松永良平, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/ryohei-matsunaga/ Mon, 24 Apr 2023 13:15:50 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 松永良平, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/ryohei-matsunaga/ 32 32 写真家・石田昌隆インタビュー 1984年の南ロンドン、ラヴァーズ・ロックが鳴り響いていたあの頃の光景 https://tokion.jp/2023/04/12/interview-photographer-masataka-ishida/ Wed, 12 Apr 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=179670 写真家・石田昌隆が1984年のブリクストンをはじめとする街や人々、サウンドシステムを写した36作品からなる写真展を神泉JULY TREEで開催中。当時の記憶やラヴァーズ・ロックの歴史について、石田へインタビューを敢行。

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レゲエのサブジャンルとして1970年代のイギリスで誕生したスウィート&メロウな音楽、ラヴァーズ・ロック。そのサウンドを日本で広く伝えることに寄与したのが、2001年に誕生したコンピレーション・シリーズ『RELAXIN’ WITH LOVERS』だ。1作目で今は亡きデニス・ブラウン&カストロ・ブラウン設立の名門レーベル〈DEB〉の音源を世界で初めてCD化した同シリーズは、その後もレーベルをまたぎながら、レア曲から名曲まで選りすぐりのラヴァーズ・ロックをコンパイル。2005年までに8作をリリースし、日本のラヴァーズ・ロック受容、再発見において重要な役割を果たした(別途、スピンオフの和物版が5枚あり)。

絶妙な選曲に加えて、同シリーズを魅力的なものにしていたのが、そのジャケットだ。そこに配されているのは、写真家・石田昌隆が1984年に南ロンドンのブリクストンへと渡り、フィルムへと焼き付けてきた光景、人々の姿。ジャマイカ系移民も多く暮らす同地は、イギリスにおいてレゲエという文化・音楽が育まれていった街であり、昨年40年以上の時を経て日本初上映された映画『バビロン』(1980年)の舞台ともなったシーンの重要地である。

現在、神泉のギャラリーJULY TREE(ジュライ・トゥリー)にて、『RELAXIN’ WITH LOVERS』シリーズのジャケットに使用された作品を含めて、石田がブリクストンなどで撮影してきた36作品から構成される写真展「Masataka Ishida Photo Exhibition RELAXIN’ WITH LOVERS~photographs~」が開催中となっている。石田は何を思いブリクストンに向かい、そこで何を感じたのか。1981年に暴動が起こったことからもうかがえるように、タフな現実があった中で、なぜラヴァーズ・ロックというロマンチックな音楽が生まれたのか──。1984年のロンドンで写し出された、今も輝きを失わない鮮烈な写真たち。そこから呼び起こされる記憶や物語について、展示会場を訪れた音楽ライター・松永良平が、石田に尋ねた。

イギリスに渡ったレゲエの変化を見たくて、1984年のブリクストンへ

──今日、こちらに取材に伺う前に、場内ではQRコードで読み取ることができる写真ごとに石田さんが書かれたコメントを読んできました。その一連のコメント自体の情報量の多さ、記憶の確かさが分厚い読み物のように思えて、実際に写真と重ね合わせることで素晴らしい体験になると思えました。

それも踏まえて、あらためて84年のブリクストンにあったリアルライフを撮られた写真の数々とラヴァーズ・ロックという音楽が21世紀に出会った偶然と必然について、石田さんの視点からお話を聞かせていただけたらと思ってます。

石田昌隆(以下、石田):去年、『バビロン』(1980年イギリス、フランコ・ロッソ監督)という映画が初めて日本で劇場公開されて、ロンドンのレゲエのリアルな世界が知られるようになりました。実はあの映画、80年代初頭に自主上映が都内で行われていて、僕はたまたまその上映を見に行っていました。それまではイギリスというと、バッキンガム宮殿とかロンドン・ブリッジみたいなテレビで見る映像くらいしか知らなかったから衝撃を受けましたね。もちろん、アスワドやリントン(・クウェシ・ジョンソン)みたいなイギリスのレゲエはすでに聴いていたんですけど、『バビロン』を見てそういう音楽と、その向こう側にある風景が初めて結びついたんです。

82年に初めてジャマイカに行きました。80年代前半までは、現地に行く航空費が高かったので2年に1回くらいしか海外旅行はできなかったけど、行ってしまえば滞在費は安かった。だから、1度行ったら3ヵ月はいようと決めて、ジャマイカにも3ヵ月いました。その続編的な感覚で84年のイギリスにも行ったんです。ジャマイカにまた行きたい気持ちもあったけど、やっぱりジャマイカとイギリスの関係性の中でレゲエという音楽がどう変化していったのかを見たかった。その時イギリスに行くと決めたのが、今思えば良かったなという部分はありますね。ロンドンにいるジャマイカ人と話す時にも、僕が先にジャマイカに行っていたことが会話のいいきっかけになって助かりました。

──当時は、現地のリアルな空気を知る機会もすごく少なかったでしょうね。

石田:日本からイギリスに行く人達は割と多かったんですよ。ロンドンでニューウェイヴ系のライヴに行くと「また会ったね」みたいな感じで挨拶する日本人の知り合いが常に2、30人くらいはいるという状況でした。だけど、ブリクストンの黒人達に目を向けている人は、僕の他にはいなかった。60年代アメリカの公民権運動に着目していた人は写真家の吉田ルイ子さんなどがいらしたんですけど、UKに関しては日本ではあんまり手がつけられてなかった。

──ブリクストンに拠点を定めて街や人をカメラに収めていくことにはかなりの緊張感があったのでは?

石田:いや、それはあまりなかったです。(ブリクストンに)住むのはすごく簡単なんです。情報誌『Time Out』の後ろの方のページに、今でいうエアB&B的な募集の広告がたくさん出ていて、それを見て探します。朝食付きで、1週間1万円くらいの条件で宿を見つけて、そこを拠点に動きまわることにしました。あとは『NME(New Musical Express)』や、黒人音楽関係だと『Black Echos』(1976年創刊)など音楽紙でひと通りライヴのスケジュールなどをチェックして。だけど、サウンドシステムの告知は『Black Echos』にも出ていない。レコード屋に置いてあるフライヤーや街の貼り紙を見てスケジュールがわかるんです。

サウンドシステムに行くと、白人はほとんどいないし、そういう場所で写真を撮る人もあまりいなかった。僕は現場で主催の人に挨拶をして、それから撮ってました。ストロボを炊くからすごく目立つんですけど、写真を撮ることによるトラブルは全然なかったです。ただ、2回くらいトラブルになりかけたことはありましたね。ジャマイカ人屋台が集まるいい雰囲気の「フロントライン」という場所があるんですけど、そこにはドラッグを白人客に売るような人達もいて、彼らは撮られたくない意識がある。「お前、何撮ってるんだ」とナイフで頬をペタペタされたんですけど、そのときは現地の知り合いが「こいつは勘弁してやってくれ」と仲裁してくれて助かりましたね。

──モノクロの写真を通じても、石田さんの写真からは艶かしさを感じます。

石田:もしも僕が外国人写真家で、東京を訪れるとしたら、小岩、赤羽、下北沢、高円寺といった環七沿いの街を主にすると思うんです。どこの街に行っても中心部は有名なものがいろいろあって、郊外に行くと住宅地。僕の経験則では、その境目くらいの位置が面白いんです。それが東京でいうと環七沿いくらい。ロンドンは地下鉄の料金が中心からゾーン分けされているんですが、その「ゾーン2」のあたりが下町的で黒人も多くておもしろいんです。

ゼロ年代に再発見・再認識されたラヴァーズ・ロック

──ラヴァーズ・ロックという音楽も、そんな風土から生まれていったんでしょうか。

石田:84年に行ったときは、『バビロン』で知ったアスワドとリントンの音楽が生まれた街を撮ろうという意識が強くて、僕自身はラヴァーズ・ロックに関してはぜんぜん認識できてなかったんですね。日本だと93年にジャネット・ケイの「Lovin’ You」がヒットしましたけど、「ちょっと軟弱な音楽なんだ」と思ってたくらいなんです(笑)。86年にシュガー・マイノットが来日した時にインタビューして、ラヴァーズ・ロックとしてヒットした「Good Thing Going」(1981年)について聞いたら「あの曲は売れるために魂を売って作ったから、あれよりも『Sufferer’s Choice』を聴いてくれよ」って言われました(笑)。そういう発言を聞いて、僕も「やっぱりラヴァーズ・ロックは売れるために取り繕った音楽で、本線はルーツ・レゲエ。ハードな現実で起こったことを歌っているのがレゲエの核心だ」と、ずっと思ってたわけです。

ところが、この『Relaxin’ With Lovers』のシリーズが始まる2001年の、ちょっと前くらいかな。リントンみたいなシリアスな音楽も、ラヴァーズ・ロックも、実はデニス・ボヴェル達が作っているから当然同じような背景で生まれているし、一方はポリティカルで、一方はスウィートになっただけで、実はコインの裏表なんだということにレゲエのマニアの中でも気付き始めた人達が現れたんです。僕はぜんぜん気が付いてなかったんだけど(笑)。その発見は、日本のマニアは早かったように思います。

薮下晃正(『Relaxin’ With Lovers』ディレクター):当時「LOVERS ROCK NITE」を開催してた藤川穀(元レゲエ・マガジン)さんを筆頭にLittle Tempoの土生(“TICO” 剛)くんやSEIJI(”BIG BIRD”)くん達も、ラヴァーズ・ロックの12インチがいいと気が付いたんです。B面にダブも入ってるし。しかも当時はまだ二束三文で買えたんですよね。

石田:薮下くん達が『Relaxin’ With Lovers』を始めるにあたって、レーベル名を「15 16 17」にしたんだけど、当時、15 16 17なんてイギリスでも注目してる人はほとんどいなかった。イギリスで2002年にBBCが『The Story Of Jamaican Music』という特別番組を1時間で3回連続でやったんですけど、その中でグレゴリー・アイザックスが「ラヴァーズ・ロックが好きで、特にジャネット・ケイと15-16-17を聴いてた」って証言している。それが2002年。だから、『Relaxin’ With Lovers』の方がちょっと早かった。

というか、コミュニティ内では常識だけど、外に出るとほぼ誰も知らないラヴァーズ・ロックというすごく特別な音楽の発展があったということは、2000年代になってから初めてわかったんです。僕が84年にいた時のブリクストンを思い出すと、ナチュラル・タッチというグループの「Gimme Good Loving」(1983年)という曲がものすごく流行ってた。どこのサウンドシステムに行ってもかかってました。でも、サウンドシステムに来るような人は全員知っていたはずだけど、その外側にいる普通のロンドン中心部のHMVに行くような音楽好きの耳にはまったく届いていなかった。あれがラヴァーズ・ロックだったんだというのは2000年代になってあらためて認識したんです。今回の展示では、ナチュラル・タッチの写真を撮っていたことを思い出して、初めて出品してみました。

──「外に届いていなかった」という表現が印象的なんですが、実際問題、何が内と外を分け隔てていたんでしょう?

石田:ラヴァーズ・ロックは、やっぱりロンドンの音楽なんですよ。84年にロンドンに行って驚いたことの1つが、白人と黒人の間の壁がすごく厚かったこと。例えば、スペシャルズはコヴェントリー(イギリス中部の都市)でしょ。あそこやブリストルやバーミンガムでは80年代に白人と黒人が一緒に音楽をやる機会がたくさんあったけど、ロンドンはほとんどない。唯一の例外はドン・レッツの半径50メートルくらいにいる、エイドリアン・シャーウッド、スリッツ、ジョー・ストラマー、ジョン・ライドンみたいな人達くらいでした。

具体的に僕がいちばん驚いたのは、1984年7月7日、南ロンドンのクリスタル・パレスにあるサッカー場で開催された「レゲエ・サンスプラッシュ」です。アスワド、ブラック・ウフル、デニス・ブラウンといった最高のメンツに加えて、プリンス・バスターや、初めてイギリスにお目見えするザ・スカタライツが出るから2トーン好きの白人もたくさん来るものだと思っていたし、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったサニー・アデも出るからワールド・ミュージック好きの白人も来るものだと思ってました。ところが観客は「ここがロンドンか?」と驚くほど、ほとんど黒人なのでした。ロンドンでは黒人の音楽の現場には白人だとなかなか行けなかったのが現実だと思います。90年代になってロンドンに行った人に話を聞くと、ジャー・シャカのサウンドシステムには結構白人客がいたと言うんですけど、それは90年代になってからの変化なんです。『バビロン』の時代は完全に黒人しかいなかった。僕は白人じゃないし、いちばん気楽な立場でした。白人のカメラマンには、僕みたいな写真はなかなか撮れなかったはず。

ただ、1970年4月26日、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで、デスモンド・デッカー&ジ・エイシズ、ミリー・スモール、ボブ&マーシア、ザ・メイタルズ、ジョン・ホルトらが出演して、1万4000人の観客が集まった「ウェンブリー・レゲエ・フェスティヴァル1970」という大イベントが開催された時は、白人のスキンヘッズ達も観客として結構いたらしいんです。『バビロン』で、ブリンズレー・フォード(アスワド)が演じるブルーと、アイタル・ライオンのクルーで唯一の白人、カール・ハウマン演じるロニーが、テムズ川の南岸を歩いているシーンがあります。そこでロニーは「初めてマリファナを吸ったのは、スキンヘッドだった時。68年だったか69年だったか。ウェンブリーで、デスモンド・デッカー&ジ・エイシズや、『My Boy Lollipop』を歌っている人、誰だっけ(ミリー・スモール)、彼らが出たコンサートを見た」と話しているシーンがあります。

タフな現実から生まれた、甘くやさしい音楽

──ラヴァーズ・ロックの甘さや、含むところのないラブソング性というのは、やはり厳しい現実との対比なんでしょうか?

石田:ラヴァーズ・ロックに関しては、1975年に女性シンガー、ルイーザ・マークから始まったという明確な定説があります。ただし、いつまでラヴァーズ・ロックがあったかというのは人によって解釈が違う。僕の解釈は84、85年で終わりなんです。それ以降も、音楽もスタイルとしてラヴァーズ・ロック的な曲はたくさんあります。でも、音楽的にはラヴァーズ・ロックだとしても、社会背景としては終わっている。なぜ終わったかというと、社会の風景がすごく変わったからなんです。具体的には、日本にも80年代半ばにバブルが来たように、イギリスにも好景気が来た。ロンドン・ブリッジの南側がウォーターフロントとしてのオシャレエリアとして開発されたり、レアグルーヴやアシッドジャズなどのクラブカルチャーは、景気が良くなった時代にできた文化という印象が強いです。

──興味深いですね。

石田:広義のラヴァーズ・ロックという意味で、音楽面だけでいえばそれ以降の時代にもいい楽曲はあるとは思うんですけど。

──景色を連れ立ってはいない。

石田:そうです。でも、そういう背景が明確になったのも、2000年代になってからです。その皮切りが、この日本制作の『Relaxin’ With Lovers』シリーズや、2002年のBBCのドキュメンタリーだった。あと2011年にメネリク・シャバズという人が『The Story Of Lovers Rock』というドキュメンタリー映画を発表しました。その内容が圧倒的に明確なんです。サウンドシステム文化や81年4月のブリクストン暴動(高圧的な警察と不満を抱えた地元黒人達の深刻な対立を背景に起きた3日間にわたる暴動で、多くの逮捕者を出した)という背景とラヴァーズ・ロックは不可分だとはっきり言っている。しかも、ラヴァーズ・ロックの映画なのにリントンが出演していたり、ナチュラル・タッチのヴォーカルのポーリン・トーマスがのちのキャロン・ウィーラーのようにポリティカルな発言をちゃんとしている。彼女のそういう証言が聞けたのは、嬉しかったですね。ナチュラル・タッチは、僕が現場で体験した本来の意味でのラヴァーズ・ロックのグループだったので。

──84年当時は視覚も聴覚も含めていろんな情報を浴びるように体験されていたから、何年か経ってそういうことだったのかとわかるという感覚も理解できる気がします。そこには戻れないけど、いたおかげで明確に再定義はできる。そこをちゃんと伝えられるというのはいいことですよね。

石田:写真のいいところはね、よくわからない状態で撮っても「とりあえず写ってる」ということなんです。今回展示した写真の中でも、そういうものがあります。サー・コクソン・インターナショナルという当時の有力なサウンドシステムに行った時、DJのジャー・スクリーチーという人を撮ろうと思っていたんですが、横にいたふたりも写真を撮られる意識でポーズを取ったんですね。それがマフィア&フラキシーだと後でわかりました(笑)。撮った時はわからなくても、後でわかる。リントンを撮った時も、(彼のイメージである)スーツじゃなくてジャージで来たのでその時はすごくがっかりしたんですけど、『STUDIO VOICE』(1996年6月号/《特集》 Loud Minority やられたらやりかえせ)で大きく表紙にしてもらったとき、誰かの指摘でそのブランドが「フレッドペリー」だったと初めて気が付きました。

──『Relaxin’ With Lovers』のジャケットに使われているのを写っていた市井の人達が何かのきっかけで自分の写真を見つけることがあったら、感慨があるでしょうね。石田さんの写真からは、自分達が暮らしていた時代と空気も含めて音楽と一緒に甦ってくると思うので。

石田:僕の場合は「いい写真を撮る」というのが人生のテーマになっている。「いい写真」とは何なのかというと「自分が気にいる写真」。自分が気にいるためには、写っているものがいいと思いたい。だから何を撮ればそう思えるか、から発展して、音楽も聴いてみようかと思う。僕の順番はそれなんです。自分が気にいる写真を撮りたいと思うことがいろんなことを知るきっかけになっているわけです。

──そういう姿勢も含めて、ラヴァーズ・ロックがあった時代を石田さんの写真がクロスしているからいいコンピになったし、今回も素晴らしい展示になっていると思います。もともとラヴァーズ・ロックが大好きで、というところから出発してない。そこの巡り合わせが緊張感にもつながっているし。情報量を絞っているけど、全部が伝わる。

石田:そこは偶然なんですけどね。おもしろい展開にかかわることができたなという感じです。

薮下:ミック・ハックネル(シンプリー・レッド)が〈Blood & Fire〉ってレーベルをやっていて、そこで70年代のレゲエ・ソウルをレアグルーヴ的に選んだ『Darker Than Blue : Soul From Jamdown 1973 – 1980』ってコンピを2001年に出してたんです。ジャケットには70年代の黒人達のポートレートを使ってて、すごくかっこよかったんですよ。そういうのがいいなと思っていた時に石田さんの写真を『STUDIO VOICE』で見て、ガツンときました。お話ししたら、ちょうど84年頃ブリクストンに住んでたと聞いて、これはもう決まりだなと。

石田:リントンやアスワドの世界を撮ってたつもりなんですけど、実はラヴァーズ・ロックの世界を撮っていたというのは、撮影から20年後くらいにわかった面白いことなんです。薮下くんとも『Relaxin’ With Lovers』に関わるまで知り合いじゃなかったですし。彼が『STUDIO VOICE』に載った僕の写真を見てくれて、こういう方向性のジャケットで行こうと決めてくれた。感謝しかないですよ。

──今、抑圧や差別がまた顕在化している社会状況で、石田さんの当時の写真とともにラヴァーズ・ロックが鳴り響くことをどう思われているのか、お聞きしたいです。

石田:やっぱり、去年『バビロン』が日本上映されたことに象徴されているように、このタイミングでもう一度こういうのを見ようという全体的な流れがある気がしますね。

■「Masataka Ishida Photo Exhibition RELAXIN’ WITH LOVERS~photographs~」
会期: 〜 4月23日
会場:JULY TREE
住所:東京都目黒区青葉台4-7-27 ロイヤルステージ01-1A
休日:不定期 
時間:13:00〜18:00 ※変更となる可能性あり。休日とあわせて詳細はオフィシャルサイト、SNSを確認のこと
入場料:無料
オフィシャルサイト:https://www.julytree.tokyo/
Twitter:@JulyTree2023
Instagram:@july_tree_tokyo

■トークイベント開催:石田昌隆×八幡浩司(24×7 RECORDS) 
『RELAXIN’ WITH LOVERS』シリース発足時に海外渉外業務を担い、現在まで常にジャマイカの音楽を日本国内に伝えることを目指して活動している〈24×7RECORDS〉の八幡浩司をゲストに迎えたトークショーが開催。
出演:石田昌隆、八幡浩司(24×7 RECORDS)
日程:2023年4月15日
時間:18:00~19:30
入場料:¥1,000 ※1ドリンク付き
会場:JULY TREE
住所:東京都目黒区青葉台4-7-27 ロイヤルステージ01-1A

※参加御希望の方は、JULY TREEインスタグラムのDMにて名前・希望日・参加人数を連絡のこと。定員になり次第締め切り。(20名限定)
※トークイベント当日は13:00〜17:00の営業。18:00以降、トークイベント申込者以外の入店は不可。

Photograpy Kentaro Oshio

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バンド・グソクムズのメンバーによる新作『陽気な休日』全曲解説 インタビュー後編 https://tokion.jp/2022/12/27/interview-gusokumuzu-part2/ Tue, 27 Dec 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=162538 2ndアルバム『陽気な休日』をリリースしたグソクムズのインタビュー。後編では、4人のメンバーによる全曲解説。

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グソクムズのメンバー。左からたなかえいぞを、加藤祐樹、堀部祐介、中島雄士

グソクムズ
東京・吉祥寺を中心に活動し、“ネオ風街”と称される4人組バンド。はっぴいえんどをはじめ、高田渡やシュガーベイブなどから色濃く影響を受けている。2014年に、たなかえいぞを(Vo/Gt)と加藤祐樹(Gt)のフォークユニットとして結成。2016年に堀部祐介(Ba)、2018年に中島雄士(Dr)が加入し、現在の体制となる。2020年に入り精力的に配信シングルのリリースを続け、2021年7月に「すべからく通り雨」を配信リリース。12月15日に待望の1stアルバム『グソクムズ』をリリースすると第14回CDショップ大賞2022に入賞。2022年には20th CenturyやKaede(Negicco)への楽曲提供でも注目を集める中、新曲「夏が薫る」を含む初期音源集『グソクムズカン』をリリース。そして12月14日に2ndアルバム『陽気な休日』をリリースした。
https://www.gusokumuzu.com
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Instagram:@gusokumuzu
YouTube:@gusokumuzu

2ndアルバム『陽気な休日』をリリースしたグソクムズ。彼らの地元と言える街、吉祥寺に4人そろってのインタビューは、時間を追うごとに徐々に緊張がほぐれていった。

高校時代に共通の友人を介して知り合った加藤祐樹とたなかえいぞをのフォークユニットとしてスタートし、サポートメンバーとしてリズム隊を担った堀部祐介、中島雄士がやがて正式に参加。1stアルバム『グソクムズ』(2021年)では、ソングライターとしてもそれぞれの個性を発揮した曲を提供した。つまり、前作はバンドとしての可能性を試す作品でもあったのだ。

それから1年。4人のメンバーそれぞれが異なる個性を持つソングライターであるという強みをさらに活かしながら、彼らが示した現在形が新作にはある。4人がそろうレアな取材ということもあり、後編では新作『陽気な休日』収録曲全曲についてメンバー自身の口から作曲の経緯やエピソードを聞いた。

インタビュー前編はこちら

「風を待って」「バスが揺れて」「冬のささやき」

——せっかく4人そろった取材なので、ここから『陽気な休日』全曲についてのエピソードをそれぞれ作曲者に聞いていきたいと思います。

M① 風を待って(作詞/作曲:堀部祐介)

堀部祐介(以下、堀部):アルバムでは1曲目なんですけど、書いたのはアルバム用の曲が出そろってからです。ある程度出そろったみんなの曲を並べてみて、全体の微調整として考えたというか、わりとシンプルにエイトビートの曲があるといいなと思って書きました。イントロ、Aメロ、アウトロで繰り返すリフがあるんですけど、その原形は高校時代に作ってたんです。どこかで使いたいなと思ってたのをふと思い出して当ててみました。

——アルバムの構成を考えて書いた曲なんですね。

堀部:そうですね。そういう狙いを多少持って、3人に「こういう曲どうですか?」と提示して、「いいね」と言ってもらえたのでアルバムに入りました。

——それが2ndアルバムの1曲目になった。歌詞も、自分達のだんだんひらけてきた状況になんとなく合ってて、アルバムのオープニングとしてふさわしい気がします。ちなみに曲順はどうやって決めるんですか?

加藤祐樹(以下、加藤):なんとなく、ですね。ただ、この曲は俺が「1曲目にしよう」って言いました。あとは「シェリー」を6曲目にしようと言ったのも俺。今回はそれしか口出ししてないです(笑)。

M② バスが揺れて(作詞/作曲:たなかえいぞを)

たなかえいぞを(以下、たなか):これはサビからできました。あとは、こういうベースラインを入れたい、みたいなアイデアがあったんで、徐々に構成していった感じです。歌詞については、僕はもともと日頃からメモに書きためてるんですよ。メロディもそう。浮かんだら録りためていて。そこがうまい具合につながって「あ、いいのができそうだぞ」と思ったら作曲を始めます。

——つまり、「作曲するぞ」と机に向かうというより、わりと日常からふっと曲を思いつく。

たなか:そうですね。ためてあるんで。

M③ 冬のささやき(作詞/作曲:加藤祐樹)

加藤:2年前くらいに作った曲だから、全然覚えてないんですよ。「冬のささやき」って部分のメロディがふと浮かんだんで。

たなか:おしっこしてる時でしょ?(笑)。

加藤:そう、トイレで(笑)。ふと思いついたので、そのままギターを手に取り、完成しました。

中島雄士(以下、中島):手、ちゃんと洗った?(笑)。

たなか:洗ってるところ見たことないもん(笑)。

——おしっこくさいエピソード(笑)。

たなか:おしっこくさい曲です(笑)。

中島:推し曲って、そういう意味だった?(笑)。

——とはいえ、2年前に作ったということは、ファーストより前ですよね?

加藤:前ですね。

たなか:セカンドに入れることになったきっかけは、1月(2022年1月23日)のワンマン・ライブ(青山・月見ル君想フ)ですね。あの時、アコースティック・セットでこの曲をやったんですけど、レーベルの人が「いいねいいね!」って言ってくれて、2ndアルバムはこれを推し曲にしようということになったんです。

「もうすぐだなぁ」「夢にならないように」「シェリー」

M④ もうすぐだなぁ(作詞/作曲:たなかえいぞを)

たなか:僕は今回3曲出したんですけど、その中ではこれが1番最後でした。メンバー全員でも最後のほう。完全にみんなの曲を聴きながら作った感じですね。微調整が効いてるというか。AメロとBメロがもともと自分のストックにあって、そこからアレンジを自分で考えて作りました。

——たなかくんの曲はすごく落ち着くというか、年齢に似合わない不思議なおおらかさがあるんですよね。

たなか:ありがとうございます。人柄ですね(笑)。

——「もうすぐだなぁ」の、小さな「ぁ」を持ってくるセンスとか、ちょっと1970年代的というか、懐かしい感じもある。

たなか:いやいや、そういうルーツとか全然ないですよ。LINEで文字打つ時によくちっちゃい「ぁ」をつけるくらいです(笑)。

中島:そういえば、メールにこの曲の音源が貼り出された時、最初は曲名だと気がつかなかったんですよ。つぶやきなのかなと思って。しばらくしてよく見たら、文字の下に音源データがくっついてました。

たなか:あの曲を出して1週間後くらいに「聴いた? 俺の新曲」って聞いたら、「新曲?」って反応でしたね。「え? これ曲ついてるんだ」みたいな(笑)。

——でも、わかります。そういう誤解をさせる不思議な自然体が、たなかくんにはあるんですよね。

M⑤ 夢にならないように(作詞/作曲:中島雄士)

中島:もともとタイトルだけあったんです。落語の「芝浜」がすごく好きで、あの噺のサゲに使われるフレーズです。そのコンセプトで曲を書きたいという気持ちだけずっとあって、今回新作を作るにあたって、たなかが歌ったらちょうどよさそうなメロディも浮かんできた。個人的には、ファーストに入っていた堀部の「街に溶けて」がすごく好きで、悔しかったんですよ。「くそー、いい曲書きやがって」みたいな(笑)。それに対して、俺はこういうのを書いてみようという気持ちで作った感じです。

——中島、堀部という作曲巧者の2人が「たなかに歌わせたらこうなる」と予想しながら曲を書く、その感じってなんなんでしょうね?

中島:僕は曲を書く時は基本的に歌う人がどういうふうに歌うかすごくイメージします。声とかギターの感じを脳内で再生するんですよ。たなかがサビで裏声で入って、オクターブ下でユニゾンするのをリスナーとして聴きたいなと思った。そのイメージで作った曲です。

——たなかくんの声質や歌い方は最初からもうそれなんですか?

たなか:歌い方はしょっちゅう変わるんでよくわからないんですけど、基本的にはどんどんスモーキーな感じになってきてる気はします。

堀部:やさしくなってる。

たなか:そうですね。テンダーになってきてます。

——改めてこの世代にあんまりいないいい声なんですよね。その声に当てて曲が書かれるのはいいことだと思います。

たなか:ありがとうございます。

M⑥ シェリー(作詞/作曲:中島雄士)

中島:グソクムズでネオソウルをやったらどうなるか、実験したいという個人的な夢があって、やってみました。がっつりそういう方向に行くメンバーではないから、どうなるんだろうという興味もあったし。加藤くんのギターをサンプリングして切り貼りするアイデアも、「ダメ」と言われるだろうと思ったら「いいよ」って言われたので。じゃあ、やってみようと。

——ネオソウルという言葉に対する感覚も全員違う気がします。それが面白くなるんだろうなと。

中島:でも、そのままネオソウル実験でいってもグソクムズの良さが出ないので、サビではわりとポップに跳ねる感じにしたんです。そういう部分はこのバンドの得意分野だから、そこでグッと聴かせて、また実験に戻るみたいな感じ。

——加藤くんが、これが6曲目がいいと思った理由は、LPレコードにするとB面1曲目だから?

加藤:まさにそれです。アルバムの1曲目が「風を待って」でだいぶびっくりするじゃないですか。だから、盤をひっくり返した時もびっくりさせたいなと思ったんです。

——タイトルは「もうすぐだなぁ」とは別の意味で、最近あまりJ-POPにはつかないタイプですね。

たなか:豊以来じゃないですか。尾崎の豊(笑)。

中島:これも「夢にならないように」と同じ発想です。まずメロディと歌詞を同時に作っていった感じですけど、サビのメロディがもう「シェリー」というフレーズにしか聴こえなくて、仮歌でそう歌ってたんです。結局それしか当てはまらなくなっちゃったんで、タイトルも「シェリー」に。

たなか:あるよねえ……。仮が本当になっちゃうやつ。

——たなかくんは、サビで「シェリー」って歌う時、どういう感じなんですか?

たなか:いや、なんとも思わないです(笑)。

加藤:そもそも、この曲のレコーディングでは歌うこと自体に必死だったもんね。

たなか:あんまりレコーディングまでに歌詞を落とし込めてなくて、結構苦戦しましたね。

加藤:リズム隊もレコーディングでは苦戦してた。

中島:むずかったー。

堀部:さらっと行ける気がしてたんだけど。

たなか:さっきも言ったように、セカンドのレコーディングは、エンジニアのたりおさんの要求がどんどん厳しくなって、結構レベルが違ったんですよ。

中島:OKラインの設定が高かったよね。

「ステンドの夜」「冷たい惑星」「ハイライト」「ゆうらん船」

M⑦ ステンドの夜(作詞/作曲:堀部祐介)

堀部:1stアルバムを作ってる途中か、作り終えたくらいの時期に、みんなに公開したんです。別にファースト用に書いたわけでもなかったけど、自分も気に入ってたんでみんなに聴かせておこうと思って。セカンドに入れるにあたっては、最初は結構速めで16分な感じのラテンをイメージしました。完成版よりリズムも細かいし、メロディの譜割も細かかった。

加藤:最初はもっとアホっぽかったんだよね。

堀部:僕なりのサザンオールスターズをやりたかったんですよ。中島もサザンが好きだから大盛り上がりしてたんですけど、年下2人に「アホっぽいからやめろ」って言われました(笑)。

中島:サンバ・ホイッスルみたいなの入れてたよね。

加藤:キーも上げようとしてたよね。

堀部:明るく聴かせたいというのもあったし、原キーがちょっと低かったから。えいぞをがちょっと歌いにくいんじゃないかなと思ったからなんだけどね。でも、最初の低いキーでいったほうがちょっと大人っぽい感じでいいという流れになりました。

たなか:俺はクールに歌いたかったんだよね。歌詞的にもそうじゃん。あんまりはしゃぎたくなかった。

——年長組はサザンで盛り上がったけど、年下はそうじゃなかったというのは面白いですね。

中島:「ちょっと考えろ!」ってね(笑)。

たなか:そこまでは言ってない(笑)。

M⑧ 冷たい惑星(作詞/作曲:加藤祐樹)

加藤:今年、アルバムの作業に入るまで1曲も作ってなかったんですよ。さすがに何か作ろうと思ってできました。個人的には、これはガンダムのテーマソングなんです。でも、えいぞをくんが最初は歌いたくなさそうで(笑)。

たなか:「なんだこれ?」って(笑)。

——歌いにくかった?

加藤:確かに、サビの譜割はやばいなと思ってました。でも、俺はデモではギリギリ歌えてたから、えいぞをくんは歌えるでしょと思ったんですけど、さすがにつらそうで。

中島:8小節息継ぎ無しヴォーカル。全部四分音符だから、曲としては結構キャッチーなんですけどね。

——歌詞カード見ても、ぎゅっと詰まってますもんね。

たなか:そうなんですよ……。レコーディングの最後のほうに、また毛色の違う曲が出てきたなと思って。これはもう自分のできる範囲で歌おうと思ってやったら、いい感じになりました。

加藤:たりおさんのアドバイスが効いたよね。

——どういうアドバイス?

たなか:もっとゆるく、PUFFYっぽく歌う、みたいな。

堀部:あれは、たりおさんのファインプレーだったよね。

中島:ベースもディレクションしてくれたし、サビのハモリもつけてくれた。

加藤:僕はユニコーンっぽい曲を作ろうと思ったんですよ。たりおさんもユニコーン大好きなんで、そこも合致して盛り上がりました。で、歌い方はPUFFYっていう(笑)。

——1990年代J-POPの結晶でしたか(笑)。

たなか:非公認の奥田民生プロデュースですね(笑)。

M⑨ ハイライト(作詞/作曲:加藤祐樹)

加藤:これは、ファーストの時に作った曲です。とりあえずめちゃくちゃ転調する曲を作ろうと思って(笑)。ファーストに入れるのはやりすぎかなと思って外したんですけど、今回入りました。僕が曲を書いてなかったので。

——とはいえ、リズム隊の2人とは違う技巧というか、思いもつかない展開やひらめきが加藤くんの曲にはありますよね。

たなか:他の人には絶対作れない。

堀部:このコードの後はこのコード、という展開が普通はあるんですけど、加藤くんの曲はそういう予想が全然効かない(笑)。自分が思ったところに動いたら全然違うコードだった、みたいな。

たなか:わかるわー。歌もそうなんですけど、やっぱり(加藤の曲は)歌うのが難しいんですよ。まったく自分の手癖にない曲なので。

中島:予測変換できない。

堀部:勉強になるよね。ここからここいくのアリなんだって思う(笑)。でも曲としてきれいな流れになってるから、すごいなと思う。

——ある意味、この4人だから加藤くんの曲は成立してるんでしょうか?

加藤:堀部さんのスーパー・ベースのおかげですよね。この曲のベースはすごい。

堀部:あー、そう言ってもらえてよかった。この曲のベースラインについてはどうしようかずっと悩んでてたんで。レコーディングの時、「ウォーキングベースでびっくりさせてほしい」って加藤くんに言われたんですよ。でも、ウォーキングベースでびっくりしたことって俺はあんまりない(笑)。じゃあ、ちょっとロカビリー系のはしゃぎ方をしてみようかなと思って、意識しながらやりました。

中島:難しいオーダーだったなあ(笑)。

M⑩ ゆうらん船(作詞/作曲:たなかえいぞを)

——同名のバンドと最近対バンしましたよね?

たなか:しました。たまたま被っちゃいました(笑)。曲としては、ファーストのリリース前にはもう原形ができていたんです。歌詞を入れていったらメロディラインも変わっていって、今年の3月くらいにできあがりました。歌詞もメロディも自分ではすごく気に入っている曲かもしれない。わりと真面目にやったな、という感じです。

——この曲の世界観の大きさは、まさに僕の感じるたなかくんらしさです。

たなか:実際に箱根あたりで遊覧船を見てたんですよ。

堀部:その船、子どもの頃に乗ったことある。

たなか:僕は遠くから船を見てた側なんですけど、遠くから見てると全然進まないんですよね。その光景を見て「遊覧船っていいな」と思い、歌詞になりました。本当は最初はタイトルは漢字の「遊覧船」だったんです。でもそれだとなんか硬いんですよね。全部ひらがなの「ゆうらんせん」だとアホっぽいし(笑)。それで「船」だけ漢字にしたら、バンドのゆうらん船と被っちゃったんです。先日対バンした時、先方に最初の4文字だけひらがなにした理由を説明したら、ヴォーカルのイタルさんも「それ、僕もまったく同じ理由です」と言ってくれました。「そうですよね! それがベストですよね!」と(笑)。よかったです。あの方達はさすがですね。

——そのツーマンもそうですけど、ライヴも結構増えましたよね。

中島:そうですね。どこかのタイミングで「ライヴをちょっと多めにやろう」って4人で話しました。

たなか:ライヴが楽しいってちょっと思うようになってきました。

堀部:ギャラもちゃんと出るようになったし(笑)。

——以前は、ライヴについてはあまり積極的ではない、という感じでしたよね。

たなか:昔は練習も全然してなかったから、よく間違えてましたしね。今は間違えてもあんまり気にしなくなった。

中島:間違えるのは変わらないんだけど、メンタルが育った。

たなか:はい。人間的に成長したんで(笑)。

——来年2月4日にワンマン(渋谷WWW)もありますし、今後もライブは増やしてほしいですね。

たなか:僕はやっていきたいです。

堀部:ライブは楽しいので、ぜひ!

グソクムズ『陽気な休日』 12月14日リリース

■グソクムズ『陽気な休日』
12月14日リリース
CD / デジタル配信
CD:¥2,640 
1. 風を待って 作詞・作曲 / 堀部祐介
2. バスが揺れて 作詞・作曲 /たなかえいぞを
3. 冬のささやき 作詞・作曲 / 加藤祐樹
4. もうすぐだなぁ 作詞・作曲 / たなかえいぞを
5. 夢にならないように 作詞・作曲 / 中島雄士
6. シェリー 作詞・作曲 / 中島雄士
7. ステンドの夜 作詞・作曲 / 堀部祐介
8. 冷たい惑星 作詞・作曲 / 加藤祐樹
9. ハイライト 作詞・作曲 / 加藤祐樹
10. ゆうらん船 作詞・作曲 / たなかえいぞを
https://p-vine.lnk.to/9uEff6

Photography Mayumi Hosokura

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バンド・グソクムズのメンバーが語る新作『陽気な休日』と「グソクムズらしさ」 インタビュー前編 https://tokion.jp/2022/12/26/interview-gusokumuzu-part1/ Mon, 26 Dec 2022 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=162522 2ndアルバム『陽気な休日』をリリースしたバンド・グソクムズのインタンビュー。前編では新作のリリースに至るまでを語ってもらった。

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グソクムズのメンバー。左から加藤祐樹、中島雄士、たなかえいぞを、堀部祐介

グソクムズ
東京・吉祥寺を中心に活動し、“ネオ風街”と称される4人組バンド。はっぴいえんどをはじめ、高田渡やシュガーベイブなどから色濃く影響を受けている。2014年に、たなかえいぞを(Vo/Gt)と加藤祐樹(Gt)のフォークユニットとして結成。2016年に堀部祐介(Ba)、2018年に中島雄士(Dr)が加入し、現在の体制となる。2020年に入り精力的に配信シングルのリリースを続け、2021年7月に「すべからく通り雨」を配信リリース。12月15日に待望の1stアルバム『グソクムズ』をリリースすると第14回CDショップ大賞2022に入賞。2022年には20th CenturyやKaede(Negicco)への楽曲提供でも注目を集める中、新曲「夏が薫る」を含む初期音源集『グソクムズカン』をリリース。そして12月14日に2ndアルバム『陽気な休日』をリリースした。
https://www.gusokumuzu.com
Twitter:@gusokumuzu
Instagram:@gusokumuzu
YouTube:@gusokumuzu

「風を待って」のイントロでギターが鳴った瞬間、新しい風を感じた。2ndアルバム『陽気な休日』で、グソクムズはバンドの音楽性を気ままに拡張している。ここに広がる景色は、この4人組バンドが迎えた次の季節を実感させるものだ。

メンバー4人そろってのロング・インタビューはおそらく初。そのやりとりからは新作で彼ら自身が感じた変化や成長だけでなく、この4人だからこそ生まれるサムシングを、打ち解けた会話のグルーヴから感じ取ることができる。そんなグソクムズの飾らない現在地をひしひしと感じる彼らの言葉を前後編でお送りしたい。前編では新作のリリースに至るまでを語ってもらった。

メンバー全員が作詞作曲できる稀有な組み合わせ

——最近のグソクムズはわりと活動的に思えます。2022年は初期楽曲集『グソクムズカン』とセカンド・アルバム『陽気な休日』と、2枚のフル・アルバムをリリースしたことになります。ファーストから1年でのセカンドは早いペースですけど、ファーストとの違いは意識しました?

堀部祐介(以下、堀部):ファーストの時は、僕らのアルバムとして最初に出る作品だったから「みんなが思うグソクムズらしさが出るといいよね」みたいな話はした気がする。

たなかえいぞを(以下、たなか):今よりも、ちょっと慎重だったかもしれないですね。

加藤祐樹(以下、加藤):ファーストでは、サウンドの統一感も出したかったし。

堀部:今回は「冬のささやき」が入ることだけが先に決まってて。「じゃあ、後はそれぞれ新曲を書いてきましょう」というお題に応えてできた曲集という感じです。こういうアルバムにしたいとかは何も話さず、でしたね。

中島雄士(以下、中島):各自、デモを作ったらネットに上げて共有していくんですよ。みんなそれを聴きながら無意識に微調整はしていたと思う。

たなか:微調整ね(笑)。

——そもそもグソクムズって、4人全員が自分で作詞作曲までできるソングライターという、かなり稀有な組み合わせなんですよ。初期作品集『グソクムズカン』ではたなか/加藤楽曲が大半でしたよね。そもそも最初は2人のデュオで活動していて、そこにサポートで堀部くん、中島くんが加わって、やがて正式加入した。その過程で、堀部/中島楽曲もどんどん増えていった。そこはバンドとして最初からウエルカムだったということですか?

堀部:それまで僕も他のバンドでは曲を書いていたんです。だけど、グソクムズでは2人がメインで曲を書いていくんだろうなと思ってました。でも、ある時「書いてきてよ」って言われて、それで作ったのが「街に溶けて」(『グソクムズ』収録)なんです。

中島:1stアルバムを作ることになり、収録曲にバリエーションがあったほうがいいということで、僕ら2人の曲を入れたいという話だった気がする。

たなか:いや、「街に溶けて」は、ファーストの前にもうあったよ。

中島:そうだっけ。そういえば、レコーディングはされなかったけど僕も1曲書いた気がする。

たなか:バンドとしての実験的な試みだったかなと思います。

——要するに、たなか/加藤にはない個性の曲を堀部/中島は書けるぞという見立てがあったし、サポートじゃなくてメンバーだぞという体制の変化の表れでもあった。

たなか:そういうことですね。バイトから正社員になったぞと(笑)。

堀部:気がついたらバンドに入ってた、みたいなね(笑)。

たなか:(2人を)ずるずると引き込んでいたんです。

——堀部くん、中島くんは、グソクムズ用の曲を書く上でどんな意識をしてました?

堀部:最初はグソクムズっぽさを意識しました。たなかと加藤はフォーク・ユニットだったんで、僕もフォークにソウル系の香りを入れたような曲を書こうと。でも、あんまり自分的に満足できる曲ができなかった。それで、自分の好きなように書いて、バンドでアレンジしてもらおうという方向に変えたんです。それがうまくいったんで、そこからは自分が書きたい曲を書くようにしてます。

中島:僕はむしろ堀部とは逆で、最初は2人には書けないだろうと思うタイプの曲をあえて持っていったんです。だけど、ちょっと毛色が違いすぎて、それはボツに(笑)。そこからは、グソクムズでやることを意識して、バンドにフィットする曲調や構成を意識して書くようになりました。

——たなかくん、加藤くんは、自分達以外の人が書いてきた曲をどう受け止めていたんですか?

たなか:うーん、どうなんですかね? もともと僕の曲だけじゃなく加藤くんの曲もあったので、他人の曲を自分に落とし込んで歌うという意味では僕は変わりはなかった。

加藤:僕はもうウエルカムでした。特に堀部さんの曲は「堀部ワールド」が出ていて、いいんじゃないかなと思ってました。

——前にたなかくんにインタビューした時に、「誰が曲を書いても、この2人(たなか、加藤)を通すことでグソクムズの曲になる」と言っていて、それは本当に言い得て妙だなと思いました。

たなか:そうですね。温度感というか。

——そういう化学反応は堀部さん、中島さんも感じてます?

中島:感じてますね。僕の場合はデモ音源を作る段階で、このメンバーの色が入ることを織り込み済みにするんです。たぶん、この人達が歌ったりギターを弾いたりすると変わるだろうなというのを見越して提出する。だから、デモも固めすぎず、ふわっとした状態で「あとは頼んだ」って投げちゃうんです。そうすると知らない間にグソクムズの曲になってるから、楽ですね。

たなか:言ってたね、「バンド楽だわ~」って(笑)。

堀部:固めてゆく作業はその曲を書いた人が中心ではあるんですけど、最終的なジャッジは全員で納得ができるところを探します。まあ、でもグソクムズらしさというのは、えいぞをの歌と加藤くんのギターだと思いますね。僕らリズム隊もそれぞれ個性を出して頑張ろうとは思いますけど、本質のところは、フロントの2人がどうやったら活きるかみたいなことをサポートするのが自分達の役割かなとは思います。

中島:2人を犠牲にして僕らが目立とうとはあんまり思わないもんね。

ファーストよりさらなる高みに

——バンドの関係性がなんとなくわかってきたところで、新作の話に移ろうと思います。結構、レコーディングが大変だったそうですが。

加藤:自分達ではファーストの感じで結構いけるだろうと思ってたら、エンジニアのたりおさんからの要求が厳しくなってたという感じです。

堀部:ファーストの時にはあまり出なかった曲のグルーヴの話とか、結構細かいところまでいろいろ見てくれた感じでした。たぶん、たりおさんから見て、「ここまで言っても応えられるだろう」というところまで僕らが成長できていたのかな。

中島:ファーストの時は、これ以上厳しく言うとメンバーが考えすぎて良さが減ったり逆効果になると思っていたそうなんです。でも今回は、1年かけて関係性も築いてたし、「これくらい言っても別に嫌われないだろう」みたいなことまで結構言ったと(笑)。

たなか:僕が言われたのは歌に関してですけど、今回、曲によって歌い方が全然違うんですよ。最初はそれがやりにくいと思う部分もあったんですけど、いざアルバムとして通して聴くとバリエーションが出てよかった。自分のクセじゃない歌い方をするのって勉強になるし、うまくなるきっかけにもなるなと思いました。

加藤:今回、俺はすごい優秀だったんです。全曲2、3テイクで終わらせたし。

中島:早かったよね。

加藤:「もうちょいここのリズムに気をつけて」とかアドバイスもちょくちょくもらってたと思うんですけど、それはファーストの時も言われてたし。そんなに(変化は)ないかなあ。(レコーディング中)俺はほとんど遊んでたよ(笑)。

堀部:川に入ってたでしょ。

加藤:川に落ちちゃったんだよね(笑)。

——加藤くんは自由にやらせたほうが良さが出るというのはあるかもしれないですね。実際、1曲目の「風を待って」で、ギターの音が出てきた瞬間、ハッとするんですよね。計算じゃない音がしてる。

加藤:恥ずかしかったよね、あのギターは(笑)。

中島:俺は大好きだよ。あの曲のレコーディングでは、みんなでスタジオでSUPERCARの曲を聴いたんですよ。

——へえ! エモい(笑)。

中島:まず一度みんなで合わせてみたら、すごい気恥ずかしさが残って。それで「SUPERCARでも聴くか!」となって4人で聴きました。謎のSUPERCARイベント(笑)。

堀部:青春の苦い思い出がいろいろ浮かんでね。

——SUPERCARを参照したというより、自分達の曲をやり終えてから聴いて確認するという逆参照(笑)。

たなか:恥ずかしいもんね! そうなるよね。この歳になって、こういう曲をやるとはあんまり思ってなかったじゃん。他の人達はたぶん、もう20代前半とかでやってきたんだよ。でも俺達は20代後半の今やってるから、ちょっと照れちゃってるんだよね。

——この歳になって、って、まだ十分若いけど(笑)。でも、このバンドの面白さはそういうところでもありますよね。大人っぽくスタイリッシュなことをやってるように見えて、ズームインしていくといろいろズレてるし、はみ出してもいる。

堀部:他のバンドを見てると、俺らみたいにゆるいバンドはあんまりいないなとは思いますね。

たなか:確かに! 周りはもうちょっとかっこつけてる。

堀部:他のバンドは、ちゃんとステージに立ってる気がする。僕らは本当に出演者よりお客さんが少ないようなところでやってた時から、やってることもしゃべってることもそんなに変わってない。

——MCタイムで急に部室みたいになるのもそうなんでしょうね(笑)。たなかくんのMCの動じなさはすごいなと感じてますけど。

堀部:MCに関してはよく怒られてます。でも1回しゃべんないでライブした時、お客さんからすごい評判悪かったんですよ。

中島:「MCつまんなかった」「冷たい感じ」みたいな。

たなか:クールに映っちゃったんでしょうね。

堀部:あれはあれでかっこいいなと思ったけど。

中島:プロっぽいというか。

たなか:やっと? 20代後半になってその自覚やっと?(笑)。

タイトル『陽気な休日』決定の経緯

——まあ、そのお客さんの気持ちもよくわかります。あのMCタイムはクセになる。でも曲になれば、すぐにちゃんとするから面白いですよね。ONとOFFを切り替えているのか、もしくは切り替えなくてもつながってるのか。もしかして、そういうスタンスが新作のタイトル『陽気な休日』にも出ているのかもしれない。ちょっと不思議な言葉じゃないですか? 「陽気な」と「休日」って言葉がつながると不思議なアンバランスさが生まれる。そういう感覚がグソクムズっぽさなのかな。

加藤:あのタイトルは、俺が決めたんです。マジで思いつきで決めたんですけどね。スタジオでみんなでセカンドのタイトルのこと話してる時に、「『陽気な休日』はどう?」って聞いたら「いいよ~」って返事が来たんで。もともとはえいぞをくんの曲名だったんですよ。ファーストを作る時に「陽気な休日」という曲を作ってきたんだけど、彼が自分でボツにしちゃったんです。

たなか:僕がやりたかったアレンジとは違う方向で進んだんで、その曲をやるのはナシにして、タイトルだけ今回のアルバムに引き継いだような感じです。いつか曲としての「陽気な休日」もリリースできる機会があれば録ります。

——さっきも言いましたけど、ファーストを出した時、“シティ・ポップ”とか“ネオ風街”みたいなワードが出ましたけど、このバンドの曲のバラエティやライブの空気感を知れば知るほど、そこには全然ハマらないとわかってくるんですよ。でも、それを口で言い訳したり、強い言葉で否定したりするよりは、曲を聴いてもらったら「やっぱりちょっと違うな」と思ってもらえるから、そのほうがいい。そういう表明を音楽でしてゆくために、この『陽気な休日』は必要なアルバムと思いました。

たなか:そうですね。

——さっきも言った、以前のたなかくんへのインタビューで、もう1つすごく印象に残っていることがあるんです。「はっぴいえんどは高校の頃に聴いてました。今はもうああいうのは流行んないんじゃないですかね」と言ってたんですよね。向かうんじゃなく、もう過ぎた、っていうのが妙に心強い感じがして。すごい面白いこと言うなと思ってました。

堀部:もともとたなかと加藤のフォークユニットで始まって、その流れでバンドになったわけだし、日本語でやる以上、はっぴいえんどの名前が出てくるのはある意味で宿命なのかなとは思います。それに、はっぴいえんどみたい、サニーデイ・サービスみたいと言われることは、別に僕は嫌いじゃない。

たなか:しょうがない。

堀部:僕らから寄せてるわけではないので。「こういうふうに聴こえるんだな」と思うだけです。

たなか:俺らがはっぴいえんどに聴こえるようだったら、まだまだってことだよね! どっちもちゃんと聴いてない証拠!

全員:(爆笑)。

後編へ続く

■グソクムズ『陽気な休日』 12月14日リリース

■グソクムズ『陽気な休日』
12月14日リリース
CD / デジタル配信
CD:¥2,640 
1. 風を待って 作詞・作曲 / 堀部祐介
2. バスが揺れて 作詞・作曲 /たなかえいぞを
3. 冬のささやき 作詞・作曲 / 加藤祐樹
4. もうすぐだなぁ 作詞・作曲 / たなかえいぞを
5. 夢にならないように 作詞・作曲 / 中島雄士
6. シェリー 作詞・作曲 / 中島雄士
7. ステンドの夜 作詞・作曲 / 堀部祐介
8. 冷たい惑星 作詞・作曲 / 加藤祐樹
9. ハイライト 作詞・作曲 / 加藤祐樹
10. ゆうらん船 作詞・作曲 / たなかえいぞを
https://p-vine.lnk.to/9uEff6

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cero・高城晶平、角銅真実らが語る“暗く自由な”音楽フェス「FRUE」の魅力 https://tokion.jp/2022/06/23/attraction-of-festival-de-frue/ Thu, 23 Jun 2022 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=125861 ジャンルにとらわれないラインアップや、異質な演出で人気を博す「FESTIVAL de FRUE」。主催の2人に、出演経験のある高城、角銅を交えて、過去のライヴや裏話などを語ってもらった。

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来る6月26日、立川ステージガーデンにて開催される「FESTIVAL FRUEZINHO 2022」。2017年以降、毎年11月に静岡県掛川市のつま恋リゾート彩の郷で行われてきた音楽フェス「FESTIVAL de FRUE」のチームが新たに挑むワンデー・フェスとして、音楽ファンの大きな注目を集めている。海外からは「FRUE」に出演経験があり縁の深いサム・ゲンデル(Sam Gendel)&サム・ウィルクス(Sam Wilkes、ともにアメリカ)、ブルーノ・ペルナーダス(Bruno Pernadas、ポルトガル)の2アクトを招へい。日本からはcero、坂本慎太郎の出演が実現した。さらに27日名古屋得三(サム・ゲンデル&サム・ウィルクス、折坂悠太)、28日大阪なんばユニバース(ブルーノ・ペルナダス、サム・ゲンデル&サム・ウィルクス、折坂悠太)と「FESTIVAL FRUEZINHO 2022」は続く。

その開催を前に、ceroやソロ・アクトとして出演を重ね、フェスとしての世界観と可能性を実感してきた高城晶平(cero / Shohei Takagi Parallela Botanica)、角銅真実(ceroサポート)と、主催者の山口彰悟、吉井大二郎を迎えて座談会を行った。
一度でも足を踏み入れた者なら必ず感じる、出演者も観客も戸惑い、やがて忘れられなくなるほどに魅了されるあの暗さ、あの静かさ、そしてあの自由さ。他のフェスとは明らかに違うあのフィーリングとステージで起きる偶然の奇跡。その謎と、「FRUE」らしさの源泉は何なのかについて語り合ってもらった。

過去のライヴから見えてくる「FRUE」の特異性

──「FESTIVAL de FRUE」との関わりとしては、高城くんがDJで参加したのが最初ですよね?

高城晶平(以下、高城):あれは第2回(2018年11月3日、4日)でしたっけ?

山口彰悟(以下、山口):そうです。

──初日、メイン会場(THE HALL)のオープニングDJでしたね。しかも、出演が決まったプロセスってTwitter上のやりとりでしたよね? ネルス・クライン(Nels Cline)とかサム・ゲンデルが出演決定したニュースに対して高城くんが「いいなあ」ってつぶやいたのがきっかけじゃなかった?

高城:前の年に発売したサム・ゲンデルの歌ものアルバム(『4444』2017年)をよく聴いてたし、以前から好きだったネルス・クラインも出る。「最高じゃないか!」と思ったんで、自分が出演したいとかの気持ちも全くなく、普通に「行きたいな」ってツイートしたんです。そしたら、「じゃあDJで出てください」みたいなリプライが来て、こっちとしては「いいんですか?」みたいな流れでした。

──「FESTIVAL FRUEZINHO 2022」で4年ぶりに来日するブルーノ・ペルナーダスも、その年が初来日だったんですよね。

高城:それで当日、現地に行ってみたら、普通のフェスともう一見して空間が全然違うわけですよ。まず、メイン会場が暗い(笑)。照明も紫か青ばっかりで、たまに赤が入るくらい。その暗さにぶちのめされました。でも、即興メインのアーティストでもちゃんと客席の反応があるし、DJステージ(GRASS STAGE)もすごく盛り上がっていた。「なんかこれってすごいフェスなんじゃないの?」と感じました。翌年(11月3日)にはceroとしても出演して、付き合いが始まりましたね。

角銅真実(以下、角銅):私も、初めてceroで出演した時、光の暗さと即興ベースの音楽にやられました。照明の暗さには意図はあるんですか?

山口:あれは、僕等が2000年代に「オーガニック・グルーヴ」というイベントを手伝っていた頃に知り合い、代官山UNITで「FRUE」を始めた時から付き合いのあるワジー(和島幸郎)さんというライティングデザイナーの方に完全に任せています。

──つまり、わかっててやってる、攻めの照明ってことなんですね。

山口:そうです。「暗すぎる」とか「地味」って結構言われるけど。

高城:いやー、ぜひそのまま明るくしないでやり続けてほしい! 光量上げてビカビカにするフェスは他にいくらでもあるから、「FRUE」には密儀のようにやっていてほしいです。

──山口さんが高城くんに声をかけたのは、純粋にツイートへの反応としてだけじゃなく、ceroというバンドの音楽にもともと興味があったから?

山口:日本人のバンドをどう選ぼうかと考える時に、ceroは候補に入ってくるんですよ。売れているバンドだけど、ちゃんと挑戦的な音楽をやっているという印象は大きかった。

高城:実は、ceroで最初に出た時は、普通のフェスみたいに盛り上げていくチューニングが自分の中から抜けてなかったんです。演奏しながら「あ、そうだよ、これは違うよね」と気が付いたんです。でも、そこに挑戦しがいがあると感じました。

──そういうチャレンジングな空気感は、主宰する側としても最初から意識していたんですか?

山口:あんまり考えてなかった(笑)。僕が家で聴いてる音楽を集めたら、ああいうラインアップになるのかな、という感じ。

高城:2018年にサム・ゲンデルを見た時(ドラマーがライ・クーダーの息子のヨアキムで、ベースがマーク・リボーズ・セラミック・ドッグのシャザード・イスマイリー)、広いステージなのに3人がめちゃ近くに顔付き合わせて演奏したのが、まるでナイヤビンギみたいな密儀感だった。ひたすらモワモワ~って感じで「なんだこりゃ? ここメインステージだよね?」って思ったくらい。

角銅真実(以下、角銅):最高やん! 素晴らしい。

高城:角ちゃん(角銅)と2人でクアルタベ(Quartabê)(2019年)見ながらすごい盛り上がったことあったよね。

角銅:あのジョアナ・ケイロス(Joana Queiroz)さん達のユニットは、すごかった。あんな静かな演奏を大きな規模の会場でやるのもすごいし、「FRUE」には謎があるのがいいですよね。

──普通のフェスには、後半になるにつれてだんだん大物になるとか、暗くなるとムードもぶちあがっていくというエントロピー的な設定がプリセットであるじゃないですか。でも、クアルタベは、まさにその真逆だった。「トリがあの静かさでいいの?」みたいな衝撃がありました。

高城:「ゆく年くる年」みたいな終わり方でしたよね(笑)。

山口:みんなまだあの時点ではクアルタベのよさにあんまり気が付いてなかったけど、僕は絶対いけると思ってたので、遅い時間(初日の21:40~)に入れたんです。

高城:とはいえ、「FRUE」にはエンターテインメントであることをあきらめてない感じもあるじゃないですか。同じ2019年に出たビリー・マーティン(Billy Martin)(illy B’s Organism Session名義で、大友良英、ジョアナ・ケイロス、マルコ・ベネヴェント、マリア・ベラルドが参加)がステージで「ウエー!」って叫びながら笹の葉を振ってて。でも鳴ってる音はシュッシュッってすごく静かなの。あの時間、エンタメというものの可能性が広がるなってすごい思ってました。

山口:あれ、ビリーから「笹が欲しい」ってリクエストが来て、「笹を持ってきてくれた人は入場無料にします」ってツイッターで応募したんだよね。

吉井大二郎(以下、吉井):しかも言われたのがビリーが来日してからだった。でも、告知したら、すげえ応募が来ました。お客さんにも参加してほしいから、ああいう問いかけはおもしろいですよ。

──「FRUE」は客席にも“参加してる感”は必ずありますね。やる人/見る人の関係性が遮断されてない。

高城:なんか、みんな客席で、今演奏しているアクトで起きていることについて、隣にいる人にひそひそ感想をしゃべってるんですよね。僕も「やばいね」みたいなことをすごく言うし、逆にいうと、固唾を呑んでステージを「見てやるぞ」みたいな態度の人はあんまりいない印象。

──“鑑賞”になってしまってないし、悪い意味でのダメ出しとも違う。もちろん黙って見ていても、踊っていてもいい。自分達が演奏に対して反応することで全体に関与できるように感じます。

高城:そうそう。クリエイトが客席でも起きている感じがある。演奏する側も“ひそひそ”を邪魔しないほうが「FRUE」はいいんだなって思います。

山口:何にも意識してないんだけどな。もともと僕らは新宿にあった時代のリキッドルーム(1994〜2004年)の影響があるんですよ。あの時代のリキッドルームは本当に何でもありだったし、あそこで働いてたりイベントをやってたりした裏方の人達が「FRUE」にも関わってくれてます。僕達は会ったことないのですが、PAで小野さんという方がいらっしゃって、その人が日本のフェスやレイヴシーンを作ったとも言われている存在だと話には聞いていて、すでに小野さんは亡くなっちゃったんですが、小野さんの精神を受け継いだ照明のワジーさんはじめ舞台監督のミック(井上光祥)さんや音響のLSD-Eらの裏方チームが存在します。その彼らとともに、僕達も関わってきた「True People’s CELEBRATION」や「オーガニック・グルーヴ」というイベントが2000年代には行われていて、さらにそこを受け継いだのが「FRUE」で、僕達は小野さんの「孫世代」と言われたことがあります。

高城:あの暗い照明にはそういう歴史と理由があったんだ。なるほどね。

山口:ワジーさんは、最小限の資金でどれだけ効果的なことをやるか、みたいなことも一緒に考えてくれるんですよ。例えば海外アクトから「照明でこれを追加してほしい」とリクエストがあった時も、ちゃんと元の照明でやることの意図を説明してくれるからすごい助かる。「FRUE」のノンジャンル感は、これまでのフェスやレイヴのシーンをイチから作ってきた人達の歴史の上に乗っかってるという意識はあります。

角銅とサム・アミドンが共演した経緯は?

──「FRUE」で印象的なのは、タイムテーブルはあるけど、それぞれのアクトの終わり時間に線を引いてないところですね。一応1時間くらいって目安はあるけど、長くやりたければやってもいいと説明を受けた。2019年の大トリだったトン・ゼー(Tom Ze)について山口さんが「彼がやりたければ3時間くらいやってもいい」って言ってたのを覚えてます。

高城:それはすごい。

山口:終わり時間をタイムテーブルに書いちゃうと、お客さんがみんな「あとこれくらいで終わるんだ」みたいに思っちゃう。それはおもしろくないなと思うんです。転換の時間は必要だから、長くなるといってもせいぜい10分くらいなんで、そこを吸収できるように僕らが進行を組んでいけばいいかな。実際、去年の2日目は少し押していたんですけど、最終的にテリー・ライリー(Terry Riley)で吸収されました。

角銅:テリーさん、すごかった。

──角銅さんも共演してましたしね。あれは本当に現世の夢みたいな時間と空間でした。ステージでのセッション(テリー・ライリー、宮本沙羅、サム・アミドン、大野由美子、角銅が参加)は最初予定になくて、テリーさんが実際に会場でいろいろライヴを見てOKを出していったと聞きました。

角銅:そう、私のライヴも見てくれてて、感想をくれました。

高城:最高だよね。フェスの中で生成変化が起こっている。そう考えると、アーティストも最後までずっと残ってなきゃダメですよね。「『FRUE』の2日間では、そういうことが起こりうるよ」っていうのは、ぜひカラーにしてほしい。

──最初は、「ワールドミュージックとレイヴのフェスなのかな?」くらいの印象だったんですよ。おもしろそうだけど自分が行って楽しめるかはわからない、みたいな先入観があった。だけど、今はこんなにおもしろいフェスはないと感じてるんです。

山口:ワールドミュージックが多いって言われてたのは、ジャジューカ(Joujouka)を呼んだりしてたからかな(2017年)。

高城:むしろ、レコード屋さんにある「その他」の棚みたいなフェスですよね。

──そういう棚に入ってる音楽って、動的か静的かでいったら静かなイメージでしょ? でも、「FRUE」でそういうアクトにアクセスすると、すごく動的な印象を持つ。音が大きくなくても踊れるし、大きなステージにちっちゃく集まってゴニョゴニョやってる行為が音楽としてすごく気になるんです。

高城:そうそう! なんか引きがある。それが発見だよね。

山口:感想ツイートで、「こんなフェスが成立するんだ」みたいなことが書かれてるのがすごい印象的だった。そもそも「見たこともない景色を見せてくれる人達がいいな」と思ってやってるから、どんな音楽やってようが関係ないんですよ。

高城:ジャンルとかじゃない、もっと抽象的なものだけど、一貫性はありますよね。

山口:でも、最近はフェスとしてのストーリー性が出てきたこともおもしろいなと思ってます。去年、角銅さんとサム・アミドンがお互いのステージに参加して、最終的にテリー・ライリーのステージにも一緒に立った流れもそうだし、高城くんが最初はDJで出て、それからceroで出て、ソロのShohei Takagi Parallela Botanicaでも出て、みたいに関係性が育っていく感じもそう。

高城:ceroの出演は、角ちゃんを「FRUE」に連れていったことの功績が大きいですよね。今や角ちゃんは“「FRUE」のクイーン”になってるから(笑)。そこは相当大きい仕事をしたと思います。

──それこそ去年、サム・アミドンが角銅さんのステージに飛び入りしたのは、前の晩にフードエリアにいた時に決まった話でしたよね。

角銅:私がサムさんの前でモジモジしてたら、その時一緒にいた松永さんに「『一緒にやろう』って言ったほうが絶対いいよ」って背中押されたんです。それでサムさんと熱燗を一緒に飲んでいる時に「ちょっと相談があります。一緒にやりたいです」って言いました。そしたら「やろうよ!」って返事してくれて。

──あれは僕が背中押したというより、その前に角銅さん達が「『Lullaby』だったら一緒にできるかも」みたいな話をしてたのを聞いてたから、だったかな。実現する可能性があるならやったほうがいいし、「FRUE」はそういうことを止めるタイプのイベントとは真逆だから。

角銅真実「Lullaby」

高城:サム・アミドンとジム・オルーク(Jim O’Rourke)が楽屋で話してる光景も胸熱だったな。サムの奥さんのベス・オートン(Beth Orton)がジムさんのプロデュースでアルバム(『Comfort of Strangers』、2006年)を出してるでしょ。サムさんが「妻が前にお世話になって」みたいな話をしてて、すごくいいシーンでした。

──サム・アミドン自身も角銅さん、テリー・ライリーのステージに参加して楽しかったと思う。来る時はその展開は予想してなかったんじゃない? そもそもサム・ゲンデルだって2018年に出演したことで「音楽って何やってもいいし、日本のオーディエンスは受け入れてくれる」みたいな感覚をより強く持った、みたいなところはあるかもしれない。

吉井:そもそも僕らも、あの時サム・ゲンデルがどんなライヴをやるのか全くわかってない状態でブッキングしてたから(笑)。

山口:前の年のアルバムでは歌ってたのに、呼んでみたらぜんぜん歌わなかったしね。

吉井:ギターすら弾かなくなっちゃってた。

高城:突然ミュージシャンを20人くらい連れてきても「FRUE」ならOKって思うかも。「今回オーケストラとやるから」「えー?」みたいな。

「みんな音楽をフラットに楽しんでるし、自然に盛り上がる」(高城)

──会場(つま恋リゾート彩の郷)って、確かGoogle Mapで見つけたんですよね?

高城&角銅:ええー!?

山口:そうなんですよ。

角銅:もうそういうところが好き。探すのも楽しそう。

山口:11月でもまだギリギリ気候があったかくて、雨が降らない時期にできそうな会場をずーっと探してたんですよ、Google Mapで。それで静岡の海沿いを見ていたら、「なんか、ここにあるな」みたいな。検索したら古びたイベントホールが出てきて、実際に見に行って「ここだー!」ってなりました。

高城:あそこって、奥のほうにもう1つ廃墟みたいな建物がありますよね?

山口:ありますね。

──今後、そこも使います? 「肝試しステージ」みたいにして、もう完全に真っ暗で(笑)。

山口:ステージをもう1つ作りたいという気持ちはあるんですよね。弾き語り系の人が出る小さな場所とか。「FRUE」に一度出てくれたアーティストが、バンドで出演とかじゃなくても遊びに来て、ソロでライヴできるとか、そういうステージがあるといいのかなと思っていて。

高城:「ROOKIE A Go-Go」みたいなステージがあってもいいかもね。絶対やばいやつらしか来なそうだけど(笑)。

──「FRUE」の場を一度でも体験したら、ミュージシャンでも「また来たい」ってなると思いますよ。

高城:アクサク・マブール(Aksak Maboul)もあの場所で見たい!

吉井:第1回の時、デヴィッド・バーン(David Byrne)には「DJで来てください」ってオファーは出しました。返事はなかったけど(笑)。

山口:個人的には、コロナ禍の2年で日本のアーティストもいろいろ聴くようになって、最近はそれがすごく楽しいんですよね。

角銅:どんな楽しさですか?

山口:単純にそれまでほとんど日本のアーティストを聴いてなかったから。みんな独自の表現していて、「これまで知らなくてごめんなさい!」みたいな(笑)。

高城:「FRUE」みたいな場を体験して、周りにもっとああいう場ができていったら、若い子達の音楽も必然的に変わっていく気がする。

角銅:少なくとも私は変わったと思う。

高城:ここ何年かはアイデアよりも技術が先行するみたいな風潮があると思うんですけど、そういう技術を持った上で「FRUE」みたいな即興的な場に2、3日いたら「お前、さっき上手かったからこっちのバンドにも出ろよ」みたいなことが自然と起きたりすると思うんです。それで絶対に音楽も変わっていくだろうしね。

──「FRUE」だったら、普通のジャム・セッションにもならないし。

高城:もっとわけがわからない場所にぶち込まれるから。

角銅:笹を振ってますから(笑)。

高城:変な話、笹を持ってきたらアーティストになれるわけだから、そういう発想が技術に入り込んできたらまた生成変化が起きていくよね。

山口:角銅さんがテリー・ライリーとのセッションで口笛で入ってくれた時も、すごいよかったな。「これ、入ってくるだろうな」と思ってたタイミングだったし、もう技術の話じゃないよね。それこそアイデア主体の場だから。

角銅:場の力なのかな。自分のライヴを他の場でやる時とは相乗効果も違う気がする。

高城:去年、サム・アミドンのライヴを見てた時、松永さんと話したんですよね。「東京で彼がソロ公演をやったら熱心なお客さんが集まる濃い感じになるだろうけど、『FRUE』だと全然そんな感じにならないのがおもしろい」って。むしろ「サム・アミドン? 誰ですか?」みたいな感じの客層なのに、みんな音楽をフラットに楽しんでるし、自然に盛り上がる。そういうことは大事ですよね。

角銅:情報じゃないんですよ。その時間にライヴがやっているから見に行く、みたいな感じ。そのフラットさが「FRUE」にはある。今日話してたら、また行きたくなったー(笑)。

山口彰悟

山口彰悟
1977年熊本県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒。ライヴの原体験は10歳の時に生で観た立川談志師匠の高座。大学卒業後は、フリーのライターとして活動しながらさまざまな職を経験。「愛・地球博(2005)」「Greenroom Festival(2006)」「TAICOCLUB(2006)」で、イベント制作と運営、「True People’s CELEBRATION 2006」「Organic Groove」の後期コアスタッフとして人生を変える体験のお手伝い。2012年3月から、吉井大二郎とともに、年に2、3回のペースでイベント「FRUE」を開催。2017年から毎年11月に、静岡県掛川市で野外音楽フェスティバル「FESTIVAL de FRUE」をプロデュース&ディレクションする。

高城晶平(cero)

高城晶平(cero)
ceroのボーカル/ギター/フルート担当。2019年よりソロプロジェクトのShohei Takagi Parallela Botanicaを始動。2020年4月8日にファーストアルバム『Triptych』をリリースする。その他ソロ活動ではDJ、文筆など多岐にわたって活動している。

角銅真実

角銅真実
音楽家、打楽器奏者。長崎県生まれ。マリンバをはじめとするさまざまな打楽器、自身の声、身の回りのものを用いて、自由な表現活動を展開している。自身のソロ以外に、ceroをはじめさまざまなアーティストのライヴサポート、レコーディングに携わるほか、舞台、ダンスやインスタレーション作品への楽曲提供・音楽制作を行っている。2020年1月、初めて「うた」にフォーカスしたアルバム『oar』(ユニバーサルミュージック)を発表。

Photography Masashi Ura

■FESTIVAL FRUEZINHO 2022
会期:6月26日
会場:立川ステージガーデン
住所:東京都立川市緑町3-3 N1
時間:開場 13:00/開演 14:30/終演 21:30
入場料:早割 ¥12,000(限定500枚)/前売り ¥14,000/当日 ¥16,000
http://fruezinho.com

■愛知公演(出演:サム・ゲンデル&サム・ウィルクス、折坂悠太)
会期:6月27日
会場:得三
住所:愛知県名古屋市千種区今池1-6-8 ブルースタービル2階
時間:開場 18:00/開演 19:00
入場料:前売 ¥6,000/当日 ¥7,000(完売)

■大阪公演(出演:サム・ゲンデル&サム・ウィルクス、ブルーノ・ペルナーダス、折坂悠太)
会期:6月28日
会場:ユニバース
住所:大阪府大阪市中央区千日前2-3-9 味園ユニバースビル B1
時間:開場 18:00/開演 19:00
入場料:前売 ¥9,000/当日 ¥11,000

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