです。やっぱり楽器を演奏する時のエネルギーは普遍だと思うし、それこそPCで音楽を作るのとはまったく違うんですよね。改めて楽器としっかり向き合いたかったので、勢いで買いました。

Utena Kobayashi – Silver Garden Recital

――それもまた原始的なエネルギーを求めたということなのでしょうか?

小林:結局そうなんだと思います。そういう力の強さを知っちゃってるから、そこから逃げちゃダメだなと。

――今後、うてなさんはどんな音楽を作ろうと思ってますか?

小林:次はコンチェルトを作ってみたいですね。スティールパンのコンチェルトとか。ただ、その前にもっと世界を知りたいなと思ってます。音楽以外のことにあまり興味を示さないままここまできちゃった反動もあって、今は日常的に生きていて気になったことはどんどん調べるようにしてて。知らずに損してきたこともたくさんあると思うし、まずは己を豊かにしないと何も生めないと思うので、そういう時間が必要だなと思ってます。

――現在はどんなことに興味がありますか?

小林:今は……物理かな。少し前に友達4人でいた時「二重スリット実験」の話になったんですけど、私以外はみんな「おもしろーい!」みたいな感じで、私だけ全然意味がわかんなかったんですよ(笑)。物理って本当に頭がよくないと理解できなさそうだけど、それって日常に潜んでるものでもあるわけだから、やっぱり知りたいですよね。今は友達とお茶を飲みながら、そういう話をしたいかな。

小林うてな
⻑野県原村出身。東京都在住。コンポーザーとして、劇伴・広告音楽・リミックスを制作。アーティストのライブサポートやレコーディングに、スティールパン奏者として参加。ソロ活動では「希望のある受難・笑いながら泣く」をテーマに楽曲を制作している。2018年6月、音楽コミュニティレーベル「BINDIVIDUAL」立ち上げ。同時にermhoi、Julia Shortreedと共にBlack Boboi結成。2019年6月、Diana Chiakiと共にMIDI Provocateur始動。ライブサポートでD.A.N. 、KID FRESINO (BAND SET)に参加、蓮沼執太フィル所属。
https://utenakobayashi.com/
Instagram:@utenakobayashi
Twitter:@utenakobayashi

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テイ・トウワが語る、ハードコアなレコード偏愛とその結実たる新作のこと https://tokion.jp/2021/03/30/towa-teis-hardcore-love-for-records/ Tue, 30 Mar 2021 06:00:10 +0000 https://tokion.jp/?p=25926 NYの地でディー・ライトのメンバーとしてキャリアをスタートさせて以来、30年以上にわたりシーンの第一線で活動を続けるテイ・トウワ。そのハードコアなレコード至上主義に貫かれた新作アルバム『LP』の制作背景を尋ねた。

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音楽活動30周年を迎えたテイ・トウワが、記念すべき通算10作目のスタジオ・アルバムを発表した。タイトルは『LP』。いうまでもなく、LPとは直径12インチのアナログ盤のことであり、それはテイ・トウワという音楽家のキャリアを象徴するメディアでもある。2020年はいつにも増してレコードを買い漁り、その偏愛ぶりをみずから再確認したというテイ・トウワ。今回はそんな彼に最新作『LP』のこと、そしてアナログ・レコードに注ぐ過剰なまでの愛情を語ってもらった。

レコードを聴き、レコードを作ることが僕の仕事

——『LP』の制作は2019年から始まっていたそうですね。

テイ・トウワ(以下、テイ):ええ。当初の予定では2020年前半にこのアルバムを出して、あとは別の仕事に集中するつもりだったんです。並行してサウンドトラックを作ることも決まってたし、2020年はスケジュール的にもけっこう無理しなきゃいけない感じだったんですけど、それが昨年2月以降はいろんなことができなくなっちゃって。結果的にはじっくり取り組めたんですけど、かといって時間をかけすぎるのもよくないので、『LP』とサントラの制作は2020年のうちに終わらせようと思ってました。

——DJなどの活動にも制約がかかる中、制作に没頭した1年だったと。

テイ:自分が持っているファンクションの中でいま機能できることは、作ることしかなかったんです。要は早い段階で諦めたんですよね。2020年に起きたことは、言ってしまえば産業革命みたいなことだから、今からこれを元に戻そうという考え方は違うのかもしれないなと。それで僕はDJ休止ということにしたんですけど、もしこれが毎週末にレギュラーでやってた頃だったら、かなりキツかったと思う。だから、いつか元に戻ると信じて粘り強く頑張ってる人の気持ちはよくわかりますし、やっぱりクラブに行けないのは残念ですよね。普段はヘッドフォンでしか爆音で聴けない人達にとって、身体が震えるくらいの爆音で音楽が聴ける環境というのはやっぱり貴重だし、それが日常からもぎ取られてしまったのは、本当に辛いと思う。そういう点でいくと、僕はまだよかったというか。

——というのは?

テイ:クラブほどの爆音ではないにせよ、自分にはそれなりに大きな音でレコードを聴ける環境があるし、正々堂々とそれが仕事だと言えますからね。レコードを聴き、レコードを作ることが僕の仕事。それに、こうして取材を受けてると「コロナの影響はありましたか?」と聞かれるんですけど、そもそもコロナだろうとなんだろうと、人生において自分に関係ないことなんて何もないんですよ。僕は自分の身体で濾過したものをアウトプットしているだけなので、もちろん制作にコロナの影響はありました。ただ、この『LP』自体に影響があるかというと、はっきり言ってないですね。

新作はすべてDJやレコードにちなんだ曲でできている

——アルバム最後の曲「NOMADOLOGIE」についてはいかがですか? タイトルもさることながら、哀愁を帯びたアンビエントにコロナ禍の2020年を感じました。

テイ:このタイトルは実体験に寄せてますね。というのも、昨年の非常事態宣言が出ていた時期に、タクシーで六本木から西麻布を移動したことがありまして。いつもにぎわっていた街には人が全然いないし、どこの店にもテイクアウトの張り紙があって、これはちょっと見たことがない光景だなと。それから東京の部屋に戻ってすぐにシンセで作ったのが、あの曲なんです。当初は別の曲をアルバムのエンディングにする予定だったんですけど、こういう曲も2020年らしくていいかなと思って、最後の段階で差し替えました。なんというか、これが2020年のテイ・トウワの心象風景だったのかなと。

——「NOMADOLOGIE」には、Natural Calamityの森俊二さんがギター、METAFIVEでもテイさんと活動を共にするゴンドウトモヒコさんがフリューゲル・ホーンで参加しています。

テイ:この曲はゴンさま森さまとのトリオで作ったんです。それもほぼ即興に近い感じなんですけど、2人とも僕がイメージしていた音を素早く返してくれて、ちょっと他にない曲になりましたね。

——冒頭からビートの効いたアップリフティングな曲が続いて、最後に「NOMADOLOGIE」が流れてきたときはハッとしました。

テイ:オフィシャル・インタビューをしていただいた小野島大さん曰く、いわゆるクラブ系のアーティストが2020年にリリースした作品はアンビエントが多かったらしいですね。僕もその気持ちはよくわかりますし、ちょっとしたシンクロニシティも感じました。とはいえ、ビートのない音楽自体は過去にも出してますからね。『FUTURE LISNING!』(1994年リリースのデビュー作)の 「Raga Musgo」もそうだし、カセット2台で多重録音を始めた16歳の頃なんて、そもそもアンビエントかミニマルしかできなかったので。

——確かに。

テイ:ただ、基本的に僕はDJとして社会に出て以来、ずっとリピート・ミュージックを作ってきた人間ですから。アンビエントで1枚作ろうという気持ちはまったくなかったし、基本的に今回はどれもDJやレコードにちなんだ曲なんです。たとえば「RINGWEAR」なんかはそのままで、要は加齢したレコード・ジャケットのことですね。僕はリングウェアの付いてるレコード・ジャケットが好きなんですよ。あとはそれこそ「NOMADOLOGIE」もそう。今頃みんな家でレコード聴いてるんだろうなぁと。

——4曲目「MAGIC」の歌詞には“My Yellow Magic”という言葉もありますね。

テイ:僕が初めて買ったLPはYMOの『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』だったんです。僕にとってはそれが音楽を好きになるきっかけだったし、そのLPが透明なイエロー・ヴァイナルだったこともふと思い出して、これは歌詞に使いたいなと。

TOWA TEI WITH HANA – MAGIC

ハードコアなレコード教徒として“満点”のアルバムが作れた

——制作が始まった時点で、アルバム・タイトルも決めていたんですか?

テイ:いや、そんなことはなくて。『LUCKY』から今作にかけて、タイトルの文字数がひとつずつ減ってきていることにふと気付いたので、だったら今回は2文字だなと(笑)。それで当初はフォルダ名に仮で「TT10」と書いてたので、今回のタイトルは「10」でもいいかなと思ってたんですよ。それこそ僕はデジタルで音楽を作ってますし、「All or Nothing」みたいな感じでいいかなと。

——なぜそれを『LP』に変えたのでしょうか?

テイ:なんていうか、ここにきてレコードへの偏愛がますます密になった気がしたんですよね。誰かと会食することもなく、ずっとステイホームで過ごしていてるうちに、おのずとレコードを買ったり聴いたりする時間が増えていって、気付いたら自分の愛情がすべてレコードに向かっていたんです。

——テイさんのお話を聞いてると、アナログ・レコードへのフェティッシュな愛情を感じます。

テイ:確かにこれは性癖みたいなものだと思う。たまにはデータで買ったりもしますけど、やっぱりアナログがあるとそっちに手が伸びちゃうんです。多分それはDeee-Liteの頃から変わってないんじゃないかな。それこそ当時はジャケットのデザインもLP用が先だったし、LPはキャンバスとしてもいいんですよね。なんていうか、もはや僕はレコード教徒なんですよ(笑)。便利なCDやMP3に洗脳されてた時期もありつつ、『LUCKY』あたりでまた本来の自分に戻って、晴れてまた僕はハードコアなレコード教に入信したんです。

——(笑)。レコードへの偏愛が詰め込まれた作品として、今作は『LUCKY』以降の到達点だと感じました。

テイ:僕もここでチャプターが1つ区切られたような気がしてます。草間彌生先生にデザインしていただいた『LUCKY』のLPは僕の家宝ですし、それ以降のジャケットをお願いしてる五木田智央くんも、アナログ一辺倒な人ですからね。というか、いま思うと僕をレコード教に再入会させたのは五木田くんだったのかもしれない(笑)。レコードを聴いてる時間は他のことなんて何も考えなくていいし、特に今回の『LP』はヴィジュアルも含め、レコードとして満点に近いものが作れたと思う。これを聴いている40分間くらいは、みんなにもコロナのことを忘れてもらいたいですね。

テイ・トウワ
1990年にDeee-Liteのメンバーとして、アルバム『World Clique』で全米デビュー。現在、10枚のソロ・アルバム、3枚のSweet Robots Against the Machine 名義、METAFIVEのファースト・アルバム等がある。その他に、2013年9月から現在に到るまで、東京・青山にあるINTERSECT BY LEXUS -TOKYOの店内音楽監修。2020年に音楽活動30周年を迎えた。2021年3月に10枚目のオリジナル・ソロ・アルバム『LP』をリリース。
http://www.towatei.com
Twitter: @towatei

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NY在住アーティストのミホ・ハトリが、日本アニメとグリッサンの思想に惹かれた理由 https://tokion.jp/2021/03/24/miho-hatori-captivated-by-japanese-anime/ Wed, 24 Mar 2021 01:00:50 +0000 https://tokion.jp/?p=24293 自分は常に“between”であり続けてきた——。ニューヨーク在住のアーティスト、ミホ・ハトリが語る新作ソロ・アルバムの背景と、アーティストとしての立脚点。

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ニューヨークでロックダウンが開始された2020年3月、元チボ・マットのヴォーカルとしても知られるミホ・ハトリはニューヨークの自宅にこもり、日本アニメの観賞にひたすら没頭していた。そこでアニメの中に日本人的な発想を見出したハトリは、ソロ・アルバムの制作に着手。そして『Between Isekai and Slice of Life ( ~異世界と日常の間に~) 』というアルバムを完成させた。本人曰く、今作はアニメにおける “異世界系(=パラレル・ユニバース)”と “日常系(=スライス・オブ・ライフ )”という2ジャンルにインスパイアされたキュレーション・アルバムだという。二極化した世界の間にあるどこかにアイデンティティを見出すこと。そんなテーマを掲げた本作について、ニューヨーク在住のミホ・ハトリにZOOMで話を聞いた。

日本のアニメに見出した、日本人的アイデンティティとは

——今回のアルバムを作るにあたって、ハトリさんはどんなアニメからインスピレーションを得たのですか?

ミホ・ハトリ(以下、ハトリ):元をたどると、私は小さい頃からジブリ作品の影響をものすごく受けていて、それこそ『風の谷のナウシカ』から始まった人間なんですね。あと、いわゆるオタク・カルチャーにも興味があって、ニューヨークでも友人とオタク研究会を開いてたことがあったり(笑)。

——そこではどんな研究を?

ハトリ:主に美術を通して見るオタク・カルチャーですね。なぜそれを始めたかというと、きっかけはニューヨークのジャパン・ソサエティで開催された、村上隆の『リトルボーイ』展だったんです。あのショーを観に行ってから、アニメの見方がガラッと変わっちゃって。

——どう変わったんでしょう?

ハトリ:なんていうか、アニメから日本人のアイデンティティを見出すような楽しみ方を見つけたんです。そもそも私はそういうことに興味があるから音楽をやってきたところもあるんですけど、アニメにはそんな日本人のアイデンティティが詰まってるように感じたんですよね。それ以来、アニメがただ観るものではなくなったというか。

——ハトリさんは日本のアニメに何を見出したんですか?

ハトリ:私はアニメを通じて今の日本人について勉強してるんだと思う。それは言葉遣いや恋愛観、善悪の在り方なんかもそうだし、絵柄やキャラクター・デザインも、最近のアニメは90年代や2000年代とは全く違いますよね。さすがにアニメばかりだと偏っちゃうから、もちろん流行ってる音楽なんかもチェックしてますけど、そういうオタク的な視点でアニメを見ていくと、今の日本人の感覚が学べるんじゃないかなって。

——では、最近の日本アニメにハトリさんはどんな変化を感じているのでしょうか?

ハトリ:フェミニンな男性や同性愛を描いた話もあるし、とにかく多様化してますよね。あと、そもそも私が今またアニメにハマったきっかけは『鬼滅の刃』なんですよ。同級生のインスタグラムを見てたら、どうやら日本のキッズは今このアニメに夢中らしいぞと。それで実際に観てみたら、もうガツンとやられちゃって。

——『鬼滅の刃』のどんなところにガツンときたんですか?

ハトリ:ストーリーと、それに共鳴しているキッズ達の感性ですね。今の子ども達が見ている世の中は、私達が見てきたものとは全く違うじゃないですか。とにかく情報量が多いし、この複雑な現実を子ども達もよく理解してる。そんな子ども達が、鬼になってしまった禰豆子や、どんなことがあっても諦めない炭治郎の優しさ、彼らのチームワークに共鳴してるのって、ものすごくモダンな感受性だと思うし、そこには希望があると思ったんです。

「日常」と「異世界」の間にあること。「クレオール」であること。

MIHO HATORI – “Between Isekai and Slice of Life ( 〜異世界と日常の間に〜)”

——今回の“Between Isekai and Slice of Life”というアルバム・タイトルは、そんなアニメの2ジャンルに由来しているそうですね。「日常」が「Slice of Life」と英訳されることにも驚きました。

ハトリ:すごくおもしろい言葉ですよね。英語ならではのセンスというか。

——ハトリさんはどんな発想から、今作の「異世界と日常の間に」というコンセプトにたどり着いたのでしょう?

ハトリ:私達は、例えば善悪とか男女とか、そういう二元化したシステムの中で生きてますよね。でも、実際の世の中はそんなに単純じゃないし、私自身も今まで生きてきて「それでいいのかな?」と思う時がよくあって。で、そんな私にインスピレーションを与えてくれたのが、詩人で思想家のエドゥアール・グリッサンだったんです。

——グリッサンはカリブ海フランス領マルティニーク島出身の思想家ですね。

ハトリ:カリブ海地域には奴隷制度や植民地化という暗い歴史があるんですけど、グリッサンがそこで「クレオール」という言葉を見出したことに、私はとても感動したんです。「クレオール」というのは、“どちらでもない”という立場に自分を置くこと。それってすごくマチュアな(成熟した)考え方だし、私が音楽でやるべきこともそれだと思ったんです。つまり、生き様や信念を音楽で伝えること。そこに自分のアイデンティティがあるんじゃないかと思って、このアルバムを作ることにしたんです。

新作は常に“between”であり続けてきた自分にとっての集大成的作品

——今作からは音楽的にもカリブの影響を感じました。

ハトリ:ニューヨークに住んでると、カリビアンのビートってすごく身近なんですよ。この辺りにはキューバやプエルトリコ出身の人がたくさんいるし、「Formula X」のMVを撮ってくれた映像作家のウッズ君もハイチ系ですから、やっぱり周りにいる人達の影響は大きいですよね。それに、きっと日本人もカリブから学べることがあるんじゃないかな。

Miho Hatori – Formula X

——どういうことですか?

ハトリ:日本は明治維新以降、ずっと西洋に追いつけ追い越せという思想で歴史を動かしてきたでしょ? ここら辺でそのコンテクストから自由になって、改めて自分達の立ち位置を考えてもいい時期なんじゃないかなって。要は日本人独自の考え方や感覚をもっと世界に出していいと思うんです。で、多分そこで今一番頑張ってるのがアニメだと思うんですよね。

——なるほど。

ハトリ:私は日本で生まれて日本で育ったけど、自分はずっと“between”だと感じてきた。だから、私にとってニューヨークが住みやすい場所なのは理に適ってるんです。だって、ここは“between”な人ばかりが集まってくる場所ですから。でも、実際は日本にも自分が“between”だと感じてる人はたくさんいる。私はその兆候を日本アニメの中に見てるんです。私には故郷への愛があるから、日本にはそういう“between”を受け入れられる国になってほしいんですよね。

——AIと思しき女性とのやりとりを描いた「Tokyo Story」も、日本のアニメをモチーフにした曲なんですか?

Miho Hatori – Tokyo Story

ハトリ:「Tokyo Story」は、未来の落語みたいな曲ですね。同時にこれは小津安二郎『東京物語』の100年後を描こうとした曲でもあって、当初は「Tokyo Story 2053」という副題をつけてたんです。昭和の雰囲気を完璧にキャプチャーした『東京物語』の未来予想を歌にしてみよう——そういうアイデアから生まれた曲ですね。あと、この歌詞は友人から聞いた話が元になってるんです。ある日、友人のお母さんがデパートの受付嬢に道を尋ねて、そこでしばらく彼女と会話をしたんだけど、あとになって、その受付嬢はAIだったことがわかったんです。今となっては笑い話だけど、友人のお母さんは相手がAIだと気付かなかったことに、とてもショックを受けてしまったみたいで。その話を聞いた時、これは歌にしなきゃと思ったんです。

——昨今は“between”なポップ・ミュージックが次々と生まれているようにも感じます。それこそ特定のジャンルには括れない音楽が増えているというか。

ハトリ:おもしろいよね。今の若い子達は好きな音楽もバラバラだし、ロックしか聴かないような子とかも全然いない。それはすごくいいことだと思うし、それこそ私の身近にいる若い友人達はみんな「“between”なんて当たり前じゃん」みたいな感じなんです。それは社会との関係性においても言えることで、ジェネレーションZの子達は社会がすぐに変化してくれないってことを、よくわかってるんですよね。しかも、彼らはそこでシニカルにならず、社会と自分のバランスをうまく取りながら大人になろうとしてる。私がこのアルバムで伝えたかったのも、そういうことなんです。この社会とうまく付き合いながら“between”で生きていこう、という提案ですね。

——今作に限らず、ハトリさんはこれまでの作品でも“between”を表現してきたようにも感じます。

ハトリ:うん。私は今作のマスタリングが終わった時、「このアルバムは今までの結論だ」と思ったんです。自分と音楽の関係性をずっと探してきたんですけど、それが今回ようやく見つかった気がするし、このアルバムはこれからの自分をきっと導いてくれる。そういう記念すべきアルバムになったと思います。

ハトリミホ
ニューヨーク在住のアーティスト、シンガーソングライター、プロデューサー。90年代半ばに本田ゆかとのユニット、チボ・マットとしてワーナー・ブラザーズ・レコードと契約しプロの音楽家としてのキャリアをスタート。デビュー以来、さまざまなジャンルのアーティスト、クリエイターとのコラボレーションを行い、ビースティ・ボーイズ、ゴリラズ、ジョン・ゾーンなどのアルバムにもフィーチャーされている。チボ・マット後は、アイデンティティの問題に関連したさまざまなコンセプトのプロジェクトを、音楽業界の枠を超えて、よりマルチメディアなフォーマットへと展開している。
https://mihohatori.com/
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ひずみながらも美しく響く轟音 羊文学『POWERS』が持つ、「お守り」みたいな力 https://tokion.jp/2021/02/27/hitsujibungaku-new-album-powers/ Sat, 27 Feb 2021 06:00:58 +0000 https://tokion.jp/?p=19734 悩みや葛藤、そしてその先にある希望を描いたメジャー・デビュー・アルバム『POWERS』。その制作背景や、オンラインライブに感じた可能性について。

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羊文学のアルバム『POWERS』は、スタジオ内に反響するフィードバック・ノイズで始まる。そこから4カウントを合図に放たれる、フロアタムの重たいリズムとベースのルート音、そしてファズ・ギター。スタジオに集うことすらままならなかった2020年の閉塞感を切り裂くような轟音で、記念すべきメジャー・デビュー作の幕を開けた羊文学。そんな最新作について3人に話を聞いた。

「アルバムの始まりにこれといった意味はないんですけど、この一発目で全部がひっくり返ったらいいなっていう気持ちは、確かにありました。やっぱり部屋にこもってばかりいるとストレスもたまるし。あと、これはもともとの性格でもあるんですけど、私はつい破壊しにいきたくなるタイプなので(笑)」(塩塚モエカ)

『POWERS』は、この社会に生きる人々の悲喜交々を描いた作品だ。同時に、このアルバムには自分自身の姿がそのまま投影されていると、塩塚は言う。

「今回のアルバムには、これを作っていた時期の私が詰まってるんです。どの曲も今までと同じように私が思ったことを書いている。でも、あとからそれを読み返してみると、なぜか主人公が他の人になってるんですよね。しかも、どの人もみんな悩んでる。『あいまいでいいよ』にしてもそうですね。つまりそれって『あいまいじゃダメなのかも』と思う瞬間があるってことだから」。

アルバムの制作時にこれといったコンセプトは設けていなかったが、曲順に関しては塩塚の中で確信があったようだ。

「これまでの羊文学のCDって、一番暗い曲のあとに明るめな曲がきて、なんだかんだ最後は爽やかに終わる感じだったと思うんです。それこそ以前の自分だったら、『ghost』の後に『あいまいでいいよ』をもってきてたんじゃないかな。でも、今作は『mother』で始まって『ghost』で終わらせたいなと思ったんです。そうすれば、どの曲もいろんなことを言ってるけど、それが1つの物語みたいになるんじゃないかなって」(塩塚)。

楽曲を共有した3人は、そこに的確な音色とリズムを添えてゆく。

「理論的なことはあまり言えないんですけど、今回はどの曲もイメージをはっきりとつかめていたので、それに合う音を見つけるための試行錯誤をたくさんしました」(河西ゆりか)。

「僕個人が好む音と楽曲が求める音の相性がとても良かったので、今回の音作りはとてもスムーズでした。例えば僕は低めのサウンドがわりと好きなので、そういう基準でスネアのピッチについて考えたり、シンバル系も暗めの音にしてみたり、12曲それぞれに合った機材と音を選べたんじゃないかなって」(フクダヒロア)。

「自粛期間中に『3人でDTMでもやってみようよ』みたいな話にもなったんですけど、結局は何も生まれなくて。やっぱり私達に宅録という選択肢はないし、スタジオでセッションできなくなったら、バンドは終わっちゃうんだなって。なので6月頭に3人でスタジオに入った時は、ちょっと特別なものを感じました。イメージしたものが共有されて、それがリアルタイムで一気に形になっていくのって気持ちいいし、やっぱり音が大きいってことは素晴らしいなって」(塩塚)。

『POWERS』内に存在する葛藤、オンライン・ライヴの可能性

アルバム・タイトル『POWERS』には、ご覧の通り複数形の“S”が付いている。そこには前作『若者たちへ』との連続性もうかがえるが、実際はどうなのだろう?

「単純にどの曲もパワーがあるから『POWERS』かなと思ったんですけど、そもそもパワーに複数形の“S”は付くのかなと思って。それで調べてみたら、POWERSには“権威”とか“圧力”みたいな意味合いもあるみたいで。それと同時に“S”は“魔法の力(MAGIC POWERS)”にも付くらしいんですよね。私はこのアルバムがお守りみたいになってほしいと思っていたから、これはいい言葉だなと思ったし、1つの言葉にそういう相反する意味があるってところも、このアルバムの中にある葛藤なんかと通じるような気がしたんです」(塩塚)

確かに塩塚のリリックは両義的なものが多く、例えばそれはクリスマスをモチーフに世界が終末へと向かっていく不安を歌った「1999」などが象徴的だ。一方、途中でビートが鮮やかに切り替わるタイトル・トラック「powers」に関しては、未来へのかすかな希望をいつになく率直に歌っているようにも聞こえる。

「もともとこれは『人間だった』(2019年末にシングルとしてリリース)と同時期に書いてた曲なんです。当時は香港で大規模なデモが起きてた頃で、私自身も社会についていろいろ考えてて。それで『もっと声をあげれば未来は良くなるかもしれない』みたいなことを思いながらこの曲を書いたんですけど、あとで冷静になって聴いてみたら『全然そんなことないわ…』みたいに感じちゃって、それでいったんボツにしたんです。でも、それこそ今年は落ち込むこともすごく多くて、私自身『ここで励ましてくれる人がいたらいいのに』と思うことがたくさんあったので、無責任なりに『大丈夫だよ』と言ってくれる人も必要だよなと思って。アレンジもちょくちょく変化したし、この曲は完成するまでいろいろありました」

2021年が明けた現在も世界的パンデミックは収束の気配すらなく、アーティストにとっては苦難の時期が続いている。そうした中、昨夏にいち早くオンライン・ツアーを敢行した羊文学は、その先に新たな可能性も見出したという。

「これまでは制作とライヴが活動のすべてだったけど、そこにオンラインライヴが加わったことによって、以前は想像もしなかったようなことがこれからできるんじゃないかなと思ってて。それこそVRでライヴができるなんて考えたこともなかったし、普段のライヴでは組めないようなステージ・セットもオンラインならできちゃうので、そこはもっと研究してみたいですね」(塩塚)

「アーカイブも残るので、普段のライヴとはまた違った緊張感がありました。どこにいる人にも見てもらえるっていうのも、大きなメリットだと思う」(フクダ)。

「ライヴというより、レコーディングに近い感覚だったかも。メンバーの立ち位置も普段と違うし、収録した後にミックスを調整したりもするので、作品作りみたいなところもありました。でも、やっぱりステージに立つ時の気持ちはずっと忘れたくないですね」(河西)。

「少しずつ成長しながら、いつかは大人の女性になれたら」

メジャー・デビューという節目を迎えた羊文学。一方で将来への漠然とした不安と焦燥、そして3人で音を重ねる瞬間のピュアな興奮が刻まれた『POWERS』を聴いていると、彼らはモラトリアムの最中に前作『若者たちへ』を作った頃と、実は何も変わっていないようにも感じる。「青春時代が終われば」。前作『若者たちへ』に収録された「ドラマ」で塩塚はそう歌っていたが、この青い時代にもいつか終わりがやってくるのだろうか。

「そのうち終わると思ってるんですけど、なかなか終わらなくて。服装なんかも含めて、大人になりたいけどなれないっていう葛藤はずっとあります。ただ、もしかすると学生の頃よりもまるくはなってきてるのかな? それこそ以前は世の中に対していっぱい文句があったんですけど、最近は徐々に言いたいことも減ってきてるし。みんながこんなにラヴソングを書くのは、人生で一番おもしろいイベントが恋愛だからなんだなってことも、だんだんわかってきました。ただ、それもそれでまた悩むことが出てくるんですよね。そうやって少しずつ成長しながら、いつかは大人の女性になれたらいいなと思ってます」(塩塚)

羊文学
塩塚モエカ(Vo.Gt.)、河西ゆりか(Ba.)、フクダヒロア(Dr.)からなる、繊細ながらも力強いサウンドが特徴のオルナティブロックバンド。2017年に現在の編成となり、これまでにEP4枚、『POWERS』含むフルアルバム2枚、そして全国的ヒットを記録した限定生産シングル「1999 / 人間だった」をリリース。2020年1月に行われたEP「ざわめき」のリリースワンマンツアーは全公演完売。2020年8月19日に「F.C.L.S.」(ソニー・ミュージックレーベルズ)より「砂漠のきみへ / Girls」を配信リリースし、メジャーデビュー。同年12月9日にセカンド・アルバム『POWERS』をリリース。2021年3月14日にリリースワンマンツアー「Tour 2021 “Hidden Place”」のオンライン公演を開催予定。しなやかに旋風を巻き起こし躍進中。
hitsujibungaku.info

Photography Yuri Nanasaki

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俊英・崎山蒼志、その「ユース」のすべてを詰め込んだ新作について https://tokion.jp/2021/02/12/soushi-sakiyama-youth/ Fri, 12 Feb 2021 01:00:21 +0000 https://tokion.jp/?p=20252 卓越したギターと歌唱により鮮烈に音楽シーンに登場した崎山蒼志が、待望のメジャー・デビュー・アルバムをリリース。弾き語りの過去曲のバンドアレンジや、自ら手掛けたエレクトロニックなトラックも収めるなど、クリエイターとして大きな飛躍を見せた新作の背景に迫る。

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崎山蒼志が満を持してメジャーデビュー作『find fuse in youth』を発表した。2018年にインターネット番組に出演し、その卓越したギター奏法と繊細な歌唱で日本の音楽シーンを騒然とさせた崎山。今作はそんな彼の知られざるポテンシャルがついに発揮された1枚だ。とりわけ驚かされるのは、崎山自身がプログラミングで組み上げたエレクトロニックトラックの数々。ハイパーポップやインダストリアル・ヒップホップとの接近も果たしたこれらの楽曲は、彼がオーセンティックなシンガーソングライターであるのと同時に、先鋭的なサウンドクリエイターであることも端的に示している。現在18歳の崎山が学生時代の最後に残したアルバム『find fuse in youth』。今作について、早速本人に話をきいた。

バンドアレンジに「再定義」された弾き語りの過去曲たち

――今回のアルバムには過去曲のリアレンジバージョンも収録されています。どれも弾き語りで知られてきた楽曲ですが、こうしたバンドアレンジは以前から崎山さんの構想にあったものなんですか?

崎山蒼志(以下、崎山):今回「再定義」として出した3曲はどれも中学の頃に書いた曲なんですけど、当時の僕はすごくバンドがやりたくて、実際に曲を書く時もバンドを意識してたんです。イメージとしては、3ピース編成のオルタナティヴな感じというか。ただ、この3曲はどれもずいぶん前に書いたのもあって、今の自分の気持ちとは遠のいてた部分もあったんです。それを今回はいろんなアレンジャーの方と一緒に再構築していこうということになって、それならおもしろく聴かせられるんじゃないかなと。

――過去曲のリアレンジに関しては、アレンジャーさんにお任せしたということですか?

崎山:ほぼそうです。例えば「Samidare」のDメロに「ダッダッダッ!」みたいなキメを入れたいとか、そういうちょっとしたアイデアをGarageBandで伝えたりはしましたけど、それ以外はこの曲のアレンジを担当してくださった宗本康兵さんにお任せしてます。

――「Heaven」はいかがですか? こちらもまた昨今のメインストリームロックを思わせるソリッドなバンドサウンドが施されています。

崎山:「Heaven」もアレンジャーの江口亮さんにほぼお任せしました。この曲を書いたのは中2の頃で、当時の僕は『エヴァンゲリオン』とか、いろんなアニメにハマってたんです。そういう時期に書いた曲を(LiSAの)「紅蓮華」を編曲されていた方にお願いできたのは、すごく嬉しかったです。

崎山蒼志「Heaven」

――TVアニメのエンディングに起用された「Undulation」も、実はかなり前に書いた曲だったんですね。

崎山:そうなんです。「Undulation」は中3の頃に書いた曲なので、キャラクターと年齢も近いし、当時の僕が感じていた葛藤がうまくハマったのかもしれないです。(映画『夏、至るころ』の主題歌に起用された)「ただいまと言えば」もそう。映画の主人公と僕が同い年だったので書きやすかったです。

崎山蒼志「Undulation」

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*この下に記事が続きます

JPEGMAFIAらに影響を受け紡がれた、自作のエレクトロニックトラック

――こうしたバンドサウンドと並んで、今作には打ち込みを主体としたエレクトロニックな楽曲も収められていますね。しかも、その大半は崎山さん自身が編曲を手掛けているんだとか。

崎山:今回のアルバムではアレンジャーの方に参加していただいたのが6曲、それ以外の7曲は自分でアレンジしてます。なんていうか、わりとイビツなやつが僕のアレンジしてる曲です(笑)。

崎山蒼志『find fuse in youth』

――なかでも「waterfall in me」は強烈でした。不穏なトラップサウンドがいきなりインダストリアルビートに切り替わったり、トラックの転換がとにかく激しくて。

崎山:「waterfall in me」は、パッション重視で作りました。僕が今やりたいことをひたすら詰め込んだ曲です。

――今やりたいこと、というのは?

崎山:大まかにいうと、ヒップホップにハマってたんです。なかでもJPEGMAFIAさんの影響は大きかったです。彼の「BALD!」という曲が本当にすごくて、自分でもそういうことがやってみたいなと。それでビートを全部GarageBandで作って、歌もiPadのプラグにマイクをつないで録って、できたものをそのままミックスエンジニアの土岐彩香さんにお渡しするっていう。大体そんな流れでした。

――「目を閉じて、失せるから。」もかなり実験的なアプローチですよね。ダーティな音像がちょっとデス・グリップスあたりを連想させるというか。

崎山:わ、それはありがたい感想です。元々あれはチャーリー・XCXさんみたいなことをやろうとした曲なんですけど、なかなかうまくいかなくて。それで途中からシフトチェンジしたら、あんな感じになったんです。「だったらデス・グリップスの『year of the snich』みたいに気持ち悪い音いっぱい入れちゃえ!」って(笑)。

――「waterfall in me」「目を閉じて~」は、ギターの音がほぼ鳴ってないところも新鮮でした。崎山さんといえばギターのイメージなので、ここにも現在の関心が表れているのかなと。

崎山:そうですね。でも、最近はまたギター弾きたいモードなんです。というのも、普段から未開拓の音楽をストリーミングとかYouTubeでたくさん聴いてると、自分は何が好きなのか、だんだんわからなくなってくる時があるんですけど、そこで最近改めて思ったのが、やっぱり自分はギターが鳴ってる音楽が大好きなんだなってことなんです。好きなアーティストが使ってるギターとか機材ってつい気になるし、やっぱりギターは楽器としての魅力がすごいんです。

――最近だと、どんなギターの音に惹かれていますか?

崎山:今作の収録曲のうち、最後に作ったのが「観察」なんですけど、あのインタールードを作った当時はジャズ・ギタリストにハマってました。あと去年、ギブソンSG Specialの1973年製を買ったんですけど、そのギターの音にインスパイアされたっていうのも大きいですね、ジャズに関心が向いたのも、そのギターがきっかけだったのかもしれない。

頻出する「鳥」のモチーフが意味するものと、これからのこと

――今回のアルバムは曲ごとの音楽性もバラバラで、その混沌とした流れがとてもスリリングなのですが、この13曲はどんな基準で選ばれていったのでしょうか?

崎山:僕は今18歳なんですけど、春から地元を離れる予定というのもあって、今回のアルバムでは自分がユースの頃に書いた曲をまとめておきたかったんです。「再定義」の3曲も、高1の頃に書いた「鳥になり海を渡る」も、今の自分がやりたいことも、自分がユースだった頃の曲は全部ここに入れてしまおうと。

――崎山さんの歌詞には「鳥」がよく登場しますよね。崎山さんのなかで鳥は何を象徴しているのでしょうか?

崎山:確かに僕、歌詞に鳥って書きがちですね(笑)。表題曲の「find fuse in youth」にも出てくるし。鳥が象徴しているのは……自由ですかね。「鳥になり海を渡る」を書いた時は、それこそ鳥になりたいじゃないですけど、いろんなものを振り払って1人で飛んでいきたい、みたいな気持ちもあったかもしれない。それに鳥って、いつも人間の身近にいるじゃないですか。空を見上げれば飛んでるし、僕の原風景にも鳥は存在してる。そうやって人間の生活圏内にいながら、社会から独立してる生き物が鳥なのかなって。そういうところも僕にとっては大きいのかもしれないですね。

――今春から地元を離れる予定とのことですが、崎山さんは今後どんなことを実現させていきたいと考えていますか?

崎山:まだ難しいかもしれないけど、バンドがやりたいです。僕はこれから進学するわけでもないし、今はリモートでいろんなことができる時代ですけど、それでも地元から離れることにしたのは、やっぱりこっちにいるとできないことがまだまだあるからという部分が大きくて。ひとり暮らしも体験しておきたかったし、戻りたくなったらまた帰ってくればいいやって。

*

崎山蒼志
2002年生まれ、静岡県浜松市在住。2018年5月インターネット番組の出演をきっかけに世に知られることになる。現在、テレビドラマや映画主題歌、CM楽曲などを手掛けるだけではなく、独自の言語表現で文芸界からも注目を浴びている。またFUJI ROCK FESTIVAL、SUMMER SONIC、RISING SUN ROCK FESTIVALなど、大型フェスからのオファーも多い。2021年1月27日にアルバム『find fuse in youth』でメジャー・デビュー。
https://sakiyamasoushi.com
Twitter: @soushiclub

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坂本慎太郎の現在地――変わる社会と、変わらない「好きな感じ」 https://tokion.jp/2020/11/28/shintaro-sakamotos-tastes-remain-unchanged/ Sat, 28 Nov 2020 06:00:37 +0000 https://tokion.jp/?p=12701 2ヵ月連続で7インチシングルをリリースする坂本慎太郎に、制作の背景や今思っていることについて尋ねた。

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坂本慎太郎が約1年ぶりとなる新曲を2ヵ月連続で発表する。このたびリリースされるのは「好きっていう気持ち/おぼろげナイトクラブ」「ツバメの季節に/歴史をいじらないで」というシングル2作。どちらもベースにAYA、ドラムに菅沼雄太、そしてフルートとソプラノ・サックスに西内徹という馴染みの顔ぶれによる録音で、その徹底的に削ぎ落とされたミニマルなバンド・アンサンブルは、これまでの諸作と地続きにあるものだ。しかし、そこで坂本が紡いでゆく言葉に耳を傾けると、そこには価値観が異なる者同士の衝突と分断、または歴史修正主義の蔓延といった昨今の社会的イシューが、それぞれの楽曲から聞き取れる。世界的パンデミックが巻き起こり、未だにその収束のめども立たない2020年。坂本は何を思い、今回の4曲を作るに至ったのか。さっそく本人に話を聞いた。

宅録でアルバムを作ろうとしたけど、やっぱりバンドの方がいいなと思った

――この半年間はどのように過ごされていましたか?

坂本慎太郎(以下、坂本):4月に予定されていたライヴが延期になってしまって。それでしばらくは何もやる気が起きなかったんですけど、作りためていた曲がたくさんあったので、宅録でアルバムを作ろうかなと。それで自分を奮起させるために、昔から欲しかった古いリズム・ボックスをネットで買ったりしてました。

――どんな機種を購入したんですか?

坂本:マエストロのリズムキングという、スライ・ストーンが使ってたやつです。あと、エーストーンのFR-1も勢いで買いました。そしたら一時的にやる気がでて、今回の4曲が形になったんです。

――今回のシングルはバンドでスタジオ録音されていますが、当初これは宅録で作る予定だったということ?

坂本:ええ。そうしたら延期されたライヴをやるかもしれないという話になったので、宅録の作業をいちど中断して、リハーサルのためにメンバーとスタジオに入ってみたら、やっぱりこっちの方がいいなと。結局そのライヴも中止になったので、それなら練習のために予約してたスタジオで録音しちゃおうということになったんです。

――リズム・ボックスを使った制作は現在も続けているのですか?

坂本:今はやってないです。古いリズム・ボックスで作ったデモテープみたいな音源がもともと好きで、そういうレコードも集めているので、自分でもやってみたいなと思ってたんですけど、多分これから宅録のアルバムがいっぱい出るんだろうなと思ったら、なんか急激にやる気がなくなってしまって。それで今回はみんなで録ることにしたんです。

――アルバムを作れるだけの曲数は既にそろっているんですか?

坂本:そうですね。ただ、2~3年間ずっと作ってはいるんですけど、なんか決め手に欠けるというか、特に今までの曲と比べて目新しさもなくて。それで寝かしていた曲がいくつかあったので、とりあえず歌詞をつけて完成させちゃおうと。今回の4曲はそんな感じで作りました。

ライヴがなくなったことで、1枚目のソロ・アルバムを作った頃の気持ちに少し戻れた

――「好きっていう気持ち/おぼろげナイトクラブ」は2曲とも音楽が鳴る社交場についての歌ですね。これは『できれば愛を』に収録されている「ディスコって」にも共通するテーマであるのと当時に、コロナ禍のライヴハウスやクラブにあてた曲としても聞こえました。

坂本:当然そういうのもあったと思います。ただ、別にそういう曲を書こうと思っていたわけではなくて、歌詞をまとめていくなかで普段考えていることがそのまま出ちゃったというか。いつもそうなんですけど、曲を作る時はまず先にメロディーがあって、そこにバチっとハマる言葉を探していくので、最初からテーマがあるわけじゃないんです。

11/11リリースの第一弾シングル「好きっていう気持ち/おぼろげナイトクラブ」

――では、「ツバメの季節に/歴史をいじらないで」の2曲についてはいかがですか? とりわけ「歴史をいじらないで」は公文書改ざんやフェイクニュースといった社会問題をかなり直接的に批判している楽曲だと感じたのですが。

坂本:そうですね。というか、やっちゃいけないことじゃないですか、それは。記録やデータが積み重なって今があるわけだし、自分達は先人の失敗から学んで進歩してきたわけなんだから、それを変えちゃったらすべての拠り所がなくなりますよね。これは政治の話だけでもなくて、例えば大した事なかったはずの人が今は大物みたいになっていたり、その逆に昔かっこよかった人が表に出ないまま消えちゃったり、そういうのも記録があった上で再評価されているのであればわかるんですけど、そこで元の記録をいじっちゃったら、もうめちゃくちゃになってしまいますよね。それをやってもいいと言う人は、誰もいないと思うんです。

12/2リリースの第二弾シングル「ツバメの季節に/歴史をいじらないで」

――そうですね。だから改ざんした本人もそれを認めないという。

坂本:ええ、正当化できないことですから。だから、これは堂々と言っていいことだと思うんです。

――作詞をする上で、坂本さんはどのようなことを気にかけているのでしょうか?

坂本:作詞は、わりと「消去法」的な感じですね。意味やニュアンスとして「これは違うな」みたいな言葉をどんどん排除していって、これだったら歌えるなと思える歌詞にしていく。別に思ったことを歌えばいいと思っているわけでもないけど、かといって思ってもないようなことは歌えないわけで。そうなると内容が限定されてくるので、どんどん針の穴に糸を通すような世界になってきてます。本当は無意味でわけわかんないんだけどおもしろい曲ができれば、それでも全然いいし、むしろそっちの方がいいんですけどね。

――では、坂本さんのなかで今回のシングル2枚はどういう位置付けの作品なのでしょうか? 個人的にはこれまでの作品との連続性を感じたのですが。

坂本:とりあえず現時点でやれることをやったって感じですかね。ずっとライヴをやらずにアルバムを3枚作ったんですけど、最近またライヴ活動を始めたら、それまでのペースでは制作できなくなっちゃって。それが今回はライヴが全部なくなったことによって、1枚目のソロ・アルバムを作っていた震災の頃の気持ちに、ちょっとだけ戻れたというか。

――震災の頃の気持ちというのは?

坂本:何も予定がなくて、ただ新曲のことだけを考えているような状態ですね。やっぱりライブがあると違うんですよ。スタジオに入っても、ライヴで演奏するという方向に引っ張られちゃうというか。

自分の好きな感じのものしかできないってことがよくわかった

――しばらく離れていたライヴ活動を再開してみて、坂本さんはどんなことを感じたのでしょうか。

坂本:すごく楽しかったです。思ってもみなかった場所に行けたし、今年もコロナになってなければ外国とかでツアーをやる予定があったので、これからはそういうこともできなくなっちゃうのかなと思うと、やっぱり寂しいですね。

――未だに見通しが立たない状況ですが、音楽家の活動は今後どうなっていくと思いますか?

坂本:全然わからないですけど、きっとやめちゃう人もいるでしょうね。もう音楽やりたくないって人もいるかもしれない。別にライヴができなくても歌う人はこれからも歌うだろうし、発表できなくても曲を作る人はこれからも作ると思うんですけど、そういう人ばかりではないだろうなと。それにみんなで集まって演奏するってことも、以前と比べると貴重な体験になってますよね。それは僕も感じてます。今回の新曲は今まで通りのスタイルでやりましたけど、今後どうなっていくのかはちょっとわからないですよね。

――次のアルバムに向けたヴィジョンは今どのくらい見えてますか?

坂本:こういうコンセプトでいこうとか、そういうのはまだないです。まあ、これまでのアルバムとそんなに違うものは出てこないと思うし、ここから音楽性が大きく変わるってこともあまり考えられないんですけどね。自分の好きな感じのものしかできないってことがよくわかったので。

――音楽の好みがずっと変わってないということですか?

坂本:ええ、それはずっと一緒なんです。自分の好みというのは明確にあるので、レコードを買う時も好みに沿ったもので聴いたことがないレコードを探しているだけなんです。タイミングと勘を頼りにして、自分の中の名曲リストを増やしていくような感じですね。

――最近だと、その名曲リストに加わった曲は何かありましたか?

坂本:ジェイク・シャーマンという人の「Maureen」いう曲は良かったです。レコ屋の試聴で知って、最近はずっとその曲にハマってましたね。声がちょっとスクリューした感じで、もっさりした打ち込みの曲なんですけど。

――好きな曲はレコ屋で見つけることが未だに多いんですか?

坂本:そうですね。未だにユニオンとかでよくジャケ買いしてます。サブスクとかなら好きな曲をもっと効率よく探せるんだろうけど、何でも聴けると感度がちょっと薄れそうな気がするので、あえて情報を制限して、偶然出会ったものの中からキャッチするようにしてます。なので、レコードは自分の勘で探すか、レコ屋さんのレコメンドをネットで試聴するか。それに友達の紹介も大きいかな。あとはYouTubeのおすすめに上がってくるものをチェックするだけで、もう精一杯ですね。

坂本慎太郎
1967年9月9日大阪生まれ。1989年、ロックバンド、ゆらゆら帝国のボーカル&ギターとして活動を始める。2010年ゆらゆら帝国解散後、2011年に自身のレーベル、“zelone records”にてソロ活動をスタート。ニューヨークの“Other Music Recording Co. ”から、1stアルバム『How To Live With A Phantom』(2011)と2ndアルバム『Let’s Dance Raw』 (2014)、“Mesh-Key Records”から3rdアルバム『Love If Possible』(2016)をUS/EU/UKでフィジカルリリース。様々なアーティストへの楽曲提供、アートワーク提供の他、活動は多岐に渡る。
http://zelonerecords.com

Photography Kazuo Yoshida

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