芦澤純, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/jun-ashizawa/ Mon, 11 Mar 2024 05:13:11 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 芦澤純, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/jun-ashizawa/ 32 32 カルト的な人気を博したサブカルパーティー「DENPA!!!/電刃」 10年を経て開催した「DOME」の新機軸 Vol.3 コンテクストが不要の実験的な場所 https://tokion.jp/2023/12/22/interview-denpa-vol3/ Fri, 22 Dec 2023 10:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=218972 「DENPA!!!/電刃」が10年ぶりに新企画「DOME’23」として復活した。点と線、Toshi宮下、金田遼平、串田匠4名のクルーが、これからの「DOME」について語る。

The post カルト的な人気を博したサブカルパーティー「DENPA!!!/電刃」 10年を経て開催した「DOME」の新機軸 Vol.3 コンテクストが不要の実験的な場所 appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>

点と線(中左)
高円寺の古着店「即興/SOKKYOU」オーナー兼バイヤー。「即興/SOKKYOU」別ライン「Daughter」もオンラインで展開する。「DENPA!!!/電刃」発起人。
Instagram:@10to1000

Toshi宮下(右)
アーティスト・IP・音楽・アート・空間等さまざまな事象とのコラボレーション、プロデュース、デザインを手掛けるクリエイティヴスタジオ兼エージェント「8%」代表。
Instagram : @setagayaboy

金田遼平(中右)
アートディレクター・グラフィックデザイナー。groovisionsを経て、2019年デザインスタジオYESを設立。総合的なキャンペーンやブランディング、書籍や雑誌、プロダクト、映像、空間など幅広い領域で活動中。
Instagram:@kanedaryohei

串田匠(左)
クッシー代表。スペースシャワーを経て、2022年にクッシーを設立。音楽を中心としたTV番組や、インターネット配信、MV等の映像コンテンツを手掛ける。
Instagram:@kushida_takumi

“DOME” Presented by DENPA!!!
Instagram:@dome.fest

2000年代にカルト的な人気を博したサブカルパーティー「DENPA!!!/電刃」が新企画「DOME’23」として復活した。これまで、現代美術家の村上隆主催の「GEISAI」台湾のステージングや、TAICOCLUB主催の「So Very Show」、MTV JAPANとのコラボレーション等、ファッションやアート、サブカルチャーからクラブシーンまで巻き込みさまざまな形で企画を発信してきた。自主企画としては最後となった「DENPA!!!/電刃2013」から10年。「DOME」としては初回にあたり、代官山UNIT UNIT/SALOONの2フロアで開催した。

コンセプトである、「これまでにさまざまなカルチャーを横断してきた「DENPA!!!/電刃」チームが元来夢見ていた、まさしく“童夢”を実現すべく立ち上げた新企画」との通り、当日はオープニングに∈Y∋が登場。20年ぶりに来日した、ブレインダンスの鬼才ボグダン・ラチンスキーは、オウテカ並みに照明もVJもない真っ暗闇の中、多幸感のあるブレイクビーツと四つ打ちを行き来し、フロアを沸かせた。

他にも、エクスペリメンタル・グリッチ・テクノのプロデューサー、グリシャ・リヒテンベルガー、現代中国の電子音楽シーンにおいて最重要ともいわれるハウイー・リー等、エクスペリメンタルな海外勢に加え、国内からは15年ぶりのアルバムをリリースしたaus、7年8ヵ月ぶりのアルバムリリースと3年8ヵ月ぶりのライヴとなる world’s end girlfriendやNo Busesの近藤大彗のソロ・プロジェクト Cwondo、アメリカの〈Deathbomb Arc〉 から2ndアルバムを発表したBBBBBBB等もラインアップした。

約8時間にわたる、夢のようなまさに言葉が不要な空間体験でもあり、後からジワジワとそのすごさに改めて気付かされた。

10年が経ち、なぜ今「DENPA!!!/電刃」の新企画として「DOME」を復活させたのか。

最終回となるVol.3では「DOME」を経て「DENPA!!!/電刃」クルーは何を思ったのか。これからについてどういうイメージを描いているのかを訊く。

ラブレターでオファー

−−2013年以来、10年ぶりの開催もUNITでしたね。

金田遼平(以下、金田): 久々のUNIT、良かったよね。

串田匠(以下、串田):そうだね。昔からクラブイベントをたくさんやってきた箱だけど、今回は番頭もバーカンもスタッフが基本みんな若かった。彼等と話してると、「スタッフ側だけど、めちゃめちゃ楽しかった」って言ってくれたり。こちらの感覚も伝わってたようで、嬉しいよね。

金田:健康的だよね。若い子に出演者を尋ねられた時に「ボアダムスの∈Y∋さんも出ますよ」って伝えたら、「ボアダムス?」と返ってきて。そういう世代なのかな、とも思ったけど「かっこいいのでぜひ観に来てください」って素直に伝えた。そういうつながりとか世代に関係なく、体感してもらうことが重要だから。

Toshi 宮下(以下、Toshi):確かに。今回のメンツで10年ぶり開催のトップバッターは∈Y∋さんだと決めていて、復活の狼煙の役割というか。お客さんには僕等がリスペクトする諸先輩方の表現に触れる機会になってほしいし、逆に僕等が若いアーティストの表現に触れるって機会でもあってほしい。

この10年でみんなそれぞれ、いろいろな仕事を含めてたくさん経験をしてきて、それがベースになって今回のキャスティングの振れ幅に繋がっている感覚はあります。

あと、ブッキングでは点線にラブレターを書いてもらったりしてます。

−−ラブレターですか?

Toshi:はい、アーティストに思いを伝えるために大切だと思いますね。「僕等がどういう思いであなたにオファーしているのか」を伝えることは、テンプレ的なあいさつとギャラ交渉とは全く別物じゃないですか。出演者もこちらの思いを汲んでくれると信じてますし、間接的にそういう素直な感情がフロアに伝わった気がします。

みんなでブッキングを考えている時に結構自分が知らない名前も出てくるんですが、基本信用しているんで、聞いたことがないアーティストだけど逆に見てみたいというモチベーションにもなってます。「DENPA!!!/電刃」の時もそうだし、「DOME」もそういう意味では1ミリも仕事だと思ってやっていないので、その意味でも純度はあったし健康的だったのかな。

金田:趣味とか遊びの延長だし、もはやライフワークだよね。

点と線:別にスポンサーを入れたくないってことではないんですよ。でも、最初は100人程度の規模から始まって、2013年の最後のイベントには700、800人が来てくれたんです。今のようにInstagram広告とかもやってないですし、単純に口コミで広がっていった感覚があるんですよね。

その上で、伝染していくということが重要。当時は村上隆さんをはじめいろんなアーティストがキャッチしてくれたり、「TAICOCLUB」の企画サポートをお願いされたりもしたから、素直に純度高くやろうと決めていたんですよね。

そして今回は500人が集まってくれた。そのくらいの規模感でしたけど、ここからまたどんどん感染していってほしい。忖度なく自分達が動けるような仲間が増えてきたら、最高の中年を過ごせると。やっぱりアーティストと制作側、お客さん全員が楽しめている空気が生まれたのは、現在の見えすぎることで発生した、世代とか思想の境界を取っ払うという目的が少しは達成できたからなのかなと思います。

Toshi:若い子がいっぱいいたことも本当に嬉しかったですね。昔の「DENPA!!!/電刃」を思い出した。「1人も知らないけどとりあえず来ました、最高でした」って言ってくれた若い子とかもいて。思い思いに楽しんでもらえたら何よりです。押し付けじゃなくて「DOME」を介していろいろな音や感情に触れてほしい、それが共有できる場になったらいいですね。

点と線:近藤くんがライヴで着ていたTシャツがエイフェックスっていうのもいいんだよね。インタヴューで彼のルーツと答えていて。ボグダン・ラチンスキーに関してもルーツみたい。楽屋裏で2人で話して時にボグダンが通り過ぎたら、すぐに追いかけて話しかけてた。そういうアーティスト側もワクワクしてるのは素晴らしいなと。

金田:初対面だったグリシャとボグダンもかなり仲良くなってて、それも嬉しかったね。

――皆さん全員が、本業を持ちながらやっているからこそ、実現できたという部分はありますか?

Toshi:仕事でこういうイベントはできないですね。本業とか何かへの反抗という意味ではないのですが、「DENPA!!!/電刃」とか「DOME」は本流とかメインストリームに対して自分等なりの逆説的な行為をしたいというような思いは持っているかもです。カウンターカルチャーって言葉も単に抵抗とか反骨とか、そういう意味で使われることもあるんですけど、気付けてないものに気付くっていうこともあると理解しています。それぞれ本業がありながら、このチームでしかできないことはあるかもしれないですね。

点と線:僕も普段は古着店をやっていて、ずっとファッションが好きですけど、その延長線上でイベントはできない。どちらも大切であることは間違いないけど、自分らしくいれる場所がもう1つある感じです。串田くんも普段、クライアントワークが多いだろうし。

串田:仕事って基本はエッセンスを入れるのがギリじゃないですか。でも、「DOME」はそのままですよね。単純に好きっていう気持ちが先行するから。それがさっき言ってた純度に繋がってくるんだと思います。エイフェックスっていう存在がどれだけ大きいんだって、ちょっと聞いてて思ったんですけど、例えば〈Rephlex〉が好きな人は結構いるとけど、それをそのまま仕事に結びつけてる人はほぼいないですよね。すごくピュア。逆に純度以外何があるんだっていう。

点と線:純度こそ強度ってこと。ニュアンスというか、エッセンス、ルーツがあるからこういう表現に落とし込むという手順はあるけど。今回はひたすらにまっすぐだった。

金田:クリエイティヴの面でも同じですね。同時期にちょうど別の音楽フェスのデザインを並行していて。もちろん僕の作風を汲み取っていただいた上でのオファーなので、ある程度はお任せしてくれつつ、それでも当然いろいろな制約がありますよね。長い歴史があるし、このフェスを期待しているお客さんの顔も見える。そういう制約がある仕事も楽しいですけど、「DOME」に関してはほんと好き勝手に自分の解釈で。使う脳みその筋肉が違う、作品づくりに近い感じですね。みんなとも根っこの感覚が共有できているためか、上がったものに関してはそのまま一発で「いいじゃん」と、信頼してくれてました。

「コンテクストやストーリーを知らなくても楽しめるようなパーティー」にしたい

点と線:余談ですけど、“DOME”っていう名前がついたのはずいぶん後なんですよ。最初は仮で「煩悩」としていて、10月8日からイメージして108だから煩悩だろうとか、適当だった。それで進んでいたんですけど。ロゴマークしかり、さまざまな物事が膠着状態になっていたんですよね。

金田:すべてがしっくり来てなかったね。

点と線:いい加減に(仮)を取ろうという話になって。新宿の喫茶店で3時間くらい話して、「DOME」に決まって。その後の速度がすさまじかったですね。

金田:何かカチッとはまったんだよね。適当じゃなくてちゃんと考えないとだめだってなった時に、自分達のルーツを大事にしよう、原点回帰を表す名前がいいんじゃないかってところから。DOMEに決まったらロゴも一瞬でできた(笑)。

点と線:自分の部屋って好きな物であふれてると思ったんですよね。ベッドに寝転がって、天井を見たらそこに宇宙が広がってるっていうイメージ。「DOME」には、ギリシャ時代から家という意味があるということだったし、半球体の構造は古来天体というか、宇宙を示す構造物を表すものだなって。

Toshi:いろいろ話しながら「DOME」はどうだろうってなった時に、大友克洋の『童夢』も「DOME」じゃんとなって。わっぱの夢。シンプルにずっとピュアなことをやり続けたいよねっていう純度という意味とのWミーニングだと。

串田:8月くらいだったよね。それから、できる範囲で作った感覚だったけど、ぶっちゃけ、こんなにちゃんと人が入ると思ってなかった(笑)。ビビリ気味のプロダクション設計だったんで。

Toshi:そもそも前売りも初めてだったんですが、正直人が来るのかと。

点と線:その意味でも、今回の「DOME」のお客さんは純度が高いと思います。この500人の方々とどう作っていくか。第1回だけど来てくれるというイメージはあったんですけど、いざいろんなメディアにプレスリリースを撒いてもチケットの初速販売数は“凪”だったんです。

よくよく考えれば、僕は当事者なので麻痺していましたけど。10年ぶりってことは、今20歳の人は 10歳、30歳の人でも20歳。それで「DENPA!!!/電刃」は最終回だったんですよね。つまり、若い人はほとんど知らないんです。これはもう本当にゼロからやるんだという気持ちでした。

串田:だから、もともとはハイコンテクストな「DOME」だと思うけど、そのうちの半分くらいは通用しないのかもしれない。でも、見方を変えれば、その分ゼロ地点に戻った新しい実験的なイベントともいえる。チケットの売れ方から考えても、もし「DENPA!!!/電刃」復活という最初の時点で何百枚と売れていたら、過去の文脈の上に成り立っていることになるから。主催メンバー的にはすごい複雑な文脈だけど、実はもっとシンプルなのかもしれないね。若い人は文脈関係なく楽しんでるっていう。実際に20代のお客さんで、めちゃめちゃ調べてきてる人以外はシンプルだったね。コンテクストがない世界が増えてきて、単純に実験的なヤバい音楽イベントだっていう。

4人の年齢を考えても。ここからもう1回始めていくという世代なのかもしれない。もう1回狼煙を上げますっていうね。それぞれ、プライベートも仕事も抱えているものがあったからそのシンプルさに行き着いた。結果的にそこに行き着いたことによって、新たな時代が始まるように。それがたまたまこの時期になったっていうね。

点と線:みんなに最初からわかってほしいとも思わないし、強制もしないし。知らない音楽を聴ける1つのきっかけになってくれればいいかな。

串田:本来は知らないっていうことが最高ってことだと思うんだよね。だから次も楽しみ方としてはその文脈を理解するんじゃなくて、また、知らないアーティストが出てるっていう。

点と線:さっきのNewJeansおじさんじゃないけど、いつどんなきっかけで好きになってもいいので、また来年までに好きなアーティストができたら、オファーしたい。どこの界隈だから声を掛けるのをやめようとか、業界のノリとかしきたりみたいなものは関係ないかな。

さっきToshiくんが言ってたように、ラブレターを書く時に、そのアーティストが好きとか、素敵だっていう感情を乗せて伝えることは大切にしたい。仕事じゃないからバレるし、思ってもないことは書けないからね。

ただそれにしても、今回は奇跡が重なった。ワールズ・エンド・ガールフレンドさんも7年8ヵ月ぶりにアルバムを出して3年8ヵ月ぶりにライヴをするとか、ausくんは15年ぶりにアルバムを出すとか。狙ったわけじゃないけど、そういうタイミングが多かった気がする。

Toshi:物語だよね。来年もゆっくりだけど、場所は今探してます。変わらずエッジの効いた、世界中で自分の音を鳴らしている人を集めたいと思ってます。

金田:世代もルーツも関係なく「知らないこと」の純粋さや豊かさ、新しい音楽と出会う喜びを吸収できる場が作れたらいいな。グラフィックも無国籍感を意識して作ったんだけど、海外からの「何だこのメンツ、行きたい!」っていう反応もすごく多かった。ゆくゆくは「DOME」めがけてお客さんが来日してくれるようになったら最高だね。

串田:今回はプロダクションの面で様子を見てた部分があるので、次回は音楽ということに加えて何ができるか。今年のプロダクションが悪いということじゃなくて、その研ぎ澄ませ方はある。もっとおもしろくなっていくので、そこも期待してほしいですね。

点と線:大友克洋の「童夢」という作品を改めて読み直したら、ストーリーはシンプルだけど、物の壊れ方の描写がとにかく美しいと再確認しました。狭義の“連帯”をはじめとした課題がたくさんある中で、それを超えていくためにステートメントを出したり、いろいろなアプローチが存在する。僕等もそこを意識しつつ、その壁を壊すことを美しく、楽しくできたらいいなと思います。

耳障りの良い言葉を並べるよりも、僕達なりの純度や強度をどう保持し、より高めていくか。結果としてかっこよくなればいいですけど。コンテクストやストーリーのみにとらわれないパーティーにしていきたいですね。

Photography Masashi Ura

The post カルト的な人気を博したサブカルパーティー「DENPA!!!/電刃」 10年を経て開催した「DOME」の新機軸 Vol.3 コンテクストが不要の実験的な場所 appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
カルト的な人気を博したサブカルパーティー「DENPA!!!/電刃」 10年を経て開催した「DOME」の新機軸 Vol.2 純度の高さにこだわり続ける https://tokion.jp/2023/12/20/interview-denpa-vol2/ Wed, 20 Dec 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=218970 「DENPA!!!/電刃」が10年ぶりに新企画「DOME’23」として復活した。点と線、Toshi宮下、金田遼平、串田匠4名に、開催までの紆余曲折を訊く。

The post カルト的な人気を博したサブカルパーティー「DENPA!!!/電刃」 10年を経て開催した「DOME」の新機軸 Vol.2 純度の高さにこだわり続ける appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
点と線(右),Toshi宮下(中右),金田遼平(中左),串田匠(左)

点と線(右)
高円寺の古着店「即興/SOKKYOU」オーナー兼バイヤー。「即興/SOKKYOU」別ライン「Daughter」もオンラインで展開する。「DENPA!!!/電刃」発起人。
Instagram:@10to1000

Toshi宮下(中右)
アーティスト・IP・音楽・アート・空間等さまざまな事象とのコラボレーション、プロデュース、デザインを手掛けるクリエイティヴスタジオ兼エージェント「8%」代表。
Instagram : @setagayaboy

金田遼平(中左)
アートディレクター・グラフィックデザイナー。groovisionsを経て、2019年デザインスタジオYESを設立。総合的なキャンペーンやブランディング、書籍や雑誌、プロダクト、映像、空間など幅広い領域で活動中。
Instagram:@kanedaryohei

串田匠(左)
クッシー代表。スペースシャワーを経て、2022年にクッシーを設立。音楽を中心としたTV番組や、インターネット配信、MV等の映像コンテンツを手掛ける。
Instagram:@kushida_takumi

“DOME” Presented by DENPA!!!
Instagram:@dome.fest

2000年代にカルト的な人気を博したサブカルパーティー「DENPA!!!/電刃」が新企画「DOME’23」として復活した。これまで、現代美術家の村上隆主催の「GEISAI」台湾のステージングや、TAICOCLUB主催の「So Very Show」、MTV JAPANとのコラボレーション等、ファッションやアート、サブカルチャーからクラブシーンまで巻き込みさまざまな形で企画を発信してきた。自主企画としては最後となった「DENPA!!!/電刃2013」から10年。「DOME」としては初回にあたり、代官山UNIT UNIT/SALOONの2フロアで開催した。

コンセプトである、「これまでにさまざまなカルチャーを横断してきた「DENPA!!!/電刃」チームが元来夢見ていた、まさしく“童夢”を実現すべく立ち上げた新企画」との通り、当日はオープニングに∈Y∋が登場。20年ぶりに来日した、ブレインダンスの鬼才ボグダン・ラチンスキーは、オウテカ並みに照明もVJもない真っ暗闇の中、多幸感のあるブレイクビーツと四つ打ちを行き来し、フロアを沸かせた。

他にも、エクスペリメンタル・グリッチ・テクノのプロデューサー、グリシャ・リヒテンベルガー、現代中国の電子音楽シーンにおいて最重要ともいわれるハウイー・リー等、エクスペリメンタルな海外勢に加え、国内からは15年ぶりのアルバムをリリースしたaus、7年8ヵ月ぶりのアルバムリリースと3年8ヵ月ぶりのライヴとなる world’s end girlfriendやNo Busesの近藤大彗のソロ・プロジェクト Cwondo、アメリカの〈Deathbomb Arc〉 から2ndアルバムを発表したBBBBBBB等もラインアップした。

約8時間にわたる、夢のようなまさに言葉が不要な空間体験でもあり、後からジワジワとそのすごさに改めて気付かされた。

10年が経ち、なぜ今「DENPA!!!/電刃」の新企画として「DOME」を復活させたのか。

Vol.2では「DOME」の輪郭を掴むべく、復活夜明け前の話し合いからコロナ禍での停滞期、今年の夏から一気に動き出した一部始終を語ってもらった。

原点回帰と時代による純度の変化

――今回、10年ぶりに復活しようと思った経緯を教えてください。

金田遼平(以下、金田):2019年くらいかな、3人で飲んでた時に、話の流れでそろそろ久しぶりにやろっか? みたいなノリが発端ですね。串田くんも誘って少しずつ具体化させてきて、いくつか箱当たってみようかっていう頃にちょうどコロナ禍に入ってしまって。

点と線:2013年で最後にしたのも、それまで、クラブに求めていた非日常性が日常化していったからで。夢感が薄れて現実味を帯びてきました。ビジネスではなかったのでその時点で「何か違うな」と思って一度やめました。類似イベントが続々と立ち上がってきたことも理由ですね。

では、非日常を求めていた人達が次はどこに行くんだろうと観察してたら、野外フェスブームが到来して、さらに数年経つと、今度はフェスも飽和状態になりました。その反動もあって、またみんなが新しい場所を探し始めた矢先にオリンピックがありました。目に見えないフラストレーションみたいなものが確実にあって、引力で再び僕達は集まりました。クラブでもなくてフェスでもなくて、東京にそんな場所はあるのか? というようなことを考えながら、漠然とした意識のもとでやるしかない、やろうという感覚で集まったんです。

金田:それはあるね。音楽イベントをまた自分達の責任で組み上げていく欲求にも飢えていたような。普段の仕事は基本クライアントワークで受注仕事がメインだから、自分主導でコンテンツをゼロから立ち上げるようなことはそんなに多くないんですよね。「DENPA!!!/電刃」では、少なからずカルチャーの新しい流れやあり方を提示できていたかもしれないなって思い出したりもしていました。

点と線:気付けば音楽はサブスク中心になるし、外出しづらいし、フィジカルな距離感が生まれたから、そういう結びつきを欲していたような気がする。もう1回集まった時に、そのテクスチャーを知ってる世代だから、もし、今やらなかったら今後もやらないだろうなと思ってた。あの時の熱とか夢みたいな感覚が形として残ってるうちにやらないと。もう1回あの景色を見たいっていう動機が立ち上がったよね。

――根源的なモチベーションに戻っていった感覚ですね。

点と線:そもそも、何かアクションを起こす時には社会からの要請が少なからずあると思うんですけど、コロナ禍でそれが加速した印象があります。例えば、大きいイベントをやるなら、ステートメントを定義することが、アクティビストの中で重要視されていますよね。もちろんそれも大事ですけど、社会要請へのレスポンスのためにイベントを打つのかという疑問が湧きました。もともと、僕等は内発性、純度っていうんですかね、こういうことをやりたい、こういう景色を見たいという感情で動いてきたんですよね。「DOME」に至るまでは、どんどんそれが湧き上がってきたという感覚が強いです。

加えて“連帯”という言葉がキーワードになってると思いますね。捉え方は人それぞれですけど、ずっと言葉にまとわりつくイメージに違和感を感じていたんです。“連帯”と繰り返し耳にするのは、現実がそうではないから。つまり世代や思想間の対立構造の表出ですよね。

結局、狭義の「連帯」は僕がかつてファッション系のパーティーで感じていた、身内ノリだったり村的なコミュニティが生まれてきたこととさほど変わらないと感じました。その境界を取っ払おうとイベントをしていたので。

今は、以前にもましてクラブイベントにも類似のアーティストやDJ、同じような世代、考え方の人が集まる状況が多くなってる気がしますね。そうしないと、自分達の領域を守れないという社会的状況は理解するんですが、僕がそもそも掲げてた祝祭的な空間とはまた別という感覚です。

Toshi 宮下(以下、Toshi):「DENPA!!!/電刃」はかなり独特だったし、異彩を放っていたと思う。誰が出るっていうことも必要だけど、それだけではない。誰が出ていても行きたくなるような空間。ちょっと変わった音楽とかカルチャーの見本市的な役割もあった。

点と線:確かに。今回の「DOME」では原点に帰るっていう考えがあった。自分がノイズ好きだったとか、みんなが〈WARP RECORDS〉好きだったとか、全部をひっくるめてもう1回見つめ直す作業から始めた。

話がそれるけど、NewJeansおじさんっていわれる人達がいて、連綿と続いてきた韓国人アーティストをそこまで掘ってこなかったのに、NewJeansだけを特別に評価するような人を一部の人が揶揄した。でも、それを言ったらエイフェックスキッズもいるだろうって思ったんだよね。エイフェックス・ツインとかスクエアプッシャー、オウテカは知ってるけど、今回お呼びしたボグダンのことはほとんど知らない。一緒じゃないかと。

僕は自分のタイミングで誰かを好きになることはそれぞれあると思うし、どんな出発点でも自由でいいと思っている。そう考えると、「DOME」のブッキングの起点にはまだまだ知られていない素敵なアーティストを紹介したいという思いが強くある。

ボグダンもグリシャ・リヒテンベルガーもハウイー・リーも、日本での認知度はまだ低いけれど、彼等の実験精神と僕等の強い気持ちが共鳴するような気がして声をかけたんだよね。

Toshi:ボグダンも今回即答でOKしてくれて。狙ってるわけではないけど、今回ほとんどのアーティストがエージェントに入っていないことも何かの共通点かもね。エージェントの良し悪しではなくて。よりインディペンデントな独自の活動をしてる人達が集まった。ブッキングに関しては感情的なアプローチを大切にしていて、宣伝もかなりエモーショナルで、好きなものは好きっていうシンプルな答えの連続だった気がする。

串田匠(以下、串田):純度の形だよね。僕はある種一番外側だし、通ってきたところも全然違うから。その意味で今回は初めて「DENPA!!!/電刃」のメンバーを見た時のおもしろさとは別物。純度の形が違うと思ってる。めちゃくちゃオルタナティヴなことをやってるのはわかるんだけど、「DENPA!!!/電刃」には自分が知らないおもしろさが存在するんだっていう単純な驚き。今回の「DOME」は、ブッキングに関わっていることもあるけど、それを差し引いて、お客さんだったとしても感動とか純度の形はこれまでと違っていたと思う。

日常化してきた祝祭の空間

点と線:「DENPA!!!/電刃」に関していえば、当時、どこかに閉じ込められた意識っていうか、社会の端っこにいる人間から見て、他にもそういう感覚の人が目に見えにくいけど、それなりにいるとは思った。その境界を取っ払うことで祝祭的な空間が生まれてたけど、日常化していくことでどんどんフラットになった。

この時代のスタートラインとしては当たり前のことになったんだよね。立ち上げた時の夢の感覚は目に見えなかったものが見えてくるターンだったけど、今はむしろ見えすぎていて、様相はさらに混沌としている。根源の意識は一緒のつもりだけど、アプローチは「DENPA!!!/電刃」とは変えたよね。

金田:最近はサブスクやYouTubeで音楽が聴けるし、フェスも配信されて自宅で観れるようになった。便利になった反面、もともと音楽は自分から迎えにいくものだったのがどんどん受け身で垂れ流すものになり、体験そのものの物語性が薄れてライトにもなってきた。思い出が生まれづらいというか。

昔はレコ屋で掘ったりクラブやフェスに行ったり、足で稼がないと知ることができなかったような音楽でも、SNSで誰かがレコメンドしたらすぐ検索して聴くことができる。それで知った気になっても結局それは一瞬で、記憶には残らない。この空虚化が無気力感に繋がってモヤモヤしていた感じはするかな。

点と線:アーティストが普段出ているライヴには、すでに既知のファンが一定数いて、年代とかも含めてイベントの色みたいなものが定着していることも多いと思うので、それも拡張したかった。例えば今回出演してくれたBBBBBBBさんから「普段やってるライヴと違う世代の前でやってみて、とてもいい経験で楽しかったです」と言うメッセージをいただいたんです。30代後半〜50代の人がBBBBBBBに触れる機会は少ないだろうから、ぜひ見て欲しかった。 Cwondoくんも20代だし、∈Y∋さんのようなレジェンドもいる。

そういう世代感もこちらとしては無関係というか。カテゴリーを提示しなくても、自由に聴けて感じられる、間口を広げたいという。それは「DENPA!!!/電刃」の時より、自分自身の意識も更新されてるイメージだった。

串田:音楽に対して純粋だよね。普通はもうちょっとファンダムぽい感じっていうか。それがないよね。音楽だけを取り出したみたいで、本来の純粋に音を聴くのに年齢は関係ないことがはっきりと表現されていると思う。だから、みんな自分が知らないアーティストの曲を聴いてもダレないよね。

点と線:DJが掛けるキラーチューンで盛り上がることと一緒で、“みんなが知ってる”っていう共通言語が重要とされるシーンも多々あるけど、僕はどっちかっていうと、知らない曲をかけてくれた方が、感動してたタイプだから。

串田:ハウイー・リーに関しても何をするか、全く知らされてなかったしね。

点と線:現状はますます情報が先行してるターンになっている。わかりやすいのはクラブやライヴに行っても、ほぼ全員がInstagram用の動画を撮ってるみたいな光景が普通になっていること。記録して投稿したり、配信することが中心になっていて。ちょっと前に、ブルーハーブのイルボスティーノがライヴで「撮らなくてもプロのカメラマンを用意してるから、安心してくれ」「お前等プロの観客なんだから、ちゃんと生で見てくれ」って言ってたのを見ていいね!と思った。

僕等の世代が求めてたり感動したものは、記録をすることよりもその時の熱とか、グルーヴ、その瞬間にしか見えないものだったと思う。撮っちゃ駄目なんてこともないし、僕も撮ることはもちろんあるけどね。

(Vol.3に続く)

Photography Masashi Ura

The post カルト的な人気を博したサブカルパーティー「DENPA!!!/電刃」 10年を経て開催した「DOME」の新機軸 Vol.2 純度の高さにこだわり続ける appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
カルト的な人気を博したサブカルパーティー「DENPA!!!/電刃」 10年を経て開催した「DOME」の新機軸 Vol.1 祝祭のような空間のエネルギー https://tokion.jp/2023/12/19/interview-denpa-vol1/ Tue, 19 Dec 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=218952 「DENPA!!!/電刃」が10年ぶりに新企画「DOME’23」として復活した。点と線、Toshi宮下、金田遼平、串田匠4名に、その歴史を振り返ってもらう。

The post カルト的な人気を博したサブカルパーティー「DENPA!!!/電刃」 10年を経て開催した「DOME」の新機軸 Vol.1 祝祭のような空間のエネルギー appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
点と線(中右),Toshi宮下(右),金田遼平(中左),串田匠(左)

点と線(中右)
高円寺の古着店「即興/SOKKYOU」オーナー兼バイヤー。「即興/SOKKYOU」別ライン「Daughter」もオンラインで展開する。「DENPA!!!/電刃」発起人。
Instagram:@10to1000

Toshi宮下(右)
アーティスト・IP・音楽・アート・空間等さまざまな事象とのコラボレーション、プロデュース、デザインを手掛けるクリエイティヴスタジオ兼エージェント「8%」代表。
Instagram : @setagayaboy

金田遼平(中左)
アートディレクター・グラフィックデザイナー。groovisionsを経て、2019年デザインスタジオYESを設立。総合的なキャンペーンやブランディング、書籍や雑誌、プロダクト、映像、空間など幅広い領域で活動中。
Instagram:@kanedaryohei

串田匠(左)
クッシー代表。スペースシャワーを経て、2022年にクッシーを設立。音楽を中心としたTV番組や、インターネット配信、MV等の映像コンテンツを手掛ける。
Instagram:@kushida_takumi

“DOME” Presented by DENPA!!!
Instagram:@dome.fest

2000年代にカルト的な人気を博したサブカルパーティー「DENPA!!!/電刃」が新企画「DOME’23」として復活した。これまで、現代美術家の村上隆主催の「GEISAI」台湾のステージングや、TAICOCLUB主催の「So Very Show」、MTV JAPANとのコラボレーション等、ファッションやアート、サブカルチャーからクラブシーンまで巻き込みさまざまな形で企画を発信してきた。自主企画としては最後となった「DENPA!!!/電刃2013」から10年。「DOME」としては初回にあたり、代官山UNIT UNIT/SALOONの2フロアで開催した。

コンセプトである、「これまでにさまざまなカルチャーを横断してきた「DENPA!!!/電刃」チームが元来夢見ていた、まさしく“童夢”を実現すべく立ち上げた新企画」との通り、当日はオープニングに∈Y∋が登場。20年ぶりに来日した、ブレインダンスの鬼才ボグダン・ラチンスキーは、オウテカ並みに照明もVJもない真っ暗闇の中、多幸感のあるブレイクビーツと四つ打ちを行き来し、フロアを沸かせた。

他にも、エクスペリメンタル・グリッチ・テクノのプロデューサー、グリシャ・リヒテンベルガー、現代中国の電子音楽シーンにおいて最重要ともいわれるハウイー・リー等、エクスペリメンタルな海外勢に加え、国内からは15年ぶりのアルバムをリリースしたaus、7年8ヵ月ぶりのアルバムリリースと3年8ヵ月ぶりのライヴとなる world’s end girlfriendやNo Busesの近藤大彗のソロ・プロジェクト Cwondo、アメリカの〈Deathbomb Arc〉 から2ndアルバムを発表したBBBBBBB等もラインアップした。

約8時間にわたる、夢のようなまさに言葉が不要な空間体験でもあり、後からジワジワとそのすごさに改めて気付かされた。

10年が経ち、なぜ今「DENPA!!!/電刃」の新企画として「DOME」を復活させたのか。Vol.1では、「DENPA!!!/電刃」を立ち上げた点と線を中心に、Toshi宮下、金田遼平、串田匠4名のクルーにこれまでの歴史を振り返ってもらう。

2007年に起こった祝祭のような空間

−−まずは「DENPA!!!/電刃」が始まった経緯を教えてください。

点と線:僕は1984年生まれで、いわゆる「キレる17歳世代」なんです。小学校高学年くらいの時に「エヴァンゲリオン」がテレビで放映されていた時代。それが社会現象になっていて、社会に対する絶望感、無気力……「こんなはずじゃなかった」というようなムードが漂っていました。僕らはそんな思春期を生きた世代なんですよね。このメンバーもみんな2歳差くらいなので、同じ境遇だったんですけど、このうち2人は海外経験があるので、日本を俯瞰して見るタイミングがあったというか、日本以外の居場所があったと思うんです。

一方、僕は東京でなんとなく居場所がないという感情を常に持っていました。その頃、聞いていた音楽がアンビエントとかエレクトロニカ、ノイズ、ブレイクコアっていうマイナーで社会に内属しないもの。どこか外に連れ出してくれるような感覚があって、そういった音楽に救われたんですよね。当時、渋谷にあった「ワルシャワレコード」に通い詰めていましたし。また同時にファッション業界にもいたので、パーティーやイベントに顔を出してはいました。ただ、そのほとんどがキラーチューンがずっと鳴っていたり、今でいうインフルエンサーと呼ばれる人達がDJをしているようなイベントで、僕はバーカウンターの端っこで窮屈さを感じていたんです。良くも悪くも独特の内輪感が強くて、「ここじゃない」という気持ちがふつふつと沸き上がってくるような感覚がありました。

−−メディアの変革期でもありましたね。

点と線:そうですね。同時にスナップカルチャーが黎明期でもありました。デジタルメディアが紙媒体よりも勢いを持ち始めた時に、パーティースナップが全盛になって、イベントに参加する理由が音楽主体ではなく“ステータス”に移行しつつあった。その場所に参加した事実こそ重要で価値があるというような。その変化に漠然と虚しさを抱えていたんですよね。次第に自分の中に閉じ込められた意識を解放したいという気持ちが強くなって、一番最初の「DENPA!!!/電刃」を始めるモチベーションになりました。

串田匠(以下、串田):「DENPA!!!/電刃」はこの3人から始めたの?

点と線:起点は友達がゼロの僕だったね。閉塞感を打破するっていう時に、音楽でもファッションでもいいけどカテゴリーやジェネレーションみたいな括りが嫌で、なくしたいなっていう気持ち。個人的にはナードなカルチャーも好きだったけど、そこにも自分の居場所はもちろんなくて。

それで、社会に内属しない音楽でその辺の境界を取っ払うようなカウンターイベントをやりたくなったっていう経緯がある。課題を意識して企画を練ったら必然的にアーティストもお客さんもいろんな人が集まるようになった。ブッキングに関しては素人で無茶苦茶だったことも要因だとは思うけど、結果として不思議とフロアの意識が拡張されていって、変性意識っていうか垣根が溶け合った気持ちのいい状態になっていった感覚があった。夢っぽっくて、ちょっと祝祭のような空間が生まれて、そのエネルギーがどんどん感染してったっていうイメージ。

Toshi 宮下(以下、Toshi):僕はその時たまたまイギリスにいて、語学学校で仲良かった友達が日本人の女の子と遠距離で付き合っていて、それが「DENPA!!!/電刃」の初期メンバーで。自分の周りだけかもですが、当時のイギリスでもブレイクコアだったりちょっと凶暴な音楽とか実験的な音楽が賑わっていて、ブレイクコアに日本のアニソンをマッシュアップしたり、そういうパーティーもありました。近くにレーベルの「19頭身」周りの先輩とかがいて、その辺りの音楽にがっつりハマっていた時に、その女の子が日本でCDRっていう人が出るイベントをやってて「好きじゃない?」って聞かれて。日本でそういう感覚というか、そういう音楽の話をした経験がなかったから、「戻ったらぜひその人に会いたいって」って話した主宰者が点々でした。

点と線:あまり親しくない女の子に「『あなたに会いたい』と言ってる人がいるから、うちに来て」って誘われたんだよね(笑)。

Toshi:その頃はmixiが流行ってて、コミュニティでどういう人間かがある程度わかってたし、妙に近い感覚はあったので。とりあえず会ってまあ仲良くなって、次のvol.2からDJとかキャスティングで参加することになったね。

点と線:仲間が集まるようになったのは、「DENPA!!!/電刃」初期に、表参道の交差点にまだ「ギャップ」がある頃、そこで僕を筆頭に拡声器で叫びまくって宣伝するというイベントの招集をかけて。多分mixiでも告知したけれど、その時に「手伝いたい」っていう人がたくさん集まってくれた。そのうちの1人と一軒家をシェアしてたのが金田くん。

金田遼平(以下、金田):その友達は「DENPA!!!/電刃」立ち上げメンバーの一人で親友で。開催よりも前に初期の周辺メンバーがみんなで家に遊びに来たんだけど、僕も〈WARP RECORDS〉や〈Rephlex〉が大好きで聴きあさってた時期だったしすぐ仲良くなって、自然とファミリーになっていった。

ひと区切りにした2013年までの流れ

点と線:そこからどんどん仲間が増えていったんだよね。例えば、中期にスペースシャワーTVからDAXっていう音楽と映像を組み合わせたプロジェクトで配信をしたいと連絡があって、その流れで映像配信部門の新入社員歓迎会みたいな番組に参加しました。内容はほとんど知らされてなかったのに。

Toshi:花見をするっていう謎の企画にみんなで参加したよね。スタジオの中に作られた花見のセットの中で僕等は花見客ということで、ひな壇みたいなところに招待してもらった。

点と線:その時の企画の新入社員だったのが、串田くん。番組の休憩時間に意気投合したというか、共通言語で話せる感覚があったので、そこから繋がっていきました。

串田:でも、僕は関西人だから、同世代だとさっきの文脈とは違うブレイクコアの吸収をしてきたんですよ。ボアダムスの子ども達といわれた関西ゼロ世代がど真ん中。あふりらんぽ、オシリペンペンズ、ZUINOSINが御三家とかいわれてましたけど、すごく流行ってて。とはいっても全体で1000人くらいのムーブメントだったのかもしれませんが、おもしろいイベントがたくさんあったんですよね。関西のノイズとかブレイクコアのカオスな土壌から「DENPA!!!/電刃」のクルーを見た時にちょっと違うというか。単純にクールでかっこいいって思ったんです。それまで知らなかった価値みたいな感じ。そこから話すようになっていったんですよね。

点と線:2007年の「DENPA!!!/電刃」スタートから2013年が自主企画としては最後になるんですけど。串田くんはまだスペシャの人として遊びに来てくれてたって感じだよね。撮影してくれたり、配信してくれたりしてたね。

串田:まだ、ADとして参加してた。先輩の担当番組を撮ったりとか。でも、楽しかったよ。お客さんもね。

金田:僕も正式に手伝い始めたのは、3、4回目くらいからかな? なし崩し的に担当する流れになって、独学でフライヤーを作り始めた。その頃は一軒家だったから本当にみんな毎日入り浸ってたね、昼間に帰って、また夜来て……週8で家にいたね。

点と線:計画的にみんなで集まってこうしようとか、そんな話し合いは今までになかったんじゃないかな。

一同:ないね……。

点と線: 2007年は2ヵ月に1回、2009年くらいまでレギュラーイベントをやってたから、2010年にもう一段落というか、区切りみたいに考えていたんだけど。もういいかなと思ってたら、僕が知らないところで「2011年も開催」っていう告知がSNSに投稿されてて……スーパー銭湯のリラックスチェアで知ったからね(笑)。でも、メンバーのやりたいっていう気持ち、内発性に感染して突き動かされる、そういうパワーに引き寄せられた感じだったね。

(Vol.2に続く)

Photography Masashi Ura

The post カルト的な人気を博したサブカルパーティー「DENPA!!!/電刃」 10年を経て開催した「DOME」の新機軸 Vol.1 祝祭のような空間のエネルギー appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
「イメージと実践の間に何の作業も存在しない」 「Untitled Ⅱ」から見えるヤブノ・ケンセイの創作について https://tokion.jp/2023/11/24/interview-kensei-yabuno/ Fri, 24 Nov 2023 07:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=217016 ヤブノ・ケンセイの創作の原点や新作のインスピレーション源、同展の試みについてまで広く話を訊く。

The post 「イメージと実践の間に何の作業も存在しない」 「Untitled Ⅱ」から見えるヤブノ・ケンセイの創作について appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
黒と白で描かれた斑点やラインといった模様をドローイングから立体作品、テキスタイルまで、さまざまな媒体に落とし込み発表を続けるヤブノ・ケンセイ。モチーフの宇宙人のようでもある架空の生物は、身体性や性別といったカテゴライズができない。作品を通して鑑賞者との理解の一致を求めるのではなく、そのまま共存することを示しているようにも感じられる。

言葉や頭で考えることから離れ、感覚的に作られた作品群は「音楽や映画、U.S.トイ、ファッション、DIY を信じてきた自分の末路のような作品」と自身が話すように、あらゆるカルチャーを越境しながらも、どこか1990年代の退廃的なカルチャーを想い起こさせる。

そして現在、開催中の「Untitled Ⅱ」で発表したドローイングや立体作品は、チャコールで描かれたモチーフと曖昧な色彩が調和し、独自の世界が構成され、さらなる広がりを見せることで鑑賞者の思考を刺激する。今回は創作の原点や新作のインスピレーション源、同展の試みについてまで広く話を訊いた。

ヤブノ・ケンセイ
1975年、北海道生まれ。イギリスのCamberwell College of ArtsでFine Artを専攻。limart、THE LAST GALLERY、新宿伊勢丹などでペインティング、立体作品を発表。『アイデア』や『vice』、『DAZED & CONFUSED』など国内外の雑誌にも作品を提供する。また、「コム デ ギャルソン」の2011年春夏ウィメンズコレクションに、作品がテキスタイルとして採用された。最近の展示に、写真家 大沼茂一との二人展『WHY YOU』(2019年/HYSTERIC GLAMOUR SHIBUYA)、個展『Untitled』(2022年/KOMIYAMA TOKYO G)がある。

「常に自分の中に相反する2人のキャラクターが存在する」

――宇宙人を思い起こさせるモチーフやデザインとアニメーションが融合したような独特の世界観、シンプルながらもジャンルを越境した作風に至った経緯を教えていただけますか? 

ヤブノ・ケンセイ(以下、ヤブノ)絵を描き始めたのは幼稚園生の時。アートをやっていこうと決めた特別なタイミングがあったわけではなく、落ちこぼれだった自分が選ぶことができたのが、アートだけだったんです。

黒と白の作品『Alien』は2009年にCLASKAで開催された個展ではじめて発表したもの。それ以前から平面として描いていた黒と白のグラフィックを、立体として初めて展示しました。

18歳で上京してすぐ、原宿の「おもちゃやSPIRAL」で働いていたことは自分にとっても重要な経験です。U.S. TOYへの好奇心と理解が深かったこともあり、平面から立体へと移行するのは自分にとってごく自然なことでした。

ティーンエイジャーの時からエクストリームな音楽、映画、ファッションに興味を持っていました。ある種の偏った感性が、自分の作品に反映されているのかもしれません。

――制作過程において重要視していることは何でしょうか?

ヤブノ:手を動かすより前に、日々頭の中でイメージを作り、それをアップデートしています。ただ、そのプロセスは僕の頭の中にしかないもの。イメージすることと実践の間に、何の作業も存在しないんですよね。メンタルを整えて、手を動かし、挑むことだけが自分にとって重要なんです。

――周囲の評価や変化とは別に、自身の葛藤や創作の浮き沈みはありますか?

ヤブノ:とんでもなくありますよ(笑)。これは年齢に関係なく、やりたくない時、うまくいかない時、もう一線越えなくてはいけない時など、常に浮き沈みのある人間だと自認しています。

ステイトメントの中で「寝ている時と寝ていない時」と僕が言ったように、常に自分の中に相反する2人のキャラクターが存在するんです。冗談めいて『ジキルとハイド』の“ハイド”と呼んでいるもう1人の自分は、すべてが嫌で、あらゆるものを拒否したりもする。もしかしたら、“ハイド”が本来の自分なのかもしれません(笑)。

「ディメンションが掛け算になっていく」新しい感覚

――昨年開催された「Untitled」に続く2回目の展覧会となりますが、昨年の展示とくらべて、新しい発見はありましたか?

ヤブノ:昨年の「Untitled」と「Untitled Ⅱ」を振り返ると、子供の時の理想に近づいている気がしています。右まわりしかできなかったのに、左まわりもできるようになったと言うか。抽象とも具象ともいえる脳内にあるイメージを絵として表現する際に、自分でも期待していなかった気付きが舞い降りたりするんですよね。第5弾まで、この感覚を大切にしていきたいと思います。

――本展では代表作でもある黒と白の立体作品に植物のような色付けがされていました。また、チャコールで描かれたドローイングは、薄いゴールドを背景色にしていたことも印象的でした。ヤブノさんにとっての色の役割について教えてください。

ヤブノ:立体を肌色に塗った時、ブロンズに塗った時、まとう色によって、物体自体の存在意義が変化しますよね。ただ単純に、着色することによって、自分の中で作品の視認性が変わってくるのがおもしろかった。正直、黒と白の2色でまとめることがいちばんしっくりくるんですが、もう1色増えることで、色の全体観が変わってみえる。その緩やかな拡張に、自分自身も興味を持ったのかもしれません。

――一見、相反する関係のものが交錯することが、今と将来のご自身にとって重要と思われる理由は何でしょうか?

ヤブノ:同じことの繰り返しになるかもしれませんが、夢で起きたことも、現実で起きたことも、同じ1人の人間に起きていることなんですよね。右と左、現実と夢、一定の力で丁寧に積み上げていく作業と、直感的でダイナミックな動き。一見真逆と感じる2つを同居させることは、両者の隙間を埋めていく作業でもあります。今まで見落としていたものを、自分が培ってきた世界観に登場させてみた時、自分の理想に近づける。ディメンションが掛け算になっていく感覚は、自分にとっても新しい発見でした。

でもやっぱり、自分が信じているのは、グラフィックデザイナー、仲條正義さんが言っていた「傑作は偶然だ」っていう言葉なんですけどね。

■KENSEI YABUNO『Untitled Ⅱ』
会期:11月26日まで
会場:KOMIYAMA TOKYO G
住所:東京都千代田区神田小川町3-20−4 第2龍名館ビル 1F D
時間:12:00〜18:30(平日、土曜)、12:00〜17:30(日曜、祝日)
休日:火曜、水曜

The post 「イメージと実践の間に何の作業も存在しない」 「Untitled Ⅱ」から見えるヤブノ・ケンセイの創作について appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
「ペリメトロン」から生まれたトリオ圓 「FUKUI TRAD」の活動記録から伝統工芸との共生をどう見るか https://tokion.jp/2023/05/23/interview-en-fukuitrad/ Tue, 23 May 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=186487 圓が取り組んでいた福井県の伝統工芸を再考するプロジェクト「FUKUI TRAD」の完結と活動記録をまとめた書籍から、課題の深淵と今後のヴィジョンに迫る。

The post 「ペリメトロン」から生まれたトリオ圓 「FUKUI TRAD」の活動記録から伝統工芸との共生をどう見るか appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
福井県の伝統工芸をより身近な存在にするべく立ち上げられた「FUKUI TRAD」という活動がある。「FUKUI TRAD」は、「ペリメトロン」から派生した西岡将太郎、佐々木集、森洸大のトリオである圓(en)が2021年初頭に企画し約1年掛けて取り組んでいた福井県の伝統工芸を再考するプロジェクトだ。

そもそも福井県には「越前漆器」「越前打刃物」「若狭塗り」「越前箪笥」「若狭めのう細工」「越前和紙」「越前焼」などの伝統工芸が息付いているが、いずれも後継者不足や需要低下といった原因でかつての活気を失いつつある。プロジェクト自体は伝統工芸品の開発を目的にスタートしたものの、圓は越前市に拠点「越前ハウス」を作り、職人や作家と出会い、対話を重ねていく中でプロダクト開発よりももっと根源的な問題に向かっていったという。

一応の完結を迎えた圓による「FUKUI TRAD」だが、今後は「越前ハウス」をオープンハウスとして機能させ、福井県と向き合っていく。先月上梓した、約1年間の記録を収録した書籍『MICRO TRIBE: FUKUI TRAD ANNUAL/MANUAL 圓 FROM PERIMETRON(以下、『MICRO TRIBE: FUKUI TRAD ANNUAL/MANUAL』)を振り返りながら、3人が考える課題の深淵と今後のヴィジョンについて話してもらった。


写真右より「ペリメトロン」の西岡将太郎、佐々木集、森洸大からなるトリオ。もともと伝統工芸に興味のあった3人で結成され、西岡がプロデューサー、佐々木がクリエイティヴ・ディレクター、森がアートディレクターを務める。

短期のアウトプットではなく、継続していくこと

−−「FUKUI TRAD」がスタートしたきっかけを教えてください。

西岡将太郎(以下、西岡):イベント制作会社の友達からプロジェクトの打診があって。それで集(佐々木)と洸大(森)に声をかけたら二つ返事で「やる」と。そこから始まった感じですね。

−−お2人は声をかけられて最初どんな印象を持ちましたか?

佐々木集(以下、佐々木):急な角度で聞き馴染みのある言葉が来たので、純粋におもしろそうだなって。始まりは軽い気持ちですね。

森洸大(以下、森):「おもしろいもん作れそう」っていう気持ちと、「ペリメトロン」と別で墨流しのチーム「DWS(Dirty Workers Studio Japan)」をやっていて、福井県にも墨流しの職人がいたんですよね。だから、その人に会いたいという話を昔からしていて。墨流しも日本の伝統芸術であって、自分達は独自に改良しながらも延長線上にいるので強烈に興味を持ちました。

Body Marbling Dirty Workers Studio

西岡:映像制作とかグラフィックも含めて、自由度が高いプロジェクトの話は、だいたい集に声をかけることが多いんですよね。伝統工芸とか職人という言葉から集と洸大の名前が最初に浮かびました。

−−プロジェクトが完遂した後の目的は?

西岡:継続です。「FUKUI TRAD」の後、このプロジェクトをどう継承していくか。

佐々木:「FUKUI TRAD」ではさまざまな職人と一緒にいろんな食器を作ったんです。それをただ展示販売するんじゃなくて、肌で感じてほしかったから、短い期間だけどプロジェクトの最後に「アンノン原宿」ですべての食器を使ったポップアップレストランをやって。空間も含め、「FUKUI TRAD」を凝縮させたんですが、それでも収まり切らなかったことがたくさんあったから、そのバックグラウンドごと『MICRO TRIBE: FUKUI TRAD ANNUAL/MANUAL』にまとめたんです。そこで、俺等の「FUKUI TRAD」はある程度結末を迎えているかな。

でも、まだ越前の拠点はあって、今は向こうで仕事をしている住人もいるので、今後の可能性は感じています。拠点をビルドアップする予定なんですが、その具体案はこれから。ニッシー(西岡)が感じている、このプロジェクトをアップデイトすることができれば、福井での先の活動にもつながっていくのかもしれない。

−−西岡さんが話した「継続」ですね。

西岡:そもそも、基本的にプロデュース、クリエイティヴ・ディレクション、アートディレクションという役割のプライオリティを決めている前提もあるし、ある程度、意識が共通している部分もあるから、前段をすっ飛ばしても互いに理解できている感覚はある。あとは必要なことを予測しながら話し合って進めていきました。それをこれからも継続していくだけかなと。

佐々木:互いの意見はフラットに出し合い、“おもしろい”っていう共通認識を元にそれぞれの具体的なイメージをつないでいく感じ。

西岡:プロデュースも制作も垣根を越えた視点で進めたことが多かったように思います。

ひたすら歩き回って繋がった職人との縁

−−当初は福井県から「『ペリメトロン』にプロダクトを作ってほしい」という依頼だったとのことですが、そこから拠点である「越前ハウス」を作る考えに至った経緯を教えてください。

佐々木:最初に福井に行った時点で、話に挙がっていたよね?

西岡:そうだね。経緯が生まれた具体的な瞬間っていうのは思い出せないかな。

佐々木:その話はパッと思いついたというか、「拠点欲しいな」って思ったことをニッシーと洸大に話した気がする。

西岡:ある程度の頻度で福井へ行く3人分の交通費や宿泊費等を考えたら、拠点を作った方が効率的とは思っていて。それから現地の物件や家賃を調べ始めました。福井県にプレゼンする前、福井に行った時点で「拠点が欲しい」って話をしたはずだよね?

佐々木:したね。それにさまざまな条件が重なってるんですよね。車移動だったので、移動時間の長さが気になったり、コストも圧縮できる。自然に拠点を作ろうという発想に至ったと思います。最初、福井市内に店舗を置くアイデアもあったんです。商店街に店舗を作る話とか。現状のようなサテライトオフィスでもいいし、将来的にアーティスト・イン・レジデンスみたいな機能を持たせるって、熱心によく話してたね。

西岡:そうそう。

−−決めてから実際に拠点を作るまでスムーズに進んでいったんですか?

佐々木:福井に行けるタイミングも限られているので、いくつか物件を内見したんですけど、そのタイミングで決めないといけないくらい差し迫っていた感覚はありましたね。そんな時に鯖江商工会議所の田中(英臣)さんという人が「越前市にぎわいづくり課」を紹介してくれて、鯖江市と越前市の境界の現在の拠点になる物件を見つけてくれた。伝統工芸に関する組合と話し合いを始めた頃かな。

−−ちなみに、組合で紹介されなかった職人や作家とはどう繋がっていったんですか?

佐々木:ひたすら地道に人の紹介ですね。『MICRO TRIBE: FUKUI TRAD ANNUAL/MANUAL』は結構、そこの重要性にフォーカスしてる。

西岡:それこそ縁で繋がった気がします。出会った人自身が素晴らしいと思う作家や職人をつないでくれたんです。組合からリストが上がってくる頃には、ほとんどの職人と会ってて、逆に組合に作家のことを質問できるくらいにはなってましたね。

森:杉原(良直、杉原商店代表)さんは、もともとネットで調べて知ってて、会いたいなって思ってた。

佐々木:最初に電話した時、めちゃめちゃ怪しまれたよね。今すごく仲いいのが不思議なくらい。最初、「お前等は何者や?」って(笑)。

−−実際にたくさんの職人に出会われてきたと思うんですけど、特に印象に残ってる作家や作品があれば教えてください。

佐々木:俺は徳さんかな。

西岡:「井上徳木工」っていう、主に越前漆器の箱物の木地を作る工房です。アトリエのインパクトが一番印象に残ってる。もちろん作品もですけど、伺った時にアーカイヴっていうか、実験したストックが山のように詰まっている空間に西日が差し込んできて、木が柔らかく光ってて。めちゃくちゃいい空間で。

森:徳さんのアトリエは印象的だったね。俺は小柳(箪笥)さんのところ。

佐々木:からくり箪笥の作り方は知ってたけど、その場でギミックを見せられた体験は初めてだったね。純粋に「すごい」って。ロジックに基づいた技術がないと絶対作れない、ちょっと研究的な視点もある箪笥職人はかっこいいなと思った。

森:残念ながら「FUKUI TRAD」では、一緒にもの作りができなかったんですが、そのことに小柳さんが一番嘆いてたというか、赤裸々に語ってて。もの作りに対してピュアな人なんだなと。

−−先程、話に出てきた杉原さん(杉原商店)の和紙が書籍のカバーに使われているんですよね。

佐々木:そうですね。ZINEの制作はプロジェクトの序盤から話していて、せっかく作るんだったら和紙を取り入れようという共通認識があったはず。

森:その辺は議論も要らなかったよね。

佐々木:編集のWATARIGARASUチームと「こんな感じ」っていう構想は共有していました。話をしながら、都度、お互いにフィードバックし合う感じの流れで本の制作は進んでいったんですが、ぶっちゃけ、ここまでのクオリティーに仕上がる想像は全員していなかったと思うんですね。制作が本格化したのは2023年の年明け。締切が決まってて、そこからだいたい1.5カ月っていう短期間でWATARIGARASUと中身を一気に作ったんで、束見本(本を制作する際のモック)も色校正も見られないまま完成しましたから。

現状の記録ではなく今後の課題を浮き彫りにするためのプロジェクト

−−伝統工芸の現状を間近で見て、取り巻く環境も含めて、発展に必要と感じた課題はありますか?

佐々木:日本文化の需要はそれなりにあります。ただ、“伝統工芸品”っていうカテゴリーを外した時、一般販売されているプロダクトとどう差別化できるのか、その工夫という問題は大きいと感じます。独自性を貫いている作家や職人は生き続けている一方で、これまでと同じやり方を頑なに続けていることが、ネガティヴな結果に繋がっていく可能性も事実。脆さや生産性の低さとか、今の生活にフィットしていない製品を、なぜ買うかって、消費者のこだわりとかセンスでしかないですからね。

森:職人も“アーティスト然としない”姿勢にこだわってる人もいて。「作品ではなく製品だ」っていう。

西岡:工芸はファンデーションが1人の作家をサポートするわけですけど、それと産業として残していくことは全く違うんですよね。組合も集団単位での産業発展を模索するので、個々の作家にフォーカスすることは少ない。その点では、さっき集が言った通り、時代の流れには勝てないし、個人と産業レベルのメリットを同時に見出すことが難しい状況であると思います。

佐々木:それがどう変化するのか気になります。昔から伝わる伝統工芸の手法で作る作品と、生産性を意識した製品両方の必要性を理解している職人もたくさんいるので。互いのこだわりを認め合っていることはとてもポジティヴ。

森:紙も、機械式と手漉きの作家同士の理解があるしね。

−−双方向の理解がないと、産業自体が立ち行かなくなりますよね。

佐々木:めのう(縞状の模様をもった玉髄)が完全にそうでしたね。現在は伝統的な製法しか残されていないっていう答えだったんです。2人いた伝統工芸士の1人が亡くなってしまったそうなんですが、残念なことに、職人としては格段にレベルの高い方だったっていう話を聞きました。現状のめのうの作品や工房を見て、正直、そのまま廃れていきそうなリアルを見て、少し食らった感覚がありましたね。もともと北海道にめのうの採掘権があり、そこで採れた石を福井で加工して赤めのうが生まれていたわけですけど、採掘権がなくなっちゃったから、もう採れない。だからブラジルから採掘しているらしいんですけど、素材のバックグラウンドがないですよね。俺等がやり始めないといけないくらい。

森:今、資材の削りも3Dでできてしまうわけじゃないですか。でも、工房にある機材は昔から、ほとんど変わってないんですよね。それが伝統工芸だといわれたら、もうできることはほとんどないのかなと。

西岡:終わりゆく将来を知りながらやっている感じがしました。

――地方の良さを語られるケースが多い一方で、潜在的なムラ意識が根強い地域の話も少なくないですよね。実際に福井県で生活してみて、率直に感じたことがあれば教えてください。

佐々木:福井の県民性かもしれないですけど、みんな最初からビビるくらい良い人達でした。はじめは、こっちがちょっと勘ぐってたくらいで。

森:あと、プロジェクトを進めるにあたって、俺等が誰と繋がったら良いかを真摯に考えてくれたこともありがたかったですね。それに“よそ者”っていう意識が当初からなかったこと。伝統工芸士もステレオタイプというか、「簡単には教えない」みたいな感じを多少覚悟してました。でも、みんなオープンで変化を望んでいる人も多かった。

西岡:もちろん頑なな感じの職人もいますけど、そのカテゴリの若いリーダーが「気にしないで大丈夫ですよ」ってケアしてくれたりもしました。

−−最後に拠点についてですが、サテライトオフィスは壁際にMacが置いてあって、Play Stationとかゲームもあって、ギターもあって、遊びの空間のようでもありました。母屋はギャラリーの他にアーティスト・イン・レジデンスの機能も加えていきたいとお話しされていましたね。

佐々木:東京を拠点にしているクリエイターやデザイナーを福井へ連れて行って職人に紹介するようなやり方は個人的にいいなって。イベント化していく流れで周辺のクリエイターがすべてアテンドできるくらいのリソースも福井で作れて、それを定期的にやっていけたらいい。伝統工芸士でも、庭師でもいろいろな繋がりが生まれると、東京と福井の良いバランスが生まれると思いますね。“MICRO TRIBE”っていうタイトルには、そういう「繋がり」、共通する意識やバイブスをいかにして作るべきか、っていう意味が込められているんです。場所やジャンルを問わない、“MICRO TRIBE”が生まれれば、先ほどの 「めのう」のケースのような、ニッシーが言った「終わりゆく将来」を迎えずに済むようになるかもしれない。

■『MICRO TRIBE: FUKUI TRAD ANNUAL/MANUAL 圓 FROM PERIMETRON』
価格:¥4,620
ページ数:254ページ
オンライン販売:https://watarigarasu-book.myshopify.com/

※6月2日~18日に代官山蔦屋書店2号館1階ブックフロアでフェアを開催。『MICRO TRIBE: FUKUI TRAD ANNUAL/MANUAL』の販売に加え、圓が実際に制作した器(一部、非売品)や、「FUKUI TRAD」の皮切りにおいて非常に大きな存在だったという漆琳堂の漆器等を展示・販売する。

The post 「ペリメトロン」から生まれたトリオ圓 「FUKUI TRAD」の活動記録から伝統工芸との共生をどう見るか appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
写真家・髙橋恭司のタイムラインを振り返る -後編- カテゴライズを拒否する表現の力 https://tokion.jp/2023/05/13/interview-kyoji-takahashi-part2/ Sat, 13 May 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=185402 髙橋恭司のルーツや新作にまつわるインタヴュー。後編は写真の道を志した出発点や広告と芸術の境界まで広く話を訊く。

The post 写真家・髙橋恭司のタイムラインを振り返る -後編- カテゴライズを拒否する表現の力 appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
髙橋恭司

髙橋恭司
1960年生まれ。栃木県益子町出身。1990年代に『Purple』等のファッション・カルチャー誌や広告で作品を発表する。主な写真集は『The Mad Broom of Life』(1994)、『Road Movie』(1995)、『Takahashi Kyoji』(1996)、『WOrld’s End』(2019)、『Ghost』(2022)、『Void』(2023)等。5月14日まで京都で展覧会「Void」を開催している。

時代がタイトになり続ける現在、意識的に何かを更新しようとする試みではなく、自身の直感に従いながら作品を撮り続ける写真家・髙橋恭司。髙橋の写真のカテゴリーにとらわれない表現の背景にあるものとは何か。後編では、写真家を志した、ある意味でルーツともいえるニューヨーク時代の話から、商業と直結する広告と求道的な写真やアートの境界まで、広く話を訊いた。

「ジャンルではなく、素材という意味で写真も美術」

−−「Void」の展示期間中、京都で滞在制作もされていたようですね。

髙橋恭司(以下、髙橋):そうですね。基本的にロケハンもリサーチもしない性格で、偶然というオプションが入っていないと未知な感じがしないんです。その意味で場所は重要なのかもしれないですね。久しぶりに京都に行ったのですが、意外だったというか、おしゃれな店やスポットも増えて、すべての水準が高いように感じました。なので、数日滞在していたんですけど、昔、ニューヨークにいた時、自分の作品を見てもらいたいという思いで制作していた頃を思い出しました。その考え方はジャーナルであって「写真」ではないですけどね。

−−髙橋さんにとって写真を撮る行為はどんな感覚に近いのでしょうか?

髙橋:何なのか考えたことがなかったです。癖とか時間のような……収集癖もないですから。強いて言えばおもしろい瞬間があったとして、あとになってから写真で見たいと思うことはあります。実家を掃除していて、いろいろな写真が見つかるとおもしろいですよね。自分の写真でなくても良い。そんな感覚に近いのかもしれません。

−−例えば、住んでいる街並みが変わっていくことに対して、センチメンタルになったりするような感覚はありますか?

髙橋:ないです。写真も古くなりますし。久しぶりにニューヨークに行ったらきっと驚くんでしょうけど、それ以上の感情はないと思います。

−−絵を始めるきっかけにニューヨークがあったとお聞きしました。美術家が自画像を描くのに対して、写真家のセルフポートレイトは少ないように、写真家の眼は外に向いていて、美術家は内向きになると感じるのですが、髙橋さんはどう思われますか?

髙橋:僕は美術が出発点なので、一番身近に感じていた写真家は(クリスチャン・)ボルタンスキーや、その前だと(ロバート・)ラウシェンバーグです。ラウシェンバーグの写真は布などのマテリアルに刷っていくプロセスと、風に舞うような柔らかさに惹かれていました。でも、当時は、自分の中では絵を描く、描かないということはほとんど問題としていなかったように見えていました。ウォーホルもイラスト以外はほとんど描いていないですが、作品の類似性のマジックに強烈に惹きつけられる。写真と美術の分野を横断するようにね。

20歳の頃にニューヨークのホイットニー美術館でエド・ルシェの回顧展が開催されていて、かなり影響を受けました。作品はモノクロ写真なので自分にとってはリアルではないですが、アートピースのように見せない構成も見事でした。ジャンルではなく、素材という意味では写真も美術だと思っています。

−−髙橋さんの写真がポピュラリティとパワーを持ち続けている理由もわかるような気がします。

髙橋:2000年にエレン・フライスとオリヴィエ・ザームがポンピドゥー・センターでキュレーションした展覧会に参加したことがありました。その「ELYSIAN FIELDS」というカバーが13枚ある、CD付きの図録の表紙に僕の写真が使われて、パリの街中にポスターが張られた時は驚きましたし嬉しかったですね。その後に、宮城県立美術館で開催した「コモン・スケープ」というウィリアム・エグルストンや古屋誠一さん等が参加したグループ展がありました。過去の展覧会では、この2つが特に記憶に残っていますね。

カテゴライズを拒否する表現の力

−−ある期間、広告写真から離れられたのですよね。

髙橋:作品を撮り続けるために多少の経済力は必要ですし、広告や雑誌はいろいろな人に会える楽しさはあります。一方で、尽きていくような感覚もあった。ある時、写真を始めた原初に立ち戻ろうと思ったんです。

−−SNSに限りませんが、メディアが激増してあらゆるイメージが大量に押し寄せてくる現状についてはどうお考えですか?

髙橋:鑑賞する、受ける側としては大問題ですよね。最近「認知アポカリプス」という、テクノロジー社会の課題について認知学と社会学から考える本を読んでいるのですが、SNSである話題が急速に拡散されて巨大化して、商業にも結びつく状態は本当に怖いですよね。

−−芸術と商業の境界とか、それぞれに関する姿勢等は昨今も議論されています。

髙橋:芸術と商業の境界というのも矛盾していることが多いでしょうし、その矛盾自体に問題があるわけではない。言葉と絵や写真にも言えることです。何を撮っていようと構わないですよね。僕は仏像もナン・ゴールディンのポートレイトもビョークも満島ひかりさんも撮影したことがあります。それぞれに依頼されたり、自発的に撮ったり、撮影するきっかけはさまざまでも写真にそれほどの差はない。

今後、浮き彫りになる課題があるとすれば、作品をカテゴライズしようとする力が強くなっていくこと。メディアが中心だった頃から、今は膨大な情報がすべてカテゴリー化されていく時代に変化しました。そうすると、鑑賞者は作品の違和感をつかみづらくなります。新しい魅力や気付きがなくなってしまうんです。個人的に音楽もボサノヴァとかジャズ、クラシックといった、ジャンルがはっきりしてない音が楽しいように、気分によっては何だかわからないものを求めています。雑誌の時代ではないからかもしれませんが、インタヴューも専門家ではなく、音楽やアート好きの読者に接続することに意味があるように思います。

■Void
会期:5月14日まで
会場:アルトロ
住所:京都市中京区貝屋町556
時間:11:00〜18:00
休日:月曜、火曜、水曜
公式サイト:https://artro.jp/

Photography RiE Amano
Interview Yoshihiro Sakurai, Jun Ashizawa(TOKION)

The post 写真家・髙橋恭司のタイムラインを振り返る -後編- カテゴライズを拒否する表現の力 appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
写真家・髙橋恭司のタイムラインを振り返る -前編- イメージの断片のコラージュが言葉を紡ぐ https://tokion.jp/2023/05/12/interview-kyoji-takahashi-part1/ Fri, 12 May 2023 03:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=185343 髙橋恭司のルーツや新作にまつわるインタヴュー。前編は京都で開催中の展覧会「Void」の制作背景等を訊く。

The post 写真家・髙橋恭司のタイムラインを振り返る -前編- イメージの断片のコラージュが言葉を紡ぐ appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
髙橋恭司

髙橋恭司
1960年生まれ。栃木県益子町出身。1990年代に『Purple』等のファッション・カルチャー誌や広告で作品を発表する。主な写真集は『The Mad Broom of Life』(1994)、『Road Movie』(1995)、『Takahashi Kyoji』(1996)、『WOrld’s End』(2019)、『Ghost』(2022)、『Void』(2023)等。5月14日まで京都で展覧会「Void」を開催している。

写真家・髙橋恭司の新作個展「Void」が京都の「アルトロ」で開催している。同展は髙橋が日常的に愛用している「ライカ」M8を使い、自室にいながら見える範囲を切り取ったプライベートな視点で表現している。展覧会に合わせて制作された写真集も発表した。作品集にはInstagramに投稿した写真とともに詩的なテキストも掲載されている。髙橋は写真と言葉をどう接続させるのか。一貫して写真を取り続けることに向き合ってきた髙橋のタイムラインを振り返る。

「写真もレコードも見たり、聞いたりしない時間が重要」

−−今回の展覧会「Void」のテーマについて「暗さ」、陰陽の「陰」かもしれないとInstagramに投稿されていました。写真集の最後の信号機のテキストも「渡るな」「闇」と書かれていましたがこのテーマに至ったのはなぜでしようか?

髙橋恭司(以下、髙橋):自分自身はそんなに暗くないですし、これまでの写真も特に暗いということもないです。ただ、最近はコロナに始まってウクライナへの軍事侵攻等、暗い情報が多かった時代でした。その中で、SNSも個人としてのネガティヴなものを暗に避けるような意識があった一方で、心の中にちょっとだけ暗さを感じたことがありました。どちらか片方の感情に振り切った表現は表現者としてできないので、自分の中の深いところにある“暗さ”に触れてみようと思ったことがきっかけですね。

−−作品をすべてInstagramで発表したのはなぜでしょうか?

髙橋:Instagramに投稿する行為って、誰が見ているか全くわからないわけですから、真っ暗な闇に何かを投げるようなイメージが僕にはありました。ネガティヴに感じられる写真はユーザーにはどう捉えられるのだろうか? と思って試しに投稿をしたら、2、3枚だったかな……かなり早い段階でギャラリストやスタッフの方々から「ストーブの写真が良い」とか「この作品で展示をしたい」という連絡をいただいたんです。ギャラリーと展示期間だけが決まっていて内容はこれから、という時期と重なっていました。ちょうど、その頃が忙しくて、少し体調を崩していた時期でもありました。その状況が空っぽのようにも感じていました。

−−展覧会と作品集のタイトルも「Void」(=空白、虚無)ですね。

髙橋:昨年、「LOKO GALLERY」で開催した「Ghost」では、点数は多くはないのですが、回顧展的な内容も含んでいて、キャリアの初期の頃の写真も集めていて、いくつか他の展示の準備が重なって疲れていたようなんです。友達からも「休んだ方がいい」と。自分では気付いていなかったので、そのままの勢いでやりきるつもりだったんですけどね。

−−「Void」のテーマは、髙橋さんのプライベートな視点で撮影されましたが、展示会場の「アルトロ」も部屋のような空間の印象を受けました。構成はどのように進んだのでしょうか?

髙橋:会場構成はプロデューサーの小林健さんが手掛けてくれました。フライヤーのスケジュールがかなりタイトでしたので、写真集のアートディレクションを担当してくれたクリストフ・ブランケルにお任せしたんです。すぐにデザインが届いたのですが、今回の展示作品に入っていないブコウスキーの写真が使われていました。写真集に関して、僕が決めたのはサイズとページ数だけで、写真セレクトと割り付けはクリストフ。

おもしろいのはクリストフと小林さんのセレクトした写真が1枚以外はすべて異なっていたことです。お互いに見る場所と時間も異なるので、ほったらかしというと乱暴かもしれませんが、各々が自由にしてもらうことでいろいろな可能性が広がるのだと思います。展示は実際に作品を観られるけど、期間中に限られていて。一方で写真集や本は時間を対象としないパッケージですから、レコードみたいですよね。最近、感じるのは写真もレコードも見たり、聞いたりしない時間が重要なのではないかということです。

−−昨年の「Ghost」は髙橋さんのキャリア初期の1990年代に発表されたヴィンテージプリントから近作の花の写真まで展示されていましたが、時代性や時間といった、記録という領域ではない感覚がありました。

髙橋:時間がリニアに繋がっているかどうかは、感情に左右されることがあります。例えば、昼に地震が起こった夜にまた、不安を感じたり。時間は一定ではない。「本」も閉じられている時間がある分、実際の展示とは別の鑑賞体験が生じます。コントロールできない時間が、ある作品に対しても異なる作用を与えるのかもしれません。2019年に発表した『WOrld’s End』で、クリストフはテキストを入れないという提案をしてくれましたが、今作の『Void』ではテキストもデザインしてくれたように、です。

−−『Void』のテキストを掲載する上で意識したことはありますか?

髙橋:特になかったですね。テキストはInstagramにポストしたままです。仕上がりのギリギリまで写真だけで構成するアイデアもあり、かなり流動的に作りました。翻訳に関しては、印刷工程や束見本も決めたあと、締切に間に合うかどうかわからないタイミングでしたが、「KYOTOGRAPHIE」のプログラムで海外の来場者も多く予想されるので、テキストは読める構成が理想でした。翻訳は写真研究家の安田和弘さんにお願いしました。写真集に掲載した作品の倍近くの翻訳点数があったので、ありがたかったです。

イメージの断片のコラージュが言葉を紡ぐ

−−髙橋さんの写真とテキストのマッチングが素晴らしいと感じます。セリーヌの文体破壊、アカデミズムへのアンチテーゼではないですが、どのように言葉が降りてくるのでしょうか?

髙橋:言葉は断片でイメージしています。そのイメージの断片をコラージュするような感覚はあります。一見関係ない言葉が実は線で繋がっているような。ただ、SNSは一般性が強いですので、ポジティヴな感情だけの方がわかりやすいけど、少しネガティヴな側面や違和感を巻き込まないといけないなとは思っています。

−−「Void」のすべての作品をデジタルで撮られたのはなぜでしょうか?

髙橋:単純に最近デジタルでは、作品を撮っていないからです。現在、手掛けている「生茶」の広告や『婦人画報』の連載はデジタルで撮影しているのですが、通常、Instagramには、フィルムで撮影してサービスプリントしたものを投稿しているのですが、写真集『Void』は、デジタルカメラで撮影し自分でプリントをつくりInstagramに投稿しています。そのプリントを複写するときに写り込んだ背景が、自宅のカーペットなんですが、複写をお願いした写真家とその場で試案しながら撮影しました。

−−写真集の花びらの写真は絵画のような印象を受けました。

髙橋:カーペットの背景が額縁のように見えたのでしょうか。トリミングについては、複写がかなりの枚数だったので、後にデザイナーが処理するかと思って細かなサイズは合わせずに送りましたが、そのままに仕上がりました。クリストフは何かしらの違和感を必ずデザインに落とし込むのですが、彼の仕事については、関わる人達はみんな素晴らしいと感心しています。打ち合せもこちらからの指示もありませんが、仕上がりは完璧ですから。

−−予定不調和ではないですが、ある程度他人に委ねた方が作品の可能性が広がるという考え方でしょうか?

髙橋:人によりますが、大きく言えばそうでしょうね。自分は撮ることに関心があり、それ以外の工程はコントロールできないことを楽しんでいる感覚なんです。雑誌や広告、写真集もそうですよね。作家の個人名が立ってきますが、印刷から流通まですべてチームプレイですから。

■Void
会期:5月14日まで
会場:アルトロ
住所:京都市中京区貝屋町556
時間:11:00〜18:00
休日:月曜、火曜、水曜
公式サイト:https://artro.jp/

Photography RiE Amano
Interview Yoshihiro Sakurai, Jun Ashizawa(TOKION)

The post 写真家・髙橋恭司のタイムラインを振り返る -前編- イメージの断片のコラージュが言葉を紡ぐ appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
身近な女性の死から自己の表現に向き合う 石内都×頭山ゆう紀の対談から見えたもの https://tokion.jp/2023/05/08/miyakoishiuchi-yuhkitouyama/ Mon, 08 May 2023 08:45:00 +0000 https://tokion.jp/?p=183690 ケリングによるプログラム「ウーマン・イン・モーション」が支援する石内都と頭山ゆう紀による対談。

The post 身近な女性の死から自己の表現に向き合う 石内都×頭山ゆう紀の対談から見えたもの appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
京都の街を舞台に14日まで開催されている「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭(以下、KYOTOGRAPHIE)」とパートナーシップを結ぶケリングによる、文化や芸術の世界に貢献する女性を称えるプログラムの一環「ウーマン・イン・モーション」。2023年に支援するのは、写真家の石内都と頭山ゆう紀による2人展 A dialogue between Ishiuchi Miyako and Yuhki Touyama「透視する窓辺」展だ。

同展は石内が次世代の作家として頭山を選んだ対話的な2人展。石内は波乱の人生を歩んだ「母」を1人の女性としてとらえ、身につけていた衣類や使いかけの口紅、髪の毛のついた櫛といった遺品を撮影したシリーズ「Mother’s」を、頭山は2006年の「ひとつぼ展」に入選し、石内からも高い評価を受けた原点といえるシリーズ「境界線13」から、家族がいる風景写真とコロナ禍に亡くした祖母の介護中に風景や庭を撮影した新作をそれぞれ展示している。

展示会場となった老舗の帯匠「誉田屋源兵衛 竹院の間」には、世代を超えた2人の作家の視線が交錯するように、写真に写真が重なり展示されている。「KYOTOGRAPHIE」開催初日に行われた2人の対談「石内都と頭山ゆう紀の視点」では、モデレーターに赤々舎代表でディレクターの姫野希美を迎え、同展の構成から身近な女性の死に直面し、ごく私的な写真が作品になるまでの境界についてのトークが交わされた。

石内都
1979年に「Apartment」で第4回木村伊兵衛写真賞を受賞。2005年、母親の遺品を撮影した「Mother’s」で第51回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家に選出される。2007年より現在まで続けられる被爆者の遺品を撮影した「ひろしま」も国際的に評価されている。2013年紫綬褒章受章。2014年には「写真界のノーベル賞」と呼ばれるハッセルブラッド国際写真賞を受賞。近年の主な展覧会・出版物に、個展「Postwar Shadows」(J・ポール・ゲッティ美術館 ロサンゼルス 2015)、写真集『フリーダ 愛と痛み』(岩波書店 2016)、個展「肌理と写真」(横浜美術館 2017)、個展「石内 都」(Each Modern 2022 台湾)、個展「Ishiuchi Miyako」(Stills 2022 エディンバラ)、「六本木クロッシング」(森美術館 2022)等がある。作品は、東京国立近代美術館、東京都写真美術館、横浜美術館、ニューヨーク近代美術館、J・ポール・ゲッティ美術館、テート・モダン等に収蔵されている。

頭山ゆう紀
東京ビジュアルアーツ写真学科卒業。生と死、時間や気配など目に見えないものを写真に捉える。自室の暗室でプリント作業をし、時間をかけて写真と向き合うことで時間の束や空気の粒子を立体的に表現する。主な出版物に『境界線13』(赤々舎 2008)、『さすらい』(abp 2008)、『THE HINOKI Yuhki Touyama 2016−2017』(THE HINOKI 2017)、『超国家主義−煩悶する青年とナショナリズム』(中島岳志著、頭山ゆう紀写真/筑摩書房 2018)がある。

2人の出会いと同展が2人展に至った背景

2人の出会いは、頭山が写真学生の頃に沖縄で開催されていた石内のワークショップに訪れたこと。その後、石内が審査員をしていた「ひとつぼ展」に頭山が入選し、その後発表した作品集「境界線13」の帯のコメントも寄せている。今回、2人展の構成を打診された時に、頭山の名前がすぐに浮かんだという。

「頭山さんと榛名湖アートレジデンスで会った時にお祖母さまの介護をしていた時の写真があるとは聞いていました。でも、写真は見ていなかったんです。今回、私からは「Mother’s」を出してほしいと言われていましたので、彼女のお祖母様と、その後お母様も急逝されてしまい、2人の身近な女性を亡くした。私の作品と共通するテーマでもあり、一緒にやりませんかと声を掛けて今回の展示になりました」。

頭山は「作品にするつもりはなかったんですが、ちょうど祖母を介護していた時に写真があったので発表したいという気持ちになり、姫野さんにも写真集にしたいという相談をしていたタイミングでした。石内さんから代表作も展示したほうが良いとアドバイスを頂いたこともありました。『境界線13』には家族の写真も結構入っているので、今回の写真を選びました」と、出展のきっかけとなった新作に加えて、2人の出会いであり、代表作でもある「境界線13」から家族のいる風景を選んだ。モノクロの同作と新作にはカラー写真もある。「そもそも、カラーの写真は作品にしようと思って撮っていなくて。コロナ禍の初期だったので、人にも会っていないし、買い物に行く途中に撮ったものなので、ちょっと爽やかというか、自然にカラーになった。ちょっとした気晴らしでもあったので、その流れでたくさん撮りためていった」。

展示会場に入ると中央には、頭山のモノクロの写真が壁紙のように拡大され、その上に2人の作品が重ねられ、左側が石内の右側が頭山の作品を展示しているユニークな構成になっている。この演出はどのように考えられたのだろうか。それには石内が「Mother’s」を撮り始めた頃の記憶も関係しているという。

「応接間のガラスの窓に両面テープを貼り付けて撮ったのが『Mother’s』の始まりなんです。最初の背景には庭が写ってた。頭山さんが庭を撮っていたと聞いた時に、ふと思いだしたので、モノクロだし、初心に戻るじゃないけど、一番初めの私の撮影を思い出してこの演出にしたんです。それに、頭山さんのお祖母様の介護をしていた時の部屋から庭を撮ったモノクロの写真を拡大して、それぞれの写真を重ねて展示したいって何となく思ってました。1つの実験的な試みですね。実は、今回の写真はこれまで日本で展示しなかった作品もあります。階段の上にある長襦袢の写真は『ベネチア・ビエンナーレ』の展示用。和モノではないですが、ベネチアなので日本的な写真を展示しようと思って、今回の展示写真の着物に関する写真の展示はそれ以来です。『Mother’s』の中でもこれまで見たことのないような写真を展示しています。母が亡くなって23年が経ちます。ついこの間のような感覚もあり、かなり長い時間でもある。同じシリーズですが、場所とテーマで見え方が変わります。今回は新しい母に再会した気持ちで展示しています」。

創業約280年を迎える帯匠「誉田屋源兵衛」の空間を生かしたこと、展示で初めて建築家を加えたことが2人の作品が渾然一体となり、既視感のない印象の構成に至ったのだという。また、石内の作品は敷居をくぐったり、低い位置に写真が展示されていたり、頭山の作品も壁紙の写真をプリントとして横にかかるような並びで展示されていることで、これまでの作品のトーンとは異なる鑑賞体験ができる。

頭山は「今回の窓の作品は、祖母の目線を作品にしたもの。介護中に祖母が外に出られなくなってしまったんです。幻覚が見えていたようで、その中で『壁に墨絵が見える』と言っていたことがありました。墨絵が見える世界ってどういうものか。家から出られなくなって、さらに墨絵が見える。その墨絵を意識してプリントしました。介護ではどうしても閉鎖的になってしまって、1人の時間というか、写真があることが救いになりました」と新作の制作過程の一端を明かした。

石内は「さきほど頭山さんが話したことと全く一緒で、『Mother’s』も作品にするつもりはなかった。母親がもういないっていう現実を受け入れられなかった。その時に、彼女が残したものが本当にたくさんあって、それをどう処分するか考えた時に写真に収めればよいと思ったんです。今、対話できるのはそこにあるものしかない。非常に切羽詰まった現実感から『Mother’s』が始まって、ようやくプリントして人に見せられたとしても、作品にするには時間がかかるので簡単ではない。写真って他人の目線が入ってきた時に問題意識が反映される。その個性がどんどん広がってくことは写真1つのあり方です。写真は見る人がいて成立するわけですから。その意味で、彼女と私が何か根底的に写真に対する考え方が似ているんです」とし、頭山は「母が亡くなった後に、母が生まれた場所に行くと目の前が海で、そんなことは全然知らなかったし、母が居た景色も撮りたいと思いました」とそれぞれの母への思いも語った。

“女性写真家”という言葉が持つ意味

芸術分野における女性の地位と認識や評価への理解と変化を促進するためのプラットフォームとしての「ウーマン・イン・モーション」に繋がる話として、石内は1976年に企画した「百花繚乱」について、頭山は“女性写真家”というセグメントと介護中に感じた違和感について語った。

「企業の女性支援は、現在の社会の成り立ちの1つになってしまったけれど、本来はない社会であるべき。1976年に企画した『百花繚乱』のテーマは“男”。その時は写真界では無視されました。なぜ、この企画を考えたかというと、少しずつ女性が社会進出しているような流れがあった時代だったものの、女性は結婚して子どもを産むと写真をやめなければいけない人が多かった。男性の考えが変わらない限り、物事は変わらなかった。それに、女性写真家という表現が嫌いなんです。女性であることは1つの特徴であって、全てではないわけですから」と振り返る石内に頭山は「『ウーマン・イン・モーション』のテーマを考えた時に、以前は雑誌等で『若手女性写真家特集』が組まれていたことを思い出しました。自分ではあまり意識していなかったです。介護も女性の役割という意識もあるし、決め付けられている」と呼応した。

これまで、さまざまな文脈で展示されてきた写真は、鑑賞するたびに新しい気付きをもたらしてきた。石内と頭山それぞれの個展と2人の作品が重なるように展示された空間とトークで語られた言葉からは、身近な女性の死という経験から生じた個人的な意識とともに、社会が抱える普遍的な問題さえも浮き彫りにしていると感じられた。

■石内都/頭山ゆう紀 A dialogue between Ishiuchi Miyako and Yuhki Touyama「透視する窓辺」展
会期:5月14日まで
会場:誉田屋源兵衛 竹院の間
住所:京都府京都市中京区室町通三条下ル烏帽子屋町489
時間:10:00〜18:00
休日:5月10日
公式サイト:https://www.kyotographie.jp/

The post 身近な女性の死から自己の表現に向き合う 石内都×頭山ゆう紀の対談から見えたもの appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
世界のあらゆる“BORDER(境界)”を考える「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023」リポート https://tokion.jp/2023/05/08/kyotographie2023-report/ Mon, 08 May 2023 08:30:00 +0000 https://tokion.jp/?p=183382 5月14日まで開催している「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真際」の見どころをリポート。

The post 世界のあらゆる“BORDER(境界)”を考える「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023」リポート appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
京都の歴史的建造物や近現代建築の空間を用いて国内外の作家の貴重な写真作品を展示する「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真際」が5月14日まで開催している。今回で12回目を迎える同イベントのテーマは“BORDER(境界線)”で京都文化博物館別館や二条城 二の丸御殿台所・御清所、藤井大丸ブラックストレージ等、屋内外の14カ所で展示を行っている。

メインプログラムには、石内都、頭山ゆう紀、マベル・ポブレット(Mabel Poblet)、高木由利子、ボリス・ミハイロフ(Boris Mikhailov)、山田学、ココ・カピタン(Coco Capitan)、ジョアナ・シュマリ(Joana Choumali)、山内悠、セザーヌ・デズフリ(Cesar Dezfuli)、松村和彦、ロジャー・エーベルハルト(Roger Eberhard)、パオロ・ウッズ&アルノー・ロベール(Paolo Woods&Arnaud Robert)、デニス・モリス(Dennis Morris)が参加している。

次世代の写真家やキュレーターの発掘と支援を目的にした「KG+」も同時開催中だ。国外からの観光客が増えて活気を見せている京都市内では“BORDER”をテーマに、参加作家による作品から、さまざまな“境界”を見て取ることができる。

石内都/頭山ゆう紀
A dialogue between Ishiuchi Miyako and Yuhki Touyama「透視する窓辺」展

誉田屋源兵衛 竹院の間
With the support of KERING’S WOMEN IN MOTION 

ケリングが2015年に立ち上げた、アートやクリエイティブに関わる分野で活躍する女性たちに光を当てることを目的とした「ウーマン・イン・モーション」によって支援されているプログラムで、今回は石内都と頭山ゆう紀の2人展。会場には下着や口紅、櫛といった亡き母の遺品の数々を撮影した、石内による「Mother’s」と2年前、コロナ禍に亡くなった、祖母の介護を続ける中で撮りためた新作と2008年に発表した「境界線13」シリーズから家族にまつわる作品をセレクトし展示している。お互いに身近な女性の死を経験し、写真を通じて亡くなった相手とのコニュニケーションを試みている。2人の作品からは実際に写っていない人物やその関係性をまでを想像しながら、普遍的な記憶が呼び起こされるような体験となる。

マベル・ポブレット
「WHERE OCEANS MEET」

京都文化博物館 別館
Presented by CHANEL NEXUS HALL

キューバの現代アートシーンで活動するマベル・ポブレットによる、プリントによる造形やシルクスクリーン、映像等を組み合わせた作品群の展示。同展のテーマは“水”と“海”。ともに島国である日本とキューバの共通点でもある海。海を渡る移民は現在のキューバ社会では身近な存在で、ポブレットの作品群でも重要な意味を持つ。自分と他者とを繋ぐ存在でもあり、一方で国境となる切り離す存在でもある海を通じて、鑑賞者に現代社会の課題を投げかけている。会場の中央には海の写真を透明のセロハンに印刷して切り抜かれたインスタレーションが設置されており、海の水面に反射する光のような印象を受ける。さまざまな手法で表現される海から、水と人間の関係性や境界を呼び起こすような展示になっている。

デニス・モリス
「Colored Black」

世界倉庫
With the support of agnes b.

昨年オープンした、京都のクラブ「WORLD KYOTO」が手掛けるカルチャースポット、世界倉庫では、ボブ・マーリー(Bob Marley)やセックス・ピストルズ(Sex Pistols)のポートレートで知られるデニス・モリスによる、自身が育った1960〜70年代のイーストロンドンのカリブ系移民のコミュニティや生活風景を捉えた作品と当時のジャマイカのレゲエミュージシャンアズワルド等のオリジナルレコードも展示されている。当時の簡易スタジオでのレコーディング風景やポートレート、黒人解放運動の現場等の写真から、コミュニティの貧困や困難がありのままに写し出されている。一方で、さまざまな苦難に対して、よりよい生活への前向きな熱意に溢れた強い意志も感じ取ることができる。

セザール・デズフリ
Passengers(越境者)

Sfera
With the support of Cheerio Corporation Co., LTD.

写真家でジャーナリストのセザール・デズフリは、2016年に難民救助船「イヴェンタ号」に3週間ほど乗船し、リビアからイタリアへ渡航するルートで助け出された難民達を追った記録作品を展示している。地中海を横断する難民が社会問題とされていた当時、リビア沖を漂流するゴムボートから118人の難民が救助された。デズフリは救助された全員のポートレイトを撮影し、1人ひとりの名前や出身地を聞いて回り、彼等のその後の人生を丁寧に辿ることで人格を与えたかったという。作品は会場中央の船のような形のスペースで展示され、写真の他に手書きのメモやリビアの紙幣、救命道具も展示されている。今も続く難民問題や、その後の彼等を取りまく環境への理解を考えるきっかけになるドキュメンタリーだ。

ココ・カピタン
「Ookini」

ASPHODEL、大西清右衞門美術館、東福寺仏塔 光明院
With the support of LOEWE FOUNDATION and HEARST Fujingaho

アーティスト・イン・レジデンスとして2022年10月から約2ヵ月間、京都の出町柳を拠点に滞在制作を行っていたココ・カピタン。タイトルは撮影の協力者に向けられた言葉だ。作品はASPHODEL、大西清右衞門美術館、東福寺仏塔 光明院で展示されている。自身がゴールデンエイジと語る10代の少年少女を撮り続けた写真が展示されている。作品には学生や舞妓等、日常生活に伝統文化が根付いている人々から、偶然、鴨川を歩いている時に出会った若者も登場しており、十六代大西清右衛門の息子、清太郎のドキュメンタリー作品も展示されている。カピタンは「京都という伝統的な街を舞台に、ジェンダーやアイデンティティーがわずかな時間で変わっていくティーンエイジャーの姿に興味を持った」と話す。

ジョアナ・シュマリ
「Alba’hian」「Kyoto-Abidjan」

両足院、出町桝形商店街DELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Space

ジョアナ・シュマリもアーティスト・イン・レジデンスで京都での滞在制作を行った。子どもの頃から夜明けに起床し、散歩を続けてきたというシュマリは、朝の太陽の光と自身の心象がオーバーラップすることがあったという。その姿を目に焼き付けて、刺繍を加えていき作品に仕上げるのだという。作品の重要な要素である光について、日本の光はまばゆさと静謐さが同居している独特なものと表現し、今作は「特に自身の精神性が反映されている」と語る。写真作品に対して長時間かけて刺繍を施すという作品は、朝の散歩のようにゆっくりと時間を掛けて鑑賞してみてその美しさを改めて感じられるのかもしれない。出町桝形商店街とDELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Spaceでは、コートジボワールのマーケットと京都の商店街をリンクさせたように作品が展示されていて、両国の“BORDER”を曖昧にする試みがなされている。

山内悠
「自然 JINEN」

誉田屋源兵衛 黒蔵

9年間で何度も屋久島に通い、1人で1カ月間山ごもりをしながら撮影された、山内悠の作品。単に自然の雄大さを伝えるのではない。雨水をすするような生活から地球との一体感を感じる一方で、得も言えない不安や恐怖という経験を、山内の視点で捉えた作品群が並ぶ。「自分でコントロールができない自然の中では、実家が落ち着くような感覚のように、意識が内側に向いた」と語り、「自然から距離を置き、都会が形成されている理由なのかもしれない」と推測する。1階奥の部屋ではヘッドライトを付けて歩き回った夜の屋久島の写真等、4つの展示スペースが用意されている。いずれも山内の屋久島で経験したことを追体験するような感覚を覚える。

松村和彦
「心の糸」

八竹庵(旧川崎家住宅)

昨年のKG+SELECTに続き、メインプログラムでの発表となった、京都新聞社の写真記者、松村和彦による「心の糸」。同作は超高齢化社会の日本で、2025年に認知症患者が700万人に上る見込みの中で、自分の身近な人が認知症になる可能性も含めた状況の理解を提示しながら、松村が実際に学んだことを共有することが目的だ。「認知症になったら人生が終わる」という誤った認識を払拭するために展示構成はキュレーターの後藤由美等と作り上げたという。展示会場には、原稿が欠けた新聞や食卓がぼやけていくスライド等、認知症の世界、心情が疑似体験できる空間になっている。また、会場全体を繋ぐ糸は、とこどころ切れてしまったり、結び直されたりすることで認知症を苦しさを表現している一方でタイトルの通り、心ではみんなが繋がっている状況も示唆している。

高木由利子
「PARALLEL WORLD」

二条城 二の丸御殿 台所・御清所

ファッションデザイナーとしても活動してきた高木由利子は、アジア、アフリカ、南米、中近東に撮影旅行を続けてきた。同展ではファッションと写真という高木がこれまで表現してきた両者を横断するようにパラレルな構成がなされている。1つは伝統的な服の重要性に気付き1998年にスタートした「Threads of Beauty」だ。世界12カ国で撮影された同作は、イランの遊牧民やインド、中国等の民族衣装をまとった人物のポートレイトがまとめられている。もう1つは「ディオール」のために撮り下ろしたという新作の他、「ヨウジヤマモト(YOHJI YAMAMOTO)」「イッセイ ミヤケ(ISSEY MIYAKE)」「ジョン ガリアーノ(JOHN GALLIANO)」等、1980年代から現在までのファッションを牽引してきたブランドやデザイナーのクリエイションを撮影した作品が展示されている。モノクロ写真という自身のルールに則り、モノクロ写真に直接着色したという作品もある。高木が考える服と写真という根源的な疑問を作品から感じ取れるのではないだろうか。

「レジリエンス ── 変化を呼び覚ます女性たちの物語」
世界報道写真展

京都芸術センター

1955年に発足した「世界報道写真財団(World Press Photo Foundation)」が毎年実施している「世界報道写真コンテスト」の入選作品の中から展示されている同展。今回は2000〜2021年に受賞した、世界各国の女性・少女・コミュニティーにおけるレジリエンス(回復力)と彼女達の再起への挑戦を写した13カ国17人の写真家による作品を展示している。女性の権利やジェンダーの平等は、世界中で今もなお根深い問題とされながらも、日本は大きく遅れをとっている。性差別やジェンダーが原因の暴力等の問題に対峙する作品群から、これらの問題の目に見えづらい不均衡さと現在まで、どのように変化してきたかを知ることで、その深淵を考えるきっかけになるだろう。

パオロ・ウッズ&アルノー・ロベール
「Happy Pills──幸せの薬──」

くろちく万蔵ビル2F

写真家のパオロ・ウッズとジャーナリストのアルノー・ロベールが、約5年間世界中を旅しながら、人々の幸せと薬(=製薬会社)の関係“幸せの薬”を追求した。その中で、「日常的に救いを求めているのは哲学や宗教よりも化学であり薬だ」とウッズは語る。ペルーの18歳未満の女性の約4人に1人が妊娠を経験している現状から避妊薬が多用されていたり、トルコとシリアの内戦で家族を亡くした人が服用している抗うつ薬等を撮影した作品からは、薬がさまざまな困難や受け入れがたい現実、制約に対しての解決策になっている現実の一端を知ることができる。展示の後半にはウッズ自らが、世界中で薬を買って制作されたポップなメディスンタワーも展示されている。

ロジャー・エーベルハイト
「Escapism」

嶋臺(しまだい)ギャラリー

スイスのコーヒークリームの容器に付いているアルミの蓋に印刷された写真がインスピレーション源になっている、ロジャー・エーベルハイトの新作シリーズ「Escapism」。蓋に印刷されている写真の中から、風景写真を高解像度のカメラを使用しクローズアップして再撮影し印刷を行った作品群は、CMYKの網点のパターンが、鑑賞者の立ち位置によって見え方が変化する。コロナ禍のパンデミックの外出制限時に制作された同作のタイトル「Escapism」は現実逃避という意味を持つ。常時変化する世界の観光名所のイメージは、エーベルハイトなりの“現実逃避”なのかもしれない。

インマ・バレッロ
「Breaking Walls」

伊藤佑 町家跡地

ニューヨーク在住のスペイン人アーティスト、インマ・バレッロは、京都市内の陶芸家や窯元、学生等の協力で集められた陶磁器の廃材となった破片を金属のメッシュフレームに詰めて巨大な壁「Breaking Walls」を制作した。バレッロは2019年に日本の伝統的な陶磁器の修復技法である金継ぎを京都で学んだ。金継ぎには金属の粉が使われる一方で、スペインの陶磁器は金属のかすがいが用いられる。壊れた陶磁器の破片を用いて完成した作品は、多様性と共存の意義、伝統や文化、コミュニティの重要性を示している。

ボリス・ミハイロフ
「Yesterday’s Sandwich」

藤井大丸ブラックストレージ

MEP(ヨーロッパ写真美術館)との共同企画で開催される展覧会「Yesterday’s Sandwich」。同展では、旧ソビエト、ウクライナ出身のボリス・ミハイロフがアーティストとしてのキャリアをスタートさせた1960年代末から1970年代にかけて制作された作品をスライドショーで展示している。2枚のカラースライドで構成される同作は、旧ソビエト社会主義体制の抑圧された環境の中、タブーとされていたヌード写真と、ソビエトの風景、日常の1コマが重ねて表現されている。

山田学
「生命 宇宙の華」

HOSOO GALLERY
Presented by Ruinart

山田学はKYOTOGRAPHIEインターナショナルポートフォリオレビューの参加者から選ばれる「Ruinart Japan Award 2022」を受賞。同年秋に渡仏し、収穫期にシャンパーニュ地方のランスで滞在制作を行った。葡萄からできたシャンパーニュを熟成させる現象に生命の循環を感じたことが、同作の誕生につながったという。同展では写真作品とシャンパーニュの泡が弾ける響きやクレイエルで採取したサウンドを交えた映像のインスタレーションも展示している。

高橋恭司
「Void」

ARTRO

新作はデジタルカメラで撮影した写真で、髙橋が日常的に愛用している「ライカ」M8を使い、自室にいながら見える範囲を切り取ったプライベートな視点で表現している。展覧会に合わせた写真集「Void」(Haden Books)が刊行され、個展会場でのみ通常版(¥5,500)を特別価格の¥5,000で、プリント付き特装版(10種各エディション5)も¥33,000も販売している。

活気が戻りつつある京都で総合的に芸術を楽しむ

今回から姉妹イベントとして、ミュージックフェスティバル「KYOTOPHONIE」も開催されている。「調和」「多様性」「交流」「探求」をキーワードとし、イベントを通じた繋がりや対話、体験を生み出すことを目的としている。京都市内の寺院や庭園、クラブ等で「KYOTOGRAPHIE 2023」開催期間中の週末に行われている。活気が戻りつつある京都で街歩きができる喜びとともに、写真を中心にした作品鑑賞を楽しみたい。

■KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2022
日程:5月14日まで
場所:京都市内

The post 世界のあらゆる“BORDER(境界)”を考える「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023」リポート appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
2022年の私的「ベストミュージック」 サウンドアーティスト・細井美裕が選ぶ今年の5曲 https://tokion.jp/2022/12/28/the-best-music-2022-miyu-hosoi/ Wed, 28 Dec 2022 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=162605 2022年に生まれた聴き逃がせない音楽を「TOKION」ゆかりのアーティスト・執筆陣がガイドする。サウンドアーティスト・細井美裕が選ぶベスト5。

The post 2022年の私的「ベストミュージック」 サウンドアーティスト・細井美裕が選ぶ今年の5曲 appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
終息に至らないコロナや大国による軍事侵攻、歴史的な円安などなど。2022年に刻まれたさまざまな出来事は、私達の日常のありかた・感覚に少なくない変化をもたらした。しかし、そんな変動の時代の最中においても、音楽は変わらず鳴り続け、今年も素晴らしい作品がいくつも生まれた。その中でもとりわけ聴き逃せないベストミュージックをサウンドアーティスト・細井美裕が紹介する。

細井美裕
1993年生まれ。慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響をもちいたサウンドインスタレーションや屋外インスタレーション、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)無響室、山口情報芸術センター(YCAM)、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、日本科学未来館、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表。
オフィシャルサイト:https://miyuhosoi.com/
Instagram:@miyuhosoi
Twitter:@miyuhosoi

Matmos「Tonight there is something special about the moon / Jaki księżyc dziś wieczór…」

Matmos「Tonight there is something special about the moon / Jaki księżyc dziś wieczór…」

ビョークのリミックスを担当したことでも知られるアメリカの電子音楽デュオMatmos、どう考えても音を楽しんでいることが伝わってきて憧れです。たまに、自分がいいと思うことを捻じ曲げて周囲の言っているようにやっちゃえば早く終わるよな、と魔がさす時あるじゃないですか、そういう時爆音でかけていきたい曲です。直接的に応援されるより、ただ楽しくやってる人達を見ている方が自分も気合が入る、みたいな状況になれるのでおすすめします。Matmosを教えてくれた写真家の三ツ谷想が「サンプリングというか、フィールドレコーディングを聴いてるみたいな感覚になる」と話していて、確かに。一音の情報が連なって歪んだ世界が作られていくみたいな、AIが何かを生成している途中のBGMが必要とされたらこの曲を使っていただきたいです。Matmosのことを考えていると、頭の片隅にフォルマント兄弟が出てくるんですよね。たぶん私が最初に憧れた楽しそうな大人達だったからかなぁ。

Marina Herlop 「shaolin mantis」

Marinaを知ったのはZora JonesとSinjin Hawkeからの紹介でした。2022年夏に「Circus Tokyo / Osaka」の出演のために来日していた2人から、日本にいるから会いたい! と連絡があり、その日か後日スタジオに一緒に入ってお互いの興味を話していた中で名前を知りました。最初にMarinaのinstagramのストーリーでたまに彼女がアップするフレーズやライヴのパフォーマンスを見てレベルの高さと美しさに驚き。多重録音のライブは音がだんだん増えていくか、カラオケみたいになるか、とパターンの偏見を持っていたのですが、Mrinaのライヴは多重録音の独特な職人芸を見るモードから鑑賞者を解き放ってくれる安心感がある! いつか生で見たい! 音源も彼女の声に勢いをつけるために必要な声以外の音が鳴っているようでちょーかっこいい! なんというか、プリペアドピアノを弾いているみたいな印象を受けたのです。身体の中にさまざまな音が準備されてあって、それを声がトリガーしていく……。

Beyoncé 「THIQUE」

Beyoncé 「THIQUE」

2019年にリリースされた「The Gift」というアルバムでBeyoncéに目覚めた私は、コロナ中の外からの刺激の少なさを補うように好きなものを掘り下げるモードになっておりました。例えばアルバムに参加しているメンバーの曲を片っ端から聴いたり。「MY POWER」に参加していて、Gqomのパイオニアの一人とされるDJ Lagの最新作は、友人Sinjin Hawkeとの共作だったこともありよく聴いていました(iKhehla / DJ Lag, Babes Wodumo, Mampintsha 等)。聴いても聴いても聴く視点(?)がどんどん出てくる恐ろしい「The Gift」から3年、ついにアルバム『Renaissance』が! 中でもTHIQUEはパワフルなBeyoncéではなくけだるめな始まりで、だんだんお尻を叩かれる感覚が完全に納品前の自分を奮い立たせる最後の手段になっていました。全曲サウンドはもちろんのこと、アルバムが持つメッセージも含めて長く聴いていきたい。『Renaissance』というタイトルと本人のInstagramのコメント“My intention was to create a safe place, a place without judgment. A place to be free of perfectionism and overthinking. A place to scream, release, feel freedom.(私が意図したのは、安全な場所、判断のない場所を作ること。完璧主義や考え過ぎから解放される場所。叫び、解放し、自由を感じる場所) ”を見て、いつか、あの時はああいう情勢だったなぁと記憶をたどるきっかけになるアルバムになるのだと思ったのでした。

Semblanzas del Rio Guapi, Cerrero「Los Guasangú (Cerrero remix)」

英語でも日本語でもあまり情報が出てこないのですが、コロンビア南太平洋の音楽文化の保存、強化、普及のために活動している伝統音楽グループSemblanzas del Río Guapiによる楽曲を、コロンビアルーツの楽曲のレコーディングから、ダブやエレクトロリミックスを手掛けるプロデューサーのCerreroことDiego Gómezがリミックスした楽曲だそうです。私個人の傾向として、言語がなくて、落ち着きつつ身体を定期的に小さく揺さぶられているような……でもわかりやすいビートだけじゃなくてたまに意識をほんの一瞬、音に持っていかれるくらいの曲を最も欲していて、そのプレイリストに今年追加された中で一番聴いています。Cerreroは近作のDub mixでプロデューサーとしてラテン・グラミー賞に2度ノミネートされているとのことです。「Reich: Remixed 2006」の中のEight Lines – Howie B Remixが好きなのですが、自分の中ではその周辺に位置しています。

Erik Hall「Canto Ostinato “Sections 17-30” / Simeon ten Holt」

曲のタイトルはなぜか「Sections 17-30」 のみになっていますが、Simeon ten Holtという作曲家の長作「Canto Ostinato」をErik Hallが演奏したうちの「Sections 17-30」のみ、という意味です。Bandcampで全編手に入れることができます。この曲、一部だけ聴くものではない……全部聴いてこそなのです。4台のピアノ(Erikの場合1962年製のHammond M-101、1978年製のRhodes Mark I、1910年製のSteinwayの3台)が緩やかに進行していく様子が、例えば、ある特定の感情を引き起こしやすいコードを1回、そして2回鳴らすことと、じりじりと1回目のコードに向かい、時間をかけてじりじりと2回目に移行していくこと、の2者であれば後者。すべての感覚をなめながら呼び覚まして、身体や心をニュートラルモードに戻す感覚です。そんなジリジリがあってこそのものを、ストリーミングでは一部だけ出すなんてやられたー。2019年、銀座メゾンエルメスフォーラムで向井山朋子さんが深夜から明け方まで1人で演奏し続けるパフォーマンスでこの曲を知りました。鑑賞者にはブランケットが2枚配られ、床に寝て、忘れられない夜明けだった。音源だと1989年リリースの30曲に分けられたものをずっと聴いていました。他のものはほぼすべて聴いたけど、テンポのせいかエチュードのように聞こえてしまって。でもやっと聴き続けたいものが出てきたかも!

The post 2022年の私的「ベストミュージック」 サウンドアーティスト・細井美裕が選ぶ今年の5曲 appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>