上野 文, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/aya-ueno/ Thu, 27 Jul 2023 05:38:37 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 上野 文, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/aya-ueno/ 32 32 カンザスに住む祖母から着想を得た姉弟が運営するカフェ「ロジーン」とは https://tokion.jp/2023/07/28/cafe-rojean/ Fri, 28 Jul 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=199441 池ノ上にあるカフェ「ロジーン」。毎朝8時にオープンする同店は、2人の祖母、ロジーンから着想を得たという。成り立ちや思い、目指すべきカフェのあり方について聞いた。

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麗子クリスタル、トーマス龍

麗子クリスタル
東京生まれ。幼少期からアメリカへ渡り、大学卒業後、NYのインテリアデザイン会社にて勤務、2015年に日本へ帰国。現在はフリーランスのインテリアデザイナー、翻訳家として活動しながら、2021年から弟のトーマスとともに、「ロジーン」のオーナーを務める。

トーマス龍
東京で生まれ、家族でアメリカへ移住。7歳までテキサスのダラスで育ち、日本へ帰国。高校卒業後、再びアメリカへ渡り、NYで2年間飲食業界で勤務した後、帰国。服飾専門学校を卒業し、アパレルや飲食店での勤務を経て、現在は姉の麗子と共同で「ロジーン」を経営する。

池ノ上の住宅街の路地に、ある姉弟が営む1軒のカフェ「ロジーン」がある。毎朝8時にオープンし、いるだけでどこか家でくつろいでいるような気持ちにさせる。店名は2人の祖母、ロジーンから着想を得たという。店の成り立ちや思い、目指すべきカフェのあり方について、共同オーナーの麗子クリスタルとトーマス龍に話を聞いた。

カンザスに住む祖母の家の作りや世界観を共有したいという思い

−−2人が姉弟でカフェをオープンした経緯を教えてください。

トーマス龍(以下、トーマス):母親がある日、「新しい家を建てる」って言い出したことがきっかけでした。あの時はかなり唐突だったから驚きました。

麗子クリスタル(以下、麗子):お母さんは仕事が大好きで、車や家の購入を仕事の原動力にするようなタイプ。それで、家を建てたら1階にスペースができるから、何かやったら? という話になったんです。私はインテリアデザイナーとして店舗の内装を手掛けているのですが、飲食店が多かったので、カフェの経営に興味はありました。内装の前にまず考えたのは、カフェの奥は私達の家でもあるから、続けていくことが大前提。日本では朝ごはんはささっと済ませる人が多く、ゆっくりと外で時間をとったり、友達と集まって食べたりする人が少ないように感じていました。そんなお店が私も欲しかったということもあり、ロジーンは8時から、朝ごはんメニューを中心としたカフェにしようと決めたんです。

カンザスに住む祖母のロジーンの家の作りや世界観がすごくすてきで、それをみんなに共有したくて、店の名前やコンセプトは「ロジーン」にしました。あとは、私達が小さな頃から、日本とアメリカを行ったり来たりしながら育ってきて、居場所はたくさんあるけど、ホームがなかったんですよね。だから、“帰れる場所”を自分で作りたいという気持ちがありました。

トーマス:もともと、日本の曽祖父の代から家族経営している会社があるんです。母親がここで何かやらない? と言い出したのも、同じように家族が集まる場所を作りたいという気持ちがあったからだと思います。

−−それで朝ごはん専門のカフェをされることになったんですね。

麗子:日本って朝ごはんを自宅で食べる人が多いじゃないですか。海外の人が日本に遊びにきてなかなか行くところがなかったり、日本人も本当は外食したいけど、近くに店がないから自宅で食べる人が多かったりするんじゃないかと思うんです。実際、朝早い時間からお客さんが来てくれます。

トーマス:ちょっと息抜きしたい時とか、朝食を作りたくない時にもいいですしね。朝から友達と集まってゆっくり朝ごはんを楽しんで、昼頃に解散するお客さんが多いかも。僕はいつも、「あれ、今から飲みに行かないの」って思うんですが。

麗子:うちではお酒も出しているんですが、たまに朝から飲む人もいます。2〜3時間くらい飲んで、もう1回寝るって帰るお客さんもいます。

−−内装のこだわりについて教えてください。

麗子:内装は祖母の家をインスピレーション源にしました。壁一面のペグはもともと、イギリスやアメリカで「シェーカー」という宗教を信仰する人達の家作りから来ています。「シェーカー」の人達は実用性を重視したシンプルで多機能な家を建てる文化があって、ペグもその1つ。カンザスでは、この「シェーカー」のスタイルを取り入れている家が多いです。

トーマス:ペグは荷物も掛けられるので本当に便利でした。あと、壁の色は祖母が一番好きな青にしました。ちょっとグレーがかったブルーで、デニムブルーっていうのかな。

麗子:祖母は色の薄いデニムが好きで、週の半分くらいはこんな色の洋服を着てます。

−−店で使っているコップや皿もカンザスのものですか?

麗子:これはもともと、コロラドスプリングスに住む大叔父のエドが作ったものです。私達の親戚は大体彼が作った食器を使っていて、小さい頃の写真にも写っています。

トーマス:僕達はカンザスからテキサス、日本に移ってからもずっとこれを使っていて、店を始めるタイミングで母から譲ってもらいました。オープン前に麗子は1ヵ月、僕は10日ほど祖母と過ごすためにカンザスに帰っていたのですが、その時にもトランクや段ボールに詰めて持って帰ってきました。送ったものは何枚か割れてしまったんですけど。

麗子:店で使っている布ナプキンはカンザスのセカンドハンドショップで買ったものだったり、トーマスが祖母と一緒にミシンで縫ったりしたものです。その時のトーマスの裁縫姿を動画でインスタにアップしたよね。

−−料理もロジーンさんのレシピを使われているとか。

麗子:レシピは祖母にもらったレシピブックをベースにしています。アメリカでは、みんなで小さなカードにレシピを書いてシェアする文化があるんです。2004年のクリスマスに祖母が、レシピを1冊にまとめて日本に住む私達にプレゼントしてくれました。

トーマス:アルバムの中にはおばさんや高祖父のレシピ、僕等がルイジアナ州に住んでいた時に近所の人からもらったレシピ、父が小さい頃に叔母さんの家に遊びに行った時にご馳走になったホットチョコレートのレシピ等もあります。今使っているレシピブックは、2016年に祖母がアップデートしてくれたもので、お店にもいつも置いています。

−−温かいエピソードですね。2人のエプロンやトイレの壁紙等、店ではひまわりをたくさん目にしますが、ロジーンさんが好きなんでしょうか?

麗子:祖母が花が好きというのもあるし、カンザスの州花がひまわりなので、馴染みのある花ですね。

−−トイレは、ひまわり柄の壁紙に家族の写真がたくさん貼ってあったり、ロジーンさんのハープの演奏が流れていたり、店内とはまた違った雰囲気があって印象的です。初めて入った時は、自分の家ではないのに懐かしい気持ちになったのを覚えています。

麗子:私は飲食店のトイレが好きで、内装を手掛けた時も店内とは別の空間と考えました。お店のコンセプトをちゃんと理解してもらえる空間だとも思うので、特にこだわりがあります。

以前、内装の仕事で携わった「ピザスライス2(Pizza Slice2)」は、トイレの前にNYのアパートにあるような非常口に似せた檻と中の空間はアメリカの小中学校で使われていた、ビニールタイルの安い床に仕上げました。どちらも、アメリカの小中学校に通った人なら懐かしく感じられるデザインです。

「ロジーン」のトイレは、アメリカ中西部の家の雰囲気をイメージしています。アメリカ人は、柄の壁紙を使用したり、廊下や階段の壁に家族の写真を飾ったりすることが多いんです。ひまわりはカンザス州の花でもあるし、祖母は花が好きなので、このデザインにしました。また、祖母がハープ奏者なので、演奏を聴くスペースとしてもトイレがいい空間だと思い、店内とは違って彼女の弾くハープのCDを流しています。

トーマス:トイレに行って店のコンセプトを理解してくれる方も多いですし、アメリカ時代を思い出して泣きそうになったという方もいます。

−−ロジーンさんは、店の1周年のパーティの時に来られていましたよね。

麗子:オープン1周年のタイミングで日本へ遊びに来てくれたんですが、「こんなに人が来てくれるなんて」と驚いていました。祖母が花好きなのを知っているお客さんがたくさんお花をくれたことにも喜んでいましたね。

トーマス:祖母は、祖父が麗子のために作ってくれたハープをアメリカから持ってきて、滞在中に子ども達が来たら店内でよく弾いていました。祖母の知人も知らずに来てくれた人も温かい音色と雰囲気を感じていたようでした。日本人はシャイな国民性ですけど、祖母がいた時はみんなオープンでしたね。

麗子:祖母は音楽と子どもが大好きで、子どもの教育に関わる仕事をしていたんです。さっきトーマスが話したように、店でも、子どもが来るたびにハープを弾かせてあげたり、教えたりしていました。みんなが喜んでいたようでよかったです。今もそのハープをペグに掛けています。

店に行けばいつもの人達がいる、お客さんにとっての家みたいな店でありたい

−−最近は下北沢のリロードにある「ユニバーサル ベイクス ニコメ」とのコラボでヴィーガンメニューも増えたとか。ローカルなつながりも大事にされているんでしょうか?

麗子:ヴィーガンの人も食べられるメニューを作りたくて、「アラスカツヴァイ」という私が好きなヴィーガンの店のオーナーの大皿彩子さんに「何か一緒にできないか」と直接連絡したんです。それがきっかけで、大皿さんがオーナーをされている近所のベーカリー「ユニバーサル ベイクス ニコメ」の監修のもと、ヴィーガンメニューを作りました。どんなお客さんに対してもウェルカムな気持ちでいたいですね。

コラボでいうと、他にも「シェミッキ(Chez Mikki)」というパティスリーを運営している宇田川光季さんに提供してもらったバターミルクビスケットを使った「ビスケット アンド グレービー」というメニューもあります。今は「ピザ スライス」とのコラボメニューも「ロジーン」で提供したいと話しているところです。これからも自分の好きな店やローカルとのつながりを大切にしたいと思っています。

−−65歳以上を対象にした“ロージン(老人)割”や、店頭で子ども達主催のレモネードスタンドを出店されていたり、年齢問わず街の憩いの場のような印象もあります。

麗子:“ロージン割”は、いつも店のお花を買っている、花屋の藤子ちゃんに「若い人が多くて年寄りが入りにくいんじゃない?」と言われたことがきっかけで思い付きました。街のみんなに気軽に来てもらいたいという気持ちをとても大切にしています。店に行けばいつもの人達がいる、お客さんにとっての家みたいな店でありたいです。

トーマス:僕達は“自由”をテーマに仕事をしているので、お客さんもそうであってほしいです。突然、店の中でギターを弾き始めるお客さんもいます。

−−「ロジーン」を経営するパートナーとして、お互いの魅力を聞かせてください。

トーマス:麗子は、昔から僕が考えもしないものの見方があって驚かされます。細部へのこだわりも強くて、例えば、ペグの上に並べている壺の順番やバランスにも悩んでいました。僕は、「並び順なんてどうでもいいじゃん」って思ったんですけど、改めて見ると、この並びがきれいだと思ったんです。何でもいいって考えると、思考停止になっちゃうけど、こだわれば、新しい何かが見えてくることを気付かせてくれました。

麗子:トーマスは飲食業界の経験もあるので手際がいいし、毎日のルーティーンが得意です。それから、人を惹きつける魅力があって、コミュニティの中心になっていたり、みんなの居場所みたいな人。優しいし、偏見を持たず人の話をしっかりと聞くし。トーマスと話したいから「ロジーン」へ来てくれるお客さんも多い気がします。私だけでは今の形にはできなかったので、感謝しています。

トーマス:これからも僕等のペースで、お客さんと良い空間にしていきたいですね。

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VLOTがファーストアルバム『WHO IS VLOT』をリリース DJでありプロデューサーであること https://tokion.jp/2023/07/05/interview-vlot/ Wed, 05 Jul 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=194897 6月7日、ファーストアルバム『WHO IS VLOT』をリリースしたDJ/プロデューサーのVLOT。自身初名義となるアルバムの制作背景や素顔に迫る。

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VLOT

VLOT
東京都出身のDJ/プロデューサー。学生時代、友人が手にしていたスケートボード等のストリートカルチャーやギターといった楽器に興味を持ち、自分らしさを探していたところ、ヒップホップと出合う。ターンテーブルを購入したことをきっかけに、ハーレム等の都内クラブでDJとしての活動をスタートさせる。また、音楽にとどまらず、ヴィンテージ Tシャツを愛用していたことから、2015年、仲間と共に渋谷区神宮前にアパレルショップ「PORTRATION」をオープンした。2019年よりプロデューサーとしての活動もスタートし、ヒップホップユニット、「Bleecker Chrome」のメインプロデューサーをはじめ、国内外問わず幅広いアーティストへ楽曲提供する。6月、自身名義初となるファーストアルバム、『WHO IS VLOT』をリリースした。

現在、Bleeker Chromeのメインプロデューサーをはじめ、KOHH、JP THE WAVY、YOUNG COCO、LEX等、国内外問わず楽曲を提供するプロデューサーVLOTが、ファーストアルバム、「WHO IS VLOT」を6月7日にリリースした。

Only U & Young Coco、MIYACHI、LEXと共作した先行シングルに加え、Jin Dogg、JP THE WAVY、PETZ、Bleecker Chrome、Kenayeboiと、日本のヒップホップシーンを担う豪華なアーティストが参加。同作は、力強いビートと宇宙的なサウンドを持つイントロでリスナーを引きつけ、巧みに展開を切り替えたダーク、ポップ、ソウルとレパートリーに富んだ13曲で構成されている。重厚感のあるエモーショナルなアウトロで締めた作品は、短編映画のような印象さえ受ける。アルバム名の通り、VLOTにとっての今の集大成的アルバムだ。同作の制作背景や今後の展望に加えて、謎に包まれたDJ/プロデューサーのVLOTの素顔に迫る。

『WHO IS VLOT』リリースまでの道のり

−−今回、自身名義のファーストアルバムのリリースに至った経緯は?

VLOT:去年、僕がプロデューサーをしているBleecker Chromeが〈bpm Tokyo〉というレーベルからアルバムをリリースしていて、そこからVLOTとしてのアルバムを作らないかと声をかけてもらったのがきっかけです。以前からいつかやりたいという思いはあったんですが、これまで人のプロデューサーという役割が多かった分、周りに声をかけてもらったことは大きかったです。

−−タイトル『WHO IS VLOT』にけた思いは何でしょうか。

VLOT:今回の作品をリリースするにあたっての1番の目標や課題は、プロデューサーよりもアーティストとしての認知を上げることで、そんな思いも込めてアルバムタイトルを『WHO IS VLOT』にしました。

普段、プロデューサーとして曲を作る時に大事にしているのは、アーティストの世界観を崩さずにアップデートできるか。今回のアルバムに関してもそれは変わりありませんが、作品の中でいかに自分の世界観やキャラクターを打ち出すかをより意識しました。

−−VLOTさんだからこそ実現できた、豪華なアーティストを迎えたアルバムでしたが、参加アーティストの選定基準は? 

VLOT:最初は、今まで曲作りを一緒にやったことのないアーティスト達ともいろいろやってみたいと思っていたんですが、ファーストアルバムという自分のキャリアの節目であることも踏まえて、普段から楽曲制作をしていて信用のある仲間をメインにすることにしました。彼等に相談すると、みんな二つ返事で引き受けてくれて、純粋にめっちゃ嬉しかったし、同時にそれだけのメンバーを巻き込むプレッシャーも感じましたね。

−−それぞれのアーティストとのレコーディングにおけるこだわりについて教えてください。

VLOT:普段から、できるだけ一緒にスタジオに入ることを大事にしていますね。今作の制作中でも、最近聴いている曲を聴かせ合ったり、他愛もない話をしたりしながら、「何を作ろうか」と進めていきました。お互いを理解していればいい曲が作れるとずっと思っていて、一緒にスタジオに入って時間を共にしながら曲作りをするのは、昔からのこだわりの1つです。

−−普段からよく使うスタジオはありますか。

VLOT:アーティストにもよるのですが、1番メインとして使っているのはtokyovitaminのスタジオです。2021年にtokyovitaminが出したコンピレーションアルバムがあって、僕も4曲くらい参加しているんですが、そのレコーディングで出入りするようになったのがきっかけです。

tokyovitaminってあくまでファミリーという感じで、特にメンバーが決まっているわけではないんです。スタジオに行くといつもいろんなアーティストが出入りしていて、例えばヒップホップだけじゃなくて、バンドもいたり。tokyovitaminはコミュニティとして好きで、居心地がいいですね。

アルバム収録における新たな試みと挑戦

−−アルバムにはコラボ曲が3曲収録されていますが、アーティストの掛け合わせはご自身で決められたんですか?特に「wetter」は、JP the wavyさんとKENYAさんの初コラボ曲になると思いますが、それぞれの良さがうまくハマっていましたよね。

VLOT:今回のアルバムに関してのフューチャリングは自分で決めました。コラボを通して新たな側面が見られたり、1人では出せない化学反応を楽しめたり、そういった楽しみ方はヒップホップの良さでもある。あと、洋服のブランドのコラボレーションじゃないですけど、“人気×人気”でお互いのファンからそれぞれを知ってもらう機会にもなるし、僕自身すごく好きなんですよね。

−−ハードでヒリヒリとした曲から、ポップ、エモーショナルな曲まで、幅広い楽曲が収録されていましたが、全体の構成や曲順はどのように決めていったのでしょうか?

VLOT:そもそも自分がDJをやってきたことが、全体の構成を考える上でも生きています。DJも曲順も共通しているのは、最初に勢いを作って、最後はエモーショナルな気分になるような展開をつくること。アルバムにおいては、特にイントロとアウトロが、全体をさらにドラマチックに見せたり、自分の世界観を追求したりするために重要でした。今回最初に手をつけたのはイントロで、それがあった上で曲の流れを考えながら、どう締めようかなと考えながら進めていきました。曲的には、「Yorunotobari」が最後に作った曲なんですが、自分の中でアウトロに近いイメージだったので、そこからうまく繋がるようなアウトロを作って行きましたね。

−−アルバムにおいてご自身がインスピレーションを受けたアーティストはいるんでしょうか?

VLOT:やっぱりDJをずっとやってきたというのもあって、さっきも話したイントロからアウトロまでの展開がかなり重要で、普段から自分が聴くアーティストも展開がおもしろい人が多いんですよね。特に制作期間は、Metro Boominの『HEROES&VILLAINS』がかなり大きなインスピレーションになりました。

−−確かに、アルバムを通して聴いた時、切り替わりや一貫性等『HEROES&VILLAINS』にも感じたような、映画を1本見たような感情を抱きました。

VLOT:映画の世界観を感じられるという声をもらうことはよくあって、やっぱり意識していたところを感じてもらえたのはすごく嬉しいですね。

−−普段Bleecker Chromeのメインプロデューサーも務められていますが、今回のアルバムに収録された「2 seater」、「Yorunotobari」は、このアルバムのために制作されたのでしょうか?

VLOT:去年の12月にBleecker Chromeのセカンドアルバム『Chome Season 1.5』の制作のためにタイへ渡って、2週間がっつり作り込んだんですが、「2 seater」はその時に作成した曲です。帰国してからアルバム用に選定したり構成をしたりしていく中で、この曲はVLOTのアルバムに入れたいなと思い2人に相談しました。Bleeckerらしさをより強く感じる曲だったし、いろんなアーティストの曲が入った作品の中で、その良さがかなり引き立つと思ったんです。

もともとはBleecker Chromeから2曲出す予定はなく、アルバムの9割くらいができたタイミングでKENYAとXINの2人に聞かせたんですよ。その時に、2人がもう1曲作りたいと言ってくれて、それから完成したのが「Yorunotobari」です。アウトロにふさわしい曲になったと思うので、流れも含めてすごく気に入っています。

−−MIYACHIさんとの楽曲「ALOT」はジャージー・クラブが取り入れられていて、普段の彼のラップスタイルとは一味違った意外性がありました。こちらはどのように制作されたのでしょうか。

VLOT:MIYACHIにアルバムを作りたいから参加してほしいと相談した時、快諾してくれて、さらに、「普段自分がやらないトピックとか、新しい試みをVLOTのアルバムでやったらおもしろいんじゃないか」と提案してくれたんです。その後MIYACHIにビートパックを送ったのですが、その中からジャージーをピックアップしてくれたのはとても意外でした。正直、最初はジャージーにMIYACHIが乗るイメージはあまりなかったので、どういう感じになるのかは僕自身とても楽しみではありました。

−−やってみたらどうでしたか?

VLOT:いや、最高でした(笑)。MIYACHIのスキルの高さも改めて再確認したし、「Astro Boy」に続いて、いい形でシングルをリリースできたなと思います。

−−曲と曲の間が繋がっているように感じるところがいくつかあったのですが、どのような手法なのでしょうか?

VLOT:ビートスイッチです。1曲の中で、ビートが2回変わったり、その切り返しでいきなり雰囲気をガラッと変えたりすることをいいます。昔からヒップホップではいろんなパターンで存在はしていたのですが、その中でも、自分も含め世界的にヒップホップシーンに影響を与えたのが、1曲の中に3曲のビートが入ったTravis Scottの「SICKO MODE」で。ある意味、ビートメーカーの腕の見せ所でもあるなと改めて魅了されました。今回のアルバムでも、1曲目から3曲目までビートスイッチに近い感じで曲調が変わるシーンがあります。ただ曲調が変わるだけでは意味がなくて、ここでもDJの要素というか、いい意味で期待を裏切ってくるビートスイッチというのはもちろん目立つし、スキルが試されるところなんだなって思うんですよね。気がついたら、ビートスイッチは曲づくりでの自分らしさや強みにもなってきていますね。

−−活動を振り返った感想や、新しい気付きについて教えてください。

VLOT:このアルバムを作るのに、なんだかんだ1年半くらいかかったんですが、本当に集中したのが最後の3、4ヵ月くらい。印象に残っているのは、みんなと集中して作り込んだ時間です。改めてそれぞれのキャラクターについても考えたし、逆に向こうが捉えている僕のキャラクターについても聞いたりして。それまでぼんやりしていたイメージがその時間で明確になってきたのが実感できたのが単純に楽しかったですね。

僕のことをよく知っている仲間だからこそ「こういうのもいいんじゃないか」という提案をたくさんしてくれました。アルバムを通して、自分についてもより知れて、アルバムのタイトルにも落とし込めたし、みんなとの関係値も深まったと思います。

あとは、今回ミックスからマスタリング、レコーディングまでほぼ自分でやりました。それを参加してくれたアーティストに納得してもらってリリースできたことは嬉しかったです。いろんな人たちがSNSで感想を送ってくれたり、リアクションをくれたりするのも、励みになっています。今までにない反応をもらえて嬉しいですし……でも、もっといろんな人に聴いてもらいたいです。

ウィットに富んだアートワークのこだわり

−−第1弾シングル、「Astro Boy」の鉄腕アトムをマッシュアップしたジャケットは、今では手塚プロダクション公認のアートワークとなっているんですよね。

VLOT:タイの友達がSNSにアップしていた絵がすごく良くて、彼に紹介してもらってそのアーティストにお願いしました。InstagramのDMで連絡を取り合って、曲のイメージや僕等3人のスタイル、求めているイメージを説明して満足がいくものに仕上げてくれました。リリースにあたって手塚プロに許可をもらう時に、A&RのSTEELOくんが掛け合ってくれて。そしたら快くOKしてくれて、オフィシャルで公認になったんです。まさかオフィシャルになるとは思わなかったから、びっくりというか、聞いてみてよかったと思いましたね。

−−今回のジャケットに関しても、プロデューサータグが書かれていたりVLOTさんらしいデザインですよね。こちらはどのような経緯で決まったのでしょうか?

VLOT:アルバムのジャケットは、個人的にも仲が良いtokyovitaminのデザインも手掛けているケイくんにお願いしました。僕自身ケイくんのアートワークがめちゃくちゃ好きだし、彼が作ったTシャツも気に入っていて、よく着ているんです。お互いヴィンテージTシャツが好きだし、感覚が似ているのもあって、彼を信用してほとんどお任せって感じでしたね。最後にプロデューサータグを入れてもらって、自分を象徴する合言葉みたいにもなっていてとても気に入ってます。

−−リリース前日にInstagramでアップしていたトレイラー映像も印象的でした。普段、あまり見られないVLOTさんの姿も注目されたのでは。

VLOT:トレイラー映像に関しては前から予定していたわけではなかったんですが、プロモーションについてはよく考えていました。自分のタグやアルバムのタイトルもですが、ネオ東京なイメージ、かつ自分の普段の生活が少しわかるように意識しました。あとはアナログな質感が好きなので、VHSのナイトモードで撮影してもらいました。

VLOTの向かう先

−−「VLOTとは誰か」というタイトルの作品ですが、ご自身で自分の音楽性についてどう捉えていますか。

VLOT:普段は年代を問わず、メロディアスな曲が好きでよく聴いています。R&Bやラップは自分の音楽にかなり影響している部分です。もちろんベースにはヒップホップがありつつ、その中でさらにメロディアスな側面があるビートが自分の強みだと思います。

−−普段さまざまな世代のアーティストと楽曲制作をされるVLOTさんですが、現在の日本のヒップホップシーンについてどのように考えていますか?

VLOT:ヒップホップのいいところは世代とか性別、国籍も関係ないこと。みんながお互いをアーティストとして認め合って、尊敬し合ったり、コラボレーションみたいに、いろんな関わり合いができる音楽だというのが、ヒップホップの魅力の1つです。みんながトップにいける時代という意味で、今は健康的なシーンだなという実感はあります。

−−今後について教えてください。

VLOT:ファーストアルバムをリリースしたばかりですが、すぐに次のアルバムに取り掛かりたいですし、あくまで最初の一歩を踏み出せたような気持ちです。Metro Boominが今年行ったコーチェラのショーや、全面プロデュースを行った『スパイダーバース』のサウンドトラックにはかなりの衝撃を受けました。彼のように、音楽をベースにしながら、ショーやサウンドトラックをプロデュースできたら最高だと思います。ただ、プロジェクトの大小に関わらず、絶えずアップデートする謙虚な姿勢を大事にしていきたいです。

−−DJ兼プロデューサーというスタイルはこれからも続けていきますか?

VLOT :DJはやっぱり大好きで自分の根底でもあります。プロデューサーとしても、引き続き毎日音楽を作りたいですし、仲間のサポートも続けていきたい。僕の音楽にとってDJとプロデューサーっていうのは別軸ではなくて、2つの良さや強みをお互いに生かしてこそなので、これからも変わらずやっていきたいですね。

−−2つは切り離せない関係なのですね。これまでも、そしてこれからも、どんなアーティストでありたいですか?

VLOT:みんなそれぞれ大変なことがあったり、さまざまな状況にいたりすると思うけど、そんな中で僕の音楽で少しでもみんなの心が動いてくれたら、それ以上に嬉しいことはないです。これからも自分がかっこいいと思うことを真っ直ぐにやり続けて、たくさんの人の心を動かしていきたいです。常に作り続けることが唯一の癒やしで、僕にとって音楽は、やり続けないとだめなことですね。

■VLOT 『WHO IS VLOT』
1.Intro
2.Low Key / Jin Dogg
3.VLOT in this bihhh / Young Coco
4.ALOT / MIYACHI
5.Dirty Diana / LEX
6.Wetter / JP THE WAVY & KENYA
7.Magic Stick / kZm
8.2 seater / Bleecker Chrome
9.Castle Flow / Young Coco
10.Ride with my glo / Kenayeboi
11.DQN / HEZRON, PETZ, Yung sticky wom
12.Living Now / Only U
13.Yorunotobari / Bleecker Chrome
14.Outro

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ファーストスキンブランド「ドロウ」ディレクターの須佐京香が語るランジェリーの可能性 https://tokion.jp/2023/02/21/interview-draw-kyokasusa/ Tue, 21 Feb 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=168652 ヘア&メイクアップアーティストとして活躍する傍ら、ファーストスキンブランド、「ドロウ」のディレクターを務める須佐京香へのインタヴュー。

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昨年、ヘア&メイクアップアーティストの須佐京香が立ち上げた新ブランド、「ドロウ(draw)」が、2月20日にECサイトをオープンし、本格的に始動した。誰かのためでなく、自分のために着て、テンションが上がるランジェリーが作りたい。そんな想いがきっかけとなった「ドロウ」のランジェリーは、飾らないありのままの体のラインを美しく描き、素朴ながらもいわゆるな下着の概念ではなくファーストスキンアイテムとしての存在感が際立つ。「ドロウ」の誕生からヘアメイクを通して“好き”を形にしていく須佐のこれまでとこれからについて語ってもらった。

須佐京香
1996年東京都生まれ。2年間のアシスタント経験を経て2022年にヘア&メイクアップアーティストとして独立。また、同年にアクセサリーブランド「ウィム(whim)」を立ち上げる。2022年に「ウィム」を譲渡し、ランジェリーブランド「ドロウ」をスタート。ヘア&メイクアップアーティストとブランドディレクターとして多岐にわたって活動している。

誰かのためではなく、自分のテンションが上がる下着を作りたい

——「ドロウ」について教えてください。名前の由来やブランド設立のきっかけはなんだったんでしょうか。

須佐京香(以下、須佐):ブランド名の由来は、英語で“draw”の描くということと、“drawer”の引き出しという意味をかけているんです。自分のブランドを立ち上げようと思っていた時は、自分らしく生きたいけど自分らしさってなんだろうって悩んでいた時期でもあって。だから、身に着けてくれる人達へ、「ありのままでいい」というメッセージがあります。あと、描くという意味には下着が自分のラインを描くもの、っていう意味も込めています。“drawer”、引き出しというのは、引き出しに入ったランジェリー、という意味があったり。

——いろんな言葉の意味が合わさってるんですね。

須佐:そうなんです(笑)。ランジェリーを始めたいと思ったきっかけとしては、下着が昔から大好きなことが1番にある一方で、日本人の下着に対して、恋人のため、エロく見せるために身に着けるものとか、パットで形を盛らないといけない、みたいなイメージが私の中にはあって。そうではなくて、もっとナチュラルに自分らしく身に着けられる下着を作りたいという思いから、次第に海外のナチュラルな形の下着を買うようになっていったんです。NYやニュージーランドのブランドが特に好きですが、海外の配送料がめちゃくちゃ高い。だから、自分でブランドを作りたいと思ったんです。

——なるほど。京香さんが作る下着にはどんなイメージやこだわりが込められているのでしょうか。

須佐:クリエイティヴの大前提にあるのは「自分が欲しいかどうか」ということ。もちろん誰かのために着るのもいいけど、それよりも自分のテンションが上がるもの、ハッピーになれるものを身に着けてほしいと思います。あと、ワイヤーではなくゴムを使っているので、自然で開放的に着られるし、なんなら洋服から見えちゃってもいい。下着はファッションの一部にもなれるんじゃないかと思っていて、見えてもかわいいように、肩紐も細くしています。形や色はベーシックなものが多いですが、たまにシースルーやレースの生地を使って、露骨な色っぽさよりも、自然と気分が上がるような思いを込めて作っています。

——シンプルながら、こだわりがたくさん詰まっているんですね。ワイヤーがないから、いろんな体形の人が身に着けられそうです。

須佐:体形に縛られず、自分の体を愛してほしいというのがブランドのテーマでもあって。日本のブラジャーは、アンダーとバストで細かなサイズに分かれていて、正確に自分のサイズに合わせていく感じが多いじゃないですか。でも、私がオンラインで海外のものを買う時は、このブラを着けたいから、ちょっと胸がはみ出てもいい、くらいの勢いでサイズをラフに選ぶことが多いです(笑)。サイズとか形で合わせていくのではなく、むしろどんな胸の形でも、それぞれの特徴が魅力的に見えるようなブランドでありたいから、サイズはあえて2展開に絞ったんです。例えば、胸が大きい人が「ドロウ」のブラを着けると胸元が開いてその感じもとってもかわいいし、小さい人だと布が重なって洋服みたいに着けられます。これもアンダーがゴムだからこそ叶うこと。今はXLサイズ以上の方達へのアプローチを研究中。今よりもっと幅広く、自分の胸本来の形の美しさを楽しめるブランドにしていけたらいいなと思います。

——「ドロウ」は素材にもこだわりがあるとか。

須佐:当初、自然繊維にこだわって作ったわけではなかったんですけど、結果的に生地選びの時に気持ちのいいものがすべて自然繊維だったんですよね。それ以来、「ドロウ」はオーガニックコットンやシルクの素材感を大事にしています。身に着けていて負荷がなく、なんなら着けているかもわかんないような着け心地の良さを追求しています。「ドロウ」は肌に1番近い、ファーストスキンというコンセプトがあります。下着の他にアクセサリーも作ってるんですけど、これも肌に直に触れるものだからこそ、下着と同じように肌への負荷が少なく、ずっと付けられるものにしたいので、シルバー925や純金にこだわっています。

——アクセサリーは「ウィム」でも手掛けられていましたよね。

須佐:もともとアルバイトをしながら、メイクのアシスタントをしていたんですが、朝早くから夕方までメイクの仕事、そのあとそのままアルバイトみたいな、とにかくすごいハードワークでした。結構しんどかったんですけど、その後コロナになって、バイトもできなくなってアシスタント一本になりました。そうすると、貯金が減る一方になっちゃって。このままではやばいと思って友人に呼びかけて始めたのが、ビーズブランドの「ウィム」だったんです。その頃の韓国がビーズブームで、日本にはあまりブランドがなかったこともあってか、2020年の5月に始めてから一気にバズったんです。気が付いたら百貨店からのオファーや、ブランドからコラボのリクエストが来るようになっていました。

今まで、デザイナーの仕事をしたことがなかったんですけど、「ウィム」をきっかけに自分の表現をする場所がメイク以外にもあると気が付いたんです。結局、2022年に「ウィム」は他の会社に権利譲渡して、その時の資金で「ドロウ」を立ち上げました。嬉しいことに、今も「ウィム」のディレクターは継続しています。

「ドロウ」初の展示会の裏側

——去年行われた展示会は大盛況でしたよね。展示会について聞かせてください。

須佐:実は初めての展示会はハプニングだらけで大変な思いをしました(笑)。まず、8月に開催予定だったんですが、やりとりをしていた工場が使えなくなったことが直前に発覚して、当初予定していた販売会を10月まで引き伸ばして展示会として行うことになりました。今回は「ドロウ」だけではなく、いろんなアーティストやブランドの作品も展示させていただいたんですが、その人達にも延期のお願いをしたり、ゼロから工場を探したり、さまざまな挫折を乗り越えて初めてのお披露目の場になりました。

——そんな裏側が……。実際伺った時は、そんなことを感じさせない素敵な空間でした。今回ご一緒されたアーティストはどういう経緯で集まったんでしょうか。

須佐:ありがとうございます。展示会はドローイングアーティストの佐々木良空ちゃんの作品や陶芸家Aya Courvoisierさんによる陶器、inapotによるお花や緑の装飾で「ドロウ」の世界観を体感できる空間にしました。どの作家も個人的に好きな方々ばかりで、あそこにあれば素敵だろうなとか「ドロウ」に合いそうだなと思いながらアプローチしました。みんな、快く受け入れてくれて嬉しかったです。

もう1つ印象に残るキャッチーさが欲しくて、ボーイフレンドでネオンアーティストのWakuさんにお願いして、作品を会場の真ん中に飾りました。彼や友達の他にも、これまで個人的な付き合いがない人まで、自分がこの展示で協力してくれた人達のファンだったことから始まっているので、“愛”に溢れた空間だったと思います。

——なるほど。どの作品も「ドロウ」の世界観とマッチしていて、一体感がありましたね。工場の問題の他にも、苦労したエピソードはありますか。

須佐:今はみなみちゃんとマドレーヌちゃんという2人がアシスタントをしてくれてるんですけど、当時は誰もいなかったから、下着作りもすべてを1人でこなさないといけなかったのが大変でしたね。しかも工場の変更もあって、いつ展示会をするかも下着次第になってしまったので関係者に指示も出せなかったり、申し訳ない思いでした。

自分の中にあるイメージをどうヴィジュアル化するかも課題でしたね。下着をより良く見せるために、単にラックに掛けるだけではダメだし、新しい見せ方を考えていました。結果、展示作品に合わせて什器を用意して、下着も作品のようにして見せることで、満足のいく仕上がりになりました。

——そうなんですね。大変そうでしたが、それでもまたやりたいですか?

須佐:やりたい! これからは新シーズンごとに開催したいですね。ECだと顧客の顔が見えないけど、ポップアップでは顧客が手に取って見てる姿や反応をより近くで見られることが嬉しくて。これからもこういう機会を半年に1回は作っていきたいです。

——ヴィジュアルについても聞かせてください。「ドロウ」のイメージはどうやってできあがったのでしょうか。

須佐:新作は色でテーマを決めていて、東京に海外の下着ブランドをたくさん扱っている店があるので頻繁に通ってリサーチしながら、次のシーズンのヴィジュアルや撮影の方法等ざっくりしたことを話します。それからアシスタントの2人と一緒に、みんなでアイデアを持ち寄って壁に貼っていくようにしています。例えば、来年はスイムウェアも発表する予定ですけど、それもみんなでアイデアを出し合ってる感じ。

ヘア&メイクアップアーティストとブランドのディレクターとしてのワークスタイル

——京香さんは、ヘア&メイクアップアーティストも「ドロウ」もどちらもメインにしている印象があります。仕事の軸は何ですか?

須佐:自分の好きを貫くことですね。以前、ヘアメイクのアシスタントをしながら「ウィム」をしている時に「ヘアメイク1本じゃないの?」とか「二足のわらじなの?」って言われることがよくありました。でも、複数の仕事を持つ考え方は良いと思います。好きなものが3つあるなら、すべて仕事にしたらいいと思いますし、私はそうありたいです。お金は後からついてくるという思いから、とりあえず好きなことを一生懸命追い続けた結果、気が付いたらヘアメイクをしながら自分のブランドも持っていたという感じです。だから、自分の好きなことを続けているという意識が1番強いんです。

——今後の新しい挑戦や夢について聞かせてください。

須佐:ヘアメイクの仕事は誰かを美しくするためなので裏方ですが、「ドロウ」は自分を思いきり表現できて発信できる場所と捉えています。その中でも、アートディレクターという仕事のおもしろさに惹かれているので、アートディレクションの仕事を頑張りたいです。以前、「ヘンリー(HENRY)」というヘアケアブランドのパッケージやヴィジュアルデザインを手掛けていたんです。具体的には、ブランドイメージのためのモデル選定、撮影を含めたヴィジュアル提案なのですが、すごく楽しかった。みんなに驚いてもらえるようなものづくりができるように、これからも丁寧に仕事をしたいです。あとはヘア&メイクアップアーティストでもあるので、自分のコスメラインをプロデュースしたいですね。

それに28歳までにパリかロンドンに住みたいです。どちらにも行ったことがなくて、憧れの街です。想像だけがどんどん大きくなっています。昔から彼と一緒に考えている夢でもあるので一緒に実現させたいです。それまでに「ドロウ」をどれだけ大きくさせられるかが重要だと思っています。

2月20日にECでの販売がスタートして5月に新作が出るのですが、今度は男性も着られるユニセックスな下着も発表します。伸縮性の高いゴムを使用しているので男女で着られて、女性用にはブラジャーとの展開も考えています。

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人々を繋ぐハブとなる 松本浩樹がニュージーランドから招致したコーヒーロースターの「Coffee Supreme」とは https://tokion.jp/2023/01/15/coffee-supreme/ Sun, 15 Jan 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=163988 ニュージーランド発祥のカフェ、Coffee Supreme Japanの松本浩樹とマーケティングを担当する上田優花がこれからのカフェカルチャーの在り方を語る。

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人が自然と集まり、心を通わすような“ハブ”的存在として愛されるニュージーランド発の「Coffee Supreme」は、松本浩樹がニュージーランドのあるカフェのカルチャーに魅了され、5年前に日本へ誘致したコーヒーロースターだ。最高品質の豆を丁寧に焙煎したバラエティー豊かなスペシャルティコーヒーを提供している。その味もさることながら、松本は「うちの主力商品はコーヒーではなく、人なんです」と笑顔で言う。今回はPRやマーケティングを担当する上田優花とともに「Coffee Supreme」が目指すカフェと空間にたたずむコーヒーカルチャーのあり方を語ってもらった。

松本浩樹
1974年生まれ。東京・中野育ち。大学卒業後、タワーレコードへ入社。販促、事業企画等を担当。その後、ツタヤ オンラインを経て、コナミ デジタルエンタテインメントに入社。同社ではMETAL GEAR SOLID4等数多くのソフトのマーケティングプロモーションを担当した。ニュージーランドへの移住をきっかけに、現地のスペシャルティコーヒーロースターの「Coffee Supreme」を日本に誘致。現在は「Coffee Supreme Japan」の代表を務める。東京とニュージーランドでデュアルライフも実践中。

上田優花
1998年、福岡県生まれ。専門学校卒業後「Coffee Supreme Japan」へ入社。バリスタを経て、エリアマネージャーに就任。その他、PRを軸にイベント企画や新規事業等も担当。2021年に「MIDORI.so」と連携し馬喰町で「PARLORS」の新規立ち上げに従事。

昔からやりたいことは「人を楽しませることと人の笑顔を見ること」

――「Coffee Supreme」といえば、赤と白のスタイリッシュなブランドロゴと苦味がありながらスッキリとした後味のあるコーヒー、シンプルなシュガードーナツが有名ですが、何より浩樹さんの存在自体が店の看板ともいえます。これまでもずっとコーヒーに携わっていたのでしょうか?

松本浩樹(以下、松本):実は昔はコーヒー屋になるなんて全く想像していませんでした。学生時代から遡ると、とにかく音楽が大好きで、ライヴに行ったり、自分がDJをしたり……あとは釣り、スノボ、スケボー、サーフィンってね。なんだろう、ずっと何かしら、動いていましたね(笑)。

中でもとにかく大好きなのが音楽だったから、卒業後はタワーレコードに入社しました。そのあとも、ツタヤ オンライン、コナミと形を変えながらも、ずっとエンタメ業に従事していて。仕事内容は新店舗の出店から販促、リアル店舗とオンラインショップのプロモーション等、それぞれの業界でマーケティングに関わっていました。

――なるほど。当時、なぜエンタメの魅力を発信したいという思いがあったんでしょうか。

松本:好きなものの魅力を伝えたいという気持ちは昔から強くあって。でもその上でやりたいことが定まっていたわけではなくて、特に20代はゴールもわからず、これでいいのかなと悩みながらとにかく全力で突っ走っていた気がします。だからこそ、すごく楽しかったんですけどね。ただ人をハッピーにしたいというイメージはずっと変わらなくて、自分がエンタメ業界にいた理由も、人の笑顔が大好きでとにかく人を楽しませたかったから。そう考えていたら、今は結果的に自分がハブになって、コーヒー屋をやっていた、という感じかもしれない(笑)。

ニュージーランドへ移住し、「Coffee Supreme」と出合う

――「Coffee Supreme」はニュージーランドが発祥ですよね。出合いについて聞かせてください。

松本:日本で20年くらい働いてから、奥さんの実家があるニュージーランドに移住しました。でも、最初は英語が話せないし、仕事がなくてどうしようかなと思いました。やることがないから現地の商品をインポートして日本の百貨店に卸したり、「山と道」というアウトドアブランドを手掛けている友人の夏目さんのお手伝いをしたり。

その頃大好きだったのが「Coffee Supreme」の直営店の「GOOD ONE」というコーヒー屋で。ネットで見たのか、たまたま通ったのか忘れたけど、とにかく偶然知って行き始めたんです。次第にお店の人も覚えてくれて「どこから来たのー?」って話したりして仲良くなって。行くたびに「これあげるよ」ってボールペンをくれました。とにかく居心地が良くて、毎日のように通うようになりましたね。下手すると1日中いたりしてね、ほら、暇だから(笑)。

――もともと自分のお店を持ったり、海外の飲食店を日本へ持って行ったりすることも視野に入れていらっしゃったんでしょうか。

松本:タワーレコードでは店作りをメインに関わらせてもらっていて、そのおもしろさはもちろん、大変さもよく知っていたから、自分のお店を持ちたいとかはむしろ考えたことはなかったんです。

でも、「GOOD ONE」の店員さんのホスピタリティってとにかくめちゃくちゃいいし、空間もすげえかっこいいし、今まで持っていた1人でしっぽりコーヒーをすするような喫茶店の概念がガラッと覆されたんです。そんな「GOOD ONE」を見て、コーヒー屋っていうか、こんなふうに自由に音楽の話とかアートの話をしたりできる空間、そんな場所があるってすごくいいなと思ったんですよね。

ある日お店にいたら「Coffee Supreme」の社長をスタッフが紹介してくれて。当時の社長はアルっていうんですけど、音楽とかデザイン、それこそ日本もすごい好きで。

――まさに浩樹さんがこれまでやってきたものですね。

松本:そう。それで意気投合して、飲みに行ったり、ライヴに行ったり、すごく仲が良くなった。年も1つ違いだったんです。

その間にも、「Coffee Supreme」がすごくかっこいいし、こういうカルチャーを日本でやりたいんだよね」って話してました。そしたら、「いいね〜」みたいなフワッとした返事が返ってくる、そんなやりとりが……3年くらい(笑)。

――3年も! 浩樹さんの粘り強さが表れていますね。そんな中、日本上陸の決め手になったのは何だったんですか。

松本:ある日、アルがオフィスで「Coffee Supreme」創業者のクリスやアルの後任のリチャードを紹介してくれたんです。ちょうどリチャードが日本への出店にすごく興味を持ってくれていたこともあって、「よし、やろう!」ってその場ですぐ決まった。しかもその直後に「お前はもうファミリーだから、今日から好きに使ってよ」とオフィスの鍵を渡されたんです(笑)。

――すごい急展開だったんですね! 当時浩樹さんが「Coffee Supreme」で特に日本に受け継ぎたかったカルチャーってどんなものだったのでしょうか。

松本:これまで日本で20年くらい働いてて、良かったことも多かった反面、とにかく日本にはいろんなルールがあるし、結構窮屈だったというか……その点、ニュージーランドの人の良さとラフさが自分にはすごく心地が良かったんです。その窮屈さを変えたほうがいいんじゃないかとか、その時はいろいろ考えてましたね。あとは単純に、とにかくみんなをもっと楽しませたいという思いが強かったです。

だから、自分が日本に持っていく「Coffee Supreme」は、やっぱり街に溶け込んで、ハブになるような店にしたいという思いが一番にあった。自分がニュージーランドで感じたことをそのまま表現したかったのと、ふらっと気軽に入れるお店にしたかったですね。

――優花さんと浩樹さんは、どのように出会われたのでしょうか。

上田優花(以下、上田):一番初めの出会いは、東京コーヒーフェスティバルっていうイベントでした。当時まだ路面店がない「Coffee Supreme」が出店しているのを見かけた時、こんなにかっこいいコーヒー屋さんがあるなんて」と衝撃を受けたんです。その日以来、お店ができたら絶対に行こうと楽しみにしていました。

松本:路面店のオープニングパーティーは、ありがたいことに200人くらいの人が来てくれて、結構すごいことになってました。その時は話をしていないけど、優花も来てくれてたんだよね。ついこの間、そのオープンの時の写真を見てたら、優花がレジの横に並んで写っていて笑ったよね!「普通に来てるやん」って。

上田:そうなんです(笑)。オープニングパーティからしばらくして、当時アルバイトをしていた「BOOK AND BED TOKYO」の福岡のイベントで東京からサポートに入りました。そこでゲストバリスタで来られていたのが浩樹さんとバリスタの翔子さんで。浩樹さんとは、その時初めてあいさつをしました。すでに「Coffee Supreme」のファンだったので、浩樹さんが来た時は「あ、ボスが来た!」と思いました。当時は将来一緒に働ける日が来るなんて思ってもみなかったです。

松本:僕はその時、めちゃくちゃいい子がいるじゃんと思って、打ち上げで「BOOK AND BED TOKYO」の役員に、「上田さんをうちに引っ張りたいんだけど」と直談判しました(笑)。そのあと半年くらいして、うちに来てくれました。

――そんな出会いがあったんですね! 優花さんは初めからマーケティングの仕事をされていたんですか。

上田:最初は「Coffee Supreme」のバリスタとして働いていました。そのうちに、お店の裏方として働いている浩樹さんの仕事に次第に興味を持っていって……コロナ禍になって、お店でもやることがなかったのがきっかけとなって、浩樹さんから取材対応や文章での伝え方、お店の立ち上げ等、今までバリスタをしていてあまり見えていなかった仕事について1から教わりました。今は店頭にも立ちながら、「Coffee Supreme」のマーケティングも担当しています。

馬喰町の「PARLORS」ができるまで

――「PARLORS」はどのような経緯で誕生したんでしょうか。

松本:最初、このビルの2階にある「MIDORI.so」から、「1階のスペースにカフェをし出店してほしい」と話をもらった時は、ここでチャレンジする勇気がなくて断ったんです。でも、「MIDORI.so」の人達がどうしてもってまた、話を持ってきてくれて。その時、ちょうど優花がマーケティングを勉強しているタイミングでした。それで、ある程度裏方の仕事ができるようになっていたし、彼女を育てるという意味でもチャレンジしてみようと思い挑戦することにしました。立ち上げのスケジュールから内装プラン、メニュー開発、立ち上げまで、ほぼ全部彼女に託す形で店作りをスタートしました。

――なるほど。「Coffee Supreme」としても、優花さんにとっても、挑戦だったんですね。

松本:やると決まってからは、問屋街の閉鎖的なイメージの中に、開放的な店があれば、街はどう変わっていくんだろうって楽しみになっていました。上も「MIDORI.so」だし、新しい化学反応があるんじゃないかな、ここに居心地の良い空間をどう作れるかなって。

――そうだったんですね! 「PARLORS」は路面店の「Coffee Supreme」のような居心地の良さを受け継ぎながら、敷地が広く、空間としての新しい面もありますよね。特に、店内に展示されているアートやインテリアがどれもかわいくて、さまざまな楽しみ方ができる空間だと思います。

上田:ありがとうございます。誰もが気軽に入れるお店にしたくて、自分達で1つ1つ考えて作り上げた、特に思い入れのある場所です。

――展示されているアートは、浩樹さんのこだわりですか?

松本:アートは昔から大好きで。自分が理想としているコーヒー屋というのが、味、音楽やアートといった空間、そしてスタッフにお客さんも加えた、すべてで居心地が良いこと。実際、ニュージーランドの「GOOD ONE」がまさにそんな感じで、その影響は大きいと思います。だから、奥渋の店舗はアーティストの花井祐介さんや長場雄さん、Naijel Graphさんといった、リスペクトしている方々とコラボをしているんです。「PARLORS」の内装は、家具のコーディネートや店内のアート等をNaijel Graphさんに相談しました。彼の作品は本当にかわいいし、店の雰囲気とも合っているし、すごく気に入っています!

「Coffee Supreme」が目指す幸せ

――浩樹さんも優花さんも、お仕事の話をとても楽しそうに笑顔で話していますよね。お2人がこの仕事を通して幸せを感じるのはどんな時ですか?

松本:お店に来た人が、笑顔になっている瞬間かなあ。人が集まっておしゃべりしたりする、他愛ない日常が一番ハッピーだなあと思う。

上田:私もそうですね。「Coffee Supreme」という空間があって、そこに来てくれた人達が居心地良さそうに会話をしていたり、笑ってくれている瞬間。それを間近で見られることが幸せだなって思います!

松本:僕達はコーヒー屋といっても、コーヒーだけではなく、コーヒーを通じてどうやって人と繋がれるかを一番大事に考えています。だから、うちの主力商品はコーヒーではなくて、「人」って言ってるんです。これからも自分達のモットーとしている「人をハッピーに」というマインドを大事に、みんなでコツコツ頑張りたいですね。

――最近は新しく福岡や辻堂にも新店を出店されたんですよね。

松本:福岡と辻堂の店舗オープンの話は、同じくらいのタイミングで頂いて。2店をほぼ同時進行する形で手掛けました。福岡の「PPP(Parkside/People/Party)」は、最近できた「MIDORI.so」の新しいシェアオフィス「DAIFUKU MIDORI so.」の1階に「Coffee Supreme」が主導となってオープンしました。ここではヴィーガンクッキーやコーヒー2店、チーズケーキ屋の5ブランドが集まって、1つのテーマを持ったフードコートのように、いろんな楽しみ方ができる空間になっています。個人的にかなり挑戦だったんですけど、思ったよりうまくいきました。あと、海外っぽく長テーブルにベンチのスタイルの席を増やしたんですが、来てくれる人達同士の自然な会話も生まれやすくて、それも良かったなと思います。 

もう1つの「Coffee Supreme Roastery 辻堂」は、敷地内に焙煎機を設置しました。日本で初めての焙煎をするから、念願の日本オリジナルの「Coffee Supreme」の味ができるのがとても楽しみ。最初はメインのブレンドを焼いて、そこからシングルオリジンを作っていく予定です。内装工事の関係でグランドオープンは2月になるのですが、今もオフィシャルオープンしています。ぜひたくさんの人に来てほしいです!

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「楽しんでいる人には誰も勝てない」 HIPHOPシーンを席巻するBleecker Chromeの挑戦  https://tokion.jp/2022/10/01/interview-bleecker-chrome/ Sat, 01 Oct 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=147335 自由自在なパフォーマンスで、東京から世界へ向けてヒップホップシーンを盛り上げるBleecker Chromeの軌跡とこれから。

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アメリカと日本にルーツを持ち、圧倒的な歌唱力とジャンルに捉われない多様なメロディーラインでファンを魅了するヒップホップグループ、Bleecker Chrome。今年、Spotifyの「RADAR: Early Noise 2022」にも選出された注目のアーティストだ。2年の休止期間を経てファーストアルバム『SEVEN THIRTY ONE』を発表後、8月11日には、プロデューサーであるVLOTの指揮のもと、渋谷WWWにてワンマンライヴを開催。先日のタイ・バンコクで制作した新曲2曲も披露し、会場を盛り上げ、万事大成功を収めた。自由自在なパフォーマンスで、東京から世界へ向けてヒップホップシーンを盛り上げる彼らから、そのスタイルへ至るまでの軌跡や、今後の野望について話を聞いた。

はじまりはNY

――早速ですが、自己紹介をお願いします。

KENYA:東京を拠点に活動するヒップホップグループ、Bleecker Chromeです。メンバーは僕、シンガーのKENYAと、ラッパーのXINの2人で構成されています。

――お2人の出会いはアメリカだったんですよね。

KENYA:出会いはNYで、当時僕は13歳、XIN君は15歳でした。2人ともProject TaroというLDHのアーティスト育成プロジェクトのメンバーに選出され、数年にわたってNYで活動をしていました。

――当初からヒップホップを?

XIN:プロジェクトには、ダンサー部門とボーカル部門があって、僕は元々ダンサーとしてプロジェクトに参加してアメリカへ渡りました。それこそ、それまでダンス一本、ダンサーにしかなりたくないし、マイク持つなんてあり得ないって思っていて。でも、(プロジェクトに)受かったタイミングで、歌もやると聞かされて、「うっわー、NY行きたいけど……!」ってなりましたね。プロジェクトが始まって、やるならラップだと思ってやってみると、意外に楽しくて。あと、向こうでいろんなアーティストのライヴを見させてもらったんですよね。トラヴィス・スコット、カニエ・ウェスト、リアーナ、チャンス・ザ・ラッパーとか。彼等のライヴを見ているうちに、自然と夢が変わっていって、最終的には自分でビート作ったりするまでになりました。

――ビートは独学ですか?

XIN:独学で、YouTubeとか見ながらやってましたね。

――すごい! NYへ行くまで想像もできなかった道ですね。

KENYA :確かに、人生が180度変わったよね。僕の場合、アメリカへ行く前は小学生で、当時日本で流行っている曲のカバーをよくやっていたんですが、アメリカへ行った時に、自分がカバーしていた曲が、全部ソウルミュージックやR&Bってジャンルに集約されていることに気付いて。あとアメリカで〈MOTOWN〉から聴き始めて、徐々に現代のR&Bが好きになりました。その後、カニエ・ウエストを知って。彼は、音楽とファッションを合わせてたり、ソウルミュージックをサンプリングしたラップとかをしていて、当時の自分には衝撃的でしたね。僕は歌う人だったので、正直元々ラップとかはあんまり好きじゃなかったんですが、カニエの音楽を通して、苦手から次第に好きになっていきました。そこから、ザ・ウィークエンドや、ブライソン・ティラーがヒップホップとR&Bを掛け合わせた音楽をやっているのを見て、もうこれだ! と思いましたね。

――まさに、今までやってきた音楽と、新しく興味を持ったものの集大成だったんですね。NYから日本に帰ってきた時、グループで活動しようというヴィジョンがあったんでしょうか。

XIN:当時聞いている音楽は一緒だったんですが、一緒にやろうとは思っていませんでした。一緒に過ごしているうちに次第にそういう流れになってきたよね。

KENYA:2人とも同じタイミングで帰国したんですが、僕は帰ってきてすぐグループをやめて、バイトしながら1人で曲を作ってYouTubeにあげたりしていました。XIN君はそのまま活動を続けていたんですが、結局1年くらいしてプロジェクト自体が終わっちゃったんですよね。帰国後もよく一緒に遊びながら曲を作っていたので、もうなんか、グループにしちゃわないか? ってなりましたね。

Bleecker Chromeとプロデューサー・VLOTの関係値

――グループ結成から3年程経って思うお互いの好きなところやこれは勝てないなと思うところってなんですか?

XIN:俺は結構適当だし、説明とかもちょっと下手なんですよ。彼はそれこそインタビューとかで俺が話すことの足りてない言葉を補ってくれたり、言いたいこととかをまとめてくれたり、トーク力があります。あとは、純粋に歌唱力ですね。

KENYA:僕、Bleeker Chromeって上手くバランスが取れてるなって思うんです。それこそ今XIN君が褒めてくれましたけど、逆にグループ全体が僕みたいな人だったら、どうしても固くなっちゃうんですよね。仕事でもプライベートでも、いつもムードをおもしろく、かつ柔らかくしてくれるのが彼だと思います。インタビューとかでも彼はノリで話してくれるんですが、彼の感じ、すごくいいですよね。

あと僕は単純に音楽好きってところから来てて、ヒップホップとかストリートと密接してやってきたわけではなかったんですが、彼はダンスから入ってるので、ストリートの知識も深くて。そういう魅力はすごいあるのかなと思います。

――新しいトレンド情報をキャッチするのは、XINさんが多い?

KENYA:僕はドメスティックなカルチャー、サブカルが好きで、XIN君は海外のトレンドをキャッチするのが上手くてそこもバランスですかね。でもそれこそ、アメリカ時代ラップやファッション好きになったのも、彼の存在が大きいです。

――ファッションとか、教えてくれたんですか?

KENYA:NYでは英語のクラスが一緒で、最初はなんのブランド着てるのかなーとか、観察して真似してました。1回XIN君のドレッドヘアを真似してすごく怒られた事もあります。

XIN:あはは。怒ったっていうか、その時僕も16歳くらいでマネされるって結構嫌だったんですよね。「なんだよー」みたいな(笑)。

KENYA:しかも結構な再現だったから(笑)。それも、XIN君がやった直後にね!

XIN:マリオとルイージみたいだったよね(笑)。あとは、2人でリチャードソンとか、ドーバーストリートマーケットとか、よく一緒に行ってたよね。

――Bleecker ChromeのプロデューサーであるVLOTさんは2人にとってどんな存在ですか?楽曲のビートやライヴDJも担当していて、グループの活動自体、結構3人で動いているようなイメージがあります。

XIN:なんですかね、本当に頼りになるし、いつも気にしてくれるじゃないですけど、ほんとお兄ちゃんみたいな存在ですね。あと、「これ遅れてるよ」とか、リマインダーみたいにやってくれたり……いや、ほんとにお兄ちゃんです(笑)。

KENYA:VLOTは僕的には、一緒に第2のライフスタイルを始めた仲間だとも思ってて。VLOTは元々10年以上DJをやってたし、僕も10年以上歌をやってた中で、いったんVLOTはプロデューサーになると決めて、同時期に僕もソロでシンガーソングライターをやるって決めていて。当時VLOTがプロデュースできるアーティストは僕だけだったし、僕にとってもビートとDJをやってもらえるプロデューサーがVLOTしかいなかった。お互い、新しい夢をスタートさせるタイミングで出会った戦友でもあります。

――なるほど。活動範囲が大きく変化するタイミングが重なってたんですね。そもそも音楽で食べていこうと初めに夢を抱いたきっかけはなんだったんでしょうか。

KENYA:僕は5歳の頃にただ楽しいという感情から始まって、気付いた頃には音楽が人生のほとんどを占めるようになっていました。意識したことはないけれど、物心ついた頃からずっと、これで生きていくって覚悟は自然と持っていましたね。

大人になるにつれてやる規模も次第に大きくなっていって、ちゃんと現実を見て逆算して活動するようになったのは、ここ3年とかの話ですね。

――5歳の時からってすごいですよね。それほど小さな頃から、ずっと音楽をやってこられたのは親御さんのサポートもあったんでしょうか。

KENYA:もううちに関しては完全にそうで、本当に感謝しかないです。まず、5歳の子どもを歌に通わせたり、12歳で海外に住まわせたり。17歳くらいからは中国へ行ってライヴしたり、クラブでライブしたりし始めて。普通なら心配でしかないところをすごく信じてくれたし、人として特に厳しい言葉やアドバイスをくれた。本当に最高の親だなって思っています。

――やりたいことや夢が定まってから、現実になったな、自分がプロになれたなと思えた瞬間はいつでしたか? 

XIN:今年、YOSHIKI EZAKI君とBleecker Chromeで「テニスの王子様 U-17 WORLD CUP」のOPを歌ったんですが、7月にそのライヴが日本武道館であったんです。武道館なんて初めてだし、もう、「最高!」って。そういう大きい規模のステージやワンマンライヴでパフォーマンスしたりする時、少しずつ実感します。

KENYA:僕は、ずっと誰かのカバーを歌って活動していたのが、だんだん自分が世の中に伝えたいメッセージが出てきて、それが音楽になって。さらにそれを聴いて気に入ってくれた人が、ライヴに足運んできてくれるようになった。それって彼等のライフの一部になっているから、一歩進めたなって思えますね。

意外な歌詞のインスピレーション源

――今回リリースしたファーストシングル、アルバム『SEVEN THIRTY ONE』は、エモーショナルで切ない曲から、ハードな攻撃的な曲まで幅広く、2人のいろんな表情が見られるアルバムだったと思います。今回特に挑戦になったことやこだわりは?

VLOT:まずは、メンバーが3人から2人になったことは大きいよね。

XIN:メンバーが1人いなくなってから結構時間が経った上で、これから2人でやっていくって意味も込めて制作をスタートさせましたね。今まで3人で活動してきて、その1人の存在って当然ものすごく大きかったし、やっぱり挑戦ではありました。あとは、自分達でゼロからいろんなジャンルの曲を作っていったことっすかね。

KENYA:それに関しては、今でも2人で試行錯誤してます。曲でいうと、2019年に出した1作目のEP、『Born Again』は、あくまで僕は歌メインで、2人がラップをしてくれていたんですが、今回のアルバムはもうちょっとラップっぽい曲が増えたかな。中でも「Flexing On Your B」はあんまり歌わず、すごくシャウトしてたりとか。あれだけハードなのはやったことなかったから、自分の殻が1つ破れたと思います。

あと制作面ではお互いがソロで制作した楽曲を持ち寄り、書いたトップラインやリリックを交換したり、お互いのアイデアを信じて形にしていくっていうのも挑戦でしたね。

――なるほど。歌詞の話でいうと、Bleecker Chromeは恋愛に関する曲が多いですよね。聞いていて共感できる、心に刺さる歌詞が印象的でした。いつも、歌詞の言葉選びってどうしてますか?

XIN:僕は結構、日頃過ごしてて思ったこととか、恋愛においても現実で起こったことから感じた言葉を集めています。ほんとに自分で体験したことっていうのが大事だから。

KENYA:僕はアルバム制作してる時、あんまり自分は恋愛してなかったというか、フラれまくってた時期だったから、よく聞いてみると、ちょっとネガティブというか、失敗したニュアンスの曲が多いんです。でも、世の中の人の恋愛の思い出って、そっちの方が多かったりするんじゃないかな。僕はそういう人にささってほしかった。自分自身、イカついっていうよりシャイなところもあるから、そういう人に共感してほしいという思いで書きました。

あとは、「U」という曲もテーマは恋愛ですが、僕はそれより前いたメンバーのことを語っていて。

――ライヴでも言ってましたね!

KENYA:必ずしも恋愛の曲が恋のことだけを歌う必要もないと思うし、恋愛に限らず人生の自分にとって大事なタイミングとか、忘れちゃいけないものを、リマインドするために書いてたのかなって後になって思います。

言葉選びに関しては、XIN君は英語のものが多くて、僕は日本語の歌詞を書くことが多いんですが、2言語の母音で韻を踏むのを意識しています。昔の詩とか、ことわざから取ったりすることが多いです。耳で聞いた時、残るようなおもしろい音、でもなんとなく意味が予想できたり、理解できるような言葉。ただ難しいものを使いたいというわけではないんです。

――例えばどの曲の歌詞がありますか?

KENYA:アルバムの「0 to 10」という曲の中に、“月月火水木金金 You could never see me”という歌詞があるんですが、これは実は軍歌から来ていて。土日が入っていないのは、working nine to five, like 24/7みたいな、ずっとワークしてるっていう意味があるんですよね。これ、ラップのフロウにするとめっちゃおもしろい。少し耳に引っかかる言葉だなって。

――軍歌から歌詞に引っ張ってくるっておもしろいですね。今の時代、軍歌を聞いたり目にしたりすることはあまりないと思うんですが、どう知ったんですか?

KENYA:僕、結構昔のものが好きで。月月火水木金金も、なんで知ったかっていうと、「8時だョ!全員集合」っていう昔のバラエティー番組があるんですが、それの大ファンで。番組内でザ・ドリフターズがカバーしていたので、知ってたんです。

あと、古本も好きだから、昔の『ロッキン・オン』のコラムとか連載とかに、今の人じゃ使わないような言葉が結構出てきて、おもしろいフレーズがあると調べて、PCにとりあえず書き溜めてます。よく言葉をディグるんですが、例えば「four seasons」という楽曲は季節の中でも夏をメインに書いてるんですけど、夏の夜って短いじゃないですか。それってなんていうのかなって調べたら、短夜っていう言葉があったりとか。そういうのを調べるのが好きですね。まあ、言えるのは僕が天邪鬼な人間ってことですかね(笑)。

2年半越しのワンマンライブを終えて

――先日のワンマンライヴについて聞かせてください。

XIN:普段はクラブでいろんなアーティストたちとライヴすることが多いし、そうなると、どうしても時間も深夜が多くて。今回みたいに、デイタイムで、しかも自分達だけで1時間半歌うのは、2019年にやったワンマン以来。だから、もちろん不安はありましたね。

VLOT:特にXINの緊張は半端じゃなかったよね。

XIN:やる前は緊張して、リハとかでも水飲み過ぎて5分おきにトイレ行ってました(笑)。でも、実際本番になると、全然楽しさが勝ちましたね。

――ステージからみんなの顔は結構見えているんですか。

XIN:見えますよ。見えるんですが、僕はちょっと目が悪いんで……個人的な理由であまり見えてないです(笑)。実は、ライヴとかではコンタクトとかつけないようにしてるんですよ。人の顔が見えると、緊張しちゃうんで……。

――これって書いていいのかな(笑)。書かない方がいいのかな……

XIN:あ、全然いいですよ……。

KENYA :よくないでしょ絶対! やめといたほうがいいよ(笑)。今後のためにやめたほうがいい(笑)。

――実際ちょっと見えたりして、この人前も来てくれてた人だなとかわかるんですか?

XIN:それはもう、もちろんわかります。

KENYA:人数もたくさん来てくれていましたが、お客さんの層もいつもとまた少し違いましたね。Bleecker Chromeのファンは幅広くて、若い子もいれば、家庭がある人とか年配の方もいるので、このご時世でクラブにはなかなか来れなかった人もいるんですよ。そういう人達のためにもこの場を用意したかったから、それもあって意味のあるものでした。

あとは、メンバーが2人になったことに対して、会う人みんなにこの2年間ずっとその真相を聞かれ続けてきていて。クラブのライヴで言うのも違うし、SNSとかで言葉で発表するのも少し難しいし、モヤモヤしてたんです。その点、ワンマンでは、そういう伝えたかったこともやっと伝えられた。負い目みたいなものも軽くなりましたね。

−−会場は大盛況でたくさんお客さんがいる中、同時にアットホームな雰囲気でしたもんね。普段のクラブイベントと違って、曲の制作背景がゆっくり聞けたのも、ファンにとってすごく特別な時間だったと思います。

−−2人ともまだ十分に若いですが、音楽を長くやってこられた先輩として、これから音楽を作ろうとしている次世代に何を伝えたいですか?

XIN:やりたいようにやるってことですかね。親とか、周りの人に何か言われることもあると思うけど、結局やるのは自分だから。俺は結構そうやってやってきました。ダンスをやめる時も周りから残った方がいいよって言われたけど、最後は自分の気持ちとか、夢とかを一番に優先してきましたね。自分の中で軸を持って決めていれば、選択肢を間違えたなとか、絶対後悔はしないと思います。

KENYA:僕は楽しいってことが一番だと思う。楽しんでいる人にはやっぱり誰も勝てない。だから、初期衝動をいつまでも忘れないでほしいです。あとは、僕は小さい時からやってきて、今まだ二十歳だけど思うのは、やっぱり継続は力なりだってこと。どんだけスキルがあってもやめちゃったらレールからは外れてしまうし、逆に今自分が一番じゃなくても、継続していれば絶対にゴールには近づける。継続の力って本当に計り知れないと思うんです。

あとは、若いうちはとにかく尖りまくっていた方がいいと思う。今の日本のシーンに無理に合わせなくても、世界は広いし、僕等にはSNSもある。今あるシーンのために自分のレベルやバーを下げるなんて自分の可能性を無くしてもったいないから、尖りまくって、好きに生きたほうがいい。そうしたら、誰にもできなかった自分だけの作品ができると思う。僕はそれで1回苦しんだことがあったから、それは伝えたいですね。

最後に、これからの展望やファンのみんなにこれからどんなBleecker Chromeを期待していてほしい?

KENYA:僕等とVLOT、3人の魅力をもっと知ってもらいたい。僕等は幅広い音楽ができることと英語が話せるのが強み。それを世界に向けて出していきたいし、もっと大きなステージに立ちたい。そのためにもっと頑張らなきゃいけないなって思います。

ファーストアルバムももちろん、思い入れのある作品だけど、そこからも常に成長しているからこれからもっといい作品をみんなに届けることを約束します。あとは今までファンをすごく待たせてしまったから、これからはもっとコンスタントに、そして大きい規模になっていって、一緒にそんな景色を見ていけたらと思います。

XIN:いろんな国でライヴしたり、ワールドツアーとかも単独でできるようになりたいです。『SEVEN THIRTY ONE』をリリースしてからもすぐに作曲しているし、今年はEP、来年に向けてセカンドアルバムも進行中です。いい音楽と、これからでかくなっていくのを一緒に楽しもう。これからBleecker Chromeと、さらにいい景色を見ていってほしいです。

Bleecker Chrome
レーベル〈Flying B〉からソロデビューを果たしたラッパーのXinと、藤田織也としても活躍するシンガーのKENYAによるヒップホップユニット。10代でNYにわたり3年半の武者修行を続ける。帰国後の2019 年、1stEP『Born Again』をリリース、シーンの話題をさらう。Spotifyがセレクトする今年飛躍が期待される注目の国内新進アーティスト「RADAR: Early Noise 2022」に選出された。また、2年の休止期間を経て1stアルバム『SEVEN THIRTY ONE』をリリースした。

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