田中弘雄 Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/田中弘雄/ Mon, 27 Dec 2021 06:26:04 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 田中弘雄 Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/田中弘雄/ 32 32 “ベルリン アトナル”が仕掛ける新たなアンダーグラウンドカルチャーのフォーマット“メタボリック リフト”の全貌 -エキシビションツアー編- https://tokion.jp/2021/12/16/the-full-story-of-metabolic-rift-by-berlin-atonal-part1/ Thu, 16 Dec 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=82396 実験音楽の最高峰“ベルリン アトナル”の再構築版“メタボリック リフト”のエキシビションツアーを紹介する。

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否応なしに人生の“一時停止”を強いられた2020年、国と国とが分断され、人と人とのコミュニケーションは希薄なオンラインが主流となった。世界中のジェットセッター達のスケジュールは真っ白になり、環境問題を危惧していたドイツ人アーティストは二度と飛行機には乗らないとまで宣言した。人生の“re-start”ボタンが押されたとともに、私達は徐々に日常を取り戻しながら、パンデミック前と変わらない生活に戻ることはもう2度とないのだと悟る。

しかし、打ちひしがれている時期はもうとっくに過ぎ去った。人も街も、そして、アンダーグラウンドシーンも再び動き出している。それは、単なるシーンの復活を祝うものではなく、1年以上もの長い沈黙を貫いてきたのはこのためだったのかと思えるほど、奥底に眠っていたカルチャーへの不屈の精神が浮き彫りになった瞬間でもある。

実験音楽の最高峰“ベルリン アトナル”の再構築版“メタボリック リフト”は、今まさに世界が知りたいと願うベルリン・アンダーグラウンドカルチャーの姿だ。エキシビションツアーとライヴパフォーマンスに分かれて開催された同プロジェクトを特集にてお届けする。

「人間は自然から生きている。つまり、自然は私達の体であり、私達が死なないためには、自然との対話を続けなければならない。人間の肉体的、精神的生命が自然と結びついているということは、自然が自分自身と結びついているということであり、人間は自然の一部なのである。」

カール・マルクス「METABOLIC RIFT」

「メタボリック リフト」が示す、新しい時代におけるカルチャーのあり方

“ベルリン アトナル(以下、アトナル)”といえば、毎年8月末にクラフトワーク、トレゾア、OHMを会場に5日間ぶっ通しで開催される実験音楽のフェスティバルとして世界的にも高い評価を得てきた。通常では観ることのできないトップアーティスト同士のコラボレーションをワールドプレミアで披露するだけでなく、インダストリアルなクラフトワーク内にノイズやビートがぶつかり合って反響し、規格外の巨大スクリーンに映し出されるトリッピーな映像に打ちのめされるあの感覚は唯一無二だ。

アトナルは1982年にスタートし、1991年にいったん休止となったのち、2012年に復活、そして、2020年に再び中止を余儀なくされた。パンデミック以前から前途多難な道のりをたどってきたフェスとも言える。ロックダウン中に一度だけ、3つの会場が立ち並ぶケーペニッカー通りを訪れたことがある。当時の街の様子を記事にするためだったが、重苦しいシャッターが閉まったままのグレーの世界は陰鬱と絶望しかなかった。

しかし、9月25日から10月30日の長期間にわたり開催された「メタボリック リフト」によって、完全なる復活と進化を遂げたのだ。環境研究家カール・マルクスの『資本論』から由来されたタイトルは、膨張し過ぎた資本主義、自然と共存しなくては生きていけない人間、新しい時代におけるカルチャーのあり方、さまざまなことを考えさせられる。参加アーティスト達は一体どんなメッセージを作品に込めたのだろうか。

これまでとは全く異なるアプローチの体験型エキシビションツアーは、想像をはるかに超えた先にあるさまざまな潜在意識が具現化したような世界だった。

知り尽くしているはずのテクノの聖地トレゾアは、誰も知らないパラレルワールドへの入り口と姿を変えていた。暗闇の中、かすかな光を頼りに恐る恐る先に進んでいくと、DJブースの前ではスポットライトに照らされたブロックの氷がシュールに溶けていく。中国人アーティスト、パン・ダイジンの作品を発見したところから、アトナルが仕掛けた世にも奇妙な“トリック”が幕を開けた。

ツアーグループに同行していたガイドスタッフからは何の説明もない。自分の目で見て、聴いて、感じるだけ。作品展示は、普段は通ることのできない裏導線や存在さえ知らなかったバックヤードにまで及び、その緻密さやサプライズに終始感心しながら移動していた。そうしているうちに自分が今どこにいるのか分からない迷宮に入り込んでしまった。これもきっとトリックの一部なのだ。そんなことを考えながら歩き進むと、突如目の前で踊り狂う巨大なスカイダンサーが現れた。

フランス人アーティスト、シプリアン・ガイヤールとシカゴが拠点のジャマール・モスことハイエログリフィック・ビーイングによるインスタレーションは、クラブやフェスで踊る機会を失われた人間の代わりに、伝説のキラサン・サウンドシステムの“壁”の前で無機質なビニール人形が激しいエアーに吹かれて舞い、無言のまましぼんでいくといったキネティック・アート。その一連の様子に哀愁を感じながら、地を這うウーハーの迫力にダンスフロアが無性に恋しくなった。

クラフトワークのメインホールを占拠していたのは、ニューヨークのアンダーグラウンドヒップホップシーンを牽引するアーマンド・ハマーのラップ映像だった。アルケミストとジョセフ・モールトによって手掛けられた映像は、前後左右に設置された巨大スクリーンからそれぞれ違った映像が流れ続けるマルチチャンネル・ビデオインスタレーションであり、フロアに敷かれたビーズクッションにもたれ掛かりながら身を任せた。

最も興味深く、個人的に好きだったのは、グランドフロアーに展示されていたダニエル・リーによる大掛かりなインスタレーションだ。年代を感じさせる古びたつぼが配置された空間を天井から吊るされた垂れ幕のような大きな布が交差する。生花で覆われた美しい柱は圧倒的な存在感を放ち、土、穀物、種子など古代から人間が必要としてきた自然界の素材が多数用いられていた。至るところに流れていた水は、朽ちていく褐色の世界と鉄筋コンクリートの無機質な空間の中で、オアシスのような癒やしを感じさせた。

リリアン・F・シュワルツのビデオ制作に携わった映像クリエイター・田中弘雄が“メタボリック リフト”を語る

コンピューターアートのパイオニアの1人として知られるリリアン・F・シュワルツのビデオ制作に携わった田中弘雄に“メタボリック リフト”について語ってもらった。彼は以前、TOKIONでもインタビューしたベルリン拠点の映像クリエイターであり、アトナルの撮影クルーでもある。

「“メタボリック リフト”とは、マルクスの思想から着想したコンセプトですが、過去に電力を供給していた建物の地下から18階相当にも上る屋根裏部屋までを存分に使った展示は、ツアーで回る観覧者のアートに対する考えを変える代謝(メタボリック)のようなもの、と聞かされていました。

リリアンの作品は、その内蔵部分の最下部、地下ツアーの最終地点に置かれた映像作品でした。リリアンは1970年代から活躍するビデオアーティストで、その実験的な作風で伝説的な存在でもあります。自分がイギリスの大学院でアートを研究していた時期にも至るところに作品が登場しました。のちに半盲となってしまい、息子であるローレンスの助けを借りて作品を作り続けてきました。クレヨンやマジックを使い、手探りと色を頼りに顔のドローイングを描き続けてきましたが、それらを編集して、エフェクトをかけるというのが今回の僕の仕事でした。

最初はかなりランダムに思えたドローイングですが、彼女が長年培った映像のルールであるXY軸のポジショニングで画用紙の中に目や顔のパーツが配置されており、ナンバリングに沿って編集していくと、目が瞬きをするような瞬間があったりして驚きの連続でした。

テクノロジーの進化によって、CGアートの世界が変わろうとしている時代に、そのルーツである方達の原点回帰の作品にコンピューターでエフェクトをかけ直すという作業は、もはや冒涜にも感じてしまいましたが、リリアンとローレンスとのメールでのやりとりでは常にオープンで、その姿勢に救われました。 ローレンスからは、人間の目の構造やアートに対する世界の認識や創作哲学など、強烈なインスピレーションを多数もらいました。学生の身で研究していた方との再会を数年越しにさせてもらったのは光栄としかいえません。なので個人的にも、もう一度創作の原点に戻らせてくれた“メタボリック リフト”というコンセプト、そしてそれが世界や人が大きく変わろうとしてる2021年に行われたことに不思議な運命を感じています」

すでに20%しか残されていない片目の視力と息子の手助けによって描かれたリリアンのドローイングは、サイケデリックと純真潔白が激しく入り混じるサブリミナルな世界で、コンクリートの洞窟の奥底に吸い込まれていった。

次回は、カナダのエクスペリメンタル・コンポーザー、ティム・ヘッカーも出演したライブレポートをお届けする。

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ドイツ人アーティストとの出会いからベルリンへ。世界の音楽カルチャーを映像に残し続けるクリエイター田中弘雄 https://tokion.jp/2020/11/21/hiro-tanaka-and-his-journey-to-berlin/ Sat, 21 Nov 2020 06:00:08 +0000 https://tokion.jp/?p=11298 冷戦時代の音響兵器からインスパイアされたスピーカーを改造して、サウンドタンクを作り続けるアーティスト、ニック・ノヴァックを追い続ける映像クリエイター・田中弘雄の素顔。

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冷戦時代に使用された音響兵器からインスパイアされたスピーカーをブルドーザーやクレーンを改造して、サウンドタンクとして作り続けるドイツ人アーティスト、ニック・ノヴァック。そのニックの作品をずっと追い続けている1人の日本人映像クリエイター・田中弘雄。ロンドンに拠点を置く世界的音楽配信プラットフォーム”Boiler Room”や実験音楽の祭典”Berlin atonal”、ミュージックビデオやドキュメンタリーと、手掛けている作品は数知れず。そんな彼のクリエイションはすべて音楽から始まり、音楽でつながっている。ロンドンからベルリンへと活動拠点を移し、この街に根付くローカルカルチャーと世界の片隅でまだ知られていない音楽カルチャーを映像として残し続けている田中弘雄にスポットを当て、海外で活躍する日本人クリエイターとしてインタビューを行った。

現在ニック・ノヴァックのインスタレーション「Schizo Sonics」が開催されているKINDL現代美術センターを皮切りに、Berlin atonalの会場である”Kraftwerk”や旧東ドイツの面影を残すクロイツベルク地区を周りながら、ベルリンのカルチャーについて語ってもらった。「ベルリン・アート・ウィーク」のアナザーストーリーとしてこのインタビューをお届けする。

ーーニック・ノヴァック(以下、ニック)との出会いがベルリン移住へのきっかけとなったと聞きましたが、どんな経緯があったんですか?

田中:ロンドンに住んでいた時に、コラボレーションしていたKode9(*)を通じてニックの存在を知って、彼の作品に衝撃を受けたんです。”何だ、これは!?”って。それからベルリンに引っ越してきた時にクラブからの帰り道の朝4時に偶然会って、”ニック・ノヴァックでしょ??”って話しかけて、お互い泥酔で語り合ったのが最初ですが(笑)いつか彼と一緒に仕事がしたいと思ってました。ニックは、ただ単にアートのツールとしてのスピーカーではなく、サウンド自体のフリークエンシーが人間に与える影響そのものについての研究もしています。作品のルックスがかっこいい。でもそれだけではなく、東西ベルリンの音響兵器の歴史についてずっと追っていてリサーチャー的なアプローチをしているアーティストでもあるんです。そういったことに感銘を受けました。

(Kode9ことSteve Goodmanは、スコットランドの電子音楽アーティスト、DJ、およびHyperdubレコードレーベルの創設者)

ーー田中さんは、ロンドンに住んでいた頃から音楽関連の映像制作をしていたんですか?

田中:ロンドンには2009年から住んでいました。小さい頃からずっと音楽が好きで10代の頃からDJとして活動していたんですが、映像もその延長線上で作り始めたんです。日本では、美大生の頃に山谷のホームレスのドキュメンタリーを自己流で作ったりしてましたが、本格的に音楽の映像に関わり出したのはロンドン時代ですね。日雇いとかいろんなバイトをしながら、ハンディカムでクラブの映像を撮っていました。そこで出会った素晴らしいミュージシャンやEglo records、Ninjatune、Hyperdubといったレーベルのサポートのもとミュージックビデオを作ったりしてましたね。

ーーやはりベースに音楽があるんですね。念願だったニックさんとの仕事はさまざまな形で実現されてますが、実際一緒に仕事をしてみてどうでしたか?

田中:2016年に、ニックがFela Kutiというアフロビートのアーティストの名言をテーマにした平和を訴えるサウンドデモ「Sound is weapon of future」を行ったんですが、その時に撮った映像を使ってくれるプラットフォームを探していて、Luteという日本の音楽メディアが取り上げてくれることになったんです。それ用の映像を作ったのが一番最初の共同作業ですね。そのあと、ニックが音響的なスーパーバイズもしているSennheiserの協賛で「Miami Basel」に彼の作品を出展することになって、マイアミにも一緒に行きました。マイアミベースという80年代にHip Hop から派生して生まれたベースミュージックがあるんですが、そのイベントにニックのサウンドタンク(スピーカー)を使用したんです。サウンドタンクと現地のレジェンドDJがワゴン車をカスタムしてスピーカーにしたものと対決させるというイベントでした。あの巨大な作品をコンテナに入れて船で運びましたからね(笑)。ニックは音響業界でかなり高い評価を得ているアーティストなので、世界各地のさまざまなジャンルのイベントに呼ばれています。マイアミベースは性に対してストレートに表現する音楽ジャンルで、普段目にしているベルリンのシーンとは全く違うし、興味深かったですね。

Lute 「Sound is weapon of future」
「Miami Basel」

そこから、2台目のサウンドタンクを作ってるからドキュメンタリーを作りたいって話になったんです。それで製作したのが、このビデオです。いろんな事情でショートフィルムになってしまいましたが、現在展示中のクレーンのサウンドオブジェクトは2019年に完成したばかりの「The Mantis」という作品で、ベルリンの”CTM Festival”でも発表しました。今回のアートウィークは、コロナ禍でもすごく良い形でインスタレーションできているし、KINDL現代美術センターはニックのためにあるような会場ですよね。次は一緒に長編を作りたいねって話になってます。

Nik Nowak – Mantis project

ーーニックさんとの仕事以外にも、ベルリンに移り住んですぐにBoilerRoomの仕事をされてたり、Berlin atonalも毎年撮影クルーとして仕事されてますよね? 日本人としてそこまで抜擢される人はなかなかいないと思うのですが、その辺についてはどう思っていますか?

田中:BoilerRoomはロンドン時代に制作したミュージックビデオをクルーの一人に気に入ってもらって、当初はビデオグラファーとして外注で仕事を受けていたんです。そこからBoilerRoomでドキュメンタリー番組を制作することになって、ディレクターとして携わるようになりました。日本人として、という感覚はあまりないのですが、周りの人達に助けてもらっているラッキーな人間だなとは思っています。BoileRoomで仕事し始めた時は、基本的に弾丸で現地に行って突撃取材的な形が多かったので出会った人たちに深く入り込む時間も余裕もなかったのですが、世界のいろんな場所へ行って、その土地、その瞬間にしか存在しないパーティーのエナジーと音楽シーンの映像を撮らせてもらう貴重な経験をさせてもらいました。

ーー特に印象に残っている場所や作品はありますか?

田中:レバノンのベイルートにある一番古いレコードショップ「Chico records 」に取材に行った時ですね。最近の爆発事故でもかろうじて最小限の被害で済んだと聞きましたが、そんな状況下でもレコード屋を続けていることは本当にすごいと思います。あと、ジョージアのトップクラブ「Bassiani」で開催されたパーティもとても印象に残ってます。内戦が終わった直後で、抑圧されてた若者達の結束した熱気がすごかったですね。BoilerRoomで働いていた4年間の中で一番のパーティだったと思います。

Boilerroom x Discog 5Record 5 stories Beirut- Chico records
Georgia Bassiani

ーー「Bassiani」は、13世紀に起きた「バシアーニの戦い」からのネーミングであることや、2018年に警察によって理不尽な強制捜査を受けた時に世界中のアーティストが立ち上がったことなど、クラブカルチャーに対する情熱が素晴らしいですよね。奇祭と呼ばれているBerlin atonalについてはどうですか?

田中:ベルリンに住んでからいつかは撮影したいと思っていたのがBerlin atonal(以下、atonal)で、2016年から毎年やっています。仕事関係の知り合いを通じて紹介してもらったんですが、映像エディターを探していると聞いていたものの、打ち合わせに行ったらいきなりディレクターをやることになって(笑)。1年目のatonalでの仕事はとにかく依頼はラストミニッツだったし、フェスのコンテンツだけじゃなくて注文もエクスペリメンタルでした。クライアントワークのはずなのに一発目から僕達に丸投げしてくれて、撮影後に一緒に作り上げていく感じでしたね。でも、2年目からはもう自分の好きにやってやろうと思って、今も一緒に仕事をしている映像カメラマンの加藤真也くんにも入ってもらって、強力なカメラクルーを組んで挑みました。atonalは奇祭と呼ばれているだけでなく、5日間も開催されるし、毎回汗だくで手が回り切らないことも多いですが、カメラクルー達の助けを得て実現できています。オーガナイザー陣の自由な精神と毎回自由にやっても信頼してくれている懐にも感謝ですね。

ーー加藤さんはニックさんの作品でも一緒に仕事されてますよね? atonalは出演アーティストに限らず、日本人が活躍しているヨーロッパで数少ないフェスとしても貴重ですね。私自身も毎年取材させてもらっていますが、ベルリンのクラブシーンの象徴だし、実験音楽の発表の場としてKraftwerkほどフィットする会場はないと思っています。

田中:そうですね。加藤くんに関しては、友人を通じて知り合ったんですが、技術レベルが高いし、何より信頼を置いているカメラマンですね。atonalは実は80年代に始まったパンクやノイズ音楽がメインの自由の象徴のフェステイバルだったのですが、それが現代になってテクノと実験音楽のフェスティバルになった経緯もおもしろいと思います。オーガナイザー陣もフェスだけやってるわけではなく、サマータイムが始まる日の風物詩的イベントとか、ドキュメンタリーも制作してるんですが、これがすごくおもしろいです。「Lost Rhythms」というテーマを元に、世界の失われつつある音楽カルチャーをヨーロッパのミュージシャンとコラボレーションという形で音源として残すというプロジェクトを行っていて、クルーで2月にセネガルに行って、サバールドラムのアーティストの一家を取材してきました。サバールは伝統的な太鼓の一種で、アーティスト自身も日本でいうお坊さんとか伝道師的立ち位置にある人達なんですが、歴史もあるのにあまり彼らの伝統的なドラミングパターンは記録されてないものが多いんですよね。そこで、僕らが撮影しに行って、映像と録音で残すというプロジェクトを現在も進行しています。

Berlin Atonal review 2018 

ーーとても興味深いプロジェクトですね! そういったまだあまり知られていない世界の音楽文化を知れるのも常にアンテナを張っている最前線の人たちがいるからだと思いますが、クルーの一員として参加していてどう感じていますか?

田中:atonalのオーガナイザーチームのHarry Grass、Laurens Von Oswald、Paulo Reachiとは、今ではとても信頼できる友人関係が築けているし、クライアントワークとしてだけでなく一緒に映像の方向性を考えたりしています。ベルリンでの仕事は、まず、コンセプトや主観がガッツリ合致してから始まることが多いです。技術があるとか、仕事が早いとか、そういったことももちろん大事だと思うんですが、「その考えめちゃくちゃいいね!」って共感し合えることを大事に思っています。僕は特別な技術もないし、言語能力もそこまでじゃないから、感覚の一致とかコミュニケーションをいかに深められるかということを重要視していますね。だから新しい仕事で人と関わりを始める場合、文化も違うし感覚的に合わないなと感じても一旦自分のエゴとか伝えたいことは忘れて、自分が知っている知識の範囲でどこから話を広げられるか、共通点を見つけられるか、そこを重要視して仕事をしています。

ーー日本人には足りないと言われてしまっているコミュニケーション能力はクリエイティブな仕事に限らず、いろんな国の人と関わる上で絶対に必要ですよね。

田中さんはいろんな国にも行かれてますが、ベルリンについてはどう思いますか?

田中:ベルリンって実験場みたいなとこだなって思ってます。アーティストが広いスタジオを借りれるし、ニックの作品みたいな大きなスケールのものが作れる環境がありますよね。1本目のドキュメンタリーを撮った時は、個人レベルでのフィジカルな作品でメッセージ性のあるものを、文章やペインティングや映像ではなく、彫刻作品として作れる場所があるって素晴らしいと思いました。ベルリンは戦争の歴史が色濃く残ってて、リアルに感じることができるすごく貴重な街だと思うんですが、今はどんどんそういった場所が少なくなってきてしまっているのは残念ですよね。

ーーベルリンの家賃の高騰と都市開発はカルチャーにおいていろんな問題が起きていますよね。今はそこにさらにコロナウイルスの脅威まであります。ベルリンに限らず、世界のカルチャーがどうなってしまうのかとても心配です。

田中:本当にそうですよね。atonalのメイン会場のKraftwerkもそうですが、コロナによって全然使用されないままの設備が多数あって、このままの状態で1年とか経ってしまったらどうなるか本当に分からない。ベルリンは壁崩壊後から文化的にもオリジナリティを保っていて、アートや音楽にキャピタリズムがあまり介入していない珍しい都市だと思います。それを魅力に感じて海外から移住して来る人たちが入り込む懐もあって、今ものすごく貴重な時なのに、コロナによって企業だけがどんどん成長していってしまっている感はありますよね。BoilerRoomでいろんな国に撮影に行って、ベルリンって本当に独特な街だなと思ったんです。政治的な強さがユニークだし、エクスペリメンタルだし、既存のフォーマットに囚われないところがおもしろいし、魅力だと思うんですよね。だから、ここに住んでいると大都市に住むと忘れてしまう感覚を思い出せるし、それがある限りきっと大丈夫だと僕は思っています。

ーー本当に先の見えない世の中になってしまいましたが、音楽をはじめとするカルチャーの存続を守ることはとても大切だと思っています。そういった中で田中さんのように映像として記憶に残していくことはより一層価値のあるものになっていくんじゃないでしょうか?

田中:コロナで仕事が減って、じゃあ、今の自分に何ができるか?ってなった時に、もともとやっていた肉体労働とか全然違う仕事もやろうと思えばできるけど、本当にやりたいこととか、求められてることとは絶対的に違うと思ってしまいます。僕は元から音楽が好きで、ミュージックビデオを製作しながらその日暮らしでやってきたところから、社会的に認めてくれる人が現れて、徐々に映像制作が仕事になって今に至るわけです。だから、たとえ見てくれる人が少なくてもメッセージ性があるものを作っていくことが大事だと思っています。日本の学校とか同調圧力とかに馴染めなかった自分が、幼少期に救われたスケボービデオやヒップホップのビデオのように、少なからず誰かの目に留まって、何かを考えるきっかけになってくれるような映像を作っているという自負はあります。その時にしかないものとか、すぐ消えちゃうものとか、そういうものに価値があると思うし、それらを映像として残していくべきだと思っています。自分にとっても映像が希望や違う価値観を与えてくれる存在だったし、映像の持つ力ってすごいと思うんですよ。アーカイブとしてずっと残っていくものだし、自分の作品がその中の1つになってくれたらいいなと思いながら、今後も続けていきたいです。

田中 弘雄 / Hiroo Tanaka
1983年東京都生まれ。映像作家、DJ。東京でDJ活動とともに映像制作を始め、旅先で体感したヨーロッパのサウンドシステムに衝撃を受け2009年に渡英。ロンドンでハンディカムで現地の音楽家たちの映像を撮り始める。2014年からベルリンに拠点を移し、Boilerroom BerlinにVideography directorとして所属後、現在はフリーランス映像作家/監督としてBerlin Atonal、Native Instruments, Nyege Nyege Tapes, Boilerroom/4:3等に映像を提供しつつ、自分の目に映る現在を記録に残すため、セネガルの音楽文化やベルリンのアーティストたちのドキュメンタリーを目下製作中。

Photography Hinata Ishizawa

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