田島諒, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/ryo-tajima/ Tue, 19 Sep 2023 06:13:33 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 田島諒, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/ryo-tajima/ 32 32 「パーム・エンジェルス」のフランチェスコ・ラガッツィに聞く「ラグジュアリーストリートの現在地」 https://tokion.jp/2023/09/20/interview-palm-angels-francesco-ragazzi/ Wed, 20 Sep 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=208584 「ギンザ シックス」でポップアップストアを開催中の「パーム・エンジェルス」ディレクターのフランチェスコ・ラガッツィのインタビュー。

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「パーム・エンジェルス」のフランチェスコ・ラガッツィに聞く「ラグジュアリーストリートの現在地」

フランチェスコ・ラガッツィ(Francesco Ragazzi)
「パーム・エンジェルス」のディレクターでありフォトグラファー。同時に「モンクレール」のアートディレクションも行う。2014年にスケーターのコミュニティ、ストリートカルチャーにフォーカスした写真集『Palm Angels』を発表。2015年1月にデビューコレクションを発表し、現在に至る。
Instagram:@other__matters
Instagram:@palmangels

8月30日から9月26日までの期間、「ギンザ シックス」にて「パーム・エンジェルス(Palm Angles)」のポップアップストアが開催されている。ここでは2023年秋冬コレクションやマネーグラム・ハースF1チーム(MoneyGram Haas F1 Team)とのコラボといった注目アイテムを手にすることができる。このポップアップに際し、デザイナーのフランチェスコ・ラガッツィ(Francesco Ragazzi)が来日。移りゆくファッションシーンにおいて、パリコレを経た「パーム・エンジェルス」は、どのようにラグジュアリーストリートを捉えているのか。フランチェスコに聞いた。

ブランドの視点やストーリーを凝縮させたポップアップ

——6年ぶりのポップアップストアが「ギンザ シックス」で開催されているわけですが、どういった内容になっているのか教えていただけますか?

フランチェスコ・ラガッツィ(以下、フランチェスコ):「パーム・エンジェルス」の2023年秋冬コレクションの中でも、この会場でしか買えないものをラインアップしています。マネーグラム・ハースF1チームとのコラボアイテムや、モノグラムのアイテム、AIで生成したグラフィックを施したもの、ブランドとしてプッシュしているスニーカーなど、単純にコレクションを羅列するというのではなく、「パーム・エンジェルス」に内包されているさまざまな要素を集めて、このポップアップならではのストーリーを表現しているんです。

——今回のポップアップでも特に注目のアイテムがマネーグラム・ハースF1チームとのコラボアイテムですが、タッグを組んだ理由は何ですか?

フランチェスコ:昔からF1のカルチャーが好きだったことが前提にあります。なぜ、イタリアのルーツを持つ私がアメリカのチームであるハースとタッグを組んだかというと、ハースのレーシングカーにはフェラーリのエンジンが搭載されているんですよね。そこにイタリアのスピリッツが感じられますし、イタリアとアメリカのカルチャーを融合させている「パーム・エンジェルス」としてもシンパシーが感じられるんです。ハースのチームがF1に参戦したのは比較的最近で、それも大きな要因でしたね。「パーム・エンジェルス」も設立から8年ほどしか経っていないですし、そもそも何の後ろ立てもないところからブランドをスタートさせて今に至ります。常に進化を続けるルーキーという意味でも共通する点があると思うし、フレッシュなF1チームとコラボすることで自分達も進化していきたいと考えたんです。

——同時に、今季より展開されている“PA”モノグラムのグラフィックは新たなブランドのアイデンティティといえます。このモノグラムにはどんな意図が込められていますか?

フランチェスコ:このモノグラムには、「パーム・エンジェルス」の考え方や視点を落とし込んでいます。PとAの2文字を組み合わせてはいますが完全に一体化させるのではなく、微妙な違いや個性をキープさせたまま1つのグラフィックとして構築しています。また、Aが逆さになっている点もポイントですね。ここもブランドの視点を表現していると思います。

進化し続けるラグジュアリーストリート

——今回の2023年秋冬コレクションで初めてパリコレに参加したわけですが、この出来事はブランドにとって、どういうものになりましたか?

フランチェスコ:パリでのショーはブランドにとって大きなステップアップでしたね。今季のコレクションは、僕達なりのパリに対する解釈を示したかったんです。「パーム・エンジェルス」のDNAをパリの文化や空気感と掛け合わせることに尽力し、パリというフィルターを通してブランドの新しい形を提示することができたと思います。パリに「パーム・エンジェルス」のショップをオープンさせたことも重要でしたね。ブランドの拠点をパリの中に構えたうえで、そのアウトプットとしてファッションショーを行おうという思いが根底にあったんです。

——パリコレにおいても、「パーム・エンジェルス」が根底に持つラグジュアリーストリートの概念が提示されていましたが、このラグジュアリーストリートの未来を示す例として、フランチェスコさんもファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)による新生「ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)」に注目されていたと思います。そのファーストショーはチェックされましたか?

フランチェスコ:もちろん!  かなり強烈で衝撃を受ける内容でしたよね。彼(ファレル・ウィリアムス)は、自分の世界観や経験、人生の中で繋がりを持った友人や哲学など、言わば自分が辿ってきた人生そのものを、このコレクションに注ぎ込んだのだと思います。それはファッションシーンにとって、文化的にすごく意味があることだったと思いますね。音楽、クリエイティビティ、新しいことへの挑戦、そして何より、ラグジュアリーとストリートの良い部分を掛け合わせるという、ラグジュアリーストリートの概念について考えさせたコレクションでした。

——ここ数年、ファッションシーンにおいて、ハイブランドとストリートの垣根はどんどんなくなりつつあります。それによって「パーム・エンジェルス」にとってのラグジュアリーストリートの概念にも変化が生まれているのでは? と思うのですがいかがでしょうか。

フランチェスコ:私から見ると、それは変化ではなく進化と捉えていますね。ファッションシーンに限らず、人生において進化し続けていくことは重要なことです。「パーム・エンジェルス」というブランドがスタート当初に思い描いていたこと、つまりアメリカとイタリアのカルチャーから獲得したインスピレーションを落とし込んだラグジュアリーストリートというコンセプトは大切にしながらも、常に上を向いて改善点を見つけては模索しつつ、より発展していくことを私自身、心掛けています。

——日本への印象についても教えてください。けっこうな頻度で来日されていると思いますが日本のファッションシーンについて思うことはありますか?

フランチェスコ:私に限ったことではないでしょうけど、「コム デ ギャルソン(COMME des GARCONS)」の世界観は尊敬していますね。あとはアウトドアブランド、例えば「ノンネイティブ(nonnative)」や「ナナミカ(nanamica)」も好きだし、「キャピタル(KAPITAL)」も好きです。今、名前を挙げたブランドもそうなんですが、日本には世界中を見渡してもここにしかないオリジナリティ溢れるものが数多くあって、それが私にインスピレーションを与えてくれるんです。自国の文化を大切にしながら、他の文化からインスパイアを受けて、それをミックスさせてより面白いものを構築していくという姿勢が日本にはあると思うのですが、私にも同じような考え方があります。そういった意味で、日本に来ると、いつも良い刺激をもらえますね。

——最後に、今後のブランドの活動について教えてください。

フランチェスコ:私達は常に面白いプロジェクトを実現するために行動しています。今はロンドンで発表する次のコレクションのために「モンクレール(Moncler)」と協業していますし、他にもファンが驚くようなことを企画しています。常に驚きを生み出そうとする思考は、私がブランドをどう動かしていくかの原動力の1つになっていますね。ぜひ、今後の動向も楽しみにしていただきたいです。まずは今回のポップアップストアで、「パーム・エンジェルス」の世界観に触れてみてください。

Photography Hironori Sakunaga

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アーティストREMIOのグラフィティに見るストリートアートの真髄 https://tokion.jp/2023/08/17/interview-remio/ Thu, 17 Aug 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=203497 「ハフ」初のNFTホルダーへ向けたイベントにREMIOが参加。そのアートの魅力についてインタビュー。

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REMIO

REMIO(レミオ)
パリ拠点のグラフィティライター。「ハフ」アンバサダーでもあり、アートシーンだけではなくストリートファッション界からも支持されている。アンダーグラウンドに限らず各国で精力的に幅広く活躍している。
Instagram:@rrremio

7月28日、「THE PLUG」で開催されたアートエキシビションは、HUF SET NFTホルダーのみが参加できるというユニークな試みで開催された。ここに「ハフ(HUF)」アンバサダーでもあるREMIO(レミオ)がメインゲストとして参加。作品展示から「ハフ」とのコラボアイテムの販売、会期中にはライブペイントも行われた。REMIOといえば、世界的に有名なグラフィティアーティストでもある。そんなREMIOに、グラフィティに感じる魅力や、自らが描いているアートについて話を聞く。

見た人が何か考えてくれる
それがグラフィティアートの面白さ

——今回の展示は「ハフ」とタッグを組んでの開催となりましたが、改めてブランドとの関係を教えてもらえますか?

REMIO:オレにとって「ハフ」=キース(キース・ハフナゲル、「ハフ」の創業者)なんだ。彼とは20年近く一緒にやってきたし、初めて日本のプロジェクトをやった時も一緒だったし、「ハフ」と聞くと彼のことを思い出すね。今回、展示用の作品を描いている時もずっと頭に思い浮かんでいたよ。

——キースとのエピソードで思い出されることはどんなことですか?

REMIO:ある日いきなり電話がかかってきて「ねぇ、スタジオ必要? うちに余っているスペースがあるんだけど使わない?」って言って、ハフのオフィス内に大きな場所を用意してくれたことがあったな。オレは18歳の頃から今もやっていることは変わらない。ずっとグラフィティアートをやってきたんだけど、今いる立場に引き上げてくれたのはキースだと思う。彼に出会えなかったら、こういう表現で自分のアートを評価してくれる場所には来れなかったんじゃないかな。いつも見守ってくれて、大きな機会を俺にくれたんだ。

——HUF SETは「ハフ」初となるNFT企画でもありますが、NFTについてどう思ってますか?

REMIO:純粋に面白いと思うよ。前に友達と一緒にNFTのプロジェクトをやってイベントを開催したこともあるし、NFTから派生する可能性は無限大だね。

——今回のイベントでもNFTアートを描かれたわけですが、表現する上で普段行っているグラフィティとの差はありますか?

REMIO:いや、ストリートで描くものもデジタルも同じだね。グラフィティっていうのはどこで表現しても同じものだから、ステッカーだろうとキャンバスだろうと何かのラベルだろうとNFTだろうと変わらない。全く同じものだよ。

——では、グラフィティアートの魅力はどういう点に感じていますか?

REMIO:ストリートで“REMIO”ってタギングされているのを見かけたら「え、あれは何?」って思うでしょ? そんな風に見た人が“REMIO”について何かを考える点に面白みを感じるよね。前に、電車の中で、年配の女性が街にある俺のタギングを見て「レミオってどういうことかしら?」って話している場面に出くわしたことがあるんだよ(笑)。そういうことが起きるのがいいね。あと、普段、街中では誰かに見つかる前に描かなくちゃいけないから、3分とか急いで描くんだけど、そういう緊張感が人に伝わるのも魅力の1つじゃないかな。

——展示された作品を見ていると、そうした魅力が伝わってくるような気がしますね。

REMIO:このエキシビションで展示している作品の制作には2日間もかけることができたんだ。普段とは大違い!  俺のグラフィティは、“R”が特徴的で見た人は一瞬でわかるようにキャラクター調で描いているんだけど、今回はHUF SETをコンセプトにして“H”をキャラクターにして、そのバリエーションを描いていったよ。入り口に展示しているキャンバスにはHUF SETのグラフィティを描いているけど、ここにある“E”はカーブを2個描くだけで表現されているでしょ。これは習字の一筆書きからの影響もあるし、何よりも早く描こうとする姿勢が自分の中に染み付いているから自然とこういうラインになったんだ。こういう点にもグラフィティのカルチャーが表れていると思うね。

——仰る通り、“H”に描かれたカートゥーン調のキャラクターはポップでいてインパクト抜群。実にREMIOさんらしい表現です。このキャラクターはどのように生まれたんですか?

REMIO:もともとキャラクターを描くというのは他のライターもやっていて、俺の場合はライターネームであるREMIOの“R”をアイコン的に描いていたのがきっかけなんだよね。“R”の下部を折り曲げて描いていたら、いつのまにか足と口っていう感じで認識されるようになったから、目やサングラスを描いてキャラクターとして描くようになっていったんだ。でも、肝心なのは“R”の下半分。ここを見れば、俺のことを認識してもらえるからね。だから誰かとコラボレーションする時は、顔の上を変えて特別なものにしたりしているよ。

——このキャラクターの表情は、どういうところから影響を受けているんですか?

REMIO:子供の頃からディズニーのアニメが好きだったし、日本のコンビニに売られているお菓子や飲み物のパッケージに描かれているキャラから着想を得たりもしているよ。もう10回以上、日本に来ているけど、来るたびに新しいものが発見できて面白いね。

——キャラクターを描くという意味でのルーツはどこにありますか?

REMIO:俺はノルウェー出身なんだけど、子供の頃に買ってもらった本だとか、週に1時間だけ観られる子供向けの東ヨーロッパ系のアニメ番組に出てきたキャラクターがルーツにあるかな。それを背景に、子供の頃からずっと描き続けてきて今に繋がっているんだよ。

瞑想するように常に何かを描き続ける

——REMIOさんが感じるグラフィティの魅力とは何ですか?

REMIO:自分の場合は描いていることで心が落ち着くんだよね。だから、常にノートに何かを描いているし、俺にとってはメディテーションのような時間なんだ。本当にリラックスできるんだよ。逆にストリートでやっている時は誰か来ないかなってことで緊張感を抱いたりもするんだけど、すごく集中して描いているから周りが全然見えない状態になっちゃうんだよね(笑)。自分にとってはそれくらい欠かせないものだし熱中できる存在なんだよ。

——REMIOさんは日本での活動も顕著ですが、日本のグラフィティシーンの中で一緒に活動したりするライターはいますか? またシーンについてどう思いますか?

REMIO:昔から仲良くしているのはTOKYO ZOMBIEっていうクルー。あとは、今回の制作も手伝ってくれたMINTとか。彼等だけではなく、日本のグラフィティアーティストは世界に出て活動している人も多いし、ユースもいるから、しっかりとカルチャーとして根付いていると感じるね。真似事ではなく、ジャパニーズ・グラフィティがしっかりと存在していると思う。

——ありがとうございます。では最後に、今後の活動について教えてください。

REMIO:来年の3月頃に伊勢丹でポップアップが決まっているよ。ここでは俺が友達と一緒に本格始動させるブランドのお披露目ができるかな。あとは、さっき話したMINTとプロジェクトをやるかもしれないからチェックしてほしいな。最近では東京だけじゃなくて山口や九州だったり、日本のいろんなところから展示のリクエストをもらったりしているから、ツアー的な感覚でポップアップをやれたら面白そうだね。そんな風に今後も日本でも活動していくから、よろしくね。

Photography Kohei Omachi(W)

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スケートボードシーンの未来を切り開く スケートボーダー、西宮ジョシュアが目指す道 https://tokion.jp/2022/08/08/interview-joshua-nishimiya/ Mon, 08 Aug 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=138426 次世代を担う2000年生まれのスケートボーター、西宮ジョシュア。彼がストリートスケートにかける思いと今後のビジョンを聞く。

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東京五輪での盛り上がりを経て、日本でも大きなムーブメントになったスケートボード。その本質的魅力はどこにあるのかと問われれば、個人的にはストリート(=街)にあると考える。なんでもない街中の一角でスケーターが新たなトリックを生み出す行為は、時には問題になるけどもクリエイティブな瞬間だと感じる。

今回取り上げる西宮ジョシュアは現在、東京を拠点にストリートスケートの新たなシーンを模索しながら、今後、アメリカで活動していくことも視野に入れ、独自のアクションを起こしている。最近では、「リーバイス」とともにスケートビデオ「MEADOWS」を制作し、その上映会では多くの人を集めた。

次世代を担うストリートスケーターは、どんな思考でスケートボートに向き合い、その未来を切り開くのか。西宮の声から探りたい。

西宮ジョシュア(にしみや・じゅしゅあ)
2000年生まれ。日本とガーナをルーツに持つストリートスケートボーダー。「ホッケー」のフロウライダーであり、「ニューエラ」「クラシックグリップ」「ベンチャートラック」「スピットファイヤー」などといったブランドからスポンサードされている。同時に、国内の「シュプリーム」「ファッキング オーサム」「リーバイス」などからもサポートを受ける。
Instagram:@joshuanishimiya

スケートの本質でもあるストリートに魅力を感じて

——まずはスケートボードカルチャーとの出会いと、のめり込んでいった経緯を教えてもらえますか。

西宮ジョシュア(以下、ジョシュア):スケートを始めたのが9歳の時で、小学校6年生までやって、中学ではサッカーをやっていたんです。それでやっぱりスケートをやりたいと思って、再開したのが高校1年生の時でした。そしてコンテストに出場したりもしていたんですけど、性格的にもちょっと合わないと感じていたんです。

スケートを続ける手段は、何も大会に出て良い成績を収めることだけではなくて、ストリートでビデオを作っていくという選択もあったので、ビデオ制作のほうを頑張っていこうと考えるようになりました。それで初めてビデオをリリースできたのは2018年頃だったと思うんですけど、制作期間が3年くらいかかっちゃって。うわ……ストリートスケートって超大変だなって実感したんですよね。

——ある種、ストリートスケートの洗礼的な体験をしたわけですね。それでもビデオの制作を続けていきたいと思ったということですか?

ジョシュア:はい。初めてパートを作れた時の達成感というか、ストリートでトリックを決めることができた時の快感にクラっちゃって、この道で頑張っていきたいと思ったんです。最初のビデオパートを作っている時に韓国のボードカンパニーがスポンサーについてくれて、2作目を制作している最中には「ニューエラ」が声をかけてくれてという流れで、なんとかスケートの活動ができる環境が整っていって、気付いたらスケートにのめり込んでいたという感じです。

——最初のビデオパートを撮影している段階で、どこかのカンパニーからスポンサードされる自信はありましたか?

ジョシュア:いや、なかったですよ(笑)。でも、スケートは昔から好きでやっていることだし、誰からもスポンサードされなかったとしても楽しいから続けていくって、当時は考えていました。でも、高校を卒業して、どんな仕事をやっていくかを考えなくちゃいけない時期は、葛藤がありましたね。いったん、大学に進学したものの忙しすぎてスケートする時間も作れないし、どうしようか悩んだ結果、1年間やって、その間にスポンサーがついたら大学をやめてスケートに振り切ろうと思ったんです。結果として、2つのカンパニーがサポートしてくれたお陰で、こうして今もスケートすることができているんですよ。

——ジュシュアさんは、今では「ホッケー」のフロウライダーでもありますし、「ファッキング オーサムジャパン(以下、「FA」)」からもサポートされていますよね。その辺りの話も聞かせてください。

ジョシュア:もともと「FA」のデッキに乗りたいと周囲に話していたんですけど、ちょうどYOPPIさん(=江川芳文)から、海外で活動していくことを目指しているのであればサポートするよってお話をいただいたんです。僕自身、将来はアメリカに活動拠点を移したいと思っているので、まずは物品提供から、ということでサポートしてもらっています。「ホッケー」に関しても同様で、これから契約をしたいと考えている段階なんですよ。

——実際にアメリカでも活動されたりしているんですか?

ジョシュア:サポートの際に本国の「FA」チームにもつないでもらって、パンデミックになる前にロサンゼルスに撮影しに行ってきました。「FA」のフィルマーの家に滞在させてもらって、そこで向こうのライダーとも知り合えました。まだパートを撮りためている段階なので、タイミングをみて、また早くロサンゼルスに撮影に行きたいんですけどね。

——今は、その準備段階でもあるということですね。最近では「リーバイス」とスケートビデオ「MEADOWS」を制作されましたが、それも海外活動への準備の一環でしょうか?

ジョシュア:そうですね。やっぱり国内で土台を整えた上で、長期間ロサンゼルスでパートを撮りたいと思っていますし、向こうのライダーとも長期間一緒にいないとホーミーになれないというか。なので、今は日本で土台を固めようと考えて、ブランドにも相談をしている段階です。その中で、「リーバイス」との取り組みは、第1弾的なプロジェクトでした。自由にやらせていただいて本当にありがたかったです。

「リーバイス」とともに制作したスケートビデオ「MEADOWS」。出演するのは、西宮ジョシュア、佐川海斗中田海斗森一成といった、国内ストリートスケートシーンを代表する4人のスケーター達

日本人ライダーとして新たなシーンを作りたい

——改めて、ジュシュアさんはスケーターとして、どんな活動をしていきたいと考えていますか?

ジョシュア:海外で活躍するのもそうなんですけど、日本人として、今までになかったシーンを作りたいと考えています。なので、スケートのイメージがないブランドともビデオを制作していきたいと思うし、実際にそういう活動をしているんですよね。今までにない動きをして、それを世界に発信していきたいです。スケーターとしても、今回の「リーバイス」と制作したビデオのように、プロジェクトをディレクションするという立場でも。

——より日本のスケートシーンに貢献して、その存在感を増していきたいという思いがあるのですね。

ジョシュア:はい。国内だけではなくアメリカもそうですけど、やっぱりストリートスケーターは、それだけで生活していくのが難しい状況にあるのが現状です。

これからの未来、いろんなブランドがスケート業界に参入して、多くのスケーターが活躍できる機会が増えれば、ストリートスケーターはもっと増えると思うんです。スケートの本質でもあるカッコいい、イケてるスケーターがもっともっと増えてほしいと思うので、とにかくいろんなことをしたいですね。人もブランドも業界も自分がハブになって、どんどんつないでいきたいです。そのためにも、まずは思いついたことをどんどんやっていこうと考えています。

Photography Masashi Ura

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パンクなアートを表現し続けて10年。D.I.Y.を貫くHirottonの現在地 https://tokion.jp/2022/07/16/hirottons-current-state-after-ten-years-of-making-punk-art/ Sat, 16 Jul 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=125410 アーティストのHirottonが、自身初となるアートブック『Paradox』をリリースし個展「Eye Beam」を開催した。作品を描き始めて10年がたった今もHirottonが大切にするルーツとは。

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アートシーンからファッション、音楽シーンまで、国内外で幅広く認知されているHirottonが、“絵を描いて10年”というタイミングで、「BEAMS T 原宿」で個展を5月に開催した。この個展の開催に合わせて、集大成的作品集『Paradox』も発表。パンクとスケートカルチャーをバックボーンに、この10年まったくブレることなく絵で表現し続けてきたHirottonが、今思うことは何か。そのルーツと真意を探る。

ロンドンで絵を描くことのおもしろさに気付いた

個展「Eye Beam」の展示風景

――5月に開催されたアートショー「Eye Beam」ですが、活動してから10年という節目での開催になったそうですね。

Hirotton:はい。2022年で絵を描き始めて10年になるので、今回の「Eye Beam」は集大成の1つだと捉えています。そんな気持ちがあって、作品集『Paradox』を展示に合わせてリリースしたんです。編集・出版は、「HIDDEN CHAMPION」にお願いしました。

――本や冊子という意味では、これまでにZINEも多数リリースしてきましたよね。今回、ハードカバーのしっかりとした作りでアートブックを出したのには何か理由があるのですか?

Hirotton:形にするってことは大事だと思うんですよ。展示を観てくれた人の記憶に残るというのもいいんですけど、しっかりとした作品集として残すというのは前々から実現させたいことだったんです。実際に自分もリスペクトしているアーティストの画集はたくさん持っていますからね。だから10年という区切りで出せたら一番いいなと思ったんです。

自身初となるアートブック『Paradox』

――そもそも10年前に、Hirottonさんが絵を描き始めたきっかけとは?

Hirotton:僕は大阪芸術大学に通っていたんですけど、その時はオブジェや立体を作っていました。ただ、卒業後に自分のやりたいことが明確になかったので、ロンドンに行くことにしたんです。それも明確な目的があったわけではなく、「パンクカルチャーが好きだったから」という理由から。

ロンドンには当時、スケートブランドの「HEROIN SKATEBOARDS」のチームがあって(現在の拠点はアメリカ)、このチームにはパンク好きのスケーターや絵を描いているヤツが多くて、彼らからZINEをもらったりして、絵ってめちゃくちゃいいなと思うようになったんですよね。しかもそのZINEに描かれていたのは、上手な絵というよりも、エネルギーやパッションが感じられるものばかりでした。それで自分も描いてみようと思ったのが、最初のきっかけです。なので、ロンドンに行っていなければ、自分は絵を描いていなかったと思います。

――そうなんですね! ではロンドンに行かれる前の、大阪に住んでいた当時のことで、現在につながるルーツの話を教えてもらえますか?

Hirotton:ルーツをたどると、高校生の頃にスケートチーム「OSAKA DAGGERS」のボス、CHOPPERさんのスタイルに衝撃を受けたことが入口になっていますね。CHOPPERさんは「HEROIN SKATEBOARDS」のクルーでもあるし、スケートスタイルからパンクなファッション性にもすごく影響を受けました。それもあって、大阪の芸大に行こうと思ったんです。なぜなら、CHOPPERさんの周りで一緒にスケートしたかったので。それから三角公園にも通ってスケートをしていたら、おもしろい人が集まってきていたので、本当にいろんな経験を積むことができました。まさに完全に自分のルーツですね。それこそ大阪に行っていなければ、ロンドンにも行っていなかったでしょうね。

CRASSから受け取ったD.I.Y.精神

――Hirottonさんのバックボーンにパンクカルチャーがあることは、作品からも伝わってきます。もっとも影響を受けているアーティストは誰ですか?

Hirotton:CRASS(クラス)ですね。彼らのメッセージ性やD.I.Y.のスタイル、作る音楽、アートワークというのはもちろんですが、スタンス全般に共感していてリスペクトもしています。それこそロンドン滞在期間には、CRASSのアートワークなどを担当していたジー(・バウチャー)の個展に行って、本人に会えました。その時に「ダイヤルハウス(※)に行きたい」って伝えたんですよね。

※ダイヤルハウス:CRASSによる自給自足で集団生活を営む家のこと

――それでHirottonさんはダイヤルハウスにも行かれたんですね。

Hirotton:ジーと話して連絡を取れたことも大きかったのですが、偶然なんですけど、その時にハウスシェアしていて、一緒に暮らしていたヤツがダイヤルハウスに通っていたんですよ。その彼はCRASSというバンドを知っていたわけではなく、ダイヤルハウスで自然とともに生きることなどを教わりに行っていたようです。そんなつながりもあって行ったんですよね。ダイヤルハウスは本当におもしろい場所でした。

――そのダイヤルハウスでの体験は、今のHirottonさんにつながっている部分はありますか?

Hirotton:もちろんです。ダイヤルハウスやCRASSの活動自体もそうですけど、根本にあるメッセージはD.I.Y.で、自分の力で作り上げるということだと思いましたし、それを実際に体験できたというのはすごく大きな出来事でした。ダイヤルハウスにはジーの本も置かれていて、それも自分が本を作りたいってことにつながっていると思うんですよね。

アートブック『Paradox』より

行動し続けることでインスピレーションを得る

――なるほど。思い返せば、2015年に開催した個展「KNOCKING AT THE DOOR OF MY BRAIN」では、実際に家のオブジェを作って展示されていましたね。それ以外にもHirottonさんの作品では、家をモチーフとしたものが多くあります。

Hirotton:あの時の展示もそうですけど、家の絵も多いですね。それこそ一番初めに描いた絵は、ロンドン時代のシェアハウスでしたから。以前から家に関してはずっと好きで、それもルーツの1つだと思います。ですが僕自身は、1つの場所に永住したいという考えはなくて、変化を求めていろんなところに旅をして刺激を受けたいんですけどね。

――続いて、Hirottonさんの作風についても教えてください。かなり細かく描きこんでいる作品が多いですが、どのような影響を受けているのでしょうか?

Hirotton:本当にいろんなものに影響を受けてきたので、何かコレと断言できるものがあるわけじゃないんですよね。古い本の挿絵も好きだし、ハードコアバンドのアートワークやスケートボードのグラフィックにも影響を受けましたし。僕はいろんなものの積み重ねなんですよ。

「5mindrawing」シリーズの作品

――精密に描きこんでいく作品がある一方で、「5mindrawing(5 minutes drawing)」というカテゴリーで、ちょっとラフな絵も展開されていましたよね。「Eye Beam」でも展示されたのですか?

Hirotton:展示しましたね。今となっては進化して、全然5分で描けるようなものじゃなくなっちゃってはいるんですけど(笑)。もともと「5mindrawing」を始めた時は、アイデアベースのラフで描いたものが、逆にリアリティある表現になっていておもしろいと思っていたんです。だから、文字でメッセージも入れるようにしているんですよね。サイズ的にも小さいですし、キャンバスに描くよりも時間がかからなくて、価格を下げることもできるので、展示に来てくれた若い人やスケーターにも気軽に手に取ってもらえると思います。そういった理由から、現在も展示作品に加えています。

――こちらの立体作品は、最近よく作っているものですか?

Hirotton:これは今回の個展で初のアプローチになりました。知り合いに木質粘土でオブジェを作ってもらって、そこに絵を描きこんでいるんですよね。

――では、絵以外での活動についても教えてください。

Hirotton:「HAILPRINTS」というスクリーン工房を友人と2人でやっていますね。他にPARADOX名義でシルクスクリーンのアイテムも作っているんですが、ロンドンにいた頃にシルクスクリーンは学んで、刷る技術を習得しました。そういった自分発信のアイテムは、基本的に全部自分で作っています。タグも自分で刷っているんですけど、自分でやったほうが熱量は伝わると思うし、伝わる何かがあると思うんですよね。

――最後に、この10年という大きな節目を迎えて、今後やってみたいことを教えてください。

Hirotton:やはり海外で作品の展示をしたいですね。時勢的に難しい部分はあるでしょうけど、こうしてアートブックもリリースできましたし、海外に対してアプローチできるものも増えました。今後も国内でやっていくのもいいんですけど、自分としてはもっと視野を広げたいです。そもそもロンドンに行ったことで大きな影響を受けて始まったアーティスト活動なので、そういった動きは今後も続けていきたいです。なんにせよまずは、行動することですね。

Hirotton
アーティストであり、ペインターでもある。PARADOX名義でTシャツなどのプロダクトを自作し展開もしている。同時に、スクリーン工房「HAILPRINTS」を友人とともに運営する。これまでの主な活動として、「HEROIN SKATEBOARDS」のデッキシリーズのデザインから、ファッションブランドや音楽アーティストのグラフィックアートワークまで数多く担当する。
Instagram:@hirotton

Photography Cho Ongo
Edit Shuichi Aizawa(TOKION)

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tokyovitaminのコンピレーションアルバム『Vitamin Yellow』に見たユース世代の東京のムード https://tokion.jp/2022/02/28/interview-tokyovitamin-vitamin-yellow/ Mon, 28 Feb 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=98606 2021年末にリリースされたtokyovitaminのコンピ作から感じる現代のムードについて。本作をプロデュースしたVickとKenchanの言葉を織り交ぜてレビューする。

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2022年に入り、早くも序盤が終了しようとしている。依然として日本はコロナ禍であり、今もパーティやイベントは、パンデミック以前の状態には戻っていない。リアルな現場が少なく、必然的に出会いや体験も減っているわけだから、シーンの中心にいなければユースカルチャーがどのような変遷を遂げているのかを知ることは難しい。ましてや、日本、そして東京が現在、どんなムードをまとっているかを感じることなんてできないだろう。
そういった意味で、tokyovitaminが2021年末にリリースしたコンピレーションアルバム『Vitamin Yellow』は、東京の2022年がどのような方向に向かっているのかを知る道標のような内容になっている。そのポイントは、本作が“コンピレーション作品”であるというところにある。

日本から発信されている音楽表現の1つとして世界に伝わればいい

クラブカルチャーを起点にストリートや社会で活動し、人づてにコネクションを築き上げてきたレーベル、tokyovitaminが、周囲にいるアーティストやクリエイターとともに1つの作品を作り上げたのは、本作『Vitamin Yellow』に凝縮されている音楽やリリックに、今の東京がまとうムードが内包されていることによる。
tokyovitaminの音楽的表現と言えば、過去を振り返るとSoundCloud上で“Radio”形式のミックスを発表し続けてきた経緯があり、そこに自分達だけではなく、彼らを取り巻く多くの人が参加する形で発信されてきた。彼らはDJとしても活動しているので、それはその延長線上にある発信の1つなのだろう。そして、2020年には初となるコンピレーション作品『Vitamin Blue』を発表し、具体的にレーベルとしての活動が顕著になっていくことになった。では、そもそもなぜ、tokyovitaminはコンピレーションをリリースし続けるのか。

「今、日本から発信されている音楽の1つとして、どこかの誰かに届けばいいという気持ちで作っています。もちろん日本、海外関係なくですね。自分が海外で生活していたとしたら、きっとこういう作品(tokyovitaminのコンピ作)が引っ掛かると思うので。普段、それぞれの場所で活動しているアーティストと力を合わせて1つの作品を作ることで、参加してくれるアーティストにとっても、いつもとは違う魅力が発揮できる場所になれればいいと考えています。と同時に、リスナーにとっては、知らないアーティストと出会う機会も作れるはずですから」(Vick)。

「コンピレーションアルバムって、すごく平等性の高い作品だと思うんです。もちろん、何曲かをピックアップしてMVを制作したりもしているんですけど、それがアルバムのリード曲というわけではなく、全曲がシングルのような感覚というか。そういう性質を持っているから、コンピレーションが好きなのかもしれないですね」(Kenchan)。

tokyovitaminのコンピ作に参加するのは、現状、日本のアーティストがメインになっている。そこには、VickやKenchanが東京で生活する中で、得ている雰囲気やイメージ、時代観を作品に落とし込み、それを世界へ向けて発信したいという意図が込められているようだ。

「2021年に関しては、海外にも行けなかったので、ずっと東京にいた結果が本作に反映されているんですよ。自分達なりの東京の解釈といった側面もあります」(Vick)。

「国を限定して参加してもらうアーティストに声をかけているわけではないので、今後は変わってくる部分ではあるかもしれないんですけど、『Vitamin Yellow』に関しては、今の日本、東京というところをフォーカスしている形に結果的にはなりましたね。でも、今後は海外のトラックメイカーと東京のアーティストなど、逆もしかりですけど、いろいろと自分達なりにミックスさせる方法を考えているところなので、自分達としても今後の作品が楽しみなんですよ」(Kenchan)。

さて、『Vitamin Yellow』に参加しているラインアップを見てみると、tokyovitaminから普段からリリースしているDuke of Harajukuはもちろん、前作に引き続きYoung CocoLootaらが名を連ねる。そして初参加アーティストとして、GliiicoStones TaroKaorukoMIYACHIMANONなどが並び、なかむらみなみ、Rave RacersJUBEEの組み合わせにも目を惹かれる。このラインアップが、tokyovitaminが現時点で解釈した“東京”ということになるだろう。参加アーティストは、Vick、Kenchan、Duke of Harajukuの3人が、それぞれ楽曲のディレクショナーとなり、一緒に制作をしたいアーティストを考え、直接相手にアプローチしたり、DMを送ったりしながら、ラインアップの幅を広げていったそう。このうち、前作『Vitamin Blue』リリース以降に出会い、参加したのは、Bleecker ChromeOnly U、LA拠点のKazuoだ。Stones Taroは、Kenchanが本作への参加を希望しオファーした。そして、Kaorukoとのコンビネーションを考えながら制作していった楽曲になる。

「WHAT HAPPENED – MIYACHI」

「LOVE DON’T LOVE – Loota, Young Coco & Gliiico」

「一緒に制作をするためには、お互いを理解し合っていることが大事だと考えています。もちろん、作っている音楽や活動のかっこよさに惹かれて一緒に作りたいと声掛けする場合もあるんですけど、あらかじめ関わりがあったり、人となりを知っていたりするアーティストが自然と多くなった感じですね」(Vick)。

「お願いするアーティストに対して、何か一定の基準を設けているわけでもなくて、個人的な好みだったり、自分達自身がかっこいいと思ったりする感性によるものが大きいんですよね」(Kenchan)。

そう2人が答えるように、まさに自らの感性を軸に、本作に参加したラインアップが決まっていった。自分の意志とチャレンジ精神を持って創作に挑んでいる、というアーティストのマインドも、声を掛ける上での重要なファクターとなっている。
しかし楽曲ごとにディレクターを分けて、多くのアーティストが制作に参加しながら1つのコンピレーション作品を作るということを考えると、アルバム全体の世界観を、ある程度同じ方向性を向くように調整する作業も必要になるのではないだろうか。実際に『Vitamin Yellow』は、コンピ作でありながら通して聴くと、非常にまとまりがあって、tokyovitaminという器が発信する音楽として、1つの個体のように聴こえてくる。

「参加アーティストを呼んでくる人が、ディレクションをやるという流れで制作を進めたんですが、統一感を出すために何か特別な作業やすり合わせをしているわけではないんです。お互いに好きなものは理解し合っていますし、何も言わなくても自然に伝わり合うものなんですよね。たまに、どういう曲がいいかってことを聞かれたこともあって、そういう時は大まかな方向性に対して意見を伝えることはありましたが、何か具体的に指示するようなことはしませんでした。基本的にお任せで、そっちのほうがおもしろい作品になるし、自然とまとまってくるんですよね」(Vick)。

自分達だけではなく、みんなのムードが表現された作品

『Vitamin Yellow』は前作の『Vitamin Blue』と比較すると、よりメロディアスでロック調に聴こえる部分があり、ミクスチャー要素がより強くなっている。ここは意図した部分があるのだろうか。

「ミクスチャー要素が強く感じられるのは、自分達がというよりも、みんなのムードのせいでしょうね。参加したトラックメイカーやプロデューサーにしてもそうですけど、やっぱり前と同じものではなく、新しいものを作りたいって気持ちはベースにあったと思うので、差を感じられるんだと思います」(Kenchan)。

「確かに2020年は、本作のようなムードではなかったですね。ロックとは思っていないんですけど、メロディの主張が強いというのは、僕も感じています。それは世の中のテンションに影響された結果で、曲の体感的スピードに関しても、少しゆったりめというか。エネルギッシュであることは前提に、考える時間や余裕を持った音楽に歌を乗せていきたいって感覚が自然と出ている部分はあるかもしれないですね」(Vick)。

そして、コンピのリリース日近辺には、2日間限定で「TOWER RECORDS 渋谷」でポップアップストアが開催された。渋谷の中心で、このようなイベントが展開されたということも、本作が東京を象徴しているような心持ちにさせられる。

「ポップアップストアは、自分達にしても嬉しかったですね。数年前からタワレコとは何か一緒にやろうって話があったんですけど、それが今回のタイミングでうまく噛み合って実現できた流れです。アルバムのカラーであるイエローと偶然でしたが、ばっちりでした」(Vick)。

「小学生の頃からタワレコには通っていました。それこそ前は、6階によく行っていたんですよ。メタルとかハードコアのCDが並べられているフロアで、輸入盤をずっと掘っていたんですよね。1階のモニターにも、MV『Stones Taro & Kaoruko – YOU WORRY』を流してもらえたし、そんなふうに自分が作った映像が使われるのは、ちょっと感動するものがありました。それに、クラブや居酒屋では会えないような人が、ポップアップストアを見てくれたのも嬉しい点でした」(Kenchan)。

「Stones Taro & Kaoruko – YOU WORRY」

音楽だけではなく、ジャケットのアートワークにも惹かれる本作。映し出されているのは、ネオンアーティストのWAKUが、本作のために制作したアート作品。WAKUとKenchanの交流は6年以上にわたり、その関係性から実現したものだ。このアート作品もポップアップでは展示された。WAKUのネオンアートは、アクリルなどへの反射光も含めて、1つの作品として完結する性質を持っており、角度によって違う表情を堪能することができる。現場で、そのアートが持つ本来の魅力の一片を伝えたわけだ。

「YELLOW (Behind the Scenes of Vitamin Yellow) – Mat Jr」

このようにtokyovitaminが表現した東京の今をまとう『Vitamin Yellow』だが、実際のところ2人は、現代の東京サブカルチャーや、自身を取り巻くシーンのムードについて、どう捉えているのだろう。

「難しいですね。ムードをひとくくりに語れるほど、みんなに会えていないですし、なかなかひとまとめに言えることでもないですよね。ただおもしろいことが各地で起こっているのは確かです。かっこいいバンド、プロデューサーもいれば、いいレーベルが乱立している時代ですよね。ここから、また海外のアーティストやクリエイターとの交流がコロナ禍前のように増えていくと、どういったカルチャーの混ざり方になるのか、考えるだけでも楽しみで仕方ないですね。東京だけではなく、関西でも、プロデューサーのE.O.UKeijuktskmVisPAL.Sounds(京都拠点)というレーベルをやっていたり、おもしろいイベントも多いです。僕は基本的に、みんながやっていることがすごく楽しみなんでワクワクしていますよ」(Kenchan)。

「東京は世界をつなぐハブになる街だと思うんです。パンデミックで世界からの生の情報がシャットアウトされている中でも、日本中のアーティストやクリエイターは頑張って発信していることが伝わってきます。Kenchanが話したように、東京だけではなく、全国におもしろい人がいて、それぞれが現状を踏まえた上で、今でしかできないものを生み出しているのがおもしろいと思うんですよね。そうやって、おのおのがクリエイティブな活動を重ねていった先、次の段階として、世界のリアルな情報が一気に流れ込んできたら、すごくおもしろいカルチャーが作れると感じていますね。今だけの話で言えば、情報が出入りすることで成り立つのが東京ですし、そうなったら楽しいけれども、そうでない状況でも、想像していなかった形で全然楽しくやっているという感じがします」(Vick)。

tokyovitaminのコンピレーションアルバム『Vitamin Yellow』に見る現代東京のムード。そこには、東京から世界を見据えた上で、彼らならではのローカル感がワールドワイドに表現されている。そのアートワークからトラックの雰囲気、リリックの内容を聴き込めば、今後の東京ユースカルチャーの形を体感できるはず。今後、彼らの視点で、どのように時代を切り取って表現していくのか。それもまた楽しみでならない。

Vick / Kenchan
東京を拠点とするインディペンデントレーベル。音楽とブランドを中心に映像、写真、服、イベントなどさまざまなクリエーションをプロデュースするプラットフォームとして2016年に設立。VickはディレクターとDJとして、 Kenchanは映像、VJとしても活動し、おのおのアーティストのMVや企業とのコラボレーションも積極的に行 っている。同世代のアーティストやクリエイターとの制作活動を中心に、自らと近い発信を行う次世代の活 動もフックアップする。2021年末2ndコンピレーションアルバム『Vitamin Yellow』をリリース。
Instagram:@tokyovitamin / @vickokada / @kenchantokyo

Photography Takaki Iwata

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ニューヨーク拠点の写真家、佐藤康気が表現する写真表現の根底にあるもの https://tokion.jp/2022/02/19/interview-photographer-koki-sato/ Sat, 19 Feb 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=96878 パンデミックの渦中、佐藤康気がニューヨークの自宅を起点に制作した写真集『NOSTALGIA』での写真表現を巡って。

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ニューヨークを拠点に活動を続けている写真家、佐藤康気。これまでにも幾度かの展示を東京でも行ってきた経緯があり、去る2021年12月に、渋谷の「THE PLUG」で写真集『NOSTALGIA』のローンチと展示を行った。事前に大々的な告知があったわけでもないのに、実に多くの人がエキシビションに足を運び、最終日前には用意してきた写真集がソールドアウトするほどの盛況ぶりだった。

その佐藤康気の写真と言えば、人物ポートレートが多く、私自身、そういった印象を強く抱いていたのだが、本展示では風景を映し出した写真が展示され、写真集にも(人影や人物を連想させるカットはあるが)ポートレートは収められていない。
本作は、NYがパンデミックの混乱にある渦中で制作をスタートさせたものだが、そこにはどんな思いが込められているのか。ひいては、佐藤康気が写真表現のルーツに感じているのは、どのようなことなのかを尋ねた。

パンデミックの渦中で挑んだ風景写真作品の制作

ーーニューヨークを拠点に活動されている佐藤康気さんですが、まずは渋谷で開催されたフォトエキシビション「NOSTALGIA」の話からお伺いしたいと思います。

佐藤康気(以下、佐藤):今回展示した作品は風景写真のみなんです。人物のポートレートが1点もないというのは初めての試みですね。展示を開催したきっかけは、写真集『NOSTALGIA』の制作が大きく関係しているんですよ。

ーー写真集を作ることになった経緯について教えてください。

佐藤:本作はParadigm Publishing(ニューヨークを拠点にするパブリッシングレーベル)と一緒に制作しました。このレーベルを主宰するセオフィロス(・コンスタンティノウ)とは知人のフォトグラファーを介して4、5年前に知り合って仲良くなり、いつか一緒に本を作ろうって話をずっとしていたんですね。そんなある日、彼が拠点をニューヨークから移すことになって、ニューヨークにいる間に僕の本を形にしたいと言ってくれたことで制作が実際にスタートしました。それが2020年の、まさにパンデミックの真っただ中のことでした。実際の制作期間は2021年まで続き、入稿のギリギリまで撮影を続けていました。

ーー佐藤さんの作品ではポートレートが多い印象なのですが、『NOSTALGIA』で風景をメインにしたのは、どういった理由があるんですか?

佐藤:セオフィロスが僕の写真を見た時に「ポートレートもいいけど、風景写真のほうが引かれるんだよね」って話をしてくれたんです。彼の視点から見ると、日本人である自分が捉えるニューヨークの景色、そこに映し出される色使いや構図、街中のディテールにおもしろさを感じてくれたんだと思います。彼が、そう感じてくれたことがすごく嬉しかったので、風景写真だけで作品を構成しようと考えるようになって……。「パンデミックになって人に会えなくなったから」ということは必然的にあったんですけれども、それだけが理由で被写体が変わったわけではないんですよ。もともと僕が撮影していた風景写真に、セオフィロスが魅力を見出してくれたことが、きっかけなんです。

ーー実際に風景を撮影していく過程で、自分の中に芽生えたことや、感じたことを教えていただけますか?

佐藤:2020年の前半は、人に会えずに家の中にいながら制作を続けなくてはいけない状態でした。当然、モチベーションも下がってしまいがちになるんですが、制作に向かう気持ちを高め続けながら撮影しなければならなかったわけですよね。それは、やはり孤独な戦いでした。これは写真家だけではなく、創作を行う人であれば全員が同じ状況だったと思うんですけど。

ーーそうですよね。誰もがパンデミックによる環境の変化に対応しなくてはいけない状況でした。

佐藤:その孤独や葛藤がある中で、何よりも原動力になったのは将来に対する希望だったと思うんです。特に去年は精神的にも、生活的にも極限の状態まで追い詰められていたんですが、こんなことで負けてたまるかっていう気持ちが、写真を撮る大きな原動力になっていたと思います。

ーータイトルでもある『NOSTALGIA』は、そのまま和訳すると“過去を懐かしむ心”といった意味になりますが、その思いは込められているんですか?

佐藤:今現在、昔のことを懐かしく思っている気持ちを表現したわけではなく、未来の自分が過去を振り返った時に抱く感情として、『NOSTALGIA』というタイトルを付けています。これから先、ポジティブな気持ちを絶やさずに写真を撮り続けながら、活動を積み重ねていくことの1つとして、今回の作品があるという感覚ですね。未来から見た今の自分の気持ちというのは、きっとすごく懐かしくもあるでしょうし、どんな時代であっても、写真を撮り続けていかなくては、先々に過去を振り返ることもできないじゃないですか。ある意味、自分の決意めいたものを落とし込んだタイトルでもあります。

光をテーマに新たなアプローチを表現した作品

ーー展示されていた作品の中で、写真の内容について、いくつか解説してもらってもいいですか?

佐藤:このマンハッタンの光景を写した写真は、本作のキーにもなっている作品です。これはコロナ禍になった時に、この環境で何を作っていくかを自分なりに考えていて、ふと家の屋上に上がってみようと思ったのがきっかけなんですよ。ちょうど日が落ちていくタイミングで撮影した1枚なんですが、精神的にもすごく助けられたというか……。あたりまえのことなんですけど、毎日変わらず日が昇って落ちていくんだなって根源的なことを感じたんです。これを撮った時に、もしかしたら毎日記録してもおもしろいんじゃないかと思って、毎日日が沈むタイミングで屋上から撮影することをルーティンにしました。

ーーそこから、ずっとマンハッタンを撮影し続けたんですか?

佐藤:そうですね。ただ、2週間ぐらい続けて、これのコンセプトは何だったのか? って悩んじゃったんですよ。それで、妻に「毎日撮ってるけど意味があるのかな」って相談をしたら「きっと撮り続けたらいつか発表する機会があるかもしれないし、私達家族の希望だと思って撮り続けたらいいよ」ってことを言ってくれて。そう言ってくれる人が自分の周りにいるのであれば続けていこうって思えました。救われたという意味で、この写真はすごく思い入れが強いですね。これを撮ってから、必ずしも特別な状況でなくても、自分が表現したいものを撮れるんじゃないか、むしろ写真表現としては、もっと幅広いことに挑戦できるんじゃないかって考えるきっかけにもなりました。

ーー他の作品について、印象的なもの作品を挙げるとすると、どの写真ですか?

佐藤:挙げるのであれば、この雨が降って水滴がついている窓ガラスの写真ですかね。これもマンハッタンの写真と同様に、定点観測的な撮影手法を用いたもので、今回の展示においては水のシリーズと、夕日シリーズがあるような感覚です。共通するのは光がテーマにあるということ。この2シリーズは、コロナ禍において、コンセプトを持たせた上で写真を撮るというアプローチで始めたことなので、自分の中でも印象に残っています。

ーーではここからは、佐藤さんが写真を撮り始めるに至った経緯について教えてください。

佐藤:元をたどると、東京工芸大学で写真を専攻していたんです。写真の道を志したのは、今となっては気恥ずかしいんですが、高校生の頃に観た映画『シティ・オブ・ゴッド』がきっかけで……。

ーー映画『シティ・オブ・ゴッド』は、主人公の役どころがフォトグラファーですよね。

佐藤:そうです。そこに憧れめいたものがあったんですよね。将来的にクリエイティブな仕事をやりたいと考えていたこともあって、その手段を写真にしたらおもしろそうだと思ったんです。

ーーニューヨークに拠点を移されたのは?

佐藤:20歳の時に、ニューヨークに住んでいた従兄弟を訪ねて行ったんですけど、JFKからマンハッタンに入って47丁目のブロードウェイ辺りでタクシーを降りた時に、街を見渡して衝撃を受けたんですよね。あの感動は今でも忘れられないんですけど、その瞬間に、ここ(NY)に住みたいって感じたんです。実際にニューヨークに渡ったのは2009年になります。

ーーそして現在もNY拠点で生活や創作をされているわけですが、今後もずっとニューヨークで活動されていくんですか?

佐藤:最初の頃は、こんなにも長くニューヨーク生活を送るとは考えていなかったんですよね。僕は東京生まれなので、当時は東京を拠点にニューヨークに行っているという感覚だったんです。それが、ニューヨークにいる時間が長くなって、生活の基盤ができあがっていくにつれ逆転していき、最近ではニューヨークから東京に来ているという感覚になってきたと感じています。自分の制作活動は1人ですべてが完結できるわけではなくて、自分の性格を理解して活動をサポートしてくれる人がいるおかげで、今こうしてやっていけているので、信頼できる仲間がいる限りは、もっといろいろなことを彼らと一緒にやっていきたいし、いられる限りはニューヨークを拠点に活動していきたいという気持ちです。

ルーツにあるのは街自体が持つ絶対的な魅力

ーーなるほど。では、今回の展示「NOSTALGIA」から少し離れますが、佐藤さんの写真のスタイルや、原点にあるものについて教えてください。2015年にはニューヨークのダンスクルー、We Live Thisを撮影した展示を現地で行われていますよね。

佐藤:そうですね。高校時代にダンスを始めて、そこからヒップホップやハウスといった音楽やカルチャーを知るようになっていったので、シンプルに憧れや好きなものを撮影する延長線上に、地下鉄で踊るWe Live Thisがいたという感じです。僕のルーツにあるのは、「都会」を舞台にすることで、それがその街にいるという1つの意味なんだと考えているんです。東京にしろニューヨークにしろ、街自体にすごく魅力を感じていて、そこで出会う人達や風景とセッションしたい気持ちは、常にありますね。

ーー展示を終えて、次に表現してみたいことや作りたいものはありますか?

佐藤:本作での風景写真は、評価していただけた方も多くいらっしゃったので、今後も続けていきたいことの1つになりました。人物を撮影することは、常に自分にパワーを与えてくれるので、今まで通り変わらずに撮り続けていくと思います。
実は今、ブロンクスにいるスケートクルーのドキュメントを撮りためているんですよ。もう2年間ほど続けていることなんですが、かなり写真がたまってきたので、写真集なのかZINEなのかわからないですけど、これも形にしたいと思っています。
将来の自分の目標としては、より作品のクオリティを上げていきたいと考えていて。具体的に言うと、フレーミングとプリンティングの技術をもっともっと上げていきたいと考えています。撮影することは、どれだけ自分が動いて撮りためていくかということだと思うんですが、それをアウトプットするときの過程にもこだわっていきたいということですね。

ーー写真以外で自分を表現したいとは考えないですか?

佐藤:今のところはないですね。僕は1枚で表現できるというところに、写真の魅力を感じているんです。例えば映像であれば、前後のつながりの連続性があって成立していますよね。でも、写真は観た人が前後の物語を自由に想像したり感じたりすることができるものだと思うんです。そこにロマンを感じているからこそ、写真表現をもっと突き詰めていきたいと考えています。

佐藤康気
2009年よりニューヨークを拠点に活動を続けている写真家。2016年に写真集『99¢ CITY』、2019年に『fragile』を発表。2021年11月には、ニューヨークの「MAST BOOKS」にて写真集『NOSTALGIA』のローンチと写真展示を行う。その後東京では、「THE PLUG」にて、同作品のローンチと展示を行った。
Instagram:@kokisa10
https://paradigmpublishing.co/products/nostalgia-koki-sato

Photography Yuta Kato

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スケーターの日常にある魅力を写真で伝える。写真家、廣永竜太が大切にする自分だけの視点 https://tokion.jp/2022/02/01/photographer-ryuta-hironaga/ Tue, 01 Feb 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=89267 ニューヨークを拠点にする日本人フォトグラファーがコロナ禍のメキシコで制作した写真集『OBREGÓN CIUDAD DE MÉXICO』に込めた、写真家としての視点。

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ニューヨーク在住のフォトグラファー、廣永竜太が初の写真集『OBREGÓN CIUDAD DE MÉXICO』を刊行した。この刊行に合わせ帰国した廣永は、2021年10月から11月にかけて、東京、大阪、熊本で個展を開催。

写真集は、廣永竜太が友人のマット・ジャクソンと巡ったメキシコシティでの旅をテーマにしており、現地で偶然出会った世界各地のスケーターと、現代のメキシコの光景が記録されている。スケートボードを根底に置きながら、写真集には、風景や食べ物、チルタイムも収められており、スケーターの写真集というより、ある1つのストーリー性のある構成になっている。
なぜこのような表現に行き着いたのか。廣永竜太に渡米した経緯から、写真家としてのクリエイションを聞いた。

コロナ禍にメキシコで敢行したスケート旅行の記録

——まずは刊行された初の写真集について聞かせてください。

廣永竜太(以下、廣永):2021年1月からの1ヵ月間、友人のスケーターと一緒に巡ったメキシコシティでの旅をした記録の写真集です。タイトルは、メキシコのオブレゴンストリートを意味するスペイン語なのですが、滞在していていた宿があった通りなんですよね。写真集の物語が始まった場所をタイトルに採用しました。

——なぜメキシコへ旅に出たのですか?

廣永:写真集にも登場するんですが、僕がロサンゼルスに6年ほど住んでいた時に、マット・ジャクソンというスケーターと友達になって。僕は今は拠点をニューヨークに移しているんですけど、ひさしぶりにロサンゼルスに行く際に、彼に撮影させてくれないかって連絡を2020年の終わり頃にしたんです。すると彼が、「メキシコに行こうと思っているんだよ」って返事をくれて。それで自分も行きたいと強く感じたので、一緒に行かせてほしいってお願いをして、メキシコシティに行くことが決まったんです。

——メキシコに行きたいと強く思ったのは、特別な理由があったのですか?

廣永:そこはなんとなくなんですよね(笑)。僕なりの見解ですが、スケートボードはアメリカ発祥のカルチャーだと思っていて、これまでに生み出されたスケートビデオや写真を見返すと、文化的に強いのはアメリカとヨーロッパ。そうすると、今までに撮影されてこなかった穴場的なスポットや街が、まだメキシコにはたくさんあるんじゃないかと感じたんですよね。そんな穴場を探してみたいという好奇心があったのかもしれません。

——実際に旅して回ったのはコロナ禍真っ只中だったわけですが、時期は意識されましたか?

廣永:マットとは行かないほうがいいんじゃないかって話がもちろん出たんですけど、あえてこのタイミングで行くことで見ることができる光景があるんじゃないかってことに落ち着いたんですよね。例えば、10年後にこの写真集を振り返ってみた時、こういう時代(=コロナ禍)もあったなって思うことができるんじゃないかって。それは写真として残すという行為を考えてみても、すごく意味があることだと思うんです。

——写真集にはマット・ジャクソン以外にも多くのスケーターが写っていますが、彼らは現地のスケーターですか?

廣永:いえ、違うんですよ。いざメキシコへの旅に出たら、偶然同じタイミングで、LA時代の友人スケーターも来ていて、一緒に回ることになったんですよね。合流すると、彼らの友人でヨーロッパから来ているスケーターもいて。それなら全員で一緒に行動しようということになり、マットと毎日のように彼らの宿に行って遊んで、スケートしてという日々を1ヵ月過ごしました。この偶然の嬉しい出会いがあっての写真集なんです。あえて、このタイミングで行ったからこそ、かたちになったものだと思うんですよね。

——廣永さんは、LAとNYでスケートカルチャーの現場を記録されています。この2つの都市とメキシコはどういう点に違いがあると感じましたか?

廣永:アメリカもそうなんですけど、メキシコは経済格差がより激しくて。例えば大都会の高層ビルの路地裏に入ると、スラム街があったり、ストリートキッズがたむろしていたりという感じだったので、非常に印象的な街でした。
スケートスポットの視点から見ると、アメリカだったら誰もスケートしないようなスポットがたくさんありました。スケートするには路面が悪いところも多かったんですけど、そこでスケートをするのは、すごくおもしろみがあったし、そこでないと撮れなかった写真も多かったです。思い返して俯瞰してみると、正直アメリカと近い雰囲気もあります。何より驚いたのは、ブリトーがないってこと(笑)。ブリトーってずっとメキシコ料理だと思っていたので。

——確かにブリトーであふれていそうなイメージですけど、なかったんですね(笑)。では、メキシコでは主に何を食べていたんですか?

廣永:そうなったらタコスですよね(笑)。種類も無限のようにあって。だってトルティーヤの上に具材をのせちゃえば、それだけでタコスになるわけですから。屋台によって具材や味が全然違って飽きなかったです。

——写真集には、実際に食したであろうタコスの具材も収められていましたね。他にも宿泊先の壁の模様などもあったりして、スケート写真だけではありませんでした。まさにスケーターと一緒に過ごした日常が記録されている構成でしたが、スケート写真以外も多く掲載したのは、どのような意図があるんですか?

廣永:僕が撮る写真って、被写体や自分のライフスタイル、ドキュメントなど、よりパーソナルなものなんです。その延長線で写真集を構成したので、生活を切り撮った写真も掲載しました。スケートのトリック写真は、もちろんかっこいいと思ってるんですけど、すでに多くのフォトグラファーが素晴らしいトリック写真を残しているので、僕は自分のスタイルとして、自分の視点を大切にした写真を撮りたいんですよね。

スケーターのライフスタイルに魅力を感じる

——“自分の視点”をあえて言葉にするなら、どういうものになりますか?

廣永:例えば、スケーターがトリックする前後のほうに魅力を感じるんですよね。どんな表情でトリックに向かって、トリック前後では周囲にいる友人と、どんなふうに接していたのかなど。トリックが成功したあと、どのように仲間と喜び合っていたのか。同様に、彼らがスケートしていない時は、家の中でどう過ごしているのか。そういったことに興味があるんです。

——なるほど。それでライフスタイル全体が感じられる構成になるんですね。

廣永:はい。メキシコにいる間は、常になんでもないようなものも撮影していました。なので、その土地に住んでいる人にとってはあたりまえの光景も写真になっています。車にロープが載っているだけのカットなんかもあるんですが、スケート写真を撮影することだけが目的だったら、そのような写真は撮影していないだろうし、掲載もしていないですよね。僕は自分のことをスケートフォトグラファーだと決めつけているわけではないので、フルーツや風景、なんでもないものの写真も撮って、それを1つの作品に集約したという感覚です。

——表紙のデザインも非常に印象的です。

廣永:写真集のレイアウトなど、デザイン全体を『HOME BOOK』の時にもお世話になったマツミさん(=アートディレクターのタケシ・マツミ)に担当してもらいました。マツミさんにはデザインだけというよりも、多岐にわたって協力してもらったので、なんならプロデュースしてもらったぐらいの感覚なんですが(笑)。表紙は、フィルムを現像した時に、暗室にあった廃材を乱雑に並べてスキャンしたものなんですが、これはマツミさんの提案でした。

自分の視点を大切にした作品を作り続けたい

——では、ここからは廣永さんがフォトグラファーになった経緯も聞かせてほしいのですが、やはりスケートボードが基軸にあるわけですよね?

廣永:そうです。自分がスケートをしていたということもあって、地元の熊本からスケートカルチャーの聖地であるロサンゼルスに行きたいと思って、22歳の時に移ったんです。当時は英語もままならないような状態でしたけど、スケボーを持って街に出たら、すぐに友達ができて。僕が想像していたスケーター像と全然違って、これがリアルのスケーターなんだって。これまでビデオとかでしか観たことのなかった世界は、実際に行ってみると全然違っていて衝撃でした。そこで写真を記録代わりに撮りだしたのが、写真家になったきっかけなんですよ。なのでスケート写真を撮ろうと思ってアメリカに行ったわけではなかったんです。

——写真を撮り始めてから、すぐに写真家を志すことになったんですか?

廣永:いや、当時は全然考えていなかったですね。簡易的なカメラでちょっと撮影するぐらいだったので。でも自分が撮った写真を友達がほめてくれたり、ZINEを作るから写真をくれないかってことを言ってくれるようになって、写真というメディアに少しずつ興味を持って、そして好きになってっていうことの繰り返しでした。だんだんとフォトグラファーになっていったような感覚なんですよね。

——22歳でアメリカに渡り、LAで約6年を過ごし、今はNYで約3年。もうアメリカ拠点の生活が9年ほど続いた計算になるわけですが、廣永さんから見て、東京という街はどのように見えますか?

廣永:熊本から大都市をはさまずに、すぐにアメリカに移住したので、東京には住んだことはないんですよね。そんな自分から見ると、東京はやっぱりカオスな街だと思います。東京に住んでいる僕の友人もスケーターばっかりなんですけど、めちゃくちゃなやつばっかりだし、東京に来ると毎回カオスな毎日になります(笑)。ただ、もし自分がNYから帰国して、日本で住む街を選ぶとしたら、今は東京を選ぶと思います。それだけ東京には東京だけの刺激があると思いますね。

——ではLAからNYへ拠点を移されていますが、熊本からLAへ行った時と異なって、NYにはフォトグラファーとして活動していくことを念頭においていると思います。今後、NYでやっていきたいのは、どんな活動なんでしょうか?

廣永:これまでのようにスケーターのライフスタイルを撮影することは、もちろん続けていきますが、よりミニマムな視点で、普段見過ごしがちなものだったり、自分の周囲に存在するものを、自分の視点で撮っていきたいです。今はそういった作品を、もっと作っていきたいですし、今、興味があるコンセプチュアルな現代アートなども作っていきたいと思っています。

——写真以外のアートにも挑戦していくということですか?

廣永:そうですね。スケート専門のフォトグラファーになっていくというよりも、スケートを出発地点として常に進化していきたいと考えています。僕は、アリ・マルコポロスや、ヴォルフギャング・ティルマンスをすごく尊敬しているんですが、特にティルマンスの作品を観ていると、最初は写真としてライフスタイルを撮影していたものが、今ではアートとしての表現も積極的に発信しています。自分もそういった存在になれるように努力していきたいと思っています。NYに戻って写真活動を続けていく中で、自分がどう変化していくのかを考えると楽しみなんですよね。今後も自分の視点を持って、作品を作り続けていきたいです。

廣永竜太
ニューヨークを拠点に活動する日本人フォトグラファー。スケートボードカルチャーをベースにした写真を撮影する。初となる写真集『OBREGÓN CIUDAD DE MÉXICO』を2021年10月に刊行。
Instagram:@ryutahironaga

廣永竜太 『OBREGÓN CIUDAD DE MÉXICO』
(Kandor Inc)
写真家、廣永竜太による初の写真集。内容は、2021年1月から1ヵ月間滞在したメキシコシティの旅の記録。作品には、旅をともにした友人であり、ジェイソン・ディルのパーソナルアシスタントでもあるマット・ジャクソンをはじめ、ロシアのスケートブランド「ラスベート」のスケートチーム、ヨーロッパから訪れていたスケーターらに加え、メキシコの風景や食事などが収められている。

Photography Yuta Kato

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ジェームズ・オリバーが日本で『THE NEW ORDER MAGAZINE』と『her.magazine』を作る意味 https://tokion.jp/2021/09/26/why-james-oliver-makes-his-magazines/ Sun, 26 Sep 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=55838 ニュージーランド出身、日本在住のジェームズ・オリバーが雑誌作りに感じる魅力とメディアに対するこだわりを探る。

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2009年にスタートしたファッションカルチャーマガジン『THE NEW ORDER MAGAZINE』(以下、『THE NEW ORDER』)。現在はISSUE.25まで世界中で発売され、ファッションカルチャーが好きな人達の本棚に並べられている。その編集長を務めるのは、日本在住のジェームズ・オリバー。ニュージーランド出身で元プロサッカー選手という異色の経歴を持つ。

ジェームズは、自らインタビュー取材や撮影までこなすマルチエディターであり、2015年からは、『THE NEW ORDER』の女性版的(と銘打っているわけではないが)な雑誌『her.magazine』(以下、『her.』)もスタートさせ、こちらは現在までにVol.12まで発売されている。2誌に共通しているのは、作り手の徹底したクリエイションと紙メディアへのパッションと愛情だ。全ページに作り手の視点が宿っており、誌面にその企画に関わる編集者やフォトグラファー、スタイリスト、ライターの感性を落とし込んでいる。

広告クライアントにおもねるような企画は1つもないし、読者を置き去りにしたような企画も1ページもない。まさしくインディペンデントマガジンである『THE NEW ORDER』と『her.』が、どのように成り立っているかをジェームズの言葉を交えながら探っていきたい。

オンラインメディアの運営を経て雑誌を作りたいという想いを抱えて日本へ

「1号を出したのは2009年の3月。1月に作ろうと決めてすごいスピードで作って出したんだよね。でも、今思い返すと大変な作業じゃなかったかもしれない。兄と一緒にコンテンツ作りに取り掛かったんだけど、作り方も全然わからなかったから、とりあえずファッションブランドとアーティストを取材・撮影して、記事を集めて出版してって感じでスタートしたんだよね」(ジェームズ・オリバー。以下、ジェームズ)。

雑誌の編集作業は手探りで、本人いわく「最初はちょっと適当だったかも(笑)」という形で始まった『THE NEW ORDER』だが、これはジェームズにとって人生初の編集作業ではなく、同メディアの前段としてオンラインメディア「SLAMXHYPE」がある。まずはここに至るまでの話を振り返る。
ジェームズが、ファッションやカルチャーメディアに興味を持ち始めたのは幼少期の頃。少年ジェームズは雑誌片手にサッカーを楽しみながら、15歳くらいになると音楽などのサブカルチャーにも興味が広がり「『THE FACE』と『i-D』はよく買っていたんだ。(ニュージーランドの実家にある)バックナンバーはもう、お母さんに捨てられちゃったけどね(笑)」という変遷をたどる。学生時代はスケートボードもやっていて、「シュプリーム」「BAPE®」などのストリートブランドも好んでいたジェームズだが、18歳でプロサッカー選手になると、「メゾン マルジェラ」「ラフ シモンズ」「ヘルムート ラング」などのハイブランドも自身のファッションに取り入れていくようになった。
それから数年の選手生活を経て、けがを負ってコートに立てなくなった時に、兄とストリートカルチャーのオンラインメディア「SLAMXHYPE」を立ち上げた。そして、そのメディア運営を続け、徐々にクライアントを増やしていった。

「やっているうちに、だんだんメディアの仕事がおもしろくなってきたんだよね。もともとファッションが好きだったこともあって、そのカルチャーが豊かな日本に行きたいと思うようになったんだ。実際にファッションの仕事ができるかどうかは全然わからなかったし、日本語も喋れなかったけど、とにかくやりたいという気持ちがあって。それが、2007年頃。もうオンラインじゃなくて雑誌を作りたいと強く考えるようになっていたね」(ジェームズ)。

こうして来日後の2009年に創刊号をリリースし、編集に対する考え方の違いから兄が離脱。ジェームズは1人で雑誌『THE NEW ORDER』を運営していくことになった。

「ブランドも、アーティストも、ただ取材してもいいですか? ってお願いするだけじゃなくて、一緒にコンテンツを作るような形でオファーするようになっていったんだよ。好き勝手に取材して掲載するだけじゃなくて、ちゃんと関係性を作りながらやっていこうと考えるようになったんだ」(ジェームズ)。

しっかりとリレーションシップを築きコンテンツ作りに反映させている

このリレーションシップを築くにあたって重要となるのが、雑誌上のコントリビューターとして記載されている面々の存在。『THE NEW ORDER』や『her.』の制作に携わるフォトグラファーやスタイリストは、ファッションカルチャーシーン最前線で活躍する名クリエイターぞろい。一体どのようにして彼らと関係を築いていったのだろう。

「最初は日本のクリエイターを詳しくは知らなかったんだけど、ブランドのルックブックを見ながら、スタッフクレジットをチェックして見つけていったんだよね。それで名前を知っていったんだけど、関係はいつのまにかできていたというか……。友人伝いに関係が広がっていったんだ。例えば、ISSUE.01のカバーにはイアン・アストベリー(ザ・カルトのフロントマン)が出てくれたんだけど、ショーン・モーテンセン(写真家・フォトジャーナリスト。2009年に逝去)がつながりを持っていたから実現したんだ。ショーンとは昔からの友人でね。そんなふうに、コンテンツを作る時、フォトグラファーに先頭に立ってもらって、そこからスタイリスト、ヘアメイクアーティストへと知り合いの幅が広がっていった。最近じゃスタイリストが先になっていることも多いかな。どんなものを撮るかを彼らに相談して、誰と一緒に作っていくかを話し合って作っているよ」(ジェームズ)。

最近では、フォトグラファーやスタイリスト側から「一緒に仕事したい」というオファーも多いのだそう。その全部に対応しきれていないそうだが、ここからも『THE NEW ORDER』と『her.』の影響力の大きさを感られる。一方で、両誌のカバーを飾るのは普段メディアでお目にかかれないようなビッグネームばかり。しかも、これからスターになる人間をいち早くキャッチしているのが、2誌の特徴でもある。

「カバーに出演してくれるアーティストやクリエイターも、本当にいろいろな流れでつながりを得ているんだ。仲が良いフォトグラファーやスタイリストが推薦してくれたり、関係をつないでくれたりすることも多いよ。例えば、ビリー・アイリッシュ(2018年発売の『her.』Vol.07に出演)はフォトグラファーのケネス・カッペロがやりたいって言ったから。当時のビリーは今ほど有名じゃなかったけど、ケネスはあのタイミングでカバーにしたかったんだ。あいみょん(2019年発売の『her.』Vol.09に出演)は、スタイリストの服部昌孝に相談して。ショーン・パブロ(2019年発売の『THE NEW ORDER』ISSUE.21に出演)に関しては、フォトグラファー・ビデオグラファーのウィリアム・ストローベックに話をしたんだ。もちろん、僕自身が注目している人に自分からオファーすることも多いし、誌面の内容に応じて決める時もある。横山さん(『サスクワァッチファブリックス』のデザイナー、横山大介。2017年発売の『THE NEW ORDER』ISSUE.16に出演)は飲み友達だし、藤原ヒロシさん(2014年発売の『THE NEW ORDER』ISSUE.11に出演。表紙はジョン・メイヤーバージョンの2パターンがある)とは、展示会で話をしていた時に。リアム・ギャラガー(2020年発売の『THE NEW ORDER』ISSUE.22に出演)は、レコード会社からオファーをもらって『アメリカツアー中にどうですか?』ってことだったからLAに行って僕が撮影したんだよ。これはレコード会社と長く付き合いがあったから実現したものでタイミング的には”たまたま”だね。表紙に出てくれる人をピックアップするのは時と場合に左右されている。決まったやり方があるわけじゃないんだよ」(ジェームズ)。

紙メディアの需要は現代にもあるはず。それが紙でほしいものかどうかが重要

現在もジェームズは、編集作業を日本に住みながら続けている。日本にいないと見つけられないファッションカルチャーのディープな側面が見つけられるのも、日本で雑誌作りを続けている理由だそうだ。特に音楽に関しては、その傾向が強いと言う。

「日本人のアーティストは日本語で歌うから、海外で生活していると、日本で生まれる音楽の深い部分に触れる機会はないと思う。住んでいなければ知ることができないカルチャーだろうね」(ジェームズ)。

一方で、現代において紙メディアは苦境に立たされている。特にファッションやカルチャーを扱う雑誌はウェブやSNSの台頭によって、その存在意義が疑問視される声も少なからずある。実際に日本では、この数年間に有力な雑誌がいくつも消えていった。ジェームズは紙媒体を巡る現状に何を感じているのか。

「なんとかやれているのは、きっと1人で作っているからなんだと思う。そして『THE NEW ORDER』も『her.』もインディペンデントだから存在できていると思うんだよね。何人ものスタッフを抱えていたら、もしかしたらビジネスとしては成立できていないかもしれない。紙メディアという広い意味で考えれば、今も今後も需要はあると思うよ。両誌とも自分でも驚くぐらいの冊数がオンラインで売れていっているからね。きっと、掲載されている内容が、紙でほしいと思われるものかどうかが大事なんだろうね。ずっと捨てられずに本棚に置いておきたくなるような本であれば、必要とする人はこれからだってちゃんといると思う」(ジェームズ)。

『THE NEW ORDER』と『her.』はウェブサイトがあり、ネットからも情報を発信している。ウェブに関する運営はジェームズ1人によるものではなく、パートナーと連携しながら、雑誌とリンクする部分はさせながら、映像がコンテンツとして必要な場合には、ウェブを活用しながらメディアを構築している。どちらもブランディングを共通させた世界観を作り上げているが、明確にメディアとしてのコンセプトを掲げているわけではない。強いて言うのであれば、ジェームズ・オリバーのライフスタイルが、そのままイコールで『THE NEW ORDER』と『her.』のコンセプトということになるだろう。

「紙媒体を作るのは最高に魅力的なことだよ。自分が会いたかった人に会えたり、一緒にコンテンツを作りたいクリエイターと一緒に仕事できたりする。そうやって人に会えて話をしたり、撮影もできたりするのが楽しいよね。オンラインも大事だけど、僕は雑誌を作っているのが好きなんだ」と、今もこれからも雑誌作りを続ける理由をジェームズは笑顔で語ってくれた。

紙で必要とされるものかどうか。
『THE NEW ORDER』と『her.』に掲載されているものは、確実に紙だからこそ手元に置きたくなるのであって、その魅力が読者に伝わっているから、雑誌不況の現代であっても手に取る人がいる。そういったことを考えながら、両誌を読むと、「うん、なるほど」と感じさせられるクリエイションな作りをしていることがわかる。どんなものが紙メディアとして必要とされるのか、そこに携わる上で、どんな考え方が必要なのか、ファッションやカルチャーが好きな人なのであれば、『THE NEW ORDER』と『her.』を読みながら一度考えてみるのもいいだろう。そこには、現代において、人に必要とされる要素がなんなのか、ということが具体的な形となって描かれているから。

ジェームズ・オリバー
『THE NEW ORDER MAGAZINE』『her.magazine』のファウンダーを務める。自ら編集、ライティング、撮影も行うクリエイティブディレクターでありフォトグラファー。ニュージーランド出身。東京に住んで約14年が経つ。
http://thenewordermag.com
http://www.her-magazine.com
Instagram:@jamesoliver_tno

Photography Rintaro Ishige

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tokyovitaminのクリエイションと存在から見る、東京ストリートを示すユースの現在 https://tokion.jp/2021/03/19/tokyovitamin-street-culture-and-youth/ Fri, 19 Mar 2021 06:00:37 +0000 https://tokion.jp/?p=23626 現代の原宿カルチャーを体現するレーベル、tokyovitaminが発信する音楽とマーチャンダイズについて中心人物のVickに問う。

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tokyovitaminは、東京を拠点とするクリエイティブなコミュニティとして、2015年から活動を続けている。DJやVJ、フォトグラファーに音楽プロデューサーなど、それぞれの活動を展開しながら、パーティやイベントの際には集まっての発信を行う。現在は現代の東京らしいクリエイティブなクルーとして、その存在が同世代から受け入れられている。これまでにグラフィックアーティストのVERDYとのコラボレーションなど、ファッションシーンにおいてもその名前は知られていることだろう。
昨年12月には、原宿のセレクトショップ「ポートレーション」で初となるポップアップストアを開催し、彼らのマーチャンダイズが販売され、多くの仲間やファンが駆けつけた。このポップアップストアを起点に、改めてtokyovitaminとはどんなものなのかをVickのインタビューから掘り下げていきたい。

活動するために名付けられたプロジェクト、“tokyovitamin”

tokyovitaminの中心人物は、インタビューに答えてくれたVickだ。tokyovitaminは、Vickともう1人の核となるKenchanの2人が出会うことから始まった。2人と周りにいる不特定多数の友人が入れ替わり立ち替わり集まりながら、音楽をベースとしたクリエイティブを行ってきた。そのため、明確なクルーとして結成された集団ではない。いうなれば“クリエイターのたまり場”といった説明が適しているのかもしれない。決まったメンバーで活動するのではなく、リベラルな考えを持ち、友人の意見を取り入れながら、好きなことや興味があることに直結する行動をスピーディに取る。そのアクションが実に斬新だ。では、その発端はどのようなものだったのか。

「僕はもともとはNYで生活をしていたのですが、高校の時に自分のルーツでもある東京に帰ってきたんです。当時から音楽をベースにしたコレクティブとして活動していきたかったのですが、帰国時は周りに友人も知り合いもほとんどいなくて、とりあえず自分が好きそうなパーティやイベントに通っていました。そこでクリエイティブなことをやっていきたいという、同じ意思を持っている仲間を探していたんですよね」。

これが2016年頃の話だ。当時22歳のVickは、イベントに通いながら自分でもパーティを開催するなど、さまざまなイベントを巡る中で出会ったのが、Kenchanだった。最初にあいさつをしてから数ヵ月は特に交流はなかったものの、今はなき渋谷の「トランプルーム」でのイベントで再会し、それを機に一緒に遊びながら交流を深めていった。さらに現在はメンバーのラッパー、Duke of Harajukuと出会ったのもこの時期。Dukeは、Kenchanの大学の友人だったことでつながった。

「熱い感性を持っていた人間同士、遊びながら自然と一緒にいるようになっていったんですよね。一緒にいれば何かができるはずだと思えるやつらが周囲に集まってきていて。その仲間と話していると、やってみたいことやアイデアがたくさん出てきました。まだ若かったし時間もあったので、とりあえずtokyovitaminという名前でプロジェクトを打ち立てて、なんでもいいから何かをやってみようかっていうのが始まりだったんです」。

それからtokyovitaminとして何か発信しようと始めたのが、SoundCloudにおけるミックス「Vitamin Drop」の配信だ。この配信にはメンバーに限らず、つながりがある世界中の多種多様な面々が参加している。普段、音楽活動を行っていないショップスタッフやブランドデザイナーなどもいて、tokyovitaminの多様性を感じることができる。

「ミックスの配信とパーティを主催することは、tokyovitaminとして最初に始めたことですね。配信ではメンバー以外に、普段はDJとして活動していない人も参加しているんですが、それは彼らがフレッシュで新しい音楽を聴き込んでいたからなんです。遊びながら友達が増えていくうちに、本当に音楽が好きな仲間が増えてきたので、彼らの個性や魅力を少しでも発信したいという思いがあって配信を始めました。同時に、いろんな職種の人が参加してくれることで、tokyovitaminがどんな存在なのかを世間に伝えられるんじゃないかとも思って。仲良くなったみんながどんな曲を選んでくれるんだろうって楽しみだったし、ミックスを制作するのはとてもやりがいがありますね。一方でパーティは自分達の遊び場を作ろうという思いでやっています。こう言うと、固定のメンバーで自分達のシーンを作っていこうとしているように捉えられるのですが、僕らはパーティに来てくれる人も、きっと同じことを考えている仲間なんじゃないかって感じているんですよ」。

レーベルとして最初のアクション『Vitamin Blue』

こうしてtokyovitaminとして活動しながら約5年がたち、2020年10月に発表したのが、tokyovitamin名義での初のアルバム『Vitamin Blue』

「これまでにtokyovitaminが出会って仲良くなったラッパーやDJが参加しているコンピレーションアルバムですね。言わば自分達の遊び場でつながった仲間と一緒に作った作品です。DukeやDisk Nagatakiもそうなんですが、個々の活動が活発になってきたこともあって、このタイミングでしっかりとした作品をリリースするのは、良いタイミングだと思ったんです。制作自体は2019年から進めていて、コロナ禍もあり発表するタイミングには悩みましたが、せっかく作ったからには旬なうちにリリースしたいと思って、このタイミングになりました。本当はリリースに合わせてパーティも開催したかったんですけど、コロナ禍で実現できない状況でした。でもアルバムをリリースするだけでは物足りなかったので、あらかじめPVを4本作っていたのを同時に発表しました」。

このPV4本を1つにつなぎ合わせ、tokyovitaminとはどんな存在なのかをVick自身が解説したムービーを入れてプログラムにまとめたのが、「VITAMIN BLUE」だ。この作品からも彼らがどんな活動や発信を行っているのかを理解することができるはず。

「VITAMIN BLUE」
Disk Nagataki 「EXALT feat. NAPPYNAPPA」
Young Coco 「I DON’T BEEF WIT U」
Duke of Harajuku 「ICE CREAM (feat. LEX)」
Mat Jr 「VOYAGER」

アルバム『Vitamin Blue』には、tokyovitaminが提示してきた活動そのものが凝縮されている。コンピレーションだからということもあるが、ヒップホップを基軸に置きつつも、ハウスなどのダンスミュージックも収録されていて、彼ららしい多彩な作品に仕上がっている。

「ハウスが好きなメンバーもいるし、ヒップホップが好きなメンバーもいます。僕らはジャンルにかかわらず音楽を聴くし、ハウスもラップシーンも、自分達の世代で作っているものがすごくおもしろくなってきている感覚があったので、ミックスさせようって意識がありましたね。例えば、Jin Doggのリミックス『LITTLE DEMON(DISK NAGATAKI BOOTLEG)』がそう。こういった表現をtokyovitaminでやりたかったんです」。

この楽曲はヒップホップとハウスが邂逅したアプローチになっていて、実に現代の東京感にあふれている。そしてジャケットのアートワークを手掛ているのは、YouthQuakeのBobby Yamamoto。Vickは、ピルのグラフィックがtokyovitaminのイメージとマッチするからという理由で、ブルーの背景とピンクのピルというカラーリングでBobbyにオファーしたそう。YouthQuakeは、彼らともっとも仲の良いユースクルーで、これもまた多様性に富んだtokyovitaminらしいアクションだ。

服を通じて感じる自分達のコミュニティ感

この一連の流れから、初開催となったポップアップストアにつながる。

「本当は『Vitamin Blue』のリリースに合わせてポップアップストアを開催したかったんですが、正直、世の中のムードもわからないままでしたし、12月に入ってもお店は通常通りに開いていませんでした。もちろんパーティも開催されていない。でも、何もしないままでいるわけにもいかなかったので、できる範囲のことを日中にやってみたんです。こういう状況に加え、初めての開催だったのでどんな感じになるんだろう? って不安はありましたが、結果としていろんな人が来てくれて嬉しかったです。お客さんは、友人だけではなく知らない人もいて、VERDYCreativeDrugStore、YouthQuake、FAF(FAKE ASS FLOWERS)など、僕らの友達が作っている洋服を着て遊びに来てくれてました。その光景を見て、ウェアを通じた自分達のコミュニティ感を体感できたんです。僕らのカルチャーが好きで共感してくれる人がたくさんいるんだなって」。

tokyovitaminが音楽以外に洋服を作るのには理由がある。

「アメリカに住んでいた頃から、インディペンデントレーベルが好きだったんです。例えば、NYのFool’s GoldPEAS & CARROTS INTERNATIONALだとか。彼らがラッパーや仲間と一緒にマーチャンダイズを作ったり、イベントをやっているのを見ていて、そのアクションがすごくかっこよかった。僕も自分が好きなことが明確なので、もっとtokyovitaminが提示するマーチャンダイズの世界観を広げていきたいです。ただファッションブランドとしての位置付けではなくて、自分達が遊んでいるパーティやイベントで使うものを作っていきたいと考えています」。

パーティをはじめ、“現場”を中心に活動を展開してきたtokyovitaminは、多くのアーティストと同様にコロナ禍での苦境に立たされている。

「パンデミック初期は、この先がどうなるのかわからないという不安もありましたが、これからはこの状況が新しい日常なんだと理解していくしかないですし、その中でできることを模索していくべきだと考えています。KenchanはVJとして、Dukeはラッパーとしての作品制作、DiskはDJやプロデュース業など、各々の活動を展開しながら、この状況だからこそのできることを自分達のプロジェクトとして進めていきます。今後は洋服作りにより力を注いでいくかもしれないですし、イベントが開催できなかったとしても、自分達が納得できる形で作品をリリースしていきたい。tokyovitaminはレーベルとは言ってもまだまだこれからなので、制作を通して勉強を繰り返しながら、まずはブランディングを確立して、次のコンピレーションアルバムに向けて動いていきたいです」。

最近では、ポップアップストアの大阪編をセレクトショップ「イマジン」で2月末に開催したばかり。今後もセレクトショップとのコラボレーションや音楽作品のリリースを予定している。tokyovitaminのクリエイションは、新しくてどこまでも自由だ。それは1990年代に真新しい形として東京にストリートカルチャーが生まれていった流れと、どこか重なる部分があるのではないだろうか。tokyovitaminや彼らと同世代が今後生み出していくものの先には、どんな未来があるのだろうか。楽しみでしかない。

Vick
音楽を軸にしたレーベル、tokyovitaminのディレクター。DJとしても活動しており、主に渋谷や原宿を拠点とする同世代のクルーやアーティストと制作活動を行っている。tokyovitaminとしては、1stコンピレーションアルバム『Vitamin Blue』を2020年10月にリリースし話題を集めた。
Instagram:@vickokada / @tokyovitamin

Photography Ryo Kuzuma

TOKION MUSICの最新記事

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オタクとは何か――21歳のアーティストJUN INAGAWAの姿勢 https://tokion.jp/2020/12/25/defining-otaku-with-jun-inagawa/ Fri, 25 Dec 2020 06:00:13 +0000 https://tokion.jp/?p=13438 音楽・ファッションシーンで引く手あまたの気鋭アーティスト、JUN INAGAWAが考える現代のオタク像。

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漫画タッチのイラストで、さまざまなブランドや音楽アーティストとコラボレートしながら、個展も開催し、あらゆるアートプロジェクトにも参加する。今やJUN INAGAWAのイラストや漫画は、SNSやネットに触れていれば1度は見たことがあるだろう。いわゆる“オタク文化”を全面に押し出した表現のようだが、彼の作品には俗にいうアキバっぽい絵とは異なる個性がある。
10代の多感な時期をサンディエゴで過ごし、LAのストリートカルチャーと密接な交流を持ちながら漫画に目覚め、現在は東京を拠点に活動している21歳のアーティスト。JUN INAGAWAはオタクをどのように捉え、何をルーツカルチャーに持ちながら東京の第一線で活動しているのか。その源流を探りたい。

絵を描くのは好きなものに忠実だから

――JUNさんはイラストレーター、漫画描きとして活動されていますが、すでに多くのストリートブランドとコラボレーションを果たしています。特に今年は「ネイバーフッド」とのコラボレーションで個人的にも驚きました。現在21歳、日本に活動拠点を移してから数年で今に至るわけですが、この現状についてどう感じていますか?

JUN INAGAWA(以下、JUN):正直、メンタル的に追いついていないような状況です。「ネイバーフッド」に関しても実感があんまりないんですよ。「コラボしてんだ、オレ!?」みたいな。そもそも「ネイバーフッド」のインセンスチャンバーが好きで買いに通っていて、たまたま滝沢さん(「ネイバーフッド」代表、滝沢伸介)を紹介されて、何か一緒にやろうよって流れでコラボが成立していったんで、最初は自分でいいのかなって思いましたよ。というのも、「ネイバーフッド」のアイテムにアニメの女の子が描かれるのは初らしくて。でもこのデザインを提出した時に、滝沢さんは娘さんの影響でちょっとアニメが好きになっていたのもあっておもしろがってくれたんです。ある意味タイミングが良かったのかもしれません。自分にとってはすごく良い経験になったし、本当にありがたい限りです。他にもいろんなブランドとコラボさせてもらいましたけど、同じく実感はあんまりないです。オレがやっていることって、ここ(部屋)で絵を描いてPCからデータを送っているだけなんで、「やったぞ!」って感じがしないんですよ。周りからすごいですねってことを言われても「はぁ、そうですか」って(笑)。

――今の東京の若手アーティストという観点から見ると、事実としてJUNさんはシーンを代表する1人になっていると思いますよ。

JUN:そうなんですかねぇ。今の世代を見渡せば、例えばYouthQuaketokyovitaminCreative Drug Storeといった人達が活躍しているじゃないですか。きっと彼らは東京に伝説を残していく新しい人達なんでしょうけど、そこを意識せずに活動しているからかっこいい。ただ好きなように仲間内で好きな音楽や制作をやっていたら、シーンにいる上の世代や周囲にも気に入られて名前が知れわたっていった感じじゃないですか。自分に置き換えてみれば、「ネイバーフッド」とコラボできたりBiSHのアートワークを描けたってことなんでしょうけど、そんな風に自然体で自分を表現しているヤツらっていうのは今後もどんどん出てくると思います。オレはシーンで活躍するために絵を描いているわけではなくて、自分が好きだと思ったものに忠実であるだけなんです。生み出すものや考え方、受ける仕事にしても、自分だけの世界と基準があって、そこから一切出ないっていう。ブランドにしろ、アーティストや人物にしろ、ちゃんとバックグラウンドを自分が知っていて、かっこいいと本心から思える相手と一緒にやっているんですよね。

裏表のない正直に生きる女の子を表現している

――コラボやアートワークには女の子のイラストが描かれることが多いですよね。特にインスタグラムなどでもたびたび登場する“魔法少女”のキャラクター、これがJUNさんを象徴する存在だと思うんですが、設定やストーリーなどがあったら教えてもらえますか?

JUN:あんまり細かな設定を決めているわけじゃないんですけど、日本の魔法少女のアニメってかわいくて強いパーフェクトな人物像として表現されることが多いじゃないですか。オレが魔法少女を描くのであれば、もっと自分に正直で人間くささが残っているほうが良いと思って描き始めて。そしたら、いつのまにかタバコを吸ったりドラッグをやったりしちゃっていたんですよ。今までそういう正義感が強い魔法少女のアニメを観てきた時に「かわいい女の子だっていってもさ、どうせ裏じゃいろいろやってんでしょ」って感じで変に深入りした視点で捉えていたんで、じゃあ、その裏側も含めて描けばいいやって。だから、このキャラクターや作品から何かを訴えたいとか、そういう深い意味を持たせているわけじゃないんです。もともと女の子が登場するアニメが好きで女性を描くことが多かったので、その延長としてのキャラクターですね。

――どんなアニメや漫画を観たり読んだりしてきたんですか?

JUN:魔法少女で言えば『魔法少女まどか☆マギカ』が世代でしたね。あと『撲殺天使ドクロちゃん』というアニメがあるんですが、ちょっとグロい描写もあって、オレが描いている世界観に近いです。かわいいけどバイオレンスなことをする、本能に忠実に動く女の子像を描きたいと思っていたんですよ。だから、オレが描く魔法少女は正直に生きてる女の子なんです。こんな風に真面目に考えたのは初めてですけど(笑)。

――そもそもアニメや漫画を好きになったのは?

JUN:小学校の頃からそういう節はあったんですけど、がっつりハマったのは中学生からです。具体的な作品を挙げると、漫画『kiss×sis(キスシス)』です。もう、これを読んだ瞬間に覚醒して「これだ!!」と。そこから一気にのめり込んでいきましたね。漫画『ハヤテのごとく!』を読んで、具体的に自分の好きな世界観を自覚し、さらにハマって。ハルヒ(『涼宮ハルヒの憂鬱』)、『CLANNAD(クラナド)』『Angel Beats!(エンジェル ビーツ)』などの有名作もバーっとひと通り通って。

――やはりアニメ作が多めですね。

JUN:そうですね。初めて全巻買い続けている漫画は『進撃の巨人』なんですよ。買い始めた頃は13歳くらいで、そんなに注目されてもいなかったんですけど、20歳を越えた今でも連載されていて読み続けているっていうのはいいですよね。そこからダークファンタジーものも好きになっていき、『東京喰種トーキョーグール』だとか。数えきれないぐらいのアニメと漫画を観ているんで、好きな作品を挙げだすとキリがないんですけどね。『ラブひな』も好きですねー。これは年上の人から教えてもらって読んで。花沢健吾さんの『ルサンチマン』とか『ボーイズ・オン・ザ・ラン』も好きですよ。特に『ボーイズ・オン・ザ・ラン』は映画化されていますけど、峯田さん(銀杏BOYZ・俳優の峯田和伸)が大好きなんで。

大きな影響を受けた
銀杏BOYZとTHE MAD CAPSULE MARKETS

――今、名前が出ましたけど部屋中に銀杏BOYZTHE MAD CAPSULE MARKETS(以下、マッド)のレコードやグッズがありますよね。マッドはもう活動していないバンドで世代に違うのにすごい量だなと(笑)。

JUN:マッドは2、3年前に知ったんですよ。ヒップホップやアニソンを聴いていたんですけど、マッドから日本のロックを知ってハマって。そして、ブルーハーツから銀杏BOYZを聴き始めて。そのルーツを求めてグリーン・デイオアシスと広がり続けている感じです。マッドはよく聴きますね。大好きです。

――マッドはいわゆるAIR JAM世代に活躍したレジェンドバンドの1つなわけですが、JUNさんにとってどこに魅力に感じましたか?

JUN:なんていうか“悪さ”みたいなものがあるじゃないですか。聴いちゃいけないようなものを聴いてるようなワクワク感があったんですよね。それに初期と後期で作風がどんどん変わっていく。その振り幅のすごさにグッときました。一番好きなアルバムは『4 PLUGS』(1996)で「神KAMI-UTA歌」と「消毒 S・H・O・D・O・K・U」をよく聴きますね。もうマッドは観れないので、今、剛士さん(上田剛士)がやっているAA=のライヴを観にいったりしたんですけど、衝撃でしたね。

――そこでいくとマッドやAA=と銀杏BOYZでは、ロックで考えると大分方向性が異なるサウンドですよね。

JUN:確かに、銀杏BOYZとマッドをどっちも同じように好きで並行して聴いている人は少ないかもしれないですね。でも、アルバム『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』(2005)は自分にとっては初めて出会う衝撃みたいなものがあって。「あの娘に1ミリでもちょっかいかけたら殺す」とかアルバム『DOOR』(2005)収録の「あの娘は綾波レイが好き」だとか、あの独特の世界観にハマって、峯田さんが大好きになり、出演している映画やドラマも観て、いろんなインタビューを読んで。さらにそれで終わらず、山形県にある峯田さんの実家、「峯田電気」にまで行きましたもん。

――それは相当好きな証ですね(笑)。

JUN:店内に峯田和伸さんコーナーが用意されていて、寄せ書きノートみたいなのものもあって。オレも一応描いてきました(笑)。その時に買い物したレシートをゴイステ(GOING STEADY)の『青春時代』のフライヤーと一緒に額に飾っています。

――JUNさんのもう1つのルーツと言えばLAストリートカルチャーです。LAを拠点にされている時期に「ヴィーローン」とコラボしたり、エイサップ・ロッキー「シュプリーム」周辺のスケーターとも交流を持っていますよね。

JUN:そうですね。これも自分のルーツです。「ファッキンオーサム」が好きで、シュプリームクルーの絵を描いてインスタに投稿していたらナケル・スミスから「おもしろいね、絵ちょうだいよ」って連絡が来たんで渡して。その後、ショーン・パブロがやっているブランド、「パラダイス」から連絡をもらって一緒にアパレルを作ったりして。そこからですね、さまざまな広がりができていったのは。

好きなものがあってそれを大切にしている人はみんな、オタク

――ちなみに、このTシャツにもありますけど、最近SNSでもよく見る“AKIBA POST”というのはJUNさんのブランドのようなものですか?

JUN:いえ。これは今後やろうとしてる空想新聞媒体の名前ですね。ニューヨーク・ポストの秋葉バージョンで、『アキバ・ポスト』なんです。このメディアでは、2030年の秋葉のことを新聞にしようと思っているんです。実際にオレの漫画にも出てきていて、キャラクターが読んでいる新聞は『アキバ・ポスト』って名前なんですよ。そのあたりもつなげていきたいし、内容としては未来の秋葉のできごとを描く予定です。完成したらZINEのような感覚で出したいです。SNSで露出していることの伏線回収的な形で。

――ストリートと交流を持ち、いわゆる秋葉原を中心とする“オタクカルチャー”も押し出しながらファッションシーンで活躍しているというのはかなりまれなことだと思います。JUNさんが考える“オタク”について教えてもらえますか?

JUN:オレが考えるオタクって、カテゴリーではなくてライフスタイルなんですよね。夢中になれるくらい好きなものがあれば誰でもオタクだって思っています。日本のアニメカルチャーとヒップホップやストリートをミックスさせて、萌えとストリートの融合っていうイラストをSNSに投稿するのが一時期はやったんですけど、あの表現と自分のやっていることは違うんですよね。けっこう勘違いされちゃうんですけど……。自分がやっているのは、カルチャーをミックスさせた絵を描くことではなくて、もっとストレートに好きなものを描いているだけなんです。それが偶然にもアニメとヒップホップやストリートが融合しているように見えているというだけ。日本でオタクは、萌え萌え系とか秋葉系というイメージがあると思うんですけど、そこの捉え方が自分とは異なると思います。

夢は峯田さんの何かに関わること

――JUNさんの描く世界観の中で重要な要素として、“秋葉原”という街があると思います。秋葉原はやはり好きですか?

JUN:好きです。秋葉原だけ他の街とは違うんですよね。人の感じ、街の動き方、生活とかも同じ日本とは思えないくらい。違う国に行っているみたいで楽しいなってずっと思っていました。最近は一部が観光地化してきて少し大衆化してきていますけど、秋葉原にしかない魅力があるんですよ。ファッションに関してもその土地ならではの文化で根付いてきたムーブメントがある感じがするんです。長時間歩くから「ニューバランス」を履くだとか。着る洋服に関してもしっかりバックボーンがあって、トレンドや周囲を意識せず、生活に寄り添いながら理にかなう形で確立されてきたものがあるので。そこを拠点に生活してきたオタクのカルチャーはやはりおもしろいしかっこいい。そんな全体的な雰囲気含めて秋葉原が好きですね。

――今後、描きたい絵やアートなどはありますか?

JUN:さっきの『アキバ・ポスト』がまず1つ。今後は絵だけではなくコラージュもやりたい。ウィーアード・デイヴがやっている『FUCK THIS LIFE』のZINEはすごくかっこよくて好きですし、昔のアニメなどを素材に、全部アニメの女の子で新しいコラージュ作品を作ることができたらおもしろそう。絵でいうと、今描いているのは、ザ・タイマーズのアートワークにインスパイアされた構図です。

――最後に、JUNさんが今目標や夢としていることを教えてもらえますか?

JUN:なんでもいいから銀杏BOYZの何かに携わりたいですね。もうジャケットとかは恐れ多過ぎるんで、掃除とかでもいいし、完成したデータの入稿作業とかでもいいです(笑)。それぐらい峯田さんに憧れているんですよ。峯田さんに少しでも関わることができたら最高です。

――愛ですね。対談の話がきたらどうしますか?

JUN:そりゃやってみたいですしお話してみたいですけど、緊張してガチガチに固まると思いますよ。そんな大きなことじゃなくていいんです! 銀杏BOYZの何かの入稿作業をやらせてくださいっていう、もうそれだけでもいいというか(笑)。何か関わることができたら涙出るくらい嬉しいんで。

JUN INAGAWA
1999年生まれ。東京都出身。2012年にサンディエゴへ移住。2018年からは、再び東京に戻り活動中。アパレルブランドとのコラボレーションやミュージシャンへのアートワークの提供など、新たなオタク像の在り方を提示する。
Instagram:@jun.inagawa
https://www.instagram.com/jun.inagawa/

Photography Hidetoshi Narita

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