小林英治, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/eiji-kobayashi/ Thu, 21 Dec 2023 06:04:37 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 小林英治, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/eiji-kobayashi/ 32 32 主演俳優アルマ・ポウスティが語る、アキ・カウリスマキ監督『枯れ葉』の演出術と制作現場 https://tokion.jp/2023/12/21/interview-alma-poysti/ Thu, 21 Dec 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=220186 12月15日に公開となったアキ・カウリスマキ監督の6年ぶりとなる新作映画『枯れ葉』。主演を務めたアルマ・ポウスティに、監督の演出術や制作の現場などについて尋ねた。

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フィンランドの巨匠、アキ・カウリスマキ監督が、引退宣言を撤回して作りあげた新作『枯れ葉』が12月15日(金)より公開中だ。カラオケバーで出会った女と男は、名も知らぬまま惹かれ合い、約束を交わすが、不運な偶然と現実の過酷さに幾度もすれ違う。労働者にとって厳しい社会と戦禍の絶えない世界に対し、ささやかな連帯と音楽や映画への愛とユーモアをちりばめ、おとぎ話のようなラブストーリーを通して、人間にとって本当に大切なものを問いかける。つましい生活を送りながら生きる喜びを求める芯の強い現代の女性像を見事に演じたアルマ・ポウスティに、監督が込めた作品への思いを聞いた。

※本インタビューには『枯れ葉』のストーリーに関する記述があります。

言葉によらない描写に宿るアキ・カウリスマキの演出

——今回、初めて来日された日本の印象はいかがですか?

アルマ・ポウスティ(以下、アルマ):本当に長い間、日本に来たかったので、夢が実現して嬉しいです。でも今回はあまり時間がなかったんですが、短い中にもたくさん予定を詰め込んで、京都で見たかったお庭にも行きましたし、今までYouTubeでしか見たことなかった新幹線にも乗りました(笑)。新しいものと古いものとのコントラストがとてもおもしろいですし、人がみんなフレンドリーで、滞在を楽しんでいます。

——日本の観客には、アルマさんがトーベ・ヤンソンを演じた映画『TOVE / トーベ』(2020年)で広く知られることになりましたが、簡単にこれまでのキャリアや俳優としてのバックボーンをご紹介いただけますか?

アルマ:私の家族には演劇人が多くて、祖父母はともに舞台監督であり俳優でしたし、叔父も、弟も俳優です。ですから、幼い頃から演劇の世界には魅力を感じていましたが、何となく私もできればいいなとは思っていた程度でした。つまり、演劇一家に生まれたからといって自動的に演劇の世界に入るとか、そんなことはないんです。でも、19歳の時に勇気を出して「私もやってみたい」と家族に話して、ヘルシンキの国立の演劇アカデミーに入って、2007年に修士号を取得して卒業しました。それからはずっと俳優の仕事をしています。

——ベースは演劇なんですね。

アルマ:はい。本当に大好きな仕事で、もちろん家族のサポートもありますけど、この仕事ができてとても幸せです。俳優の仕事の魅力は、いろんなストーリーを語れること。そして人間性について語れる、それを表現できるということです。しかも、それが舞台ということもあればカメラの前ということもありますし、いろんなかたちでできるんですね。それって、やってることは同じかもしれないけど違うし、違うけどやっぱり同じでもあって、興味とおもしろさが尽きない本当に素敵な仕事だと思っています。

——今回、アキ・カウリスマキ監督の作品に初めて出演されたわけですが、監督の演出についても少しお聞かせください。アルマさん演じるアンサは、とても無口というか、すごく台詞が少ないですよね。そのあたりは、監督から明確な演出やキャラクターについての説明などは何かありましたか?

アルマ:フィンランドは、「沈黙の国」とか「静寂の国」と言われることがよくあるんですけど、私達フィンランド人は、どちらかというとシャイな国民性で、 普段からそんなにたくさんしゃべるタイプではありません。この映画に出てくる人も皆とてもシャイな感じがあると思います。そしてアキ・カウリスマキ監督こそ、その達人だと思います。ただ、言葉がないながらも、実は内面ではたくさんのことが起きているんですね。脚本の中にも、ここではどんな心の動きがあってというように、細かく指示が書かれていました。

——いわゆるト書きがたくさん書かれているということですか?

アルマ:脚本の中に、その状況についての描写が書かれてるんです。例えば、ホラッパとアンサがカラオケバーで会って、初めて視線が合うシーンで、ホラッパのほうはなんかじっとしていられなくなって、席を外してタバコを吸いに行きます。そこに台詞は一切ないですが、その描写がたくさんのことを語っていると思います。他にも脚本の中には、この人達はどういう人達かっていうことを示す、いろんなヒントが書かれていました。といっても、たくさん説明が書かれているわけではなくて、すごく短い言葉で、とても詩的に書いてあるんです。

アキ・カウリスマキ監督『枯れ葉』予告編

——台詞が少ない一方で、劇中で使用される音楽や歌が、主人公達の心情や状況を語っていますね。カウリスマキ監督の映画ではいつも音楽は重要ですが、特に今回は印象的でした。

アルマ:今回のこの作品では、登場人物の中に起きることを、音楽が常にどんどん先へ連れてってくれる感じですね。国籍も時代も全然違う音楽がわざと混ぜてあるので、それによって、すごく不思議なおとぎ話のような世界が作り上げられているという効果があると思います。

——なるほど。作品の構造としては、ベースには、まず主人公達が生きる現実という世界があります。新自由主義的な価値観の中で翻弄される労働者のつらい状況が描かれていると同時に、アンサが自分の部屋を整えて日常を送るつましい生活というのがある。もう一方で、ラジオを通して、その外のもう1つの世界との回路があります。そのあたりのレイヤーを行き来することで、世界が重層的に膨らんで見えてきて、素晴らしいなと思いました。

アルマ:レイヤー構造というのは、まさにそうですね。

——ラジオからは、ロシアのウクライナ侵攻のニュースが絶えず流れてきます。私がこの作品を拝見した時は、ちょうど今回のパレスチナとイスラエルの衝突が起きたときで、ウクライナのことを忘れてはないんだけど、 1年ちょっと前のことを、ある意味ちょっと心理的に遠く感じてる自分もいたりして、考えさせられました。

アルマ:お気付きになったかもしれませんが、映画の中に一瞬カレンダーが映るシーンがあって、そこは2024年になっています。だから、そういった意味では、これはSFなのかしら?って気もするんですけど、監督が作りだす「おとぎ話」の中には、現実の社会とのつながりがしっかりと刻印されていると私も思います。ラジオのニュースのことで言えば、私達のフィンランドという国は、過去に実際にロシアと戦ったことがある国なので、自分達の歴史も当然思い起こしますし、現在も1,300キロというとても長い国境をロシアと共有しているという現実にも、また引き戻されたりします。そして、そのことが、ホラッパとアンサの2人の関係におけるはかなさや脆さみたいなものにパラレルにつながっている感じもします。

他者を思いやること、ケアの精神、人を愛すること

——監督は小津安二郎を敬愛されていて、今回も観客へのメッセージの中にその1人として捧げられています。例えば、ホラッパがトラムの停車場で酔っぱらって寝ているところに、アンサがやってきて、気にかけながらもそのままトラムに乗って窓越しに遠ざかっていくホラッパを見ているシーンがあります。ここも台詞のない表情だけの演技ですが、そこでチャイコフスキーの「悲愴」が流れるところは、とてもドラマチックでもあり、小津的な感じがしました。

アルマ:おそらく作品の中で、アキ監督自身は、そういった映画の大先輩たちへの敬愛の念をいろんな形で送っていると思います。それは、はっきりとした形ではないかもしれませんけど、そこここに隠されていて、なんかこう手を振っているような感じですね。それから、あそこでチャイコスキーを使ってますけど、彼はもちろんロシアの作曲家ですよね。これは実際に監督がおっしゃてたんですけれども、今こういう状況だからといってロシアの音楽をボイコットするとか、そういうことはしちゃいけないんだ、芸術は芸術だと。

——そのことにもつながるかもしれませんが、この作品では小さな連帯みたいなことがいくつも描かれています。アルマがスーパーを解雇される時に、同僚も一緒に辞めるとか、ホラッパと年上の同僚との関係性とか。こういった人間的な部分が描かれるところが、カウリスマキ作品の真髄というか、監督が一貫して描いてこられたものだと改めて感じました。

アルマ:本当にその通りです。相手や他の人達を気にかけてあげることはとても大きなテーマだと思います。ある意味で冷淡なこの社会の毎日にあって、やっぱり人間には、他者を思いやる温かい気持ちやケアの精神、愛する心をもつ能力があるし、忘れてはいけないことだと思います。そして、この映画にはそういうことを思い起こさせてくれる力があると私は思います。

——監督の前作『希望のかなた』(2017年)で主演されたシリア出身の俳優さん(シェルワン・ハジ)が、今回ホラッパの同僚として出演していたのも嬉しかったです。ホラッパが仕事を終えて着替えるロッカーのとこで、「また明日」、「お疲れ」と彼と挨拶を交わしますよね。それは一瞬のすごく単純な挨拶だけど、だからこそ重要というか。

アルマ:まさにその通りですね。彼が「サラーム」(アラビア語)、ホラッパは「モーイ」(フィンランド語)って。最初の監督の演出の話にもつながりますが、2人がすごくしっかりとつながってるという関係性を、簡潔かつ的確に見せているシーンです。

——終盤、ホラッパが病院を出る時に、別れた夫の服を彼にあげる看護師さんがいますよね。そこも短いやり取りですが、彼女にも人生があることを垣間見られて、いろいろと想像が膨らみました。

アルマ:実は洋服とか上着というのは、この作品ですごくストーリーを語っているアイテムなんです。ホラッパが、アンサに会いに行こうとする時に上着を借りに行くシーンでも、ホラッパに貸してくれと言われた男性が、「女か?」って聞いて、「俺はもういらないから持っていけ」と言いますが、その背後にもきっと彼のストーリーがある。ほんとに小さなことなんですけど、この映画ではそういったものがたくさんちりばめられています。

——81分というシンプルな作品ですが、何度見ても発見がありそうです。最後に、これから映画を見る日本の観客の方に一言いただけますか?

アルマ:よく言われることですけど、日本とフィンランドは、どちらも物静かで落ち着いた国民性で、ちょっとシャイなところがあって、あとユーモアのセンスが共通しているかなと思っています。作品について私から大きなことは言えないんですけれども、アキ・カウリスマキ監督のロマンティック・コメディを楽しんでいただいて、少しでも幸せな気持ちになってもらえると嬉しいです。

Photography Kentaro Oshio

■『枯れ葉』

『枯れ葉』2023年/フィンランド・ドイツ/81分/1.85:1/DCP/ドルビー・デジタル5.1ch/フィンランド語/原題『KUOLLEET LEHDET』/英題『FALLEN LEAVES』

2023年/フィンランド・ドイツ/81分/1.85:1/DCP/ドルビー・デジタル5.1ch/フィンランド語/原題『KUOLLEET LEHDET』/英題『FALLEN LEAVES』

ユーロスペース他、全国で公開中
『枯れ葉』オフィシャルサイト:https://kareha-movie.com/

【キャスト】
アルマ・ポウスティ、ユッシ・ヴァタネン、ヤンネ・フーティアイネン 、ヌップ・コイヴ

【スタッフ】
監督・脚本 アキ・カウリスマキ
助監督 エーヴィ・カレイネン
撮影 ティモ・サルミネン
照明 オッリ・ヴァルヤ
美術 ヴィッレ・グロンルース
衣装 ティーナ・カウカネン
音響 ピェトゥ・コルホネン
編集 サム・ヘイッキラ
プロデューサー アキ・カウリスマキ、ミーシャ・ヤーリ、マーク・ルヴォフ、ラインハルト・ブルンディヒ
製作会社 Sputnik Oy, Bufo
共同制作 Pandora Film
協賛 Finnish Film Foundation, Yle, the Finnish Broadcasting Company, ZDF / ARTE, ARTE G.E.I.E, Filmförderungsanstalt, Film-und Medienstiftung NRW
© SPUTNIK OY 2023

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現代美術作家ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ「柔らかな舞台」インタビュー 多様な声に耳を傾けること、理解できないものを恐れないこと https://tokion.jp/2023/02/15/interview-wendelien-van-oldenborgh/ Wed, 15 Feb 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=167750 日本で初となる個展が開催となったオランダの現代美術作家、ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ。植民地主義やフェミニズムなどをテーマに作品制作を行う作家に、その問題意識や制作プロセスについて尋ねた。

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オランダ出身の現代美術作家ウェンデリン・ファン・オルデンボルフは、20年以上にわたり、映像制作を対話の契機と捉えた多角的な実践を続けている。東京都現代美術館で開催中のアジアで初となる展覧会「柔らかな舞台」では、植民地主義、ナショナリズム、家父長制、フェミニズム、ジェンダーといったさまざまな問題を扱いながら、作品内に登場する参加者の対話を通して、過去と現在を結びつけ、観る者の主観に働きかける6つの映像作品が展開されている。日本で滞在制作した新作《彼女たちの》での具体的なエピソードを含め、作品制作における協働の姿勢や、そこに内包する支配的な言説や権力構造に揺さぶりをかける手法について話を聞いた。

コレクティヴワークに求められるもの

――あなたの映像作品は、リサーチ段階から撮影スタッフを含めたさまざまな人達とのコレクティヴワークであるというのも大きな特徴ですが、協働する人達にどんな姿勢を求めていますか?

ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ(以下、WvO):参加してもらう人々に私がやってほしいことを説明しているわけではなくて、むしろ撮影に入る前に意見交換をして、扱う題材に対して自分がどう思っているかということの対話を重ねていきます。そうしてある種の共同の理解や、扱うトピックに対しての熱意を共有した段階で作品制作に入ります。撮影時のセットの中においては、基本的に私は、提案することはあっても、独裁者のように振る舞うわけではなく、そこで何が起きるかということを見ていく、そういう態度でいます。

――例えば今回の展覧会のための新作《彼女たちの》(2022年)の場合、どういう人達が参加するのか、キャスティングの決定についてはどういうプロセスがありましたか?

WvO:誰と撮影するかは、どこで撮影するかという決定とほぼ同時期に行われていきました。まず取り上げる2人の作家(林芙美子と宮本百合子)について学ぶことにも時間がかかりましたが、それを学んでいる最中に、チェルシー・シーダーさん(青山学院大学教授。日本現代史、ジェンダー、社会運動が専門。著書に『Coed Revolution: The Female Student in the Japanese New Left』[Duke University Press, 2021])と会って、かなり興味深い対話をすることができました。そのあとに個々の参加者達が徐々に集まっていった感じです。それから日本に来て、ロケーション(林芙美子記念館、神奈川県立図書館、元映画館)を最終的に決めました。何かアイデアがある時に、人がどんどん集まっていって、その中で何を見つけ、誰に会ったかということで1つひとつ物事が進んでいきますが、今回はそれがすごく有機的なプロセスで決まっていきました。

一緒に参加してもらった人達はもちろん私が興味を持った人達ですが、私は自分がすでに知っていることにはそれほど興味がなくて、参加してくれる方々がどのような新しいものを持ち込んでくれるかということに興味があります。コラボレーションと昨今よくいわれますが、必ずしも皆が一堂に会して意思決定に参加することだけがコラボレーションということではありません。作品を作ることは、「何がコラボレーションか」ということを考える機会にもなっています。

――おそらくどの作品でも、唯一、編集に関しては必ずご自身でされていますね。そこにはかなりこだわりがあると感じたのですが。

WvO:編集するということが、非常にパワフル(権威的)なポジションであるということはその通りです(笑)。私自身が編集をする理由の1つとしては、作品の構造を作って鑑賞者に伝えるという意味で、また形式においての実験をするという意味でも、非常に重要だからです。それがある意味アートの機能でもあります。同時に、編集中は映像素材を通して参加者達が何をどう考えていたかということを学んでもいます。その中にいる参加者達と彼ら彼女らの声を、その距離感を離さないように伝えるということに気をつけて編集しています。もちろんプロセスの最後には参加してくれた人に見せて確認を取ります。

「終わりのなさ」や「断片性」が働きかけるもの

――作品の中で行われている対話がどれも素晴らしいと思いました。使用されるテキストは過去のものですが、オープンかつ、今という時代と結びついた対話がされていて、それは意外と日常ではできないことかなと思いました。

WvO:そのことはまさに先ほどの質問につながっていて、どんな態度を参加者達に求めるか、もしくはどんな空気を撮影クルーを含めて作っていくかということに関わっています。そしておっしゃるように、過去の作品を使っているけども、現在性について語りたいということも重要です。

――参加されている皆さんが、お互いの言葉をよく聞いていますよね。聞くというと受動的なようですが、能動的に聞く、傾聴する態度が印象的でした。

WvO:作品に何をもたらしてくれるかということに、聞くということは非常に重要な要素です。ですが、むしろ日常におけるどんな物事においても、聞くという態度は必要で、そのことが我々がどう一緒に生きるかということにつながっています。私が作品を通してやろうとしていることは、鑑賞者が「自分のことを考える」ことをしてくれたらいいなということです。私の作品が持っている「終わりのなさ」や「断片性」は、最終的には観る者がそこから何かを考えて理解しようとすることを働きかけるので、そこも能動性につながっているのかなと思います。

理解と不理解の間を揺れ動くこと

――ちょっと別の質問ですが、作品を見ながら「翻訳」ということを考えたんですね。例えば《彼女たちの》では、テキストの同じ内容(個所)を、翻訳された英語での朗読のあと、日本語(原文)でも朗読をして、その2つのテキストの微妙な差異、ニュアンスの違いや翻訳でこぼれ落ちたものについて出演者が語り合っています。

WvO:もちろん私は日本のテキストに興味があっても翻訳でしか読めないわけですが、オリジナルテキストとの距離感や違いからも何かを学びたいという気持ちがあるのだと思います。おっしゃるように、カメラの中でさえもその違いについてのディスカッションがありました。

――それはテキストの翻訳だけでなく、文化の翻訳についても同じですよね?

WvO:もちろんです。理解と不理解の間を揺れ動くということが重要で、何かの文化的な記号であったり象徴であったりすることでも、ある意味、理解できないことを怖れない態度というのが大切だと思っています。

――会場の入り口で上映されている初期の代表作《マウリッツ・スクリプト》(2006年)でも、まず扱われている17世紀のオランダのブラジルでの植民地支配について知らないこと多すぎて戸惑います。対話を聞きながら自分なりに理解したつもりになっても、閲覧できる参考文献やカタログの論考などを読むと、全然気付いてない文脈があることがわかったり……。

WvO:《マウリッツ・スクリプト》で扱っているのは17世紀のテキストなので、同じ言語であっても、現代のオランダ人にとってもある種まったく理解できないというか、文化的な翻訳みたいなことで、距離感が感じられるものです。つまり、17世紀当時のヨーロッパの人達が世界をどう見ていたか、どう考えていたかということに対する距離感は、先ほどの日本と英語の翻訳の問題に似ているということです。

作品の対話を鑑賞者がいかに引き受けるか

――《オブサダ》(2021年)や《彼女たちの》など、近年の作品はフェミニズムに焦点をあてていますが、作品で扱うようになったきっかけがありますか?

WvO:《オブサダ》はフェミニズムについて取り上げているという意識は特になくて、むしろ男性に支配されている職業を彼女達がどう選んでいるかということを描いています。《彼女たちの》に関しては、よりフェミニズムを考える機会になりました。なぜなら日本のフェミニズムについて知らなかったし、日本の文化の中で女性の声がどう発せられているかということも知らなかったので。《オブサダ》に関してはそこまで正面から考えていたわけではなかったのですが、とはいえ若い女性が社会で生きていくことの難しさというものを扱っていて、現行の社会にフィットしない彼女達が抱える欲求みたいなものを描いています。

――扱っているのはポーランドの映画業界や社会でのことですが、日本の映画やアートの現場に限らず、どんな分野でも日本の社会の構造的問題を照射する内容だと思いました。そしてこの作品でも、出演者がとても率直に心の内を吐露したり対話をされていて、そういう声を直接聞く機会にもなっています。例えば、2人の出演者が、あるシーンで話し出すきっかけをお互いが相手に任せて黙ってしまい、受け身でいることを内面化していることに気付く場面がありますね。

WvO:ええ。あそこは私が何かディレクションやインストラクションを与えたわけではなくて、時間を置いてふと息をついてから、彼女達自身がそのことについて「なんで指示を待っちゃったんだろう?」とディスカッションしているんです。その時の自己内省をしたシーンはとてもパワフルなシーンだと思います。

――つまり、そういった対話を生み出せる環境作りがとても重要ということですね。

WvO:その通りです。《オブサダ》の中で、私はいわゆる「監督」がするような指示はほとんどしていません。「映画製作の現場で働くことについて話したらどうか」という提案はしたけれども、何をどんなふうに話してほしいということは一切伝えていません。

――そして、私達は、そうやって生み出された対話を受けて、鑑賞者自身が内省したり、一緒に来た人と話しあったり、そしてそれが美術館を出てからも続くような場をそれぞれが作っていくことが重要なんだなと思いました。

WvO:そうですね。作品が何をそこにもたらしてくれるか、どう作用するかということを感じてもらえたらと思っています。

――言い換えれば、あなたの作品はどの作品も、「別の仕方で」ということを提示されているのかなと思います。例えば、正しいとされている歴史だったり普通とされている価値観だったり。

WvO:はい。鑑賞する人が持っている「ノーマル」というものを揺り動かすことは、1つの重要なことだと思っています。

■ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台
会期 : ~2月19日
会場 : 東京都現代美術館 企画展示室 3F
住所 : 東京都江東区三好 4-1-1
入場料 : 一般1,300 円、大学生・専門学校生・65 歳以上900円、中高生500円、小学生以下無料 ※小学生以下のお客様は保護者の同伴が必要 ※ 身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳持参者とその付き添いの方は無料
Webサイト: https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/Wendelien_van_Oldenborgh/

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三宅唱&岸井ゆきのインタビュー 人はなぜ生きるのか、なぜボクシングをするのか――映画『ケイコ 目を澄ませて』に込めた想い https://tokion.jp/2022/12/20/yukino-kishii-x-sho-miyake/ Tue, 20 Dec 2022 10:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=160843 聴覚障害と向き合いながらリングに立った元・プロボクサーの小笠原恵子の生き方に着想を得て生まれた映画『ケイコ 目を澄ませて』。監督の三宅唱と主演の岸井ゆきのにインタビューを実施。

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12月16日から映画監督・三宅唱の約3年ぶりとなる長編監督作品『ケイコ 目を澄ませて』が全国公開開始となった。同作は、聴覚障害と向き合いながら実際にリングに立った元・プロボクサーの小笠原恵子の生き方に惹かれた三宅監督が、彼女の自伝に着想を得て新たに生み出した1時間39分の物語。そこには、いわゆるボクシング映画と聞いて想像するのとは異なる物語と時間があり、1ショットごと、画面の隅々までエネルギーが満ち溢れ、脈動する。そして、ケイコを演じる岸井ゆきのの目に誰もが釘付けになることだろう。この稀有な作品がどのようにして生み出されたのか、三宅監督と岸井に、ボクシングのトレーニングから撮影を通してたどり着いた確信を聞いた。

信頼関係を築いたクランクイン前のトレーニング

『ケイコ 目を澄ませて』予告編映像

――三宅監督と岸井さんは今回が初めてのお仕事だったと思いますが、お互いの第一印象を教えてください

三宅唱(以下、三宅):かなり以前に、信頼している友人のキャスティングディレクターの方からその存在を聞いていて、ずっとお仕事ぶりは追っていました。でも、今回なるべく先入観をもたないでお会いして、ゼロから関係を構築していきました。

岸井ゆきの(以下、岸井):私は……、

三宅:「みやけとなえる」って検索したんでしょ?

岸井:そう、(「唱」が「しょう」ではすぐ変換しないから)「みやけとなえる」ってGoogleで検索して、あ、顔コワイなって(笑)。見た目はともかく、今回は、始まる前からプロデューサーの皆さんのこの作品にかける思いが強くて、ちょっと恐怖心すら覚えるくらいに気合いが入ってたんです。そんな中で、まだ脚本もなくて監督が決まったばかりの頃に皆さんと会って、状況的にかなりナーバスになっていた部分もありました。でも事前に『きみの鳥はうたえる』(2018年)を観ていたので、あ、この人が、あの繊細な作品を監督された方なんだって。

三宅:僕もビビらせるような図体しちゃってますけど、人見知りだし、ビビってるんですよ。

岸井:でも、実際の現場の空気は一緒にやらないと本当にわからないし、何よりこの作品に向かうことへの恐怖心が最初はありましたね。

――それが解けていったきっかけは何でしたか?

岸井:撮影前に3ヵ月くらい一緒にボクシングのトレーニングをしたんですけど、その練習の中で、好きな映画だったりとか、どういう作品を観てきたかとか、そういうパーソナルな部分の会話をしたり、あとは縄跳びの跳び方とか、どうしたらストレートがうまく打てるかとか、主に練習の話をよくしました。脚本の話とかはあまりしなくて、現場に入ってからも具体的な演出というのもほとんどなかったですけど、そこで私がどうしたら良いかわかったのは、多分3ヵ月を過ごしてきた中で共通言語みたいなものができていたからだと思います。

三宅:恐怖心でいうと、やっぱり、いざパンチが当たる距離に立った瞬間はものすごく怖いです。殴られる怖さも当然あるけど、パンチを打つこともまた怖いと思いました。でもお互い身体を向き合って、その距離で「打っていいよね」「受けていいよね」ということを確かめていくことが信頼関係を生んでいったんだなと。つまり、ボクシングというスポーツ自体が、もともと恐怖心を突破させてくれる力を持っていたなということに、身をもって気付きました。

岸井:最初は、なんか遠慮してるなって思った。

三宅:遠慮しますよ、そりゃ(笑)。この身長差と体重差ですから、打てるわけないでしょ。でも、あるとき岸井さんが「打ってくれ」って伝えてくれましたね。

岸井:リングに立ってる時に遠慮されるのがすごく嫌だったんです。

三宅:わかる。だからより重要だったのは、いろんなおしゃべりをしたことよりも、練習が終わった後に、「あれが嫌だった」とか「ボクシングは打たないほうが尊敬を欠くことになるよね」っていうことを言葉で確認することでした。それが必然、この映画の中で描くテーマにもつながっていったのかなと思います。

ボクシングは「なぜ人は生きるのか?」という問いに通じる

――ボクシングを題材にした映画には、誰もがある程度のイメージをもっていると思いますが、この作品ではそれが見事に裏切られるというか、いわゆるジャンルとしてのボクシング映画とは違いますよね。普通ならクライマックスになる試合のシーンもこれまでにない描き方をされています。企画の立ち上がりとしては、ケイコのモデルとなった小笠原恵子さんの著作『負けないで!』(創出版)があったそうですが、三宅さんはこの本から何を抽出して描こうと思われたのでしょうか。

三宅:まずモデルである小笠原恵子さんの生き方に惹かれたというのが大きいです。あと、僕にとって最大の謎だったのは、「なぜ人はボクシングをするのか」ということなんですよ。たぶん答えは、ボクサーにとっても、観る人にとってもそれぞれ違うと思いますが、なぜわざわざ痛め合うことをするのかについて考えることは、話は飛躍するようですが、「われわれ全員がいずれ死ぬにも関わらず、なぜ生きるのか?」っていうこととつながり得るんじゃないかと思ったんです。

――確かに、ボクシングに取り組むケイコの眼差しにはそれ以上のものを訴える力があります。

三宅:ボクシング映画のジャンル的な興奮はいろいろあると思いますけど、ボクシングというスポーツ、あるいはボクシング映画というジャンルには、「なんでわざわざ生きるのか?」ということが内包されている。それこそ小笠原さんは、様々な社会的なハンデがあるのに、なぜ続けるのか。彼女はプロボクサーをやめた後も、柔術などいろいろと続けられているんですけど、そのエネルギーはどこからくるのか。答えはわからないけれど、そういうエネルギーに触れることで、僕自身すごく元気をもらいましたし、もしかしたらこれを映画にすることによって、そのエネルギーが観る人に伝わるんだったらハッピーだなと。そういう核を最初につかまえられたのが大きいかもしれないですね。

――岸井さんはボクシングのどんなところに魅力を感じましたか?

岸井:何でしょう。とにかく最初は何に向かって殴り込めばいいのかわからなくて。

三宅:最初の頃、(俳優兼トレーナーの)松浦さんが、「殴られるから殴らなきゃいけないんだよ」って言った時、「いや、私は殴られてもいいんです」って言ってましたよね。

岸井:もともと勝負事が本当に苦手で、勝ち負けがつくんだったら、負けを選びたいっていうか。だから、「殴らなきゃいけない」と言われても、そこにエネルギーを向けられない期間が少しありました。でも、負けを選んでるんだけど、そこに居座るタイプではあって(笑)、だから「負け続けていること」自体に拳を向けるようにしたんです。そうすると、相手はあるものの、結局はやっぱり自分自身との闘いをしてるんだということに、言葉ではなく「これだ!」って腑に落ちた瞬間があったんですね。そこからは迷いなくサンドバッグを殴り続けることができました。

――ではケイコは何でボクシングをやってるんだと思いますか?

岸井:それが言葉にならないから続けてるんじゃないでしょうか。分からない、ほとんどケイコは私になってしまったので……。何でしょう、人生も生活もままならないというか、思い通りにはいかないじゃないですか。でも、その中でボクシングの稽古をしている時は、「そうだ、できる」という瞬間があるんですよ。自分で舵を取れる瞬間というんでしょうか。生活や人生に直接は作用しないかもしれないけど、その「今」は続いている。その継続で、気付いたら時が経っているのかな。そしてその感覚は、撮影から1年半経った私の中で今でも続いているような感じがします。

映画=新しい世界のあり方を立ち上げること

――ケイコは耳が聞こえないという役柄で、そこに対しては監督もいろんな取材や勉強をされたと思いますが、観ていて気づいたのは、ケイコが話す、例えば一緒に暮らす弟、ジムの会長、ホテル清掃の同僚、職務質問する警官、コンビニの店員といった、相手によって対応が異なるところを見せていることです。それは当たり前のことなんですけど、グラデーションが異なるいろんなタイプの人とのやりとりを見ることで、自分だったらどう接しているか、意識しているいないも含めて、考えさせられるなと思いました。

三宅:聴者である僕が監督することを躊躇もしましたが、誤解を恐れずにいえば、今回この映画の準備を通していろいろ勉強していく中で、何が差別語にあたるのかなどの知識が増えることだけでなく、自分がこれまで見ていたものとは全然違う世界が立ち上がっていくということが、まずはシンプルに楽しいことなんだと感じました。つまり、今まで見えていなかったことが見えてきたり、想像が及んでいなかったことが想像できたりするようになる。そのことが、率直に言えばおもしろいことでした。それによって自分が具体的に何か社会にアクションできるかというとそれはまた別の問題だと思いますが、とにかく感じ方が変わったぞっていうことは、確かにあったんですね。

なので今おっしゃったように、誰と会うかどんな場所で会うかによって、それぞれ局面が変わることも新鮮でした。聴者の中でもすでに身近にろうの方がいて知っている方もいるかもしれませんが、知らない人だったら、僕がそれを感じたように、「あ、こうなのか」って――それは「わかる」とは違うんですけど――聴者の立場として見える世界を変えていくことはできると思うので、そういう時間になればいいかなと。そもそも映画を観に行くことは、別の世界や新しい世界のあり方を知るために行くという側面もあると思うし、そこが映画というもののおもしろさにも結びついているかなと思います。

――岸井さんは、耳が聞こえないという役を演じたことで、役者として得たことは何かありますか?

岸井:実際、ケイコの言葉(音声言語)としての台詞は「はい」しかないんですけど、話さなくても伝わるものですよね。でもスポーツは、ボクシングにも言葉はないじゃないですか。サッカーだってそうだし、他の国の人が戦っていても心を打つ。ケイコは手話も持っているし、ボクシングにかける思いだってありますし、思っていれば伝わるんじゃないかなって。もともと私、台詞がそんなに多くない映画が好きなんです。だから台詞の重要度に関しては、特に難しいと思わなかったですね。

三宅:たぶん「台詞がないと難しいよね」っていうのは、これはあえて強く言えば、いわゆる無意識の偏見というやつで。でも、岸井さん自身がそもそもそういうものを持っておらず、どんな手段でも人と人はコミュニケーションをとれるというフラットな考えというか、天性の器の大きさがあったからこそ、この映画をのびのびと撮ることができたかなと思います。

――ケイコ自身は聞こえないですけど、映画の中で音はすごく重要な要素になっていますよね。あと、ケイコは基本いつもひとりで行動していて、引いた視点からのロングショットも印象的です。東京のコロナ禍での撮影というのもあったと思いますが、町と人の関係みたいなことをある種ドキュメント的に捉えるところも、「無言日記」(※)を撮られていた三宅さんらしいと思いました。

※三宅唱監督が2014年からiPhoneの動画撮影機能を使用し、撮影・編集している映像日記。元はWEBマガジン「boidマガジン」で継続的に発表された1~2ケ月分の動画を、1年ごとにまとめて再編集した2014、2015、2016年版がある

一瞬で世界は変わらないということの重み

――ちょっと強引な質問かもしれませんが、練習や撮影を通して、ボクシングと監督や俳優という仕事に何か共通点はありましたか?

三宅:ボクサーは、トレーナーだったり対戦相手だったりまわりの人たちとの本当に強い信頼関係の中でリングに立っています。たぶん役者という人たちもそれぞれ孤独で、でも人と共に作ることにも開かれている。信頼しあいながら身ひとつで闘えるという点で、連帯と孤独の間にいるという点で、とっても似てるんじゃないかなと思います。

岸井:そうですよね、ケイコにもジムがあって会長がいてトレーナーがいて、私にも事務所があってマネージャーがいて。でも身をもって体現するのは自分の身ひとつというところは同じですね。

三宅:それから、僕自身はすごい面倒くさがり屋でして、しんどい仕事する時に、明日起きた時に出来上がってないかな、とか思っていつも生きてきたんです(笑)。でもボクサーって、ほんとに1日1日、何ミリ何グラム単位で、身体やスピードを仕上げていく。その時間のかけ方というか継続性を見ていると、そうだよな、一瞬で世界は変わらないよなって。突然自分がスーパーマンになることはないっていうことに、ようやく諦めがつきました。1個1個、マジで丁寧に、「はい、カット1」「はい、カット2」って朝から積み重ねていかないと映画なんかできないし、突然スペシャルなショットが撮れるわけではない。そのことの重みをやっと味わえたというか、それが楽しいことに変わったのは、僕がボクシング映画を作ってよかったことだなと単純に思いましたね。それは岸井さんの役の準備の仕方、ボクサーの生き方、小笠原さんの生き方から自分が学ばせてもらった本当に大きなことです。

――でも、それはどんな職業についても言えることかもしれませんね。

三宅:のような気がするんですけどね。思えば、『THE COCKPIT』(2014年)ではそれをOMSBがやっていたし、ミュージシャンが皆やっていたことなんです。岸井さんはじめとした役者さんやいろんなアーティストもそうだし、きっと子育てされている友人たちの日々もそうなんだろうな。僕はそういう姿にいつも惹かれるし、そういう人を見ると、自分も明日また新しいものづくりをやっていこうと思える。だから、この映画も、観てくれた人にとってそういう作品になってくれれば嬉しいですね。

『ケイコ 目を澄ませて』 12/16より全国順次公開
■『ケイコ 目を澄ませて』 12/16より全国順次公開
監督:三宅唱
原案;小笠原恵子「負けないで!」(創出版)
脚本:三宅唱 酒井雅秋
出演:岸井ゆきの 三浦誠己 松浦慎一郎 佐藤緋美 中原ナナ 足立智充 清水優 丈太郎 安光隆太郎 渡辺真起子 中村優子 中島ひろ子 仙道敦子 三浦友和
オフィシャルサイト:https://happinet-phantom.com/keiko-movie/

Photography Kazuo Yoshida
Styling Setsuko Morigami

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映画『はだかのゆめ』甫木元空監督インタビュー 青山真治が認めた才能の源泉と、2作目の監督作品の背景に迫る https://tokion.jp/2022/12/06/interview-sora-hokimoto/ Tue, 06 Dec 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=159051 2作目となる劇場公開作品『はだかのゆめ』が全国順次公開中の甫木元空にインタビューを実施。映画監督になるまでの道程や今作の背景にあるものを尋ねた。

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青山真治監督に見出された才能としてデビューを果たした甫木元空(ほきもとそら)。若くして両親を亡くし、高知県で祖父と暮らす監督自身の現在を半ば投影した第2作目『はだかのゆめ』は、親子3代にわたる時間と土地の記憶を抱きつつ、現実を受け入れようと生死の境界線をさまよう息子の姿が、光と闇、水や風の音の中で鮮烈な映像で描かれる。映画監督としてだけでなくミュージシャンや映像作家としても活動する甫木元に、その多彩な表現の背景にあるものを聞いた。

多摩美術大学で出会った青山真治監督

−−このたび公開された『はだかのゆめ』の映画監督としてだけでなく、11月30日にメジャーデビューされたBialystocksでの音楽活動、さらに美術分野での映像作家としても活動する甫木元さんですが、表現者としてのバックボーンについてもいろいろうかがえればと思います。現在は高知県の四万十町にお住まいですが、埼玉のご出身で、お母さんが作曲家、お父さんが劇作家だったとのことです。環境としては映像よりも音楽のほうが先に親しみありましたか?

甫木元空(以下、甫木元):そうですね。母親は自宅でピアノの先生をしていて、曲も作ったり、町の合唱団の先生みたいなこともやったりしていました。自分も中学生の頃から、誰に聞かせるわけでもなくギターで弾き語りをしたりしていましたが、自然と音楽は近いところにある分、挫折も早かったです。

−−多摩美術大学に進学された時はすでに映画を志していたのでしょうか。

甫木元:はい。ただ特別映画に詳しいというわけでもなく、映画を自分でつくるということが具体的には想像がつかなくて、とりあえず入ってから何ができるか考えようと思いました。多摩美は他の学校の映画学科のように撮影や脚本などコースを最初に決めなくて良かったので。

−−そこで、のちにデビュー作『はるねこ』(2016)を仙頭武則さんと協同プロデュースされる青山真治監督に出会うことになったんですね。

甫木元:青山さんがいらしたのは僕が3年の時で、その時初めて具体的に脚本の作り方や制作のスタッフワークみたいなことを教わりました。実はそれまで多摩美にはそういう文化がなかったというか、在籍した映像演劇学科は、詩人で映像作家の鈴木志郎康さんが立ち上げたとこともあって、いわゆる実験映画の傾向が強かったんです。僕が2年の時には1年間だけ塚本晋也監督が教えにいらしたんですが、塚本さんもどちらかというと「ひとり映画」とおっしゃっていて、RECボタンを押して自分で演じて完結できる映画作りというのを知っておくのは大事だという考えでした。そのあとに青山さんがいらしていわゆる映画制作の体制と現場の進行を教わり、その頃から助監督として学外のいろんな現場も経験したことで、「自分がイメージしていることをどう具現化するか」ということは共通しているけど、そこに法則性はなく、その人の個性が現場にも表れるということを知れたのが一番勉強になりました。

自身のルーツを求めて移住した高知でのリサーチ

−−デビュー作『はるねこ』は故郷の埼玉で撮り、今回の新作『はだかのゆめ』は、現在お住まいの高知で撮影されました。四万十町はお母さんの実家でおじいさんがずっと暮らしている土地とのことですが、クリエイターとして首都圏から移住するのは大きな決断ではなかったですか?

甫木元:もともと自分のルーツに関わる場所で撮りたいなと思っていて、1作目は自分の地元の越生町というところで撮ったんですけど、近すぎると撮れないこともあるなと感じたので、幼少期に夏休みや冬休みになると訪れていた母方の実家である高知県に住みながら、外から来た者として何か映画が撮れたらおもしろいかなと。ただ、具体的な作品の構想があったわけではなく、もっと漠然としていました。ちょうど『はるねこ』の劇場公開も一段落した時だったので、ちょっと高知に行って脚本を書く期間にしてみようかなと思ったんです。

−−自分のルーツに興味があったというのは、何かきっかけがありますか?

甫木元:四万十町の家は、ほんとに集落の一番はじっこにあるんですけど、その奥に行くと、江戸時代ぐらいからの甫木元家の墓がたくさんあるんですよ。

−−あ、甫木元は母方の名字なんですね。

甫木元:そうです。その膨大な墓というのは高知に行くたびに小さい頃から見ていて、江戸時代の年号も刻まれてるんです。その隣にはもっと昔のかもしれない名前さえ彫られてない岩があったりして。要するに祖父はそこの墓守をずっとしていて、いずれ自分も最終的にここに来なければいけないんじゃないかという思いが小さい頃からなんとなくありました。とはいえ、そこまで甫木元家の歴史を聞いてこなかったので、移住当初は、祖父に話を聞きながら年表や家系図を作るところから始めていきました。

−−昨年は、「その次の季節」という映像インスタレーションの展示も高知で行っていますね。1954年にマーシャル諸島のビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験で操業中のマグロ漁船が被爆したビキニ事件について、高知沿岸の漁師町で当時を知る方々に聞いた話と映像が素材の1つになっています。

甫木元:ビキニ事件のことも、高知のことを知るためのリサーチの中で出てきたことなんです。最初は祖父が話す家族の歴史や地域で起きたことを書き留めていたんですが、そういう話を聞いている時に民俗学の本や、例えば宮本常一の『忘れられた日本人』を読んだりして、聞き取りで物語るという方法があるんだということを知りました。それで、単純に高知の風土を理解するためのリサーチとして、特に生活の場として海がある肌感覚を知りたくて、漁師の方に限定して「家族の歴史を教えてください」というふうに聞いて回ったんです。そうすると、人生の中で付箋が貼られているみたいに、戦争の話だとかビキニ事件の話が自然と出てきたんですね。その様子をとにかくあまり考えずに撮って残すというところから始めて、去年ひとまず展示という形で発表しました。

−−では、映画の脚本執筆とその聞き取りというのは、時期的には同時並行で行っていた感じですか? そしてその経験は音楽制作にも影響していますか?

甫木元:そうですね。もともとのリサーチの作業という始発点は一緒なのであまり自分の中で分けている気はないんです。これは映画でしかできないことだな、これは音楽でしかできないことだな、これは文章のほうがいいだろうなとか、アウトプットとしては別の形になっていますけど、全部が地続きという感覚があります。

その土地の風土を捉えてキャラクターに落とし込む

−−『はだかのゆめ』の主人公の名前は「ノロマ」のノロということですが、ノロと聞いて思い浮かべたのは、沖縄で祭祀を司る女性達のことでした。そう連想したのは、甫木元さんの作品にはいつも境界というものが大きなテーマになっていると思うからです。夢と現実、暗闇と光、生と死、そういったものと境界への関心はずっとあるものですか?

甫木元:そうですね。いずれ違うものも撮りたいなとは思っていますが、『はるねこ』を作った数年前に父親が亡くなって、今回も母親が亡くなってと、偶然に続いてしまったので。やっぱり経験して数年経ったその時にしか作れないことをなるべく残したいと思っていて、ある種の弔いじゃないですけど、たままた2作似たテーマが続いた感じになりました。ただ今回はもう少し境目の見せ方を違う角度でできたらなと。

『はだかのゆめ』予告編映像
主演としてノロを演じるのは、映画『うみべの女の子』やNHK朝ドラ『カムカムエヴリバディ』など話題作への出演が相次ぐ青木柚。その他、俳優・監督・小説家の唯野未歩子、シンガーソングライター・俳優の前野健太らが出演。音楽は甫木元がヴォーカルを務めるバンド・Bialystocksが担当。

−−『はだかのゆめ』では、川や海など水の存在が印象的です。

甫木元:はい。土地の歴史を含めてその土地を捉えるということが前回あまりできなかったという反省があったので、今回は先ほどのリサーチとも関連しますが、その土地をどう切り取るかということは強く意識しました。

−−登場人物は、四万十川のほとりでずっと暮らしている祖父、祖父の住む家で余生を送る決意をした母、その母に寄り添おうとしながら現実をうまく受け入れられない息子ノロという親子3代の他に、徘徊するノロが出会う「おんちゃん」がいます。前野健太さんが演じるこの人物造形はどうやって生まれたのでしょうか。

甫木元:登場人物の4人が共同体のようでバラバラの方向を向いているというのは、なんとなく最初からイメージしていました。その中で、いつも酒に溺れていて夢か現実かわかってないけど、唯一軽々とあの世とこの世を行き来できる人物というのがおんちゃんです。存在自体もホントか冗談かわからない、ちょっとちゃかし役じゃないですけど。

−−いわゆるトリックスターですね。今の世の中でこういう人の居場所がなくなってきているというか、実際少なくなっていますよね。そこもある種のメッセージを感じました。

甫木元:高知県にいて感じるのは、四国の中でも他の県との間に山があるのでそんなにお客さんが来るわけでもなく、ちょっと独立国家というか、逆に太平洋側に開かれていて、住んでいる人の気質も南国みたいなところがあるんですよね。同時に自然の圧倒的な力というのを日々感じるし、昔は台風の玄関口と言われたり、川が増水して沈む前提で沈下橋ができているのもそうですけど、自然に抗うことをやめているというか、いちいちクヨクヨしていてもしょうがない。お酒飲むのが大好きですけど、それも晩酌で一回水に流すみたいなところがあります。皆すごく陽気で、お遍路もあるので外からの客人を迎える気質もありますし、その距離感というか、高知の独特の風土みたいなものがそのまま人物になっているようなキャラクターを1人入れられたらと思いました。

映画には風景を残すという役割がある

−−映画の中では、畑仕事をするおじいさんの姿や、蝉を観察したりコーヒーを淹れたりする母親の日常の営みが丁寧に撮られているのも印象的です。それは私的であると同時に詩的でもあり、物語るのとは別のレイヤーとして強く意識されているのかなと感じました。

甫木元:そうですね。映像や映画には、単純に風景を残すという役割もあると思っています。それは青山さんの影響がすごく大きいと思いますけど、この瞬間みたいなのを切り取ったその風景というのは、数年後にはもう現実には存在しなくなっているかもしれない。でも、映画の中にその風景が残っていることで、過去に思いを馳せる人がいたり、未来になった時にこういう風景もあったんだと気付く人がいたりしますよね。とにかく「残す」というのは、リサーチでの「聞く」と同じく、高知に最初に来た時から意識していたかもしれません。やっぱり人の記憶や記録って、それは地域の伝承や伝統も含めて、簡単になくなってしまうんですよ。地域の風習や踊りも「去年までは見れた」とか、ビキニの話も「数年前だったらもっと記憶が鮮明な人がいた」と言われました。意識しなければほんの数年で無くすことは簡単なんだなということがすごく実感としてあったので、母親と暮らしていた時間や空気感も、風景を丁寧に撮っていくことで残したいと思いました。

−−よく言われることですけど、フィクションであったとしてもドキュメントの部分は必ずあるんですよね。甫木元さんに限らず、そのことに意識的なアーティストが増えている気もします。

甫木元:映画監督でも土地に根付いて作家として動いている人やドキュメンタリーの人が、改めて映画を再開発じゃないですけど、その可能性を探っている感じがあります。じゃあ自分だったら何ができるかなと考えた時に、僕の場合はやっぱり家族というか、自分が関わっていた人達からまず何か始めたいと思ったんですよね。

『はだかのゆめ』 全国順次公開中

■『はだかのゆめ』 全国順次公開中
監督・脚本・編集:甫木元空
出演:青木柚 唯野未歩子 前野健太 甫木元尊英
プロデューサー:仙頭武則 飯塚香織 
撮影:米倉伸 照明:平谷里紗 
現場録音:川上拓也 
音響:菊池信之 
助監督:滝野弘仁 
音楽:Bialystocks
製作:ポニーキャニオン 
配給:boid/VOICE OF GHOST
2022年/日本/カラー/DCP/アメリカンビスタ/5.1ch/59分
©PONY CANYON
オフィシャルサイト:https://hadakanoyume.com/

Bialystocks『Quicksand』

■Bialystocks『Quicksand』
2022年11月30日(水)発売
初回限定盤 [CD+Blu-ray] PCCA-06165 / 4,950円(税込)
通常盤 [CD ONLY] PCCA-06166 / 2,970円(税込)
Bialystocksメジャー1stアルバム『Quicksand』特設サイト:https://quicksand.jp/

Photography Kentaro Oshio

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アーティスト・潘逸舟が提示する、関係性の網目としての自己・身体、今ここのリアリティ https://tokion.jp/2021/12/28/artist-han-ishu/ Tue, 28 Dec 2021 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=87002 自らの身体を基軸に、社会、個人の関係やアイデンティティを問う作品制作を行うアーティスト、潘逸舟。東京都写真美術館で開催中のグループ展に新作を寄せた潘に、これまでの歩みや制作哲学を尋ねる。

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昨年「日産アートアワード2020」でグランプリを獲得した潘逸舟は、1987 年に上海で生まれ、青森への移住~東京藝術大学先端芸術表現科大学院修了を経て、現在は東京を拠点に活動するアーティスト。自らの身体を軸に、土地と人間や共同体と個人の関係性を巡る作品を紡ぎ、日本国内のみならず、ボストン美術館やユダヤ博物館、上海当代美術館でも展示を行うなど、その活動範囲はグローバルだ。

そんな潘が、現在、東京都写真美術館で開催中のグループ展「記憶は地に沁み、風を越え 日本の新進作家 vol. 18」(2022年1月23日まで)に新作を寄せている。「トウモロコシ畑を編む」と題されたその作品は、中国山東省のトウモロコシ畑でパフォーマンスを行う潘を記録した映像・音を中心に構成される。同作に込めた想いやその背後にある問題意識、そして潘逸舟というアーティストの全貌を探るべく、東京都写真美術館に潘を訪ねた。

何もない環境で見つけた現代美術という居場所

――今回初めて潘さんのことを知る人もいると思うので、最初に簡単な経歴をうかがわせてください。

潘逸舟(以下、潘):私は1987年に上海で生まれて、9歳の時に両親の仕事の関係で青森県の弘前市に移住しました。当時は東北新幹線が青森までは開通してなくて盛岡からはバスに乗るんですけれど、生まれて初めて雪を見たのを覚えています。それから高校まで弘前にいて、東京藝術大学に入学して東京に出てきました。

――藝大を目指したということは、美術に関心を持ったのは早かったですか?

潘:そうですね。もともと子どもの頃から、父が家で油絵を描いていたんです。日本に来てからも仕事が休みの日に描いていて、私はそれを見て育ったので、小学5、6年生くらいからデッサンをしていて、中学生くらいの時から画家になりたいという意識がわりと自分の中でありました。

――最初は絵画だったんですね。潘さんが現在されているパフォーマンスや現代美術に出会ったのはいつ頃ですか?

潘:高校生の頃です。高校1、2年生ぐらいのときにインターネットが普及されてきて、インスタレーションというものを知ったり、あと本を見たり。中でも一番影響が大きかったのは、青森市にあるACAC(国際芸術センター青森)に行ったことです。そこには滞在制作で国内外からいろんな作家が来ていて、ボランティアをしていた人たちも自分たちでオルタナティヴスペースを作っていました。そういうのを見ているうちに、だんだん絵を描くこと以外の表現、つまりキャンバスから出た外の社会をキャンバスにしちゃえばいいじゃないかと思うようになったんです。

――背景には、子どもの頃に上海から全く環境の違う場所に来て、日本の社会で暮らすことの違和感や葛藤を抱えていたということもありましたか?

潘:そういうのもあったと思います。当時もニュースとかでは領土問題など政治的な問題はずっとあって、2005年には上海でも反日デモがあって、そういう報道も見ていました。日本に来た子どもの時は全く身体に入ってこなかったんですけど、だんだん勉強してくるとそういったことはわかってくるし、かといって同年代で周りに自分と同じ境遇の人はほとんどいませんでした。そんな中で現代美術との出会いによって、自分と社会の間にある違和感を表現するエネルギーに昇華したり、自分を存在させてくれたりする場所として美術があったような気がしますね。

――当時、影響を受けたアーティストなどはいますか?

潘:マリーナ・アブラモヴィッチという、旧ユーゴスラビア出身のアーティストが熊本で個展をした時に(2003年「ザ・スター」展/熊本市現代美術館 https://www.camk.jp/old/event/exhibition/marina/index.html)、ACAC(国際芸術センター青森)主催の彼女のトークショーを聞きに行ったんです。彼女のことは知らなかったんですが、裸で自分の体に傷をつけて何かを表現しているのを見て衝撃を受けました。そこでたまたまあれを見たというのは自分にとって大きかったなと思います。それ以外にも、ACACには様々な海外の本や雑誌が置いてあって、当時は言語力もなかったからビジュアルを見るだけでしたけど、そういう積み重ねの中で、これはスゴイなって理解してしまうことがあって。そういう体験が自分が表現することの原点ではあると思います。何にもない場所で何かが見えた瞬間っていうか、ここではない外の世界を想像する瞬間というか。

――その頃、ご自身ではどんな活動をされていましたか?

潘:例えば、自転車で弘前から離れた村に行って、「あのゲートボール場を土日貸してください」って村長を探してお願いして、親が持っていたDVテープのカメラを使ってパフォーマンスを記録するとか。お小遣いやバイト代で買えるものを買って、よく分からないけどこれが現代美術かなっていう自分なりのものを作って、インスタレーションやってみるとか。変な話、高校時代はずっとそういうことを考えてやっていました。学校でそれを話せる人は誰もいなかったですけど、自分の中では、それが世界と繋がっているという変な確信がありました。

社会として見立てる風景に身体で介入する

――今年「MOTアニュアル2021 海、リビングルーム、頭蓋骨」(2021年7月17日~10月17日/東京都現代美術館)で出品されたのは、10年近く取り組んでこられた海でのパフォーマンスを記録した映像作品が中心でした。潘さんにとってそもそも海とはどんなものですか?

潘:私にとって海は、社会の対象です。生まれ育った場所には、上海でも杭州に近くてあるのは海ではなく川でしたし、青森も弘前ですから海はありません。だから原風景みたいのとは違っていて、実は海という場所を意識してパフォーマンスをして撮影し始めたのも東京に来てからです。海はすごく広くてを感じる場所ではあるけども、そこには境界の問題もあるだろうし、政治性や社会のシステムが複雑に絡みあっていて、人間が物理的に住むことができない場所でもあります。ある意味で、私にとっては自分が社会と向き合うための場所でもあるし、私が生きている社会を反射してくれる鏡的な存在でもあります。海は形がないゆえに、自分が他者としてここに居るということや、自分が見ている社会の問題を鏡として映し出し、跳ね返ってくる存在でもあります。

「MOTアニュアル2021 海、リビングルーム、頭蓋骨」展 参加作家インタビュー( 潘逸舟 、小杉大介、マヤ・ワタナベ)、展示風景

――今回、東京都写真美術館の「記憶は地に沁み、風を越え 日本の新進作家 vol. 18」に出品された新作《トウモロコシ畑を編む》(2021年)では、中国山東省のトウモロコシ畑でパフォーマンスをされています。

潘:今回の作品も、その土地の風景を社会として見立てているという点では同じです。土地があるところには社会があって、トウモロコシを植えるという人間の生活があるがゆえにそこにトウモロコシ畑があるわけです。つまり、自分がパフォーマンスを通してそのコミュニティや社会に入っていく行為の中で、人間が作ってきた社会の痕跡みたいなことを可視化できないかと考えました。それは、いつも私が風景と向き合う時のスタンスです。

――山東省という場所を選ばれたのには何か理由がありますか?

潘:山東省に別のプロジェクトで呼ばれていて、その視察に10日間ぐらい行ったんです。その間に土地のリサーチをすると、山東省は昔から石が有名で、山には土があるというより石が豊富なところだということが分かりました。そういう土地でも育つ作物としてトウモロコシが選ばれて、今では中国有数の産地になっていると。それで実際にトウモロコシ畑に行って見ると、トウモロコシとトウモロコシの間隔が、私がギリギリ通れるくらいの広さでした。ちょうど山東省に行く前に今回の企画のオファーをいただいて、「土地の記憶がテーマです」と言われました。自分がずっと作品で向き合ってきた身体との関係性をもう少し深めたいと思いました。そのことを考えていく中で「自分の身体で土地を編みたい」というイメージが湧き出てきて、ここで何かできるのではないかと思いました。

――それがトウモロコシ畑を分け入りながら進むというパフォーマンスになったんですね。

潘:実は、日本にいるときに木を編んだり、土地のいろんなものを編んだりする構想を思いついてやってみたんですけど、それで山東省に行ったときにトウモロコシ畑に出会って、そのトウモロコシの間を自分が通り抜けていくことと「土地を編む」イメージがしっくりきたんです。そのパフォーマンス行為は、他者としての身体が、見知らぬ土地の歴史や文化にどのように介入できるのかを、問いかけることがでもあるような気がしたのです。

――メインとなるのは30分近いパフォーマンスの映像ですが、2m近くのトウモロコシの畑に隠れて、その中を進む潘さんの身体はほとんど見えません。変わりに聞こえるのが、複数のスピーカーから流れる、ガサゴソという音です。

潘:トウモロコシ畑の間を通りながら、自分がトウモロコシの葉と擦れていく音の痕跡を素材にサウンドインスタレーションとして構成しました。擦れる音は、摩擦であると同時に出会いでもあるんです。どんな土地にしても社会があり、それぞれの土地に対して記憶があったという時に、その記憶はすごく個人的なものもあれば、共同体的な記憶もありますし、錯覚的に、この土地に初めて来たけど見覚えがあるということもありますよね。そういったものは、自分が生きてきた社会や教育されてきたもの、見てきたものとどこかで接続しているはずで、その接続がどういう作られ方をしているのかということも、やりながら考えています。

「ここで生きている」リアリティと関係を結ぶ他者

――スピーカーからの音でもう1つ印象的だと思ったのは、鳥の鳴き声です。鳥は潘さんと同じく画面でははっきり確認できないですけど、イメージとしては自由というか、土地から離れて、人間が作った境界とは関係なく生きています。

潘:トウモロコシ畑に入っていくと、視界が遮られるので自分がどこにいるのかがだんだんわからなくなっていく恐さもありました。擦れている音もすごく暴力的でもあるし、ある種の緊張感があって、途中でクモの巣がはびこって迂回せざるを得ないところもある。一方で、ここで「ちゃんと編まなきゃ」という意識があって、その外ではおっしゃるように鳥の声がきれいに聞こえたりする。入っていったときの見えないものと俯瞰して見えているものと両方があって、その対比みたいなことを音と映像で表現できたらと思いました。

――実際やってみて、土地を編めた感覚はありましたか?

潘:映像でそこまで確認できないかもしれないですけれど、かなり意識して編んでいるんですよ(笑)。でも実際は自分の方が土地に編まれているのかもしれない。人間は自分のいる場所についてどうしても考えてしまう存在です。自分が今いる場所との関係の中で感じている違和感とか、その関係性の力学みたいなことをいつも考えてしまいます。

――そういったことをパフォーマンスで可視化したいと。

潘:もっと単純に言うと、「ここで生きている」っていうことをそのまま表現できたら一番いいんですよ。ただ、「ここで生きている」ということがどういうことなのかをたくさん考えるがゆえに、すごく難しい。例えば何かを見て美しいと感じた私は、どうやってこれを美しいと感じているのか。その美しさは教育から来ているのかもしれないし、共同体の中で誰かによって美しいとされてきたものかもしれないし、自分の体験や具体的なきっかけがあって美しいと感じているのかもしれない。いろんなことがあると思いますけど、やっぱり「ここで生きている」と自分が考えるリアリティが、どうやって成立しているのかということはすごく気になるんです。で、その複雑な関係性をひも解いていくと、必ず他者に繋がっているし、決して自分のことだけではないということが分かる。私のパフォーマンスもよく「自己表現」と言われるんですけど、自己を表現するということは、自分以外の自分にまつわる環境を表現することでもあって、それって実は他と繋がっている部分の中からしか見えないんですよね。当事者と他者の境界っていうのは実はすごく曖昧で、「それって本当にあるの?」と思うこともあります。

――鑑賞者にとっては、潘さんの作品自体が鏡になっているんですよね。

潘:そういう面もあると思います。私の映像では何かを物語るということはあまりなくて、むしろ見た人がそれぞれの中で物語を想像してしまうということはあるのかもしれません。例えば身体が葉とすれ違うとき、鑑賞者はおのずとすれ違っている音からいろんなことを想像してしまうと思います。それは1つの表現としての言語でもありますが、その言語が鑑賞者にどう作用するのかは、見る人それぞれに委ねられているんです。

■「記憶は地に沁み、風を越え 日本の新進作家 vol. 18」
会期:~2022年1月23日
会場:東京都写真美術館
住所:東京都目黒区三田1-13-3
時間:10:00〜18:00 (最終入場時間 17:30) 
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝休日の場合は開館し、翌平日休館)、年末年始(12/28-1/4、ただし1/2、1/3は臨時開館)
入場料:一般 ¥700 /学生 ¥560/中高生・65歳以上 ¥350 ※各種割引など詳細はオフィシャルサイトを確認
https://topmuseum.jp/

潘逸舟

潘 逸舟
1987年上海生まれ。2012年東京芸術大学美術研究科先端芸術表現専攻修了。共同体や個が介在する同一性と他者性について、多様なメディアを用いて考察。主な展覧会に「Sights and Sounds: Highlights」ユダヤ博物館(ニューヨーク、2016)、「りんご宇宙―Apple Cycle/Cosmic Seed」弘前れんが倉庫美術館(青森、2021)、「MOTアニュアル2021―海、リビングルーム、頭蓋骨」東京都現代美術館(2021)等。日産アートアワード2020グランプリ受賞。

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映画『偶然と想像』濱口竜介監督インタビュー 実在世界とフィクションの境界と、「聞く」と「開く」の往還からあらわれるもの https://tokion.jp/2021/12/17/ryusuke-hamaguchi/ Fri, 17 Dec 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=83129 カンヌで日本映画史上初の脚本賞を受賞するなど、世界的評価を高め続ける映画監督・濱口竜介。12月から全国公開が始まった最新作『偶然と想像』の制作哲学に迫る。

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世界三大映画祭においてもその存在感を確固たるものとし、国際的な評価を高め続ける映画監督・濱口竜介。カンヌ映画祭にて日本映画史上初の脚本賞受賞作に輝いた『ドライブ・マイ・カー』に続き、第71回ベルリン国際映画祭・銀熊賞受賞作『偶然と想像』がこの12月から日本全国で順次公開となる。濱口初の短編集作品となる今作は、親友である2人の女性の軽快な恋愛トークから幕を開ける「魔法(よりもっと不確か)」(出演:古川琴音 他)、作家・大学教授と教え子の研究室での会話を基軸とする「扉は開けたままで」(出演 : 渋川清彦 他)、高校の同窓会のために帰郷した女性に訪れる20年ぶりの再会を描いた「もう一度」(出演:占部房子 他)の3編の物語からなる。シチュエーションはさまざまながら、そこに通底し観る者を惹き込むのはタイトルに冠された「偶然」であり、それは「想像」と表裏一体のものであるのだと、濱口は述べる。今作はどのように紡ぎあげられたのか、その背景にある制作哲学を探る。

※文中に一部作品の構成・内容に触れる箇所があります。

短編を撮ることで生まれる映画制作の好循環

──『ハッピーアワー』(317分/2015年)や『ドライブ・マイ・カー』(179分/2021年)など、長尺の長編作品で知られる濱口監督ですが、濱口さんにとって短編というのはどういった存在ですか?

濱口:製作者としては、長編と同じくらい重要なものと考えています。というのも、長編は単純に物量として非常にコストがかかりますから、時間も気力も使います。一方で、短編は始めるのがより簡単な分、負えるリスクも大きくなるというか、チャレンジしたいことに挑戦しやすくなります。それは次の長編の準備にもなりますし、逆に前に撮ったものの復習みたいな役割を果たす場合もあります。実際に、『ハッピーアワー』と次の長編『寝ても覚めても』(2018年)を作る間に、『天国はまだ遠い』(2016年)という短編を撮ったのですが、このことがすごく良かったんです。今回始動した短編のプロジェクトは、その好循環のサイクルを自分の映画作りの中でちゃんと確立できないかという試みでもあります。

──今回は、久しぶりの完全オリジナル脚本という点もファンとしては期待が膨らみます。短編を7本作るという企画段階で共通のテーマを「偶然」に決めたそうですが、実際の脚本はどのように書かれたのでしょうか?

濱口:基本的にはごく普通で、まずあらすじみたいなものがあって、次はそのあらすじを「箱書き」といって、「こんなことがあって、こんなことがある」というふうに場所ごとに分割していくんですけど、今回はその場所ごとのシーンがとても長いので、その中でもいろいろなうねりがありました。その箱の中(場所)のシーンをダイアローグで書いていく過程はけっこう行き当たりばったりというか、探り探り書いていく感じですね。そして、その「箱」で起こるべきことが「起きた」と思ったら、次の場所に行きます。

『偶然と想像』予告編

──濱口さんの脚本では、現実では思っていても言わないようなことを、あるキャラクターに敢えて言わせて、関係性に変化が起きるという展開が必ずあると思います。今回も、第1話でいうと、古川琴音さん演じる芽衣子がある男性のところに行った時のやり取りがまさにそうです。

濱口:箱書きの時点で想定しているところとしては、アンリアルなところに行きたいというか、「いやいや、そんなことないだろ?」というようなことを、「でも、あるかもな」と思わせるところまで最終的には持っていきたい。そのためにはある程度リアリティも大事になってきますから、例えば、芽衣子というキャラクターがめちゃくちゃで、一見、常識外れな人物に思われるかもしれないけど、芽衣子は単にめちゃくちゃやればいいというわけではなくて、彼女には彼女なりの行動原理があるんだろうなという想定のもとに書いていきます。

──それが実際に「あり」になるかどうかは、役者さんとの本読みで探っていくのですか?

濱口:そうですね。正直自分では、「これで大丈夫かな?」って思いながら書いているところもあります(笑)。やっぱり生身の役者さんがいることは大きくて、フィクションを現実に落とし込んでいくプロセスとして、最近自分は「本読み」(※)をしているんだな、ということに自覚的になってきました。この短編3作は、『ドライブ・マイ・カー』を撮影する前だったということもあって、『ハッピーアワー』から取り組んできた本読みというものがどの程度機能するのか、その精度を上げていこうという意図もあってやっていました。

※(注) 濱口監督がリハーサルで重要視している本読みは、ジャン・ルノワールが晩年に採用したと伝えられる“イタリア式本読み”に着想を得たもので、一切ニュアンスや感情を込めずに台詞を読み、俳優から「自動的に言葉が出てくる」まで繰り返すという方法。その際に俳優から違和感などが出たら適宜台詞を変更していくが、リハーサルで読みを完成させるのではなく、撮影が始まっても随時調整を重ねていくという。今回は、1話について1週間から10日ほどかけて、ひたすら俳優たちと脚本を読み合わせた。

─個人的には、芽衣子の言動は全然ありというか、理解できるものでした。でもそれは、その前の10分近いタクシーのシーンでのつぐみとの自然な会話があるからこそ、信じられたのかもしれません。

濱口:そうなんです。ああいう親友同士のガールズトークのようなすごく自然なものがまずあって、その現実を1つ捲るとフィクション的な状況が待ってるという構造にしています。でもその表面と心の奥底の矛盾というのは、意外と誰しもが現実で抱えているものなのではないかという気がしなくはない。そして、フィクションというのは、何がしかそこに訴えかけていくものなのではないかという気がしています。

──脚本段階では、第1話は「噂の男」というタイトルだったそうですが、最終的なタイトル「魔法(よりもっと不確か)」は、抽象度が増して数段魅力的に響きますね。

濱口:これは結果的に芽衣子が言う台詞から採用しました。撮りながら、やっぱりこれがこの話のパンチラインだなと(笑)。

──最初はつぐみから発せられた「魔法」の意味を、芽衣子がだんだん反転させていくところが素晴らしいです。

濱口:ありがとうございます。芽衣子というキャラクターは本当に難しい役だったと思いますが、普通の女子みたいなところから、恐ろしいなこの人というところまで、古川さんが見事に演じてくれました。

──第1話の最後には、観客をあっと驚かせる、撮り方の「魔法」とも言うべき仕掛けもあります。

濱口:あそこはカットを割ってしまったらよくあるシーンになってしまうので、見ている観客の感覚としてより曖昧さが強くなるような方法として採用しました。考えればすぐ分かるちょっとしたことなんですが、楽しんでもらえると嬉しいです。

実在する世界とフィクションの境界面にあるもの

──第2話「扉は開けたままで」では渋川清彦さんが大学教授・作家を演じられています。これまでの渋川さんであまり拝見したことのないような役柄でした。

濱口:渋川さんとご一緒するのはこれで4回目だと思いますが、基本的にはちょっと乱暴者な役が映える方なんですよね。でも4回目となるとちょっと違う役も振りたいという気持ちもあったのと、自分も渋川さんもいろいろ時間を重ねてきて、今だったらこういう役も説得力をもってやれるんじゃないだろうかと思ってお願いしました。でもこの役も、やっぱり渋川さんの人間的な魅力というか、核の部分みたいなものがあるからこそ成立する役だったと思います。

──第3話「もう一度」の占部房子さんと河井青葉さんも、これまでに度々お仕事をされていますが、渋川さん含めて、3人とも今回のような本読みをされたのは初めてだったのではないでしょうか?

濱口:そうですね。「濱ちゃん、今はこんなことやってるんだ」と言いながらも(笑)、楽しんでくれたと思います。通常の現場では、呼ばれて、「こういう役で、この衣装で」となって、本番になったら「ここでこういう台詞を言ってください」というふうに始まることが往々にしてあるので、役者さんにとっても、リハーサルに時間をかけられるということ自体が貴重といいますか、これは今回どの役者さんも言ってくださったことですけど、1つの役にこれだけ時間をかけて接するというのは、あまりない機会ということでした。

──短編集のテーマを「偶然」に決めたのと同じように、製作の面では「時間をかけて撮る」ことを大きなテーマとして掲げられたそうですね。

濱口:はい。(初の商業映画であった)『寝ても覚めても』を監督してみて、みんなこんな短い時間で撮ってるのかと驚いたんです。プロデューサーには「これでもかなり確保したんですよ」と言われましたが(苦笑)、こんなにも早く物事が進んでいくのかと。もちろん、たくさんスタッフがいるのでシステマティックに進んでも撮ることができるという面はあるんですが、その前の『ハッピーアワー』は2年ぐらいかけて作っていたりするので、時間感覚が全然違ってきて、自分がこの環境でずっと良いものを作り続けるのはなかなか大変じゃないかと思ったんです。『ハッピーアワー』はかなりインディペンデントな制作体制でしたが、そういう現場を手放すのは自分にとって良くないなという危惧があったので、この短編の企画も、『ハッピーアワー』のプロデューサーである高田(聡)さんに脚本を送ったことから始まりました。

──今回3話をまとめた短編集のタイトルは『偶然と想像』となっています。当初からあった「偶然」という共通のテーマに加えて、「想像」という言葉はいつ出てきたものでしょうか?

濱口:おっしゃるように、まず「偶然」というテーマがありました。この3話の脚本を書き上げて、おそらく第2話を撮り終えた頃に、これは、想像力というのも共通のテーマになっているなと気づいたんです。偶然と同じように想像力にもいくつか種類があって、例えば第1話のように、ある偶然があって、「ああだったら、こうだったら」と考える想像力がありますよね。それとは別に、もっと精度の高いフィクションを構築するタイプの想像力というのがあって、そのことが3話に共通するなと思ったので「想像」という言葉を入れました。「偶然」と「想像」は、考えれば考える程つながっている気がするというか……。

──それはどのようなつながりですか?

濱口:まだしっかりと言語化できているわけではないですが、1つ言えるのは、実在する世界とフィクションの境界面みたいなところに、「偶然」も「想像」もあるのではないかということです。想像というのは、ないから想像するという側面がありますが、偶然の方は、稀な、ほとんどあり得ないことなんだけど確かにあることなんですよね。つまり、偶然はその境界面の「ある」側の方に、想像は「ない」側の方にあって、その現実とフィクションを取り違えさせる、あるいは超えていくために、この2つは表裏一体の役目を果たしているんじゃないかと考えているところです。

聞くことと開くことがもたらす奇跡の交感

──『ハッピーアワー』以降、ここ何作かの濱口さんは、自分を開いていくということ、もしくは傷なり痛みを分かち合うことで他者とつながるということを、一貫して描かれていると思います。

濱口:そうですね。

──実際、自分を他者へ開くということは、ある種の賭けといってもいい行為だと思いますが、今回は、第2話で提示されたその真のテーマが、第3話でより具体的な形となって結実します。興味深いのは、第3話で起こる奇跡のような交感が、作中のキャラクターである夏子とあやが、自分とは別の人物を「演じる」ことを通して生じることです。

濱口:やっぱりある種の欲望や欲求というか、「こうでありたい」と思うことが、すべての核にはなっていると思うんですね。欲しいものがあるからないものを想像する、あるいはそれを手に入れたいからウソをつくとか。そういうことを含めて想像の役割だと思いますが、本当に欲しいものを現実のものにする時に、やっぱり自ら飛び込んでいく必要がある。そして、その飛び込んでいく対象というのは、ある種の偶然によって現れるんだと思います。ルーティンで構成されている自分の人生に訪れる、本当はこちら側の人生に開かれていきたいと思っているその偶然にうまく飛び乗れるか、自分を投げ出せるかということ。

──そうなった時に、今度は「聞く」ということが出てきますよね。

濱口:「聞く」ということは、演じる上でものすごくキーになることです。彼女たちは相手のことを聞くから演じることができるとも言えるわけですよね。例えばあやが夏子に「あなたは幸せなの?」と尋ねる時、あやは聞き役として他人を演じています。でも、あやはその聞くことを通じて、夏子が想像している、自分とは別の存在と混じり合っていくようなところがある。聞くことによって相手を引き出すことができるし、その引き出したものに応じて、その人自身も変わっていけるというんでしょうか。聞くことは対応するということなので、自分自身が開かれていくことにもつながるんだと思います。

──自分だけワーって開いたと思っても、それは一方通行でまったく違うものですからね。

濱口:実際、現実の中で見知らぬ他者が互い開き合うということはなかなか起こらないじゃないですか。でも、聞く側にまわることで、その可能性がものすごく上げられるということなのではないでしょうか。そして、聞きながらその相手が開く瞬間を待つことができたら、いつでもつながれる、とまでは言えないけれど、つながり得る。「聞く」ことはよりよくつながるための数少ない方法の1つだと思います。

──観客は、その聞くことと開くことの往復運動を、たぶんスクリーンを通して追体験するんですね。だからこそ、いくつもの企みとユーモアにも満ちたこの『偶然と想像』という作品が、最後にいたって大きな感動をもたらすのだと思います。

濱口:ありがとうございます。そのような映画になっているとしたら嬉しいです。

映画『偶然と想像』


『偶然と想像』
12月17日よりBunkamuraル・シネマほか全国ロードショー

■監督・脚本:濱口竜介
■ 出演:古川琴音 中島歩 玄理 渋川清彦 森郁月 甲斐翔真 占部房子 河井青葉
■配給:Incline

公式サイト:https://guzen-sozo.incline.life/

濱口竜介

濱口竜介
1978年神奈川県生まれ。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され話題を呼ぶ。その後は日韓共同制作『THE DEPTHS』(2010年)、東日本大震災の被害を受けた人々の「語り」をとらえた『なみのおと』『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』(2011〜2013/共同監督:酒井耕)、4時間を超える虚構と現実が交錯する意欲作『親密さ』(2012)などを監督。2015年、映像ワークショップに参加した演技経験のない4人の女性を主演に起用した5時間17分の長編『ハッピーアワー』が、ロカルノ、ナント、シンガポールほか国際映画祭で主要賞を受賞。商業映画デビュー作『寝ても覚めても』(2018年)がカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出され、共同脚本を手掛けた黒沢清監督作『スパイの妻〈劇場版〉』(2020年)ではヴェネチア国際映画祭銀獅子賞に輝く。本作『偶然と想像』は第71回ベルリン国際映画祭にて銀熊賞(審査員グランプリ)受賞。一足先に劇場公開された『ドライブ・マイ・カー』(2021年)では、第74回カンヌ国際映画祭にて脚本賞に加え、国際映画批評家連盟賞、AFCAE賞、エキュメニカル審査員賞も同時受賞。今、世界から最も注目される映画作家の1人として躍進を続けている。

Photography Kentaro Oshio

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気鋭の映像作家・文化人類学者=太田光海が語る、「地球の裏側の人たち」と繋がることの大切さ https://tokion.jp/2021/10/06/akimi-ota-kanarta-alive-in-dreams/ Wed, 06 Oct 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=64491 初監督作品『カナルタ 螺旋状の夢』で世界から注目を集めた太田光海。同作の日本公開に寄せて、その構想から制作までの道程や背景にある想いを尋ねた。

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1989年生まれの太田光海は、映像作家と文化人類学者という2つの肩書きを持つ異色の人物だ。その2つの領域が太田の中で交錯し始めるのは、今から10年ほど前、パリの地でのこと。20代前半で渡仏した太田は、パリ社会科学高等研究院人類学修士課程で文化人類学を学ぶと共に、シネマテークに通い詰め浴びるように古今東西の映画作品を鑑賞したのだという。映画・映像に開眼した太田はその後、文化人類学とドキュメンタリー映像制作の手法をかけ合わせた先端の学問領域である「映像人類学」を学ぶべく渡英。同学問をリードするマンチェスター大学で博士号を取得し、現在は東京を拠点に活動する。

そんな太田の初監督作品『カナルタ 螺旋状の夢』が、この10月から日本全国で順次公開の運びとなった。同作は、アマゾン熱帯雨林に住む先住民「シュアール族」の生活・世界を捉えたドキュメンタリー映画作品。約7年の構想期間を経て、1年間にわたる調査・滞在撮影を行い制作された労作であり、イタリアのフィレンツェ映画祭(Florence Film Awards)やアメリカのニューヨーク映画祭(New York Movie Awards)で最優秀長編ドキュメンタリー賞を受賞するなど既に国際的な高評価を獲得している。「地球の裏側の他者」の文化・生活に深く分け入り捉えられた鮮烈な映像において、太田は何を伝えようとしたのか。その想いを探るインタビューは、構想の起点となる2011年の回想から始まった――。

パリからマンチェスターを経由しアマゾンの熱帯雨林へ

――この映画を制作するきっかけは、フランス留学中に起きた東日本大震災と福島第一原発事故にあるとのことですが、フランスではどのようなことを研究されていたのでしょうか。

太田光海(以下、太田):震災の時は交換留学で1年間パリにいました。そのあと日本に戻って大学を卒業してから、人類学を学ぶためにパリに戻って、フランス国立社会科学高等研究院(EHESS)の修士課程に進んで、パリ郊外のストリート・カルチャーみたいなことをメインで研究していました。パリ郊外は、いわゆる移民系の人たちが多く暮らしていて社会問題とも繋げられる都市空間なんですけど、そういう出自の少年たちがたくさん行き来するサッカークラブなどをフィールドワークしながら、彼らとその裏にあるヒップホップ・カルチャーやストリート・カルチャーみたいなものを研究していました。

――そこからアマゾンの先住民にどのようにつながるのでしょうか。

太田:僕は人間と人間の関係にずっと興味があったんですね。でも、震災があった時に、初めて、それまで当たり前のように感じていた、お金を稼いで食べ物を買って、人と関係を結ぶというような生活が、「当たり前」ではないのではないか? と気付いたんです。そして、人間とそれ以外、自分を囲む世界や自然との関わりの方が、より根源的な問題なんじゃないかと考えるようになりました。そこから、関心が徐々に移っていって、アマゾンの熱帯雨林で自給自足生活をしている先住民に行き着きました。

――パリで学んだ後、今度はイギリスに渡ってマンチェスター大学のグラナダ映像人類学センターの博士課程に進学されますね。

太田:はい。ただ、もともとアカデミックな道に進みたいと思っていたわけではなくて、特にパリにいた時はドキュメンタリー写真をやりたいと思っていました。それと同時に、パリではシネマテーク・フランセーズにも頻繁に通っていて、古今東西の名作からマイナーな実験映画まであらゆる種類の映画を浴びるように観たことで、映画もおもしろいなと思うようになりました。もともと語学が得意で、人とコミュニケーションを取ることがとても好きなので、せっかくなら自分が得意な言語も作品の中に取り込みながら映画で表現できたらもっとおもしろいんじゃないかと思うようになりました。それでいろいろ調べていったら、映像人類学という比較的新しい分野があって、マンチェスター大学に、給付型の奨学金をもらいながら、1年間フィールドワークで現地に住めて、そのあいだ映画も撮っていいというお墨付きのプログラムがあるのを見つけたんです。これは自分がやりたいことが全部実現できて最高じゃん! って(笑)。

地球の裏側の人たちといかに繋がることができるか

――完成した『カナルタ 螺旋状の夢』は、いろんな見方ができる豊かな作品だと思います。震災のことは直接扱ってはいませんが、数多く作られた3.11後のドキュメタリーの中でも、一番遠くからこちらを照射するような作品になっていると思いました。

太田:ありがとうございます。震災と原発事故が起きた時に、僕がすごく感じたのは、環境問題や土地の汚染の問題というのは国境で区切れないということです。実際、いろんな国が日本産の食物を輸入禁止にしましたし、今も処理済みの汚染水が海に放出されるとニュースになっています。ヨーロッパでも、チェルノブイリの原発事故で汚染された空気が流れてきて、周辺国の人が被害を受けたということが過去にありました。だから、これは全然日本だけの問題じゃないなと気付いたんです。それで、日本からものすごく遠い人たちをテーマにして、僕が抱えた震災の傷や問題意識をそこで出会った人たちと共有することができたら、そこで彼らから出てくるものは何だろう? それを知りたいと思いました。そして、地球の裏側同士の関係の日本とアマゾンの人たちと何かが繋がったら、その間にある国々、もしくは人々は、どこでも繋がれる可能性があるということを証明できるんじゃないかと。

――出会いという意味では、映画の主人公ともいうべきセバスティアンとパストーラ夫妻との出会いが大きかったのではないでしょうか。監督との関係の変化は、最初は遠くから来た若い友人だったのが、次第に日本名のアキミ、そして与えられたナンキという名前というふうに、呼ばれ方にも表れていますが、そこに至るには、撮影するという以前に、まず彼らと信頼関係を築くという期間があったと思います。

太田:初めて彼らの前でカメラを回したのは意外と最初の方で、テスト撮影で回した時に良い絵が撮れたので実は本編にも入ってるんですけど、本格的に回しはじめたのは、おっしゃるようにもう少し時間をかけて彼らとの関係性を作ってからです。セバスティアンとは、チチャという口噛み酒を飲みながら、とにかくいろんな話をしました。この世界で起きていること、政治の話、「自然がどんどん壊れていく一方だ。俺たちはどうすればいい?」という話……、毎晩ずっと話していました。彼らと僕は、もちろん自然や土地が失われるかもしれないという不安とそこから受けている傷みたいなものも共有していると思うんですけど、もう一つ、僕が自分の文脈があったからこそ共有できたなと思ったのは、自分が周縁化されている存在だという感覚です。というのも、僕はヨーロッパにずっと住んでいて、フラットに現地の人と関わってはいながらも、やっぱり周囲からエキゾチックな存在として見られがちでした。それによる差別も経験してきましたし、そういうことが日常的に積み重なっていくことで、どんどん自分らしさを失っていくような感覚もありました。もちろんセバスティアンたちも、町に行ったときに、先住民系だということで奇異の目で見られたりする経験があるわけで、そこも共有できる点でした。その感覚は、僕が日本から直接アマゾンに行っていたら、たぶんわからなかったと思います。日本では自分はマジョリティ側なので。そういった自分が嫌な思いをした経験からも、アマゾンの人と向き合うときに、自分がされたようなフィルターを通した見方をしたくないということは強く意識しました。

『カナルタ 螺旋状の夢』予告編映像

感覚を共有することで垣間見ることができるヴィジョン経験

――現地で彼らと生活を共にする中で、自分自身が変わっていく感覚もあったかと思いますが、例えばどういうことがありましたか?

太田:いろいろあるんですけど……、単純に都会育ちの自分がこれだけ自然と向き合ったことって人生でなかったですね。例えば、イギリスにいた時に週イチくらいでヨガをやっていたんですけど、大の字に寝転がって自分の意識に集中すると、感覚が変わっていくんですよ。やってることは単純なんですけど、そんな大の字になって呼吸に集中する1分間が果たして人生にどれくらいあったのかって言われると意外とないんです。そういうときに感じたのと近い感覚を、アマゾンでは日々得ていました。そうしていくうちに、どんどん自然自体が持っている言葉、例えば風が吹いた時のざわめきや、植物自体の持っているオーラ的なもの、僕らが実は無意識に感じ取っているいろんなものが、はっきりとそこにあるんだと存在感を持って感じられるようになるんですね。そうなってくると、セバスティアンとも感覚を共有できるようになってきて、さらに次のレベルに行くわけです。

――その先があると。

太田:結局、彼らだって、外から来た人間に対して、最初は「我々にとってこういうものが大事で、これが伝統です」という表面的な話しかしないんです。でもそれが、彼らの感覚が僕には通じるとわかってくると、そういう体でどんどんしゃべってくるようになって、彼らに見えている世界がだんだんわかるようになってくる。その先に、映画でも語られるような彼が見た具体的な「ヴィジョン」とか、彼の人生に関わるすごく個人的な話が出てくるんです。途中からは、そこまで行けるかどうかというのを、少しずつ突き詰めながら撮っていった感じです。そして編集段階では、この映画自体が、表現そのものとして、そういうヴィジョン経験みたいなものを与えることができないかと考えました。

遠くの出来事に解像度深く想像力を巡らせるために

――セバスティアンは森の薬草について研究をしていて、一度は失われてしまった先祖が持っていた知識を取り戻そうとしています。一方で、もう彼の世代では森の野生動物たちが少なくなって日常的に狩りはできない現状がある。土地や先祖との結びつきや伝統的な生活が薄れつつある中で生きていかざるをえないというのは、都市で生活する我々にも通じるものがあると思いました。

太田:このシュアール族というのは、たぶんあの辺りで何千年生きてきたと思うんですけど、僕が現地に行って思ったのは、セバスティアンみたいな人たちが、たくさん生まれては死に、生まれては死にということを繰り返してきたんじゃないかということです。そのつど、例えばその村の数人には知識が伝わっていて、その数人もまたちょっとずつ試して、知識がアップデートされるかもしれないし、忘れられるのかもしれない。つまり、伝統がずっと積み上がっていってそれが現代のある時期に全部消えたというよりは、無限のサイクルの細かいミクロなホットスポットみたいなのが各地で生まれていて、小さく伝播したり消えたりっていうのを繰り返していたんじゃないかなと思ったんです。だからある意味、大きなスパンで見たら平常運転、といえば平常運転。僕も村に居た時に、セバスティアンがもし死んだらこの知識は失われてしまうんじゃないかと危惧したんですが、セバスティアン自体が、誰からも教わらずその知識を得ているわけで。ということは、たぶん彼がいなくなっても、次の誰かがやるんでしょう。何なら同時並行でどこかでもう始めているかもしれない。だからといって、別に放っておけばいいと思うわけではないですけど、彼らのそういう根源的な知恵とか好奇心というのを、もっと信じてもいいんじゃないかなと思いました。

――でもやはりそれにはバックボーンとしての豊かな森があることが重要ですよね。

太田:間違いなくそうですね。森が消えたらそれができなくなりますからね。

――彼らにとっての森のようなものが監督自身にはありますか? 都市生活者も、個としての存在論的不安みたいなものを皆持ってると思うんですが、それを支える基盤のようなものというか。

太田:いや……、これが消えたら嫌というのはあるといえばありますけど、特定はできないですね。もっとぼんやりと世界全体みたいなことを考えているというか。

――でも具体的に知ると、あの森が失われるのは太田さんにとっても大きな喪失になってしまうわけじゃないですか。映画を観ることを通して、観客もそれを追体験しているとも言えるわけですが、そういった関わりや接続みたいなものを、それぞれが増やしていくことが重要なのかなと思いました。

太田:それは、僕自身の非常に大きなテーマです。遠くのものだったことが、ある種自分ごとになった時、そこでいろんなグラデーションが見えるようになってくる。アマゾンに限らず、例えばアフガニスタンとかミャンマーとか、それは何でもいいですけど、何かが起きたということを情報として触れたときに、より解像度深くその土地について想像を巡らせることができる状態を作っておくこと。そうなれば、自分の日々の感覚も変わってくると思うんです。すべては繋がっていると思うので、都市生活者という文脈で言えば、自分が口にするもの、手にするもの、消費するものに対して、まず日々の感覚を研ぎ澄ませることが一番大事かなと思います。観る人にとって、この作品がそういうきっかけになれば嬉しいですね。

■『カナルタ 螺旋状の夢』
監督・撮影・録音・編集:太田光海/サウンドデザイン:マーティン・サロモンセン/カラーグレーディング:アリーヌ・ビズ
出演:セバスティアン・ツァマライン、パストーラ・タンチーマ
制作協力:マンチェスター大学グラナダ映像人類学センター
配給:トケスタジオ

以下の日程で全国順次公開中。
10月2日(土)〜イメージフォーラム(東京)、10月8日(金)〜円◎結(岡山) 、10月29日(金)〜伏見ミリオン座(愛知)、フォーラム仙台(宮城)、11月6日(土)〜横浜シネマリン(神奈川)、11月19日(金)〜出町座(京都)、 11月20日(土)〜シネ・ヌーヴォ(大阪)、元町映画館(兵庫)、11月26日(金)〜フォーラム山形(山形)、11月28日(日)〜シネマアミーゴ(神奈川)

太田光海
1989年東京都生まれ。映像作家・文化人類学者。神戸大学国際文化学部、パリ社会科学高等研究院(EHESS)人類学修士課程を経て、マンチェスター大学グラナダ映像人類学センターにて博士号を取得した。パリ時代はモロッコやパリ郊外で人類学的調査を行いながら、共同通信パリ支局でカメラマン兼記者として活動した。この時期、映画の聖地シネマテーク・フランセーズに通いつめ、シャワーのように映像を浴びる。マンチェスター大学では文化人類学とドキュメンタリー映画を掛け合わせた先端手法を学び、アマゾン熱帯雨林での1年間の調査と滞在撮影を経て、初監督作品となる『カナルタ 螺旋状の夢』を発表。本作は2021年10月から全国で劇場公開される。
Twitter:@akimiota
Instagram:@akimiota

Photography Kazuo Yoshida

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「余白」と「詩情」の漫画家・森泉岳土 コロナ禍に紡がれた新作SF『アスリープ』と、作家としての原点を紐解く https://tokion.jp/2021/08/16/mangaka-takehito-moriizumi/ Mon, 16 Aug 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=50441 独自の技法を用いて、ジャンルを跨ぎながら詩情あふれる作品を紡ぐ漫画家・森泉岳土。新作SF『アスリープ』を起点に、その想像力の源泉を紐解く。

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水と墨、爪楊枝を用いた技法から生まれる繊細な線、詩情ゆたかな情景描写と文学性と詩情息づく言葉たちから、独自の作品世界を紡ぎあげる漫画家、森泉岳土。夜の闇の中で出会った男女の不思議な冒険譚『夜よる傍に』(2014年、KADOKAWA)、古き洋館で惨劇が繰り広げられるゴシックホラー『報いは報い、罰は罰』(2017年、KADOKAWA)、終わりゆく世界を共に過ごす人とヒューマノイドの交感を描いたSF『セリー』(2018年、KADOKAWA)などのオリジナル作品のほか、村上春樹やカフカ、ドストエフスキーなどの文学作品のコミカライズ作品も発表し、そのデビュー以来、漫画表現の新しい可能性を模索し続けている。

そんな森泉が、今月に『爪のようなもの・最後のフェリーその他の短篇』(2020年、小学館)以来となる描き下ろしの新作『アスリープ』(青土社)を上梓。同作は、上述の『セリー』で描かれた世界と地続きにあるようなポストアポカリプス的なSF作品となっている。同作が生まれた経緯やそこに描かれる主題を起点としながら、森泉にその創作哲学や想像力の源泉、文学からの影響や自身の作家人生の原点に位置する村上春樹という作家について、語ってもらった。

2重の意味で閉じこめられた檻の中で

――新作『アスリープ』の執筆のきっかけをお聞かせください。

森泉岳土(以下、森泉):きっかけは、去年、挿し絵を描かせてもらった小沼純一さんの『しっぽがない』(青土社)という書籍の担当者の方が、僕の本を1冊出したいとおっしゃってくれたことです。はじめは気軽に幻想譚みたいなものを描こうとしたんですけど、やっぱり、夢・幻みたいなことでは許されないような、切迫した現実の状況があったので、現実とこれからの未来とがどこか地続きであることが分かるような形で作品を描きたいと思い、SFにスイッチしました。あと、2018年に描いた『セリー』の感触が僕の中にずっと残っていて、『セリー』の世界、のいわゆる前日譚に当たるようなものを描けたらなと。

――『セリー』の感触というのは、もう少し言うとどういうことでしょうか?

森泉:作品で描いたキャラクターが生きているというのはよくあることなんですけど、『セリー』の場合は、僕の中で初めて「世界観が生きている」という残り方をしたんですよ。『セリー』では、例えば、ヒューマノイドであっても、人間の文化や精神を受け継いでくれるのであれば、ひょっとして彼らも人間であると、ポジティブにとらえてもいいんじゃないかなというようなことを考えたり。人間ってなんだろうという定義の問題ですね。でもそこは、人間に絶望しているという話と、それでも希望を託したいんですっていうところの、ギリギリのラインなんですよ。僕は『セリー』を描いて以降、そういうギリギリの中でなんとか希望をもって生きている感覚があるので、僕の実感と作品の世界観が、『アスリープ』でもかなりリンクしていて、いまだに育ち続けている感じなんです。

――つまり、コロナ禍の社会で生きていることが影響している部分があるということですね。漫画家のワークスタイルという意味ではあまり変化がないかもしれませんが、実際、森泉さんの生活は変わりましたか?

森泉:普段の生活という意味ではほとんど変わってはないですけど、閉塞感はどうしてもありますよね。いくらインドア派の僕でも、家から出る気がないので出ないというのと、いざ出ようと思っても出られないというのでは、状況が全く違いますから。『アスリープ』の中でも描きましたが、結局、僕達は2重の意味で檻に閉じこめられてるんですよ。1つは家の中で自粛しなければいけないという空間的な意味で。そしてもう1つは未来の約束ができないという時間的な意味でです。「明日会おうよ」とか「来週どこどこへ行こうよ」という話が、少なくともこの作品を描いている時はできなくて、つまりこれは、「今」という時間の中に閉じこめられているんだと。過去はある、今もある、でも未来はない。

――大都市に1人残された主人公のチタルが襲われる無力感は、『アスリープ』の中でとても印象的な部分です。

森泉:それが本当に僕の実感なんです。やっぱり、ごく素直に人間ってどこかに向かって歩いていくべきだと思うわけですよ、世界をよりよくするために。山の頂上と足元を見て前へ進んでいくというのが僕の基本的な人生のイメージなんですけど、自分の足元しか見えない中でどこかに行けと言われても、どうしたらいいかわからないんですね。作品は、どうしたって現実のリアクションという部分がありますから、今回はそのあたりは作品と現実が接続していますね。

余白が生み出す詩情(ポエジー)

――『アスリープ』の舞台は事後なわけですけど、例えば核戦争があった世界というような20世紀的な想像力で描かれはていません。世界自体が「息を引きとるような緩慢な終わり」を迎えているというところに妙なリアリティを感じました。

森泉:具体的な破滅する瞬間みたいなのを描きたいわけじゃないんです。そういうのって、ある種、気持ちいいじゃないですか。そういうカタストロフの快楽というか、喜びを消費して溜飲を下げることは現状維持にしかならないんじゃないかと思うところもあって。『アスリープ』の世界の終わり方には、もちろん自分の中にある程度設定はありますけど、僕が描きたかったのは事後なので、事後だけ描ければいいなと思ってこういうかたちにしました。どちらにしても核戦争のような華々しい終わりというより、破滅って忍び足で背後からやってくるイメージがあります。

――そのような閉塞感に覆われた中で、ある可能性を見出すことによってチタルの世界認識は変化します。ここにも森泉さんの世界に対する見方が反映されているように感じました。

森泉:可能性があるということは希望があるということなんですよね。やっぱり僕はどんな状況でも絶望はしたくないと思うんです。しそうになりますけど、歯を食いしばってでも、希望がある方へ進んで行く人を描きたかった。

――森泉さんは初期の頃、物語というより詩のようなものを描きたかったとおっしゃっていますが、『アスリープ』もある種の長編詩として読むこともできるのではないでしょうか。

森泉:確かにそうかもしれません。『アスリープ』でも詩のように余白の多い作品を描きたいと思っていました。むかし僕はしばらく登場人物全員シルエットというかたちで漫画を描いていたんですよ。表情や衣服の詳細を描かないことで「行間」をあけようとしたんですね。つまり、例えば悲しい顔を描いたら、それはもう「悲しい」でしかないじゃないですか。でも人間にはもっと複雑な感情があるので、そこは読者の皆さんがシルエットの中の表情を、そのキャラクターの感情を想像してください、と。漫画家を続けていく中で、そういった飛び道具的な行間のあけ方じゃない方法で余白をつくれるようになってきたのだと思います。

――言葉も相当考えられて、削ぎ落とされていると感じました。

森泉:僕は引き算の人なんです。『アスリープ』も盛りこみたかった言葉はこの3、4倍はあって、そこから引いて引いて、最少の言葉で最大限に伝わる言葉を残すという方針で言葉のストックからどんどん削っていきました。不思議なもので削った言葉が多ければ多いほど、残った言葉1つひとつが持つ「意味」って潜在的にふくよかになるんです。それが行間として機能する。それはコマでも同じで、やっぱり最少のコマ割りでリズムを作りたいと思っています。漫画においてリズムって読み心地の上でとても重要なものなんですよ。全く台詞がないコマがここに入ってとか、このコマのこの位置には吹き出しがなければならないとか、相当気を配って何度もやり直しますね。なので、描かれたコマはすべて描かれる理由があって、不必要な絵は1つもありませんし、余計な台詞というのも一切入っていないと思います。それでいて読み方を規定しないよう余裕があるように――というのが、腕の見せどころですね(笑)。

ひとりになることで醸成された作品世界

――森泉さんが一貫して描き続けているモチーフに「夜」があります。作品世界の1つの核にあるものだと思いますが、ご自身ではどのようにとらえていますか?

森泉:いやあ、もう、僕は夜が大好きなんで(笑)。夜の散歩も行くし。でも、なんで夜が好きなんだろう……。

――夜の中で創造力が育まれたみたいなところはありますか?

森泉:どうだろうな。もともと子どもの頃から夜が好きなんです。夜の散歩も子どもの頃からしてましたし。でもひとりになりたいっていうのはあったかもしれないですね。子供の頃なんてとくに親も兄弟もそばにいて雑音が多いじゃないですか。そういうところから少しでも抜け出したかったし、ひとりになることは僕にとってすごい大事なことでした。夜ひとりで土手まで歩いて行って、ようやくちゃんとそこで呼吸ができるような。うん、自分で選びとった孤独って素晴らしいですよね。それは、本を読んだりするのも同じな気がします。

――確かに本を読んでると親も声をかけてこないですよね。

森泉:そうそう。やっぱり本を読んでいるあいだも呼吸できていた気がしますね。受験や勉強みたいなものは好きになれなかったし、人間関係も不得意でしたし、夜の散歩も読書も命綱みたいなものだったかもしれない。この2つには返さないといけない恩がありますね、たっぷり。

――読書好きは子どもの頃からですか?

森泉:ええ、ものごころがついてからずっとですね。幼少期は『ナルニア国物語』(C・S・ルイス)とか『ドリトル先生』(ヒュー・ロフティング)とか『宝島』(ロバート・L・スティーヴンソン)とか、児童書を読んでました。最初にはまった漫画も岩波少年文庫の『おとうさんとぼく』(e・o・プラウエン)でした。それでも、自分が好きなものを読んでたし、親が買ってきたものは絶対読まなかった(笑)。そこは強情でしたね。やっぱり、「自分で見つける」っていう行為が大事だったんですよ。自分で選びとったもので自分だけの世界を築くんだっていうような貪欲さはあったかもしれない。少年探偵ものから始まって、中高生でアガサ・クリスティは全部読んだし、ジョン・ディクスン・カーなんかも好きでした。SFはあまり読んでないけど星新一だけは当時出ていた文庫は全部読んだな。

――そういうジャンルものをたくさん読んできて、夏目漱石を読んだらオチがなくて衝撃を受けたと、別のインタビューでおっしゃっていました。

森泉:ほんとにびっくりしました。ええ、これで終わり?! って(笑)。確か最初は『三四郎』だったと思います。最後が、「迷羊(ストレイシープ)、迷羊(ストレイシープ)と繰り返した」ですよね。推理小説みたく犯人が捕まるわけでもないし、児童書みたく大団円でもないし、本当に愕然とした。読みながら抱えていたやり場のない感情が宙に浮いていつまでも自分の中に残留して、毎日の生活の中で少しずつその感情と向かい合っていくというか、梯子を外されたというか(笑)。何か手渡されてしまった……、そう、人生の大事な宿題をもらった感じですね。やっぱり、僕の「文学」の定義って、そこからきちゃってるんです。

――そういった文学観が、例えば『セリー』や『アスリープ』のような世界をつくる上で基礎になっていますか?

森泉:うーん、僕の基礎ってなんなんだろう……。でもおっしゃるように、漫画に影響を受けてこういうものを描いてるという感じはなくて、もちろん影響は受けてるんですけど、やっぱり大きいのは小説なんですよね。小説ってこちら側で想像できるものが圧倒的に多いんです。やっぱり自分自身で余白や行間を埋めていくという作業が好きなんでしょうね。そこに「発見」がある。それって作品を通して自分をも発見するということでもある。

知らないことを知る、発見するって、生きている中でももっとも贅沢な体験の1つだと思う。「わかる!」という共感が片方にあるとしたら、僕はどちらかというともう片方の「知らなかった!」という発見に喜びを感じる種族なんですよ。そういう、余白を埋めることで読者が自分を発見していくみたいな作品を、僕も漫画で描けたらなと思っています。漫画の何がいいって、言葉を尽くさなくても絵が補ってくれるし、絵がすべてを表さなくても言葉が補ってくれるし、絵も言葉も「足りない」状態で物語れるということなんですよね。そのお互いの不完全さのあいだに、相乗効果として余白が生まれる。想像力の入り込める余地が。そう考えると漫画の可能性ってまだまだ無限にあるんじゃないかなって思います。

大人になる手助けをしてくれた村上春樹の小説

――森泉さんは、『カフカの「城」他三篇』や『村上春樹「螢」・オーウェルの「一九八四年」』のように、文学作品のコミカライズも手掛けられています。作品のセレクトは、ご自分が描きたいものを選ばれているのでしょうか。

森泉:基本的にはそうですね。僕はカフカの『城』が大好きなんですよ。一般的には不条理ものだというけど僕にはものすごいリアルだし笑えるし、爆笑しながら読みすすめて、最後まで読んだら「未完」で呆気にとられるという。漱石どころじゃない梯子の外され方ですよね(笑)。で、その「未完」の続きを誰かがコミカライズして描いたらいいのにという話を編集者の方に話したんです。そしたら「森泉さんが描くのはどうですか?」って言われて、「続きを描くのはとてもじゃないけどできないけど、ひょっとしたら16ページぐらいで作品の魂だけ抜き出すみたいなことはできるかも」ってポロッと言っちゃったんです。そのアイデアをおもしろがってくれて、『城』をまず描いてみました。

――あの長編の本質を見事に16ページで抽出されているのに驚かされました。

森泉:意外と読解力あるんですよ(笑)。他の(エドガー・アラン・)ポーの『盗まれた手紙』と(フョードル・)ドストエフスキーの『鰐』も好きな作品で、漱石だけ編集者さんの案でした。「『こころ』の一章の『先生と私』って、たぶん誰も覚えてないと思うんですよ」って言われて、確かに僕も「先生と遺書」しか覚えてないと思って読み返してみたら、海水浴場で私が先生をじっと目で追っている感じが、ビスコンティの『ベニスに死す』だ! と。それで描けると思いました。マーラーをエンドレスリピートで聴きながら鎌倉の海に取材に行きました。作品によってそうやって取材に出掛けたり、独自のサントラ作ったりするんですよね。

――村上春樹の「螢」も思い入れのある作品だったんでしょうか?

森泉:実は、漱石や森鴎外、川端康成といった近代文学は別として、いわゆる日本の現代文学は大学に入るまで読んでなかったんです。それで、ちょっと日本文学でも読んでみるかという感じで書店に行ったら、村上春樹さんの本がたくさん並んでいました。とりあえず1作目はどれなんだと思って、『風の歌を聴け』を買って読んだら衝撃を受けて、それからほぼ毎日1冊ずつ順に読んでいきました。僕は大学時代は世界を旅するバックパッカーだったんですけど、19歳の時に『ノルウェイの森』を持ってメキシコに行ったんです。メキシコシティに着いて読みはじめたら面白くて止らなくて、次の町のオアハカに行っても、観光もせずに公園のベンチでずっと読んで、まだ旅の3日目ぐらいで最後まで読んじゃったんです(笑)。その後も旅は続くわけですけど、メキシコからグアテマラに陸路で行って、ティカル遺跡に行く拠点となるサンタエレナという小さい村に着いたときに、僕は20歳になったんです。『ノルウェイの森』にも19歳から20歳になる瞬間があって、「本当は18と19のあいだを行ったり来たりしている方が正しいんじゃないかという気がした。18の次が19で、19の次が18、——それならわかる」という文章があるんですけど、まさにその気持ちで、ちょうどこの小説の主人公達と同じ時を歩んでるんだと思いました。

――それは強烈な体験ですね。

森泉:さらに、サンタエレナにいる時には、メキシコ国境でチアパスのゲリラ(サパティスタ民族解放軍)活動が起こってグアテマラとの国境が封鎖されてしまったんです。それで、現地で会った日本人の3人組の旅行者と一緒に行動したんですけど、みんなで「どうしようどうしよう」って相談しながらご飯を食べた帰り道に、生まれて初めて螢を見たんです――まさに20歳の誕生日の夜に。あの風景は忘れられないな。旅先でのそんな体験をしてから、『ノルウェイの森』と「螢」は僕のための小説じゃないかと思うぐらい心酔してしまって、何度も読み返しました。もちろん書かれた時期は違いますけど、小説とともに大人になってきたという実感が僕の中にはあるんですよね。だから村上春樹さんの作品というのは、僕がまだ何者でもないような18、19、20歳の頃の自分に寄り添ってくれて、大人になる手助けをしてくれた大切な存在です。村上さんの小説の主人公って、痛い目に遭う、負けるとわかっていても自分の信念――それは公平さだったりするんですけど、そういった自分の信念に忠実に生きる個人なんですよ。その姿が僕にとって大人のモデルだったんです。

――そういう作品をコミカライズできたのは特別な思いだったでしょうね。

森泉:漫画家をやっていてこんなに嬉しいことはないっていうくらい嬉しかったです。あの18ページにできる限りのアイデアと思いを詰め込んで描きました。大学生の自分に教えてあげたいです。「おまえ将来これを漫画で描くぞ」って。信じないと思うけど。

「螢」も主人公が四谷駅から神保町、御茶ノ水、本郷、駒込駅まで歩くというシーンがあるので同じルートを歩きました。もう風景が変わってしまっているので取材ということでもないんですけど、やれることをやらないと悔いが残りそうだったので心がけとして、へとへとになりながら。大学生の主人公が「体がばらばらになってしまいそう」って言うくらいなんだから、当時40歳の僕もよく頑張ったと思う(笑)。主人公達は駒込駅近くの蕎麦屋で食事をするので蕎麦屋を探して行ったら休みで悔しかったな。

何を描いても森泉作品になる

――バックパッカーの頃は、将来何になりたいと思っていましたか?

森泉:いや、本当にお恥ずかしいことなんですけど、大学を卒業したら普通に就職するものだと思っていました。それ以外の選択肢って考えたこともなくて。

――ともかく漫画家になりたいわけではなかった。

森泉:全く考えてなかったですね。ていうか思いつかなかった。就職して社会人になって25歳の時、初めて実家を出て友人と中野で2人暮らしを始めたんです。そこで交流する人達を見て、世の中には自由な人がたくさんいるんだなと思って。その頃「子どもの時お絵描き教室で絵を描くのが好きだったなあ」って思い出して、絵をもう一度描き始めたんです。それが楽しくて楽しくて。絵で食べていけたらいいなと考えて勢いで10年勤めた会社を辞めたんですけど、そこからもちろん仕事なんてなくて、ふらふらしながら漫画を描いたり、大林宣彦監督の事務所にしばらく勤めたりしていたんですよね。大林監督からは大切なことをたくさん学びました。とくに監督が見せてくださった表現者としてのあるべき姿勢、態度は、僕の創作者としての背骨になっています。
漫画家としてデビューしたのが2010年なので、会社を辞めて3年後ですね。これが早いのか遅いのかぜんぜん分からないけれど。漫画家になって11年なので、会社員時代を越えました。あっという間です。

――素晴らしいですね。今後チャレンジしてみたいことはありますか?

森泉:長い物語も描いてみたいし、コミカライズも描きたいものがまだまだたくさんありますし、描けるものはなんでも描きたいですね。振り返ると、結局僕はずっと「時間」について描いてるなという気がするんです。ゴシックホラーを描いてもSFを描いても、過ぎ去った時間やこれからやって来る時間や止まってしまった時間について描いている。なので、どんなジャンルにしろこだわらずになんでも描いてみたいな。きっと僕が描いたらどんなジャンルでも自分の作品になるんだろうと思います。そういった意味では自信も出てきましたし、歳を重ねるごとにどんどん自由になっている感じがありますし。いまだに毎朝起きる時に「漫画家になれてよかったな」って思っています。絵を描くのが好きで、それが仕事になるなんて、なんて幸運なんだろうって。ありがたいですよね。大人になって本当によかったな(笑)。

森泉岳土
1975年東京都生まれ。漫画家。墨を使った独自の技法で数多くの漫画、イラストレーションを発表している。最新作は『アスリープ』(青土社)。ほか著書に『爪のようなもの・最後のフェリー その他の短篇』(小学館)、『セリー』『報いは報い、罰は罰(上・下)』(以上、KADOKAWA)、文学作品の漫画化に『村上春樹の「螢」・オーウェルの「一九八四年」』『カフカの「城」他三篇』(以上、河出書房新社)などがある。
Twitter:@moriizumii

Photography Kazuo Yoshida

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