浅沼優子, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/yuko-asanuma/ Thu, 28 Jan 2021 01:17:57 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 浅沼優子, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/yuko-asanuma/ 32 32 ロン・モレリとレコードレーベル「L.I.E.S. Records」の10年―後編― https://tokion.jp/2021/01/25/10-years-of-lies-part2/ Mon, 25 Jan 2021 06:00:07 +0000 https://tokion.jp/?p=16537 2010年代のエレクトロニックミュージックを語る上で最も重要なレーベルの1つ、「L.I.E.S. Records」。その10年間とオーナーのロン・モレリのこれまでとこれから。

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プロデューサー、DJとしても活躍するロン・モレリは、多角的に長年音楽と関わってきた人物だ。音楽関係者にとって非常に厳しい1年となった2020年も、アルバム『Betting On Death』をHospital Productionsから発表し、今年10周年を迎えた自身のレーベル、「L.I.E.S. (Long Island Electrical Systems) Records」は20作品をリリースした。Delroy EdwardsSvengalisghostBeau WanzerTzusingといったアーティストは、このレーベルによってキャリアを築いたと言っていい。また、すでに活躍していたLegoweltBroken English Club / Oliver Hoといったアーティストを新たなオーディエンスの耳に届けた。NY出身で、現在はパリを拠点とする彼の視点を探りながら、日本の文化や音楽との関わりについても聞いた、本邦初のロングインタビューの後編(※前編はこちらより)。

「C.E」とのつながりから実現した初来日

――日本との接点という話題に移りたいと思いますが、初来日は「C.E」主催のパーティだったんですよね?

ロン:そう。初来日が「C.E」で、その1年後に2度目の来日をした。「C.E」のディレクターのトビー(・フェルトウェル)は、僕が仲のいいThe Trilogy Tapesのウィル・バンクヘッドの親友なんだ。それまで来日の誘いがなかったわけではないんだけど、長距離の移動は避けていた時期があって、2017年にトビーが声をかけてくれたからやっと行くことにした。行ってみたら夢のように最高だった(笑)。本当にぶっ飛ばされたね。だから2回目の来日は長めに滞在したんだ。トビーとはその時が初対面だったけど、他にもレーベルのアーティストなど共通の友人はたくさんいた。初来日した時に、Nozakiにも初めて直接会った。Nozakiは確か、レーベルアーティストのSamo DJの紹介で、連絡を取り始めたんだったと思う。彼はシカゴハウスとイタロディスコにめちゃくちゃ詳しいからね。オタク話で盛り上がった(笑)。それで、彼のレコードも出すことになったんだ(DJ NozakiはZZZ名義でL.I.E.S.から2018年にEPをリリースしている)。ちょうど最近、彼に頼まれたリミックスを作っているところだよ。NozakiとBonobo(オーナーの)Seiが一緒にやっているという謎のプロジェクトの曲(笑)。

――そういえば、あなたは(ANTIBODIES Collective、「ヒト族レコード」の)カジワラトシオさんaka Bingさんともお友達ですよね? 彼もかつて「A1 Records」に勤務していましたが、同僚だったんですか?

ロン:いや、一緒に働いたことはないんだ。僕は彼が日本に帰国してしばらくしてから入ったから。彼が働いていた頃は、僕はただの客だった。彼は、オリジナルA1クルーの1人だった。1990年代後半、トシオ以外はいかついフランス人ばかりで、みんな店の中でタバコ吸ってて、坊主頭で首にはチェーンって感じで、まあ威圧的だった(笑)。はっきり言って、店に入るのに勇気がいったよ。店の人と初めて会話したのは、5年くらい通ってからだったと思う。

――そんなに(笑)!!

ロン:本当だよ、それくらい怖かった。でも、トシオは僕を含むたくさんの人間にとって教祖のような存在だった。彼があの店にアヴァンギャルドの要素を持ち込んだ。あの店に深みを与えたと思う。彼以外はヒップホップを軸にしていて、レアなヒップホップ盤や、ソウル、ファンクのドラムブレイクがない盤は、全部1ドル箱に放り込まれていた。よそでは200ドルで売られているノイズレコードも、彼らにはどうでもよかった。でもトシオはそういうレコードを全部知っていたから、彼が入ってレフトフィールドな音楽もそろっている店ということになった。トシオは、アンダーグラウンドなハウスやテクノにもすごく詳しかった。だから、何年も通って話すようになって、いろいろ教えてもらったんだ。僕はトシオがあの店の評価を大きく変えたと思う。それに、NYがもっともカラフルだった、あの時代を経験できて良かったと思う。店には本当におかしな客がたくさん来ていたからね……(笑)。客としてそうやって通っていて、2009年から自分も働くようになった。

――その頃の「A1 Records」には通えませんでしたが、自分も1990年代前半はもっともレコード屋に通いつめていましたね。

ロン:レコード屋はマジカルな場所だったよね。僕の場合は、毎週土曜日に電車で街に出て、コーヒーを飲んでから10軒くらい回って、最後はバーに行ってグデングデンに酔っ払って帰ってくるというのが習慣だった。懐かしいよ。

――来日した際にBingさんの「ヒト族レコード」にも行ったんですか?

ロン:いや、それはできなかったんだけど、神戸の「Troop Cafe」のイベントに彼もDJで出てもらって、素晴らしいセットをプレイしてくれたよ。その時10年ぶりくらいに会って、とてもいい時間を一緒に過ごせた。彼は今ダンスカンパニーで音楽を作っているのを知っているから、ぜひ音楽を送ってくれって言ってるんだけどね。ミステリアスな人だからわからない(笑)。いつか一緒に何かできるといいな。次日本に行った時にはお店にも行きたいよ。

「アンダーカバー」のランウェイショーの音楽制作

――そして2020年のはじめには、「アンダーカバー」のパリでのランウェイショーの音楽を制作していますが、それはどういう経緯で?

ロン:ジュン(・タカハシ)は、音楽コレクターとしても有名だけど、どういうわけか、僕が2015年にHospital Productionsから出した、かなりノイジーなアルバムをとても気に入ってくれていたらしくて。あまりこれを好きだと言う人はいないんだけど(笑)。友人のLow Jackがすでにジュンとつながっていて、その話を聞いて紹介してくれた。何度かEメールのやりとりをして、「何か一緒にプロジェクトをやろう」と言ってくれたので、「もちろん」と返事したけど、Tシャツかミックステープか何かかと思っていた。そしたら、「2020年の1月はパリにいるか」と聞かれて、「ちょうどその頃はいます」と言ったら「ランウェイショーがあるから、その音楽を作らないか」と言ってくれて。ビックリしたよ。それはまったく想像していなかったから。「とても光栄ですけど、そんなことは今までやったことがありません。もしそれでも信じて託してくれるというなら、精一杯やります」って返事したんだ。

引き受けたはいいけど、そこからさらに予想していなかった展開で、ただのショーではなくて有名な振付師も参加するシアターパフォーマンスだという。ダミアン・ジャレという人で、マドンナなんかの振付をしている(笑)。振付師と仕事をするのも初めてだったから、まったく未知の世界だったけど、まず僕が音楽を作って、それをダミアンが聴くところから始まった。その間僕はツアーがあったから、友人でレーベルアーティストでもある、Krikor Kouchianに手伝ってもらって、彼がダミアンと相談しながら最終のミックスダウンとエディットをしてくれた。リハーサルは2日間だけだった。それにもショックを受けた(笑)。でも心底感心したんだけど、ダンサーの人達が素晴らしくて、2日間練習をしただけなのに当日見事なパフォーマンスしてくれた。コレクション自体が、黒澤明の映画『蜘蛛巣城』をベースにしていたので、映画のサウンドトラックからサンプリングしてほしいと言われていた。だからサンプルが多いんだけど、それをさらにだいぶヘビーな音に仕上げた。決して踊りやすい音楽ではなかったんだけど、僕の予想を遥かに超える完成度のショーだった。その音楽のレコードが1月16日にリリースされた。そのタイミングに合わせて、一緒に服も少し作ったので、それも同時期に発売されたよ。「アンダーカバー」も設立30周年で、L.I.E.S.も10周年だったから、一緒に東京やNYでも何かやろうと話していたけど、それは残念ながらかなわないね……。

L.I.E.S.からリリースした日本人アーティスト

――つい最近では、Manisdronという日本のアーティストの作品をL.I.E.S.からリリースしましたね。goatというバンドのドラマーのソロプロジェクトですが、日本ですらほとんどまだ知られていないと思います。これはどういう経緯があったのでしょうか?

ロン:これは、非常に珍しいケースで、僕が直接知らなかった人の作品。アムステルダムの「Rush Hour」というレコード屋兼ディストリビューターに勤務するマーク・クレミンスという友人が紹介してくれたんだ。彼との付き合いはレーベルが始まった頃からだからもう10年で、彼の素晴らしい仕事ぶりのおかげでレーベルがここまでになったと言ってもいい。それくらい世話になっている人で、レーベルのことをよく理解しているし、今ではとても良い友人でもある。彼から、プロジェクトの提案があったのはこれが初めてだった。このタカフミ・オカダ(Manisdron)の楽曲を聴かせてくれた時、これはL.I.E.S.にぴったりな、まさに僕が求めている音楽だと思った。さまざまなジャンルの間にあるような音楽。普通のクラブレコードではないけれど、ビートはちゃんとあり、ロックでもないしノイズでもないし、どこにも収まらないグレーゾーンの音楽だ。しかも彼自身で歌も歌っている。一度聴いてすぐに引き込まれたよ。リリースまでのやりとりもとてもスムーズで、本当にこの作品が出せて良かったと思っている。反応もとてもいいよ。(オランダ、ハーグのカルトDJ)I-Fが即気に入ってプレイしている。

『Manisdron』 Manisdron

――当初は「日本の音楽や文化から受けた影響」を聞こうかと思っていたんですが、これまでの話を聞くと、特に何か日本的な要素に引かれているわけではなく、個人的なつながりや自分のアンテナに引っかかったものがたまたま日本のものや人だった、という感じですね。

ロン:オカダの音楽に関して言えば、先程言ったように、さまざまなジャンルが交差しているところがおもしろいと思った。僕もなんと形容したらいいのかわからない。こういう、5つくらいのジャンルを融合するようなことを試みる人は他にもいるけど、大抵は失敗する(笑)。でも彼の場合は実にいろんな音楽からの要素が聴き取れるけれど、それが完璧に組み合わさっている。これは珍しいことだ。彼の実際の音楽遍歴は知らないけど、テクノ、オブスキュアなノーウェイヴ、クラウトロック……それらすべてが入っている。日本の人をひとくくりに一般化するつもりはないけれど、日本の文化的な特徴は、何かをやるとなったらとことんエクストリームに突き詰めるところだよね。極めようとする。例えば、おそらく東京の職人の作るピザのほうが、イタリアのナポリよりうまい。オカダもそういう人なんじゃないかと想像するよ。長年いろんな音楽を聴いて、クールな音楽は全部知っていて、その上でやっているんだと想像できる。トシオ・カジワラもそういう人だしね。Nozakiのシカゴハウスとイタロへの執着の度合いもすごい。突き詰めているからこその洗練がある。

例えば日本のノイズシーンは、世界でももっともエクストリームなものの1つだよ。インキャパシタンツという有名なグループがいるけど、彼らが福島の崖っぷちで何かいろんな工具を使ってパフォーマンスしてる映像がYouTubeにあるんだけど、むちゃくちゃぶっ飛んでる! あと、もう1つ有名なのはボアダムスのEYEがハナタラシ時代にブルドーザーでライヴ会場に突っ込むやつとかね! 西洋音楽でもエクストリームなものはあるけれど、日本の度合いは振り切れていると思う。こういうエクストリームなエネルギーが僕は大好きなんだ。

ロン・モレリ
NYブルックリン出身。2010年にマンハッタンの老舗中古レコードショップ、「A1 Records」に勤務するかたわら、自身のレーベル、L.I.E.S. Recordsを立ち上げ、地元シーンの新たな才能を次々と発掘。“ロウ・ハウス”と呼ばれるスタイルでNYの新たなクラブシーンを牽引する。2013年に拠点をパリに移し、常にレフトフィールドなエレクトロニックミュージックを開拓し続けている。DJとしてNTSのレジデントを務める他、プロデューサーとしては、ノイズ/インダストリアルレーベルのHospital Productionsからアルバムを5枚発表し、2020年1月には「アンダーカバー」のパリのランウェイショーの音楽制作を担った。
https://liesrecords.com
Instagram:@lies_records

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ロン・モレリとレコードレーベル「L.I.E.S. Records」の10年―前編― https://tokion.jp/2021/01/21/10-years-of-lies-part1/ Thu, 21 Jan 2021 06:00:47 +0000 https://tokion.jp/?p=16524 2010年代のエレクトロニックミュージックを語る上で最も重要なレーベルの1つ、「L.I.E.S. Records」。その10年間とオーナーのロン・モレリのこれまでとこれから。

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プロデューサー、DJとしても活躍するロン・モレリは、多角的に長年音楽と関わってきた人物だ。音楽関係者にとって非常に厳しい1年となった2020年も、アルバム『Betting On Death』をHospital Productionsから発表し、今年10周年を迎えた自身のレーベル、「L.I.E.S. (Long Island Electrical Systems)Records」は20作品をリリースした。Delroy EdwardsSvengalisghostBeau WanzerTzusingといったアーティストは、このレーベルによってキャリアを築いたと言っていい。また、すでに活躍していたLegoweltBroken English Club / Oliver Hoといったアーティストを新たなオーディエンスの耳に届けた。NY出身で、現在はパリを拠点とする彼の視点を探りながら、日本の文化や音楽との関わりについても聞いた、本邦初のロングインタビューの前編。

L.I.E.S. Records設立前からの足跡

――これまで日本の媒体でインタビューをしていなかったとは意外です。

ロン・モレリ(以下、ロン):一度、DJとして来日する直前に宣伝用に短いメールインタビューを受けたことがあるけど、それだけだね……。『TOKION』は知ってるよ。1990年代はニューヨークでよくパーティをやっていたし、その頃は確かNYにも事務所があったんじゃないかな?

――そうだったんですね! まずは基本的なところから教えてください。L.I.E.S.は設立から今年でちょうど10年だそうで。最初はどういう動機で始めて、この10年間をご自分ではどう振り返りますか?

ロン:L.I.E.S.を始める以前から、すでに音楽には深く関わっていた。短命に終わったけど1990年代前半にパンクのレーベルと、1990年代後半にはインディペンデント・ヒップホップのレーベルをやっていたことがあったので、どうやってレーベルを運営するかのノウハウは知っていたんだ。でもそれから2000年代後半までは、レーベルをやりたいという気持ちにならなかった。気が変わったのは、その頃自分の周りにいた仲間がみんな音楽を作っていたのに、それを世に出す方法がなかったこと。作った音楽はただその辺に転がっている状態で、ちょうど自分もその頃仕事が変わったりしていて、当時のルームメイトがレーベルを始めたところだった。それで、自分もレーベルをまたやってみるのもおもしろいかもしれないなと思ったんだ。だから、とりあえず小さい規模でリリースを始めて様子を見ようという感じだった。大きな計画はなかったよ。だから有機的に、やっていくうちに人のネットワークが広がって、レーベルも成長していった。それが意図せず、ブルックリン、NYに1つのシーンを形成することになった。

この時期は、NYがものすごく変化していた時期でもあった。それまでに主要なクラブは閉店してしまっていたけど、新しいクラブやバーができ始めて、イリーガルのウェアハウスもたくさんあったから、そういう状況とも相まって僕らのクルーの周りにシーンができ上がっていった。レーベルを始めて3年くらいたったら、国外からの関心も高まって、僕らのクルーもみんな海外をツアーをするようになって、その間に地元の若手もどんどん出てきて、もう4、5年たった頃にはシーンの重鎮みたいになっていたね(笑)。僕は2013年にパリに拠点を移して、そこからはブルックリンの小さいシーンにこだわらず視野を広げていった。レーベルを続けていく上では、その変化も重要だったと思う。当時は「A1 Records」というマンハッタンの中古レコード屋で働いていて、心地のいい生活ペースだったけど、その一方でずっとNYを離れてみたいとも思っていたから、そのタイミングとして最適だった。

質問の後半部分に答えると、レーベルを始めた時は特にゴールは設定していなくて、とにかく自分達の音楽を世に出して、聴いてくれる人のところに届くだけで嬉しかった。でも、やっていくうちに新たな目標とか課題が出てきて、レーベルを存続させていくにはどうするかという挑戦があったね。「新しいもの」としての注目を集めるのは一度だけで、人はすぐに飽きるから。1980年代や、1990年代でさえも、音楽ファンはもっと自分の好きなレーベルやアーティストに忠誠心あって、次の作品が出るまで2年も3年も待ったものだけど、今は違う。どんどん「次」のものを求めて移動してしまうから、飽きさせずにおもしろいものを出し続ける必要がある。僕の場合は消費者の反応に合わせて何かを決めることはなくて、常に自分とアーティストを第一に考えるけどね。そうでなかったら、今頃レーベルはまったく違った方向に行っていたと思う。万人には受けないとわかっている、挑戦的な作品を出してきたのは、僕自身がおもしろいと思えるもので自分に挑戦したいからでもある。

L.I.E.S.は、自分自身の人生の記録

――確かに、これまでの作品を見ていると、(シーンのトレンドなどよりも)あなたの個人的な思い入れやアーティストとの関係性が強く表れているように見受けられます。とてもパーソナルなレーベルですよね。大量に送られてくるデモから売れそうなものを選ぶ、という感じは受けません。

ロン:それは一切ないね。基本的にデモは受け付けていない。それが世界一素晴らしい音楽であっても、僕の場合は人としてのつながりがあって、その音楽がその人にとってなんなのかを知ることが重要。僕にとってこのレーベルは、自分自身の人生の記録みたいなところもあるから。例えば、今年はフランスのアーティストの作品をたまたま多く出すことになったけど、それは自分の今の生活や交友関係も反映してのこと。

――言われて思い出しましたけど、本当に2000年代はNYのダンスミュージック、クラブシーンが停滞していましたよね。それほど影響力のあるクラブやレーベルがなかった。その空白にL.I.E.S.が現れて新しいサウンドを届けた。

ロン:NYにとって変な時期だったと思う。知っている人もいると思うけど、1990年代にジュリアーニ(当時のNY市長)が街の「クリーンアップ」を始めて、アンダーグラウンドのクラブなどが一掃されてしまった。主流のクラブさえもね。そして9.11(2001年)があって、とどめを刺された感じだった。1990年代のようなリアルなNY・ハウス、Strictly RhythmとかMasters At WorkとかFrankie BonesTodd Terry……、といったシーンが亡くなってしまい、同時に音楽のデジタル化の波も来たものだから、レコード屋やディストリビューターもどんどんなくなって、音楽をとりまく環境がすっかり変わった。それまでのやり方は続けられなくなってしまった。

2010年当時のNYでは、ディスコのエディットものがはやっていたけど、現行のアーティストのオリジナルのトラックを出しているレーベルはあまりなかった。だから、場所とタイミングの条件がたまたまそろったということなんだと思う。これまで自分でこういうことを言うのは避けてきたけど、今改めて振り返ってみて思うのは、当時レーベルを始めた時にたくさんの人が支えてくれたし、結果としてそういう人達とともに新たなシーンを築いたと言えると思う。その頃からずっと関係を維持しているアーティストもいるけど、アーティストとしてもレーベルとしても、同じことを繰り返したくはない。同じ場所にとどまってはいけないと思う。だから時間の経過とともに、新しい人や音楽を発見してプッシュしていかないとね、フレッシュさを保つには。残念なことだけど、いくら優れた音楽でも、今は消費されてしまうサイクルが速いから。

――まだ人々が知らない新しい人や音楽を紹介することの楽しさというのもありますよね。私個人もそういう記事を書いたりするほうがやりがいを感じます。

ロン:それもあるね。新たなストーリーを求めているところはあると思う。リスナーも、ただ音を聴くだけでなく、その背景にあるストーリーに共感するかどうかが魅力の半分くらいを占めているように思うし。

――「A1 Records」に勤務していたという話が先ほど出ましたが、中古レコード屋というのはまさにそういうところですよね。もちろん名盤を買いに来る人もいるけど、ほとんどのお客さんは知られざる宝物を探しに来る。

ロン:「特殊な」レコード屋だからね、お客さんは店頭に出ているものより、レジの裏に置いてあるレコードが何か知りたがる(笑)。

――ちなみにL.I.E.S.は1人で運営しているんですか? 何がリリースされるかの判断はすべてあなたの独断?

ロン:一時期はジョンという友人に発送や事務仕事を手伝ってもらっていて、今もNYでそういう雑務をやってくれる人はいるんだけど、運営に関しては僕1人だよ。Eメールやら請求書やら、面倒な仕事も全部やってる(笑)。

――何がレーベルの作品にふさわしいかという判断基準は、自分が好きかどうかがすべてということになると思いますが、それが揺らぐ時はありませんか? それとも「A1 Records」のような一般の市場とは離れた特殊なお店で働いていた経験などから、揺るぎない判断基準みたいなものが確立されているんでしょうか?

ロン:僕はティーンエイジャーになる前から音楽にのめり込んできたから、結局は僕はいろんなタイプの音楽の熱狂的なファンなんだ。だから常に好奇心がある。新しいものを聴いてみたいという。もう僕も40代で、さんざんいろんなものを聴いてきたから、好きになれないものに対してすら好奇心がある。「なぜ僕はこれが好きじゃないんだろう?」って。例えば、かつてヴォーカルハウスを聴いた時に、「こういうのは大げさ過ぎる、あまり好きじゃない」と思ったけど、その3年後くらいに(ヴォーカルハウスの)いいレコードに1枚出会った時、その意味がすべてわかったりする。だから何を判断基準にするかというと、オープンマインドに純粋な好奇心を持つことじゃないかな。とはいえ、まったく好きじゃないものは瞬時にわかるけどね(笑)。でも「なんだこれは? 今まで聴いた中で最高な音楽なのか? それとも最低な音楽なのか?」と引っかかる、つまり好奇心を刺激されるものはおもしろいものだよね。何も引っかかるところがない音楽、リアクションが生まれない音楽は少なくとも僕の中では価値がない。例えば、テクノというスタイルの音楽は形式がかなり決まっているし、リリースされる量も多いからどんどん消費されてしまいがちだ。でも、例えば最近聴いたテレンス・ディクソンの新譜(『From The Far Future Pt.3』(Tresor))は、ジャンル的にはテクノだけれど極めてパーソナルで、彼独特の、誰にもまねできない、彼にしか作れないサウンドを作り上げている。「ただのテクノ・レコード」とは絶対に言えない作品だ。

それと、レコード屋で働いて学んだことは、音楽に対して謙虚でなければならないということ。中古のレコードを見ていると、もう存在しないディストリビューター、レーベル、活動していないアーティストがたくさんある。彼らの時代、特定のタイミングがあって、それが過ぎると消滅してしまう。いとも簡単になくなってしまう。その要因はなんだろうとよく考える。特定の音楽に限定してしまうと、その旬が過ぎた時に生き残れない。「ああ、あれはハウスのレーベルだね」とか「テクノのレーベルだね」と型にはめてしまうよりは、「なんだこれは!? どうしちゃったんだ!?」と首を傾げられるほうが、まだ好奇心が持てると思うんだ。永遠に自分のレーベルをやりたいと思っているわけではないし、いつか潮時だなと思ったらやめると思うけど、常にそのことは意識している。

コロナ禍の影響とこれからの音楽シーン

――今年は……非常に特殊な年でした。とにかくフィジカルな音楽活動がほぼ止まってしまいました。私の場合などは、これまでやっていたことがほぼすべて止まってしまいましたが、そんな中でL.I.E.S.は20枚もリリースしていたんですね! 現在の状況に、どう対応していますか?

ロン:本当はレーベルの10周年だから年間を通してレーベルショーケースのツアーなどを計画していたけど、結局年始にアテネで1回できただけだったね……。もともと毎年かなりの数のリリースはしているし、その計画もあったから、現在の拠点であるフランスのアーティストの作品も多めに出して、ここでいろいろイベントもやろうと考えてた。まあ、困難な年だったよ。ファンがサポートしてくれたおかげで、今のところ損害は出ていないけど、このまま現在の活動が続けられればいいなと思ってる。でも、現実には、向こう5~10年は相当厳しいと思う。来年は少しリリース数を減らして様子を見ようと思っている。いかに音楽産業がもろいものかがよくわかったよね。どれくらいのクラブが存続できるのかもわからない。

――今年の経験から気付いたこと、または学んだこと、これから変えていこうと思っていることなどはありますか?

ロン:前から感じていたことだけど、今年より強く感じたのは、最終的に頼れるのは自分だけだということ。自分の力で築き上げたものを信じること、それを曲げないことだね。エレクトロニックミュージックの世界というのは、簡単にのみ込まれてしまいがちだ。四六時中ツアーをすることに気を取られて、いつの間にか活動が機械的になってしまう。自分を見失ったことはないけれど、自分のパーソナリティを失わないようにすることの重要性に改めて気付いたかな。このシーンは極めて競争が激しいので、常に何かやって目立っていないといけないというプレッシャーがあるけど、実は一歩引いて、自分の時間も持ちながら活動を続けることは可能なはずなんだ。「止まったら終わり」と思い込んでいる人が多いけど、本当はそんなことない。自分はこのシーンの一員であるとは思うけど、ずっと抱えていた違和感もあった。いろんな場所を訪れるのは大好きだけど、自分は裏方にいるほうが向いているタイプだと思う。またツアーが再開されたら、しばらくの間は生活のためにやると思うけど、だんだんと自分なりのペースを確立したいと思っているよ。

※後編へ続く

ロン・モレリ
NYブルックリン出身。2010年にマンハッタンの老舗中古レコードショップ、「A1 Records」に勤務するかたわら、自身のレーベル、L.I.E.S. Recordsを立ち上げ、地元シーンの新たな才能を次々と発掘。“ロウ・ハウス”と呼ばれるスタイルでNYの新たなクラブシーンを牽引する。2013年に拠点をパリに移し、常にレフトフィールドなエレクトロニックミュージックを開拓し続けている。DJとしてNTSのレジデントを務める他、プロデューサーとしては、ノイズ/インダストリアルレーベルのHospital Productionsからアルバムを5枚発表し、2020年1月には「アンダーカバー」のパリのランウェイショーの音楽制作を担った。
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