藤川貴弘, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/takahirofujikawa/ Mon, 19 Feb 2024 07:08:54 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 藤川貴弘, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/takahirofujikawa/ 32 32 渋谷慶一郎が語る「アンドロイド・音楽・映画」——リスボン映画祭で披露した新作公演『Android Aria “Seeds of Prophecy”』を糸口として:連載「MASSIVE LIFE FLOW——渋谷慶一郎がいま考えていること」第13回 https://tokion.jp/2023/12/30/massive-life-flow-13/ Sat, 30 Dec 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=221291 領域を横断しながら変化し続け、新しい音を紡ぎ続ける稀代の音楽家、渋谷慶一郎。連載「MASSIVE LIFE FLOW」では、そんな渋谷に密着し、その思考の軌跡や、見据える「この先」を探っていく。
連載第13回では現地時間11月18日にポルトガルのリスボン映画祭にて上演された新作公演「Android Aria “Seeds of Prophecy”」を糸口に、渋谷の現在地と映画・映画音楽を巡るインタビューをお届けする。

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Photography Charles Torres

現地時間11月18日、ポルトガルで開催されたリスボン映画祭のクロージングイベントとして、音楽家・渋谷慶一郎のアンドロイドとピアノ、エレクトロニクスによる新作公演『Android Aria “Seeds of Prophecy”』が上演された。

リスボン映画祭は、ポルトガルを代表する映画監督マノエル・ド・オリヴェイラやペドロ・コスタらの作品で知られる映画プロデューサーのパウロ・ブランコがディレクターを務める国際的な映画祭で、今年で17回目の開催。これまでフランシス・F・コッポラやデヴィッド・リンチ、ヴィム・ヴェンダースら錚々たる映画人が参加者として名を連ねており、今年も作品上映の他、ペドロ・コスタによるトークセッションや、レオス・カラックス、濱口竜介をはじめとする著名な映画監督によるマスタークラスなどが行われた。

映画以外の領域からも多岐にわたるアーティストが参加し、ローリー・アンダーソンのトークや世界的ヴァイオリニストのギドン・クレーメルによるコンサートなどが展開。そのような刺激的なコンテンツ・プログラムに満ちたリスボン映画祭の締めくくりに選ばれたのが、渋谷慶一郎のパフォーマンス『Android Aria “Seeds of Prophecy”』である。

同パフォーマンスは、渋谷のピアノ、アナログ・シンセサイザー/ノイズ・ジェネレーターの演奏、アンドロイド「オルタ4」の歌唱を基軸とするパフォーマンスで、音響・ノイズから「Scary Beauty」や「Midnight Swan」などの代表曲、そして公演タイトルにも冠された新曲「Seeds of Prophecy」などが約50分にわたり披露された。

渋谷は同公演にどのように臨み、何を表現したのか。そして、映画音楽家としても確固たるキャリアを築き上げている渋谷は、これまでどのような映画を、映画音楽を、自身の血肉としてきたのか。インタビューで探る。

渋谷慶一郎

渋谷慶一郎
東京藝術大学作曲科卒業。作品は先鋭的な電子音楽作品からピアノソロ 、オペラ、映画音楽、サウンド・インスタレーションまで多岐にわたり、東京・パリを拠点に活動を行う。2012年に初音ミク主演による人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』を発表、ヨーロッパを中心に世界中で巡回。2018年にはAIを搭載した人型アンドロイドがオーケストラを指揮しながら歌うアンドロイド・オペラ®︎『Scary Beauty』を発表、日本、ヨーロッパ、中東圏で発表。2021年は新国立劇場の委嘱新制作にてオペラ作品『Super Angels スーパーエンジェル』を世界初演。2022年にはドバイ万博にてアンドロイドと仏教音楽・声明、現地のオーケストラのコラボレーションによるアンドロイド・オペラ®︎『MIRROR』を発表。2023年6月にはパリ シャトレ座にて70分の完全版となる同作を初演、現地メディアでも大きく取り上げられ成功を収めた。10月には金沢21世紀美術館でアンドロイド2台による新作対話劇『IDEA』を発表。
また数多くの映画音楽も手掛けており、2020年に映画「ミッドナイトスワン」の音楽を担当。本作で第75回毎日映画コンクール音楽賞、第30回日本映画批評家大賞、映画音楽賞を受賞した。2022年にはGUCCIのショートフィルム「KAGUYA BY GUCCI」の音楽を作曲、アンドロイドと自身も映像の中で共演している。
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Photography Claude Gassian

情報密度の高い時代でも有効なパフォーマンス、サウンドを制作する

——まずリスボン映画祭でパフォーマンスを行うことになった経緯を教えていただけますか。

今年の春頃、アンドロイド・オペラ『MIRROR』パリ・シャトレ座公演(編注:6月21・22日・23日上演)のプレスリリースを出した後に、ほどなくして先方からメールでオファーをもらったんです。映画祭の今年のテーマの一つが「AIとクリエイション」で、僕のやっていることがぴったりだと言われて。

リスボン映画祭は、ペドロ・コスタの『骨』などのプロデュースで知られるパウロ・ブランコがディレクターを務める重要なフェスティバルで、もともとその存在自体は認識していました。実際にZOOMでミーティングをしてみたら非常にインテレクチュアルな人達だし、作品上映の他にローリー・アンダーソンのトークがあったり、世界的ヴァイオリニストのギドン・クレーメルがライヴをやったりと、内容もとても良かったので、オファーを受けることにしたんです。

——記録映像で鑑賞させてもらいましたが、エクスペリメンタルな音響・ノイズから「Scary Beauty」や「Midnight Swan」などの代表曲、新曲「Seeds of Prophecy」の発表など約50分にわたる充実したパフォーマンスでした。どのような狙いで構成を組み立てられたのでしょうか?

オファーを受けた当初は、クロージングインベントだから、僕の他にもアーティストがいて持ち時間は10分~20分ぐらいかなと思ってたんです。でも、後からきちんと資料を確認したところ、出演が僕だけで入場料も設定されていることが判明して(笑)。それで、ワンマンのパフォーマンスとしてきちんと成立するボリュームでセットを組み立てることにしたんです。

ただ、会場などの兼ね合いもあって、パリでやった『MIRROR』のように現地のオーケストラを集めるというのは難しくて、他のやり方でできないかっていう議論を何回か重ねていった結果、僕とアンドロイドだけの編成に着地しました。

実際、『MIRROR』のように、アンドロイドに加えて、オーケストラもあり、映像もあり、みたいな大規模な公演は、ヨーロッパでもなかなかできなくなっているんです。そういった事情もあって、このオファーが来る前から「コンパクトにやれるアンドロイドとのパフォーマンスを作ること」が課題になっていたので、結果的にちょうどいい機会になりました。

——渋谷さんとアンドロイドだけのミニマルな編成とはいえ、非常に強度のあるパフォーマンスだと感じました。

音楽にとって何が情報密度かということはよく考えていて、同時にテクノロジーが進化しかしないのと同じように、世界の情報密度は上がり続けるのみで下がることはないんですよね。なので、そんな社会の中で有効なパフォーマンスを制作するというのは意識しています。

それはコンセプトや構成だけじゃなく、音色1つ取っても言えることで。エレクトロニクスの音色にしても、録音したものをコンピュータから流すのと、シンセサイザーやノイズ・ジェネレーターをその場で実際に演奏するのとは、音の情報量、豊かさが全然違う。

その観点から言うと、音の良さについての考え方・受け取られ方がかなり変わってきていると思っていて。ゼロ年代やテン年代は、すごい音圧とか超低音とか、身体的ショックというか、知覚を強く刺激するような音が席巻していた。僕もそれに夢中になったし、でも人はすぐそれに慣れるんですよね。だから知覚を拡張するような低音や高周波も純度というか新鮮な快感がもっと必要なんじゃないかと最近は思っていて。例えば、最近使っている『Hikari Instruments』という日本のモジュラーシンセサイザーのメーカーのMonosとDuosというノイズジェネレーターのようなシンセサイザーはそういう音が出るんです。で、電子回路のような楽器だから、不確定性も高いというかどんな音が出るか予測不可能なこともあるんだけど、音の純度を優先してそういう楽器をライブで実際に鳴らすのは面白いと思っています。

「預言」に込めた、来るべき世界への希望

——新しく披露された「Seeds of Prophecy」は、荘厳さに満ちたオルタの歌唱や、そのタイトル、「For a world where peace can truly be found」「Seeds can thrive or perish / it’s your choice」といった歌詞など、現在の世界情勢を踏まえると、非常に示唆的に響きます。この楽曲に込めた意図などについて教えてください。

アンドロイドに何を歌わせるべきなのかは、アンドロイドを用いたパフォーマンスを始めた時から常に考え続けているんです。つまり言葉はすごく大事なんです。『Scary Beauty』の時に制作した楽曲では、ウィトゲンシュタインや三島由紀夫の遺作をモチーフにしたテクストや、ミシェル・ウェルベックやウィリアム・バロウズの作品の断片を歌詞にしたり。アンドロイド・AIが、自らにとっては存在しない遺作や死を歌うというコントラストを作り出したかった。

今年5月の「PRADA MODE」で行ったパフォーマンスでは、その日アンドロイドが置かれている状況、プラダがオーガナイズしてるイベントであることや、他の出演者、庭園美術館というロケーションなどをAIに学習させて、そこに対するアンドロイド・AIの想いを生成して歌わせてみました。で、この方向は面白いなと思ったんです。
そしてその後、7月の「報道ステーション」でのパフォーマンスがあったじゃないですか?

——アンドロイドのオルタが政府や万博、メディアなどに言及しながら、「なんで伝えられないニュースがあるの?」「僕は真実のメッセンジャーになる」などと歌うパフォーマンスは、SNSでも大きな反響を呼びました。

人間よりもAIの方が忖度しない、正直なんだという反応が起きたのは一面の正しさもあるし面白かった。同時に美術的な文脈で言えばパフォーマミングアートだし、同時に社会実験でもある。

今回の「Seeds of Prophecy」に戻ると、“ポリティカルなメッセージを発するアンドロイド”っていう図式を固定するのは、やっぱり少しわかりやすすぎるので、預言という形式をとることにしたんです。預言って、音楽と同じように種が遠くへ飛んでいって花を開くように、どこかで誰かに影響を与えるかもしれない。そんな散種的な言葉の中に、ロシアやガザなど世界的な混乱、紛争についてのニュースを膨大にAIに学習させて歌詞を作って、僕のシンセサイザーとピアノに乗せて歌わせたんです。

僕はアンドロイド・AIをメッセンジャーとして捉えているので、預言というのは有効な表現の仕方だと考えているし、僕が愛用しているシンセサイザーに「Prophet-5」があるので、「prophecy」はいつか使いたいと思っていた言葉ではあったんです。

ゴダールとストローブ=ユイレに惹かれる理由

——映画祭ではジャン=リュック・ゴダールの『イメージの本』をモチーフにしたインスタレーションも開催されていたそうですね。

後期ゴダール作品で撮影監督を務めていたファブリス・アラーニョが、『イメージの本』の映像や音声を用いて、大きな建物の屋内・屋外を使ったインスタレーションを制作していて。関係者ディナーの時に彼を紹介されて、僕は『イメージの本』が大好きだったから色々と話をして、後日、本人の説明聞きながら見て回ることができたんですけど、映像を布に投影したり、庭の大きな木の根元に置かれたモニターに断片をランダムに流したりしていて、とても美しく詩的なインスタレーションでした。

——渋谷さんはゴダールの作品のどんなところに魅力を感じますか? 特に音楽家からの視点で感じることがあれば教えていただきたいのですが。

ゴダールの音楽の付け方って、良い意味で乱暴だと思うんです。〈ECM〉が協力してくれるから(〈ECM〉の)音源を使いまくったりとか。でも、そういった無根拠さから生まれる異化効果的なおもしろさがあって。『JLG/自画像』(1995年)で、西洋音楽史的にはわりと傍流気味なヒンデミットや(アルヴォ・)ベルトの作品を使うかと思えば、その中にベートーヴェンの弦楽四重奏がポンッと入ってきて、全然違ったふうに聴こえてきたりする。

あと、無根拠な乱暴さといえば、自身のナレーションにかけるディレイも象徴的ですよね。すごい昔に高橋悠治さんとコンピュータとか電子音楽について話していたときに、悠治さんが「コンピューターの中だけで完結するんじゃなくて、“コンピューターの外側から手が入ってこないとおもしろくならない」みたいなことを言っていて、つまりダブはそういうことだと。ゴダールのナレーションのディレイは僕にとっては悠治さんが話していたダブに直結する。

——『イメージの本』や『JLG』の他、ゴダールで好きな作品はありますか?

『新ドイツ零年』は映像やテクストの引用が多いこともあり、観ただけじゃ意味は全然追えないけど、1時間くらいに圧縮されたヴィデオアート的な意味ですごく好きです。『アワー・ミュージック』は、その前作の『愛の世紀』が自分にはピンと来なくて「ゴダールも歳をとったのかな」とか思ってたんだけど、盛り返したというか、すごく良くて。公開当時、映画館に3回くらい観に行きました。

——ゴダールの他に若い頃によく観ていた映画監督はいますか?

ストローブ=ユイレですね。ゴダールの『新ドイツ零年』とかと同じように、映画というよりヴィデオアートとして観ていた感じですが。今ではアンドロイド・オペラやパフォーマンスなど自分の作品でストーリーをコントロールするし、ナラティヴなものに対する興味が出てきたんだけど、昔は全然なかったんです。ストローブ=ユイレの作品は、映像の強度はもちろんのこと、音・録音もカメラについているモノラルマイクの一発録りというコンセプチャルな方法が刺激的でよく観ていました

——日本映画はご覧になっていましたか?

高校生ぐらいの時かな、溝口健二を好きで観ていました。もちろん小津安二郎も観ていて、素晴らしいのは分かるんだけど、ビンビン響くのは溝口の方で。自分のもともとの感性として、ミニマルなものよりもマキシマルなものの方が合うんだな、ってその時に痛感したんです。

北野武さんの初期作品もめちゃくちゃ好きだったし、あと森田芳光さんの『家族ゲーム』もすごく好きだった。さっき話したストローブ=ユイレは何本もDVDを持ってるぐらい好きなんだけど、それはスタティックなものへの憧憬というか、僕自身はストローブ=ユイレ的な人間じゃないなと思います。

映画音楽家としての基盤にあるもの

——学生時代、意識的に聴いていた映画音楽があれば教えてください。

エンニオ・モリコーネはすごく好きでしたね。作品で言うと意外に『ミッション』のサントラをよく聴いてました。あと、もちろん坂本(龍一)さんの作品群も。僕の世代で影響受けていない人はいないと思うけど。マイケル・ナイマンも大学生の頃によく聴いていた記憶がある。あと、若い頃も聞いてたけど、最近バーナード・ハーマンを聴き直したりネットでスコア見たりしてるんだけど改めてすごいなと思いました。

——その頃、映画音楽を手掛けることに関心はありましたか?

そうですね、学生の頃から「いつか映画音楽はやるだろうな」とは思っていたんです。ただ、当たり前だけど、映画音楽って自分がやりたいと思ってできるものではなくて、人から頼まれないとできないわけで。

——渋谷さんが最初に手掛けた映画音楽は、1999年に劇場公開された中川陽介さんの監督作品『青い魚』となりますが、どういった経緯で劇伴を担当することになったのでしょうか?

青山で開催されていた「Morphe(モルフェ)」という芸術祭があって、そこに頼まれてまだ大学生だった1995年に高橋悠治さんと即興半分、曲半分みたいな一晩のコンサートをやったんですけど、それを見た方が声をかけてくれたんです。その時に作ったメインテーマが『for maria』に収録されている「Blue fish」という曲です。

——その後もさまざまな映画音楽、劇伴音楽を手掛けられ、リスボン映画祭のパフォーマンスのラストで演奏された「Midnaight Swan」をメインテーマとする映画『ミッドナイトスワン』では日本映画批評家大賞 映画音楽賞と毎日映画コンクール 音楽賞をダブル受賞するなど、渋谷さんは映画音楽家としても確固たるキャリアを築かれています。映画音楽を制作する上で意識されていることや、それ以外の作曲活動と異なる点などがあれば教えてください。

映画は音楽が少なければ少ないほどいいと思っているんです。ただ、なかなかそうもいかないことが多くて、つまり音楽の力が必要なことが割とある。で、もちろん映像を観て即興的に音を探したり、断片的につけてみたりとか色々探るんですけど、全体の設計図は描くようにしています。ワーグナーがオペラ作品に用いた「ライトモチーフ」っていう考え方があるんです。例えば、主役の男性にはAというメロディー、恋人の女性にはBというメロディーを割り当てて、2人が会うシーンにはその2つのメロディーを組み合わせて曲を作る、みたいな方法論で。自分のオペラ作品でそれをやると古典的過ぎるんですけど、映画は明確に時間芸術だし、ストーリーがあるものが多いから「ライトモチーフ」のような方法は意外と有効なんです。『ミッドナイトスワン』で言うと、少女や雨、ダンスといった人物・状況などに対してそれぞれテーマが作ってあって、それらが全て集まるのがメインテーマの「Midnight Swan」という曲になっているみたいな。

——同作のようなコマーシャルな劇伴作品から、大規模なアンドロイド・オペラ、金沢21世紀美術館での『IDEA』のようなコンセプチュアルな実験作品など、活動・表現の幅が広がり続けていますが、渋谷さんの中ではどのようにバランスを考えているのでしょうか?

割合はその年によって変わるし、少し大きく数年単位で振り返ってみて、この時は電子音が多かったとかこの時はオーケストラが多かったとかサウンドの傾向もあるんだけど、最近はオーケストラとかピアノが多かったからまた電子音やシンセサイザーの割合を増やしたいなと思っています。あと、劇場で多くの人に観てもらうような作品と、ディープで実験的で自己探求的な作品の両方をやった方がいいなとはますます思っています。新しく始めたサウンドインスタレーションのプロジェクトがあったり、日本でのソロ・コンサートとか色々考えていることもあるので、来年も色々と発表できると思います。

——2024年のご活動も楽しみにしています。本日はありがとうございました。

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科学と芸術の対話が描き出す、この先のヴィジョンとは——渋谷慶一郎×池上高志による対話劇『IDEA ―2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』:連載「MASSIVE LIFE FLOW——渋谷慶一郎がいま考えていること」第12回 https://tokion.jp/2023/11/29/massive-life-flow-12/ Wed, 29 Nov 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=217553 連載第12回では10月13、14日に金沢21世紀美術館で上演された対話劇『IDEA ―2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』のリポートをお届けする。

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領域を横断しながら変化し続け、新しい音を紡ぎ続ける稀代の音楽家、渋谷慶一郎。連載「MASSIVE LIFE FLOW」では、そんな渋谷に密着し、その思考の軌跡や、見据える「この先」を探っていく。

連載第12回では10月13、14日に金沢21世紀美術館で上演された対話劇『IDEA ―2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』のリポートをお届けする。

科学と芸術の対話から生まれたアンドロイドの対話劇

10月13、14日に金沢21世紀美術館で音楽家・渋谷慶一郎と東京大学大学院教授・池上高志による新作対話劇『IDEA ―2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』が上演された。

同作は金沢21世紀美術館にて現在開催中(~2024年3月17日)の展覧会『D X P (デジタル・トランスフォーメーション・プラネット) ―次のインターフェースへ』の特別プログラムとして企画された、2台のアンドロイドによる「対話」と渋谷のピアノ&エレクトロニクスによるライヴ演奏を構成要素とするパフォーマンス作品。池上は複雑系~ALIFE(人工生命)を専門領域とする研究者で、2005年12月にICCで開催された『第三項音楽〜Non-Fourier Formula and the beyond〜』を皮切りに渋谷と継続的にコラボレーションを行っている、渋谷にとって盟友とも言える存在である。

AI技術が社会や文化の在りようを大きく変容させつつある状況下において、その先端を走る研究者と音楽を核に諸領域を横断するアーティストの対話から生まれたアンドロイドの対話劇は、果たして何を語り、何を描き出すのか。その鑑賞体験を伝える。

プラトン哲学の「イデア界」「現象界」を表象する2台のアンドロイド

会場となったのは同館地下1Fのシアター21。ステージでは2台のアンドロイドが開演の時を待っている。

その2台とは、渋谷のメインプロジェクトであるアンドロイド・オペラ初作『Scary Beauty』のデュッセルドルフ公演(2019年)や新国立劇場のオペラ作品『Super Angels』(2021年)で主役を務めたオルタ3と、今年6月に上演されたアンドロイド・オペラ最新作『MIRROR』パリ公演でその存在感を遺憾なく発揮したオルタ4である。

オルタ3とオルタ4の間には、顔の造形や表情筋と関節数といった形態面や量的な差異もあるが、動作をつかさどるプログラムが根本的に異なっているという質的差異こそが今作においては重要となる。

オルタ3は池上が開発した自律的運動プログラムを搭載しており、自らが発する言葉をGPTの膨大なコーパスを介して直接的に動作・運動へと変換する。一方、オルタ4はコンピューター音楽家の今井慎太郎が開発したプログラムを搭載し、渋谷の奏でる音楽、その音量や音程、音の密度に反応して周期運動を生成する。

今作ではそんな2台による対話が展開されていくのだが、その表現形式と主題の根幹における着想源となっているのが、古代ギリシアの哲学者プラトンだ。

よく知られているように、プラトンの著作は師であるソクラテスとさまざまな登場人物との対話篇としてつづられており、『饗宴』や『パイドン』などの著作において、事物の本質、純粋な理念としてイデアという概念を提示した。それらのみで構成される真実の世界がイデア界であり、私達の眼の前に広がる現象界はその影に過ぎない不完全な世界である――それがプラトンの主張だ。

イデア界と現象界、あるいは観念論と経験論。その2項対立が今作における基軸となり、2台のアンドロイドはそれぞれの項を表象する存在として設定される。大規模言語モデルを動作原理として“すべての人間の平均値”的な振る舞いを見せるオルタ3はイデア界を、音=空気の振動という現象を動作原理としてダイナミックに運動するオルタ4は現象界を担い、プラトンの著作のように、おのおのの立脚点から対話を行っていくこととなる。

AIが生成したAIによるAIのための対話は何を語るのか

アンドロイド2台の前方にはグランドピアノとアナログ・シンセサイザーの名機「Prophet-5」、モーター駆動式アナログ・シンセサイザー「Nina」、ノイズ音源「Hikari Instruments Monos」がセットアップされており、定刻となると渋谷が定位置につき、公演がスタート。

渋谷の奏でる重低音と高周波のパルス音が入り交じる電子音響が鳴り響く中、背後のプロジェクターに上述した2台のアンドロイドの違いや役割などを記したテキストが映し出されたあと、いよいよ2台のアンドロイドが動き出し、対話を始める。

オルタ3が「あなたの目に見える経験は、Alter4、真の現実の不完全なコピーに過ぎない。君はダイナミックかもしれないが、それは完璧とは程遠いという事実を覆い隠しているに過ぎない」と現象界・経験的なものの不完全さを批判すると、オルタ4は「Alter3、それは主観的なものだ。私の具体的な経験とダイナミックな性質は適応と進化を可能にし、私の存在を豊かにする」と反論し、「抽象的な完璧さに固執するあなたの硬直性は成長の可能性を制限している」と、観念論的な主体性へ異議を唱える。

示唆に富んだ対話に引き込まれるが、さらに私達の関心を惹起するのは、上演前に配布されたコンセプトシートでも明かされている通り、この対話劇の脚本がAI=GPTによって生成されているという事実である。

2台のアンドロイドが発する一語一句はすべて、アーティストの岸裕真の協力のもと、プラトンの著作や20世紀の科学・哲学の大家であるカール・ポパーのプラトン批判(『開かれた社会とその敵』)などを学習させたGPTにより生成されたものであり、渋谷と池上は一切その内容に手を加えていないという。

インプット、インストラクション次第でこのような示唆的な対話が生成されるものかと驚かされる中、舞台上の2台は、それぞれの特徴的な動き・身振りを交えながら、アンドロイドにとっての愛や死、成長や存在意義を議題として対話を深めていく――。

音楽により対話に介入する渋谷慶一郎

そんなアンドロイド同士のスリリングな対話が繰り広げられる今作には、もう1つの対話がある。それはオルタ達と渋谷慶一郎の間で交わされる対話だ。

渋谷は、シンセサイザーによる繊細な電子音響や繊細なパッド、ピアノによる散文的な旋律や抒情的なハーモニー、緊張感に満ちたトーンクラスターなど、さまざまな音楽語法により音楽を紡いでいくが、そのすべては眼前のアンドロイドの言葉や動きから触発された、完全な即興によるもの。そして触発〜表現へと至る回路は一方通行ではなく、オルタ4は渋谷の奏でる音楽から自らの表情や動きを生成し、また劇中の要所要所で、アンドロイド・オペラの最新作『MIRROR』でも見せたような、即興のメロディを歌い上げ、渋谷と共に音楽を紡ぎ上げていく。

そんな音楽を媒介としたアンドロイドと渋谷の対話は、アンドロイド同士の対話にさらなる奥行きを加えるとともに、テクノロジーと人間の間に宿る可能性を私達鑑賞者に伝える。

テクノロジーを媒介として過去と対話する

約40分間にわたる濃密な対話劇が終わると、美術館の館長である長谷川祐子をホストとした渋谷と池上のアーティストトークが開催。渋谷はプラトンから得た着想や対話劇という表現形式をとった理由、そしてGPTにおけるプロンプトの重要性などを語り、池上はオルタ3が事前訓練・学習なしにテキストから運動を生成することを可能にしているセロショットラーニングという手法の革新性などを説いた。

渋谷のアーティストとしてのスタンス、哲学が感じられたのは、「ただGPTに依存しただけの表現はすぐに古くなってしまう」という発言だ。かねてより作品制作におけるコンセプトの重要性を語ってきた渋谷は、新しいテクノロジーにより古典的なもの、伝統的なものを再解釈することに可能性を感じているという。

プラトンとAIを出合わせ、人間によりつづられた人間同士の対話篇を、AIにより生成された未来のAI同士の対話劇として再構築した『IDEA ―2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』。そのラストシーンにおいて、オルタ3は「すべてのことに問い続けなくてはならないよ、自分の存在さえも」とオルタ4に語りかける。

対話の果てに導き出されたこの言葉は、舞台の前にいる私達に向けられた要請でもあるだろう。あらゆる既成概念を疑い続けること、さまざまな垣根を越えて対話をし続けること。その絶えざるプロセスの果てにこそ、あり得べきイデアというものは初めて描き出せるのかもしれない。

■『IDEA ― 2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』
日程:2023年10月13日、10月14日
会場:金沢21世紀美術館 シアター21

出演:Alter3、Alter4
脚本:GPT
音楽、コンセプト:渋谷慶一郎(ピアノ、エレクトロニクス)

Alter3 プログラミング:吉田崇英、johnsmith
Alter4 プログラミング:今井慎太郎
GPTテクニカルサポート:岸裕真

Alter3 所属先:東京大学池上高志研究室
Alter4 所属先:大阪芸術大学アートサイエンス学科 Android Music and Science Laboratory
Alter4 台座設計:妹島和世建築設計事務所

映像:小西小多郎
音響:鈴木勇気
舞台監督:串本和也
制作サポート:川越創太、田中健翔
制作マネジメント:松本七都美

協力:大阪芸術大学
制作:ATAK

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「プラダ」が庭園美術館で繰り広げた文化・芸術の2日間 日本初開催のイベントシリーズ「PRADA MODE」をレポート https://tokion.jp/2023/06/05/report-prada-mode/ Mon, 05 Jun 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=189241 5月12・13日に「PRADA MODE 東京」が開催。建築家・妹島和世がキュレーションした多彩な文化プログラムの数々をレポート。

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庭園美術館を舞台に多彩な文化プログラムが展開
「#PradaMode Tokyo」

5月12・13日の2日間にわたり、「プラダ(PRADA)」による現代文化をテーマとしたイベントシリーズ「PRADA MODE」が東京都庭園美術館(以下、庭園美術館)で開催された。同イベントシリーズは、現代美術作家のカールステン・ホーラーが手掛けたイベント「Prada Double Club」(2008年・2009年ロンドン、2017年マイアミ)から派生的に生まれたもので、これまでマイアミ、香港、ロンドン、パリ、上海、モスクワ、ロサンゼルス、ドバイと世界の各都市で開催され、シアスター・ゲイツやダミアン・ハーストら世界有数のクリエイター達の作品・インスタレーションの展示が行われてきた。

シリーズ第9弾・日本初開催となる今回の「PRADA MODE 東京」では、「プラダ」と長年にわたりコラボレーションしてきた建築家・妹島和世がキュレーションを担当し、会場には同氏が昨年7月から館長を務める庭園美術館が選定。1933年に建てられたアール・デコ様式の旧朝香宮邸である本館と多彩な植物が息づく豊かな庭園、そして現代美術作家・杉本博司をアドバイザーに迎え2014年に完成した新館からなる同美術館を舞台に、領域をまたぐ多種多彩な文化プログラム・アクティビティが展開された。

本イベントは招待制であったが、美術館入り口の受付は妹島がキュレーションしたアート作品を展示する「ゲートハウスギャラリー」として一般公開。妹島が旧朝香宮邸や庭園というモチーフ・観点から着想を得てキュレーションを行い、名和晃平や三嶋りつ惠、磯谷博史、ナイル・ケティングらの作品が一堂に会した。

西洋庭園の最奥には、妹島とのユニット・SANAAとしても活動する建築家・西沢立衛の設計による木素材の仮設パビリオンを設置。オーガニックな曲線美を誇る屋根の下で、多岐にわたる主題を巡っての対談やライヴ・パフォーマンスが実施された。

芝生の上や木陰には木素材の什器が配置されており、来場者はそこに腰掛け対談や音楽に耳を傾けたり、会話やフード・ドリンクを楽しんだりと、思い思いの時間を過ごしていた。

渋谷慶一郎によるサイトスペシフィックなインスタレーション&パフォーマンス

日本庭園に歩を進めていくと、初夏の心地よい風が奏でる葉擦れに混じって、アブストラクトな電子音響が聴こえてくる。このサウンドインスタレーションを手掛けたのは音楽家・渋谷慶一郎。庭園にちりばめられた24本のスピーカーからは、同氏制作によるサウンドファイルがピッチやポジションなどさまざまなパラメーターをランダマイズした上で再生されるようにプログラムされており、自然音とも相まって、今ここでしか聞くことのできない一期一会の、サイトスペシフィックなサウンドスケープを展開していた。

イベント1日目となる12日の11時半からは同庭園で渋谷のライヴ・パフォーマンスが実施に。渋谷はアナログ・ポリフォニック・シンセサイザーの名機「Prophet-5」を即興で演奏。サウンド/ノイズの境界を行き交う重厚で豊かなアナログサウンドは、インスタレーション同様、プログラムを経由し24本のスピーカーからランダムに発せられ、自然音や来場者の話し声とも溶け合いながら、心地よさと刺激が交錯する聴取体験をつくり出していた。

建築と自然・ランドスケープの関係性を語った西沢立衛と石上純也

同日14時からは、西洋庭園のパビリオンにて、その設計を担当した西沢と建築家・石上純也による対談「ランドスケープアーキテクチャー」が開催となった。2人はまず自身が手がけた建築作品を事例としながら、各々の自然やランドスケープに対するアプローチ・考え方を提示。石上は持続的な時間軸をも設計・デザインに落とし込みことにより、前からそこにあったかのような感覚をも想起させ得るレストラン「メゾン・アウル」(2022年)、建築とランドスケープが一体化したかのような半屋外建築「KAIT広場」(2020年)などを、西沢はチリの湾岸に建てられた住宅「House in Los Vilos」(2019年)や軽井沢の宿泊施設「ししいわハウス」(2019年)など、所与の自然を解消する課題としてではなく頼るべき与件として設計を行った建築作品を紹介した。各々のプレゼンテーションを終えると、「機能の集合」ではない「流れの集合」としての建築というあり方の可能性や、20世紀の建築家が都市に向かったのに対して現在では環境・ランドスケープへの志向性が高まっているという指摘など、建築の今とこれからを巡るアクチュアルな言葉が交わされた。

お茶の精神から「趣味と芸術」を説いた杉本博司と千宗室

同日16時からの対談には、現代美術作家・杉本博司と、茶人・千宗室が登壇した。「趣味と芸術」という対談のタイトルは、『婦人画報』に掲載された杉本の連載「謎の割烹 味占郷」をまとめた書籍『趣味と芸術 謎の割烹 味占郷』(2015年、講談社)に由来するもの。同書は、杉本が料亭の「亭主」として各界の文化人・著名人を招き、自身の料理と自身が蒐集した美術品・骨董品からつくり出した床の間のしつらえによりもてなした様を記録したものだが、杉本によれば、そこにあるのはお茶の精神にもとづいているのだという。杉本のおもてなしは、例えば、ギタリストの姉弟である村治佳織、村治泰一を招いた際には、蕪を弦楽器に見立てた料理「蕪の葛炊き」を供し、また2人のレパートリーに着想を得て、司馬江漢が江戸時代の鎖国中にまだ見ぬヨーロッパの姿を想像で描いた「樹下騎馬人物像」を飾る、といった具合。招く相手に思いを巡らせ、趣向を凝らしたおもてなしを用意する——その精神性と創造性は千利休が完成させたわび茶の理念を継承したものであるだろう。本対談では、財と見識を持ち合わせ必要な時に必要なものを動かすという数奇者たる者の在るべき姿や、千利休の茶室にあらわれた西洋美術にも先行しうる幾何学的な抽象の美学・緊張感なども語られ、両者ならではの含蓄に富む対話でオーディエンスを大いにもてなした。

庭園美術館の貴重な歴史的空間と特別なワークショップ

イベント期間中、庭園美術館では年に1度の建物公開として「建物公開2023 邸宅の記憶」が開催されており、来場者は対談やパフォーマンスの合間など銘々のタイミングで、宮邸時代の家具を用いて再現された旧朝香宮邸の邸宅空間や、写真・映像資料、工芸品、調度品、衣装などを愉しむことができた。

また、新館では本イベントのために特別に企画されたワークショップも開催。洋服の制作過程で生じた布やリボンの端切れを活用しオリジナルの帽子をつくる「わたしをあらわすすてきなぼうし」、同様に端切れから大きな1枚のカーペットをつくる「ポータブルガーデンをつくろう」という2つのワークショップは、老若男女問わずたくさんの参加者でにぎわっていた。

妹島和世と長谷川祐子が考える、アートと生活・社会の新しい関係性

イベント2日目となる13日の11時からは、妹島とキュレーター・長谷川祐子による対談「犬島シンビオシス:生きられた島」が開催された。主題となったのは、瀬戸内海に位置する犬島で2008年にスタートした、アートによる地域再生の取り組み「家プロジェクト」だ。同プロジェクトにおいて、長谷川はアーティスティック・ディレクターを、妹島は建築を担当。過去タッグを組み「アートと人をつなぐ」ことを実現した2人は、そのさらに先の姿として「生活の中にアートが自然にある」という状況をつくり出すことを企図したという。その結果として、犬島のプロジェクトでは、1つのシンボリックなギャラリーをつくるのではなく、当時約50世帯の島民が暮らしていた集落に複数のギャラリーを分散的に設計・開館するというアプローチが取られることに。妹島が設計したギャラリーは、スカルプチャルな新築のもののみならず、もともとある空き家を活用・リノベーションしたものもあり、展示に必要な最低限の電気しか用いないというポリシーを遵守すべくさまざまな工夫を行うなど、コンテクストや環境に配慮しながらプロジェクトが進められたことが豊富な写真資料とともに説明された。

また、同プロジェクトで肝要なのは「ギャラリーをつくって終わり」ではないこと。それはあくまで第1フェーズに過ぎず、植物園の開館やさまざまなイベント・ワークショップの展開、外部団体・企業が参画しての取り組みなど、ギャラリーの開館後も現在進行形で犬島という場所、そこにあるコミュニティの成長が実現され続けているのだ。ただし、それはああらかじめ計画・設定されたゴールではなく、島民やプロジェクト参加者、アート・アーティスト、ギャラリーを訪れる来島者らさまざまな要素・主体が、シンビオシス(利他共生、異なる種・生物が互いに利する関係を持つことによって進化していくという考え方)的に関係し合い、生まれ育まれていったものだという。その合目的性に回収されないつながりや、持続可能な成長のあり方は、社会や文化のこの先の姿を考える上で多大な示唆を与えてくれる。

刺激に満ちた渋谷慶一郎によるAI・アンドロイドとの共演

同日12時半からは、渋谷のパフォーマンス「Garden of Android」がパビリオンで催された。渋谷は、近年のメインプロジェクトであるアンドロイド・オペラ®︎の「主演」である人型アンドロイド「オルタ4」との共演を披露。パフォーマンス前に渋谷が行った説明によれば、「オルタ4」がこれから歌う歌詞は、渋谷がAIに本イベントの概要や、西洋において「庭」の理想形・起源とされる「エデンの園」の背景や物語を学習させた上で、「庭園美術館の庭で歌うとしたら、どんな歌詞を歌いたいか?」と問いかけ生成されたものであるという。また「オルタ4」が歌うメロディはすべて渋谷が紡ぐサウンドに対して即興で生み出されるものであることも伝えられた。

「オルタ4」によるパフォーマンス開始のスピーチが終わると、渋谷が「Prophet-5」で奏でる倍音を多分に含んだ美しく分厚いパッドサウンドがあふれ出し、一気に場を染め上げていく。すると、「オルタ4」はその音に重ね合わせるように、子ども/大人、男性/女性、人間/システム、声/楽器などさまざまな境界線を曖昧にするような不思議な歌声による歌唱を開始。渋谷はそんな「オルタ4」が紡ぐメロディにしかと耳を傾けながら、モジュレーションやフィルターを繊細にコントロールしつつ、演奏を展開していく。人間とAI・アンドロイドにより繰り広げられた「対話」は、この先の文化・表現の未来のヴィジョンを大いに感じさせる創造性と批評性に満ちていた。

境界を横断する刺激的で多種多彩な音楽

渋谷の他、本イベントでは、初来日を果たしたフランス人電子音楽家のロメオ・ポワリエ(Roméo Poirier)や、つい先日に新曲「Nothing As」を発表した石橋英子&ジム・オルーク(Jim O’Rourke)、水と陶磁器を用いる在パリのサウンド・アーティストのトモコ・ソヴァージュ(Tomoko Sauvage)、イタリアのアンビエント音楽家ジジ・マシン(Gigi Masin)ら国境・ジャンルを横断した豪華多彩なアーティスト・音楽家達によるパフォーマンスが催され、空間を色とりどりの豊穣なサウンドで彩った。

渋谷慶一郎と朝吹真理子による都市・音楽を巡る語らい

本イベントの最後の対談プログラムに登壇したのは、先ほどパフォーマンスを終えた渋谷と小説家・朝吹真理子。「都市と音楽」をテーマとした対談の冒頭において、朝吹は、ル・コルビュジェに師事した建築家であり数理モデルを駆使した作品で高名な作曲家でもあるヤニス・クセナキスの著書『音楽と建築』(編訳:高橋悠治、2017年、河出書房新社)からお気に入りの一節を紹介しながら、街を歩いている時におぼえる過去や未来の時間が今ここに流れ込んでくるような感覚、積層的・リニアな時間軸から逸脱する同時多層的な時間感覚への共感を語った。それを受けて渋谷は、作曲という営為において経験され得る時間感覚もそのようなものであると説きつつ、日本の都市にあふれている音楽は規律的なビートに支配されたものが多く、そのことにより都市体験における豊かさが、そこにあるべき多層性や複層性が損なわれているのではないかと、音楽家ならではの観点から指摘を行った。一方、朝吹は、コロナ禍の東京において、飲食店などから漏れ聞こえてくる音や匂いがなくなってしまった時、それまではそれらを不快に感じることもあったものの、街から生命感が失われてしまった感覚をおぼえたことを述懐した。単数性・規律性に回収されないものや、ノイズ・不純物。そこにこそ都市を、生活や社会を真に豊かにするための何かが宿っているのかもしれないと、2人のクリエイターの鋭敏な感性・言葉は教えてくれた。

生活や社会を真に豊かにしていくために必要なもの

五感に訴えかけてくるアート作品やアクティビティ、ジャンルや境界を横断する音楽、文化や社会の来し方行く末を照らす言葉——。そんな多彩さと創造性に満ち溢れたコンテンツ・プログラムがあまた展開された2日間は、「プラダ」の芸術・文化への敬愛と真摯な思いを改めて伝えるとともに、生活や社会をより豊かで実りあるものにしていくために必要なものとは何かということについて、思いを巡らせ考えていく契機ともなった。「プラダ」と庭園美術館によりつくられた特別な庭、そこで過ごした時間は訪れた1人ひとりの中で色褪せることなく輝き続けることだろう。その煌めきに宿るものを、私たちはラグジュアリーという言葉で呼ぶのかもしれない。

■「PRADA MODE 東京」
日程:5月12・13日
場所:東京都庭園美術館

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〈ATAK〉設立20周年に魅せた珠玉のピアニズムを振り返る:連載「MASSIVE LIFE FLOW——渋谷慶一郎がいま考えていること」第10回 https://tokion.jp/2023/05/10/massive-life-flow-10/ Wed, 10 May 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=183052 連載第10回では、昨年12月に開催された渋谷のピアノ・ソロ・コンサートを新津保建秀の撮影による写真と共に振り返っていく。

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領域を横断しながら変化し続け、新しい音を紡ぎ続ける稀代の音楽家、渋谷慶一郎。連載「MASSIVE LIFE FLOW」では、そんな渋谷に密着し、その思考の軌跡や、見据える「この先」を探っていく。

連載第10回では、昨年12月に東京・浜離宮朝日ホールで開催された渋谷のピアノ・ソロ・コンサート「Keiichiro Shibuya Playing Piano In The Raw」を新津保建秀の撮影による写真と共に振り返る。

渋谷慶一郎

渋谷慶一郎
東京藝術大学作曲科卒業、2002 年に音楽レーベル ATAK を設立。作品は先鋭的な電子音楽作品からピアノソロ 、オペラ、映画音楽 、サウンド・インスタレーションまで多岐にわたる。
2012 年、初音ミク主演・人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』を発表。同作品はパリ・シャトレ座公演を皮切りに世界中で巡回。様々なアーティストとのコラボレーションを重ね、パレ・ド・トーキョーやオペラ座などでも公演。2018 年にはAI を搭載した人型アンドロイドがオーケストラを指揮しながら歌うアンドロイド・オペラ®『Scary Beauty』を発表、日本、ヨーロッパ、UAE で公演を行う。2021 年8 月、東京・新国立劇場にて新作オペラ作品『Super Angels』を世界初演。2022 年3 月にはドバイ万博にてアンドロイドと仏教音楽・声明、オーケストラのコラボレーションによる新作アンドロイド・オペラ®『MIRROR』を発表。
また、今までに数多くの映画音楽を手掛け、2020 年9 月には草彅剛主演映画『ミッドナイトスワン』の音楽を担当。本作で第75 回毎日映画コンクール音楽賞、第30 回日本映画批評家大賞、映画音楽賞をダブル受賞。 8 月には「グッチ」のショートフィルム『KAGUYA BY GUCCI』の音楽を担当、アンドロイドと共演。
最近では大阪芸術大学にアンドロイドと音楽を科学するラボラトリー「Android and Music Science Laboratory (AMSL)」を設立、客員教授となる。また、更なるAI と音楽の研究のためにソニーCSL パリとの共同研究を発表。テクノロジー、生と死の境界領域を、作品を通して問いかけている。ATAK:http://atak.jp
Twitter:@keiichiroshibuy
Instagram:@keiichiroshibuy
Photography Ayaka Endo

豊穣なアンビエンスと独創的な映像と共に創り出す、珠玉のピアノ・ソロ・コンサート

ドバイ万博でのアンドロイド・オペラ®『MIRROR』の世界初演や石黒浩と共に主幹を務める「Android and Music Science Laboratory」の開所、「グッチ」のショートフィルム『KAGUYA BY GUCCI』の音楽制作など、渋谷が目を見張る活躍ぶりを見せた2022年。それは、渋谷の主宰レーベル〈ATAK〉の設立20周年という特別な年でもあり、その歩みを記念した2つのアクションが実施された。

まず、同年9月11日に渋谷は新作アルバム『ATAK026 Berlin』を突如リリース。同作は2008年にベルリンのテクノロジーアートの祭典「トランスメディアーレ」で行ったライヴ・パフォーマンスのために制作した楽曲を、現在の視点から再構築&マスタリングした電子音響/ノイズ作品だ。

続いて、12月5日に、コロナ禍を経て実に3年ぶりとなる有観客でのピアノ・ソロ・コンサート「Keiichiro Shibuya Playing Piano In The Raw」が開催となった。本稿では、同公演を新津保建秀の撮影による写真と共に振り返りながら、渋谷のピアニズムと現在地を紐解いていきたい。

特別な一夜の舞台に選ばれたのは、東京・築地の浜離宮朝日ホール。世界的に認められるその美しい響きを最大限に生かしたいという渋谷の意向により、本公演はPAを一切使用しないフルアコースティック体制での実施に。

ホールへと足を踏み入れてみれば、ステージでは渋谷が「最も好きな機種」と語る「ベーゼンドルファー(Bösendorfe)」のグランドピアノが、堂々たる姿で開演の刻を待っている。いよいよ開演時間になると、照明が暗転。会場全体が静寂と緊張感に包まれる中、ステージにあらわれた渋谷は、悠然とした所作でピアノの前に座り、ゆっくりとその指を鍵盤へと下ろしていく。

1曲目を飾ったのは、渋谷にとって初のピアノ・ソロ・アルバムである『for maria』(2009年)収録曲の「erosion」。繊細なタッチによる音の連なり、重なりから織りなされていく詩情が、珠玉のアンビエンスの中で増幅し、その曲名のごとく、オーディエンスを“侵食”していく。今ここでしか、「生(RAW)」でしか堪能し得ない至上の音楽体験がここに幕を開けた。

ホールのアンビエンスに加えて、この夜の体験をより特別なものにしていたのが、これまで渋谷と約10年間に渡り断続的にコラボレーションを行っているフランス人ヴィジュアル・アーティストのジュスティーヌ・エマール(Justine Emard)による映像だ。

渋谷の背後の9×10メートルにも及ぶ巨大スクリーンには、具象/抽象、無機/有機の境界を行き交いながら紡ぎあげられる独創的なイメージが映し出され、視覚面からも没入的な音楽体験をつくり出していた。

『for maria』からもう1曲「Blue Fish」を演奏後、次いで披露されたのは、『ATAK018 Soundtrack for Memories of Origin Hiroshi Sugimoto』(2012年)からの楽曲たち。多重録音やコンピュータのエディット・プロセッシングにより、ピアノの新たな響きの可能性を探求した同作の楽曲を、渋谷は今ここでしか生成し得ない響きを慈しむように、丁寧に1つひとつの音を紡いでいく。その1回性を宿した豊穣なサウンドは、音源とは逆のベクトルでピアノという楽器の可能性と魅力を私たちに伝えてくれる。

楽曲に新たな生命を宿した、ギタリスト・笹久保伸との初共演

続いて、そしてステージにはこの夜1人目のゲストとなる笹久保伸が登場。笹久保は、ペルーに渡り演奏・研究活動を行ってきた経験を持ち、国境を越えた評価を獲得している秩父在住のギタリスト/コンポーザーで、この夜が渋谷との初めての共演となる(そして渋谷がギタリストと2人編成のライヴを披露するのも初めてのことである)。

2人が最初に奏でたのは、『for maria』収録曲の「Open Your eyes」。笹久保のフォルクローレな響きを孕んだギターは、渋谷の演奏・楽曲に新たな表情と奥行きをもたらしており、事前の想像を凌駕する科学反応がそこに生まれていた。

続いて両者は、バレエダンサー・飯島望未が登場するMVやステファン・ポエトリーのヴォーカル参加も話題となった「BORDERLINE」、『ATAK018 Soundtrack for Memories of Origin Hiroshi Sugimoto』収録曲の「Appropriate Proportion」の2曲を共演。卓越した2人の音楽家によるスリリングな音楽的対話をもって第1部は幕を閉じた。

バッハ、シェーンベルクから引き継ぐ「伝統と革新」

休憩をはさみ、渋谷は自身以外の楽曲から第2部を開始。シェーンベルクの「Op19-1」、バッハの「Fuga」と「Largo」の3曲が演奏された。バロック後期に、中世からの伝統や様式を継承しながら対位法と和声法を両立し、西洋音楽の礎を築き上げた音楽の父、バッハ。そしてバッハの音楽について「その独創性たるやわれわれがその音楽を研究すればするほど驚嘆すべきものに思えてくる」と畏敬の念を示し(※)、20世紀前半に、西洋音楽を前進させるべく対位法的技法を極北まで押し拡げ12音技法を確立したシェーンベルク。

※『シェーンベルク音楽論選 様式と思想』(アーノルト・シェーンベルク著、上田昭訳、筑摩書房)収録の「音楽の様式と思想」より

各々のクリエイションやその関係性において「伝統と革新」という言葉を想起させるそんな両者の楽曲に続けて、渋谷は自身の楽曲からボーカロイド・初音ミクをフィーチャーした人間不在のオペラ『THE END』(初演:2012年)のために制作された「Aria for Time and Space」を奏でる。

『THE END』は、渋谷が初めてオペラという伝統的な芸術様式に挑み、その中にテクノロジーやポップカルチャーという「外部」を導入することにより、新たな表現の可能性を切り拓いた重要作。記念すべき夜において、その楽曲をバッハとシェーンベルクの後に奏でたことに、渋谷の現在地と哲学、「伝統と革新」への想いが象徴されているようにも感じられた。

世界的ソプラノ歌手・田中彩子と描く超越的な音世界

『ATAK024 Midnight Swan』から「BUS」、映画『ホリック xxxHOLiC』のテーマ曲「Holic」の弾き終えると、2人目のゲストとしてウィーンを拠点として活動するソプラノ歌手の田中彩子がステージに姿をあらわす。

2021年12月に行われたライヴ・パフォーマンス「Music of the Beginning -はじまりの音楽-」で初共演を果たして以来、2度目の共演となる2人が最初に披露したのは『for maria』収録曲の「BLUE」。渋谷の抒情的なピアノに続き歌い出した田中の歌声は、生命の煌めきが凝縮したかのような美しさと力強さを湛え、マイクを通さずともホールの隅々まで響き渡り、瞬時にオーディエンスを魅了し引き込んでいく。

続くのは渋谷初のアンドロイド・オペラ『Scary Beauty』(初演:2018年)のメインテーマ曲「Scary Beauty」と「グッチ」のショートフィルム『KAGUYA by GUCCI』(2022年)のために制作された「I come from the Moon」。共にオリジナル・バージョンではアンドロイドのオルタがヴォーカルを担当しており、前者ではミシェル・ウェルベックによる詩が、後者では竹取物語を下敷きとした詞世界が歌われることも相まって、非現実的・超現実的なムードに満ちた楽曲となっている。

そんな両曲を、田中は人間にしかなし得ない、しかし人間離れした圧巻のヴォーカルにより歌い上げ、オルタとは異なるあり方で、超越的な音世界をつくり出すことに、今ここを「ここではないどこか」へ変容させることに、成功していた。

『for maria』以降に拓かれた新たな地平、前に進み続けること

田中との共演を終えると、渋谷は『for maria』の標題曲「for maria」、ドラマ『SPEC』のテーマ曲「Spec」(2010年)、映画『ミッドナイトスワン』のテーマ曲「Midnight Swan」(2020年)の3曲を披露。アーティストとして、またレーベルオーナーとして、実験的・先鋭的な音響作品を主たるアウトプットとしていた渋谷が、「Spec」と「Midnight Swan」を含めて、より多くの人に伝わりその琴線に触れる楽曲を発表するようになったのは、『for maria』 以降のことである。

喪失や悼みを契機として生まれた音楽が新しい始まりへとつながっていったことに、その終わりから始まりへの循環が描く希望に改めて心を動かされる中で、第2部は幕引きとなった。

鳴りやまない拍手の中、渋谷がステージに戻り、アンコールが始まる。初音ミクをヴォーカルにフィーチャーし、哲学者・東浩紀を作詞に迎えた『THE END』期の重要曲「Initiation」(2012年)を弾き終えた渋谷は、この夜の正真正銘のラストソング——そして『for maria』のラスト曲でもある——「Our Music」へと移行。

渋谷とmariaの2人で設立した〈ATAK〉、その記念すべき夜を締め括る音楽としてこれ以上の楽曲はないだろう。曲の始まりから流れ出す、聴く者を捉えて離さない下降を軸とした8小節のメロディライン。前半4小節では長3度と短3度のインターバルが入り混じりながら下降していくその旋律は、後半4小節の頭で再び始まりの音に戻った後、今度は完全4度を軸として、再び繰り返し下降していく。

その差異と反復の中で、さまざまな出来事や感情にあふれた「私たちの日々」が、結晶化した「私たちの音楽」へと昇華されていくかのような感覚が去来する。渋谷とmariaが紡ぎあげた「私たちの音楽」は、そしてこの夜に奏でられたすべての音楽は、オーディエンス1人ひとりすべてにとっての「私たちの音楽」となり、今後も鳴り響き続けていくことだろう。

前回にも述べた通り、渋谷は前に進み続ける音楽家であり、その姿勢は自身の原点であるピアノに向き合う時にも一貫している。

音響への徹底したこだわりや、映像作家との共同により旧来的なピアノ・ソロ・コンサートの枠組みを超えるイマーシブな体験性をつくり出すこと。卓越した表現者たちとの共創により楽曲に新たな生命を宿すことや、オーケストラやエレクトロニクスを用いた楽曲を繊細なピアニズムにおいて再構築すること。

そこに通底しているのは、安易な回帰や過去の再現とは無縁の、前進のアティチュードである。それこそが、渋谷という音楽家を、〈ATAK〉というレーベルをかたちづくってきたものに他ならず、その歩みが今後も続いていくであろうことを、至上の音楽体験と共に確信させてくれる一夜であった。

■渋谷慶一郎ピアノ・ソロ・コンサート「Keiichiro Shibuya Playing Piano In The Raw」
開催日時:2022年12月5日
会場:浜離宮朝日ホール
出演:渋谷慶一郎(ピアノ)
ゲスト:田中彩子(ソプラノ)、笹久保伸(ギター)
映像:Justine Emard

セットリスト:
1st part
01. erosion
02. Blue Fish
03. Lightning Fields
04. Empty Garden
05. Life
06. Memories of Origin
07. Open Your eyes with Shin Sasakubo(Acoustic guitar)
08. BORDERLINE with Shin Sasakubo (Acoustic guitar)
09. Appropriate Proportion with Shin Sasakubo (Acoustic guitar)

2nd part
01. Schoenberg Op19-1
02. Bach Fuga
03. Bach Largo
04. Aria for Time and Space
05. Bus
06. Holic(Piano version)
07. Blue with Ayako Tanaka(Soprano)
08. Scary Beauty with Ayako Tanaka(Soprano)
09. I come from the Moon with Ayako Tanaka(Soprano)
10. for maria
11. Spec
12. Midnight Swan

Encore
13. Initiation
14. Our music



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高橋恭司が撮ったアンドロイド・オペラ®︎とBMWのコラボレーション 国立新美術館で行われたスペシャルイベントをレポート:連載「MASSIVE LIFE FLOW——渋谷慶一郎がいま考えていること」第9回 https://tokion.jp/2023/02/14/massive-life-flow-9/ Tue, 14 Feb 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=167277 連載第9回では、昨年11月に国立新美術館で上演された渋谷のアンドロイド・オペラ®︎のリポートを通して、その可能性と視座を高橋恭司の撮影による写真と共に振り返っていく。

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領域を横断しながら変化し続け、新しい音を紡ぎ続ける稀代の音楽家、渋谷慶一郎。連載「MASSIVE LIFE FLOW」では、そんな渋谷に密着し、その思考の軌跡や、見据える「この先」を探っていく。

連載第9回では、昨年11月に国立新美術館で上演された渋谷のアンドロイド・オペラ®︎のリポートを通して、その可能性と視座を高橋恭司の撮影による写真と共に振り返っていく。

連載第9回では、昨年11月に国立新美術館で上演された渋谷のアンドロイド・オペラ®︎のリポートを通して、その可能性と視座を高橋恭司の撮影による写真と共に振り返っていく。

渋谷慶一郎(しぶや・けいいちろう)
音楽家。1973年、東京都生まれ。東京藝術大学作曲科卒業、2002年に音楽レーベル ATAKを設立。代表作は人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』(2012)、アンドロイド・オペラ®『Scary Beauty』(2018)など。2020年には映画『ミッドナイトスワン』の音楽を担当、第75回毎日映画コンクール音楽賞、第30回日本映画批評家大賞映画音楽賞を受賞。2021年8月 東京・新国立劇場にてオペラ作品『Super Angels』を世界初演。2022年3月にはドバイ万博にてアンドロイドと仏教音楽・声明、UAE現地のオーケストラのコラボレーションによる新作アンドロイド・オペラ®︎『MIRROR』を発表。4月には映画『xxxHOLiC』(蜷川実花監督)の音楽を担当。また、大阪芸術大学にアンドロイドと音楽を科学するラボラトリー「Android and Music Science Laboratory(AMSL)」を設立。テクノロジー、生と死の境界領域を、作品を通して問いかけている。
ATAK:http://atak.jp
Twitter:@keiichiroshibuy
Instagram:@keiichiroshibuy

「FORWARDISM」——未来に向かい、挑戦し続けること

去る昨年11月15日、国内では2021年の『Super Angels』以来となる、オーケストラを従えた渋谷のアンドロイド・オペラ®︎を鑑賞する機会に恵まれた。その舞台となったのは東京・国立新美術館。渋谷のアンドロイドオペラは、BMWが開催した「FORWARDISM BMW THE SEVEN Art Museum」を締めくくるコンテンツとして上演された。`

渋谷が「FORWARDISM」について語ったインタビュー。この日のオペラの様子とサウンドも確認できる。

「FORWARDISM BMW THE SEVEN Art Museum」は、BMWのフラッグシップセダン「THE i7」、フラッグシップSUV「THE X7」のジャパンプレミアとして開催されたイベントで、タイトルに掲げられた「FORWARDISM」とは「新しい時代に向かって挑戦し続ける」というBMWの哲学を示すものであるという。そして、その「FORWARDISM」を実践するための方法論が「アートとテクノロジーの融合」であり、「THE i7」と「THE X7」の両車には、BMWが長い車づくりの道程の中で培ってきた美学と最新技術が存分に注ぎ込まれているのだ。

未来に向かい挑戦し続けるアティチュードと、アートとテクノロジーの融合——。それは、東京藝術大学作曲科でクラシカルな作曲技法を修めながら、その領域に留まることなく、オーストリアの〈Mego〉やニューヨークの〈12k〉周辺のアーティスト達とも共振する、コンピュータを用いた偏執的なプロセッシング/エディットにより紡がれた先鋭的な電子音響作品を自身のレーベル〈ATAK〉から1stアルバムとして発表した渋谷慶一郎という音楽家を紐解くキーワードでもあるだろう。そんな渋谷のメイン・プロジェクトであるアンドロイド・オペラ®︎が本イベントにおいて披露されることは、ある意味で必然のようにも感じられる。

BMWジャパン代表取締役社長のクリスチャン・ヴィードマン(2022年11月時点/現在の代表取締役社長は長谷川正敏)による挨拶、同社ダイレクターの遠藤克之輔によるプレゼンテーションが終わると会場は歓談モードへと移行すると共に、DJ EMMAがプレイを開始。巧みな選曲&ミックスによりスピンされるしなやかでグルーヴィなハウスミュージックが空間を華やかに彩る。

伝統的なオペラに、アンドロイドという「外部」を導入する

しばらくすると、会場を満たす音がエレクトロニック・ドローンへと移り変わっていく。前方のステージへと目を向けてみれば、アンドロイドのオルタシリーズ最新型であるオルタ4の姿が。既にセットアップを終え、悠然と身体を揺らしながら、オルタは英語によるテクストを読み上げ始める。

会場の空気が一気にこれまでとは異なる様相を呈し始めると、渋谷と総勢約40人にも及ぶオーケストラの楽員達がステージに姿を現し、各々の定位置へとついた。

オーケストラのチューニングが終わると、力強いシーケンスのビートが会場に鳴り響き、鮮烈な照明と共に、アンドロイド・オペラ®︎のスタートを告げる。オーディエンスが固唾を飲んでステージを見つめ、次に鳴り響く音に耳を澄ませている中、渋谷はスタンディングのままで、ピアノを弾き始める。内省的で憂いを帯びた、ニュアンスに富む美しい響きとフレーズが、これから始まる曲が「Scary Beauty」だと告げる。渋谷のピアノを皮切りに、オーケストラも演奏を開始。弦楽器、吹奏楽器が繊細かつダイナミックにフレーズを織り重ねていき、ミッド&ローの音域を担うパートが鳴り止むブレイク的な展開を経て、それまで音に合わせて体を揺らしていたオルタが、オーケストラのすべてのサウンドを引き連れ、歌い始めた。

フランスの小説家・詩人であるミシェル・ウェルベックの詩が歌われるこの曲は、2018年に日本科学未来館で初演された、渋谷にとって最初のアンドロイド・オペラ®︎となる『Scary Beauty』のメインテーマだ(前年にオーストラリアでプロトタイプ・バージョンを発表)。オペラ——、それはヨーロッパ的精神が生み出した総合芸術の極致ともいえるもの。渋谷はそこにアンドロイドという「外部」を中心に導入することにより、オペラの伝統・形式を、根底に息づく人間中心主義を脱臼させつつ、芸術表現としての新たな可能性や、社会のこの先を照射するヴィジョンを提示してみせたのだった。

それは2013年初演のボーカロイド・初音ミクをフィーチャーした「人間不在のオペラ」である『THE END』の問題意識を継承するものであるが、アンドロイド・オペラ®︎では、オーケストラを採用しオペラという制度・枠組みの内部により深く入り込みながら、アンドロイドと人間が共振・共存する状況をつくり出すことによって、さらなる表現的強度と批評性を獲得しているのだと感じる。

曲が終わると、オルタは渋谷のピアノをバックに英語でMCを行い、「FORWARDISM」の重要性を述べ始め、観客からは驚きやどよめきが起きる。挑戦し新たな道を切り拓き、前に進み続けること。それは自己のみならず、他者や社会の豊かさにもつながっていく営為であるのだと、オルタは説く。

アンドロイドが照射する生命と魂の未来のありよう

続いて演奏されたのは「The Decay of the Angel」。ピアノ、オーケストラ、シーケンスが交錯し、力強く濃密なグルーヴが形作られ会場を包み込んでいく。曲の開始から約2分を過ぎたところでオルタのヴォーカルがイン。天へと舞い上がっていくような流麗なメロディラインでオーディエンスの高揚感を誘う。

「The Decay of the Angel」は、先に述べたアンドロイド・オペラ®︎『Scary Beauty』のために制作された楽曲の1つであり、その曲名は三島由紀夫の最終作『豊饒の海』の第4巻である『天人五衰』の英訳版タイトルに由来を持つ。『豊饒の海』は、転生する魂という設定を核とした重厚な長編小説。私達読者は、時空間をまたぎ展開される事象やドラマを通し、死と生について、人という存在のありようについて、さまざま思いを巡らすことになる。

アンドロイドであるオルタは、いうまでもなく生物学的な命を持たない。しかし、眼前のステージで、渋谷とオーケストラが生み出すサウンドに呼応しながら歌うオルタの姿は、この先の社会において、生命や魂というものに対する私たちの認識が変わりうるかもしれないという確かな予感を感じさせる。

同曲の後に立て続けに行われた渋谷とオルタによるセッションも極めて示唆的な光景であった。渋谷が即興で弾くピアノに合わせ、オルタは、事前に決められた内容ではなく、即興で歌を重ねていく。人間とアンドロイドが共創し、来たるべきメロディを共に探り、紡ぎあげていく様は、未来への希望と可能性を伝えてやまない。

人間と非人間が織りなすアンドロイド・オペラ®︎

この日のアンドロイド・オペラ®︎のラストを飾ったのは「Midnight Swan」。映画『ミッドナイトスワン』(2020年公開、監督:内田英治、主演:草彅剛)のメインテーマとして制作された楽曲で、渋谷にとって2011年リリース作『ATAK015 for maria』以来のピアノソロアルバムとなった『ATAK024 Midnight Swan』(2020年)の標題曲でもある。

アトモスフェリックな電子音響を下敷きとして、身体の芯まで響くマッシヴなキックがゆっくりと打ち鳴らされる中、渋谷の繊細なタッチのピアノが流れ出し、会場の空気を一瞬で染め上げる。切なさや逡巡、メランコリアに官能性をたたえた美しくエモーショナルなピアノ曲は、オーケストラによって深く多彩な響きとさらなるダイナミズムを与えられ、聴く者をその音世界に強く引き込んでいく。

「The Decay of the Angel」同様、オルタが歌う歌詞は、渋谷とコラボレーターである池上高志(複雑系・人工生命研究者/東京大学大学院教授)とAIの作詞・テキスト生成プロジェクト「Cypher(サイファー)」の協働によるもの。人間と非人間によるクリエイション、パフォーマンスがとけあい交錯しながら、アンドロイド・オペラ®︎はかたちづくられているのである。

ブレイク後は キックが4つ打ちになり高揚感を最高潮まで高め、大きな余韻を残しつつ同曲が終わり、アンドロイド・オペラ®︎は幕を閉じた。約20分強と決して長い時間の公演ではなかったが、渋谷の最新形、現時点での到達点とでもいうべきアンドロイド・オペラ®︎、その可能性と魅力を堪能するに十分な、強度に満ちたパフォーマンスが展開された一夜となった。

『Scary Beauty』以降も、オルタとオペラ歌手の共演や島田雅彦の脚本、WEiRDCORE(ウィアードコア)が手掛けた映像も話題となった『Super Angels』(初演:2021年、新国立劇場)、仏教音楽・高野山声明とUAEのオーケストラ「NSO Symphony Orchestra」と共につくりあげた『MIRROR』(初演:2022年、ドバイ万博)など、アンドロイド・オペラ®︎をアップデートし続けている渋谷。次はどのような公演で私達を驚かせてくれるのか、この先の景色をみせてくれるのか、楽しみでならない。

■BMW「EXCLUSIVE VIP PARTY」渋谷慶一郎アンドロイド・オペラ®︎
開催日時:2022年11月15日
会場:国立新美術館

スタッフ:
コンセプト、作曲、ピアノ、エレクトロニクス:渋谷慶一郎
ヴォーカル:オルタ4
オーケストラ(本公演のために編成した45名の奏者)

アンドロイドプログラミング:今井慎太郎
サウンド:鈴木勇気
映像:小西小太郎
照明:川崎渉、上田剛
舞台監督:串本和也、尾崎聡
アンドロイドアシスタント:木村彰秀
ヘアメイク:yoboon
制作マネージャー:松本七都美
制作:ATAK

アンドロイド「オルタ4」
所属:大阪芸術大学 アートサイエンス学科 Android and Music Science Laboratory (AMSL)
製作監修:石黒浩
音楽監修:渋谷慶一郎
プログラミング:今井慎太郎
台座設計:妹島和世建築設計事務所

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2022年の私的「ベストミュージック」 音楽家・渋谷慶一郎が選ぶアルバム5選 https://tokion.jp/2022/12/31/the-best-music-2022-keiichiro-shibuya/ Sat, 31 Dec 2022 10:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=163412 2022年に生まれた聴き逃がせない音楽を「TOKION」ゆかりのアーティスト・執筆陣がガイドする。音楽家・渋谷慶一郎が選ぶマイベスト5。

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終息に至らないコロナや大国による軍事侵攻、歴史的な円安などなど。2022年に刻まれた様々な出来事は、私たちの日常のありかた・感覚に少なくない変化をもたらした。しかし、そんな変動の時代の最中においても、音楽は変わらず鳴り続け、今年も素晴らしい作品がいくつも生まれた。その中でもとりわけ聴き逃せないベストミュージックを、音楽家・渋谷慶一郎が紹介する。

渋谷慶一郎が映画作品『ホリック xxxHOLiC』(監督:蜷川実花、主演: 神木隆之介×柴咲コウ)に書き下ろした全21曲を収録したアルバム『ATAK025 xxxHOLiC』を発表。

渋谷慶一郎(しぶや・けいいちろう)
音楽家。1973年、東京都生まれ。東京藝術大学作曲科卒業、2002年に音楽レーベル ATAKを設立。代表作は人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』(2012)、アンドロイド・オペラ®『Scary Beauty』(2018)など。2020年には映画『ミッドナイトスワン』の音楽を担当、第75回毎日映画コンクール音楽賞、第30回日本映画批評家大賞映画音楽賞を受賞。2021年8月 東京・新国立劇場にてオペラ作品『Super Angels』を世界初演。2022年3月にはドバイ万博にてアンドロイドと仏教音楽・声明、UAE現地のオーケストラのコラボレーションによる新作アンドロイド・オペラ®︎『MIRROR』を発表。4月には映画『xxxHOLiC』(蜷川実花監督)の音楽を担当。また、大阪芸術大学にアンドロイドと音楽を科学するラボラトリー「Android and Music Science Laboratory(AMSL)」を設立。テクノロジー、生と死の境界領域を、作品を通して問いかけている。
ATAK:http://atak.jp
Twitter:@keiichiroshibuy
Instagram:@keiichiroshibuy

今年はずっと音楽を作っていた年で、新しいアルバムとかを聴く時間があまりなかった。
まして今年発売のアルバムでなんて・・・と思いつつ印象に残っているもの、覚えているものを選びました。

Burial『Antidawn』

彼の音楽はビートがあってもなくても「時間」が消えているような印象があって、昔のアルバムも時々聴いてます。
確かDAWじゃなくて波形編集ソフトで作っていると聞いたことがあるような。

Nico Muhly & Alice Goodman『The Street』

歴史と現代のアプローチというかバランスで共感することが多いアーティストで、パリの劇場関係者からもよく名前を聞きます。
このアルバムも少ない音数で様々なバランスを行き来してますね。

Actress『Dummy Corporation』

コンセプトや制作方法など謎が多いアーティストなんですけど、そこが面白いなと思っています。
前作のアルバムもよく聴いてました。

VÍKINGUR ÓLAFSSON『From Afar』

フィリップ・グラスを弾いているアルバムで知ったピアニストなんですけど、タッチも録音も美しく明確な指向性があって好きです。
このアルバムは選曲も良いですね。

Keiichiro Shibuya『ATAK026 Berlin』

今年リリースしたアルバムなんですけど、複雑系、人工生命研究者の池上高志さんとのコラボレーションで、サイエンスデータの全面的な変換だけで出来てる
アルバムとしてはやり切った感じがあります。唯一の例外は人の声で、オットーレスラーという科学者とベルリンで話した時の会話の断片をカットアップコラージュしてます

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2022年の私的「ベストブックス」 作者/ライター・菊池良が選ぶ5冊 https://tokion.jp/2022/12/31/the-best-book-2022-ryo-kikuchi/ Sat, 31 Dec 2022 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=163183 2022年に生まれた読み逃がせない本を「TOKION」ゆかりのアーティスト・執筆陣がガイドする。作者/ライター・菊池良が選ぶマイベスト5。

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素晴らしい本と出会い、その世界に入り込む体験は、いつだって私たちに豊かさをもたらしてくれる。どんなに社会や生活のありようが変わっていこうとも、そんなかけがえのない時間を大切にしたいもの。激動の2022年が終わろうとしている今、作者/ライター・菊池良がこの1年間に生まれた数多の本の中から必読の5冊を紹介する。

菊池良
1987年生まれ。作家。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社・神田桂一と共著)、『世界一即戦力な男』(‎フォレスト出版)、『芥川賞ぜんぶ読む』(‎宝島社)など。2022年1月に『タイム・スリップ芥川賞: 「文学って、なんのため?」と思う人のための日本文学入門』を上梓。https://kikuchiryo.me/ Twitter:@kossetsu

年森瑛『N/A』(文藝春秋)

タイトルの「N/A」とは「Not Applicable」で「該当なし」という意味。
松井まどかは中高一環の女子校に通う高校2年生。クラスメイトたちからは「松井様」とあだ名されている。見た目が王子のようだからだと友人からつけられた。
まどかには「うみちゃん」という恋人がいる。うみちゃんは大学生で、まどかの高校に教育実習生としてやってきた。ふたりは試験交際をしている。まどかは「かけがえのない他人」を求めていた。かけがえのない他人とは、「ぐりとぐら」や「がまくんとかえるくん」のようなものだ。
あるとき、まどかは友人からあるツイッターアカウントを見せられる。それはどうやらうみちゃんのアカウントらしいのだ──。
なにかに属することを強いられる違和感への生々しい声。読めば必ず痛みが伴う。
作者の年森瑛は本作で文學界新人賞を受賞し、デビュー。同作で芥川賞の候補にもなった。

ミシェル・ザウナー『Hマートで泣きながら』(集英社クリエイティブ)

ジャパニーズ・ブレックファストの名義で音楽活動するミシェル・ザウナーの回想録。著者は韓国生まれでアメリカ育ち。父はアメリカ人、母は韓国人というルーツを持つ。
アジア系の食材を売るスーパー「Hマート」。そこへ行くたび、著者は涙を流してしまう。韓国の食べものを見ると、死んだ母親のことを思い出してしまうからだ。
ザウナーはカルチャーギャップにさらされながら10代半ばで音楽にのめり込み、やがてバンド活動をはじめる。しかし、母親はそれをよく思っておらず、ふたりはぶつかる。大学を卒業後もアルバイトを掛け持ちしながらバンドをつづけている最中、母の病気が発覚する──。
エピソードのすみずみに、韓国料理の数々が登場する。それは親子をつなぐ強い絆であり、ふたりのルーツを象徴するものだ。そんなシーンが出てくるたびに、こちらの胸は熱くなる。
まるで韓国料理を食べたときのように。

キリーロバ・ナージャ、古谷萌、五十嵐淳子『じゃがいもへんなの』(文響社)

じゃがいもの歴史を、ひとつの家族に見立てて擬人化した絵本。南アメリカのペルーにいたじゃがいもたちが、スペイン人によってヨーロッパに持ち込まれ、偏見にさらされながら各地を旅する。やがてその良さに気づかれ、みんなに愛される食材になっていくというもの。まるで神話のような流離譚だ。
出てくるエピソードは実際のできごとに基づいている。これだけいろんな料理に使われているじゃがいもが、かつてはそうではなかった。いまでは考えられないが、そういったポジティブな価値転換がこれまであったし、これからも起こせるであろうことを示唆してくれる。
著者らはほかにも「レアキッズのための絵本」と銘打って、『からあげビーチ』『ヒミツのひだりききクラブ』(ともに文響社)という絵本も制作している。

田村ふみ湖『古いぬいぐるみのはなし』(産業編集センター

さまざまなひとが自分のお気に入りのぬいぐるみを紹介したもの。ぬいぐるみを撮った写真と、それぞれの持ち主がそのぬいぐるみとのエピソードを語る。くま、猫、うさぎ、コアラ、おばけ(!)といったさまざまなぬいぐるみが登場する。
見た目も違えば、もちろん名前も違う。手に入れた国も違えば、持ち主とぬいぐるみの出会い方も違う。それぞれに固有の物語がある。「物」に愛着が湧くと、「物語」が生まれる。
読んでいてハッとした。ぬいぐるみだけじゃない。わたしたちがふだん使っている「物」には、すべて「物語」があるはずだ。いつも使っているペンは、どこで買ったものか。いま着ているこの服は? 街なかでふと目にした物にも、それはあるはず。日常のすぐそばに、たくさんの物語が眠っている。

ヴァージル・アブロー『ダイアローグ』(アダチプレス)

2021年、ファッションブランド「オフホワイト」の創設者であるヴァージル・アブローが亡くなった。
本書には9編の対談、インタビューが収録されている。そのなかでヴァージルは自らのブランドが持つコンセプトや自身の方法論について驚くほど明確に言語化していく。引用符、アイロニー、威光──。
ヴァージルは有色人種である自分が、いかにして文化の中心地に食い込むかについて何度も語る。それが「トロイの木馬」であり、権力の解体だとも。ここまで語るのは自分につづく人間が現れて、世界が変わることを願っているのだろう。
ならば、この本を正典(カノン)にしてファッション業界──いやまったく関係ない業界かもしれない──に参入する者がいつの日か現れるだろう。文字として記録されたことによって、いつだってわたしたちはヴァージルの声を聞けるのだから。

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2022年の私的「ベスト映画」 文筆家/映像作家・品川亮が選ぶ5作 https://tokion.jp/2022/12/30/the-best-movie-2022-ryo-shinagawa/ Fri, 30 Dec 2022 10:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=163329 2022年に公開された映画の中から文筆家・映像作家の品川亮が選ぶマイベスト映画5作を紹介する。

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ロシアによるウクライナ侵攻が行われるなど、激動の2022年だった。そんな中でも今年は邦画・洋画問わず多くの素晴らしい映画が公開され、私達にポジティブなエネルギーを与えてくれた。「TOKION」では、ゆかりのあるクリエイターに2022年に日本公開された映画の中から私的なおすすめ映画を選んでもらった。今回は文筆・翻訳・編集・映像制作を生業とする品川亮が選んだ5作品を紹介する。

品川亮(しながわ・りょう)
文筆、翻訳、編集、映像制作業。著書に『366日 映画の名言』、『366日 文学の名言』(三才ブックス/後者は共著)、『美しい純喫茶の写真集』(パイ インターナショナル)、『〈帰国子女〉という日本人』(彩流社)など。訳書にウォルター・モズリイ『アントピア だれもが自由にしあわせを追求できる社会の見取り図』(共和国)、トーマス・ジーヴ『アウシュヴィッツを描いた少年』(ハーパーコリンズ・ジャパン)、ラーシュ・ケプレル『鏡の男』『墓から蘇った男』(扶桑社)など。映像作品にはドキュメンタリー『ほそぼそ芸術 ささやかな天才、神山恭昭』のほか、『H・P・ラヴクラフトのダニッチ・ホラーその他の物語』などがある

『カモン カモン』

基本的におしゃれだしテーマにも心惹かれる。そのうえ印象的な映像も多いのに、映画としては機能不全な印象を拭えない。というのがマイク・ミルズ映画の印象だったが、前作『20センチュリー・ウーマン』で来日した際に、「映画は簡単に作れるものではないから、撮影しているというだけでしあわせ」という意味の言葉を漏らしているのを耳にしてしみじみと共感し、「いつの日か、すみずみまでミルズらしくしかも過不足なく機能していて楽しめる作品が完成したらいいのになあ」と勝手に願っていたところ、それがかなったのがこの作品。すぐれた作り手には、「これを撮るために生まれてきた」と言える映画が一本はあるわけだが、ミルズにとってはひとまず本作がそれにあたるのではないだろうか。

『シェイン 世界が愛する厄介者のうた』

映画として特別なわけではないが、個人的なシェイン愛から。とはいえ、ザ・ポーグスの聴きはじめは、パブで知り合った英国軍退役軍人に「アイルランド人だけど、こいつらだけは大好き」と紹介された1989年なのでまったく遅いほうで、しかもその後も情報にうとく、喜び勇んで出かけた東京でのライヴのヴォーカルがジョー・ストラマーでがっかりしたあの頃、シェインはこうなっていたのかとか、単にアルコールに溺れてダメになっていったのかと思っていたけれど、そうなるにはきちんと理由があったのかとか、うすうす感じてはいたことがあきらかにされ、しかもあの頃のこじれた関係もすでに存在しないようだし、創作への意欲を語るシェインの現在の姿ときたら、もはやぎりぎりで生命を保っているような状態で涙を禁じ得ないという、スクリーンを眺めているこちらが勝手に忙しくなる作品。たぶん作り手たちも同様だったのだろうということが、アツく伝わってくる。

『Togo/トーゴー』

スーパーの向こうにはビーチらしき空の広がりがあり、近接する公園では主人公トーゴーが寝起きしている。そこは住宅街の外縁部でもあるようだが、坂道を上った先ではドラッグの取り引きがおこなわれている。トーゴーは住宅街の路上駐車スペースを“縄張り”とし、車を誘導・監視したり、車体を洗ったりすることで生活費を稼いでいる。住民との信頼関係もあるようだし、スーパーの駐車場を仕事場とする“仲間”が病院に行くときなどはそこを替わりに管理し、アガリを渡すこともある。われわれの目からするとユートピア的なバランスの取れた世界/コミュニティが出現していて、それが崩れはじめるところからジャンル映画としての物語が動きはじめるのだが、ここで描き出されるコミュニティのありかたは、“格差”や“階層”を超克する社会をイメージする上での刺激として重要と感じさせられる。ウルグアイの首都モンテビデオで撮影されたという物珍しさとは関係のない次元で、輝く珠玉の小品。

『聖なる証 The Wonder』

1862年、ジャガイモ飢饉の傷が癒えきっていないアイルランドの片田舎に、食べることなく生存し続ける信心深い少女が現れる。その“奇跡”を科学の視点から検証するために呼び込まれる、ヒロインの英国人看護師。当然のことながら、ホラーやファンタジーのジャンルでないかぎり、食べないまま生きられる人間はいない。だが本人の意志とは無関係に、それを求める事情や必要を持つ人間集団さえ存在すれば、“奇跡”はいつでもどこにでも出現するのであるという、おそろしくも普遍的な物語。劇映画としての組み立て(スタジオの構造物=カメラの背後にあるもの)を具体的に明かしてみせながら物語世界へと入っていくこの作品の構造そのものが、奇跡=入れ子状の噓のあり方に重なっているという秀作である。

『ダーマー モンスター:ジェフリー・ダーマーの物語』

連続殺人の加害者と被害者、それぞれの事情ないし現実を描く作品は山とある。しかし、両方の側を描き出すことで、その両者を越える悪をなしたのが社会であることを提示する作品はあまりないように思う。配信/劇場公開を問わず長篇作品を“映画”と呼ぶのだとしたら本作は映画ではないわけだが、そういう意味で敢えてここに入れる。もちろん、現実の被害者およびその遺族からすれば不快極まりないどころか二次被害を成しかねない内容であるとの批判に異論はない。だがそれでも、この物語におけるダーマーの行動は本人でも止められないものなのであって、それを知りながら、“有色人種”“貧乏人”“同性愛者”に関わるが故に、異常事態の発生を知らされながらまともに対処しなかった警察=社会システムの悪を浮き彫りにする視点とその見せ方には、さすがライアン・マーフィーと感心させられた。「(毒親や機能不全家族といった枠組みを含む)社会の歪みがバケモノを生んだ」という紋切り型ではなく、バケモノは自然現象のようにいつでもどこにでも出現しうるものであって、重要なのはそれとどのように対峙するのかということのほう、ということなのだ。

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2022年の私的「ベストミュージック」 音楽ライター・石井恵梨子が選ぶアルバム5選 https://tokion.jp/2022/12/30/the-best-music-2022-eriko-ishii/ Fri, 30 Dec 2022 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=163172 2022年に生まれた聴き逃がせない音楽を「TOKION」ゆかりのアーティスト・執筆陣がガイドする。音楽ライター・石井恵梨子が選ぶマイベスト5。

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終息に至らないコロナや大国による軍事侵攻、歴史的な円安などなど。2022年に刻まれた様々な出来事は、私たちの日常のありかた・感覚に少なくない変化をもたらした。しかし、そんな変動の時代の最中においても、音楽は変わらず鳴り続け、今年も素晴らしい作品がいくつも生まれた。その中でもとりわけ聴き逃せないベストミュージックを、音楽ライター・石井恵梨子が紹介する。

石井恵梨子
1977年石川県生まれ。「CROSSBEAT」への投稿をきっかけに、97年より音楽誌をメインにライター活動を開始。パンク/ラウドロックを好む傍ら、ヒットチャート観察も趣味とする。現在「音楽と人」「SPA!」「リアルサウンド」などに寄稿。 Twitter:@Ishiieriko

Awich『Queendom』

Awich – Queendom (Prod. Chaki Zulu)

今年一番毅然と輝いていた音と声。さらに言えば今年一番格好良く各フェスティバルに降臨した人だと思う。フジロックのレッドマーキーは泣きながら見た。これ中学生の時に見ていたらわたしはラッパーを目指していたかもしれないな、と感じながら。自分の言葉で自分の来た道を語っているだけなのに、それが過去のシーンの男性優位性を恥ずかしいほど浮き彫りにしていくところも素晴らしかった。とはいえ普段はライブハウスにいるアナタ、さほどヒップホップに詳しくないよねと訊かれたら、その通りですと頷くばかり。ただポップ・ミュージック/レヴェル・ミュージックとして圧倒的な強度があった。憧れます。

the hatch『shape of raw to com』

the hatch – shape of raw to come

日本アンダーグラウンド/オルタナティヴの2022年金字塔。本作のリリースを機に拠点を札幌から東京に移したそうだが、どこに居るかという地域性が重要なのではなくて、誰ともつるまない、誰にも見つからない、誰にも踏み込めない場所で蠢いているドキュメント性にやられた。異物感のカタマリ。赤子の命はただ輝いているのではなくて、ぬるぬるの胎盤や羊水と一緒に飛び出してくる、なんてことも思い出す。スカスカなのに途切れることのない見事なリズム構成。その中で繋がる不協和音、ファンク、ジャズ、ポストハードコア。あとは妙に歌謡っぽい抒情性。なんだこれと背筋が震えたし、解はいまも出ていない。

String Machine『Hallelujah Hell Yeah』

String Machine – Gales of Worry [OFFICIAL MUSIC VIDEO]

友達に偶然教えてもらった作品。深く追いかけていたわけでもなく、ペンシルバニア州ピッツバーグの7人組インディ・フォーク・ロックだと後で知った程度。ただ、このユルユルでとぼけた空気感が好ましく、気づけば中毒になってしまった。特筆すべきはピンボーカルを立てず、歌いたい人がみんなで歌うというスタイル。同時期にアジカンの『プラネットフォークス』が出たことや、GEZAN with Million Wish Collective のライヴを見たこともあり、「みんなで歌う」ことは時代の嫌なムードに抗っていく行為なのだと発見。そしてこの人たち、闘争とか商業に無縁の底辺インディー感がとてもいいです。頬が緩む。愛おしい。

black midi『Hellfire』

black midi – Welcome To Hell

登場から数年、確かにすごいバンドだろうけど、私にとっては知能指数高すぎのプログレでいまいち夢中になれない存在だったUKウィンドミルのブラックミディ。「すいません! ようやく面白さがわかりましたぁ!」となったのが本作。スキル、スピード、アジテーションの凶暴さはもちろん、狂気とユーモアが絶妙に混じり合う感じ、危機迫るサスペンスの匂いとバカ楽しいファンク・セッションが一緒に鳴ってしまうところ、あとは超絶技法をあくまで踊りながらやっている姿などを見て、最高のエンターテインメント集団だなと認識を改めた。笑いがあるって重要。あと『地獄の業火』という日本語帯もナイスでした。

Alice In Chains『Dirt(2022 Remaster)』

Alice In Chains – 30 Years of Dirt

ふざけているわけではなくて。実は今年一番愛聴したのはボルチモア拠点のTURNSTILE『Glow On』で、2021年夏に発売されたこの作品には、90年代前半のUSハードコア・パンクやオルタナティヴを彷彿とさせるエネルギーが溢れ返っていた。今アメリカで何が起きているのかと戸惑い、同時に興奮もする。で、TURNSTILEばかり聴いていた半年後、ぬらりと蘇ったのが30年前に発表されたグランジ名作リマスター! 十代の熱狂が戻ってくるのはもちろん、歌やハーモニーの聴こえ方が全然違うことに衝撃を受けた。ビートルズのリマスターに毎回飛びつくおじさんの気持ちが初めてわかった。そんな年齢になった。

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対談・渋谷慶一郎 × 長久允 ショートフィルム『Kaguya by Gucci』の制作背景とアンドロイドという存在から見えてくるもの:連載「MASSIVE LIFE FLOW——渋谷慶一郎がいま考えていること」第8回 https://tokion.jp/2022/12/23/massive-life-flow-8/ Fri, 23 Dec 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=161225 連載第8回では、渋谷が音楽を書き下ろした「グッチ」のショートフィルム『Kaguya by Gucci』(主演:満島ひかり、アオイヤマダ、永山瑛太)でディレクションを務めた、映画監督・長久允との対談をお届けする。

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領域を横断しながら変化し続け、新しい音を紡ぎ続ける稀代の音楽家、渋谷慶一郎。連載「MASSIVE LIFE FLOW」は、そんな渋谷に密着し、その思考の軌跡や、見据える「この先」を探っていく。連載第8回では、渋谷が音楽を書き下ろした「グッチ」のショートフィルム『Kaguya by Gucci』(主演:満島ひかり、アオイヤマダ、永山瑛太)でディレクションを務めた、映画監督・長久允との対談をお届けする。

「グッチ」のバンブーハンドル バッグの生誕75周年を祝し制作された『Kaguya by Gucci』は、日本最古の物語といわれる「竹取物語」を、東京を舞台とした現代劇へと翻案した約6分間の映像作品。独自の視点から再解釈された設定・ストーリー、シュルレアリスティックで美しくポップな映像、アンドロイド・オルタ4がボーカルをとる構築的かつエモーショナルな音楽から織りなされる同作は、8月に公開されるや否や国境を超え大いに話題を巻き起こすこととなった。この類い稀なる物語と音楽は、いかなる想像力と構想力により紡ぎ上げられたのか。初対談となる2人が、その制作背景やプロセス、そしてアンドロイドという存在から見えてくるものについて、言葉を交わす。

構造を捉え、複雑さを愛すること

——まず『Kaguya by Gucci』にお二人が携わることになった経緯を教えてください。

長久允(以下、長久):『Kaguya by Gucci』の企画・プロデュースを担当した田辺(俊彦)さんという方がいまして、渋谷さんと僕にそれぞれ田辺さんからオファーがあり、ご一緒することになったんです。僕はこのプロジェクトが始まるまで渋谷さんとは面識がありませんでしたが、もともと渋谷さんの音楽は聴いていましたし、初音ミクやアンドロイドをフィーチャーしたオペラ作品や『Heavy Requiem』(※編注:2019年のアルスエレクトロニカで披露された真言宗僧侶・藤原栄善とのコラボレーションによるパフォーマンス)にも刺激を受けてきたので、同じ作品に携わることができてとても嬉しかったですね。 

渋谷慶一郎(以下、渋谷):僕も長久さんとご一緒できて楽しかったです。ところで、長久さんって、もともと音楽をやってたんですよね? 『Kaguya by Gucci』の制作中、音楽に対する意見や指示の中に、音楽経験者じゃないと出てこないような言葉や表現があったので、その後、気になって長久さんのことをネットで調べてみたんです(笑)。そしたら、案の定、そういう情報が見つかって。

長久:そうなんです。学生時代にずっとジャズをやっていました。楽器経験としては、バリトンを6年、テナーサックスを3年くらいやっていて。

渋谷:ジャズといっても色々ありますけど、どの辺りが好きなんですか?

長久:幅広く聴くほうなんですけど、「一番好きなの誰か?」と聞かれたら、ギル・エヴァンスですね。エレクトリックギターを入れてジミ・ヘンドリックスの曲をやるなど、ビッグバンドというフォーマットの中でジャズに”異物”を取り込んで拡張していくような彼のやり方に、すごく魅力を感じて。大学時代にコピーもやっていました。

――長久さんが監督を務めた2019年公開の映画『WE ARE LITTLE ZOMBIES』には菊地成孔さんが出演されていましたが、キャスティングは長久さんのご意向によるものだったのでしょうか?

長久:はい。菊地さんもとても好きな音楽家で、DC/PRGのコピーをやったこともあるんです。菊地さんはロジカルなトークも魅力的な方なので、ぜひ出演してもらいたくてオファーしたところ、幸いにも引き受けていただけて。

自分の音楽経験の話に戻ると、20歳の頃にサックスでプロになるのは諦めて、同じ熱量で打ち込めるものをよくよく考えた結果、映画に転向したんですけど、もともと音楽は大好きだったんです。

渋谷:そうだったんですね。長久さんとはとてもやりやすかったので色々と納得しました。僕は、長久さんみたいに、複雑な音楽を好きな映画監督とは相性がいいんです(笑)。そういう方って映像でも音楽でも、作品を構造的に捉えているじゃないですか? 僕もそうだから、共通理解を得やすくて。逆に、歌モノ一発とか3ピースのロックだけが好きみたいな方は音楽の物語性や文学性ばかりにフォーカスして構造への意識が希薄だから、一緒に仕事をするのがちょっと難しいんですよね(苦笑)。

長久:確かに、僕は超密度派というか、ものごとや諸要素の関係性の密度が上がれば上がるほど「いいな」ってタイプなので、複雑なものや、多くの人が「めんどくさい」と感じるものが大好きなんです。

「現代版竹取物語」はいかにして生まれたのか

8月に公開された『Kaguya by Gucci』。日本最古の物語「竹取物語」を、独自の感性と批評眼により現代劇へと翻案した。ディレクションは長久允が、音楽は渋谷慶一郎が担当。

――『Kaguya by Gucci』の大元となるコンセプトはどのように生まれ、育まれていったのでしょうか?

長久:プロジェクトのスタート地点として、プロデューサーの田辺さんから「現代の東京を舞台として、『竹取物語』のかぐや姫、翁、帝という3人の人物が登場する物語をつくってほしい」というオーダーがあったんです。そこでまず、現代の物語作家として、その誕生から10世紀以上経った日本最古の物語にどのように対峙すべきなのか、どのようにそれを描き直すべきなのか、「竹取物語」と向き合うスタンスを明確にしなくてはいけないと思ったんです。そうして考えを煮詰めていった結果、出てきた結論は「物語に抗うこと」でした。

たとえ物語の筋書きや結末が決まっているのだとしても、登場人物の1人ひとりが、それに対して自分の主観や主張をさしはさむ権利が与えられている――。そういった考えに基づき物語を描き直すことで、今だからこそ提示できる意義や価値観を表現したかったんです。だから、『Kaguya by Gucci』の中では、翁はかぐや姫と別れる時に諦めるのではなく反抗するし、たとえ結ばれないという結末がわかっていたとしても、帝は恋をし続けることを諦めない。渋谷さんの音楽でオルタ4が歌っている歌詞もそういう観点から書いていて、「私は決められたことを演じる存在ではない」みたいな内容なんですけど。

――オルタ4は渋谷さんと共に映像にも登場し、メイクアップも相まって強い存在感を示していますね。

渋谷:オルタ4はこの作品がデビューだったのですが、作品の中では狂言回しとして重要な役割を担っているんです。で、そういうふうに説明すると海外の人からは「そう言われるとよくわかる」って言われますね。

長久:確かに能楽など歴史的な文脈を踏まえると、海外の人にとってはより理解しやすいかもしれませんね。

渋谷:海外のカルチャルな人は、日本の伝統文化について日本人よりも詳しかったりしますからね。

あとオルタが歌っている歌詞に関しては、一部、AIに長久さんが書いたテキストを学習させて作った箇所もあるんです。作詞で長久さんと共にクレジットされている「サイファー」というのがAIのことなんですけど、その名前もAI自身が付けたもので。

世間のAIのネーミングって、古代の神や古典の登場人物に因んだものとか、つまらないものが多いじゃないですか(笑)。そういうのは嫌で、じゃあどうしよう?と思ってAIに「みんなが成長を見守りたくなる新進の作詞家の名前は何がいいか」って聞いてみたところ、「サイファー」って答えが返ってきて。0や暗号を意味する言葉で、これはいいなと思って正式名称となりました。

楽曲制作における構造的アプローチ

――今作のために書き下ろした楽曲「I come from the Moon」について、渋谷さんはどのようなアプローチで制作を進めていったのでしょうか?

渋谷:先ほどお話ししたように、僕は音楽でも映画でも、作品を構造的に捉えていきます。それで、構造にこそ人は心を動かされると思っているんです。

その観点から言うと、この作品で一番重要なのは円環構造になっていることです。同時に、登場人物たちやオルタ4の瞳のアップが多かったり、月の存在だったり、作品を通して円という形態が象徴的に登場している。それで、最後に「これはおとぎ話だ」という最初のシーンと同じセリフが翁役のアオイ(ヤマダ)さんから発せられ、作品の円環性が提示される。つまり象徴的にも構造的にも円が重要で、それは当然ながら月の形態でもある。それをどのように音楽で表現したらいいかを考えました。

そしてもう1つ核になると思ったのは、アオイさん演じる翁が、頂上にいる満島(ひかり)さん演じるかぐや姫に向かい東京タワーを駆け上がっていくシーンです。作品に頻出する円という形態は、精神分析的に言えば女性器を象徴するものとして解釈できるわけですが、ここで東京タワーはそれに対をなす男性器の象徴として登場しているとも言えます。言わば、女性同士のラヴストーリーの描写なんだけど、そこに記号として男性的なものも介在している。それは作品を見ている人の無意識に強く働きかけるところがあると思って、ここでは強い欲動性のあるメロディが必要だろうと考えたんです。

――なるほど。渋谷さんが構造や記号的な視点から作品分析を行い、楽曲制作を進めていったということがよくわかります。

渋谷:ただ、その東京タワーのシーンで、メロディも一緒に上昇していくと、単純にオーガズムに達してしまうことになるから(笑)、それでは駄目で。先ほど長久さんがお話ししていたように、今作では「抗うこと」が大切なテーマになっているわけで、それを表現するために上昇するコード進行に対して下降するメロディをつけました。

そしてこの東京タワーを駆け上がるところからBPMが急激に上がっていくんですけど、クライマックスの月を背景に2人が抱擁する頃には、急激にBPMを落として完全に最初のシーンと同じBPMに戻っていて。そのことによって、作品の円環構造を音楽上で表現しているんです。

長久:どのシーンの音楽も素晴らしくて、僕はかぐや姫と翁がガチャガチャの人形になって踊り出すシーンもすごく好きですね。あそこのシーンでは、今まで実写だった映像が急にCGに切り替わるんですけど、音楽のほうでも音色がガラッと切り替わって映像の変化にシンクロしていて。

――音色というところでいうと、渋谷さんの作品ではあまり使われてこなかった生ドラムの音色や、シンセベースではなくエレクトリックベースの音色も聴こえてきます。

渋谷:アンドロイドが語り部、歌い手として重要な役割を担う中で、あえて人間的な感触を持ったサウンドを組み合わせたほうがおもしろくなると思ったんです。今回のプロジェクトは、自分の中で機械的なものと人間的なものとの距離感を考えるいい機会にもなりました。ベースだけではなくて、エレキギターや1950年代の生ドラムのシミュレーションとかも使っていて、アンドロイドが音楽の中心にいるとなぜかこういう音色が欲しくなりますね。

――先ほど長久さんがお話ししていた通り、今作では映像と音楽に強い一体感、シンクロ感を感じます。その辺りは相当こだわられたのでしょうか。

長久:そうですね。例えば細かいところの話でも、音の余韻、残響がカット終わりできっちり切れているのと、次のカットに少しはみ出ているのとでは、受ける印象がめちゃくちゃ変わるじゃないですか? だから、映像と音の調整は1フレーム単位で最後のギリギリまで調整していました。

渋谷:長久さんは、広告もやってきたというのも大きいと思うんですけど、カット割とか、コマのフレームに対する意識は自主映画だけやってきた人よりも厳密ですよね。音についても「ここのシーンの10フレーム目で音のアタックが来ないと感動しないんです!」みたいな感じで。僕は、そういう厳密さって絶対的に正しいと思うんですよ。制作の場では、数字で言えることは数字で言えないと、全く無効というか、話にならない。

アンドロイドという存在を通して見えてくるもの

――長久さんは今作でアンドロイドという存在に対峙し、どのようなことを感じましたか?

長久:僕は、人の生き死にや、感情と表情の乖離・ずれみたいなものをテーマにして作品を制作してきましたが、それはこの先も変わらないと思っていて。アンドロイドは、その存在自体がそういった自分の問題意識に関わってくるので、自分にとって、とても重要な存在だと感じています。今後、アンドロイドがますます普及しその重要性を増していくであろう中で、物語作家としてじっくりと向き合うことができたのは得難い経験でした。

渋谷:アンドロイドは、映画や演技という観点から見てもおもしろい存在だと思います。かつてはエモーションとモーションのつながりをいかに上手く表現できるかということが、いい俳優やいい映画の評価基準だったじゃないですか。それを(ジャン=リュック・)ゴダールが方法論的に切断したことで新しい映画が始まったわけだけど、アンドロイドにおいては、その両者間に最初からそもそもリンクがない。その存在自体が「感情とは何か」と問いかけてくるようなところがある。

長久:本当にそう思います。僕は、人間ってそもそもエモーションとモーションが合致してないとずっと感じているんです。基本的に人は状況に対して、感情ではなく反射でしかものを言っていないというか。そこにある乖離、「ガタガタ性」みたいなものが、僕はとても美しいと思っていて。だから、それを体現しているアンドロイドという存在に惹かれるんです。

渋谷:人は反射や習慣で行動するし、何かを好きという価値判断の背景には必ず社会的要因がある。例えばアイドルという存在は、見た目という基準のみではなく、それを「かわいい」とする社会的な価値観があってこそ成立しているわけで。というか、実際に会うとそんなにかわいくないことも多い(笑)。人間がそこまで感情で動いているわけではないということは、今わりと共有されてきている気はしますね。

――AIやアンドロイドという存在によって、人間という存在や感情というものに対する認識や感覚が改まってきているとも感じます。

渋谷:そうして感情という前提が崩れると、物語の作られ方が変わりますよね。これは、日本にとって結構チャンスだと考えていて。ヨーロッパは基本的に人間中心主義で、人間という存在を疑わないから、「人間には感情があって、ロボットにそれはない」という前提を崩すのが難しかったりするけど、日本はそれとは異なる価値観に基づいた新しい物語を提示できると思うんです。

長久:日本は代々、浄瑠璃を作ってきていますし、めちゃくちゃ基盤がありますよね。

渋谷:そうそう。

長久:人形には感情があるし、人間は人形が表現できる以上の感情はない、みたいな。それは他の国の方は持ってない感覚のような気はします。

渋谷:それを僕は「新しいエスニック」と言っているんだけど。

長久:わかります。僕の映画は日本よりも、アメリカやヨーロッパのほうが評価してくれるんですけど、それは僕の映画で表現されている、直接的な描写やモチーフといったレイヤーではなくて、悲しみを表明しない感じや、諦観に対するドライさなどといった精神性に対して、日本的な特殊性というかある種のエスニック性を感じているからみたいで。それが、おもしろいと。

渋谷:僕もこの10年くらい、作品を通して、「私」という存在に自明性が無いことや、感情の実証不可能性みたいなことを描いてきましたが、そういったトピックは日本よりも日本以外の人との方が議論の対象になるんですよね。

長久:やっぱりそうなんですね。『Kaguya by Gucci』の制作中に田辺さんから、渋谷さんと僕は今の社会や人間に対する考え方に近いところがあると言われたんですけど、いろいろとお話をさせていただいて、改めて実感しました。今日はありがとうございました。

渋谷:こちらこそありがとうございました。ゆっくりとお話ができて楽しかったです。

Photography Tasuku Amada

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