DJ DARUMA Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/dj-daruma/ Fri, 06 May 2022 04:16:02 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png DJ DARUMA Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/dj-daruma/ 32 32 連載「PKCZ®が世界中のDJに聞くアフターコロナのクラブシーン」 Vol.3 大沢伸一/MONDO GROSSO後編 https://tokion.jp/2022/05/04/post-covid-club-scene-vol3-part2/ Wed, 04 May 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=108872 クリエイティブユニット、PKCZ®によるグローバル連載。3回目のゲストは、DJ/プロデューサーで、MONDO GROSSOの大沢伸一。その後編。

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EXILE MAKIDAI白濱亜嵐VERBALDJ DARUMAJOMMYによる音楽クリエイティブユニット、PKCZ®による連載企画の第3回。連載ではメンバーが注目する、世界中のDJや音楽プロデューサー達に、コロナ禍におけるクラブシーンの現状と今後についてクロストークしていく。フィジカルな現場が激減してしまったクラブミュージックの未来とは。

Vol.3は、2月にMONDO GROSSO(モンド・グロッソ)名義でニューアルバム『BIG WORLD』をリリースした大沢伸一前編に続く後編では、ライフスタイルと、3人が駆け抜けた2000年代にまつわるエピソードを中心に語ってもらった。

畜産が環境に与えるダメージを減らすというよりは、多様性を求めてヴィーガンを選んでいる

DJ DARUMA(以下、DARUMA):前回のアルバムのエピソードに続き、今回はライフスタイルについても聞かせてください。大沢さんはヴィーガンフードの店「THE NUTS EXCHANGE」を共同経営されていますが、普段もヴィーガンなんですか?

大沢伸一(以下、大沢):始めた頃は、99%を目指していたんですけど、今は95%ヴィーガンです。99%は100食に1食はヴィーガンを破るということなんですが、今は20食に1食に下げています。なので95%。僕の場合は、ダイエタリー・ヴィーガンといって、体がそうしたいからしているんじゃなくて、エンバイロメンタル・ヴィーガンなんです。畜産が環境に与えるダメージを減らす……というよりは、多様性といいますか、他の方法はないのかなっていう観点でこのヴィーガンを選んでいるんです。それは肉を食べている人が嫌いとか、肉食がだめだとか、そういうのとはまったく違って、畜産がこれだけ世界に影響を与えているんだとしたら、それを今よりもちょっと減らせそうだとか。例えば劣悪な環境で飼育された牛や豚の肉を食べる回数を減らして、良質な肉だけを食べて質を上げればいいということ。僕はそれを実践しているだけの話なんですよね。だから1%でも、2%でもいいし、例えば2ヵ月に1回、放牧で飼育された肉をきちんとおいしい状態でいただくというだけでも、僕は悪くないと思っています。そういったことに加担することをやりたいと思い「THE NUTS EXCHANGE」を始めたんです。

DARUMA:確かに日本は選択肢が少な過ぎますよね。スーパーにしても、有機をチョイスしたい人がいるのに、割と高いのでつらいなっていう……。

大沢:多くの人が有機を支持するようになれば、値段が下がるんでしょうけど、環境問題もそうですが、プラスチックを回収してリサイクルしたものが高かったりするのは、まだ社会に浸透していないからなんですよね。だったら価格を上回るような楽しさがあったり、この値段でもほしいと思わせるようなものだったりと、たくさんの人が手に取るようなことを考えないと進んでいかないでしょうね。我慢は誰も好きじゃないし、楽しくないですからね。

DARUMA:僕は断食にハマっていて、年に何度かファスティングをやってデトックスしているんですけど、やっぱり断食している時の体の軽やかさや、心の軽やかさを感じていて、毒素のようなものが抜けていっている時の調子の良さをすごく感じているんですよね。なので僕もヴィーガンをベースにしたライフスタイルを実践してみたいなとも思っています。

大沢:何%ヴィーガンっておもしろい考え方だなって思っていて、それは計算ができるじゃないですか。言ってしまえば、週1ヴィーガンでも全然よくて、月1ヴィーガンでもいい。僕が100%やる必要はないと言うのもおかしいですけど、95%でもいいし、90%でもよくて、ただその5~10%ヴィーガンじゃない食事のクオリティをどれだけ上げられるかが鍵。この間「8ablish」って南青山にあるヴィーガンのおいしい店のオーナーと対談したんですけど、だめなヴィーガン食を選ぶくらいなら、オーガニックなノンヴィーガンの食事のほうが全然良いっていう話題になりました。今やヴィーガンがビジネスになってしまっている状況で、遺伝子組み換えの大豆を食べるくらいなら、きちんとしたオーガニックの食材を使った普通食のほうが体にいいですし、環境にもいいですからね。

DARUMA:環境のことを考えて、体のためにもクオリティの高いものを口にしていくという考えですね。

大沢:グリーンウォッシュとも一緒の考えですよね。プラスチックを使わないとか言っている人の背景が意外にもビジネスベースになっていることも多いけど、それでも僕は考えの方向性が環境に向いているならまだマシかなとは思うんです。僕は環境問題に関しては、全部信じているわけでもないんです。だって本当の答えは誰にもわからないですし、いろんな利害が絡みあっていることなので、誰も予測はできない。それでも環境に対して何かアクションを起こすということは、取り越し苦労だったとしても悪いことではないはずです。

エレクトロクラッシュに、自分が音楽を聴き出した頃の初期衝動を感じた

DARUMA:ここからは、2000年代を振り返る話になります。

大沢:ぜひ。

DARUMA:あの時代に大沢さんがエレクトロ的なシーンに入っていった流れといいますか、今振り返ってみるとどういう音楽遍歴を通して、あのシーンにタッチしていった感じでしたか?

大沢:最初におもしろいなって感じたのは、僕が『NEXT WAVE』という作品を作った頃なんですけど、このアルバムは少しエレクトロ要素があって、僕の中ではニューウェイヴ回帰みたいなものが心の中に少しあったんですよね。だけど作品ではニューウェイヴはやっていなくて、ただこの流れで聴いていたものの中にベニー・ベナッシがいたんですよ。それから僕はベニー・ベナッシがすごく好きになり、当時僕がソニーミュージックでやっていたREALEYESというレコードレーベルから彼の作品を出したいと思って、本人にコンタクトをしたんです。結果、リリースには至らなかったんですけど、コネクションができて、この類いの音楽に似たものってなんだろうと探していくうちに、「エレクトロクラッシュ」っていうのが源流にあることを知りました。その頃はINTERNATIONAL GIGOLOといったレーベルや、ティガの初期だと思いますが、自分が音楽を聴き出した頃の初期衝動というか、ポストパンクやディスコパンクなど、ニューウェイブにつながるようなエッジを感じました。それで自分でもハウスに混ぜてエレクトロクラッシュをかけるようになったんです。だけど自分のようなDJをしている人が、日本では自分の周りには誰もいなくて、それで探している中で上ちゃん(上村真俊)に出会いました。

JOMMY:そうなんですね。どんな出会いだったんですか?

大沢:僕のマネージャーが、当時エレクトロクラッシュの品ぞろえが良かった「ボンジュール・レコード」に行って「エレクトロクラッシュに詳しい人いますか?」って尋ねたら、「うちのバイヤーは詳しいですよ。DJもやっているし」と。それで上ちゃんのDJを聴きに行ったんですが、もうめちゃくちゃで(笑)。ピッチベンダー見たら「そんな早く回す!?」みたいな。だけどそういったことをしているDJが自分の周りにはいなかったので、仲良くなって「DJ一緒にやろうよ!」ってことで、OFF THE ROCKERを始めたんです。

DARUMA:まずはエレクトロクラッシュがあって、それからマッシュアップみたいな音へという感じですか?

大沢:そうです。そこからラリー・Tと仲良くなって一緒にイベントをやりだすようになったんですよ。ちなみにラリー・Tが「自分達がやっていることってなんだろう」と考えながらニューヨークでタクシーに乗っていた時に、そのタクシーが危うく事故(=クラッシュ)を起こしそうになって、「エレクトロクラッシュ」を思いついたと言っていましたけど(笑)。

DARUMA:ダフト・パンクの『Human After All』が2005年にリリースされて、僕の中ではあれがエレクトロの源流と考えているんですけど、リリース以降いろんなことが切り替わりました。あのアルバムはすごくざっくりした作りじゃないですか。本人達も2週間で作ったとか言っていましたし、あの作品を機にパリ勢が変わり始め、オーストラリアではModular Recordings勢が出てきた。そういうふうになんとなくじわじわと「このムーブメントはなんだろう」って世界中のヘッズが感じていたはず。ロックの態度とテクノとヒップホップが入っていて、ファッション性もあって、不思議だなって思っていたところ、KITSUNEのMASAYAくんに「それはエレクトロでしょ」って言われたんです。エレクトロって、それまで僕の中ではバンダータのようなサウンドだと思っていたので、その時に「あ! エレクトロっていうんだ」ってすごく不思議な感覚になったのを覚えてます。そしてその後、ニューレイヴみたいな言い方もされたりすることもありましたが、世界中のメディアが、この現象をなんと呼ぶかみたいな時期が少しあってから、総称して「エレクトロにしよう」となった。今振り返ると、一番濃かった時代は2年ほどしかなかったのかなって思いますけど。

大沢:確かに、EDMへの吸収のされ方もあったから、意外に短かったかもしれませんね。

DARUMA:その濃い時期にだんだんと僕はフロアで大沢さんとお会いする機会も増えてきて、何度も一緒にイベントでDJをやらせてもらったりもしました。改めてすごく濃厚でおもしろい時代だったなと思います。

大沢:自分でも思うに、あの頃が一番楽しかったかなって思います。きっと一生分のシャンパンも飲んだだろうし(笑)。

JOMMY:汗だくでしたもんね(笑)。

大沢:ほんと、汗だくだったね(笑)。ル・バロン(ル バロン ド パリ)があって、おもしろかった時代。

JOMMY:僕はその頃の個人的な思い出があって。当時、青山にベロアってクラブがあったんですけど、そこで大沢さんと上ちゃんがOFF THE ROCKERでDJをされていて、その次のDJが僕だったんです。その頃の大沢さんは、僕にとっては大・大・大先輩で、挨拶をするにも距離があるほどの感じだったんですね。だから緊張していて、ちょっと構えて自分の番を待っていたら「おい、JOMMY! 次、いける!?」と大沢さんから声をかけてくれたんです。それがすごく嬉しくて……。これは一生忘れないです。「大沢さんに、JOMMY!って呼ばれたよ!」って。

大沢:大げさだなあ(笑)。でも僕はJOMMYを知っていたからね。実際に交流してみると気さくでしょ、僕。

EDMに関しては完全にアンチでした

DARUMA:今だから正直に言いますけど、僕らにとって2000年代はまだ30歳そこそこで若かったので、大沢さんに対して反骨精神がありました。リスペクトしながらもどこかで先輩を「まくってやろう!」って考えていました。

大沢:それは僕にもありましたよ。DEXPISTOLSにかかわらずライバルだなと。みんなよりもっと盛り上げてやろうとか、もっとめちゃくちゃなことをしてやろうとか、切磋琢磨してみんなでやり合っていた。だからすごく良い時代だったんですよ。ある意味、青春というか。

DARUMA:僕らからすると、大沢さんはすでに曲を作っていましたし、いち早くKITSUNEからリリースをしていたので、今でこそわかるんですけど、大沢さん達をきっかけに日本のDTMを作る若い人達がすごく出てきて、制作をする人が圧倒的に増えたのは確かです。その後、DJが作るものはEDMによって世界中に広がりましたもんね。

大沢:2000年代に入って1990年代のMONDO GROSSOの呪縛からのがれた頃、やっと自分でもDJ的な音楽を作るようになって、レコードレーベル移籍をきっかけにSHINICHI OSAWA名義をアクティベートしたんですが、まさにエレクトロ前夜の時代と重なり、自然とそういう音楽を作るようになりました。エレクトロに関してはDJが作る音のほうがむしろクオリティが高いみたいなところもありましたね。

DARUMA:そうなんです。そこからフィジェットハウスやベースミュージックが出てきて、さらにダブステップ、ポストダブステップみたいな流れも出てきたりもして、その中で一番の大きな流れが、EDMが出てきたことだと思います。大沢さんはエレクトロではなく、EDMをどう見ていましたか?

大沢:EDMに関しては、僕はもう完全にアンチでしたね。実際、アンチだと表明もしていましたし。もちろん、良い曲だってあるんですよ。でもカルチャーとして、今、僕がEDMを認めてしまうと、これまで自分がやってきたことを否定することになるのではと思っていました。僕がそれまで培ってきたクラブカルチャーというのは、もっと言ってしまうと思春期に培った反骨精神やニューウェイヴとかポストパンクから受け取った音楽の原体験というのは、EDMとは完全に反していたんです。
だってどこまで行っても僕らはカウンターカルチャー側だし、僕がMONDO GROSSOをリリースしようが、どれだけ誰かに書いた曲がヒットしようが、絶対に僕がいる場所はそっち側だと考えています。なのでこの立ち位置をぶらしたらいけないと感じていたし、この本筋をEDMに持っていかれるのは絶対に嫌だった。

DARUMA: EDMの何が嫌だったんでしょうかね?

大沢:1つはEDMというのは、予定調和でフォーマットが決まっているということかな。僕が知っているクラブという場所は、みんなで一緒に盛り上がる部分はあっても、EDMほど多くの人を巻き込むことはなかった。その場所にいる人達のまとまりは作れても、不特定多数の人達を巻き込んだ時に、これが一番はやっているんだといった大雑把な連帯感を生み出せなかったし、生み出す必要もなかったと思うんです。
だけどEDMが持っている宿命と言うか、EDMの目的自体はこの連帯感にあるような感じがして、それは僕らからしたら違うよねってこと。僕達はビルボードからあぶれた音で頂点を極めるということでクラブカルチャーにコミットしてきたので、それとは一緒にしないでねっていう。だけど残念ながらエレクトロとEDMは混じってしまったし、それはクラブが持っている経済的な目的っていうこととも合致してしまったからより混じってしまった。あの頃はクラブで働く人達も、みんな苦悩を抱えていたと思うんです。だから言葉を選ばずに言ってしまうと、VIP席で僕らがあんまり好きではないファッションをしている人達が、シャンパン持っている姿なんかは、僕らの文化ではないと感じたはず。だってクラブって圧倒的に格好いいところだし、格好悪い人は入ってこないでって場所。それが僕のクラブでの体験でしたし、自分のことをクールだと思っている人達の集まりがクラブだと思っていました。それが破られたことがショックでしたね。

DARUMA:あの時代は、クラブがクラブじゃなくなってしまいましたよね。日本でも、僕らの視点でいう格好いいクラブみたいなものがほとんどなくなってしまって、いわゆるEDMでいうTOP40のようなものがクラブとされていたと思います。だけどここ最近、自分自身はクラブに行けてませんけど、若者の間ではクラブがまた変わってきている感じがするんです。クラブをクラブとして楽しんでいる人達が増えてきている。

コロナ禍によるろ過によりクラブカルチャーは純粋な部分に戻っている

大沢:僕の持論でいうと、それはコロナ禍によるろ過ですよ。それはむしろ良い流れで、もちろんクラブが潰れてしまうのは残念ですけど、ある意味そういう純粋な部分に戻ったほうがクラブカルチャーの延命はできると思いますし、復権もできるはず。

DARUMA:だからクラブをクラブとして楽しむ子達が出てきているのは、すごく良いことだなって思いますね。そして、EDMに関しては僕もまったく同じ考え方です。今振り返ると、エレクトロカルチャーへの責任を感じてエレクトロで盛り上げてた時期に、R&Bやヒップホップが、変なテイストでエレクトロダンスミュージックと混ざってしまったことで、フィットしなくなってきたんですよね。例えば、カルヴィン・ハリスリアーナが一緒にやったり、ニッキー・ミナージュがエレクトロ的な要素を取り入れたようにと、あの頃の音楽が、どうしても自分にはフィットしなかったんですよ。ただ今ポップスとして改めて聴くとクソすごいんですが(笑)。

JOMMY:(笑)。

DARUMA:その後世界のさまざまなフェスを観てまわる時期があって、EDM総本山の1つでもあるベルギーの「TOMORROW LAND」で、土曜日の夜のピークタイムのメインステージのフロアの真ん中に立ってみたら、大沢さんが話していたように「イチ・ニ・サン! はい、ドン!盛り上がって! 」っていう完全なる予定調和だったんですけど、その予定調和が数万人が盛り上がるフロアで、レーザー、舞台装置、ダンサー、水、炎、花火、もしろんDJのあおりと、このすべてを合わせたフロアの一体感と連動を“EDM”という体験とするならば、それはそれですごいことなんだなと感じました。

大沢:そうなんですよね。EDMはエンターテインメントとしては素晴らしい。

DARUMA:僕はそれまで、音楽としてどうかってところでEDMを聴いていたんですけど、ヨーロッパの人達はこの体験をEDMと呼んでいるんだって考えたら、僕の中ではEDMはありに変わったんです。それまでダンスミュージックに触れたことのない人からしたら、この体験はとても刺激的でおもしろいと思うだろうなって。だからダンスミュージック全体を広げるという意味では、EDMはすごく良い機能を果たしたなと思っています。

大沢:その意見に関しては、僕も賛同できます。僕がEDMに拒否反応を起こしてしまったのは、クラブカルチャーへの侵害みたいなことを感じたからなんですけど、フェスとしての成立の仕方を考えたら、僕はむしろ肯定します。エンターテインメントとしてはいろいろな人を幸せにしているし、確かに素晴らしい。音楽シーンの底上げもしていますしね。これまでこういう話をあまりしていなかったんですけど、僕らが過ごした時代はいい時代だったし、それを通過したらこそ今でも僕はエレクトロを作っています。昔よりもむしろエレクトロが好きかも。一時期はミニマルでソリッドなテクノみたいな音が好きだったんですけど、それはある意味EDMへの反発からだった思うし、EDMがそこまで絶対的な主流ではなくなり、あまり混同する人もいなくなっている今は、フロアでエレクトロを鳴らしたりもしますし。

DARUMA:そういえば、大沢さんは以前からDJする時にヘッドフォンを使わないですよね。なぜなんですか?

大沢:今もほとんど使わないですね。もともとあまり曲をつながないっていうのもありますし、曲を知っているのでテンポが合うんですよ。合うのを知っているから、逆に合わないような曲をかけちゃいけないとも思っていて。DJ中にヘッドフォンを使って違う曲を聴いている時って、今目の前で自分が鳴らしている音楽から離れてしまうことになるから冷めてもしまうんですよね。なんかフロアじゃない気がして。だからできるだけ使わないみたいなところはあります。意外にやってみるとできるもんですよ(笑)。

DARUMA:僕達は、その日に買った新譜をかけることも多くて、下手するとフル尺を聴くのがその場が初めてというのもあるんで、なかなかヘッドフォンを使わないというのは……。

大沢:でもそれでも使わずにいて、展開がおかしくなったほうがおもしろいっていう可能性もあるよ。「むちゃくちゃじゃん、これ!」みたいな(笑)。僕は知っている曲をかけたいほうなんですけど、逆にそれで間違ってしまっても「もういいわ!」って思ってしまうのかな。一時期、EDMの反動でテクノばかりかけている時は、きちんとやらないとと思っていたので、ヘッドフォンを使うことが多かったんですけど、最近また嫌になってきたというか。エレクトロの時ってほとんどヘッドフォンを使っていなかったんです。その現場の化学反応のほうが楽しかったから、めちゃめちゃやっていたこともあったし、もうなんでもありな状態で、めちゃくちゃなつなぎだったりだとか、勝手にループさせて終わらせたりもしていたし。今はまたそこに戻っていて、DJに関してはエレクトロをやっていた時のようなガチャガチャな感じが気分ですね。

DARUMA:今後、現場があればまたぜひ一緒にお願いしたいです。

JOMMY:僕もぜひお願いしたいです。切実に。

大沢:ではエレクトロ復活ナイトでも(笑)。でもまたみんな言い出していますよね、エレクトロ2.0みたいなことは。

テクノを黙々とかけている大沢さんの姿が、今も忘れられない。絶対にあっち側にはいかねえぞって

DARUMA:先程話されていたカウンターカルチャーとは、大沢さんにとってどういう意味合いのものですか?

大沢:やっぱりメインストリームに対する反発だと思いますね。メインストリームってどこまで行っても目的としては、大多数、不特定多数の人を喜ばせることで、でも、それでは喜びを感じない人だっている。とりわけ僕自身が中学生の頃はそうでした。例えば僕が「YMOが好きだ」って思っていた頃、中学生でYMOを聴いている人は自分の周りにはあまりいなかった。もっと言えば、僕はそのYMO系統の中でもマニアックなものを好きになったというか。そうするとクラスの中で1人なんですよ。そういうところで、僕みたいな人に何かがある文化が多様性だと思うし、僕はその頃からメインストリームに対するカウンター側だった。そういう意味で1つでも、2つでも存在させるという意味で、この少数派側にいたいってずっと思っています。これをひっくり返して表にしようとは全然思わない。と、そんなことを言いつつも、メジャーに属して音楽を作っている僕が言うのはおかしな話なんですけど、なんかどこまで行っても、自分の居場所はカウンター側だし、そこにいるのが自分の心の健康を保つことでもありますね。そしてある意味、孤立することを選んでもいるし、故に文句も言わないというスタンスですね。

DARUMA:僕は、世間がEDM真っ只中の時期に、大沢さんが暗いフロアでテクノを黙々とかけている姿を観たことがあるんですけど、その瞬間のことをよく覚えているんです。その時に心から先輩に対する、なんか若い生意気な気持ちも全部なくなって、「俺、この人マジでリスペクトできる!」と思いました。あの姿は今でも本当に忘れられない。戦ってんな、この人って。絶対に「あっち側にはいかねえぞ!」っていうのを感じたあの夜から、大沢さんに対する思いはすべてリスペクトに変わりました。

JOMMY:大沢さんがいつまでもそういった姿勢でいてくれていることは、個人的にもすごく励みにもなってます。

DARUMA:先輩にはずっといてほしいです。

JOMMY:本当にそう思います。

MONDO GROSSO
音楽家、作曲家、DJ、プロデューサーとして活躍する大沢伸一によるソロプロジェクト。バンドとして1991年に京都にて結成。1993年にメジャーデビュー後、1996年までバンドとして活動。この間、世界的なアシッドジャズブームに乗りヨーロッパツアーも行う。1996年以降は大沢伸一のソロプロジェクトとなり、「LIFE feat. bird」を収録した『MG4』(2000)、「Everything Needs Love feat. BoA」(2002)を収録した『NEXT WAVE』などのアルバムをリリースした後、2003年に活動を休止。2017年に14年ぶりとなるアルバム『何度でも新しく生まれる』、2021年に結成30年の軌跡を辿る『MOMDO GROSSO OFFICIAL BEST』をリリース。最新作『BIG WORLD』では、坂本龍一、満島ひかりが参加した「IN THIS WORLD」など豪華アーティストとの変幻自在のコラボレーションが話題となっている。
https://mondogrosso.com
Twitter:@MONDOGROSSO_JP
Instagram:@mondo_grosso

Photography Ryu Amon
Text Kana Yoshioka

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連載「PKCZ®が世界中のDJに聞くアフターコロナのクラブシーン」 Vol.3 大沢伸一/MONDO GROSSO前編 https://tokion.jp/2022/04/29/post-covid-club-scene-vol3-part1/ Fri, 29 Apr 2022 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=108814 クリエイティブユニット、PKCZ®によるグローバル連載。世界を股にかけて活躍するDJとのクロストークを通してアフターコロナのクラブシーンを探る。3回目のゲストは、DJ/プロデューサーで、MONDO GROSSOの大沢伸一が登場。

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EXILE MAKIDAI白濱亜嵐VERBALDJ DARUMAJOMMYによる音楽クリエイティブユニット、PKCZ®による連載企画の第3回。連載ではメンバーが注目する、世界中のDJや音楽プロデューサー達に、コロナ禍におけるクラブシーンの現状と今後についてクロストークしていく。フィジカルな現場が激減してしまったクラブミュージックの未来とは。

Vol.3は、2月にMONDO GROSSO(モンド・グロッソ)名義でニューアルバム『BIG WORLD』をリリースした大沢伸一が登場。DJ DARUMAとJOMMYの2人とは2000年後半より交流があり、DJ/プロデューサーとして尊敬すべき人物の1人だ。

今回は、DJ DARUMAとJOMMYの2人がインタビュアーとなり、感銘を受けたという本作についてと、そこから広がる大沢のコロナ禍でのライフスタイルや、2000年代に共有したエレクトロミュージックシーンについてなど、彼らだからこそのエピソードを2回にわたって公開する。前編は、ニューアルバム『BIG WORLD』について。

この時に感じた感情みたいなものを絶対にスケッチしておかないと

DJ DARUMA(以下、DARUMA):コロナ禍もあってひさしぶりなので、少し緊張しています。今日はアルバム『BIG WORLD』のことから、改めて僕らが時間を共有した2000年代を振り返って、客観的にあの頃は僕らにとってどんな時代だったのかを検証したいと考えています。

大沢伸一(以下、大沢):なんでも聞いてください。

DARUMA:まずはアルバムのお話から。過去作品から聴いてきて思うことは、大沢さんが作る音には美しさがあって、エモーショナルでもあるというのが、最新作でも象徴される部分なのかなと。それに加え、パーセンテージは低いかもしれませんが、大沢さんの凶暴性や尖ったパンク的アティチュードを感じる部分もありました。

大沢:凶暴性だったりはだいぶ隠したんですけどね(笑)。

DARUMA:少なくしているということは感じられました。そしてやはりコロナ以降のサウンドだと僕は思っていて、感情に訴えかけるという部分がすごく強くなっているなと。

大沢:やっぱりコロナは、僕だけが影響を受けているものではありませんし、ものを作っている人であれば、この時期に感じた“感情”みたいなものを、スケッチしておかないと絶対にまずいというモードになったと思うんですよね。僕自身は、曲にメッセージを込めたり、テーマを設定したりだったりと、受け手が音楽以外に何かを感じてしまう要素を誘導するのは好きではないんですけど、本作に関しては、あまりにも世界が変わり過ぎてしまったので、ものを作っている側の人間として、コロナ禍を切り取るということは少なくともやらないといけないと思いました。ただあくまでも作品を聴いた人には自由に受け取ってほしいので、表現程度にはとどめていますけど。

JOMMY:過去の大沢さん名義の作品やMONDO GROSSOの作品では、大沢さん自身が歌詞を書くことはあまりなかったと思うんですが、今回はその割合が多かったのかなと感じました。

大沢:今回はアルバムのテーマを設けたので、設定した責任として言葉のチョイスや、自分で書けることも多かったので、歌詞まで手掛けましたね。

DARUMA:インスタで見たのですが、最近は再び文章を書くことにも興味が湧いているとか?

大沢:そうです。SNSでもいろいろと書くようになりましたからね。例えば2000年代の初めくらいだと、ミュージシャンが服を作ったりすることにてらいがあったというか、そんなムードがありましたよね。それと同じで、SNSでも音楽家やエンターテインメントの人が自分の意見を言うことが、少しはばかられたことがあったじゃないですか。だけどこの数年でそういったことがだいぶ変わってきていて、音楽をやっている人達でも、自分のものの考えやスタンスをはっきりさせるようになっている。それって、欧米では普通に受け入れられていたことだけど、日本ではそうではなかったこと。でも変わってきていると感じていて、すると自分なりに言葉で綴りたいことがいっぱい出てきたので、今回のアルバムの歌詞にもつながっていきました。

DARUMA:この話はZ世代にも通じるものがありますね。何か物事が起こった時に、その物事に対する答えはいろいろとあったとしても、自分の意見をきちんと表明しないと、信頼を勝ち取れないと感じているのがZ世代の子達。自分は「こう考えている」ってことを伝えていくことが大事になってきていますね。

大沢:そのように変わってきたと感じる反面、意見を言い過ぎた結果、やらかしてしまって炎上してしまう人もいる……。それは言葉の使い方をわかっていなかったり、根本的な倫理や道徳といったみんなが慣れ親しんでいる礼儀みたいなのが欠けていたりする人なんですが。結局どこかでお里が知れてしまうわけで。逆にそれはそれでいいんじゃないかと思っていて、そうやって淘汰されることは悪くないと思います。

MONDO GROSSO 「STRANGER[Vocal:齋藤飛鳥(乃木坂46)]」

イントロから「IN THIS WORLD」に入っていった時の没入感にハッとさせられました

DARUMA:基本はリスニングのことを考えつつも、大沢さんが出すサウンドは、常にフロアのことを考えているなとも思うのですが、最新作ではフロアやライヴのことを考えながら制作されましたか?

大沢:直接フロアを頭の中に描いているのではなく、リスナーとして耳の基準がフロアにきてしまっているので、バラードくらいのテンポの曲を作るのでも、フロアで鳴っている音像が耳についてしまっているんですよね。だから僕のリスニングの基準がそうなっているというか、相対的に考えても僕はクラブで鳴っている音のほうが好きなので、そっちに引っ張られている傾向はあります。

DARUMA:過去の作品も含めて本作でもエモーショナルな部分があるなと感じているんですが、それは自然に大沢さんから出ているものですか?

大沢:MONDO GROSSOをたどってみると、初期のバンドの頃は、そこまでエモーショナルじゃなかったんですけど、『MG4』を作り始めた2000年頃や、ダンスミュージックを作り始めたあたりから、僕の中にあるMONDO GROSSOのチャンネルに叙情性というものがどんどんと出てきまして……。ダンストラックの激しい曲でもどこかで感情に触れるようなものが意識的に出てきていたと思うし、さらに個人名義で活動するようになってからは、MONDO GROSSOとのすみ分けもはっきりしてきて、切り離して考えられるようになってきたので、その叙情性のチャンネルに関して今は、うまくできているかもしれませんね。

JOMMY:MONDO GROSSOと、SHINICHI OSAWAのプロジェクトのすみ分けをお聞きしたかったので、今の話を聞いて納得できます。僕は今回のアルバムを通しで何度も聴いたんですけど、イントロから2曲目の「IN THIS WORLD」に入っていく時のストーリー性というか、没入感にすごくハッとさせられました。まるで映画のイントロから本編に移っていくように、脳内が切り替わる瞬間があったことに、めちゃくちゃ食らったんです。曲順に関しても考えられましたか?

MONDO GROSSO 「IN THIS WORLD feat. 坂本龍一[Vocal:満島ひかり]」

大沢:実は僕が狙って曲順を考えたのは、1曲目と2曲目だけなんですけど、きちんと通しで聴いてもらえるようになっていると思います。1曲目は「IN THIS WORLD」のイントロであり、アルバム全体のイントロでもあります。とある映画のサウンドトラックにインスパイアされてイントロ部分を作ったので、コード進行だったりは違いますけど、僕が作った「IN THIS WORLD」から映画のサントラのように抽出したんですよね。

DARUMA:ちなみにMONDO GROSSO名義の本作品と、SHINICHI OSAWA名義での新作があって、どちらを先に出すとかというところで、MONDO GROSSOを先に出してほしいというスタッフ側からの意見があったとお聞きしましたが、それはどういった理由からでしょうか?

大沢:コロナ禍でフィジカルでの活動が減ってきているのに、SHINICHI OSAWA名義での理解の難しいものを作っている場合ではないとか、たぶんそんな話だと思います(笑)。MONDO GROSSO名義では前作から5年たっているのですが、僕にとって5年はそんなに長くない。でも今のサイクルで考えたら、スタッフ的には受けやすいものを先に作ってほしいって感じだったと思います。それに関しては僕も理解できていますし、コロナ初期の頃に感じて描いた怒りみたいな音のスケッチは、MONDO GROSSOのサウンドには合わない。もちろん、コロナ初期のタイミングでは「自分の気持ちはこれです」と世界に出したかったけど、逆にそれはタイミングが変わっても出せるなという気持ちもあったので、MONDO GROSSOのモードにスイッチを切り替えて向き合いました。少し時間は要しましたが、結果オーライかなって思っています。

MONDO GROSSO 「B.S.M.F[Vocal:どんぐりず]」

『BIG WORLD』はダフト・パンクの解散に対するアンサーの気持ちもあるのかなと

DARUMA:それでですね、今回のアルバムのタイトルにもなった『BIG WORLD』は、ダフト・パンクの解散に対するアンサーだとお聞きしました。ダフト・パンクに対して「何やってくれてんねん!」みたいな気持ちが大沢さんの中にもあったのかなと。同じダフトフリークとして、その部分は聞きたかったです。

大沢:そうそう! なんだかわかるでしょ。はっきり言いますけど、解散する意味ないでしょ。そもそも「解散」なんて言わなくていいし、そのままやらなかったらいいわけで。なんでダフト・パンクはわざわざわれわれに解散するってことを言ったんだろうって考えました。いったんこのタイミングで終わらすっていうことをアナウンスする意味がなぜあったのか。しかも何もリリースしなかったでしょ。

DARUMA:そうなんですよね。作品をリリースせずに過去の使い回しの映像で終わりってどういうこと!? って。

大沢:そうなんですよ。あれが例えば最終ベスト盤を出すとかがあれば、解散を発する意味があったと思うけど。あのタイミングで心が病んじゃったのかなって。

DARUMA:飽きてしまったのかもしれませんね。僕は2013年にリリースされた『Random Access Memories』を聴いた時に、本人達のこだわりも含めて、これ以上のものはできないのではと思ったほどに作り込まれたアルバムだと思ったんです。で、これはあくまで業界のうわさなんですけど、あのアルバムを自分達でセルフサンプリングして、次のアルバムを出そうとしていたと聞いて。だけどうまくいかなかったみたいなんですよね。彼ら的には、芸術というのは提出期限に向けて出すものではないという考えがあって、うまくいかなかった時に「もう無理じゃない?」って思ったのかもしれませんね。

大沢:確かに、彼らはサンプリングというものを命題にしてずっと活動してきて、それがぶれなかった。だから逆に僕の中では、『Random Access Memories』で、その命題を破ってしまったように感じたんです。彼らの不文律というか、決して破られることのなかったルールを破ってしまったことで、なんか壊れてしまったのかなって感じました。だから僕は、また戻ればいいのにって思っています。セルフサンプリングなんかやめても、彼らの中では好きな曲はまだまだあると思うんですよ。だから『Random Access Memories』に関しては、良いアルバムなんだけど、僕は全然ダフトらしくなかったと思う。だからこの作品の後にまたサンプリングの原点に戻るか、もしくは全然別のところに行くかなと思っていました。故にこの終わり方はショックだったし、納得できませんでしたね。

音楽以外のことができないんですよ。だって音楽が人生だし、音楽が好きだから

DARUMA:本作でもたくさんのアーティストをフィーチャーされていましたけど、これをやり切るには相当の集中力とモチベーションが必要だなと思います。持続させるにはどんな態勢で臨んでいますか?

大沢:実はあまり集中していないんです(笑)。意外とクリエイターってそれが苦手で、自分を追い込む人が多いと思うんです。自分も作り出したらヒントの1つが出てくるまでやるんですけど、周りにいる人は「しんどいんならやる必要ないんじゃないですか?」「今日はもう帰ったらいんじゃないですか?」とか言うんですよね。その言われた言葉が僕の中に響いていて、確かにずっとやる必要はないし、この曲に飽きたら違う曲をやってみたり、個人の曲のスケッチをやってみたりして、自分の中でバランスを取るようになりましたね。だけど息抜きに関しては、音楽以外のことができないんですよね。だって僕にとって音楽が人生だし、音楽が好きだから。だから今向き合っている音楽がしんどくなったら、違う趣味の音楽を作ったりDJをしたりしてと、そのコントラストでやっています。こもって曲だけを作っていると気が狂いますからね。

DARUMA:でも僕はもう2年以上も人前でDJができていないので、そろそろ限界です。コロナの感染を考えると、無防備に現場に出ることは難しいというのが大人なので理解できますし、配信はやっていますけど、現場の空気感を感じられていないのが、自分にはかなり厳しくて。音楽はもちろん聴いていますけど、やはり音楽をフロアで浴びていないと自分が整わないというか。なので妙にテクノのDJを聴いたりして、整えようとしたりしています。
(注:インタビュー後にDARUMAは4月からホームであるパーティ「EDGE HOUSE」への復帰が決まった)

大沢:僕はラッキーなことに昨年もフィジカルの現場がいくつかあって、中にはすごくたくさんのエネルギーが集まったパーティもありました。その時に感じたのは、いい予感がしたというか……。今はコロナ禍である意味抑圧されているので、それが解放された時のエネルギーは半端ないだろうなと感じたんですよね。エレクトロが人気があった2007年、2008年なんかの、僕が一番楽しかった頃のエネルギーみたいなものをお客さんから感じたりもしましたよ。

MONDO GROSSO XR DJ LIVE @NEWVIEW DOMMUNE「IN THIS WORLD feat. 坂本龍一 [Vocal : 満島ひかり] (Extended)」

DARUMA:音楽面でクラブミュージックを含めて、他のアーティストの情報をどのようにしてつかんでいますか?

大沢:新譜に限らずですけど、この10年くらいの情報のメインソースにしているのは、Hype Machine(ハイプマシーン)ですね。この手のサイトって日本にはあまりなくて、アメリカでいうとピッチフォークにあたると思うんですけど、Hype Machineにはそれよりもさらにインディペンデントな音楽ブロガーみたいな人達が集まっていて、独自のチャートを作っているんですよ。毎週50曲くらいジャンルの隔たりがないチャートが出てくるので、中には超マイナーな曲だったりも入ってるんですよ。それこそリッチー・ホウティンの新譜から、1960年代の映画音楽までチャートに入っていたりして、そのランダム性には他のどこにもないものがある。もちろん自分にヒットしない週とかもあるんですけど、ずっとチェックしていると僕が人生でなかなか出会うことができない音楽が、古いもの新しいもの問わずランダムに並んでいるから好きなんですよね。

DARUMA:何がきっかけで、Hype Machineを知ったんですか?

大沢:くしくも2005年あたりに、僕がKITSUNEの音源だったりを自分でマッシュアップして、SHINICHI OSAWA EDITにしてアップロードしたりしてたんですけど、その曲をおもしろがってくれた人達が、Hype Machine内でチャートに上げてくれていたんです。なのでHype Machineは、僕の名前がヨーロッパに出るきっかけにもなったサイトでもあるんですよ。それもあって僕はサポートするためにもHype Machineを使っているんですけど、歴史が長くなってきているのに未だにぶれない。売れ線になってスポンサーが増えて、売れているものだけを紹介するといったこともないし、ちゃんと音楽の好きなブロガーが寄せ集められている図式が変わらないので信用しています。僕自身、常に多様性のある曲を探しているので、かなり利用しています。

JOMMY:多様性で言うと、今回のアルバムでもフィーチャリングのアーティストのセレクトから多様性を感じることができました。僕自身、アルバムを聴いて初めて知ったアーティストもいましたし、このアーティストと大沢さんがコラボレーションしている意外性もありました。アルバム全体を通して、アーティストの選定はどういう観点で行いましたか?

大沢:前回のアルバムからなのですが、僕が主体になってやることを少しずつ減らしているんですよ。それはなぜかというと、MONDO GROSSOというプロジェクトは、僕がこれまでずっと上に立って、自分のやりたいことを具現化してきたんですけど、そこにもっと違うところからのアイデアを入れたほうが化学反応が起きるということが、前作でわかったからです。だから「その人と僕がやるの?」って、むしろ僕が予備知識を持っていない人とやるほうがケミストリー(=化学反応)は起きる。本作ではその部分をより伸ばしている感じですかね。最近はさらに、DJを聴くのは好きだけどDJはやらない人とか、音楽が好きで絵を描く人だとか、音楽の外にいる人達の意見を聞いて、一緒に音楽を作る可能性に目覚めていますね。

JOMMY:ではアルバムリリースツアーではMONDO GROSSOを前面に出すんでしょうか?

大沢:ツアーはDJのスタイルですけど、全部仕込んでもっとダンサブルにしたライヴセットを映像とともにやろうと思っています。映像は、JACKSON kakiという映像アーティストと一緒にやりますよ。

DARUMA&JOMMY:めちゃくちゃ楽しみにしています。

MONDO GROSSO
音楽家、作曲家、DJ、プロデューサーとして活躍する大沢伸一によるソロプロジェクト。バンドとして1991年に京都にて結成。1993年にメジャーデビュー後、1996年までバンドとして活動。この間、世界的なアシッドジャズブームに乗りヨーロッパツアーも行う。1996年以降は大沢伸一のソロプロジェクトとなり、「LIFE feat. bird」を収録した『MG4』(2000)、「Everything Needs Love feat. BoA」(2002)を収録した『NEXT WAVE』などのアルバムをリリースした後、2003年に活動を休止。2017年に14年ぶりとなるアルバム『何度でも新しく生まれる』、2021年に結成30年の軌跡を辿る『MOMDO GROSSO OFFICIAL BEST』をリリース。最新作『BIG WORLD』では、坂本龍一、満島ひかりが参加した「IN THIS WORLD」など豪華アーティストとの変幻自在のコラボレーションが話題となっている。
https://mondogrosso.com
Twitter:@MONDOGROSSO_JP
Instagram:@mondo_grosso

Photography Ryu Amon
Text Kana Yoshioka

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