スティーブン・パワーズ Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/スティーブン・パワーズ/ Mon, 20 Nov 2023 10:02:19 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png スティーブン・パワーズ Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/スティーブン・パワーズ/ 32 32 複雑な心模様を表現するアート ESPOことスティーブン・パワーズ インタビュー(後編) https://tokion.jp/2023/11/21/interview-stephen-powers-vol2/ Tue, 21 Nov 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=216123 フィラデルフィアに生まれ、現在はNYを拠点に活動するアーティスト、スティーブン・パワーズが来日した際のインタヴュー後編。

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スティーブン・パワーズ

スティーブン・パワーズ
1968年生まれ。16歳の頃からESPOとしての活動を始める。1994年からニューヨークを拠点とし、雑誌「On The Go Magazine」を発行する等、多岐にわたって活動。1999年からアーティストとしての創作に重点を置き、ベネチア・ビエンナーレやリバプール・ビエンナーレに参加。さらには個展「TODAY IS ALREADY TOMORROW」(GALLERY TARGET、東京、2014)等、世界中のギャラリーや美術館にて作品を精力的に発表。代表的な作品の1つに街中にラブレターを書くミューラルプロジェクト「LOVE LETTER TO THE CITY」があり、その活動は東京を含め、サンパウロから南アフリカまで世界12都市に及ぶ。NYのブルックリンでESPO’S ART WORLDを営みながら、2023年6月にESPOKYOを原宿にオープンした。

前編では、ESPOが今抱いているさまざまな思いを聞かせてくれた。面と向かって話したおかげで、ハッキリしたことが現段階で1つある。それはあのイレイザーヘッドを彷彿させる柔らかそうなカーリーヘアの頭の中では、常人とは比べものにならない速度で、膨大な量の情報が処理されているということ。肩慣らし的にESPOKYO(https://www.espokyo.jp/)を構えた理由を軽く聞いたつもりが、初めて訪れた日本で受けた衝撃、クリエイションの源について、あとは着ているポロシャツのロゴの由来から、ネアンデルタール人の気持ちまで……まさに電球が点滅するかのように展開されるスペクタクルに、実際に目が眩むような思いをさせられた。

時空を超えて全方向へと及ぶ彼の意識、そして柔和な雰囲気の奥に鎮座する信念と心意気に触れることができた前編。話を聞けば聞くほど、聞きたいことが増えていく。彼が学校の先生だったら、きっともっと勉強したのにな。というわけで後編では、彼の底抜けの優しさに甘えて、よりもう1歩踏み込んで話を聞くことにした。

「16歳からグラフィティを始めて僕が真剣にアートを生業にしようと決めたのが30歳」

−−グラフィティとアートの違いを教えてください。

ESPO:僕がグラフィティをやっていた時、描いていたのはESPOだけだった。それで十分、それ以上も以下も必要なかった。グラフィティを始めてからずっとやり続ける中で、同じワードで思いつくことはすべてやり尽くした。だからある時、何かを変えるタイミングがやってきたんだ。そこで思いついたのが、1つの言葉からそれ以外の言葉に描くものを変えるっていう、とびきり斬新なアイデアだったってわけさ。僕はアーティストとしてすべての言葉に価値を見出してるよ、まだ僕が作り出してない言葉も含めてね。つまり、ESPOはただの名前だってことだね。

人によっては同じ言葉を描き続ける人もいる。何度も何度も繰り返すという探究の方法で、全く違ったおもしろい表現にたどり着くことだってあるのは僕も知ってる。だからそういった方法を続けることも素晴らしいと思うし、そういったことについて考えることもある。でも、それはやっぱり署名とかサインに近いと感じるんだよね、それは僕がやりたいことじゃない。あともう捕まるかもしれないような状況はお腹一杯だし。

−−グラフィティにはさまざまなスタイルがあると思いますが、どれが好きですか?

ESPO:待て待て、そりゃタグに決まってるだろう。こちとらフィリー出身なもんでね。絶対にタグ、だってクールだからね。まさに“One line biography”だよ。1本の線で自分自身を表現するんだ。タグにはこれまですべての経験、これまで積み重ねた練習と努力、そして時々はじけるバカらしさが詰まってる。だからタグを見ればその人がどんな人間なのかがわかるんだ。

−−作品にグラフィティのスタイルを持ち込まないのはなぜ?

ESPO:よし、聞いてくれ。僕はトッド・ジェームスやバリー・マッギーと一緒に作品作りを始めたんだ。彼等はそれまで自分達がしてきたグラフィティというものを、見事に作品作りへと昇華させていた。でね、それが僕はできなかったってだけ! そこでとりあえず出した結論の1つが、どれだけ彼等のあとを追ったとしても二番煎じだってこと。そんなの惨めになるだけだ……ってどっかのアーティストが言ってたよ。

16歳からグラフィティを始めて僕が真剣にアートを生業にしようと決めたのが30歳、いや31歳かな。だから余計に新しくページをめくって誰も知らないことに挑戦しなければって思ってた。控えめに言っても、グラフィティの世界はひとしきり見てきた自負がある。だからさ、トイになりたくないんだよ、絶対に。トイってわかるよね? それがアーティストとして生きていくための出発点だったと思う。前の場所から背負ってきたカバンは捨てて、手ぶらでの新しいスタートさ。

−−30歳の時には具体的に何があったんですか?

ESPO:その頃にあった直接的な出来事といえば『THE ART OF GETTING OVER』を作ったこと。もしもっといいグラフィティの本があるならぜひ読みたいね。その頃は雑誌もあったし、何か別のことをしなくちゃって思った。チェンジアップだよ、ハハハ。多分普通なら「1冊当たったから10冊はイケるだろ」ってな具合に、そのまま推し進めていくんだろう。でもね、僕には義理の兄弟がいて、彼はとても成功しているアーティストでね。その彼から教わったのが「もし何かで成功したなら、次は違うことをしろ」ってことなんだ。「決して自分を繰り返すな」「常に新しいことに挑戦しろ」ってね。どんなに小さくてもいいから、まず成功する。すると全く違うことをやってもいいっていうライセンスを得るんだ。もし成功したのに同じことを繰り返してしまったら、トラウマだけが残って何度も何度も同じところでつまずくようになってしまう。もちろんギャラリーやフォロワーにとっては良いことかもしれない。でもたとえマーケットにとって良いことだったとしても、アートにとっては決して良くないんだよ。なんでかはわからないけど、僕の内側から「何か全く別のことを」って聞こえてくるんだ。「僕はアーティストにならなきゃいけない。だからチャンスを逃すな。その後のことはひとまず置いとこう」ってね。

−−初めて会う人には、自分のことをどう説明しますか?

ESPO:50歳になって以降、いつでも自分をESPOと呼ぶことにしてる。Eメールとかも全部ね。お互いの歴史を知らずに向かい合う時、その人にはESPOって呼ばれたいかな。もっと時間が経ったら名前を変えるかもしれないよ、もしできるならね……しなくちゃいけないかもだし。いくつも名前があるのは大変だしね……いやほんとに日本のペーパーワークには参ったよ。「あれ? ここはスティーブだっけ? ESPOか? いやマーク・サーフェイス(雑誌の編集長)もあるな」みたいなね。マーク・サーフェイスは我ながらいい名前だね。スティーブン・パワーズもいいけど、ESPOはイデアだし、早いと短いから何かとラクだしね。

−−アーティストっていう言葉にはいろんなイメージがついて回りますが、アーティストと呼ばれたいですか?

ESPO:うん、僕はアーティストだからね。パスポートも税金も30歳からアーティストだよ。でも、まだ僕は自分が想い描くアーティストじゃない。アーティストとしてだけ認知されるアーティストになりたい。まあ、でももっとギャラをもらうためには肩書をグラフィックデザイナーに変えたほうがいいかな? 多分自分で言い始めても文句は言われない気がする。それでも、僕はアーティストだ。息子も僕がアーティストであることを誇りに思ってくれてるし。両親も今では僕のことをアーティストって呼んでくれるけど。彼等は数学者でね、アーティストの正反対みたいなものだからさ。6人兄弟なんだけど、なんとなく他の兄弟から遠ざけられてたなあ。きっと何の期待もしてなかったと思う。僕の名前がそれなりに知られてきたくらいに、ママから「今までごめんなさいね」ってしつこく謝られたんだ。とんでもないよ! 僕は必要なものは全部もらっていたからね。

−−なんでスニーカーを履かないんですか?

ESPO:おっと、確かにね。理由としてはまず靴の見た目が大好き。スニーカーはずっと履いてきたんだけど、ちょっとでも汚れるたびに落ち込むハメになるでしょ? で少なく見積もっても100足は履いてきたけど、多過ぎるだろ。全部をキレイに履き続けるには想像を絶するくらいの労力が必要になる。かたや靴は、まずソールが替えられる時点でかなりポイントが高いと思うんだけど。数万円するとしても、車よりは全然安いしさ。だから僕にとっては、そしてきっと世間的にも、スニーカーより靴の方がクールだってことで収まる気がするけどな。ラリー・デイヴィッドみたいなパターンは最高にかっこいいと思うけど、街を歩いているほとんどの人はもう、デカい赤ちゃんにしか見えない。図体だけデカくなったけど成長はできない赤ちゃん。とはいえ、スニーカーをシンプルかつ完璧に履きこなしてる多くの人達のことは尊敬している。

ここで短い小話を1つ、僕の心の友人でありアシスタントでもあるマイクの話。彼はいつも「ヴァンズ(VANS)」を履いてる。スニーカーに関して特にこだわる彼には、きっとその人生の中でイケてるスニーカーとの出合いが数え切れぬほどあっただろう。でもそんな彼は45歳の今、2~3足しか持ち合わせていない。白の「ヴァンズ」……あ、それ彼の主力ね。彼に履かれている白の「ヴァンズ」はとっても心地良さそうにしてるんだよね。彼に初めて会った時、僕は彼の父親に会った話をしたんだ。彼の父親は昔フィラデルフィアでTVキャスターをしていて、僕の地元の小さな町では知らない人はいなかった。10歳で初めてマイクに会った時、僕は「君の父親に会ったことがあるぞ!」って言ったんだ。そうしたらマイクは「信じられないね」と言ってきやがった。でも本当だと知っている僕は「ほう、じゃあその時君の親父が何を履いていたか言おうか?」と答えた。マイクは「ははーん。じゃあ答えてもらおうか」と返してくる。そこで僕は「『アディダス』なのは間違いないんだけど、スーパースターではないし、テニス系でもなかった」って事細かに伝えた。したらマイクが「マジかよ……その通り、親父はカントリー推しなんだ」ってさ! あれはいい思い出だなあ。

つまりは“どうあるべきか”ってことだね。新しいスニーカーを追いかけ続ける人の気持ちが僕にはしれないね。だって次にまた新しいスニーカーが出てきたら追いかけっこがスタートするわけでしょ? そういうのを頭ごなしに否定したいってわけじゃないよ。ただ僕の個人的な意見としては、僕は靴が好きってこと。靴はいいよ! 写真映えもするし。あと手入れするものも好きなんだよね。NYに帰るとひいきにしてる兄ちゃんに靴を預けるんだ。これが結構痛い出費で落ち込むんだけど……でも手元に戻ってきた時の胸の高まりったらない。同時に僕の見た目の総合得点もグッと高まるしね。スニーカーは古くなるけど、靴は味が増してく一方。スニーカーは汚れてくたびれて、履きつぶすっていう終点に到着する。でも靴は決して履きつぶれない。“Take care of shoes, take care of you”だよ。

「僕達は何もないところから何かを生み出すことができるけど、AIには真似しかできない」

−−あなたは印象的なモチーフをたくさん用いています。その中でなぜハトをよく描くのですか?

ESPO:ハトは一度にものすごい距離を飛んで移動できる。どこにでも住んでいるし、実は一夫一妻だってところもいい。道で食事するけど極めて謙虚だ。他人を気にしない。彼等は“世界中の街とその周辺について”ってジャンルの中で最高の本を持ってる。そしてメッセンジャーだ。僕の描く伝書鳩は“Holler back”って言ってるけど、あれば僕の呼びかけに答えてくれてるんだ。グラフィティとアートの違いの話に戻るとすれば、アートは呼びかけなんだよ。だからできることなら反応が欲しい。もし反応が悪かったとすれば、それは単純に大した呼びかけじゃなかったってこと。良い呼びかけをすれば、良いレスポンスがある。そんなとこかな。

−−あくまで妄想ですが、そのうちAIが個展でも開いたりして……なんてたまに思ったりします。あなたにとってオリジナリティーとは?

ESPO:AIには心がわからない。心がわからなければ、人の心を動かすような仕事はできない。でも、この先そういうことが絶対ないとは言い切れないけど。僕達が受け取れるものを、AIでは受け取ることができない。僕達は何もないところから何かを生み出すことができるけど、AIには真似しかできない。ものを書くのはいいかもね、人間は読むことが苦手だから。そう考えるとアートはいいかもよ、だってみんなアートを理解することが苦手だから。ただただたくさん買って、大したことない作品を称賛してるってのが現状だしね。そんな状況は、僕にとっては好都合なんだよ。僕の仕事は気の利いた人達のために気の利いたことをすることで、AIにはその邪魔なんてできっこないから。多くのアーティストが言ってることだけど、AIは輝くもの、表面的なもの、テッカテカのもの、空っぽのものを生み出すのが得意だよね。その代わり、複雑な心模様を表現するのは難しいと思う。

−−では、オリジナリティーは感情からくるんですか?

ESPO:そう思うよ。加えると、僕らしさは僕が実際に経験したことと密接に繋がっていると思う。僕はたまにしっくりこないものを作るのが好きなんだけど、それって人生がいつでもしっくりこないからなんだよね。あと言えるのは、何かを真似することからかっこいいものは生まれないってこと。以上!

−−最後に、奥さんにラブレターを書いたことはありますか?

ESPO:もちろんだよ! 僕の作るロマンティックな作品は、全部彼女のために作ってる。あ、でも……NYの風刺画で、シェイクスピアと彼の奥さんのものを見たことはある? 奥さんの誕生日を祝うために食卓にはケーキが置かれてるんだけど、奥さんは手に紙を持ちながら「あら、また違うソネット(シェイクスピアが得意だった、14行で構成されるヨーロッパ伝統の抒情詩)ね」ってさ。これはリアルだね。ソネットは数多の女性をノックアウトしてきたシェイクスピアの十八番だけど、奥さんからしてみればそんなもの要らないから普通にドレスとか欲しいんだよね。

本当の手紙って意味でも、全部合わせたら相当送ってると思う。僕と彼女が出会った頃、彼女のいるスコットランドに宛てて6ヵ月送り続けたからね。彼女はとってもロマンティックな手紙をくれたんだけどさ、僕のは起きたことをひたすら書くってスタイルでね。「こんなことがあった」「こんなこともあった」「今日はここへ行った」「あのパーティにいった」「あの展示見た」てな具合で、ロマンティックからはは遠かった。でもそんな手紙でも少しは彼女の助けになったんじゃないかと思うし、少しはお互いを近くに感じることができたと思う。個人的なことを書きためたいって気持ちは全くないけど、彼女と近づくためならいくらでも書く。もし君に愛する人がいるなら、ぜひラブレターを書くことをおススメするよ!

■ESPOKYO
住所:東京都渋谷区神宮前2-32−10 1F
時間:12:00 〜20:00
休日:日曜、月曜、火曜
公式サイト:https://www.espokyo.jp/
公式Instagram:@espokyo

Pespokyohotography Rei Amino(Portrait, Interview)、Claudia Heitner(Event)

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身体感覚と呼応するグラフィティ ESPOことスティーブン・パワーズ インタヴュー(前編) https://tokion.jp/2023/11/16/interview-stephen-powers-vol1/ Thu, 16 Nov 2023 02:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=216097 フィラデルフィアに生まれ、現在はNYを拠点に活動するアーティスト、スティーブン・パワーズが来日した際のインタヴュー前編。

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スティーブン・パワーズ

スティーブン・パワーズ
1968年生まれ。16歳の頃からESPOとしての活動を始める。1994年からニューヨークを拠点とし、雑誌「On The Go Magazine」を発行する等、多岐にわたって活動。1999年からアーティストとしての創作に重点を置き、ベネチア・ビエンナーレやリバプール・ビエンナーレに参加。さらには個展「TODAY IS ALREADY TOMORROW」(GALLERY TARGET、東京、2014)等、世界中のギャラリーや美術館にて作品を精力的に発表。代表的な作品の1つに街中にラブレターを書くミューラルプロジェクト「LOVE LETTER TO THE CITY」があり、その活動は東京を含め、サンパウロから南アフリカまで世界12都市に及ぶ。NYのブルックリンでESPO’S ART WORLDを営みながら、2023年6月にESPOKYOを原宿にオープンした。

つい最近、大荷物を携えてどたばたと電車に駆け乗った時のことだ。冷ややかな視線を集めてしまっただろうと車内を見渡したが、誰1人として目が合うことはなかった。ぼんやりと青白く照らされた顔の持ち主達は、皆が同じ角度でうつむいたまま魂を携帯電話の画面へと注いでいて、置いていかれた体だけが揺られていた。たまたま今日は違うだけで、普段は自分もその一員なのかもしれないと思うと、背中にぞわっと寒気のようなものが残った。

「好きなだけとっていいよ」と言われても、一度につかめるアメの数はたかが知れている。となると私達は、これだけいろいろと便利になったのと引き換えに、大切な何かを失っていると考えるのが自然だろう。確かに多くの情報を得るのは大切かもしれないが、使いこなせなければ全く意味がない。情報はあくまで生きるための道具として集めるべきなのであって、集めること自体が人生の目的になんてなりようがない。けれども私達は気付かないうちに、溢れかえる記号の波にさらわれてしまっている。本来たどり着きたい場所からどんどん流されてしまっているのに、日々どうにか息を吸って吐くことに精いっぱいで、今自分がいる場所すら見失っている。一度遭難してしまうと、残念ながら救助される見込みは極めて低い。知ったつもりになって満足するほど虚しいことはないというのに、それを教えてくれる人や機会にはなかなか出会えないからだ。

今回インタヴューを敢行したESPOことスティーブン・パワーズ(Stephen Powers)はフィラデルフィアに生まれ、現在はNYを拠点に活動するアーティストだ。映画『ビューティフル・ルーザーズ(Beautiful Losers)』の冒頭に出てくることで知っている方も多いと思うが、そのキャリアはグラフィティに端を発している。ご存じの通り、グラフィティは違法である。故にグラフィティシーンには内部の人でしか知り得ない暗黙のルールが多数存在し、対外的に秘密が保たれている。そして地域や縁故によってクルーと呼ばれる極めて排他的な集団が形成され、どこに所属しているかが描かれるスタイルに直結する。つまり基本的に、ライターは自分達以外のことは認めない生き物なのだ。そこで際立ってくるのがESPOの存在である。すでに現場を退いて久しいにも関わらず、彼はいまだに新旧のライターから尊敬を集め続けている。しかもその範囲はアメリカ東海岸にとどまらず、地球のどこかで今日も暗躍する現役バリバリの猛者達からもだ。その事実こそが、彼がいかにオリジナルで価値ある存在かを裏付けている。というわけでESPOは、ライターで彼のことを知らないのはモグリだと断言できる、正真正銘のレジェンドだ。けれども彼は過去の栄光に一切しがみついていないし、ひけらかすこともない。もっと言えば、対面しただけではそんな背景は全く感じ取れないほど、気さくで優しい人柄だ。きっと命の危険にさらされるような状況を何度もくぐり抜けてきているはずなのに。なんとも粋なおじさんである。

シンプルでポップな絵と、ユーモアと皮肉溢れる言葉で構成される彼の作品は、見る人の年齢や性別を選ばない。それは溺れかけて疲れ切った私達の目や脳でもちょうど受け取れるほどの、なんとも絶妙な塩梅に仕上がっている。そうして彼が丁寧に問いかけてくれるのは、返事が欲しいからに他ならないのだと、インタヴューを終えてしみじみ思った。彼にあれこれ話を聞かせてもらっている時、あの電車で感じた背中の寒気とは対照的に、自分の胸のあたりがどんどん熱くなっていくのを確かに感じた。それは単純に、彼がとても魅力的だからだとも思う。ジャストサイズのポロシャツも色違いの靴下も、彼じゃなければ絶対つっこみたくなるはずなのに、そんな気は起きない。不思議と似合っている。きっとハマらないから我慢するけど、真似したいくらいかっこいい。改めて、おしゃれとは決して流行を追うことではないのだと思った。そんな彼が今年、原宿にオープンさせたESPOKYOで、彼の今までとこれからを聞いてみた。

「2000年に初めて来てからずっと、日本から影響を受け続けてる」

−−まずはじめにESPOKYOについてお聞きしたいです。クリック1つでなんでも買えるこの時代に、拠点とするブルックリンから10,000km離れた原宿に店を構えた理由を教えてください。

ESPO:そうだね、いろいろあるけど……2000年に初めて来てからずっと、日本から影響を受け続けてるってことが一番のポイントかな。その時の経験は僕自身に、そして今日に至るまでに生み出してきた作品の多くにつながってるんだ。その頃はまさに、大携帯電話時代の夜明けだった。なので場所はどこだったか忘れたけど、プラスチックの携帯の見本が外に並べられててね、その画面に絵文字が使われてるのに気付いた。それまで絵文字なんて見たことがなかった。「これは全部がひっくりかえるぞ」と思ったよ。

自分の頭の中では、自分のクリエイションがどこから来たのかってことを不意に考えた。人々は読み書きを覚えるまで、多くのコミュニケーションを絵に頼ってた。誰でも本を読めるようになるまでは、シンボルや絵が文字の代わりだったんだ。例えば僕のポロシャツのクレイジーなマーク、これはかなり昔のものでさ、イギリスの毛織物産業のシンボルなんだよ。羊飼い達にとってはどれだけ毛が取れるかが生活に直結するから……ってこれはかなり話が長くなるからやめておこう。

まぁ、つまり言いたかったのは、文字が広く普及するまでの世の中において、物事は絵を介して伝えられたり理解されたりしてきたってこと。たとえ小さい絵柄1つにも、大切な役割があったんだ。そうやって考えている中で、ある時ふと気付いた。ネアンデルタール人は34万年前には既に絵を描いていたらしいけど、僕が最初に見た時にはシンプルだなって印象を受けた。絵の中でハシゴみたいなものを見つけた時に「なるほど、彼等は道具を描いてるんだ」って思った。自分達が見つけたより良い暮らし方を、誰かに説明したかったんじゃないかな。そうやって絵を通してコミュニケーションをとるっていう行為が、彼等の精神性や人間性に大きく影響していったんだと思う。

そこで作品を制作してきた自分のことを振り返ってみるとだよ、自分はグラフィティライターから始まってるときたもんだ。だからいにしえの壁画に興味がないはずがないよね。全部が素晴らしいと感じるし、全部から教わることがある。となると、自分のことが現代版の洞窟壁画画家なんじゃないかって思えてきたんだ。僕が今やってることは、今日の世の中でできるだけシンプルにコミュニケーションするってことだからさ。できるだけアイデアを簡単に伝えていくってこと、そして複雑なアイデアをできるだけ簡単にするってことが、僕が今までもこれからもしたいことだからね。そんな僕からすれば、日本で受けた衝撃はとんでもなかったのさ。「おいおい、携帯で絵文字を使ってやりとりしてるなんて、僕よりも先にいってるじゃないか」ってさ。実際、そこから世界の物事が移り変わるスピードは格段に増していったし。

そこで僕は「よし、ではピュアでオリジナルな絵文字を作っていこう」と思った。文字と絵を一緒に見せるタイプの、一種のハイブリッドだね。といっても別に大発明ってわけじゃないよ、みんなメールをする時普通に文字と絵文字を混ぜて使ってるし。人間は言語の複雑化とともに発展を遂げてきた。最近ではスラングとかがわかりやすいよね、それはとても自然なことなんだよ。「LOLって何?」って聞かれてもさ、そんな真面目に答えることでもないでしょう? 必要ってだけ。今回日本に来て気付いたんだけど、電話番号の前には電話マークがついてるよね。それってものすごくおもしろいと思うんだよ! だってあのアナログな黒電話って、今の子ども達は多分触ったことないんじゃないかな。でもどの子もあのマークを見れば電話だってわかるはず。そういうのっていいよね。

例えば電球はさ、僕にとっては“アイデア”を表しているんだ。(作品を指さして)ここには割れた電球があるでしょ、これは良くないアイデアって意味。悲しいことに、アメリカではほとんどの電球が消えていって、全部LEDに替わっていってる。でも僕はLEDが好きじゃないんだよ。目が痛くなるし、その明かりの下で撮った写真の雰囲気も好きじゃないんだ。やっぱり電熱線が燃えてチカチカする、あの感じが好きなんだよね。

さてさて。僕は今ここにいる。それは東京に恩返ししたいからっていうのが大きい。さんざんもらってばっかりだから、やっとお返しするタイミングに恵まれたって感じさ。僕はより良いアーティストになりたいって常に願ってる。それにはより多くの人とコミュニケーションをとる必要がある。だから今は日本語を勉強したいと思ってるよ、新しく出会った人と話すのは楽しいからね。

−−東京から作品への影響を受けているとは知りませんでした。今回の滞在でも感じますか?

ESPO:いや、さすがにまだちょっとわからないけど、確実にそうなっていくはず。どうなっていくかを見届けるのも好きだし。誰しもが変化を求めるわけじゃないし、変わらなきゃいけないってことはない。でも、僕の人生はどうやら変わり続けていく運命にあるらしい。

−−では、いろんな人ともっと関わっていくために始めたのですか?

ESPO:そうだね。自分が発信していることが届くまでどれくらい時間がかかるかわからないけど、ひとまずやってみようと思ってる。大きな企業がバックアップしてくれてるわけじゃないけど、いろんな人からたくさんのサポートを受けてるってことが自分のモチベーションになってるよ。この場所は本当に良い影響を与えてくれるし、とっても魅力的で美しい空間だから、ここで生まれる作品も同じく素敵なものになると思う。劇的な展開なんて必要なくて、自分がするべきなのはみんなと共鳴することなんだって思ってる。そのために感謝の気持ちを示しながら、少しずつ恩返ししたいのさ。

−−ICY SIGNやESPO’S ART WORLDも同じような思いで始めたんでしょうか?

ESPO:一時期の僕は、ただただスタジオとギャラリーを行き来してた。スタジオで作品を作っては、ギャラリーで売る。ギャラリーには作品を買おうとする人しか来ない。それはそれは窮屈だったね。その生活の中で人とコミュニケーションをとるのは簡単じゃなかった。だから2012年にICY SIGNを始めたし、それがESPO’S ART WORLDにつながっていった。いわゆる大衆ってやつと関わるのにはいい選択だったと思う。気楽に、簡単に、好きな時に入って来られるからね。特にNYのギャラリーは外から干渉したり参加したりするのが難しくて、勝手に人が立ち入りにくい場所のような気がする。それに比べてESPO‘S ART WORLDに来るお客さんなんか、初めてでもカバンを置いてすっかり馴染んじゃったりしてるよ。でも、そういった密な関係によって、彼らが作品に求めていることがやっとわかってくるんだ。

ICY SIGNをやってた2012年から2017年に、僕は作品の見せ方について考えることになった。ブルックリン美術館で展示をした時、僕は9ヵ月にわたって現場に関わり続けた。その素晴らしい経験を通してわかったのは、僕の仕事は人の目の前で描くってことで、それは人と話すってことだった。だから美術館の中でかなりの数の絵を描いたし、たくさんの人と出会った。

そして2016年の9月かな、ESPO’S ART WORLDを始めることになった。そのタイミングで起きたのがドナルド・トランプの初当選さ。その翌日かな、マット(ESPO’S ART WORLDのスタッフで、ESPOKYOでライヴスクリーンのイベントがある時には本国から助けに来たりする)は知ってるだろ? 彼を雇うかどうか考えてたんだ。そして出勤してきたマットに「選挙のTシャツを作ろうかと思う」って伝えたんだ。その時のデザインは燃えてる家が水に沈んでいってる絵で、そこに「まだ序の口」って言葉を付け加えた。それで「あなたは今きっとこんな気分でしょ? そうしたらとりあえずTシャツゲットしに来なよ」ってInstagramにポストした。すると、50人くらいの人が速攻でやって来てくれた。そしてさらに50人の人が来たから、その場でプリントを始めたんだ。そこがすべての始まりだね。その時から、僕達は常にコミュニティーというものを意識し続けてる。コミュニティーの雰囲気を見極めることが、僕の作品作りの基礎にあるんだ。ライヴプリンティングは僕の作品を解放するっていう感覚だね。プリントされたものを身に着けることで、その人は何かしらのフォースを帯びるんだよ。

重要なのは、絵文字には今僕達が実践しているコミュニケーションのとり方が凝縮されているってこと。それは同時に、自分達の周りにどれくらいの可能性が広がっているかを指してもいる。ESPOKYOでもライヴプリンティングはしてるよ。2回目の時は“日本の名山8選”にしたんだけど、その絵を見たら初めて会う人でも「あ! これを描いたんだ。この山はね……」って話し始めてくれる。それは僕達が山の絵を通して、日本の皆さんに興味と関心を示しているからこそ起きる反応だと思う。それはそのまま相手との共鳴へとつながっていく。そうすることで僕達はさらに前進することができるし、いろんな問題に関して理解できるようになるんだ。今は役に立ちたいと思っているし、いずれは欠かせない存在になれたらなと思ってる。(後編に続く)

■ブックサイニングイベント
日程:11月16日
会場:ESPOKYO
住所:東京都渋谷区神宮前2-32−10 1F
時間:12:00 〜20:00
公式サイト:https://www.espokyo.jp/
公式Instagram:@espokyo

Photography Rei Amino(Portrait, Interview)、Claudia Heitner(Event)

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