三宅正一, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/shoichi-miyake/ Tue, 04 Jul 2023 07:20:37 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 三宅正一, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/shoichi-miyake/ 32 32 the hatchが自主イベント「THE JUSTICE」に込めた想い——札幌の音楽シーンの未来のために https://tokion.jp/2023/07/04/interview-the-hatch/ Tue, 04 Jul 2023 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=195862 バンド、the hatchの今と自主イベント「THE JUSTICE」について、フロントマンの山田碧とベースのザキヤマに語ってもらった。

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the hatchの山田碧(左)とザキヤマ(右)

the hatch(ザ・ハッチ)
山田碧(vo,tb)、宮崎良研(g)、ザキヤマ(b)、岩崎隆太郎(ds)の4名からなる札幌出身のオルタナティヴ・バンド。当初はハードコアに重心を寄せていたが、山田加入後にラテン、アフロ、現代ジャズからベースミュージックまで取り入れた多彩なリズムが展開するサウンドへと移行。2018年に1stアルバム『OpaqueAge』を発表。全国各地でライヴを精力的に行ない、2022年11月に2ndアルバム『shape of raw to come』をリリース。
Twitter:@SxCxHxG
Instagram:@thehatch1192

ハードコアやジャズに加え、アフロビートやベースミュージックなども取り入れながらその比肩なきバンド力学で昇華した2ndアルバム『Shape of raw to come』を昨年9月にリリースしたthe hatch。この7月、彼等のフッドである札幌で主催イベント「THE JUSTICE」を開催する。会場は、彼等のルーツでもあるライヴハウス、「161倉庫」が入っているビル全体。出演するのは、その多くが札幌で活動する世代やジャンルを横断した多数のバンドやDJだ。これが2回目の開催となり、初回はコロナ前夜にあたる2020年2月に同所で行われた。昨年、メンバー4人中3人が上京したというthe hatchの今と、「THE JUSTICE」のアティチュードについて、フロントマンの山田碧とベースのザキヤマに語ってもらった。

ツアーを経て、セッション力が向上

——最近はバンドとしてどういう時間を過ごしてるんですか?

山田碧(以下、山田):今、新しい曲を作ってる期間なんですけど、前までは俺がメンバーに「この尺で、こういうグルーヴで弾いて」ってめちゃくちゃ細かく指定していたんですけど、最近はその場の空気の中で、みんなで演奏する遊びが楽しくて。ここ1年くらいでみんなのセッション力というか、反射神経が上がったので。それを楽しんでますね。

——なんでバンドのセッション力が上がったんだと思いますか?

ザキヤマ:肌感覚として碧のツボをみんながわかるようになってきたというか。それは去年のツアー(9月から11月にかけて開催したthe hatch 2nd full album“Shape of raw to come”Release Tour)が大きかったと思いますね。碧のツボがツアーでわかったというか。どっちかというと、いいか悪いかの二択ではあるんですけど。

山田:あと、前よりもグルーヴ的にボーカルに対してみんなの演奏が集まってくるように最近やっとなった感じがあって。それまではもっとハードコアとかジャズのインストっぽい要素が強かったんですけど。ツアーを重ねたことで俺の力がグッと上がって、そこにみんなも追従しやすくなったのかなって。

——俺も『Shape of raw to come』を聴いて印象的だったのはまさにそこだったんですね。歌の輪郭が明らかにクリアになって、さらにバンドの演奏のすごみも増幅しているなって。

山田:歌うのが楽しくなったんですよね。俺自身、もともと歌うことが好きじゃなかったけど、最近はめっちゃ楽しいし、歌うことが好きになった自分がいて。トロンボーンも吹いてきたし、キーボードも弾いてるし、トラック作るのも好きだけど、最近はなんか歌うのが楽しいんですよね。

——Shape of raw to come』も2曲目の「retina SS」から歌への新しいアプローチが明確に聴こえてくるし、ラストの「Discherming us」にたどり着いた時に、この2曲を作った理由がその間の曲達で表現されてるなとも思って。本当に、歌が研ぎ澄まされてる。

山田:ありがとうございます。最初に「retina SS」とアルバムタイトル曲ができてから2ndアルバムのことを考え始めなきゃなと思ったところはあって。ラストの「Discherming us」は最後のレコーディングの前日くらいに作ったんですよ。自分の札幌感が出てる曲だなと思いますね。

——ベースにもどこまで過不足なく、あるいは引き算できるかという気迫も感じて。

ザキヤマ:みんなが出す音の中で自分のベースはどこにいなきゃいけないかということをすごく考えて。タイトルトラックも6分ある曲でフレット3つしか押さえてないんです。もっと引き算できるなとも思うし。

山田:今もそういうところがあるけど、前はもっとカマしたもん勝ちみたいな感覚が強かったから。

ザキヤマ:全員、赤レンジャーみたいな(笑)。

——あるいは全員、悪人みたいな(笑)。

山田:今は譲るところは譲る。真ん中にボーカルがあるというより、みんなの演奏を纏うようにボーカルがあるなって。

上京後の変化

——上京してからの音楽の向き合い方が変わったところもありますか?

山田:それを心配してたけど、あんまりないっすね。変わったっちゃ変わったところもあるけど……ネガティブな変化はなくて。もともと自分にとって住む場所がすごく重要なのはわかっていたので、上京と言っても住んでいるのは多摩川に近い川崎市のほう。いつも外にいる感覚がないと気が済まないので、雨の日も絶対に窓を開けてます。

——札幌に通じる何かを感じるところもある?

山田:ビルがないんで空が広いから景色が見れるのはいいですね。俺の部屋は3階なんですけど、周りに何もないから見晴らしが本当によくて。音も思いっきり鳴らしてますね。

——苦情とかは大丈夫?

山田:床がガンガンに揺れるくらいDJして1回だけ苦情が来たけど(笑)、コントラバス奏者が住んでたりとか、隣の人も声楽やってるみたいで昼間歌ってたりしていて。音楽やってる人ってそういう場所が好きなんじゃないですかね。ちなみにザキヤマも近所に住んでます。

ザキヤマ:オーナーに「音出してもいいですか?」って訊いたら、「うちの主人も音楽好きなんで」って。今日も朝5時くらいまでMPCをいじってました。

——今はMPCをいじることが多いんですか? サンプリングでビート作ったり?

ザキヤマ:今はまだ趣味でいじってるんですけど、いつかできればいいなと思ってますね。バンドでもいろいろ使ってみたいですね。

山田:今までは全部、俺が主軸になって曲を作ってましたけど、みんな自分でいろいろやり始めたので。メンバーがネタを持ってきてくれたりして、ちょっと曲の作り方も変わってきて。バンドをやっていて、楽しいですね。

——それを言えるのは最高ですね。

山田:一定期間、集中してGEZANのサポートメンバーをやって「あ、やっぱりちゃんと自分のバンドをやりたいな」って気持ちが高まったんですよね。

——そういう意味でもGEZANのサポートはいろんな刺激がある。

山田:GEZANのサポートをやることで自分の地力が少なからず絶対に上がったなと思っていて。そこに自分がどうあるべきかを考える立場になることが今まであまりなかったので。自分のバンドでは自分のわがままを聞いてもらうことが多かったから。俺はロックバンドのサポートとしてバンドのサウンドをひと回り、ふた回りスケールを広げることが大事かなと思うんですよね。まぁ、それでもサポートにしてはかなり自由にやらせてもらってますけどね。

——さっきの歌の輪郭がクリアになったという面において、GEZANからのフィードバックも要因としてありますか?

山田:どうだろう? あ、でも、サポートでコーラスをやった経験は自分の中ですごく大きかったです。コーラスはセンターにいる人以上に自由にしちゃいけないじゃないですか。自分の中でよりその場のライヴにおける正確さじゃないけど、当てるところに当てにいくみたいなことをすごく意識してやれたから。

5月のカナダツアー

——5月に回ったカナダツアーはどうでしたか?

山田:トロントは開発が進んでいて、町並みモントリオールのほうが好きでしたね。でも、トロントも集客やお客さんの反応がよかったのが嬉しかった。あと、カナダって空気が札幌に似てるんですよね。地元感があって、海外に来た感じがあんまりなかったというか(笑)。あ、モントリオールで俺がすごく好きなジョナ・ヤノ(Jonah Yano)というシンガーソングライターが連絡をくれて。オフの日にドライブに行って楽しかった。それが一番よかったな。

ザキヤマ:モントリオールのお客さんはみんな音をじっくり聴いてくれる感じで。そいうところも「札幌っぽいよね」って話してました。

山田:俺等の曲って展開が多いじゃないですか。人の意識として、ループしてるところがあればあるほど音楽として認識しやすくなるらしいんですよ。俺等の曲みたいに展開がガクンと落ちたりする時に日本人のライヴだと集中力が切れるきっかけになることがけっこうあるなって、ライヴをやりながら感じてるんですけど、カナダのお客さんはガッと集中して聴いてくれてる感覚がすごくあって。それが新鮮だったしめちゃくちゃ嬉しかった。あと環境として日本は過ごしやすいんだなと思いましたね。日常的に銃があるわけでもないし、タバコも安いし、ご飯もおいしいし。でも、銃社会自体は嫌だなと思うけど、1人ひとりが考えることを投げ出したりしないんだなとも思った。夜中とか本当に人が歩いてないし、飲みすぎる人もあんまりいなくて。1人ひとりの責任感とか、自分のことは全部自分で考えるんだなって空気として感じました。なんでもそうだけど、レールを引くと考えなくて済んじゃうので。そういうことも思いましたね。

1回目の「THE JUSTICE」

——ここからは「THE JUSTICE」について。初開催だった前回は2020年2月で、コロナ直前だったんですよね

山田:超ギリギリっす。

ザキヤマ:この1週間後の「さっぽろ雪まつり」で初めて北海道でコロナが出て。

——パンデミック以降は時間感覚がバグってるところもかなりあると思うんですけど、初回の「THE JUSTICE」はどんな感触が残ってますか?

山田:そもそもイベントの目的が、音楽性は自分達とは違うけど、札幌にあったニッチな音楽シーンに影響されていて。そういうところと若い子を繋ぎたいと思って、前回は俺等よりも上の世代の人達と俺等よりもずっと若い人達みたいな感じでブッキングをしっかり分けた感じだったんですよね。the hatchと同世代とか少し下のオルタナティブだったり実験的なバンドって、バンドシーンとクラブシーンを行き来するような人達がほとんどいなくて。でも、3年前くらいからシーンを気にすることなく多様なジャンルの音楽に興味を持って近づいてきてくれる20歳前後の若くておもしろいバンドが急に出てきて。それをちゃんと混ぜてあげたいと思ったんですよね。

——これは誤解だったら申し訳ないんだけど、碧くんは徹底的に自分の表現に注力していて、地元のバンドの世代を繋げることとかにそこまで興味がないという印象があったんですよね。

山田:ああ、自分の表現の結果論みたいなものにこだわっていたところがすごくあるんですけど。なんだろう? 俺はちょっと狂気じみてるくらい音楽というものに対しての信仰心が強くて。自分が音楽に還元するために、自分が新しい音楽を作っていきたいという。でも、歳を重ねてそういう思いで音楽を作る人の母数が増えたほうがいいし、世代関係なくもっとみんなにそういう意識を持ってほしいという気持ちで「THE JUSTICE」をやり始めたところはあります。

——札幌のシーンは特異なおもしろさがあるから、絶対に他にはないイベントになるだろうし。

山田:そうっすね。やっぱり独特だし、GEZANやthe hatchのツアーで全国のいろんなところに行きましたけど、札幌みたいにある程度の人口や文化がある土壌でグルグルとインディーズシーンとかオルタナティブな音楽も積み重なっている感じは、本州とはまた違うねじれ方をしているなって思います。

——いろんなスタイルやアティチュードを持ったバンド、アーティストがいると思うけど、通底している何かはなんだと思いますか。

山田:暗い。

ザキヤマ:そうだね。

山田:メジャーシーンとかに憧れてやってる人達はちょっと違うかもしれないけど、普通に自分の中からスッと出てくる音楽を作っていったら、暗いのができるというか。

——あらかじめ持っている凍てついた哀愁であったり。

山田:凛としてるというか。俺等はわりとそれを悲しい表現として認識してないんだけど、たぶん本州の人からすると暗く感じるんだろうなと思います。

——それは過剰な表現性ではなく、あくまで平熱というか。

山田:そう、すごく平熱なんですよ。ただ、ちょっと背筋が伸びるような感覚はあって。そこに対して悲しみというより、居心地がいいと思うんだけど。やっぱり1年の3分の1は雪が積もってるので。寒いって暑いよりもずっと外にいられないから内側にこもっていく感覚が強いんだと思います。

——死に近づくもんね。

山田:そうっすね。しかも俺なんてストーブとかエアコンがマジで嫌いだったから、家でスキーウェア着て過ごしてました(笑)。

ザキヤマ:で、窓開けて(笑)。

上の世代と若い世代を繋げたい

——ザキヤマさんはどうですか? 札幌のシーンの特異性について。

ザキヤマ:僕も23歳くらいの時から札幌のシーンを見てきたけど、やっぱり全国的に見ても全然違うなと思うんですよね。自分もそういう音を出したいと思ってたけど、じゃあなんで札幌のバンドがそういう音になっているか考えたら、ますますわからなくなっちゃって。気候の影響もあるかもしれないし、東京に対しての負けん気とかも出てるからそこでオリジナリティが培われているのかなとか思ってたんですけど、それだけじゃないなって。上京してからも札幌のバンドを見てると、フィットするというか、「カッコいい音って、やっぱりこれだよね」ってなるんですよね。それは若いバンドのライヴを観ても思うし。なんなんですかね? その理由がわかる日が来るのかな。

——その謎は一生解けなくてもいいのかもしれないし。

ザキヤマ:「とりあえず聴け」って言い続ければいいかなって。「THE JUSTICE」に関しては、1回目でなんのトラブルもなく終わったのはイベントとして素晴らしかったなって。じゃあ2回目もすぐやろうかという話をしようとしたら、コロナが来て。

山田:トラブルはあったけどね。イベントの前日に俺の家で殴り合いのケンカが起こったり。1人は家を飛び出して、同じ場所にいさせられないから、もう1人をタクシーでザキヤマの家に連れて行って。それで飛び出したほうを追いかけて、なだめて「俺の家に帰ろう」って歩いて帰っていったら、家の向いのマンションが大火事になっていて。

ザキヤマ:ヤバい、全部思い出した!(笑)。

山田:そいつとマンションに氷を投げたりして。周りの部屋の人を「火事!」って叫んで起こしたら、声が枯れて翌日のライヴはマジでクソだった(苦笑)。

——すごい2日間だったんだ。

山田:イベントに関しては、上の世代の人達はこれくらいの規模感で東京のバンドを呼んでやってたけど、「THE JUSTICE」はもうちょっと地域に向けたいと思ってる。札幌で実際に活動している音楽家の人達の未来になることが目的で。多く人にリーチするアーティストを呼びたいとかそれによってthe hatchとしてのステップアップがどうという考えとは違う気持ちがありますね。

ザキヤマ:確かに。立ち上げた時からそうだね。

——上京してからそういう思いが強くなった部分もありますか?

山田:札幌が元気なくなっちゃったなと感じて。シーンの中で自分の存在がちょっと大きくなっちゃったなとも思ったんですよ。札幌を出た理由の1つでもあるんですけど。

——the hatchや碧くんがアイコンのようになったということですか?

山田:コロナの中でも活動的に動いていたというのもあるんですけど、どのシーンの現場に行っても目立ちすぎて存在が大きくなっちゃったというか。俺がいるかいないかで、そこで起きている物事のクオリティとかに影響するような存在になりたくなくて。焚き付けてはあげたいけど、俺はその火種を遠くから見てるほうがたぶん好き。今年の春くらいから、またいろんなおもしろいことがたくさん起こり始めてる。

ザキヤマ:マジで今の札幌、おもしろいっすよ。

——具体的に言うと?

ザキヤマ:ガッツのある若い子がめっちゃ増えましたね。それこそ、「THE JUSTICE」は初回も今回も高校生は無料なんですけど、前回の「THE JUSTICE」の時はまだ高校生でお客さんとして遊びに来ていた子達が今バンドやっていて、今回は出演者として参加するんです。

——ああ、イベントのあり方として最高ですね。

山田:そうなんですよ。

ザキヤマ:ちゃんとカッコよくて、札幌らしい。そういう若い子達が増えてる。

山田:今回もずっと真摯に音楽と向き合ってる上の世代のバンドもいるけど、もうちょっと俺がカッコいいと思っていること以上に、これから生まれてくるものがどうなっていくかという期待を込めてブッキングした感覚がすごくあって。コロナ禍以降、若い子はSNSとかインターネットの中から音楽の情報をすごい速さでインプットしているけどそれはあくまでネット上に上がっているものの中だけで、逆に上の世代はもっと現場で直接つながりや情報を得てきていたので、この3年間で以前のようには双方に交流できてないなというもどかしさを感じていて。the hatchがいるからとかじゃなく、札幌の若い子達と自分が見てきた偏屈で真摯な音楽家達が現場で繋がって、自由でコマーシャルに揺れない、音楽が生まれていくサイクルが回っていけばいいなという願いが「THE JUSTICE」にはありますね。

——フッドから生まれる音楽がより自由に交錯していけるように。

山田:うん。サウンドロンドンのジャズのシーンみたいに教育的に何かやることはできないけど、あれも何が大事かって、その土地で生まれたものに対してシェアし合うような意識だと思うんですよ。それで世界的に通用するジャンルにもなってるわけじゃないですか。それはサウンドロンドンだからできたことじゃなくて、土壌とちゃんと回っていくサイクルがあればできることだと思うから。前回以降、バンドシーンにいた人が気軽にプレシャスホールとかクラブに遊びに行ったり、ジャズのセッションシーンの顔を出すようにもなっていて。音楽を楽しめる場所ならどこでも楽しんじゃうみたいなやつらが増えてるなって。

ザキヤマ:この3年で全く違うサイクルが生まれてるので、このタイミングで2回目を開催するのはすごくいいと思います。

——そのイベントを1棟のビルでやるというのもいいですよね。

山田:もう、クッソ汚い、スナックしか入ってなかったようなビルの地下に昔からライブハウスがあって。それが「161倉庫」というライヴハウスなんですけど。THA BLUE HERBも練習に使ってたらしく、歴史のあるハコ。北大からもめちゃくちゃ近くて、大学生とかも使ってる。ハコ代が3万円とかなんですよ。

——気軽に企画を打てるんだ。

山田:そう。金のない学生のバンドとか、全然お客さんが来ないような実験的なバンドやアンダーグラウンドな音楽を受け入れてくれるハコで。the hatchの初めての企画もそこでやって。東京からリアクションがあるまでは、本当にそこだけでイベントをやってたし、ひどい時はお客さんが人くらいしかいなかった。the hatchのルーツですね。

ザキヤマ:完全にルーツです。初めて行った時は緊張しましたね。

山田:まともな換気設備もないので、夏場は床に水溜りとかできます。

——前回は2月だったからよかったけど(笑)。

山田:そうなんですよ。だからけっこう心配してますね(笑)。でも、一筋縄ではいかない音楽なので、そういうところ込みで絶対に今の札幌のシーンの面白さを感じてもらえると思うので。

ザキヤマ:絶対にヤバいイベントになると思います。

Photography Mayumi Hosokura

札幌出身のポストハードコア・オルタナティブバンドthe hatch主催のイベント”THE JUSTICE”が7月9日、札幌市 西沢水産ビル内4会場にて開催決定。2020年2月開催以来、コロナ禍を経て久々の復活となる。総勢51組のアーティストが、札幌駅から北へ2駅行ったところにある、西沢水産ビルに集結。地下1階の「161倉庫」と「秘密基地」、2階の「zippy hall」がライブ・DJフロア。地下の「胡蝶」という部屋がFOODスペースとなり、来場した各々が好きな時間に好きな音や空間を選択し楽しめる1日限定のイベント。

■the hatch presents”THE JUSTICE”
日程:2023年7月9日
時間:13:00〜22:00
会場:札幌市 西沢水産ビル内 (161倉庫、ZIPPY HALL 他4会場)
住所:札幌市東区北16条東1-2-10
料金:¥3,000 高校生以下FREE

■出演:
-LIVE-
食品まつり/THE GUAYS/odd eyes/KK manga/BANGLANG/CARTHIEFSCHOOL/CHEMTRAIL/chikyunokiki/DEERMAN/DMPC/DON KARNAGE/Glans/GOREFLIX/Is Survived By/KOPY/MEAT COP/nessie/Nobody Celebrates My Birthday/olololop/otaco/ōu/Paska Roska/pol/RDB5/SAD EXPRESS/SETTNN/Sky Mata/Spartankixx/SUPERNOW/the hatch/tommy△/Tattletale/VERBXIABRIXO/黄倉未来/湿った犬/タデクイ/テレビ大陸音頭/天国旅行/喃語/南光照/モトヤマフミオ/ヤングラブ/ランチブレイク
-DJ-
BIOPASSWORD2/katana/mitayo/OGASHAKA/soichiro/TOMMY(BOY)/ARIKA/有田くん
-SHOP-
穴木ストア/交信/OVEN UNIVERSE/salon タレ目/Watral/pierce, ice dalnum 5 09 1 8
-FOOD-
待夢/台湾料理ごとう/たべるとくらしの研究所/C-origin
-照明・装飾-
佐藤 円/SUU
http://thejustice.html.xdomain.jp

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「時流に関係なく、自分達がずっと聴いていられる曲を作っていく」 おとぎ話・有馬和樹インタビュー後編 https://tokion.jp/2022/08/09/interview-otogivanashi-kazuki-arima-vol2/ Tue, 09 Aug 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=138654 ニューアルバム『US』をリリースしたおとぎ話の有馬和樹インタビュー。後編では、男性性からの解放や日比谷野音でのライブについて。

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おとぎ話・有馬和樹インタビュー後編

昨年、結成20周年を迎えた4人組バンド、おとぎ話。この6月にリリースされた彼らの最新作『US』は、驚くほどスウィートかつポップな楽曲群によって編まれている。自身が最高傑作と位置づけた2018年リリースの『眺め』で、バンドはミニマルな構造を持つサウンドプロダクションとグッドメロディが織りなす音楽像に一つの到達点を見た。それを経て、2019年にデジタルで先行リリースし、2020年にパッケージ化した『REALIZE』では“サイケデリックなネオソウル”というコンセプトを打ち出したが、これはオリジナルアルバムではなく、企画盤としての性格を持つ作品だという。『REALIZE』がオリジナルアルバムとしてナンバリングされていない驚くべき経緯はこのインタビューで明らかになっているのだが、『眺め』と『REALIZE』で形象化した音と歌の結晶が、この『US(アス)』というバンド史上最も開かれたポップアルバムを生み出したのは間違いない。そして、8月13日には過去最大規模となる日比谷野外大音楽堂での単独公演が開催される。ここに至るまでのあまりにドラマティックなストーリーをフロントマン、有馬和樹が語ってくれた。

前編はこちら

——それで、『眺め』という自分達で最高傑作だと思える自信作を作れたという。

有馬:そう。『眺め』でバンドのやり方として1つの形が見えて。そこからどうしようかという時に「ルイ・ヴィトン」の話がきて。写真は世の中に出ていかなかったけど、それをきっかけにもう一回真逆の音楽への取り組み方を4人でできたのはホントにラッキーだったなと思って。それが『REALIZE』で。

——もし『REALIZE』が作れなかったら燃え尽き症候群になっていた可能性もある?

有馬:なってたと思います。『眺め』の1曲目の「HOMEWORK」ができた時にずっとやりたいことができたなって思っちゃって。あの曲もずっと同じコード進行をループしながら作って、その中でどんどん景色が変わっていく。ギターで景色(サウンドスケープ)を変える曲の極地に行けた気がしたから。そうなるとそれを更新するしかない。レディオヘッドで言うなら『OKコンピューター』を作って、また同じアルバムを作るのかなと思っていたところを、『REALIZE』で『キッドA』を作れたみたいな。だから、めちゃくちゃよかったんです。

——わかりやすい(笑)。

有馬:で、さらに今回の『US』ができたので。全部が腑に落ちていて。この前、「アトロク」(TBSラジオ「アフター6ジャンクション」)に出た時に宇多丸さん(ライムスター)が「このアルバムはロックバンドの作品なんだけど、その範疇に収まってなくて、僕みたいな人にもすごく刺さる」って言ってくれて。すごくうれしかったんですよね。

——『US』を作るうえで全体をけん引した曲はどれですか?

有馬:1曲目の「FALLING」ですね。ヒップホップ的というか、ループの中でメロディーと、あんまり主張しないような歌詞なのになぜか残るような感じにしたくて。今回、歌詞は男性性や女性性を限定しないようにかなり意識して。もともとあまり限定してなかったけど、今回は今まで以上にフラットにしたくて。

——それはやはり現代社会の様相と自分のソングライターとしての作家性を照らし合わせてそうしたいと思ったんですか?

有馬:そうですね。ジェンダーレスな社会になってきている時代ですけど、俺はもともとバンドをやりながら「ロックバンドは男に聴かれてナンボでしょ」みたいなことを言う人にずっと違和感があって。そういうところにも世間との乖離をずっと感じていたし、世の中がコロナになってからさらに醜悪な男性性が浮き彫りになるようなニュースとかも目にするようになったなって。映画監督のセクハラのニュースとか最悪だと思ったし、1981年生まれの自分の世代ってけっこうそういうのがあたりまえのようにあったなと思って。

——露骨な差別とか、暴力の肯定とか。

有馬:そう。男子校に通ってたからより「男はこうあるべきだ!」みたいな空気があって。

——マチズモ的な暗黙の了解だったり。殴られたら殴り返さないと男じゃない、みたいな。

有馬:そうそうそう。そういう空気の中で男性として答えられない自分がずっといて。性的嗜好もストレートで結婚もしたんだけど、去年、離婚しちゃって。

——ああ、そうだったんだ。

有馬:そうなんですよ。離婚する時もどこかで男性として応えられない自分がいたというか。そういうことも考えながら、すべての人が主人公として聴けるような曲を作ろうと思ったんですよね。でも、40(歳)すぎてやっと自分が抱えてきた違和感と意識的に向き合って、そういう曲を作ろうとなったのかと思うとショックでもありましたね。

「いつ聴いても最高でOK!」みたいなアルバムを目指して

——おとぎ話が歩んできた道のりの中でインディーシーンにもいろんな潮流があったと思うんですけど。泥臭いバンドこそインディーズという時代もあったと思うし、USインディーからのフィードバックが全盛の時もあったし、東京インディーとかシティポップというワードが独り歩きしていった時代もあったし、そこからブラックミュージックや現代ジャズやヒップホップやあらゆるビートミュージックをニュートラルに捉えてそれぞれのスタイルで昇華するという現在進行の様相があったり。本当にいろんなレイヤーがあるんですけど、この『US』というアルバムはそういう潮流をポップに見渡せるような、呼応していけるような趣があるなと思ったんですよね。

有馬:それ、すごくうれしいっす。まさにそうだと思う。おとぎ話って、初期のほうが「周りがこうだから」って見え方ばかり考えてた気がして。わりと早い段階でパンク系のファンの人達には届かないって自覚して、「自分達は自分達だからいいや!」と思いつつも、やっぱりロックバンドが強かったので「あのバンドと対バンするならこういう曲があったほうがいい」って思ったりしていたんです。でも、そういうのも『REALIZE』を作った時に関係なくなって。そうなった瞬間にすごくラクになったんです。じゃあ『US』を作る時にどういうアルバムにしたいのかなって思ったら、小沢健二の『LIFE』みたいな、「いつ聴いても最高でOK!」みたいなものにしたくて。だから、もうこれからのおとぎ話はそういうアルバムだけ残していければいいなって思ったんです。そうすれば時流とか考えないで済むしたくさんの人に届く気がします。

——なるほど、めちゃくちゃ合点がいきますね

有馬:ひたすら自分達がずっと聴いていられるアルバムを残そうと思って。

——『US』は本当にスウィートでポップなアルバムなんだけど、今の東京に住んでる者としてはいろんな聴こえ方がするというか、ときに真逆の内容、その裏側の世界を想像してしまうというか。それこそ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』じゃないけど。

有馬:ああ、そっか。歌詞もサウンドも余白ばっか残してるしね。ポール・トーマス・アンダーソンの最新作の『リコリス・ピザ』って映画があるじゃないですか。

——奇遇にも今夜観に行きます(笑)。

有馬:あ、マジですか! 俺観たんですけど、『リコリス・ピザ』を観たら、「超『US』じゃん!」って思って。普通に自分が思ってるようなことをラブソングにしたら、いろんな人が自分の思い出を重ねるように感動してくれるんじゃないかなって。そう思えたことがめちゃくちゃうれしくて。『リコリス・ピザ』を観てもらえたらわかると思うんですけど。

——言い方が難しいけど、私生活で離婚という経験があって、よくこういうラブソング達を書けましたよね。

有馬:でも、それも自分を俯瞰してるからじゃないかな。男性性のこともそうだし、どう足掻いても自分は変わらないなと思って。バンドも今このタイミングでなぜこんなによくなるのかと思ったら、結局他人だからなんですよね。バンドって他人なんだけど、自分のようにメンバーに接してしまう。それでイライラしてケンカしたりするんだけど。でも、他人が自分とバンドをやりたいと言ってくれてるだけで基本的には否定する余地がないよなぁと思って。そう考えたらどんどんラクになってきて。「じゃあ自分は離婚したけど、どんな人間なんだろう?」って考えたら、すごく女子度が高い。たまたま女子度が高い男だというだけだなと思って。歌詞も「それでいいや! もう自分がやりたいようにやろう!」と思って書いたんです。

——おとぎ話を続けてきたから、そういう境地まで来ることができた。

有馬:そうですね。それはよかった。バンドをあきらめていたら何にも気づけなかったですね。

単独公演としては最大キャパの日比谷野外大音楽堂

——今日もここまでの道のりをカラッとした語り口で話してくれたけど、深刻に話そうと思えばいくらでもできるだろうし、そうならないのはおとぎ話というバンドと有馬くんのチャームがあってこそだと思う。

有馬:ホントにいくらでも深刻に話せる(笑)。もう、ポップだったらなんでもいいっすね。

——最後に8月13日の日比谷野外大音楽堂のワンマンについて。単独公演としてはバンド史上最大キャパになるんですよね?

有馬:そうです。最大です。怖くてしょうがない。できればやりたくない(笑)。

——でも、野音の抽選は激戦だし、なかなか取れないじゃないですか。

有馬:そうなんですよ。もともとは去年、一番お世話になっているライヴハウスの新代田FEVERのスタッフ達が「おとぎ話、20周年なのに何かデカいことやらないんですか?」って言ってくれたんです。でも、俺達自身は流れのままにやってきたし、そういうお祭り事に対して全然やる気がないので。そしたらFEVERが「じゃあ一緒に抽選に申し込んで当たったらタッグを組んでやりましょうよ!」って提案してくれて。それで1年間ずっと抽選に行ってたら、最終的にFEVERがこの日を引き当ててくれて。

——それもバンドが愛されてる何よりの証左ですよね。

有馬:ホントに愛されてるなと思います。ありがたい。そうじゃなかったら野音なんてできないですもん。野音は『US』モードでやりつつ、新しい10年の始まりになればいいなって。お客さんにも気楽に音楽を楽しんでもらいたいです。俺はそこに思想とかないし、そもそも音楽ってそういうもんでいいよねっていう、そういうライブをしたいですね。

おとぎ話
有馬和樹(ボーカル・ギター)、牛尾健太(ギター)、風間洋隆(ベース)、前越啓輔(ドラムス)の4人組。2000年の12月にバンド結成。2021年までに11枚のアルバムをリリース。felicity移籍第一弾アルバム『CULTURE CLUB』(2015年)に収録された『COSMOS』と映画『おとぎ話みたい』における山戸結希監督とのコラボレーションは未だに熱烈なフォロワーを生み続けることに。結成20周年を経てもバンドの新しい音楽表現に挑む姿勢に各界クリエーターからのラブコールも止まない。2022年6月、待望の新作『US』をリリース。そして8月13日には日比谷野外大音楽堂でのライブ<OUR VISION>を開催。「日本人による不思議でポップなロックンロール」をコンセプトに掲げて活動ケイゾク中。
http://otogivanashi.com
Twitter:@otogivanashi
Instagram:@otogivanashi
https://www.youtube.com/channel/UCd4QzATsDnJqvwG9pmmX6NA

おとぎ話 12th album『US』 Label : felicity / P-VINE

■おとぎ話 12th album『US』
Label : felicity / P-VINE
¥2,970 
Track List
1. FALLING ★リード曲 
2. BITTERSWEET
3. DEAR
4. ROLLING
5. RINNE
6. VOICE
7. VIOLET
8. SCENE
9. VISION
10. ESPERS
https://p-vine.lnk.to/cvpf3d

日比谷野外大音楽堂公演<OUR VISION>

■日比谷野外大音楽堂公演<OUR VISION>
日程:2022年8月13日
時間:開場16:00/開演17:00
チケット発売中:全席指定¥6,600

Photography Ko-ta Shouji
Edit Atsushi Takayama(TOKION)

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「20年以上バンドを続けて今が最高にいい状態かも」 おとぎ話・有馬和樹インタビュー前編 https://tokion.jp/2022/08/06/interview-otogivanashi-kazuki-arima-vol1/ Sat, 06 Aug 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=138642 ニューアルバム『US』をリリースしたおとぎ話の有馬和樹インタビュー。前編では、『REALIZE』誕生の秘密から、20年以上オリジナルメンバーで活動してきたからこそ、到達した現在地について。

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おとぎ話の有馬和樹

昨年、結成20周年を迎えた4人組バンド、おとぎ話。この6月にリリースされた彼らの最新作『US』は、驚くほどスウィートかつポップな楽曲群によって編まれている。自身が最高傑作と位置づけた2018年リリースの『眺め』で、バンドはミニマルな構造を持つサウンドプロダクションとグッドメロディが織りなす音楽像に一つの到達点を見た。それを経て、2019年にデジタルで先行リリースし、2020年にパッケージ化した『REALIZE』では“サイケデリックなネオソウル”というコンセプトを打ち出したが、これはオリジナルアルバムではなく、企画盤としての性格を持つ作品だという。『REALIZE』がオリジナルアルバムとしてナンバリングされていないことの驚くべき経緯はこのインタビューで明らかになっているのだが、『眺め』と『REALIZE』で形象化した音と歌の結晶が、この『US(アス)』というバンド史上最も開かれたポップアルバムを生み出したのは間違いない。そして、8月13日には過去最大規模となる日比谷野外大音楽堂での単独公演が開催される。ここに至るまでのあまりにドラマティックなストーリーをフロントマン、有馬和樹が語ってくれた。

——この極めてスウィートかつポップな『US』というアルバムを語るうえで2018年にリリースした『眺め』と、2019年にデジタルで先行リリースし、2020年にパッケージ化した『REALIZE』という2枚のアルバムを振り返ったほうがいいかなと思うんですね。

有馬和樹(以下、有馬):そうですね。「おとぎ話ってどんなバンドだろう?」と思った時に、ちょっとつかみどころがないと思うんですね。自分もつかみどころがないバンドとして曲を作ってきたし、だから、おとぎ話というバンド名にしているところもあるんですけど。実は「圧倒的にわかりやすくてポップなバンドなのにつかめない」というコンセプトは僕の中でずっとあって、『眺め』を作った時に1回ロックバンドとしてやれることを全部やりきっちゃったなと思ったんですね。

——リリース時のインタビューを読んでも『眺め』はおとぎ話の到達地点という言い方をしてますよね。

有馬:そう。で、そんな時にコロナ前の2019年に実は「ルイ・ヴィトン」からモデルのオファーがあって。それは昨年亡くなった(ルイ・ヴィトンのメンズ アーティスティック・ディレクターを務めていた)ヴァージル・アブローさんからのリクエストでということで。

——え!?(笑)。それはヴァージルご本人からの指名で?

有馬:ヴァージルさんの代理人みたいな人から連絡がきて。たぶん、ラッパーのクルーのほうのTHE OTOGIBANASHI’Sを誘おうと思って検索したら、俺の写真がヒットしてそうなったと思うんですよね(笑)。

——ハンパじゃないエピソードだな(笑)。

有馬:有馬のエスニックな顔が気に入って「君にやってほしいんだ」って連絡が来たのかなと。実際に撮影したんですけど、結局その写真はお蔵入りになってしまって。

——それはなぜ?

有馬:わからないっす。フォトグラファーデュオのイネス&ヴィノード(Inez & Vinoodh)が来日して撮影してくれて。ゴールデン街で撮影しながら有馬の顔を見て「アメージング!」とか言ってくれてたんですけどね(笑)。

——なんか、パラレルワールドみたいなエピソードですね(笑)。

有馬:ホントに。他にもアーティストや俳優さん達がモデルになってたりしてたんですけど、そのセッション自体がお蔵入りになってしまって。でも、その写真が出る前提でレーベルのfelicityと「来年オリンピックもあるし、せっかくだから海外の人達に対して名刺代わりになるようなアルバムを作ろうか」という話をしていて。それで『REALIZE』を作ったんです。でも、コロナになって、オリンピックも延期になり、撮影もお蔵入りになり──。

——そんなことがあったんだ。海外のリスナーに対する目線もあったから『REALIZE』も“サイケデリックなネオソウル”というコンセプトを強く押し出したと。

有馬:そう。もともとポーティスヘッドとかソランジュが大好きだし、そっちの方向性に特化したアルバムを作ろうと思って。ジャケットも俺の顔を全面に出して、日本のリスナーに向けてというよりは海外のリスナーに対してルックとしてカッコいいおとぎ話を配信アルバムとして提示するという感じで。あえてジャケットも俺のソロみたいな感じにしたんです。そういうコンセプトがあったんですけど、結局、ルイ・ヴィトンの写真がお蔵入りになっちゃったので『REALIZE』という配信アルバムだけが残ってしまって。『REALIZE』は制作のやり方も、ドラムとかも全部俺が自分でループを組んでエディットしながら作ったんですね。

——制作の方法論自体もあえてミニマルにしたと。

有馬:そう。自分の頭の中で鳴っている音をまさにそのまま出して作ったのが『REALIZE』だったんです。最初からポップではないなと思っていたし、でも、次のアルバムを作るならその手法を活かしながらめちゃくちゃポップなものにしたいと思って。それでできたのがこの『US』なんですよ。

20年以上オリジナルメンバーで活動する奇跡

——本当にいろいろな予期せぬ出来事が起こって、『US』にたどり着いた。

有馬:「ルイ・ヴィトン」の件も去年までは公言できないと思っていたし。さらに去年、ヴァージルさんも亡くなってしまったり。いろいろありましたね。でも、『US』で試したかったことはそもそもずっと頭の中にあったことでもあるから、自分の中で腑に落ちたんです。いつかこういうアルバムを作りたいと思っていたけど、ロックバンドだからできないだろうなと思ってたところもあったんです。20数年活動している中でほぼ半分以上の時間がメンバーのスキルに合わせて制作しているみたいなところがあったので。そのうえで『REALIZE』はほぼ自分が先導してメンバーに「こう弾いてほしい」というやり方でできた作品でありつつ、メンバーが4人ともめちゃくちゃ気に入ってる作品でもあって。今までで一番よかったと言ってるメンバーもいたんです。そこでかなり安心したんですよね。で、新しいアルバムを作るとなった時にレアグルーヴとかでブラジルのバンドの曲で「なんでこんなモダンなの!?」みたいな隠れた名曲が発掘されたりするじゃないですか。ああいうムードを持つアルバムにもしたいなと思って。

——バンドサウンドでありながら、フロアの鳴りがめちゃくちゃよかったり。

有馬:そうそう。DJの人達に「オシャレな曲だろ? 実はおとぎ話というバンドなんだよ」とか言われたいみたいな(笑)。そういうことばっかり考えてましたね。制作もめちゃくちゃ楽しくて。

——だから、今かなりバンドの風通しがいいんだろうなと。

有馬:めっちゃいいっすよ。過去最高にいいかもしれない。今、バンドではリズムの話しかしてないっすね。

——いかに引き算できるか、とか?

有馬:そうっす、そうっす。なんか、海外のバンドってメンバー全員が同じ方向を向いて、同じようなノリの話をして、お酒を飲むまでの流れが1つのグルーヴになってるから演奏が上手いのかなとか思ったりして。おとぎ話も20年以上バンドをやってきて、いまだにみんなでファミレス行ったりしてるから、そういうのもいいのかなと思ったり。

——でも、2022年現在、20年以上オリジナルメンバーでバンドを続けるって相当奇跡的なことだと思うんですよ。

有馬:そうっすね。周りの同級生で、オリジナルメンバーでバンドやってるやつらはほとんどいないっすもん。

——おとぎ話の同期のバンドやミュージシャンって誰になるんですか?

有馬:同期というか、俺がずっといた東高円寺のライブハウス、U.F.O.CLUBで一緒にやっていたのはドレスコーズの志磨遼平とか前野健太くんとか。

——濃いし、フォトジェニックなメンツですね。

有馬:2人(志磨と前野)とも、おとぎ話がバックバンドをやってライブしたことがあるんですよ。でも、そう考えるとおとぎ話だけ変なバンドだとは思います。異物感がやっぱりあるなって。

マネージメントは最初から完全セルフ

——おとぎ話は2007年に1stアルバム『SALE!』をUK PROJECTからリリースし、そこから曽我部(恵一)さんがオーナーのROSE RECORDS、felicityとレーベルを渡り歩きながらリリースを重ねてきましたが、マネージメントは最初から完全セルフでやってきたわけですよね。

有馬:そうっす。1回も事務所がついたことはないですね。

——当初からあえてどこにも所属しなかったんですか?

有馬:いや、ホントはもうラクになりたいし、ずっと「なんで誰も声をかけてくれないんだろう?」って思ってましたよ。レーベルにしても例えばfelicityは自分から「僕らのアルバムを出してください!」って直談判して。でも、そこで「どうやって制作する?」って訊かれた時に「妥協したくないのでリハスタ代は自腹で! その分、レコーディングお世話になります!」って言ったら「今どき珍しいバンドだな」っていろんな人から言われました。でも、事務所に所属してるバンドとか練習のスタジオ代もお金を出してもらえるというので。最初は「何それ!?」ってビックリしましたけどね。ずっと指くわえてそういうのを見てましたね(笑)。

——今から「一緒にやらない?」っていうプロダクションが現れたらどうしますか?

有馬:「(契約料は)いくらですか?」って訊きますね(笑)。普通にもういい歳なので。しっかり話すし、うれしいとかそういうこともなく、「あなた大丈夫ですか?」って思いますね。

——もう、そういうところに期待はしないよね。

有馬:しない、しない(笑)。

——最初のUK PROJECT時代は銀杏BOYZと親和性が高いバンドというところからスタートしたと思うし、ライブの動員なども含めて実際にその恩恵もあったと思うんですけど。

有馬:初期はめちゃくちゃありましたね。

——当時はこのまま階段を上がっていくのかなという感じでしたか?

有馬:上がっていくんだろうなぁと漠然と思いながらも、でも、僕達の本質は全然、銀杏BOYZじゃないから。ダウナーな曲が多いし、ずっと夕焼けを見てるだけみたいな曲しかないから(笑)。全然リスナーの背中を押さないんですよ。それに気づいたリスナーは離れていきましたね。でも、そこからずっとお客さんが回ってる感じなんですよ。最近だと20代の女の子のバンドに「実は中学生の時ずっと聴いていて、おとぎ話といつか対バンしたいと思ってがんばってました!」って言ってくれる子がいたりして。20年以上やっているとこんなこともあるんだなと思いますね。

——でも、当初は求められることと自分達の本質の齟齬にストレスを感じていた。

有馬:ずっとストレスを感じてましたね。そのストレスが外に放出されるならいいんだけど、内のほうに向かっていって。メンバーとケンカして殴り合いするとかいっぱいあったんですよね。で、felicityに行くタイミングで一旦バンドが破綻しそうになって解散しかけたんです。でも、そのタイミングで自分が今までやってきたことが本当にやりたいことじゃなくて、それをメンバーにあたっていたことに素直に謝れたのがすごくよくて。そこからは曲を書くのがめちゃくちゃ楽しくなったんです。

——それまではずっとバンドの危機があったところを何が繋ぎ止めていたんですか?

有馬:なんだろうな? 誰も聴いたことがないような変な曲を作り続けてはいたし、メンバーもそれを演奏するのが楽しかったんだと思います。この前、うちのドラム(前越啓輔)が、「惰性で音楽をやってないから。有馬、俺はまだバンドをやってるのが楽しいんだよね」って言っていて。

——いい話ですね。

有馬:「おおっ! 酒奢ったろうか」って思いました(笑)。

後編へ続く

おとぎ話
有馬和樹(ボーカル・ギター)、牛尾健太(ギター)、風間洋隆(ベース)、前越啓輔(ドラムス)の4人組。2000年の12月にバンド結成。2021年までに11枚のアルバムをリリース。felicity移籍第一弾アルバム『CULTURE CLUB』(2015年)に収録された『COSMOS』と映画『おとぎ話みたい』における山戸結希監督とのコラボレーションは未だに熱烈なフォロワーを生み続けることに。結成20周年を経てもバンドの新しい音楽表現に挑む姿勢に各界クリエーターからのラブコールも止まない。2022年6月、待望の新作『US』をリリース。そして8月13日には日比谷野外大音楽堂でのライブ<OUR VISION>を開催。「日本人による不思議でポップなロックンロール」をコンセプトに掲げて活動ケイゾク中。
http://otogivanashi.com
Twitter:@otogivanashi
Instagram:@otogivanashi
https://www.youtube.com/channel/UCd4QzATsDnJqvwG9pmmX6NA

おとぎ話 12th album『US』
Label : felicity / P-VINE

■おとぎ話 12th album『US』
Label : felicity / P-VINE
¥2,970 
Track List
1. FALLING ★リード曲 
2. BITTERSWEET
3. DEAR
4. ROLLING
5. RINNE
6. VOICE
7. VIOLET
8. SCENE
9. VISION
10. ESPERS
https://p-vine.lnk.to/cvpf3d

日比谷野外大音楽堂公演<OUR VISION>

■日比谷野外大音楽堂公演<OUR VISION>
日程:2022年8月13日
時間:開場16:00/開演17:00
チケット発売中:全席指定¥6,600

Photography Ko-ta Shouji
Edit Atsushi Takayama(TOKION)

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短編映画『絶滅危惧種』で描かれた“野崎くん”の世界 https://tokion.jp/2022/06/21/the-world-of-hirotaka-nozaki/ Tue, 21 Jun 2022 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=122460 動物園や水族館に足しげく通いながら、映像制作に関わる日々を送っている“野崎くん”こと野崎浩貴が手掛けた、短編映画『絶滅危惧種』の背景を紐解きながら謎多き“野崎くん”の実像に迫る。

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クリエイターの発掘・育成を目的に、山田孝之、阿部進之介、伊藤主税によって発足した短編映画プロジェクト「MIRRORLIAR FILMS(ミラーライアーフィルムズ)」は、さまざまなジャンルで活動する36人の監督が“変化”をテーマに制作した。36作品の中の1つ、『絶滅危惧種』で野崎浩貴が映した吸血鬼とゾンビと人間の優しくも小さな棘が存在する世界。本作の制作秘話や彼の世界観を形成した背景を紐解く。

まるで呼吸をするように動物園や水族館に足繁く通いながら、映像制作に関わる日々を送っている“野崎くん”こと野崎浩貴。彼が、短編映画オムニバスプロジェクト「MIRRORLIAR FILMS」の1作品として初の劇場公開作品を完成させた。この短編映画『絶滅危惧種』は、マジョリティーに存在しているマイノリティーという骨子、子ども達を見つめる眼差し、ゾンビや吸血鬼やクリーチャーを愛でるような趣向、そして、動物園の描写と、15分の中で野崎くんの独創的な作家性やある種のフェティシズムを凝縮したような内容になっている。このインタビューでは『絶滅危惧種』の背景を紐解きながら、いまだ謎多き野崎くんの実像に迫ってみた。

16万回再生された話題のショートフィルム制作から5年。サラリーマンから映像監督へ

──野崎くんがYouTubeで公開した菅田将暉さん主演のショートフィルムSummer breakを監督したのは、2017年でしたよね。

野崎浩貴(以下、野崎):そうです。玉ちゃん(ファッションブランド、「TTT MSW」のデザイナーである玉田翔太)とダッチくん(映像作家の山田健人)と一緒に作りました。僕がまだサラリーマンをやっていた時ですね。

──あの作品以降、野崎くんがいつか劇場公開の映画を撮ることは周りの近しい人達は漠然と感じていたと思うのですが、野崎くん自身は映画を撮りたいという気持ちはずっと持ち続けていたんですか?

野崎:そうですね。サラリーマンを辞めて4、5年経つんですけど、そこからフリーの立場でドラマの脚本のお手伝いや映画のプロット協力をちょこちょこやっていて。自分が監督を務めるイメージで長編映画の脚本やプロットを勝手に書いたりもしていたんですけど、やっぱり映画はそんな簡単に撮れるものじゃないので。主に一番の問題はお金ですけど(笑)。

──まずはバジェットをどのように集めるかという大きな壁がありますよね。

野崎:そうなんですよね。実はここ数年の間に自分の監督作品を撮ろうと動いていたところもあったんですが、コロナなどもありそれがずれ込んでしまっていて。そんなタイミングで今回の短編企画のオファーをいただいたんです。

──そういう流れだったんですね。

野崎:結果として、短編ですが今回、自分が監督する初の劇場公開作品になったという感じですね。オファーをいただいたのはたしか2020年の夏頃でした。今回の短編企画もまたコロナの影響で公開が数ヵ月延びてしまいましたが。先日完成披露上映会があったんですが、やっぱり劇場のデカいスクリーンで観るのは特別な喜びがありました。尺が15分の短編といっても、映画館のように逃げられない空間で観てもらえるのはいいなあと。パソコンで観ると(シーンを)飛ばせちゃいますし(笑)。あとはオムニバス作品が劇場公開されることも貴重だし、試みとしてもすごくありがたかったです。

ゾンビと人間が共存する『絶滅危惧種』制作の過程

──この『絶滅危惧種』は野崎くんの作家性の特色が15分の中に凝縮されていると思うんですね。マジョリティーの中に存在しているマイノリティーという骨子であり、子ども達を見つめる眼差しであり、ゾンビや吸血鬼やクリーチャーを愛でるような趣向であり、そして、動物園の描写であり。自分の作家性や趣向を凝縮する、という意識はプロットを書く時点からありましたか?

野崎:そうですね。まず、今回の企画のオファーをいただいた時に100万円という規定の予算感も鑑みながら5つか6つくらいプロットを作ったんです。だから、『絶滅危惧種』とは全く異なる物語が他にもあって。予算的に難しいプロットもあれば、予算内で撮れそうな部屋で繰り広げられる話もあって。

──それは密室劇的な?

野崎:そうです。ただ、この予算感だと登場人物が限られるから密室劇的な作品が絶対に多くなるだろうなと思ったし、お客さんのことを考えたらバリエーションがあったほうがいいなと思ったんです。だったら一度予算のことは置いておいて、自分の好きな要素を詰め込んだ作品にしたいと思って。今Netflixの『ストレンジャー・シングス 未知の世界』やジュブナイルものの人気が高いし、僕自身が『学校の怪談』などが小さい頃から好きだったので、子どもが主人公で、かつ自分の好きな要素を入れた物語を作ってみようと。だいぶ要素を入れすぎちゃった感もありますけど(笑)。そして最終的にクラウドファンディングで多くの方々のご支援もあって完成することができました。

──でも、やっぱり動物園の動物達の切り取り方もそうだし、野崎くんにしか撮れない画だけで作品が構築されてますよね。

野崎:嬉しいです。15分の尺なのに1分半も動物の画がありますからね(笑)。15秒くらいだと状況説明になってしまうので、違和感を覚えるくらい長く使いたい気持ちがあったので。編集の方と尺を調整している時も15分ギリギリになるからどこか削らないといけなくなったんですけど、動物のシーンの1分半は絶対に削らないようにしました。

──『絶滅危惧種』というタイトルとテーマはプロットの段階から決まっていたんですか?

野崎:そうですね。人間よりも人ならざるものがマジョリティーになっているみたいな世界は『地球最後の男』や『アイ・アム・レジェンド』、『デイブレイカー』など、いろいろありますけど、今回はゾンビも吸血鬼も人間のことを襲わない世界で、さらに人間がマイノリティーとして特別扱いされていてポジティブな差別を受けてる話にしようと思って。だから、ホラー的な要素はいっぱいあるけど、1ミリも怖くないんです(笑)

──ただ、不可思議な怖さみたいなものは空気としてずっとそこはかとなく漂ってますよね。

野崎:あ、そういう感じもありました?(笑)。

──ありましたね(笑)。冒頭のドッジボールのシーンから。主人公の男の子を通して、例えばロイヤルファミリーが一般人の中で覚える違和感ってこういう感じなのかなと思ったり。

野崎:そうですね。ネガティブないじめではなく、向こうは特別扱いしてくれるけど、こっちの気持ちをなんとも汲んでもらえない孤立感というか。すごく嫌なやつは1人も出てこないんだけど、その中で悶々としている主人公を描きたくて。あからさまにいじめを受けていたら、そんなの最悪でしょということになるけど、そういうわけじゃないからなお居心地が悪い(笑)。

──子ども達への演出や演技指導はどうでしたか? 特有の難しさとおもしろさが両方あったのではないかと想像しますが。

野崎:子どもって本当に集中力が切れるスイッチがあるんですよね。まあ、大人もそうですが。スイッチが切れたらその瞬間から「ワーッ!」って遊び始めちゃう。あとは何時間かすると、「お母さん!」って母親を呼びに行っちゃったり(笑)。そういうことも含めて子ども達を演出するのは楽しかったです。

幼少期の実体験から生まれたマイノリティの意識

──野崎くんの中で、こういう居心地の悪い優しさによる疎外感みたいなものはずっと描きたい感覚としてあったんですか?

野崎:無意識の中でもそういうことを感じながら生きてきたんだと思います。自分が小学生の頃に考えていたこともちょっと反映しているので。僕はロイヤルファミリーではないので(笑)、集団の中で特別扱いされるああいう孤立感を覚えたことはないですが、小学生くらいから集団社会の怖さって生まれるじゃないですか。例えば、みんなで騒いでいたのに、僕と何人かだけ先生に怒られて、みんなの前に立たされ、「授業妨害したんだから謝りなさい!」と言われたときに、それまで一緒に騒いでた人達も「謝れ! 謝れ!」って一変したり。

──ありますよねえ。

野崎:ああいう集団心理の怖さや危うさを感じる経験が小さい頃からあったので、マジョリティーに対してひねくれてる感覚をずっと持ってるかもしれないですね。

──裏を返せば自分はマイノリティー側の人間なんだという意識をずっと持っていたということ?

野崎:例えば自分が好きな作品等に対して、「そんな映画を観てるの?気持ち悪」とか、そういう意地悪をされたことはないですけど、好きなものは偏ってますよね。僕はお人好しで生きてきたけど、でもそれは嫌なことが積み重なって、お人好しになっちゃった部分もあるかもしれないです。

──お人好しというか、社会性はすごく高いですよね。

野崎:人は好きですよ。友達のことも大好きです。でも、そういう集団の空気に冷めちゃうこともありますね。

──ふと我に返って、真顔になるような。

野崎:はい。スポーツ観戦したり、みんなと一緒に盛り上がることもありますけど、たまに冷静になっちゃう時もありますね。

──野崎くんはつねに人間観察しているような印象があります。友達と一緒にいる時もその場を楽しみながら、それこそ動物園で動物を見つめるような眼差しで観察しているところもあるのかなと。個々人の生態の違いを観察しているというか……。

野崎:確かに動物園に頻繁に行くようになってから、生き物に対して全体的に──動物と同じように人間もいろんな人がいることに対して愛おしく感じるようになったところがあります。ムカつく人がいても、その人の子ども時代のことをイメージしてみたり(笑)。そうすると、あんまりムカッとこなくなったりして。勝手なイメージですけど、「この人はこういうことがあったから、こういう人になったのかな」って思うと、あまりその人を全否定するような感覚がなくなってくる。僕はムカついたりしてもそんな露骨に態度に出すことはないですけど、人に対してムカッ! とすることも大人になってきてだいぶなくなりました。あ、でもたまにありますね(笑)。

生き物の本能的な動作に惹かれる

──動物園に足繁く通うのが日常になったことが大きなターニングポイントでもあったんですね。

野崎:デカかったですね。就職活動もうまくいかず大学卒業後にフラフラしている時に動物園に頻繁に行くようになったんですが、当初は動物を観察するだけではなく、自分のことをいろいろ考える時間も動物園で過ごしていて。当時は日々、動物園に逃げてたから周りの友だちには心配されてましたけど(笑)。たぶん、思い返すと大学4年の就職活動の時が一番過剰に客観的に周りを見ようとしていた時期だったと思います。自分の好きなことを1回置いて、とりあえず周りに迎合する気持ちがあったんです。でも、結果的にうまくいかなかったし、自分にとっても楽しい時間ではなかった。今はお金を稼げてはいないですけど、幸福度はすごく高いですね。

──例えばODD Foot Worksの「KAMISAMA」のMVもそうですが、野崎くんの映像作品は咀嚼したり、何かを口から吸い込んだりする描写が多い気がします。あれは個人的なフェティシズムみたいなところもあるんですかね?

野崎:そうなんですよね(笑)。僕自身はあまり意識してなかったんですけど、今まで監督した作品を観るとだいたい何かを食べたり、口に入れてるんですよね。

──大仰に捉えるならば、咀嚼したり口にものを入れる行為は生きることとダイレクトに繋がる行為でもありますが、生き物の本能的な姿に惹かれる部分もあるのかなと。

野崎:どんな生き物でも食べないと死んでしまうし、どんな思想の人であろうが、食べてる時や寝る時はみんな同じような表情をしてる。だから好きなのかもしれないですね。誰もが生き物の顔になる瞬間というか。

──一番無防備でもありますしね。

野崎:そうですね。モグモグしてるのが好きなんですかね(笑)。

──モグモグタイムが(笑)。

野崎:「KAMISAMA」のMVも人を殺して遺体の頭から人の記憶(タピオカ)を吸い込むシーンがありました(笑)。でも、本物の血は本当に苦手なんです。見ると脳貧血みたいになって気持ち悪くなってしまうんです。でも、映画のフィクションの世界で血糊とか人工的に作られたドロドロしたものを見るのは好きなんですよね。だから、今回出てくる血の色も鮮血というよりは、ちょっとトーンが暗いです。

母親と観たホラー映画が原体験

──でも、その血の色も野崎くんカラーと言えますよね。本当に幼い頃からさまざまな映画に触れてきたと思うんですが、映画の原体験はなんだったんですか?

野崎:今は僕のほうが映画好きですけど、母親がよく家でホラー映画を観ていたんです。親戚にも「2、3歳の頃から実写のホラー映画を観てたよね」って言われます。

──幼い子どもにはホラー映画を見せないというのは一般的な暗黙のルールみたいなところがあるけども、野崎家は違ったんですね。

野崎:なんでなんですかね? 「子どもだからこういうのは観ちゃダメ」とか、そういうことは全然言われませんでした。保育園や小学校1年生くらいの頃には『チャイルド・プレイ』や『13日の金曜日』を観てましたから。実際に起こった事件の影響を取り沙汰されてホラー映画が叩かれ出したこともあって、地上波ではホラー映画がだんだん放送されなくなっていきましたけど、僕が小学生くらいの頃は地上波でも『13日の金曜日』などの映画も残酷なシーンは一部カットされたりしつつも放送されてましたからね。今回の撮影で小学生達と話してるとみんなNetflixで『イカゲーム』を観てるって言うんです。やっぱり小さい子も人が死んじゃう話やちょっと怖いものが好きなんだと思います。あと、いまだに覚えてるのが、2000年に『エクソシスト』のディレクターズカット版が公開されて。当時、僕は小5だったんですが、雪の降る年末に劇場に観に行ったんですね。ブリッジをしながら階段を降りてくるシーンが本当に怖くて。それがトラウマになって自分の家の階段を登れなくなっちゃったんですよね(笑)。そうやってちゃんとビクビクしながらホラー映画を観てる状態がすごく好きでした。

──さまざまなカルチャーに触れるきっかけはすべて映画だったんですね。

野崎:本当にそうでした。音楽の入り口もほとんど映画でしたし。中学生になって好きになるスリップノットやマリリン・マンソン、ロブ・ゾンビもホラー映画でよく流れていたから知りました。あとはガス・ヴァン・サントの『パラノイドパーク』をきっかけにエリオット・スミスにハマったり、『フルメタル・ジャケット』を観たらザ・ローリング・ストーンズの曲を聴きたくなっちゃうようになったり……。デヴィッド・ボウイの名曲なども映画で知りました。あとはレイジくん(OKAMOTO’Sのオカモトレイジ)と仲よくなったきっかけも映画でした。一時期は2人で1日3作品ハシゴすることもよくありました。映画をきっかけに仲よくなった友達も多いです。

──そして、仲良くなった人達と動物園に行くという。

野崎:そうですね。動物園のいいところは、みんながそれぞれ勝手な行動をとっても楽しめるところです。誰かと普通に会うと気を遣ったりもするけど、動物園で遊ぶと自由行動なのがいいですよね。

──でも、同じ時間を共有している感覚もありますよね。

野崎:そうなんですよね。そういう感じが、僕にとってはすごく楽しいです。

──最後に、ここから映画監督としてのヴィジョンを聞かせてください。

野崎:近いうちに長編を撮る準備をしていきたいです。本当に人が死なない、ホラーでも全くない作品を最初、長編で撮ってみたいと思って書いていたんです。それももちろん引き続きやりたいと思いつつ、今回自分の好きな要素を入れたらホラーをやりたくなっちゃって(笑)。やっぱり『学校の怪談』的な、子どもが主人公の怖い物語を書きたいです。それこそ、普通に血がいっぱい出る作品も撮りたい。そういう意味では『絶滅危惧種』で自分のルーツに戻れたからこそ、やりたいことがさらに増えました。本音は最初に作る劇場映画は人が一切死なない作品でデビューしたかったんですけどね(笑)。

野崎浩貴
1988年生まれ。映像クリエイター。大学卒業後は権利処理の仕事に就職する一方で、甲本ヒロトとラジオ番組で共演し、きゃりーぱみゅぱみゅの友人としてテレビ番組に出演する等、メディアにも出演する。2017年に「ウィゴー(WEGO)」のキャンペーンにも登場。水曜日のカンパネラのアルバム「UMA」のアートワークやツアーグッズのデザインを手掛ける他、ODD Foot Worksのシングル「KAMISAMA」の映像を制作も行う。菅田将暉が主演したショートフィルム「Summer break」は再生回数が12万回超えとなり、話題になった。

Edit Noriko Wada
Photography Yuki Aizawa

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ラッパーであり、音楽家でもあること──Ryohuがソロデビューアルバムに刻んだ人生の軌跡と、この先への思い https://tokion.jp/2020/12/19/ryohu-recounts-his-journey/ Sat, 19 Dec 2020 06:00:39 +0000 https://tokion.jp/?p=15111 満を持してソロデビューアルバムをリリースしたKANDYTOWN所属のラッパー/トラックメイカー・Ryohuに、親交の深いライター・三宅正一が制作背景や込めた思いを尋ねる。

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KANDYTOWN所属のラッパー、Ryohuが1stアルバム『DEBUT』を完成させた。誰よりも自由にボーダーレスな活動を展開しながらヒップホップのフィールドのみならずバンドも含めさまざまなアーティストとセッションし、その闊達自在な音楽表現を研ぎ澄ませてきた彼が、30歳にして作り上げた本当の意味での処女作。それは、自身が歩んできた道のりを総括しながら、あるいは冨田恵一をはじめ信頼を寄せるプロデューサー/ミュージシャン達の力を借りてこれまで触れてこなかった音楽的なアプローチも見せながら、「今を生きる」=この人生を謳歌することの醍醐味を刻みつけた大きな1枚となった。Ryohuその人に本作が誕生するまでの軌跡を語ってもらった。

自分の人生を曲にしたらこういうアルバムになった

──Ryohuくんのこれまでの音楽人生を鑑みると、1stアルバムという響きがなんとも感慨深いものがあって。

Ryohu:むしろ「1stアルバム」という概念がなかったら、こういうアルバムを作ってなかったかもしれないですね。今までのようなあり方で活動をし続けるのはすごく自然なことでもあると思うんですけど、今年30歳になって──中高生から曲を作り始めて、19歳からズットズレテルズやBANKROLLというクルーで音楽をやり続けてきたことを考えると、このタイミングで1stアルバムを作ったことも自分にとって自然な流れだったかなと思うんですよね。ハタチになる前からハマくん(ハマ・オカモト/OKAMOTO’S)やレイジ(オカモトレイジ/OKAMOTO’S)に下北沢GARAGE(Ryohuのホームグラウンドともいえるライヴハウス)に連れて行ってもらって、そこからいろんなミュージシャンとセッションしてきて。その中で亮介さん(長岡亮介/ペトロールズ)やこいちゃん(小出祐介/Base Ball Bear)と出会って、本当にたくさんの先輩のミュージシャンと遊んできたから。ずっと僕は先輩からかわいがられてきた後輩という感じだったと思うんですよ。

──確かに。

Ryohu:でも、あの頃から30歳になった自分を、本当に漠然とだけど考えていたんですよ。後輩という感じではなく、自立している1人の男になりたいな、みたいな。20代までは流れに身を任せていけば大丈夫だろうと思っていたけど、30歳からはそれではちょっとカッコつかなくなるんじゃないかなって。

──実際に20代のRyohuくんはその時の流れや人との縁を大事にしながら風に身を任せるように音楽と向き合っていたように思います。

Ryohu:身を任せていましたね。むしろそうしようとも思っていたし。そうやって生きてきて、20代の終わりに結婚したり、今年の8月に子どもが生まれたりして。

──アルバムの曲で言うと、「Eternal」や「You」に父親になった心情が表れてますね。

Ryohu:「Eternal」も「You」も去年の12月くらいには録ってたんです。子どもができたということをこのアルバムを制作している時に知ったのでそれを歌詞に反映しようと思って。まだ男の子か女の子かわからなかったけど、「You」を書いて。

──そういう意味でもこのアルバムはRyohuくんの軌跡を記したドキュメンタリー的な作品でもありますよね。

Ryohu:そうですね。自分の思い出も込みの歴史的なものになったし、そういうアルバムにしたいと思って作ったところがあって。今までも作品は作ってきたけど、今まで以上に世の中に残すという意識が強かった。

──モニュメンタルな作品になった。

Ryohu:うん。あとは1stアルバムという冠が付いてることで聴きたいと思ってくれる人もいるだろうし。今までも聴いてくれてた人達に対することも含めて自分の音楽の熱量、重みみたいなものをこのアルバムに入れたかったというのはありますね。

Ryohu『DEBUT』

──制作時期が1年前、2年前だったらこういうアルバムに絶対にならなかっただろうし。

Ryohu:絶対になってなかったと思います。言いたい言葉、言える言葉が変わってきたというのはデカいと思います。逆に言えなくなった言葉もあるかもしれないけど。

──でも、間違いなくシンプルな言葉の強度が増したと思う。

Ryohu:それが30代の魅力なんですかね?(笑)。

──説得力だと思う。

Ryohu:そうですね。20代では言えなかった言葉の説得力かもしれない。だから、こういう音楽を作りたかったというよりも、自分の人生を曲にしたらこういうアルバムになったという感じですよね。

冨田さんのポップセンスとの融合が、僕ができるギリギリのポップ表現のライン

──まさに。ビートはトラップっぽい曲もあるけど、トラップのアルバムではないし、オールドスクールなヒップホップを知っているラッパーのアルバムではあるけど、ブーンバップ然とした作品でもない。本当にRyohuくんだけのヒップホップ像、音楽像を描いたアルバムだと思います。それはやはり多くの曲で冨田恵一氏とタッグを組んだことも大きいと思います。

Ryohu:超デカいですね。このアルバムって自分のことを歌ってる曲が多いから、みんなに広く向けて歌ってる曲があまりなくて。冨田さんと作った「The Moment」はスケールのデカい曲ですけど、基本的には自分の至近距離にあることに対して言葉を詰めてる。でも、逆に「The Moment」があったからこそ、自分自身をより深掘りできたのかなと思います。「The Moment」は究極にポジティブな曲だと思っていて。「The Moment」の「今に生きる」というワンテーマが、ほかの曲にも全部付随してるし、ほかの曲のゴール地点にもなっているというか。その連続を深く細かく描いてるみたいな。

Ryohu「The Moment」

──「The Moment」はいつ頃生まれたんですか?

Ryohu:えっと、時系列で言うと、本当はこのアルバムはもっと早くリリースする予定だったんですよ。確か夏前にはリリースする予定だった。でも、コロナのこともあって、僕自身がマインド的になかなか前に進めなかったんですね。曲を生み出さないといけないけど、「う〜ん……」という状態が続いていて。

──「No Matter What」という曲にそういう煩悶したマインドが表れてますよね。

Ryohu:「No Matter What」は唯一、コロナ禍と対峙している自分を歌詞にしましたね。でも、あとはポジティブな曲を多くしたかったし、コロナのことを反映している曲は一切なしにしたかった。で、「The Moment」は去年の12月にはマスタリングも終わっていたんですよ。

──あ、そんな前にできていたんだ。

Ryohu:そう。でも、3月くらいからコロナでライヴもできないという状況になっていったじゃないですか。それも踏まえて一回リリースプランを練り直そうってなって。「The Moment」のMVの内容も考え直した時にディレクションを担当してくれたPERIMETRONのMargtとプロデューサーの佐々木集と「この曲はコロナのことを反映はしてないけど、今この時代に生きるということをポジティブに発信できるよね」ということを話して。露骨なメッセージ性は打ち出してないし、あくまでみんながそれぞれこの時代に生きるということを考えられるようなMVになればいいかなって。今年はコロナ以外にもいろんな問題が表出した1年だったじゃないですか。

──人種やジェンダーの問題然りね。

Ryohu:そう。そのすべてがわかりやすい答えのある問題ではない。でも、だからこそ1人ひとりが考えなきゃいけない問題だと思ってるので。MVにはそういう思いも含ませながら「今、あの友達は何してるかな?」とか「友達とケンカしてるけどどうしよう?」みたいに悩む瞬間も、正直に生きるための問題でもあると思うということを感じられるようなものにしたくて。そこに大きいも小さいもないというか。そういうムードを持っているあのMVができたおかげで「The Moment」の厚みも増したと思うし。

──それだけ「The Moment」が持ってる曲のポテンシャルが高かったということでもありますよね。コロナ前に生まれたけど、コロナ後にも堂々と歌える曲になってるわけで。

Ryohu:そうですね。そこはやっぱり冨田さんの力が大きかったですね。

──ラップ+クワイアのアプローチはチャンス・ザ・ラッパーやカニエ・ウェストの例を出すまでもなくUSでは1つのスタイルとして認識されているけど、Ryohuくんがクワイアのアプローチをするのは意外でもあった。でも、この曲を聴いて、「なるほど、その手があったか」と思ったんですね。

Ryohu:1人で作ってたらこういうビートはできなかったですね。まず、そもそもポジティブソングみたいなものを作ったことがなかったから。「ポジティブって何?」ってところから始まってるから(笑)。

──「ポジティブな曲だね」って言われることも今までだったらイヤだっただろうし。

Ryohu:そうですね。「元気出せ」とか「頑張れ」って言われると「うるせぇ」って思うタイプなので。「言われなくてもやってるわ!」って(笑)。でも今は、とにかく今を必死に生きることが何より良いことだと思っていて。

──「The Moment」のビートはよりその思いを乗せやすいと思うしね。

Ryohu:そう思います。アルバムに向かって制作する時にだいたいはシングル候補になりそうな曲をいくつか作るのが定番じゃないですか。その時に今回は僕が作ったビートじゃないほうがいいと思ったんですよ。もちろん、ビート自体は作ってたんです。でも、今回の1stアルバムにおける自分がやりたいと思ってることの一歩目は僕のビートだと今までとそんなに景色が変わらないところを歩いてるなって思われるのがすごくイヤで、究極的にはどこでもドアみたいな一歩目にしたかった。そのドアを楽しみながら開く自分、みたいな。そこからおもいきり駆け出していって、アルバム制作が終わるくらいの気持ちで臨みたいなと思って。冨田さんは同じレーベルメイト(SPEEDSTAR RECORDS)ということもあるし、あと2年前に冨田ラボに客演した仕事(2018年10月にリリースされた冨田ラボのアルバム『M-P-C“Mentality, Physicality, Computer”』で表題曲「M-P-C」を含む計4曲に参加)がすごく楽しかったんですよね。今まで数えきれないフィーチャリング曲をやってきたけど、近年で言えば一番刺激的だったなと思ってるくらいで。

──それはやはり音楽的な意味において?

Ryohu:そうですね。あとはやっぱり冨田さんの人間的な雰囲気も好きだし。

──あと、冨田さんからはヒップホップに対するリスペクトをすごく感じますよね。「The Moment」のコーラスの置き方にもそれは感じるし。

Ryohu:そう、すごくヒップホップを聴いてますよね。冨田さんがDJをやっていた時にヒップホップの曲をいろいろかけていて。

──ジャズやフュージョンの捉え方も含めて、根本的に本当の意味でオルタナティブな音楽家であるからこそ、比類なきポップマエストロとしての才気を発揮している人だと思うんですね。

Ryohu:うん。冨田さんのポップセンスとの融合が、僕が表現できるギリギリのポップ表現のラインだと思っていて。自分の感覚にある日本のポップスのフィールドで自分がソロでやれる限界が「The Moment」なのかなと思うんですよ。そのボーダーラインは数年後に変わってるかもしれないけど、今のボーダーラインはあそこだったというか。

──なるほど。すごく合点がいく話ですね。

Ryohu:去年の10月か11月くらいに冨田さんと打ち合わせをしてなんとなく「こういうのも良いですよね」と話してる中で一致したクワイアの曲があったんですよ。でも、僕もクワイアのビートは好きだけど挑戦はしてこなかったから、「何かのものまねにはしたくない」と冨田さんに言っていて。僕は普段教会に通ってるわけではないし、ゴスペルの文化的な背景に造詣が深いわけではないから。そこに僕がイージーに乗っかっちゃうのは1人の音楽家、ラッパーとしてダサいなと思っていて。だからこそ日本人のラッパーである自分がクワイアに乗る意味──それこそチャンスやカニエがやってるようなアプローチではなく、日本語のラップが乗る余地のある楽曲を目指したかったし、そういうものになって良かったなって思う。最初は不安もあったし、フィーチャリングでちゃんと歌えるシンガーを呼ぼうかなとも思ったんですけど、冨田さんが制作しながら僕の不安要素をどんどん取り除いていってくれたので、こういう形になりました。

──まさにプロデュースですよね。

Ryohu:そう思いますね。フックのリリックとかもスタジオでその場で書いて「こんな簡単な言葉でいいんですかね?」って聞いたら「むしろ今じゃないと言えないと思うよ」って言ってくれて。確かに家で書いたらもっと深いことを考えすぎちゃって伝わらないものになっていたと思うから。改めて冨田さんはすごいなと思いましたね。

ラッパーと、音楽家。その両方があるのが僕なのかなって思う

──「The Moment」があるからこそ「Heartstrings」のような内省的な曲やセルフボーストしている曲もより活きてると思う。

Ryohu:嬉しいですね。「Heartstrings」は唯一、自分の過去のあり方──曖昧こそがすべてだと思っていた自分を供養した曲ですね(笑)。

──ラストの「Rose Life」も「Ryohuがめっちゃ歌ってる!」って微笑ましくもグッとくる(笑)。

Ryohu:あの曲はラブソングだしちゃんと歌わないとな、みたいな。ビートだけずっとあったんだけど、照れがあるからずっと歌詞を書けなくて。

──「Tatan’s Rhapsody」で手紙を朗読しているのはRyohuくんのおばあさんですか?

Ryohu:奥さんのおばあちゃんです。ちょうどこの前、奥さんのおばあちゃんからもらったリアルな手紙を発見したんですけど、これを読んだ時に僕の言いたいことをおばあちゃんが書いてくれてるなと思って。音楽との向き合い方とか。

──音楽の本質をシンプルに語ってくれてるようなね。

Ryohu:そうそう。この手紙の内容は僕の活動のあり方にもリンクするし、僕がそれを説明するんじゃなくて、おばあちゃんが僕に言ってくれてる言葉がそのままこのアルバムを聴いてくれる人達にも伝わったらいいなと思って。それで「音読してください」って頼みました。すごく喜んでくれましたね。

──何度も言うようだけど、本当に人生って感じのアルバムになりましたね。

Ryohu:人生ですね。さらにここから続いていくし。

──メジャーリリース云々というよりも、30歳になったRyohuが自分の人生と音楽の現在地を描いて、さらに冨田さんの力も借りながらフレッシュなポピュラリティにタッチできたということをすごく重要だと思います。

Ryohu:晴れて、翼が両方生えた感じがしますね。

──ちなみにKANDYTOWNのメンバーからの感想は?

Ryohu:「音楽家だね」って言ってくれましたね。すごく言われるのは、僕はラッパーではあるんだけど、いわゆる生粋のラッパー像ではないというか。「だからRyohuは長く音楽家としてもあり続けられるんだろうね」って言ってもらいましたね。

──ある時期から自らラッパーだけではなく音楽家としての道も歩み始めていたと思います。

Ryohu:そうですね。シンプルに音楽が好きだからその道を選んだのかもしれないですね。

──KANDYTOWNのビートも音楽家として作ってるような感触があるんですよね。

Ryohu:ラッパーであり、音楽家でいるというのはデカいキーワードかもしれないですね。本来なら音楽家の中にラッパーも含まれるのかもしれないけど、僕の中ではそれぞれ独立した状態にあって。その両方があるのが僕なのかなって思う。

──話が早いかもしれないけど、このアルバム以降、あるいは2021年に向けてのビジョンはありますか?

Ryohu:あえてまだ考えないようにしてます。それこそこのアルバムをみんなに聴いてもらって、いろんな感想や思いを知りたいなと思って。1stアルバムをリリースしたという実感を楽しんだあとに感じることが次の作品につながるのかなって。唯一、今言えることがあるとすれば、このアルバムは参加してくれる人達がこれまで以上に増えたんですけど、もっと増えてもいいのかなと思っていて。もっといろんな人が参加してるアルバムを作ってみたいですね。今回は自分自身を歌うことに重きを置いたけど、次はフックをフィーチャリングゲストに歌ってもらう曲がいくつかあってもいいと思うし。今まで一緒に遊んできた人、意外と一緒に曲は作ったことがなかったけど仲の良い人、ステージ上のセッションはしたことあったけど初めて一緒に曲を作る人とか、そういう人達と制作をしてみたいと思いますね。それくらい、2020年はこのアルバムを作るためにやり切りました。

Ryohu
HIPHOP クルー・KANDYTOWN のメンバーとしても活動するラッパー/トラックメイカー。10 代より音楽活動を始める。OKAMOTO’S のメンバーとともにズットズレテルズとして活動。2016 年、KANDYTOWN として1stアルバム『KANDYTOWN』をリリース。2017 年にはソロとして本格始動し、EP『Blur』(2017年)、Mixtape『Ten Twenty』(2018 年) を発表。Base Ball Bear、Suchmos、ペトロールズ、OKAMOTO’S、あいみょんなどさまざまなアーティストの作品にも客演。
Twitter:@ryohu_tokyo
Instagram:@ryohu_tokyo
https://www.ryohu.com/

Photography Kentaro Oshio

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