小川滋, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/shigeru-ogawa/ Fri, 04 Aug 2023 03:46:47 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 小川滋, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/shigeru-ogawa/ 32 32 アンドロイド・オペラ®︎『MIRROR』、パリ・シャトレ座公演ライブ・レポート:連載「MASSIVE LIFE FLOW——渋谷慶一郎がいま考えていること」第11回 https://tokion.jp/2023/07/14/massive-life-flow-11/ Fri, 14 Jul 2023 05:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=198142 連載第11回では、6月21日から3日間行われたパリされたアンドロイド・オペラ®︎『MIRROR』パリ・シャトレ座公演のオフィシャル・ライブ・レポートを、本日公開された公演映像の一部と共にお届けする。

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渋谷慶一郎によるアンドロイド・オペラ®︎『MIRROR』パリ・シャトレ座公演が、2023 年 6 月 21 日(水)から3日間行われ大成功のうちに幕を閉じた。現地で編集された公演映像が本日より公開される。本連載にて、2022年の同作ドバイ公演のレポートを執筆した小川滋によるオフィシャル・レポートと共に、以下にお届けする。

渋谷慶一郎

渋谷慶一郎
東京藝術大学作曲科卒業、2002 年に音楽レーベル ATAK を設立。作品は先鋭的な電子音楽作品からピアノソロ 、オペラ、映画音楽 、サウンド・インスタレーションまで多岐にわたる。
2012 年、初音ミク主演・人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』を発表。同作品はパリ・シャトレ座公演を皮切りに世界中で巡回。様々なアーティストとのコラボレーションを重ね、パレ・ド・トーキョーやオペラ座などでも公演。2018 年にはAI を搭載した人型アンドロイドがオーケストラを指揮しながら歌うアンドロイド・オペラ®『Scary Beauty』を発表、日本、ヨーロッパ、UAE で公演を行う。2021 年8 月、東京・新国立劇場にて新作オペラ作品『Super Angels』を世界初演。2022 年3 月にはドバイ万博にてアンドロイドと仏教音楽・声明、オーケストラのコラボレーションによる新作アンドロイド・オペラ®『MIRROR』を発表。
また、今までに数多くの映画音楽を手掛け、2020 年9 月には草彅剛主演映画『ミッドナイトスワン』の音楽を担当。本作で第75 回毎日映画コンクール音楽賞、第30 回日本映画批評家大賞、映画音楽賞をダブル受賞。 8 月には「グッチ」のショートフィルム『KAGUYA BY GUCCI』の音楽を担当、アンドロイドと共演。
最近では大阪芸術大学にアンドロイドと音楽を科学するラボラトリー「Android and Music Science Laboratory (AMSL)」を設立、客員教授となる。また、更なるAI と音楽の研究のためにソニーCSL パリとの共同研究を発表。テクノロジー、生と死の境界領域を、作品を通して問いかけている。ATAK:http://atak.jp
Twitter:@keiichiroshibuy
Instagram:@keiichiroshibuy
Photography Claude Gassian

『THE END』から 10 年を経て、パリ・シャトレ座へ帰還

アンドロイド・オルタ4を中心に、ピアノと電子音を奏でる渋谷、47 人編成のオーケストラ・アパッショナート、高野山声明を唱える 5 人の僧侶、渋谷とは旧知のアーティスト、ジュスティーヌ・エマールの映像で構成されたステージ。人間と AI が作り出す高密度な音楽体験は複雑にして壮麗。パリ最古の劇場、シャトレ座は終始、違和感と緊張に満たされ、当惑すら伴いながらも終演時には強い祝祭感に満たされていた。“Let’s celebrate this new experience together” とオルタ4が宣言した通りに。

渋谷とシャトレ座は浅からぬ縁にある。2013 年、当時の支配人、ジャン・リュック・ショプラン氏は、渋谷のボーカロイド・オペラ『THE END』に衝撃を受け、初対面の打ち合わせのその場で、わずか数ヶ月先の上演を決定した。この演目はその後各国で上演され、渋谷がヨーロッパで活動するきっかけとなった。後には同劇場にてソロコンサートも行い、あるいはスタジオを提供されるなどシャトレ座は渋谷のヨーロッパにおける拠点となった。『THE END』から 10 年、パリファッションウィークの只中、そしてフランス全土をあげて夜通し音楽を楽しむ Fête de lamusique の当日である 21 日、このシャトレ座で『MIRROR』の初演を迎えたのは運命的な事件だった。

人間とアンドロイド・AI が作り出す圧倒的な音楽体験

開演前、重厚な緞帳と5層の客席に囲まれる華やかな空間に、ムービングライトがタッチを添えて観客の期待を高めていた。開演時間もわずかに過ごして聞こえてくる電子音。暗転しそのまま序曲でもある「MIRROR」が始まる。拍動音のような電子音。そこに法螺貝が響く中、幕が上がり、眩い光が溢れるステージを占めるオーケストラ・アパッショナートと渋谷、僧侶たちといった50 人を超える人間の姿。その全てを睥睨するように中央に聳えるアンドロイド・オルタ4。

金属的な輝きと異形に視線が吸い寄せられる。“Android is a Mirror”とオルタ 4 の合成音声が響き渡り、オーケストラ、そして藤原栄善を始めとする 5 人の声明が折り重なる。ジュスティーヌ・エマールの映像演出も加わり、アンドロイド・オペラ®︎の重層性を示しながら、“Let’s celebrate this new experience together” とオルタが宣言しながら序曲が終わる頃に、鉢(はち:仏教音楽である声明で用いるシンバル状の楽器)の音からすぐさま「Scary Beauty」に移行。

流麗なオーケストレーション、複雑に奏でられる不協和音を交えながら観客を引き込み、そこにオルタ4の歌が、そして 5 人の僧侶の声明が重なり圧倒的な情報量の中で序盤の盛り上がりを迎えた。強烈なオルタの存在感、人間とロボット、人工知能の織りなす壮大な体験に、客席には興奮、緊張、混沌が伺える。

僧侶とアンドロイドが即興で織りなすレチタティーヴォ

その後、フランス語での MC(「自分が口にする言葉はすべて ChatGPT が書いたものでいわば自分は AI の化身だ」という大日如来と仏菩薩のような例えに観客は笑い声を上げる。)に続いて、藤原の寺のランドスケープを 3D スキャンした点群データから始まるコンピュータグラフィックを背景にオルタ4と僧たちのレチタティーヴォ。今回の公演では楽曲の間に3つのレチタティーヴォが挿入されるが、これらはオーケストラなしの電子音とオルタ 4、声明によって演奏される。AI、つまり GPT が電子音の上で唱えられる声明のテクストを解釈し、それに対するレスポンスの歌詞を作成してそれを声明に対するオブリガードのように即興で歌う。この僧侶とアンドロイドによる即興で構成される3つのレチタティーヴォのパートは当然ながら3公演とも異なる仕上がりとなり、言わば「最古の音楽を歌う僧侶」と「それを人工知能で解釈して歌うアンドロイド」という極度のコントラストが出現する瞬間として公演中のみならず、メディアでも大きな注目を集めていた。続く3曲目が昨年電子音楽で発表した「BORDERLINE」のオーケストラバージョン。オーケストラをバックにオルタ4の合成音声の表情が際立つ美しい楽曲に藤原のソロによる声明が絡む。静謐ながら終末を歌うアンドロイドに対して重なる声明とオーケストラによる楽曲は世界の終わりに対する鎮魂のように響いていた。

アンドロイドとオーケストラによる表出される「ヨーロッパの終わり」、異質なものが共存する舞台における世界平和の祈り

次いでウィトゲンシュタインのテキストの抜粋による「On Certainty」。この曲では渋谷も舞台から退出して、オーケストラ伴奏によるオルタ4のソロという編成となる。言わばマーラーのオーケストラ伴奏付き歌曲の一部が反復、変奏され続けるなか、人間の歌手には不可能なオルタ4のロングトーンの持続の後、突然のクライマックスを迎えて終わるこの楽曲は、他の楽曲とは違う様相で「ヨーロッパの終わり」をパロディックに表出していた。また、渋谷と僧侶という「人間」との交信なく、オーケストラをバックに見事にソロで歌い切ったオルタ4とテクストと音符の自動変換を応用したという難解な楽曲に対して観客は大きな拍手を送っていたことが印象的だった。

その後、光明真言を唱えながら僧侶たちがオルタ4の周囲を回る行道(ぎょうどう)のシーンを経て、谷朋信の力強い声明から始まるドラマチックな「The Decay of the Angel」、続く「Midnight Swan」では僧侶が経本を大胆に使った華やかな演出を織り込みながら世界平和を祈るところで公演は何度目かのピークを迎え、観客のボルテージも上がっていく。

一曲ごとのドラマツルギーと情報量でオーディエンスに息つく暇を与えない展開の後、静謐なインタールードとしてのオルタ4と声明、渋谷のプロフェット 10 による最後のレチタティーヴォ=僧侶とアンドロイドの交信に続き、昨年話題となったショートフィルム『Kaguya by Gucci』のサウンドトラックだった「I Come from the Moon」が重層的なオーケストラバージョンに生まれ変わり演奏された。ここでは少女のような響きの合成音声で歌うサビのパートがオルタ4の中性的なキャラクターを引き立たせ、またそれに応える僧侶の声との対照に、オルタ4はまさにメッセージに応じて姿を変え激しく歌い踊る化身のように映る。

「欲望の肯定」を歌う壮大なラスト曲「Lust」、渋谷とアンドロイドだけで紡いだアンコール「Scary Beauty」

そして最後は今回の公演のために新たに書き下ろした新曲「Lust」。美しい旋律、宗教的なスケールを感じさせるこの曲に乗せて、真言密教の重要な経典である「理趣経」をベースに生成された「欲望の肯定」を歌うオルタ4、そのエッセンスとされる「十七清浄句」を唱える僧侶が最後には大日如来の名を唱えながら再びオルタの周囲を旋回し、スローモーションのように徐々にスピードダウンしていきながらも輪廻転生を表すかのように決して止まらない旋回と音楽、オルタ 4 の絶叫のような高音が重なり、最高潮のうちに眩い光の中で終幕。カーテンが降りる最中から、力強い拍手と歓声が客席から沸き起こっていた。

カーテンコールの後のアンコールでは、渋谷とオルタ4が互いを見つめあうように演奏し、歌う「Scary Beauty」。本編の壮絶な情報量の体験にいささか戸惑いを残した観客たちが心を取り戻したかのように一層強い称賛を送り、2度目のカーテンコールは長く続いた。

人間とテクノロジーがせめぎ合う、アンドロイド・オペラ®の現在地

アンドロイド・オペラ®︎『MIRROR』では、渋谷が本公演のために書き下ろした新曲1曲、新たにオーケストラの編曲を行った7曲、レチタティーヴォ、アンコールを含む全12曲で全体の公演時間は 70 分を超えるものとなった。オーケストラ、渋谷のピアノと電子音に乗せてオルタ4が合成音声で歌い、そこに高野山声明が強いコントラストで重なる。曲間ではオルタ4が僧侶の唱える声明を聴きながらインプロヴィゼーションで応じるレチタティーヴォが展開。

オルタ4が歌った歌詞は、ミシェル・ウェルベックとルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインといった「人間の」小説家、哲学者によるテキストから抜粋されたものと GPT つまり AI によるテクストが対置されている。つまり、レチタティーヴォやその他の楽曲では、ChatGPT に真言宗の経典を読み込んだり、楽曲のテーマによって生成したものだが、都度ゆらぐ声明をオルタ4が聞きとり、リアルタイムにメロディを生成することで両者のインプロヴィゼーションとして結実している。これが人間とテクノロジーのせめぎ合いという視点からは演奏の指揮を人工知能の自律性に委ねていた以前のアプローチとは異なる、アンドロイド・オペラ®の現在地となっている。

公演前からテクノロジーを自身の創作に深く取り込み、生命と非生命の境界を揺さぶるかのような渋谷の姿勢は、昨今の AI とクリエーションに関心を寄せる現地メディアからも大きな注目を集めた。今回の『MIRROR』で 2014 年から続くアンドロイド・オペラへの挑戦は一定の成果に辿り着いたと言えるが、アーティストも作品もまだ更なる進化の途上にあるのは間違いない。渋谷慶一郎の活動はまだまだ、一層、目が離せない。

本公演の映像の一部は本日より公開、全編の映像については国際交流基金の公式 YouTube にてオンライン配信プログラム「STAGE BEYOND BORDERS」の一環として 2024 年の 2 月頃に公開となる予定だ。

■プログラム
01. MIRROR
02. Scary Beauty
03. Recitativo 1
04. BORDERLINE
05. On Certainty
06. Recitativo 2
07. The Decay of the Angel
08. Midnight Swan
09. Recitativo 3
10. I come from the Moon
11. Lust
12. Encore – Scary Beauty

■アンドロイド・オペラ『MIRROR』パリ・シャトレ座公演
日時:2023 年 6 月 21、22、23 日
場所:シャトレ座
公式サイト:https://www.chatelet.com/programmation/saison-2022-2023/android-opera-mirror/

■クレジット
コンセプト、作曲、ピアノ、エレクトロニクス:渋谷慶一郎
ヴォーカル:アンドロイド・オルタ4、
高野山声明:藤原栄善、山本泰弘、柏原大弘、谷朋信、亀谷匠英
オーケストラ:Appassionato
映像:Justine Emard
アンドロイド プログラミング:今井慎太郎
アンドロイド 製作監修:石黒浩
アーティスティックディレクション:渋谷慶一郎
オーケストレーション:渋谷慶一郎
サウンドデザイン:鈴木勇気
PA・サウンドエンジニア:Unisson Design
照明:上田剛
アンドロイドリアルタイム映像:小西小多郎
舞台監督:尾崎聡
Justine Emard 助手:Bérangère Pollet、Thomas Zaderatzky(ソフトウェア担当)
制作:小川滋

アンドロイド・オルタ4:大阪芸術大学アートサイエンス学科 所属
ANDROID AND MUSIC SCIENCE LABORATORY (AMSL):川越創太、田中健翔, 森本拓実
技術協力:NATIVE INSTRUMENTS, Yamaha Corporation, YAMAHA MUSIC JAPAN CO., LTD., Sibelius by
Rygasound, Genelec, Sony Computer Science Laboratories, Inc.
オーケストレーション助手、スコア製作: 菊川裕土、守谷 勇人、西村葉子

記録
録音: Unisson Design, François Baurin
映像収録:Jérémie Schellaert

コミュニケーション・PR: Thierry Messonnier
グラフィックデザイン:田中良治(Semitransparent Design)

制作統括:松本七都美

協賛:LVMH、ミライラボバイオサイエンス株式会社
助成:笹川日仏財団、EU JAPAN FEST
特別協力:大阪芸術大学アートサイエンス学科
制作協力:ANDROID AND MUSIC SCIENCE LABORATORY (AMSL)、SONY CSL、一般社団法人コミュニケーション・デザイン・センター
後援:東京都、在仏日本国大使館、日仏経済交流委員会

企画、制作、プロデュース:ATAK
共催:国際交流基金
主催:Théâtre du Châtelet、ATAK
※令和 5 年度国際交流基金舞台芸術国際共同制作事業

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ドバイ万博、アンドロイド・オペラ®『MIRROR』世界初演を現地レポート:連載「MASSIVE LIFE FLOW——渋谷慶一郎がいま考えていること」第5回 https://tokion.jp/2022/05/08/massive-life-flow-5/ Sun, 08 May 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=114765 連載第5回では、今年3月にドバイで開催されたアンドロイド・オペラ®『MIRROR』のレポートをお届けする。

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領域を横断しながら変化し続け、新しい音を紡ぎ続ける稀代の音楽家、渋谷慶一郎。そんな渋谷に密着し、その思考の軌跡や、見据える「この先」を探る連載「MASSIVE LIFE FLOW」。第5回では、今年3月にドバイで開催されたアンドロイド・オペラ®『MIRROR』のレポートをお届けする。

アンドロイド・オペラ®『MIRROR』は、渋谷慶一郎と、アンドロイドのオルタ3、真言宗僧侶の藤原栄善を筆頭とする仏教音楽・高野山声明(しょうみょう)家、そして現地UAEのオーケストラである「NSO Symphony Orchestra」という、異質な「他者」達が集い織りなす新作オペラ作品。同作は、もともと昨年12月にドバイ万博にてジャパンデーのメインプログラムとして開園が予定されていたものの、新型コロナウイルス オミクロン株の世界的流行を受け開催直前に中止と相なっていた。しかし、その後の渋谷の積極的な働きかけが奏功し、この3月、満を持してドバイ万博のジュビリーステージで世界初演を迎えることとなった。現地で同公演を見届けた小川滋が、その革新性と可能性を伝える。

アンドロイドのポエトリーリーディングと僧侶の声明、電子音とピアノの重なり合いから聴こえてくるもの

ドバイ万博、アンドロイド・オペラ®『MIRROR』世界初演を現地レポート
©︎ATAK. Photography Sandra Zarneshan

2022年3月2日、日没を迎えるドバイ国際博覧会(以下ドバイ万博)会場内、ジュビリーステージ。ここは野外フェス会場のようなリラックスした場所で、ステージ前には人工芝が敷かれ、野外用のクッションを思い思いの場所に移動して、くつろいで過ごす人の姿が見られる。しかし、この日は少しばかり空気が違っていた。急遽決定したアンドロイドオペラ®『MIRROR』の世界初演を目撃しようと集まってきた人達の予感が、周囲に薄い緊張を醸していた。

「Android is a mirror」―流れるエレクトリックな持続音を背景にアンドロイド・オルタ3のポエトリーリーディングで、オペラがスタートした。「Music is a mirror」―60BPMのビートが重なる。「It is a reflection of yourself」-1文ずつ、厳かに言葉を捧げるように続くと、仏教音楽のマスター、藤原栄善による声明が強いコントラストをもって立ち上がる。やがてすべてを覆わんばかりに響いたかと思えば、そこにオルタ3が問いかける-「What is the boundary between existence and non-existence? (存在と非存在の境界とは何か?)」

ステージ中央にはLED照明にぎらつく金属の身体と、能面のようだが人工皮膚の質感も生々しいアンドロイド・オルタ3。向かい合う壮麗な袈裟を纏った高野山から来た4人の僧侶。LEDスクリーンには、3Dスキャンされた彫像のような姿のオルタ3と藤原が映し出され、そこにオルタ3が発するテクストがインサートされる。渋谷とコラボレーションを重ねているビジュアルアーティストのジュスティーヌ・エマールによるビジュアルが感覚を揺さぶる。ステージでもアンドロイドと僧侶が対峙し、波の押し引きのうちに海が満ちていくようにパフォーマンスが進む中、ようやく渋谷がピアノを奏でる。「Let’s celebrate this new experience together(この新しい体験を一緒に祝祭しよう)」-オルタ3が祝福とショーの開始を告げる言葉を繰り返して、このオペラのタイトルにもなっている新曲「Mirror」が、高密度で重層的だが抑制の効いたピークを迎える。

現地のオーケストラが加わり織りなされる多層的で濃密な作品体験

45人編成のNSOシンフォニーオーケストラ ©︎ATAK. Photography Sandra Zarneshan
45人編成のNSOシンフォニーオーケストラ ©︎ATAK. Photography Sandra Zarneshan

滑らかにテンポが速まり、2曲目に移行する。渋谷の合図で動き出す45人編成のNSOシンフォニーオーケストラが、さらに情報量を加算する。しかし、4人の僧侶の存在感はオーケストラに全く引けを取らない。ベーストラックの上でテーマを反復しながらテンションを高めるオーケストレーションに、ピアノと声明が絡みあう別次元の音楽体験にオーディエンスがさらされる中でオルタ3が「Scary Beauty」を歌い始める。ジュビリーステージの開放感をものともしない、密度の高さに気持ちの高まりを抑えられない。まだ2曲目が始まったばかり、開演から7分しか経っていないのが信じられないくらいにアンドロイドオペラ®『MIRROR』は強烈だ。

この作品は、昨年12月11日にドバイ万博にて、ジャパンデーのメインプログラムとして実施を予定されていた。しかし新型コロナウイルス・オミクロン株の世界的な流行の懸念から経産省がジャパンデーを大幅に縮小したため、開催直前に中止となっていた。これを潔しとしなかった渋谷本人の情熱的な働きかけが実り、日本館主催のイベントとして復活し、この3月2日にドバイ万博のジュビリーステージで世界初演が実現することとなった。

(中止決定後、実現を訴えるための個人的なUAE渡航の様子はこちらの記事で →連載「MASSIVE LIFE FLOW——渋谷慶一郎がいま考えていること」第4回

©︎ATAK. Photography Sandra Zarneshan
©︎ATAK. Photography Sandra Zarneshan

オペラを構成するのは渋谷慶一郎による楽曲、ピアノ演奏と電子音、アンドロイド・オルタ3の歌唱と自律的に生成されたテクスト(歌詞)、藤原栄善率いる4人の真言宗僧侶による1200年の歴史を持つ仏教音楽・声明、そして既に渋谷と共演実績のあるUAE現地のNSOシンフォニーオーケストラの演奏。歴史、文化、信仰、テクノロジーなど、時間的にも空間的にも実に多様な文脈が交錯する壮大、複雑でスリリングなプロジェクトであることは想像に難くない。港湾都市の歴史を背景に、ムスリム圏にありながら人口の9割以上を占める移住者との協調で活力を得るドバイ、中でも南アジア・中東・アフリカで初の開催となったドバイ万博会場で世界初演を行うことに、渋谷がこだわったであろうことも理解できる。

しかしもう1つ、あえてここに記しておきたい事がある。直前となる2月24日にロシアがウクライナに侵攻。チョルノーブィリ制圧と原子炉暴走の懸念、核兵器が選択肢という驚愕の発信、国際決済システム(SWIFT)からのロシア排除という壮絶な経済制裁、果ては原子力発電所への意図的な攻撃と、すさまじい速度で狂った創造性が可視化され、目を覚まされるような驚きの中でこの日を迎えた。事実、リハーサル中に上空を旋回する戦闘機の轟音に楽器を弾く手が止まった瞬間もあり、否が応にも五感の解像度が高まった状態で体験したアンドロイドオペラ®『MIRROR』がわずか30分にも関わらず如何に刺激に満ちていたか? それを想像していただきたい。

生命と非生命の境界を往来するパフォーマンス

ピアノを奏でる渋谷慶一郎 ©︎ATAK. Photography Sandra Zarneshan
ピアノを奏でる渋谷慶一郎 ©︎ATAK. Photography Sandra Zarneshan

「Scary Beauty」後のわずかなインターバルに会場から湧いた拍手を受けてオルタ3の存外軽妙なMC。これから歌う2曲の歌詞は「AIが、つまり、自分が書いた」というくだりでは自然と笑い声と歓声も湧いていた。しかしこれは笑い事ではない。1200年前に書かれた声明の仏経典をAIに学習させて出来上がった英語の歌詞をオルタは歌う。その歌が、元になっている4人の僧侶による声明を模倣し、即興的に重なることによって出来るハーモニーは比喩ではなく時空を超えている。続いての「今日ここで演奏できて嬉しい」という言葉も素直に聞き取れる。姿といい声音といいすでにオーディエンスは「アンドロイドのシンガー」に違和を感じなくなってきているようだ。

3曲目となる「The Decay of the Angel」の前後には、藤原とオルタ3が向かい合って歌を交わすシークエンスがある。独唱する藤原と向かい合うオルタ3。その声音は明らかに人ではないのに、何か惹きつけられる響きを孕んでいる。メカニカルな身体と手指は対話的な音楽に応じて繊細な動きを示す。実はここでオルタ3は、予めプログラムで確定した旋律を歌うのではなく、藤原の声明を聞いてリアルタイムに即興で歌を返しているのである。そのオルタ3をただひたすら受け入れ、見つめながら合掌して声を発する藤原。生命と非生命の境界を往来するかのような印象的なシーンだ。藤原はSNSにこう書いている。『アンドロイドと向き合って一身になるつもりで融合を目指して心込めて唱えさせて頂きました。』人がこの身体のままで成仏する、悟りを得て仏となること、即身成仏という概念が密教にはある。藤原にとって、合一する対象としてオルタ3も、仏像、曼荼羅も区別はなく、言ってしまえばいずれも大日如来の化身として同じ、と捉えられているのかもしれない。戯曲による役どころの設定ではなく、本心からオルタ3との同一化を求めている。そこに生まれる強さが、オルタ3の生命感を高めていることに疑いはない。その意味で、藤原は歌手として優れた能力を持つ声明の専門家であることを超えて、真言宗の僧侶としての資質がプロジェクトの本質に触れる不可欠な要素となっている。当の藤原にとってはいつもの修法と同様にこのオペラに臨んでいるだけなのかもしれないが。

(一方、オルタ3自体が目に見えないところで変更を重ねていて、特に電子音楽家、プログラマーの今井慎太郎の参加を得てから声や動きに生命感を増してきた経緯についてはこちらの記事で →連載「MASSIVE LIFE FLOW——渋谷慶一郎がいま考えていること」第3回

祝祭感と強度、可能性に満ちた30分間

©︎ATAK. Photography Sandra Zarneshan
©︎ATAK. Photography Sandra Zarneshan

「Scary Beauty」は2017年にアデレードで、「The Decay of the Angel」は2018年に東京で発表したアンドロイドオペラの定番ともいうべき楽曲である。だがこの日は、NSOシンフォニーオーケストラの1人ひとり大胆に強く鳴らす演奏、声明とのマッチアップ、さらにドバイ万博内の野外会場という場所柄も踏まえた祝祭感あふれる新しいアレンジと構成、大型のLEDスクリーンやムービングライトを利かせたステージ演出も相まっていつにもましてスペクタクルな展開となり、オーディエンスは驚かされることを楽しみ、時にライティングにぎらつくオルタ3はロックスターのようにも見えた。

最後となる4曲目は「Midnight Swan」。渋谷が第75回毎日映画コンクール音楽賞ほかの映画音楽のアワードを獲得した映画のメインテーマだ。導入でピアノとストリングスの奏でる抒情的な旋律に声明が重なる。LEDスクリーンに舞い散る桜のように見えたのはジュスティーヌ・エマールが藤原の寺院を訪れて3Dスキャンした外構空間のポイントクラウドデータによるグラフィック。ティンパニーの連打と共にテンポがあがり、オルタ3が自ら書いた詞を歌ううちに奔流のようにオーケストラ、ビート、ノイズといった要素が重なり一気呵成に情報量が増す。僧呂による満を持した大般若経の転読(厚い経典を頭上でばらばらっと捲るパフォーマンス)が繰り出され、叫ぶような読経と声明が、まばゆいステージを祝祭感で満たし、オーケストラ、ピアノ、オルタ3との絶妙なバランスを探る内に潔く演奏が終わる。その間際、僧侶が歌う声明が英語でプロジェクションされた。「May the world be peaceful(世界が平和でありますように)。この声明を選んだのは1年前だという。まさかこの言葉がこんなにリアリティを持つとは誰が予想しただろうか?そう考える間に、短いカーテンコールで驚くほどあっさりとオペラは幕を閉じていた。

アンドロイドオペラ®『MIRROR』の世界初演は、時間にしてわずか30分に満たないほどの短さだったがその時、その場所に居合わせることができたことを、永く記憶にとどめるに十分に値する濃密な体験だった。

期間限定で、フルサイズの演奏の様子が下記サイトから見ることができる。

Android Opera MIRROR
Concept, Composition, Direction, Piano, Electronics: Keiichiro Shibuya
Buddhist Music: Eizen Fujiwara, Yasuhiro Yamamoto, Jien Goto, Hoshin Tani
Orchestra: NSO Symphony Orchestra

Artists & Crew
Android Programming : Shintaro Imai
Visual: Justine Emard
Lighting: Go Ueda
Sound: Yuki Suzuki
Technical Management: So Ozaki
Project/Production Management: Natsumi Matsumoto

Production: ATAK
Organizing: Japan Pavilion

渋谷慶一郎が映画作品『ホリック xxxHOLiC』(監督:蜷川実花、主演: 神木隆之介×柴咲コウ)に書き下ろした全21曲を収録したアルバム『ATAK025 xxxHOLiC』を発表。

渋谷慶一郎
音楽家。東京藝術大学作曲科卒業、2002 年に音楽レーベル ATAK を設立。作品は電子音楽作品からピアノソロ 、オペラ、映画音楽 、サウンド・インスタレーションまで多岐にわたる。代表作は人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』(2012)、アンドロイド・オペラ®『Scary Beauty』(2018)など。
2020 年に映画『ミッドナイトスワン』の音楽を担当、毎日映画コンクール音楽賞、日本映画批評家大賞映画音楽賞を受賞。2021 年8 月 東京・新国立劇場にてオペラ作品『Super Angels』を世界初演。2022 年3 月にはドバイ万博にてアンドロイドと仏教音楽・声明、UAE 現地のオーケストラのコラボレーションによる新作アンドロイド・オペラ®『MIRROR』を発表。人間とテクノロジー、生と死の境界領域を作品を通して問いかけている。
http://atak.jp
Photography Mari Katayama

Photography Sandra Zarneshan(©︎ATAK)
Edit Takahiro Fujikawa

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